彼方を望む 幕間
信仰という名の電車
シスター・ヒルデガルト……今日、この良き日に、我々はあなたを見送ります。
あなたの行く先を、光が導かんことを……あなたの比類なき敬虔さと信念が、永遠にその身と共にあらんことを……
ランデン修道院の鐘の音は長き……え? なに?
ゴホンッ! ……ランデン修道院の鐘の音は長き歳月を越え、この数百年の――ワイン!?
ねぇ、どうしてまだワインが残ってるの? どこから……えっ? じじいの目を盗んで持って来たって? シーッ! シーッ!
あー要するにランデン百年の栄光が共にあらんことをってこと! ヒルデガルト! 早く手伝って! この酒樽こじ開けるわよ!
ふふっ、見送りにはこれが欠かせないわよねえ? ほら急いで! じじいが帰ってこないうちに……カンパーイ!
......
あぁ……夢?
ん? 誰かがドアを叩いてる……もうこんな時間!?
おはようございます、ヒルデガルト修道士。
おはようございます……いえ、こんにちはですね、バイソンさん。久しぶりのベッドでしたので、少し気が緩んで、寝過ごしてしまいました。
長旅お疲れ様です。本日のスケジュールを確認しに来たのですが、今は大丈夫ですか?
ええ、問題ありませんよ。
ラテラーノ……あんな遠いところから龍門にいらっしゃるなんて、気楽な旅ではないですよね。
たしかにそうですね。
ラテラーノからこれほど離れた地までやってきたのは初めてです。長旅というのは、風景を楽しんでいればいいというわけでもないのですね。
ハハッ! そうですね。ベテランのトランスポーターでさえ、色んな方法で気を紛らわそうとしますからね……
トランスポーターさんたちの大変さがわかりました。
ヒルデガルトさん、昨晩の宿泊にはご満足いただけましたか?
ええ。都市の中心部に近い割に料金は良心的ですし、すごくいいところです。バイソンさんの見立てに間違いはありませんでした。
先日もお伝えしましたけど、費用に関しては心配いりませんよ? あなたが龍門にいる間の旅費はフェンツ運輸の経費で落とせますから。もし他の宿がいいのでしたらすぐに手配できます。
いいえ、ランデン修道院の一員として、金銭面での援助を受けたくないんです。申し訳ありませんね。
そもそも私は、修道院が抱える様々な問題を解決するためにやってきたのですから。自分だけが贅沢なもてなしを受けて楽しむようなわけには参りません。
そうですか……素晴らしい精神ですね。
我が修道院では当たり前のことです。
ピーターズとの面会は明日の夜になりますが……今日はどのようなご予定ですか?
んー……近くをちょっと散策でもしようかと。何せ炎国に来たのは初めてですから。
それなら、ガイドやお供は必要ですか?
あー、いいえ。自分で適当に見て回ります。単に自分の好奇心を満たしたいだけですから、ご迷惑をかけるわけにはいきません。
そうですか……ならぼくもお邪魔しないようにしますね。
ご理解感謝します。
あの……つかぬことをお尋ねしますが、ピーターズさんは、あなたのお父様ですよね?
え? あっ、はい。それが何か?
いいえ、失礼しました。ただバイソンさんは仕事の時、ピーターズさんのことを完全に上司として見ているのだなと思いまして……
ええ、親子という繋がりに頼ってばかりいては、彼のような高い壁は越えられませんからね。
……ハハッ、バイソンさんも野心家だったのですね。
お恥ずかしい……ヒルデガルト修道士が聞き上手な方でなければ、ぼくだってクライアントにこんなお話はしませんよ。
では、ぼくはこれで失礼します……
今度お時間がある時に、ラテラーノのお話を聞かせていただいてもいいですか? あなたが龍門に興味があるように、ぼくもラテラーノには……色々と思いを馳せているんですよ。
ええ、構いませんよ。
ありがとうございます……では良い一日を。
……龍門か。
手元に自由に使えるお金は大してないけど……適当にぶらぶらしてみましょう。
「信仰も機会も、市場と鐘の音にある」と言いますからね。
君のお父さんは頑固すぎるよ! ここは龍門なんだぞ?
でもこの技術は、うちが代々受け継がれてきたものだから――
一体いつの時代だよ、手作りものなんかでどうやって稼ぐのさ?
……それもそうね。ならお父さんを説得しに行かないと。
……
俺たち何番目くらいかな?
今は21番だから、もうすぐよ。このスイーツ店はどうしてこんなに人気なのかしら……?
……私は31番か。
甘い……
ん?
あっ……?
えっ……あ、あなたはもしかして、ラテラーノからいらっしゃった例のお客さんじゃないですか?
え? 私を知ってるんですか?
あっ、はい、実は事情があって今わたしの家は住めなくて、近衛局が手配してくれた場所があなたと同じホテルで……えーっと、実はあなたの正面の部屋に泊まってるんです……
そうでしたか……それは偶然ですね。
ああ、これは失礼、まずは自己紹介が先でしたね。私はラテラーノのランデン修道院に所属しております修道士です。ヒルデガルトと呼んでください。あなたは?
そそそんなご丁寧に! わわわたしは、ただの普通のエンジニアです……コードネームは、スノーズントです……
……でも、あなたのような身分の方がどうして一般客室に? もっと高級な部屋に泊まらないんですか?
アハハ……私もちょっと事情がね。でも一番の理由は自分を律するためです。スノーズントさんも、私に対してそんなに畏まる必要はありませんよ、今はただ観光してるだけですから。
そうだ。どうぞ、召し上がりませんか?
これは……ケーキですか?
この辺りで有名なお店みたいだったので、多めに買ったんですが、まさかこんなに刺激的な味だとは思わなくて。
でも、こういったものの方が受けるのだとしたら、もしかしたら修道院の一部の商品が龍門に合わないかもしれませんね……
本当にこれをわたしにくれるんですか!?
え? あぁ、もちろんですよ。どうぞ。
あ、ありがとうございます!
(丸三日何も食べてない瘤獣みたい……)コホンッ、そんなに慌てないで、ゆっくり食べてくださいね。
……スノーズントさん、でしたよね? それを食べ終わったら少し私と一緒に歩きませんか? お時間があればですけれど。
ゴクンッ……ハッ! も、もちろんですヒルデガルト様! 今日はお休みなので平気です!
さ、様だなんてやめてください、なんだか気恥ずかしいです……
いつの間にか、もう夜ですね。
鐘の音が聞こえない日……か。
ヒルデガルトさん、どうかしましたか?
ああ……いえ、何でもありません。ただ時間が過ぎるのは早いものだなと思いまして。
今日は休日ですからね。渋滞がひどくて、龍門の中心部をちょっと回るだけですぐ暗くなっちゃいますよ。
……スノーズントさん、クルビアってどんな場所なんですか?
クルビアですか? そうですね……ぜ、全部がピカピカしていて、科学技術の都市という印象が強いです。あとは――
ちょっと冷たい……かも?
も、もちろん、研究所やその近くの場所でしか過ごしたことはないですけど……というより、わたし、職場から二キロ以上離れた場所には行ったことがないんです!
会社と家を往復するだけのあの生活……ううっ、思い出しただけで胃がぐるぐるします……
はは……無理に答えなくても大丈夫ですよ。今の質問は聞かなかったことにしてください。
ふぅ……
ヒルデガルトさん、ランデン修道院ってどんな場所なんですか? わたし、ラテラーノについては公証人役場のことしか聞いたことがないんですよね……
……パン屋。
パン屋?
あ、いえ……あそこは、麦畑が広がる丘の上に建てられた古い修道院です。
初めは、教皇を守る戦士を訓練するための場所として、建てられました。公証人役場や教皇騎士との最大の違いは、ランデン修道院は各国からやってくる人々を受け入れるところにあります。
ですが……
ゴクンッ……ですが?
最近あまりに平和すぎます! しかも公証人役場に仕事を根こそぎ奪われて、今年は新人が一人もいないんです! ご老人たちも、修道院に自助努力を学ばせるために予算は出さないとか言い出すし!
このままでは倒産してしまいます……歴史あるランデン修道院が、財政難で倒産ですよ!!
ヒ、ヒルデガルトさん? 修道院に倒産という言葉は当てはまるんでしょうか?
この言葉があまりにもピッタリなので、仕方ありません!
……コホンッ。失礼、つい取り乱してしまいました。
ヒルデガルトさんがラテラーノを離れたのは、それが理由で?
ええ……何とかしなければいけませんから。幸い修道院の名は広く知られています。一部には、名前しか残っていないなんて言う方もいますが、少なくとも私たちには……大きな麦畑があるんです。
今日はありがとうございました、スノーズントさん。
と、とんでもありません! もともと予定もなかったですし……
わたしの部屋は152号室ですから、もし何かあれば遠慮なく訪ねてください。家が片づくまではずっとここにいますから。
はい、是非。
これはこれは、ヒルデガルト修道士! ようこそフェンツ運輸へ!
ピーターズさん、お会いできて非常に光栄です。
いやいや、そう畏まらず楽になさってください。弊社の社風としても、あまり堅苦しい商談は好みませんので。
わかりました。ではお言葉に甘えて……
ええとまずは、ランデン修道院と龍門を行き来する際の取り決めについてですが――
……さすがピーターズさん、大変素晴らしい手腕ですね。全ての計画を既に詰められていて、今日の商談では、ただその内容を私に伝えただけ……そうですよね?
滅相もありません。
……完璧でした。私程度の見識では、トランスポーター関連の仕事について、まだまだあなたの足元にも及びません。
ハハハッ! ラテラーノの修道院の方に認めていただけるとは、私も光栄ですよ。
ピーターズさん、失礼かとは思いますが、個人的にいくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?
なぜ、御社はランデン修道院を選ばれたのでしょう?
フェンツ運輸ほどの大企業が、トランスポーターのルートを設け、独自のロジスティクスを整備するのであれば、もっと――
何をおっしゃるんですか。ランデン修道院のような、歴史ある機関とパートナーシップを築けることを、我々は大変ありがたく思っていますよ。
……
――ヒルデガルト修道士は、我々物流企業が踏み込むことのできる限界距離をご存じですか?
え?
たとえ我がフェンツ運輸でも、龍門や周辺にある五つの炎国の都市に関わるのが精一杯なのです。
……ウルサスやヴィクトリアは? 龍門は炎国の対外貿易における重要拠点です、国外の――
現実は、ほとんどの一般市民が想像するものとは違います。登録国以外の地域で、物流会社がその勢力を拡げることは極めて難しい。
合法的に国境を越えたとしても、ほとんどの民間物流会社の業務は現地パートナーや政府の担当機関に移管されます。自国内で他国のトランスポーターに好き勝手させる国なんてないんですよ。
もちろんこれは、単に「表側」の運営モデルにすぎませんがね……グレーゾーンの業務に関しては、今回の検討の範疇ではありませんのでご心配なく。
そうだったんですね……
あなたのご懸念の通り、情報や輸送など各方面において安定したインフラを確立するために必要なコストは、修道院がもたらす商品利益だけでは到底賄えません。
天災トランスポーターが常駐するための基地局の設立だけでも、かなりの高コストですからね。
しかし、これはラテラーノに通じる貴重な道なんですよ。この意味はおわかりですよね?
これは、私が描いている青写真のほんの一部にすぎません。そしてこの道の先には……トランスポーターたちを先陣として、全ての壁を超え、私たちがこの大地の隅々へと踏み出す未来があるんです。
もちろん、難しいことは私も承知していますよ。そうですね、種族や文化、歴史、そして時に起こる厄介な天災。ざっと挙げるだけでもこれくらいはありますか。
……この大地には、各国が手を取り合うことを阻む要因が、あまりにも多すぎます。描いた青写真を現実のものとするために、我々は争いを乗り越え、天災に抗う必要に迫られるかもしれない。
いえ、隔たりが明確にある、今のこの大地では、そもそも私の理想は実現不可能なものかもしれません。
しかし……だからといって挑戦を諦めねばならない理由はありませんし、国と国の架け橋が存在してはいけない、という道理もありませんよね?
なので我々は、まず道を切り開くことにしました。
とある手段を通じて知ったことですが……教皇ご本人がこのような考えに非常に寛容なようです。そのため、私は、ラテラーノが我々の試みの第一歩になってくれるのではないかと考えたのです。
……
ヒルデガルト修道士?
いえ、ごめんなさい。まさかそれほど大きな構想があるとは……
……息子さんはあなたのこの……えーっと、壮大な青写真はご存じなんですか?
まさか! あいつにはまだ経験が必要です。この事業は一朝一夕で成せるものではありません。実際に橋をかけるのは私ではなく、あいつでしょう。もしかしたらあいつですらないかもしれません。
どうであれ、あいつは私の息子……それで十分です。
……ランデン修道院が御社とパートナー契約を締結できたことは、大変貴重な経験になるでしょう。
私も大変光栄に思ってますよ、ヒルデガルト修道士。
……ピーターズさん、正直に申し上げると、私の考えは非常に単純です。私は自分の修道院が大好きですし、ランデン修道院の持つ素晴らしい文化を、存続させる価値があるとも思っています。
なので、その文化を今、この時代で絶やしたくはないんです。
あなたの望みと比べると、私の動機は少し利己的に思えますよね。
そんなことはありませんよ、ヒルデガルト修道士。生まれ育つ故郷を心から愛し、守ろうとすることは、決して自分本位な行為ではありません。
それに、修道院に不利益をもたらすのではないかと心配する必要もありません。ランデン修道院の立場はあくまでもランデン修道院、ただそれだけです。
フフッ、そこまでの心配はしておりませんが……ピーターズさんは思慮深い方ですね。
とんでもない、それはヒルデガルト修道士の方ですよ。私があなたくらいの年頃は、とてもこのように落ち着いてはいられませんでしたから。
今日はもう遅い。明日は、あなたを歓迎する晩餐会を開きます。それまでどうかごゆっくりお休みください。
……ふぅ、うまくいってよかった。ピーターズさんって本当にすごい人だったな……
でも――
はぁ、もう私にやることが何もないような……
私には何ができるのでしょうか?
わからない……
何か仕事でも探す? でもそんなにすぐには――
うわっ! ――な、何事?
うーん、どうして毎回こうなっちゃうのかなぁ?
あんたはんも、そろそろ慣れたんちゃう?
慣れる? 仕事中急に爆発が起きてみんなの注目を集めるのに?
ちょい待ちや……見つけたで泥棒! 逃がさへんで!
うわぁ……泥棒を捕まえるだけでこんな大ごとになるんですか? 何を盗られたらこうなるんでしょう――
はい、どちら様でしょうか?
わたしです! スノーズントです!
どうぞ。
すみません……お邪魔じゃありませんでしたか?
大丈夫ですよ、何かご用ですか?
あ、あの……一人でいても何すればいいかちょっとわからなくてですね……昨日の今頃は、家で小型清掃ドローン23号を改良してたんですけど――
小型清掃ドローン……23号?
あっ、はい、そうです。もっと単純な源石回路を作ってみたかったんですけど、その結果カーテンに火がついちゃって……
ううっ、保険には入ってましたが……これでカードの残高がまた――
そ、それは大変でしたね……あっ、そうだ! スノーズントさん、下にいるあの人たちをご存じですか?
下? そういえば、さっきからなんだか騒がしいですね。
テキサスさん! そっちに行ったよ!
了解!
あっ! あれは……ペ、ペンギン急便の皆さんです……
……ああ、その会社名は聞いたことがあります。
あの人たちは……えーっと、市街地で車をドリフトさせたりして、スクーターを無理やり止めるような人たちなんですか?
えっ? ええ、その程度は日常茶飯事です。
日常茶飯事……
あの人たちの名前はわかりますか?
え? はい、仕事の関係で彼女たちとはよく会うので……
あの車を運転しているカッコイイ狼がテキサスさんです。それからハンマーを持って走ってる元気なお姉さんがクロワッサンさん――
(本名じゃないみたいですね。私もそういうのを用意した方がいいでしょうか……)
あっ、あの慌ててケンカの仲裁に入ってる可愛い女の子がソラさん……前は有名なアイドルだったんですけど、ご存じませんか?
アイドル……とは?
つまり、えーっと……歌手とか、スターとか、そういう感じです。修道院ではやっぱりそういった娯楽は禁止されたのでしょうか?
修道院にも戒律はありますが、そんなに厳しくはありませんよ……少なくともここ数年は。
スターですか……
スターになるとは、どんな感覚なんでしょう?
わたしも知りたいです……
あっ、このホテルのネットワークテレビではライブ映像を見られますよ、少し見てみませんか……?
……そうですね、まだ遅い時間でもありませんしね。
な、ならテレビをつけてみますね……うーん、ここは有料かな? ああ、これは無料の番組ですね……
――実はずっと思いを馳せていた。
外の大地は、今までに見たことのない姿なのだろうと。
……
あっ、もうこんな時間――
スー……スー……
あれ……
……おやすみなさい、スノーズントさん。
ふあ――
なんだか逆に目が覚めてしまいました……
テレビか。修道院にもテレビはありましたが……
こんな小さい箱で、大地全体の風景が見られるのですね……
……アイドル……か。
いやいやいや! 何を考えているの私――
うーん……
……カジミエーシュの騎士も、悪くなさそうでしたね。でも、あの騎士競技はどこか変な感じがしました……機会があれば、直接見に行ってみたいものです。
……リターニアの術師もすごいですね。たしかアンジェリカ姉さんが課程修了後リターニアに行ったんでしたっけ? 音楽学校に留学したとか……?
ふぅ……
……今夜の星は何だかよく輝いて見えますね。
詩人は星をあらゆる言葉で表現し、旅人は夜について様々な思いを描く……そして俺は、どの星に俺の名を付けるかすでに決めた。
こんばんは、お嬢ちゃん。
……あ、あなたは?
あぁ、前にお前が俺のバーから出てくるのを見たんだ。そん時、俺はちょっとしたハプニングに対応しててな……
えっ……でもあそこはフェンツ運輸の――
ピーターズか? 店をあのアホ牛が買い上げたのは本当だ。しかし俺はあの店唯一のバーテンなんだぜ? バーの魂はバーテンだ! 俺こそがあの店の魂そのものなんだよ!
はぁ……
おっと電話だ……ちょっと待ってくれ。
んだと? 偽物? ……すり替えられた?
だったら何をボサっとしてんだよ! そいつらの船を爆破しろ! そうだ、そう言ってるんだ! ……なに? もちろん俺も行く! お前らに楽しみを独り占めはさせねぇよ、待ってろ!
(それってどう聞いても違法行為じゃないですか――!?)
ふぅ……で、ピーターズと何を話したんだ?
それは――
あぁわかってる。どうせまた色んな事業提携をして可能性とやらを見出そうとしてるんだろ? ご苦労なこった。
なぁ、お嬢ちゃん……この大地は素晴らしいもんだ。
なんですか突然――
だが今のお前には、何かを切り開こうっていう意志が欠けてる。
まぁ大丈夫だ、お前はなかなか見どころがある。ポール・ランデンもナイスガイだったしな……銃を置いて筆を執ったあいつの姿に、俺は感銘を受けたモンだぜ!
奴らを見つけた、ボス。
え? ちょっと待っ――
よし! ぐずぐずしてらんねぇな! 奴らを川の底に沈めてやる!
あの……!
行ってしまった。……ポール・ランデンって、まさかランデン修道院の創始者のこと? あの変な人、まるで知り合いみたいに言ってたけどまさかね……
……あんな人が龍門にいるなんて。
あの……ピーターズさん、失礼かとは思いますが、龍門を去る前にどうしてもお聞きしたいことがあります。
何でしょう?
どうしていつもこのバーにしてるんですか?
ハハハッ……ある顔なじみからここを買い上げたばかりでしてね、この雰囲気がとても気に入ってるんですよ。さほど騒がしくなく、清潔で……程よく明るくて上品な店でしょう?
普通のバーはこんなものじゃありませんよ。ラテラーノではどうなのかわかりませんが、少なくともこの龍門ではね……まぁでも、修道士の方々なら、バーとは無縁ですかね。
そうとも言い切れません。日曜日の修道士宿舎は基本的にバーと大して変わりませんよ。
ハハッ、私がなぜヒルデガルト修道士と話が合うのか、なんとなくわかりましたよ。
しかしですね、ここを選ぶ一番の理由は、このバーの名前がとても気に入ったからなんですよ――
――「大地の果て」。
今この瞬間、我々は「大地の果て」にいるんです。
……そういうことでしたか。
では、この業務提携が理想の結果をもたらすことを願って、乾杯。
乾杯!
出発のお時間は?
元の予定では、明日の朝九時でした。
そうか……元の予定?
はい……少し予定を改めようかと。
なるほど。どうされるかわかりませんが、我々のトランスポーターの力は必要ですかな?
いえ……お気遣いなく。今回私が修道院を後にしたのは、単に一つや二つの用事を済ませるためではありません。
一番の目的は、自分の信仰を活かすべき場所を見つけることです。
それで、結論は出ましたか?
うーん……
……どうなんでしょうね。
でも――
この大地は実際、私が思っていたよりもずっと面白い……ですからもう少しじっくり見てみたいんです。
若者らしい答えですね。私も修道士に少々お聞きしたいのですが。
恐縮です。どうぞ何なりと。
我々の事業が……いつか人々に認められる日がくると思いますか? ラテラーノの他の勢力が、私たちの前に、立ちはだかる可能性はありませんか?
それは今断言すべきことではありません。ピーターズさん、物事の価値は、それが起こる前に決められるべきではありません。少なくとも私たちはすべての物事を尊重することを選択します。
それも修道院の信条ですか?
いいえ、ラテラーノ人が持つ性質です。それとも、ピーターズさんは今のランデン修道院の考え方を知りたかっただけでしょうか?
いえいえ。私はただ、今のビジネスパートナーがどのような心持ちで仕事にあたるのかが気になっただけです。
私は自分のビジネスを疑うなどということはありません。ただ、それがビジネスの範疇を越えてしまった場合には、他者の見解を意識せざるを得ませんからね。
あなたはどう思われますか?
……ランデン修道院にはある寓話があります。
ラテラーノのとある教会には大きな壁画があり、古代の英傑たちが信仰のために戦う物語が描かれているそうです。
各地からやってきた芸術家が、この壁画を見て評価をしました――ある者は褒めたたえ、ある者は批判し、またある者は理性的な沈黙を選択しました。
同じ頃、リターニアのとある地から一人の成金がやってきました。
この成金はぶくぶくと太っていて、教会の階段を上るのが億劫だったので、遠くから教会の窓越しに壁画を見ることにしました。すると、壁画の中に異形の野獣を見つけたのです。
そして成金はこの壁画を中傷し始め、神聖なるラテラーノにこんな醜悪な作品があるなんて、恥ずべき事態だと言ったのです。
続けて彼は、この邪悪な野獣の絵には、けしからん箇所がいくつもあると言いました。
邪悪な野獣?
はい。実は彼が壁画の中に見たのは野獣などではなく、ロウソクが照らした置物の影による錯覚だったんです。
彼は、実際に教会に入ることすらなく、勘違いによる思い込みから更に浅はかな認識を得たというわけです。
こうなった理由は何だと思いますか?
――傲慢と、偏見。
その通りです。この寓話の名は『傲慢な野獣』。もし成金が「どうして教会は階段がこんなに高いんだ」と問い詰めていたら、それもまた一種の傲慢です。
あなたがしようとしていることは、あらゆる傲慢を打ち砕くこと。各国や各種族が協力の姿勢を見せず傲慢な態度を貫く中、トランスポーターを通して少なくとも共存の道を見出そうと……
その中には、自然と生命の傲慢――天災すら含まれる。
……正直に申し上げると、これは非常に難しいと思います。
しかし誰かが理想の尖兵にならなければいけません。
……それも私があなたを信頼する点です。ビジネスはビジネスと厳格に割り切りながらも、ビジネスと理想が両立する方法を模索している……
私たちは事業について有意義な話ができています。あなたの実行力には本当に感服します。
ハハハッ、そう思われているのであれば、私が心配することは何もありませんね。
機会があれば、息子をラテラーノに連れて行ってやってください。
それは是非とも。
モスティマと知り合ってから、息子の持つ「トランスポーター」という概念は、以前ほど、凝り固まったものではなくなりましたし――おや? どうかなさいましたか? そんな表情をされて。
……少々聞き捨てならない名前が出てきましたもので。
おお! そんなに有名でしたか……彼女の評判はトランスポーター業界に限られていると思ってましたよ。
……彼女が追放されてからは、あまり彼女に関する情報を耳にしてきませんでしたが。
彼女なら、どこで評判になってもおかしくはないでしょう……サンクタなのですから。
ハハッ、確かに。
……そうだ、エンペラーがこれをあなたにと。
え? エンペラー?
この辺りじゃ知らない者はいない、有名な奴ですよ。ぶっ飛んではいますが、確実に頼りになります。
……これは……連絡先でしょうか? どこかの……会社?
ロドス……アイランド……と読むんですか?
なるほど、エンペラーの仲介センスもたまには信じるべきですね。ああ、私も保証します。彼らは――ロドスはこの大地と同じくらい素晴らしい方たちですよ。