夕景に影ありて 幕間
空の甲冑
ムリナール、このままあの二人が音沙汰もなくいなくなるなんて信じられない。君たちニアール家の人間が何か動かねば。
しかし君の兄、スニッツさんは、この世代で最も優れた将校だぞ。それは私たちの誰もが知っている……
もし嫉妬だとしても、彼の能力を否定できるやつなんているか? そいつらは戦争に勝ちたくないとでもいうのか?
──君は絶対に戻ってはならない!
言っただろう、君たちニアール家の人間は、何か動かねば。手をこまねいているなんて相応しくない……
いや、私はただ……
……ただ暗殺の準備で、少し考え過ぎてしまってな。
……暗殺?
なんだ、夢か。
……
いよいよだ。
12月1日 a.m. 2:15
ズウォネク都市外
しかし……
都市に潜伏中の哨兵に伝えるのだ、行動開始だと。
全員、行軍の準備だ。
ですが大騎士長の軍令が下りた以上、勝手な行動はできません……
……カヴァレリエルキがすべてを把握しているのは明らかです。
だからなんだ?
その軍令は騎士の槍を両断できるのか? それとも君らがつがえた矢を粉々にしてしまえるのか?
民衆が恐怖の中で頼る守護者は征戦騎士だ。この事実を変えられるのか? それともリターニアが本当に牙をむいた時、監査会は軍事力を集結することなく事態を解決できるのか?
我々がすべきことは、監査会が否定したからといって変わらない。
すぐに行動しろ──これは命令だ。
……申し訳ないのですが、もはやあなたには……命令を下す権限はありません。
騎士団の指揮権はすでに監査会に戻されました。このことはすでに各分隊長や、職人団等に伝えられています。
我々は結局のところ騎士団の地位と、征戦騎士があるべき尊厳を取り戻すために行動を起こしたのです。しかし……
大騎士長に、すべてを却下する権限があるのは事実です。
……従う気はないのだな?
ならば、私が自ら伝える。
ぐっ……あなたは……
……ズウォネク市内への指令はすでに出された。すべて計画通りに実行する。
賛同する者は、私についてこい。
騎士団長は鮮血で染まった剣を鞘に納め、駐留していた天幕を大股で抜けて行く。
夜通し待機していた数十名の上級征戦騎士たちが整列していたが、団長が目の前を通り過ぎてもただ黙って立っているだけだった。
列から出る者も、阻む者も、彼に敬礼する者もいなかった。
お二方、すみません。最近事故が多発していることから、深夜零時から朝六時までの間、昇降機で都市を出る乗り物をチェックさせていただいております。識別コードと関連書類をご提示ください。
こちらです。
お預かりします。少々お待ちください。
ちなみに、ズウォネクの特産品であるバニラ牧獣ジャーキーは只今絶賛販売中です。旅行のお土産に最適ですよ。
結構です、ありがとう。
……
彼は苛立ちながら待っていたが、検査係は一向に通行許可を出してくれる気配がない。
……リターニアの紋章をご覧になったでしょう。そこまで念入りに調べる必要がありますか?
──ん!?
この時間なら目撃者の心配は無用だ。世論がどう言うかもな。
もし矢があの高塔術師に防がれれば……投槍の使用を許可する。
……後のことを懸念する必要はない。どうせ征戦騎士が立ち回る姿を記憶している都市などないのだからな。
……
フッ、君か。
やはり私の前に立ちはだかるか。
私は喜ぶべきかな? これだけの歳月を経て、ようやく君がやる気になってくれたことを。
君がここに来たということは、今夜はズウォネク近辺で正体不明の勢力による衝突が起こるわけだ。
バウンティハンターと征戦騎士、どちらも轟音を響かせて前へと進む都市に、近づくべきではない者たちだ。
……私はただ、約束通り剣を受け取りに来ただけだ。
だが、手ぶらで来たわけではないようだな。
……
ではお前は? ……お前に従う者たちは?
君が一番よくわかっているのではないのか?
君が望んだ通り、大騎士領が干渉してきた。忠実な騎士たちは緊急命令に従っている。
騎士の秩序と栄光を守るため、より長期的な利益のため……彼らの征戦に虚栄の勲功を戴くために。
大騎士領が……?
──君のその表情……なんだ、この件を知らなかったのか。
……監査会の目は都市の血管のように張り巡らされている。奴らはカジミエーシュの隅々まで把握している。私とは無関係だ。
ああ、すまない……君であるはずがなかったな。君が監査会や大騎士長に助けを求めるなどありえない。
何しろ、私に引き返すよう説得しに来たのだろうからな。
だが、計画が監査会の知るところとなり、大騎士長が軍令を下したのなら、もはや引き返す道などない。
それに、行動開始の号令を伝えるのを拒んだ部下にも手を下した。
今になってようやくわかった。決めたことを貫き通すのがどれだけ困難であるか……当時の君を前にも増して尊敬するよ。
……どの面を下げて、お前の独善的行為と、私の行いを同一に論じている。
確かに私が挑発した対象は、君ほど多くはない。
お前の行いは、決して挑発などではない……軽蔑に値するものだ。
もし自分の行為を恥ずべきものではないと言うのなら、なぜ軍部の情報が漏洩したように偽装し、私とリターニアからの来訪者が敵対するように仕向けたのだ?
私のやり方が非難される謂れはない。私はただ……カジミエーシュに失望したのと同様に、君に失望しただけだ。
ちなみに。
いかなる記録であろうとも、征戦騎士内部の不祥事が残されることを監査会は許さない。つまり、もし素直に軍令に従えば──
隊を率いて大騎士領に戻る途中で突然病に侵されて命を落とすか、今の君のように、あの商業ビルに繋がれて永遠に口をつぐむことになるか、どっちだと思う?
今のお前の立場で、私の生活を評価するなど片腹痛い。
もしお前の一存で、身勝手にも、幾千万もの人々に代わって彼らの戦場のありかを決めようと言うのなら、お前は相応の罰を受けなければならない。
平民に代わって戦争をするのは、征戦騎士の責務だ。
そういった力なき者たちが、真っ先に切り捨てられるのが戦争だ。
……お前ならば、もっと賢い選択ができるはずだ。
たとえその選択が、征戦騎士の部隊に戻ることではなくともな。
賢い選択だと? このままカジミエーシュから逃げ出せとでも言うつもりか? 静かに去ることが、唯一の正しい選択だと信じているのなら、なぜ君はまだこの地にとどまっている?
それとも、すべての計画を諦めろと言うのか? たとえこれが私の最後のチャンスだとしても?
──君は私よりわかっているはずではないのか? カジミエーシュに必要なのは真の暴力……天地を覆すほどの戦争であると。
……違う。
そんなものは一度も考えたことがない。
……
そうか。
私たちが知り合ってもう何年にもなる。多くを語らずとも互いに理解し合えていると思っていた。
今になってわかったよ。かなりの誤解があったかもしれないと。
じっくり話し合うべきだな。昔のように、森の中の開けた場所で、燃え盛る焚き火の前で。
……もし今、君に私の行く道を阻まれているのでなければ、昔のように木の枝を選んで槍に見立てていただろうな。
……頭を冷やせ、シチボル。
旦那様、身を屈めて隠れてください! 付近に射手が数名います!
……一体何者ですか? 昨晩からずっと私を狙っているのは、何者なのです?
アロイシア、行きますよ! この検査場は偽物です!
検査係の方、もし突き飛ばされたくなければ、そこをどいて──
おいおい、やめとけって。間違っても前には突っ込むなよ。
邪魔な奴らはもう、俺たちが気絶させたからよ。お二人さんもアーツを収めて、肩の力を抜いてくれ。
激しいショックを受けると爆発する罠が仕掛けてあるんだ。もし車が故障でもしたら、お前さんたちリターニアに帰りにくいだろ。
あなたいつの間に──
うぐっ──
旦那様!
おっと、動くなよ。
簡潔に言うと、俺たちはこちらの高貴なお方をちょいと連れ出したいんだ。散歩だと思って協力してくれないか?
あのな、俺は真面目に忠告してやったんだぜ。罠が爆発すりゃみんな木っ端微塵だぞ。
それに、お前さんの腕は悪くねえが、一人で全員を相手にするのは無理だろ。だったら俺の条件を聞いてみてもいいんじゃねぇかい?
貴様と話すことなどない、傭兵。
へぇ、そんじゃあ……マジで爆発を引き起こしてこの辺りの全員を巻き込むつもりか? それで捕まったご主人様に逃げるチャンスを与えて差し上げようってか?
はぁ……お前みてーなイカれた高塔術師を相手にするのは昔っから好きじゃねえんだよな。
……落ち着けって。俺らはどっちも命を賭ける必要がないんだ。
検査係は俺たちの仲間じゃねえ。その辺に潜伏してる射手も違う。
……続けろ。
へぇ、やっと人の話を聞く気になったか。
この業界に長くいると、一つのターゲットを複数で奪い合うこともよくあんだ。けどな、その中にはひとまずの保護が目的の奴もいれば、きれいさっぱり消し去りたいと思ってるのもいるんだよ。
だから、よぉく考えろよ。
都市を出て南東に三十分ほど行くと、道のそばに小さな村がある。そこの一番高い場所に、落ちそうな盾の紋章が掛かった家がある。
そこで待っててくれりゃ、随分と手間が省けるんだがね。
……懐かしいアーツの輝き。真のニアールか。
本の中でキリルの伝説を読み、街の広告で耀騎士の仰々しい名称を目にし、君の口から兄のまばゆい栄光の話をも聞いた。
だが私がよく知るニアールは、今目の前にあるものだけだ。
裏切りが画策された、あの宴会の夜……扉を押し開ければ、その先には血の海が待っているとばかり思っていた。だが実際に私が足を踏み入れたのは、溢れんばかりの光の雨の中だった。
……もう何年も前のことだ。
そうだ。他人に過去のことで称賛されること自体が、哀れなことなのだ。
ここ数年君は何をしてきた? ……剣術は衰えていないだろう。光は以前より控え目になってはいるが。
しかし、剣身に集まるエネルギーは、重い槍から繰り出される全力の一撃を受け流すには充分だ。
すでに答えを持っているのに、なぜ私に問う?
……君が無力だなんて信じていないからだ。
セリーナが大騎士領に連行され、国民議会に裁かれるあの時、君に彼女の冤罪を証明することができなかったとは信じていない。そんなのはひと言で済む話だったはずなのに。
彼女がそのまま静かに、私の前から消えたことも、君は最初から最後まで、ついに一度も彼女に目をくれなかったことも信じていない……
……
私が無力を感じることなど、山ほどある。
ああいうものが、君の剣を止めることがあるなんて、私には信じられなかったんだ。
国民議会の前で無罪を証明しても何の意味もない。私たちでは彼女を救うことはできない。
過去の君ならばそうは言わなかっただろう。国民議会が見えていない公正を、法典に書き入れようと努力したはずだ。
……あの争いはあまりに多くの勢力が関わっていた。有罪になった者だけでも十三人はいた。罪なき者に公正な裁きをもたらすには、一つの法律では足りない。
だから、君は心の中で天秤に掛けたのか。十三の命では足りなかったか? 君が当時の暮らしを賭けるに値しない重さだったのか?
──死が怖くなったか? それとも、もはや命よりも大切なものは存在しないと思い至ったか?
征戦騎士の一撃一撃が重くのしかかる。
彼の槍は元々、鎧や盾、岩や鋼鉄の造物などに向けられていた。
しかし今、それは行き場のない怒りによって、形のない敵を刺している。
……動作に無駄が多い。体勢を崩しかけていたぞ。こんな初歩的なミスを犯すんじゃない。
次また同じことがあれば、鎧に亀裂が入るだけでは済まない。
フッ……
手合わせするのは本当に久しぶりだな。今の私は君の記憶にある姿より恐ろしいかもしれないぞ。
君はどうだ? ……過去の君は私たちがいくら言い聞かせようと、刃をしまおうとしたことなど一度たりともなかった。
再度の突撃。
鋭く振り下ろされた槍が大地を叩き、足元の岩が砕けた。飛び散った破片は、アーツの光にぶつかり眩い火花を散らした。
……よく避けたな。
あの頃、恥知らずな貴族や君に脅された商人たちがどう思おうと、首都からの警告を受けようと、すべてが徒労に終わろうと、君は気にも留めなかった……
君は永遠に大騎士領に帰れなくとも構わないと考えていたし、正義のために己の命を燃やし尽くすことに躊躇もなかった。
……だが今はどうなんだ!
……
君にはできないと言うなら、私を見ているがいい。
私が君に代わって、君が為すべきことをする。
──お前の信念をもって、私が為すべきことを図るのか?
ニアールが剣を振る。それは剣身から雨粒を落とすような、自然な動作だった。
燃え盛る金色の炎が、征戦騎士の鎧を繰り返し灼く。それは、拭いようのない痕を残した。
軽々しく命を賭金に使い、まるで成功の可能性などないと理解しながらも、頑なに退こうとしない信念でか?
……お前にはここで死んでほしくない。
お前の計画は実現すべきではない、実現することもできない。それなのに一体何に固執している?
ゴホッ、ゴホゴホッ……
おう、起きたか。
すまねえな、依頼を受けちまったもんだから、お前さんにはちょいと我慢してもらうぞ。
ついでに教えとこうか。ここは薬品輸送車の上だ。割れたフロントガラスは、運悪く当たった矢によるモンだ。
お前さんをここまで連れてくるのには、結構骨が折れたんだぜ。なんとか地下の物流通路に入れたからな、しばらくは休めるはずだ。
ここは、朝早くが一番ごちゃごちゃしてんだ。横流し、裏取引、一見事故に見える車両の横転までなんでもありさ……
あ……あなたの目的は何ですか? アロイシア……アロイシアは?
あの護衛のことか? もし彼女がこっちの話を聞いてくれたなら、今頃は都市の外で待ってるはずだ。彼女に敵さんの注意をちょっと引きつけてもらいたくてな。
安心しな、あいつは優秀な術師だ。追っ手の射手一人くらいじゃ、どうすることもできねぇよ。
俺たちの方は……助けに来たとは言っても、タダ働きはな。なんせ依頼人が提示した額がしょっぱすぎるんだよ。
兄弟が何人か怪我しちまってね。あいつらが流した血の代金っつー理由にして、身代金について話し合いてぇとこだな。
──つーわけでな、そろそろ手に持ってるアーツユニットをしまってくれねぇか? リターニアから逃げてきた術師と手合わせすんのは、昔っから嫌いなんだよ。
……わかりました。ある程度の身代金はお支払いましょう。それにあなた方のどんな情報も訊きませんし、今後も探りません。
このまま平和的な交渉を続けられることを願っています。
おうよ、そうこなくっちゃ。俺たちも人の依頼でやってるんだ。この輸送車は荷物を指定の場所まで運ぶから、あともうちょい待てば……俺たちも街から出られるって寸法だ。
……コンテナの中身は空っぽのようですが。
まさかお貴族様を荷物の代わりに突っ込めないだろ。
この輸送車も、通行許可証も借りもんだ。それっぽく道具も揃えんのが、人の目を欺くための鉄則だぜ。
……それに、万一護衛のお方に何かあっても、この外国企業の通行許可証があれば、お前さんをカジミエーシュの外に問題なく送ってやれる。
……あなた方はなぜ……
いえ、何でもありません。これ以上は詮索しません。
そりゃあよかった! んじゃ、しばらく暇なことだし、金の話でもしようぜ?
私が……何に固執しているかだと?
私が征戦騎士の部隊に戻り、再び貴族の家臣となることを選択したのは、同道できる者を探し続けるためだ。
……誤解しないでくれ、ムリナール。私は戦争を求めてはいない。私が何もせずとも戦争はいずれ訪れるものであり、騎士とは本来それを担うべき存在なんだ。
多くの者がリターニアの高塔の影を見たことがなく、北風に混ざる慟哭を聞いたこともない。彼らは競技場で飛び散る鮮血に拍手を送るだけだ。だが、それでも私は彼らを恨んでいない。
騎士の精神は征戦騎士の中に輝きを残しているのであって、その光は武器の矛先にはない。私が人々に見せたいのは暴力がもたらした権力や、荒野の骸骨や砂埃などではない。
私が彼らに見てほしいのは、人は略奪や、蹂躙や、命を奪うことだけでなく……他人のために犠牲になることも選択できるということだ。
騎士の血はそのために流れるんだ。
──騎士の栄光は、他者の証明を必要とするものではない。
お前は、今いる場所を捨て、自分の手で掌握しきれない戦争に身を委ねようとしている。そんな人間が、騎士の精神を語る根拠はどこにある?
お前のために道を敷き、犠牲になった者のことを考えてみろ。かつてと同じように、涙は出るか? 悲しみを感じるか?
一滴の雨が槍の先に落ちた。
それは、細雨が長く続いた後の夜明けのようだった。光が夜霧の水滴一粒一粒で散乱し、柔らかく力強く辺りに満ちた、まさにその瞬間に似ていた。
……あぁ、ようやく全力でアーツを放つ気になってくれたか。
だが、私は完全武装し、君は最低限の防具すら身につけていない。これで公平な決闘と言えるだろうか?
征戦騎士の全力の一撃を防げる甲冑など存在するのか? ましてやお前の一撃を。
ふっ、そう言ってもらえるなら何よりだ。
お待ちください、あなたはもしや……
なかなかいい目をしてるな。
俺の知ってる貴族様にゃ、付き合いを持ってから気付くまでに二ヶ月かかったのもいたぜ。
ま、すぐに気付いても、何も知らねぇフリをしてひと言も触れねえ奴だっているけどな。
……サルカズの傭兵。カジミエーシュのビジネスマシンは、あなた方のような人たちまで手懐けているのですか?
それはちょっと買い被り過ぎだな。お前さんが俺たちのことをどう思おうが別に気にするつもりはねえが、ここに隠れてるのはサルカズだけじゃないんだぜ。
カジミエーシュは確かに俺たちを平等に扱ってるがな、それはどいつを見捨てるか見定める時に限っての話だ。
……
おっと、ビビらせちまったか?
サルカズの唯一特別な所といえば、多くのカジミエーシュ人よりも少しばかり長生きするってとこくらいだろうな。それに、俺はまだそれなりに若ぇしよ。
……だが、友達っつーのは結局そのうち、どんどん欠けてくもんなんだよなぁ。
ゴホッ……
しとしと降る雨。銀色の破片。
壊れた甲冑では到底受け止めきれない量の赤。
……ここまでだ。お前の負けだ。
いや……
私に、誰への負けを認めさせたいのだ?
……
征戦騎士は再び槍を握り締め、前方に突き出す。
しかし、彼の足は元の場所に留まったままだ。
……私に、誰への負けを認めてほしいのだ?
一歩よろめいた後、騎士は地面にくずおれた。金色に光る雨が彼の頬を伝う。
彼は前を見上げ、真正面から顔を叩く雨の中で目を見開いたまま、無言のニアールを直視する。
──監査会の高層ビルの中で座っている、謀略や虚栄にうつつを抜かす貴族にか?
それとも……滑稽な嘘で平和を取り繕い、カメラの前で歪んだ欲望をユーモアに見せかける商人にか?
私に、悔悟を求めているのか。血筋からなる権力構造の前では……無力だと認めさせたいのか?
それともカジミエーシュから逃げ、これまでの奮闘を無に返し、敵視してきたすべてに頭を下げ和解しろと?
ゴホッ……
……私はただ、他に歩むに値する道が見えなかったんだ。
たった一つのこの道すら、君は認めないと言うのか。ならば君の剣でもって証明してくれ。
……この道を――私の選択を過ちだと言うのが、他ならぬ君であるなら、認めてもいい。
私は権力や、金銭に敗れたわけではない。生を求める意志を欠いたわけでも、無為に流れた時間に膝を屈したわけでもない。
……いいや。
ムリナールは剣を納めた。
黎明を迎えようとする寒々とした夜の色彩の中で、光の雨だけが未だにしとしとと滴り落ちている。
言ったはずだ……お前がここで死ぬ必要はない。
相手が後戻りをするのならば、手を止める。彼はそう決めていた。
……フッ。
ムリナール、君は一体どうやって心を保っているんだ?
君の抱えている怒りは、私よりも激しいだろう。私が目にしてきた現実は、君にとっても馴染み深いはずだ。
……
君に、見えていないはずがない……
商業連合会は、とうの昔から征戦騎士に手を伸ばしている。奴らに籠絡され、栄光を金に換える騎士は後を絶たない。さらには、武力を手に入れようとする商人たちに恭順する者までいる始末だ。
リターニアは──巫王の高塔が倒れてからというもの、奴らは随分と力を蓄えてきた。戦争の準備を進める様子をこの目で見たよ。そこにあるのは冷酷さのみで、決してロマンなどではない。
そしていつの時代も、多くの者が荒野をさまよっている……天災、戦争、そして都市の進化もまた、彼らのことを迫害しているのだ。
君は何もかも知っているはずだ……なぜ剣を抜こうとしない?
……それと、あの声。己の存在を丸ごと傾けて、理想のために熱意を注いだあとに、必ず聞こえる……遥か高いところから、あざけり笑う声。
……
あの長く無意味な旅の後……君が大騎士領に戻らざるを得なかった時のように。
ムリナール、私は、君がずっと何もしない自分を受け入れられるなんて、信じちゃいない。
……あの二つの光は、まるで深淵に投げ入れられた火種のように、最も輝かしい瞬間に突然消えてしまった。
十五年もの間、監査会はずっと口を閉ざし続けて、君の問いは一度も答えを得られていない。
ニアール家の騎士。彼らのようにまばゆい者さえ、カジミエーシュによって拒絶された……この闇夜に沈んだ国は、一筋の光すら受け入れようとしなかった。
だから君は心底失望したのだ……
君は……彼らが異国の地で何年待ったのかさえ知らない。
……何だと?
フッ……
数年前、リターニアに潜入した時……偶然彼らに出会ったのだ。
……
ポタッ。
最後に受け取った兄から手紙には、一滴のインクが滲んでいた。
二十年近く、彼にはその疑問を問う手紙を出す機会がなかった。
二十年の沈黙の後、これが征戦騎士に尋ねられる唯一の質問であることを彼は知っていた。
……他の者に、その話をしたことはあるか?
……
シチボルがゆっくりと首を横に振った。
長い沈黙が続いた。ムリナールは次の非難の言葉を――あるいは、後悔の言葉を待っていた。
しかし返ってきたのは、ため息のような重い呼吸と、その後に続く金属の軽くぶつかる音だけだった。
征戦騎士の体は、大地に深々と突き刺さった槍にもたれかかったその姿のまま、動かなくなっていた。
彼らがかつて荒野で見た、中身のない無数の甲冑のように。
しばらく立ち尽くした後、ムリナールは雨の中で膝をつき、かつて道を同じくした友に対して、騎士の哀悼の礼を捧げた。