未完の断章 幕間
トゥルーストーリー
そこまで書いたところでジェッセルトンは「大層」という言葉について暫し考え、そして枕カバーの中から一通の黄ばんだ手紙を取り出した。彼に宛てられたそれには「Mr.K」と署名されている。
独房の外から射すわずかな光を頼りにして、彼はその文面を小声で読み上げる。
「しばらくは監獄内で時を待ってください。トラブルを起こさず、目立たないように注意して……」
「あなたは依然、ビーチブレラ社の大切な社員であり、その役職と待遇は今も担保されています……」
「獄中で模範的な振る舞いを続けていてもらえたら、機が熟した時必ずあなたを解放します。その暁には、倍の補償もお付けしましょう……」
ふん。
会社の連中は対応が遅すぎる。今になってようやくこんな手紙を寄越してくるとはな。
ジェッセルトンはかぶりを振ると、慎重に手紙を折りたたんで封筒に入れ、枕カバーの中へと戻した。
*クルビアスラング*! サイコーの夢見てたってのに、ションベンのせいで目が覚めちまった……
よお、ジェッセルトンじゃねえか。また夜更かしして手紙書いてたんだろ?
先週も書いて、今日もまた書いて、随分マメだよなあ。一体誰宛なんだ?
あなたには関係のないことですよ。
隠すなって、俺たちにゃ見せらんねえってのか? どういう手紙書いてんだよ。パパとママに小遣いでもせびってんのか? それとも嫁に浮気すんなって脅しでもかけてんのかあ~?
まあ聞け、実は今賭けをしててよお。それに勝てばタバコ十本手に入るんだ。
なあ、何書いてんのか教えろよ。俺が勝てたら、五本は分けてやってもいいからさ。
申し訳ないのですが、私のプライバシーを尊重していただけるようお願いします。
あーはいはい、プライバシーねえ。
看守になりすましてまで人を殺しに来ておいて、結局誰ひとり仕留められないまま囚人になり下がった野郎が、ま~だそんな紳士ぶった態度でプライバシーとやらを要求すんのか。はっ、笑わせるぜ。
全員揃ったか?
ジェッセルトンがまだでーす!
なんだと? 奴は何やってる?
出掛けにうっかり、鉄格子へ頭をぶつけたとか言ってましたー。
申し訳ありません、医務室に行っておりましたもので。
医務室? 随分強くぶつけたらしいな、「同僚」さんよ。
そんで、誰に転ばされたんだ? 言えよ。お前はずっと大人しくしてるし、憂さ晴らしくらい手伝ってやるぜ。
いいえ、誰に転ばされたわけでもありません。自分でぶつけただけですから。
本当か?
本当です。
だったら毎度医務室に駆け込むんじゃねえ! 鉄格子よりお前のほうがよっぽど丈夫なことくらい誰だってよくわかってんだぞ! 何度もこんな真似しやがって、一体何を企んでんだ!
おい囚人ども、お前らはとっとと作業に向かえ! ――ジェッセルトン、お前は来い。別の仕事をやる。
いえ、私もほかの囚人たちと一緒に――
つべこべ言うな、さっさと来い!
ほらよ、バケツと洗剤だ。こいつでAエリアの監房全部の便所を掃除してこい!
わかりました。ご命令とあれば従います。
ただ、掃除用のブラシをいただいていないようなのですが……
ブラシだあ? いらねえだろそんなもん。
ジェッセルトンさんご自慢のアーツなら、金だわし作るくらい簡単だろうしなあ? わかったら行け! 作業を終え次第チェックしてやるよ。綺麗になってなかったらメシは抜きだからな!
はははっ――
(深呼吸)
仰る通りにいたしましょう。今、この場で力をお持ちなのはあなたですからね。
……
けっ。便所掃除させられても、あんな態度で居続けるつもりかよ。
ジェッセルトン、戻ってきたのかい?
あんな汚れ仕事をさせられるなんて、大変だったね。
大したことではありませんよ。お気になさらず。
そう、か……ともかく、これを。昼飯のパンだよ。
ありがとうございます、リック。あなたのために医務室で情報を得てきたことは無駄ではなかったと思えますね。
えっ! じゃあ鉄格子にぶつかったわけじゃなく、仮病してまで医務室に行ってくれたのか? ああ、何とお礼を言えばいいか……!
それで……僕の病気は……?
あのお医者様は厳しい方ですから、いくらかお金をお渡しして「お伺い」してみたところ……
あなたの肝臓病はもう治療を始めなければ手遅れになりかねない段階で――
ジェッセルトン、ま~たここで「友達作り」してんのか?
チッ……
てめえが何考えてるかなんざどうでもいいが、今日の喧嘩には参加しろよ!
申し訳ありませんが、あなた方の娯楽に参加することには興味が湧かないものでして。
興味ねえだと? 俺たちAエリアが、最近はあの感染者どもに負けまくってんのを知らねえわけじゃねえよなあ?
てめえが余計なことしてアンソニーを逃がしちまったせいで、Bエリアの連中はますます調子に乗ってやがんだぞ。全部てめえのせいだろうが! その立場でよくそんなこと抜かせるよなあ!
本気で来ねえってんなら、次にてめえが便所掃除に呼ばれた時を楽しみにしてろよ。「サプライズ」を用意しといてやる!
失礼ながら、私はあなた方のような荒っぽいお人とは違いますので……そうした低俗な暴力行為を楽しむことはできないのですよ。
ジェッセルトン、行ったほうがいいんじゃないか……
あーそれと、そこのリックとかいう奴。お前、ここに来て何日目なんだ? 言っとくが、その野郎とは距離を置くのが賢明ってもんだぜ。そいつは善人なんかじゃねえんだ。
善人じゃない、だって? そんなはずないだろ、ジェッセルトンにはよく助けてもらってるし――
チッ、救いようのねえバカだな。
おい、ジェッセルトン。もうちょっとでおっぱじめっから、さっさと来いよ! 遅れたら全員でお前をボコにしてやるからな!
(肩をすくめる)
どうしてもと仰るなら、顔を出すようにはいたしましょう。
顔を出すだけで済むと思うなよ。てめえが――
まあいい。とにかくぜってー来いよ!
おいおいおい、誰かと思えば!
ジェッセルトン大先生じゃねえか! 似合ってるぜ、その囚人服!
看守の仕事に疲れちまって、俺らとお楽しみにきたってわけか?
だははははは!
(小声)ジェッセルトン、お前アンソニーとも張り合えるくらい強いんだろ? こいつらをぶっ倒すくらい朝飯前じゃねえのか?
愚問ですね。侮辱にすら聞こえますよ。
たかが感染者の数人くらい――
……
聞いたか、クソ感染者ども! お前らなんざ屁でもねえってよ!
へえ、そうかよ! だったら偽看守様の実力ってやつを拝ませてもらおうじゃねえか!
やっちまえ!
おっ、またやってんのか――って、おいおいあいつは……
誰かと思えばジェッセルトンじゃねえか!
こうなりゃ、今日はAエリア優勢に賭けようかねえ。
へーえ、損しても知らねえぞ? 俺はAエリア優勢にはならんほうに賭けるぜ。
ジェッセルトン、お前柱にでもなったつもりか!? そこでぼーっと突っ立ってねえでさっさと戦え!
聞いてんのか偽看守! てめえ――
この*クルビアスラング*、裏切るつもりか!?
ハハッ、Aエリアのザコどもが! てめえらじゃ話になんねえってのに、頼みの綱の助っ人様もやる気が出ねえときたもんだ! これじゃなぶり殺しになんのを待つしかなさそうだなあ!
けどよお、そんなんちっとも面白くねえと思わねえか?
って言うと?
今はAエリアのゴミどもなんぞに構ってねえで、この口先ばっかの偽看守様をボコボコにしてやるべきだと思うんだよなあ。
だってよ、こいつさっき「たかが感染者の数人くらい」とか言ってただろ?
野郎を見てるとムカついてくんだよ。向こうにやる気がなくても、俺が一発叩き込んでやらあ!
*クルビアスラング*! クソ、骨イったんじゃねえか……!? 鉄の塊みてえな堅さしやがって、鉄板でも殴ってるような感じだ!
だったらこのバールをお見舞いしてやる!
いいぞ! 人でなし野郎をぶっ倒せ!
ハハッ、無理無理。あいつなら痛くもかゆくもねえだろ。
う、嘘だろ!? バールが曲がった……!?
ハッ、Bエリアのうすらバカどもが! こいつはアーツが使えるんだぜ!
何親分ヅラしてんだよ、いい気になりやがって! お前らだってこいつをどうにもできねえくせに!
このまま棒立ちしてるだけなら、銅像連れてくんのと大して変わんねえぞ!
おいジェッセルトン、てめえよ~く考えろよ!
皆さん、どうか冷静に。
私は初めから、あなた方の低俗な喧嘩に参加するとお約束はしていません。ここに立っていることだけでも、すでに皆さんへ精一杯の誠意をお見せしていると思いますよ。
あなた方に少しでも理性が残っているのなら、どうか道を開けてここから帰していただけませんか。
さっきからぺらぺらくだらねえこと喋ってんじゃねえ!
俺らはお前を戦力として連れてきてんだ! 高尚ぶった見学者様はいらねえんだよ!
読めてきたぜ……さては偽看守時代が恋しくなって、あの頃の思い出に浸りに来たってわけか?
そんなら俺のレンチを喰らえ!!
いっ……て、手がっ……!
もう結構。これ以上は付き合っていられません。
私を傷付けようとすればするほど、皆さん自身の不健康なお身体のほうが傷付いてしまいますよ。
言うまでもないことですが、まずこのような殴り合いを楽しもうなどという趣旨が、お世辞にも褒められたものではありませんしね。
囚人であるというそれ自体が同情に値することですが、その上、品性まで欠けているとなると……やれやれ。
んだと*クルビアスラング*! この*クルビアスラング*が!
野郎ども、全員で奴を袋だたきにしてやろうぜ! どこまでナメた態度取ってられるか見せてもらおうじゃねえか!
……あいつ、Aエリアの助っ人だったよな? なんか味方に殴られてねえか?
みてえだな。
あーあ。ここがムショじゃなきゃ、ポップコーンでも買ってくんのになあ。
どーするよこれ。見物でもすっか?
ポップコーンなしで見物なんかしてられっかよ!
当然、俺らもあの*クルビアスラング*野郎をブチのめすっきゃねえだろ!
ん? お前、何してんだ? 戦わねえのか?
みんなのためのお楽しみってやつを調達してこよーと思いまして。
お楽しみ?
(耳打ちをする)
ぷっ……
よし、行ってこい。だが、ちゃんと戻ってこねえと承知しねえぞ。
それと、もし別のもんを持って戻ったりしたら、嘘をつくとどうなるかってのを一生忘れられないように叩き込んでやるからな。
はいはい、わかってますって!
あいつ、なんて言ってたんだ?
まあ見てなって。
え~? 正直ちょっと飽きてきちまったんだけど。
ジェッセルトンの奴、丈夫すぎんだよなあ。周りの連中はノコギリ何本も折ってんのに、本人には傷一つ負わせてねえしよ。
ふぅ……ふう……
はぁ、はあ……
別段、この結果を意図していたわけではないのですが……あなた方はもう戦えそうにありませんね。
私が訪れたことによって、皆さんが和解に至るプロセスを短縮させられたのなら何よりです。
では、私はそろそろ――
「ビシャッ――」
これは――まさか、強酸!?
いや、違う――
おえっ!
くっせえ! 誰だよ、こんなきったねえ水ぶちまけたのは!
わりーわりー、そこのジェッセルトンさんがお利口でお上品で、向かうところ敵なしって感じの野郎だったもんだからよお。
そういう奴にこそ、便所掃除に使った水でシャワーを浴びさせてやりてえなあって親切心さ。どうだ、ご感想は?
……
なんだやんのか? どうか冷静に~とか抜かしてたのはお前じゃねえかよ。
……あなた方のような下品な人に関わるつもりはありませんので。
チッ、腰抜け野郎が!
皆さんが何を言い、何をなさっても一向に構いません。ですが、こんな汚水程度で私を傷つけることなどできませんよ。こうした卑怯なやり口は、そのくだらない人間性を露呈させるだけですしね。
それでは、失礼。
……俺、なんかちょっとあいつに感心しちまったわ……
そーかあ? ほら、とっとと行けよジェッセルトン、臭くてたまんねえわ。
帰って泣き寝入りする前に、お着替えすんのを忘れんじゃねえぞ。寝床にまでにおいが染みついちまうからなあ! はははっ!
だっはははは!
どうよ、面白かっただろ?
ははっ、あのBエリアの奴にはご褒美に食いもん追加してやらねえとな。ところで、さっきの賭けはどうなるんだ? これ。
そりゃもちろん、俺の勝ちさ。
? どういうことだよ。
おいおい、忘れちまったのか? 俺は「Aエリア優勢にはならんほうに賭ける」っつったんだぜ。
はあ~!? やりやがったな、このいんちき野郎!
ジェッセルトン? 大丈夫か、怪我をさせられたんじゃ――
うっ……すごいにおいだな……!
一体何をされたんだ?
お気になさらず。少し悪戯をされただけですよ。
そんな……あいつらどうしてこんなことを……!?
それより、囚人服の替えをお持ちではありませんか? 一着貸していただけると嬉しいのですが。
そ、そう言われても、僕だって替えは一着しか持ってないし……
……
……ジェッセルトン?
ご自分の房で待っていていただけますか。体を拭いて、服を洗ってきますので。
おや、来てくださったんですね。
生乾きの服着てるんだろ?
さっきはケチなこと言ってごめん……やっぱり思い直して、替えの服を持ってきたんだ。
(つくづくお人好しだな……このバカがあの手紙を読んで、間抜け面を晒してくれるのが待ちきれなくなってくる。)
(こいつは私に恩義を感じているし、あとは少し誘導して、憎しみに火をつけてやれば……)
(まったく、この短い獄中生活でこんなお楽しみに巡り合えるとは私も運が良い。)
……? どうしたんだい? 具合でも悪い?
いえ、何でもありません。
そんなことより、あなたのことですよ。
検査結果によると、あなたの肝臓病はアルコールに原因があるそうです。獄中で摂取していることはないでしょうが、仕事中に接触している化学物質が身体に害をもたらしているとか。
このままでは、余命も楽観視はできないと、お医者様は仰っていましたよ。
そんな……ああ、妻よ、僕の幼い子供たちよ……お前たちにこんな苦労をかけるなんて……
そういえば……お医者様からは検査結果以外にも、あなたの奥様からのお手紙を預かっているのですが。
パティからの手紙を……? どうして医者が?
あなたの健康状態を考慮すると、無闇に刺激を与えたくなかったというお話でした。
ですがお身体についてはすでにお伝えした通りですし、この手紙を隠しておくのもいかがなものかと思いまして。
ああ、なんて有り難い……彼女の手紙を読めるなら、今ここで死んでも構わないくらいだ! でも、刺激というのはどういう……?
それは……どうかご自分の目で確かめてください。
(先週夜遅くまでかけて、こいつの嫁の筆跡を真似て書いた力作だ……騙しきれるといいが。)
「ごめんなさい、あなた。こんな生活にはもう耐えられないの。だから私、ビルと結婚することに決めたわ――」
ど、どういうことだ!?
これは、一体――
パティがあの子と結婚するって……!? 弟は……ビルはまだ十五歳だぞ!?
(しまった、こいつの弟はそんな名前だったのか……!)
よ……よく思い出してみてください。ほかにも、同じ名前の方がいるのでは?
ほかにって……まさか、ディキンソンのところの大工か!? そういえば僕が刑務所に入れられるまえに、ちょうど奥さんが亡くなってたような……!
ぱ、パティに会って直接問いたださないと! 本気で僕を捨てる気なのか、子供たちにもあんな腰の曲がった爺さんをパパと呼ばせるつもりなのかって!
リック……お気の毒に。
ジェッセルトン……君がこの手紙を持ってきてくれなかったらと思うと、なんと言えばいいか……
私に感謝などしている場合ではないでしょう。
え……?
このクルビアでは、誰もお金と権力の支配から逃れることなどできません。
考えてもごらんなさい。パティがその大工を選んだのも、お金のためなのですよ。
投獄されたあなたは、彼女の負担になったのです。だからパティは自分を深く愛してくれるあなたを捨て、その腰の曲がった老いぼれと結婚しようとしているのでしょう。
もし復讐をお望みなら……
復讐? 違うよ、僕はただパティに会って色々聞きたいだけで……
では、そのあとは? 彼女を行かせるおつもりですか? 仮にそうするとしても、子供たちまで手放していいのですか?
あなたは彼女と相思相愛だとお思いだったようですが、このクルビアで愛が一体いくらになると言うのでしょう。
パティはあなたを裏切っただけでなく、子供たちにまで実の父親を裏切らせることになるのですよ! それなのに、何の怒りも感じないのですか?
もうやめてくれ、ジェッセルトン……
(この世間知らずの間抜け野郎が……もっとはっきり言ってやらないとわからないようだな。)
(問題はあるまい。じきに私はここを出るんだと伝えたところで、このバカは嫉妬するどころか、単に羨むだけだろうからな。)
もはや残された選択肢はただ一つ……お金か権力を手に入れることしかありません。
お金か権力、って……そんなものでどうやって子供たちを取り返すんだ?
お金さえあれば、保釈金を支払うこともできるでしょう。仮釈放を受けてこの腐った場所を離れ、パティの手から子供たちを取り返すのですよ。
そんなこと言ったって、そもそもお金があれば嵌められることだってなかったわけだし……
ならば権力を頼るしかなさそうですね。
実を言うと、私は監獄の内外にいくらかコネクションを持っております。
信頼に値する友人も何人かおりまして、もうしばらくしたら彼らが私をここから救い出してくれる予定なのです。
本当ですか?
もちろんですとも。
何年にもわたる努力の結果、私にも権力の一端くらいは掴み取ることができたのです。
今私がこの監獄に閉じ込められているのは、不幸な事故と遅延によるちょっとしたハプニングのようなものですしね。
いいなあ……君が羨ましいよ。
何はともあれ、ありがとう。僕みたいな運のない男の話を聞いてくれたり、あれこれ手伝ってくれたりして……
いえいえ。自信を持ってください、リック。
クルビアでは、自分ひとりでやっていけるだけの実力か、あるいは助けてくれる人との縁を持っている限り、運が尽きたとは限らないものです。
この例で言うと私は前者であり、あなたは後者に当てはまります。
後者って――僕に助けてくれるひとなんか……も、もしかして君が助けてくれるってことかい?
その通りです。
私の知人たちをご紹介しますので、時間ができたら上の方々にも声をかけて――
リック!
リック・グレイ!
は――はい、ここです!
出ろ、面会だ。
わ、わかりました……
そら、ぐずぐずすんなっての! まったく、運が良かったな。お前の家族が保釈金を工面してくれたんだとよ。さっさと行って仮釈放の手続きをしてくるといい。
えっ!?
そんな――だって……
一体誰がそんなことを? もしかして、父ですか?
つべこべ言うな、ここから出たくねえのか?
お願いですから、教えてください。僕の保釈金なんて、誰が払ってくれたんですか?
ああもう、うるせえな……確かパティとかいう、お前と同じ名字の奴だよ。これで満足か? わかったらもう行け。
ぱ、パティが!? ああ……なんてことだ!
よお、「同僚」。また会ったな。
馬鹿な……! 誰があんな貧乏人に保釈金を出すというんだ!? まさかあなたたちが――いや、そんなはずは……!
ないに決まってんだろ? 囚人なんぞのために払う金なんざありゃしねえよ。
だがそれはそれとして、お前の小賢しいお遊びのことくらいこっちはお見通しなんだ。お前に「友達作り」をしたがる癖があるのは、獄長も知ってることだしな。
何せお前が妙な真似をしないようにって、わざわざ俺に見張らせるくらいだ。
ならば、これはやはりあなたたちの仕業なのでは?
いいや? あいつはマジで運が良かったのさ。嫁さんが家かなんかを売っ払ってまで金を作ってくれたらしいぜ。
だから、俺らがやったのは……ちょ~っとだけ手続きをゆっくり進めたことくらいかな。
手続きを……?
奴の嫁さんが保釈金を用意したって情報は、一週間前には入ってたんだ。
なっ……!?
お陰でこの一週間はかなり楽しませてもらったぜ。お前があちこち駆けずり回って、なけなしの金で必死にコネを作ってるとこときたら――ぷっ、ははははは!
なあ、お前今ポケットにいくら残ってんだ?
ジェッセルトンの目がぎらりと光った。
黒い何かがその手に集まり、凝縮し始め――
おおっと、マジでかかってくる気か?
そして、消えていった。
……
ご冗談を。
怒りを発散するのに暴力を用いるのは、愚か者の所業ですから。
そりゃ残念。アンソニーの脱獄がきっかけで超強力なスタンガンが支給されたから、試してみたいと思ってたんだがな。
ほかのどなたかでお試しください。もうじき、お目にかかることもなくなるでしょうしね。
へえ、誰か保釈金を払ってくれるアテでもあるっての?
……当然あります。
ふ~ん? 妙な話だよなあ。そんな奴が本当にいんなら、どうしてお前はリックと違って仮釈放を受けられてないのかねえ。
……
浅はかな考え方ですね。
お金と権力を真の意味で手にしている人々が、そのお金を頼りに誰かを獄中から救い出すような真似をするとでも?
ハッ、口が減らねえ奴だ。
事実を述べたまでのことです。
そんなら、お前の言う金を使わねえやり方で、さっさとムショを出られるように祈っといてやるよ。
つっても、今のお前がマンスフィールド監獄の囚人であることに変わりはねえってことくらいはわかるよな?
ほら、ちゃっちゃとそのバケツと洗剤を持って行け。まだCエリアの便所掃除が終わってねえからな!
ジェッセルトンは署名をしようとしたところでペンを止めた。
そして力強くペンを握りしめ、歯を食いしばって元の署名に打ち消し線を引くと、改めてこう書いた。
これでいい……これで、いいんだ……
気をしっかり持て、ジェッセルトン……お前は五年連続でビーチブレラ社の最優秀社員に選ばれた男だ。彼らがお前を見捨てるはずがない……
見捨てるはずがないんだ!
そうだ、きっと大丈夫……
もうすぐ、もうすぐここから出られるはずだ。
そうなったら、必ずあの下品な囚人と看守どもを――
まあいい。実際にここを脱出してから考えるとしよう。
――ジェッセルトン・ウィリアムズは、この先どうなってしまうのでしょうか?
果たして、ビーチブレラ社のMr.Kは苦境に立たされた社員に救いの手を差し伸べてくれるのか……!?
気になる続きは、変わらずこちらの58チャンネルで! 来週のこの時間に『トゥルーストーリー』第173話を放送いたします!
ははっ、わはははははっ!
この番組面白いな! 来週から追っかけることにするよ。タイトルなんだっけ、『トゥルーストーリー』か?
おう、きっと気に入るだろうと思ってたぜ!
しかし、この番組は昔っから見てるんだが、あのジェッセルトン役の俳優みたいな演技の上手い奴初めて見たよ!
58チャンネルも金かけてるんだろうなあ。だけどあんなに上手い俳優なんか、どこで見つけてきたんだろう? これまでも別の作品に出たりしてたのかな?
どうだろうなあ。これはモキュメンタリーのリアルっぽさが売りの番組だから、俳優の名前を出してねえんだよ。
ま、多分演劇学校を出たばっかの新卒とかじゃないか? いやあ、あいつの未来は明るいな! はははっ!
まったくだ! あの俳優の未来に乾杯!
未来に乾杯。
ん~、この酒うまいな。
おお、ほんとだ。
でもさ、ちょっと思ったんだが……
もしあの人が役者じゃなくて、本物の囚人だったら――どう思う?
……
ははっ、面白いジョークだな。
いや、俺は――
かなり笑えるぞ、それ……ははっ。
わっははは!
は、はははっ……
~♪
――この番組はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
それでは、また来週お会いいたしましょう。