将進酒IW-2・戦闘前尋ぬる処無し
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ウルサス極東炎カジミエーシュリターニアヴィクトリアカズデルシラクーザレム・ビリトン
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将進酒 IW-2・戦闘前

尋ぬる処無し

春寒料峭のみぎり。

肌にしんと染み入る冷たさが、通り抜けてきた光景を鮮やかに蘇らせる。かつて我々は学舎の門を叩き、商いを始め、武を修め、そして政にまで手を伸ばした。

その歳月の中で、我々は影の形に添うように共にいた。良き師と良き友が傍におり、それぞれが理想を抱いて、拓けた将来のために努力した。

では、今は?

手入れのされぬ煉瓦の塀は埃に塗れている。暦は春と数えてしばらく経つが、凍て解けには遠い。名残りの雪が、そこかしこで玉石のように白白としている。

閉じた門扉を前にして、その向こうにいる者の考えなど分かりはしない。扉が開け放たれた時に見えるものが、己が知り得る全てであり相手が知らせたいものなのだと、それだけは知っている。

男は顔を上げた。正門がきしんで音を立てた。

仏頂面の男

……

船頭

リャン様。

リー

……リャン・シュン、しばらくだねぇ。

リャン・シュン

久方ぶりだな。顔を合わせるのはいつ以来だろうか。

長旅ご苦労だった、リー。

リー

さすがに朝飯前だったとは言えませんねぇ。リャン様ってのは随分と大きな顔をお持ちのようだ。こんなもののために、おれを尚蜀まで呼びつけるんですから。

リャン・シュン

それに関しては時間がある時にきちんと説明するさ。

シェン殿、君もご苦労だった。春先のこの季節、川には観光客が多いだろうに。

船頭

とんでもありません。リャン様から請け負ったことですから、当然何を差し置いても務めさせていただきます。

では、お申し付けの通り、客人は送り届けましたので、お先に……ああ、そういえば。

実はこちらに向かう途中、街で少しばかり騒ぎがありました。詳細はリーさんから聞いてください。

リャン・シュン

……騒ぎ?

船頭

リャン様、くれぐれもお気を付けください。

では一足先に失礼させていただきます。渡し場も人が足りないことでしょうし、急いで戻らないといけませんもので。

リャン・シュン

ああ、気を付けて。

リー

「争山渡から尚蜀へ入れ。シェンという船頭を訪ねろ」

初めて行く場所だってのに、この言葉だけでどうにかしろってんですから、リャン様もよくやりますよ。

リャン・シュン

尚蜀に来るのは初めてじゃないだろう。

リー

シェンさんってのは、何者だ?

リャン・シュン

ただの信用に足る船頭だ。ベテランの船頭は、他の何よりも信頼できる。

リー

ごもっとも。

リャン・シュン

それでこちらの方々は……

ウユウ

(あ、あれ恩人様……今やっと気付いたんですがリャン様って、もしや尚蜀知府の!?)

クルース

(ウユウくんのそういうとこにもなんだか慣れてきたなぁ。ところで知府ってなに?)

ウユウ

(おおっと、つまり市長さんですよ!)

クルース

(でもそれって、炎国の官職だと、ウェイ・イェンウよりもずっと低い立場ってことだよねぇ?)

リー

こちらの二人はおれの……今の仕事仲間だ。

ウユウ

リャン様、お初にお目にかかります。私は楚(ソ)……

ウユウにござりまする。

クルース

私はクルース。ロドス製薬に所属していて、今はリーさんと協力関係を結んでるんだぁ。

でも今回は仕事じゃなくて、たまたま尚蜀でリーさんに会っただけなんだ。お邪魔してごめんねぇ。

リャン・シュン

偶然の遭遇だったのか。私はてっきり、二人は君が招いた龍門のトランスポーターかと思ったが……

リー

はぁ、トランスポーターなんて職業があるのを覚えてたんなら、おれじゃなくて彼らをパシらせれば良かったんじゃないの?

リャン・シュン

事は重大で、ここまでの道も険しい。トランスポーターでは安心できん。

リー

おれなら安心できるって? 勘弁してくれよ、こーんなか弱い身で追いはぎにでも遭ったら、どうやって逃げろと?

リャン・シュン

そんなに面倒なら、断りの返事をしてくれて良かったんだぞ。

リー

よく言うねぇ。お前の手紙と、密輸業者の連中が龍門に着いたのはほぼ同時だったろうが。

他を当たれって依頼を断ってる時間なんておれにあったかい? すぐに人をやって調査して、ついでに密輸犯たちの巣窟をぶっ潰しに動くしかなかったよ。

はぁ、幸いうちのガキどもは有能なんでね。どうにかおれの体が空いて、お前に手を貸すことができたってわけだ。

クルース

(ワイフーさんのことを言ってるみたいだねぇ……リーさんは龍門でやらなきゃいけないことがたくさんあるだろうし、逃げ出す口実を見つけたんじゃないかなぁ……)

リャン・シュン

こちらのお二人、リーの仕事仲間ということなら、早く中に入ってくれ。客間ならいくつもあるはずだ。

リー

尚蜀知府から直々におもてなしされるなんて滅多にないことですんでね。ではお言葉に甘えさせてもらいますよっと。

リャン・シュン

お二人もどうぞ。

ウユウ

……かたじけない。

恩人様、ちょうど宿泊先に困っていたことですし、約束の時間までもまだあります。ここで一休みするのはいかがでしょう?

クルース

……うん。

ウユウ

恩人様?

クルース

いや、何でもないよぉ……ちょっと疲れちゃったのかなぁ。

リーさん、さっき起きたこと、リャン様に話すのぉ?

リー

……ええ。

この空模様、霧のかかり具合を見るに、夜は雨が降りそうですね――


リー

――

リャン・シュン

……? どうした、リー?

リー

……なんでもないよ。

ちーと頭に景色が蘇ってね……久しく尚蜀に来ていなかったものだから、少し懐かしくなってるんだろうよ。


街の青年

……お嬢様、どうでした?

ドゥ

どうもこうもないわよ、テイのじじいにどやされちゃったわ。

街の青年

なら俺たちは……

ドゥ

言ったでしょ! 何でもかんでもあいつらの言いなりになるのはダメよ。

言いなりになってたら、あたしたちに未来はないのよ。

あんたたちは、あたしの言う通りにやりなさい。

街の青年

わかりました。ならみんなを呼んできます。

ドゥ

ええ。

街の青年

それで、次はあの龍門人をどうするつもりなんですか?

ドゥ

……直接会いに行くわ。

腹を割って話さないといけないからね。


リー

一杯どうよ?

リャン・シュン

……いや。まだ仕事があるんでな。

リー

寂しいねぇ。お前のために、こうして遠路はるばる酒杯を届けにきてあげたっていうのに、酒の一杯も付き合ってくれないなんて。

こいつを手に入れるために、結構な苦労したんだけどなぁ。

リャン・シュン

飲酒は諸事に障る。

リー

諸事に障るか……なるほどねぇ。

昔のリャン・シュンはその言葉が好きだったよなぁ。それがリャン様となった今でも酒に弱いままだなんて、嬉しいねぇ。

リャン・シュン

君は今でも、あの口数が減らないリーだと知れて私も嬉しい。

行裕客桟の件についてはすでに調査に向かわせてある。

リー

この件は単純な話じゃなさそうだ。もし本当に何も知らないならむやみやたらに関わらない方がいい。所詮は江湖のことさ。

いっそ、おれが尚蜀からとんずらするのを待つって手もある。そうすりゃすべておしまいさ。

リャン・シュン

……

リー

ところで、酒杯の確認はしなくていいのかい? 道中揺れがひどくておれがうっかり尻でグシャリとやってる可能性もあるだろ?

リャン・シュン

君が特に何も言ってこない限り、酒杯は無事ということだろう。

リー

……はは。

いいから出して見てみなさいって、わざわざ龍門から運んだお宝なんだから。

リャン・シュン

……これが……

リー

ちーと不思議なんだが、こいつはそんな特別なものなのか? 密輸業者のオークションじゃ、凄いモノ扱いって扱いはされてなかったけどね。

唯一気になったのは、連中の間で流れてた噂くらいかね。最初にこの酒杯が見つかった村で伝わる怪談があるらしい。

リャン・シュン

話してくれ。

リー

この酒杯は、周囲の器物に……命を宿すそうな。

リャン・シュン

……証拠はあるのか?

リー

怪談に証拠があったら、そいつはもう事件じゃないかい? おれも伝え聞いた話さ。

リャン・シュン

その密輸犯たちは?

リー

まとめて近衛局に突き出しといた。

リャン・シュン

……ならいい。

実は、君にもう一つ頼みたいことがある。

リー

だろうなぁ。わざわざ龍門から呼びつけといて、これだけってことはないでしょうよ。

だけどその話を聞く前に……

リャン・シュン

……ふっ。どうやらどうしても一杯付き合わないと、見逃してくれないようだな。

では仕事はまたあとにするとしよう。はっ、君はちっとも変っていないな、変わらず自適だ。

リー

ま、座りなって。

リャン・シュン

まるで君が主であるかのような口ぶりだな。

龍門ではどうだ? 私立探偵をしていると聞いたが?

リー

事務所はそこそこ繁盛してるよ……武術バカのワイの奴の娘もうちにいる。

リャン・シュン

ほう、なるほど。どうりで君が突然、彼の行方を捜すのを手伝ってほしいと言ってきたわけだ。

リー

実はワイフーの面倒を見始めてからしばらく経っててね、大学の卒業式もおれが行ったんだ。このまま嫁ぐ時も親の席におれを座らせるのかね。

はぁ、ワイフーはいい娘だ。だがあいつの親父はいい父親とは言えないね。

リャン・シュン

彼の娘も……もうそんなに大きくなったのか。

リー

時間が過ぎゆくのは早いもんだよ、リャン・シュン。

リャン・シュン

……そうだな。

リー

お前が役人の道に進んだらしいと耳には挟んでたよ。お前の性格的にもきっと大層なご活躍で成功してるだろうと思ってた。だけどまさか再会するまでこんだけ間が開くとはね。

リャン・シュン

君が元気になってくれれば、皆うれしく思うだろう。

リー

元気になったとは言えないなぁ。頭ん中でぐるぐる悩んでたら、そんなことより実は普段の生活の方が、よっぽど大変じゃないかと気付いちまっただけさ。

リャン・シュン

……君の手料理は久しく味わっていないな。

リー

お前はもう一都市を治める長だろうが、昔の貧乏生活を恋しがってどうすんだか。

あん時のおれたちみたいな、才智に溢れた若者が不遇な扱いをされて埋もれたまんまになってないかを気にかけなさいよ。昔のお前が一番義憤を燃やしてたとこでしょうに。

リャン・シュン

……そうだな。

リー

いやぁ、でも良かったよ。お前さんは相も変わらず、女人には相手にされてないようだな。

今回尚蜀に着いて、お前がとっくに家庭を持ってるのを知ったなんてことがあったら――

優しい女性の声

……リャン様、お客様がいらっしゃるのですか?

リー

……

リャン・シュン

……ゴホンッ。

寧(ニン)さん……今はちょっと都合が……

リー

――良い。大変都合が良いですとも。おれはただの信使なので、すぐに消えますから!

ニン

……こんばんは、リャン様、それとこちらの……信使さん?

リー

……はい、そうです。

リャン・シュン

……

リー

(さーて説明してもらおうか。)

リャン・シュン

(仕事仲間だ。)

リー

(こんな時間に何のお仕事だって?)

リャン・シュン

(まだ夕飯時を過ぎたばかりだろ。)

ニン

……あっ。

その……もしやリャン様は、今晩私が来ることをお忘れになっていたのでしょうか?

リャン・シュン

いえ、ただ……

リー

……お二人さんはどうぞごゆるりと! おれは急に用事があるのを思い出したもんで。

リャン様、品物はこちらに置いておきます。もしまだおれに用があるなら……あー、そちらの仕事が終わってから話しましょう!

リャン・シュン

待て、リー――


リー

あーあ、こいつはおおごとだ。


クルース

……ウユウくん、ご飯食べる場所を探してるだけなのに、こんなに時間をかける必要あるのぉ?

そこら辺のお店じゃダメなのぉ? ニェンさんもいないんだし、うるさく言ってくる人はいないよぉ……

ウユウ

それはいけませんよ恩人様! 昼間は私の店選びが悪かったばっかりに、恩人様にご迷惑をかけまして申し訳なく思ってるんです。今回こそは、きっと良い店にお連れしますので!

クルース

……ならどうしてこんな人の影すらないような路地に来たのぉ?

ウユウ

へへ、恩人様、こういうところにこそ隠れた名店があるんです。炎国の人間は、みんな行きつけの店があって、そういうとこは、よその有名なレストランなんかとは比べ物になりません。

食は思い出、その情を味わうのですよ……

クルース

ウユウくんは尚蜀の地元の人じゃないでしょぉ……なに思い出のお店とか言ってるのぉ。

その旅行雑誌はしまいなよぉ。

ウユウ

かしこまりました!

クルース

ウユウくんのポッケは何でも入るポッケなのぉ? どうしていつもおかしな本ばっかり入ってるのかなぁ……

……わざわざ裏路地を選んだのは、お昼に襲ってきた人たちをおびき出すためぇ?

ウユウ

知府様の後ろ盾がある今、何を恐れるものがありましょう?

それに彼らは本物の悪党というわけではなさそうです。ニェンさんたちと合流する前に、面倒事は解決しておくのがいいでしょう。

クルース

……一番安全なのは、梁府で大人しくしていて、近くのロドス事務所に人を向かわせるよう連絡することだと思うよぉ……うーん……

ウユウ

恩人様、以前から気になっていたんですが、ロドスには炎国人が多いのですか?

クルース

言われてみれば、特に多いってわけでもないけど、どこにいても炎国人の姿を見かけるような。不思議だねぇ……

ロドス? ロドス……

うむ。

感染者が街中を闊歩しているだと?


ウユウ

――恩人様、お気をつけて!

クルース

うっ――

ガタイのいい男性

ほう、これほど素早く反応するか。

実に意外である。

ウユウ

何を――

――!

ウユウの思考は速く、行動はさらに速かった。武を心得る者なら多くがそうである。

だが今回、男が繰り出した手刀はその全てを上回って、ウユウの喉に触れた。

ガタイのいい男性

下手に動くな。

クルース

……ウユウくん! 動かないで!

ガタイのいい男性

貴様は、自分が連れている者が誰か知っているのか? 彼女が感染者組織の一員だと知っているか?

ウユウ

あはは……恩人様、正直に申し上げますとね、今私は指すら動かせませんよ……

それにこの方は……お役人です。

ガタイのいい男性

短い得物だ、扇子であるか。腕は上々、だが戦場はまだ経験していないな。

そして、身の程はわきまえている。

クルース

私たちもしかして、どこかで会ったこと……

ガタイのいい男性

ない。

だが大理寺少卿(だいりじしょうけい)は貴様らと多少なりとも関わりがあるだろう。

クルース

……レイズさん?

そうだ! 行動記録で見たことある、あなたは……!

タイホー

粛政院(しゅくせいいん)副監察御史(ふくかんさつぎょし)、太合(タイホー)だ。

ウユウ

粛、粛政院(しゅくせいいん)……!?

タイホー

感染者、尚蜀に何用だ?

勾呉城(こうごじょう)の外で何が起きた? シーの奴はなぜ勝手に山を離れた?

このことはロドスと何の関係がある?

ウユウ

(恩人様、この方……シー嬢のことを言っていますよ?)

クルース

……

タイホー

だんまりか。

クルース

ロドスを探る必要はないよぉ。私たちは、ちゃんと決められた手続きをしてるからぁ……感染者としてねぇ。

タイホー

……

クルース

でも、私たちオペレーターのプライベートについての話ならぁ、それは本当にノーコメントだよぉ。

それに私は本当に知らないしねぇ。

タイホー

……オペレーターだと?

歳獣の化身が会社の職員とは、前代未聞である。

どうやら大理寺は職務を怠っているようだ。貴様らこそ法の下に引き立てるべきだろう。

クルース

……あなたは私たちを追ってきたのぉ?

タイホー

否。

クルース

なのに私たちを行かせてくれないのぉ?

タイホー

取り調べに協力しろ。貴様らの処分については我が判断する。

クルース

……

若い男性の声

タイホーさん、そんな剣幕で迫っちゃ怖がられますよ。

クルース

――!

タイホー

左(ズオ)公子。

穏やかな少年

他の持燭人(じしょくにん)から事情は聞いています。こちらの……ロドスの方々は、尚蜀知府のお客様だそうです。

彼らは灰斉山(かいせいざん)の一件と深く関わっていますが、明確に事件を起こしたわけではありません、今は追い立てる必要はないでしょう。

タイホー

……

穏やかな少年

お二方申し訳ない。タイホーさんは普段は寡黙な方ですが、今日はどうも気が立っているみたいで。

ズオ・ラウ

私は左楽(ズオ・ラウ)と申します。身分は……宮廷信使(きゅうていしんし)、と思っていただいて構いません。

クルース

……私はロドスのオペレーター、クルースだよぉ。

ウユウ

同じく、楚烏有(ソ・ウユウ)と申します! 正式な入職はまだなんですがね。

ズオ・ラウ

クルース姉さん、ウユウ兄さん、大変失礼いたしました。

ただ……こちらの非礼は承知の上で、一言ばかりご忠告させてください。

もしお二人が、あの姉妹に関わりを持っているのなら、これ以上深入りはしない方がいいですよ。

クルース

ニェンさんは私のお友達で同僚、シーさんはそのお友達の困った妹さんだよぉ。これって「深入り」になるかなぁ?

ズオ・ラウ

……正直に言うなら、恐らく「時すでに遅し」ですね。

クルース

忠告ありがとぉ。

ズオ・ラウ

……はっ。

クルースお姉さん、腕に自信がおありの方はさすがに度胸も持ち合わせてるようですね。


ズオ・ラウ

私とタイホーさんは公務がある身、お先に失礼します。では。

タイホー

ロドスの件について、リャン知府には粛政院への説明を頂きたいものだ。

失礼する。

クルース

……ううっ……

ウユウ

恩人様! 大丈夫ですか?

クルース

アハハ……さっき驚いて、足をひねっちゃった。でも大したことないよぉ。

……ウユウくん。

ウユウ

……はい。

粛政院副監察御史を従者にする「信使」なんてどう考えたって、でたらめです。毎度毎度馬鹿にするのはやめてほしいものですね!

それに向こうは勾呉の灰斉山のあの……先日我々が遭遇した出来事をすべて把握しているようでした……

あの姉妹がただならぬ者たちなのは誰だってわかるでしょうが、これは少々……うーむ想像を超えています。

クルース

……ひとまず梁府に戻ろっかぁ。

今はのんびりぶらぶらしてる場合じゃないよぉ、できるだけ早く彼女たちと合流しないと……

……ん?

ウユウ

どうされました?

クルース

ううん……多分小動物かなぁ。


リャン・シュン

……はぁ。

ニン

ため息をつくなんて、あなたらしくありませんね。

……それとも、リャン様は私と会うのがお嫌なのでしょうか。

リャン・シュン

いや……

そんなことはありません。

何か用でしょうか?

ニン

何もなければ来てはいけませんか?

リャン・シュン

……いえ。

ニン

お暇な時にでも、芝居を観に山へ行きませんか?

リャン・シュン

まだ外は冷えます。ニンさんはこの頃体調が優れないと聞いていますし、山へ行くのは好ましくないでしょう。

ニン

早春の天気などこんなものでしょう? むしろこうした候にこそ数舟峰(すうしゅうほう)の熱いお茶が恋しくなります。

リャン・シュン

確かに。では時間ができたら、お供するといたしましょう。

ニン

先程の方はお客様ですか? あなたは信使とおしゃべりするような方ではないでしょう。

「物はそこに置いてくれ。私の仕事の邪魔はするな」ふふ、こんな感じでしょうか。

いえ、後半は言わないかもしれませんね。リャン様は非常に礼儀の正しい方ですから。

リャン・シュン

……ニンさんに隠し事はできませんね。

ニン

それで、どちらの方ですか?

リャン・シュン

龍門です。

ニン

まぁそんなに遠くから! あっ……遠路はるばる訪ねて来られた方なのに、私ったら。お邪魔してしまいましたね。

リャン・シュン

構いませんよ、彼はそんなことを気にするような者ではありませんから。

ニン

あらまあ……珍しい、あなたにそう言わせる方がいたなんて。

誰に対しても等しく距離を保っているものだとばかり。

リャン・シュン

……ゴホンッ。そんなことはありません……

ニン

彼はどんなご用事で?

リャン・シュン

私が少し……頼み事をしたくて。

ニン

……

どんな?

リャン・シュン

些細なことです。

ニン

千里の道を遠しとせずに旧友を招いて、用件は些細なことだと……

リャン・シュン

……

ニン

いいでしょう。リャン様が口にしたくないのであれば、私も詮索はいたしません。

ただですね、人であれ物であれ事であれ、細かく見ていけばきりがありません。リャン様がもし些細なこと全てに心を配ろうとされているなら……

それはあまりにも大変では?


リー

ん?

およ、妙ですねぇ。この客間はおれの休息用に手配したとリャン様は言っていたんですが。

招いてもないのにやってきたのはこの際いいですけどね、おれの茶を勝手に淹れているとは、一体どういう了見ですか?

ドゥ

これはリャン様のお茶であって、あんたのじゃないわ。

このあたしがあんたの分まで用意してあげてるのよ、それで満足しなさい。

リー

まだ酒杯の件でおれを問い詰めるつもりですか?

ドゥ

……さあ、どうでしょう?

リー

ご覧くださいよ、この梁府の威容が見事なこと。ドゥ嬢ちゃんもまさかこーんな綺麗なところで、何かおっぱじめようとは思ってないですよね。

さ、じゃあ聞きましょうか。ここへは何をしに来たんです?

ドゥ

すごい余裕ねぇ。あたしとおしゃべりしようなんて。

リー

お茶まで淹れた嬢ちゃんに、その言葉返しましょうか?

ドゥ

……いいわ。

単刀直入に言うわよ。あたしが来たのは、あんたに手伝ってほしいからよ。

リー

いいでしょう。

ドゥ

は?

おかしいわね、あんたは疑い深い人だと思っていたのに、こんなに話がわかる人だったの?

リー

リャンが屋敷に入れたんです、何を心配する必要が?

ところで、あいつとは知り合いなんですか?

ドゥ

……若輩者としてリャン様にお願いしただけよ。うちの父は昔からお役所と仲が良いから。

リー

そういうわけでしたか。

ドゥ

ねえ……忘れてないでしょうね。あたしは、この前に会った時あんたの物を奪おうとしたのよ。

リー

リャン様の物でしょう、おれのじゃあない。

面倒事は彼がどうにかすれば良いんですよ。おれは……何かあったら適当にさばくくらいですかねぇ。

ドゥ

……あんた本当にあたしを信じてくれるの?

リー

こちとらお嬢ちゃん相手にいつまでも恨みを覚えてるほど暇じゃありませんよ。

まぁ、若い頃には誰もが通る道でしょう。虚勢を張って強がって折れやすい鼻っ柱ぶち立てるなんてのはね。

ドゥ

――だ、誰が虚勢を張ってるのよ!? あれは――

リー

店の主人と喧嘩でも?

ドゥ

……ふっ。

あんたが心底恐ろしいわ。

だらしなくて何事もどうでもよさそうにしてるくせに、実はすべてお見通し――こういう人が一番怖いのよ。

リー

少なくとも、おれは初対面の相手が座る椅子を跳ね上げて殴りかかるようなことはしませんがねぇ。

ドゥ

……

リー

まぁ話しましょうや。商売の話に、ごまかしはなしですよ。

ドゥ

テイのじじいは……父さんは、あんたの酒杯を手に入れるように朝廷のお偉いさんから依頼を受けてるのよ。

リー

ほおん。大体予想はつきますけどねぇ。嬢ちゃんは父上を手伝ってたはずでしょう。ここにきてなぜ気が変わったんです?

ドゥ

詳しくは言えないわ。ただ、父さんにその依頼を達成させたくないのよ。

リー

それで?

ドゥ

あたしが理由を言わないと、信じてくれないのかしら?

リー

答えの分かっている問いは口にするもんじゃないですよ? 格が下がるんでね。

ドゥ

今回の件がうまくいったら、父さんは全部あたしの手柄にするつもりよ。うちは鏢局(ひょうきょく)をやってるの。用心棒みたいな仕事で、荒事も多いし仕事を巡った同業同士の争いも熾烈よ。

だから方々で恨みを買うわ。それに信使っていう新しい競争相手まで増えて、保守的なこの業界は遅れてくばっかり。このままじゃ生き残れないわ。

それで、父さんはいつもあたしに力の隠し方を学べっていうの。

頭が空っぽな金持ち娘のふりをして、毎日遊びまくってれば、警戒されないでしょ?

あとは黙って朝廷の頼み事をこなせばいいんだって。しかるべき相手に力量を示すことができれば、偉い人との繋ぎもできるし、下の者もあたしを認めてくれるから。

そうなったら、父さんは安心してあたしに家業を継がせることができる。

リー

さっすがですねぇ。いー具合に算盤を弾く。

ドゥ

でもあたしの思いはひとつも考慮されてない!

鏢局を継ぐ杜遥夜(ドゥ・ヤオイェ)にしろ、毎日ぶらぶらしてるだけのドゥお嬢様にしろ、それは父さんが望んだ私の姿なの。

リー

つまり、今回の依頼を失敗させることで、親父さんが嬢ちゃんに箔をつけるのを阻止して、鏢局を継がずに済むようにしたいと?

ドゥ

そうであってそうでないわ。

朝廷の高官が鏢局に依頼するなんてめったにない。今回の件で問題が生じれば、父はそんな状態の鏢局をあたしに譲れなくなる。でも同時に、大仕事を失敗したとなれば、父の影響力も削がれるわ。

今でも局内の若い衆は、あたしに組織の改革を期待してるの。だからあたしは彼らに言ったわ。父のこの仕事がおじゃんになれば、鏢局の権力はおのずとあたしたち若者が握ることになるってね。

リー

嬢ちゃんに鏢局を継ぐ気があると。それなら、いい子にして親父さんから譲られるのを待っても、結果は同じでは?

ドゥ

違うわ。それはただあたしたちが言いなりになるだけ。あたしの手に移っても、伝統だの掟だのに従わなければならない。

しかも「掟」は父だけじゃないのよ。

リー

嬢ちゃんが訪ねてきたのは、ブツのためじゃなく……そうさな、おれに一芝居打ってほしいと言うためかい?

ドゥ

そうよ。

リー

杜遥夜……

ドゥ

な、なによ?

リー

靚(しず)かなる杪秋(びょうしゅう)の遥夜、心に愁い宿りて哀有り。遥夜遥夜、遥か遥かな長い夜、いい名前ですねぇ。

ドゥ

残念ながら、当の本人様は黄昏時に外に出る方が好きだけどね。

リー

商売というなら対価は必須ですが、嬢ちゃんは何を出せます?

ドゥ

あんたが持っている物を欲している人がいる、それは朝廷の人物だけど、あんたは渡さない。これが何を意味するかわかるかしら。

リー

こちらも友人に止められているんでね。おれの友人も朝廷の人間ですよ?

ドゥ

リャン様が遠路はるばる、わざわざあんたを呼びつけたのは、ほかに何かあるからでしょ?

リー

なーに、些事です。

ドゥ

そこら辺は興味ないからどうでもいいわ。ただこうなった以上、あんたが何を考えていようと、知らん顔ではいられないわよ。

あたしがいれば、力を貸してあげられるわ。少なくとも、あんたが無事龍門に帰れることは保証してあげる。

リー

……理にはかなってますねぇ。

ではそういうことで。

ドゥ

……そういうことで。

ふふっ、本当に話が分かるわね。

安心して、これでも結構頼りになるから。父さんの後釜なんてごめんだけど、同じように鏢局の古株に対して不満を溜め込んでる若い衆はたくさんいて、そいつらはあたしの言うことを聞くわ。

リー

後釜は嫌だと言う割に、嬢ちゃんがやってんのはまんま同じことに見えますがねぇ。

ドゥ

……時代が変わっただけよ。

リー

えぇ。そうですねぇ。

ドゥ

なんだかずっと含みがある話し方してない? まぁいいわ。これ以上ここにいて感づかれたら面倒だし。

……えーっと……

リー

リーと申します。名刺も要りますかい?

ドゥ

――いいわ、リー、また会いましょう!

リー

……あんな穏やかな顔した店主にもこんな娘っ子がいるとはね。

……


ワイフー

……リーおじさん。

リー

ん?

ワイフー

リャンおじさんの所へ行くのですか?

リー

……そうなんだよ。はぁ〜、こちとら疲れるから遠出はしたくないんだがねぇ……

ワイフー

その……

リー

親父さんのことは、気に留めておくよ。

運が良けりゃ、龍門まで引きずってくるから。

ワイフー

……はい。

ありがとうございます。

リー

……はぁ、よしなさいな。あんまり期待はしないでくれよ。

炎国のだだっ広さを考えたら、自分からどっか行った人間を見つけるなんてのは、口で言うほど簡単じゃないさ。

ワイフー

……

リー

……ワイフー。分かってると思うがね……

恨めしい気持ちのまんま、あいつを責めて問い正すにしろ、昔のことを綺麗さっぱり水に流して甘えるにしろ、本当に見つけたいと思うなら、お前さんが自分で行かなきゃいけないよ。

お前さんがあっちの背中まで追いついてやらないと、あの頭のおかしい親父は振り返らない、そういう奴だ。

ワイフー

……

リー

おれは尚蜀にしばらくいるから、もしあいつの情報があれば、知らせてやる。

……準備ができたなら、おれを訪ねに来るといい。

ワイフー

私は……

わかりました。


リー

……はぁ。

リャンのやつ、これからどうするかも言わずに、客人をほったらかしにするとはねぇ……

ふむ……茶はそうでもないが、この茶壺(チャーフウ)はちーとばかり美しい。注ぎ口の形もいいし、確かに美しい……茶壺だな。

……筆、墨、紙、硯。文房四宝が調度がわりとは、古式ゆかしい客間だこって。あいつのセンスは相変わらずのようだなぁ。

(あくび)


リー

……うぅ。長い旅だった、あー疲れた。

ちーと休むか。あちこち駆けずり回ったおかげで、もー眠いったらありゃしない――


リー

――

――ここは?

奇妙な物体

グォ……