理想都市-エンドレスカーニバル- IC-8・戦闘前
金属臭
ゴホンッ……お集まりのゼルウェルツァの諸君、私は環境および気象代表の、エッジ・アースハートだ。
さて、皆をここへ呼んだのは他でもない、ゼルウェルツァの将来について議論するためだ。
観測結果はすでに出ている。それをもとに我々代表たちが協議し、いくつか実行可能な案を用意した。本日の会議で、その中から一つを皆に選択してもらいたい。
そして、最終的にこの都市をどう扱うかについても、皆で話し合いを行って決めたいと思う。
ただし、本日の会議の進行を務めるのは私ではなく、アヴドーチャである。
アヴドーチャ、本当に大丈夫?
ゼルウェルツァでの生活は長いし、みんな顔見知りだけど、こうして前に立って話すのは初めてだよね?
ええ。
さあ、アヴドーチャ、出番だ。
エッジ先生、少し話が長くなってしまうかもしれませんが、構いませんこと?
問題ない。どうせ、私が打ちたてた記録は塗り替えられんだろう。かつて私の話で都市の半数の者が眠りに落ちたんだ。
そんなことがありましたの?
ああ、確かあれは、先生がいつの間にか地質学の知識を語り始めた時だったよね?
午後から夜中までずーっと話し続け、先生自身の体が持たなくってようやく終わったんだよ。
流石にそこまで長くはなりませんわ。
行きなさい、アヴドーチャ。これは、地上人であるお前がこの地下で過ごした長きにわたる生活の、一つの集大成になるだろう。
……ありがとうございます、行ってまいりますわ。
本当にアヴドーチャさんだ!
アヴドーチャさ〜ん! どんな内容だろうと応援するぞ〜!
どうして私のスピーチはこれとは違って人気がないんだ?
最長記録保持者というだけじゃなく、あなたが取り仕切る会議は、どれも長いからじゃないかしら。
この小娘め、お前がいつも真っ先に寝ているのは知ってるんだぞ。
今日は寝たりしないわよ。だってアヴドーチャが普段とはどこか違うもの。一体何を話すのかしら?
よかったー、エッジ先生は確かにすごいんだけど、あの人の長話を聞くのはキツいんだよねぇ。
アヴドーチャさんは綺麗だし声もいいし、彼女のスピーチだったら何時間だって聞いちゃうよ!
ゼルウェルツァ市民の皆様、ごきげんうるわしゅう。わらわは文学代表、アヴドーチャですわ。
本日、このゼルウェルツァの将来に関わる会議は、わらわが進行役を務めさせていただきますわ。
まず、災害を避けるため、どのようにしてゼルウェルツァから避難するかについて、わらわたちはエッジ先生と協議を行った結果、最終的に三つの方法を導き出しましたわ。
ですが、具体的な案について話し合う前に、皆様に話しておきたいことがございますの。
それは、わらわの過去についての話です。
皆様がご存じであるアヴドーチャ・レザーペンの過去ではなく、アヴドーチャ・ニコライェヴナ・イワノワの過去、ですわ。
このドゥリンの都市に来てからというもの、わらわはたくさんの物語を創作し、自身のことについても多くの方々と共有してきましたわ。
ですが、一部、誰にも打ち明けなかったことがございますの。
今日はそれを皆様にお話ししたいと思いますわ。
……
わらわが生まれたのは、あるウルサス貴族の家庭でした――
アヴドーチャは、自分が何を言うべきか途中でわからなくなるかもしれないと思っていた。
しかし実際に口を開いてみると、記憶は瞬時に流れ出てきた。
そこで、彼女は何を言うべきかではなく、話すことが多すぎて、どこから始めればいいかわからなかったのだと気付いた。
ドゥリンの人々は、このスピーチが彼女にとって何を意味するのかわかっていない。しかし彼女自身ははっきりと理解している。
ドゥリンの都市に流れ着いてから、彼女が自分の過去を振り返るのはこれが初めてだった。
今までの彼女は、時間が過去を風化させることを望んでいた。自分がウルサスの一部であったことを、何度も何度も忘れようとした。
だが今になって彼女はようやく気付いた。出自を抹消することなどできないし、過去から逃れることもできないと。
しかし、ガヴィルを見て、そして彼女のそばにいる人たちを見て、アヴドーチャはこう思った――
たとえそうだとしても、恐れていたほどの最悪ではないかもしれないと。
紐解かれた過去は、潮が満ちるように少しずつ彼女を包み、物語を聴くドゥリンたちをも引き込んでいく。
だが彼女はもう呼吸ができなくなるようなことはない。そしてドゥリンたちも、語られる物語を楽しいと感じていた。
スディチは一人、部屋に座り、余計なことは考えないよう自分に言い聞かせていた。
だが、そんなことは土台無理だと彼は気付いた。
彼はわかっている。これが自分にとって最後のチャンスなのだと。
このチャンスを逃せば、自分は永遠に師匠を超えることなどできないと。
そして、ある種の予感があった。この試練に挑戦しなければ、言葉では表せない「何か」に、永遠に打ち勝つことができないだろう。
彼はわかっていた。
だが、決断することはできないでいた。
彼はゆっくりと頭を抱えた。その時――
コンコンコン──
扉を叩く音が響いた。
おい、スディチ、中にいんだろ?
……
居留守キメ込んでんじゃねぇ、中にいんのはわかってんだよ。
オレに構わないでくれ、ガヴィル!
それは聞けねぇ相談だ、お前に用があるからな。
ドームのことなら、キャッチの所に行ってくれよ。
ダメだ。
どうしてだよ?
これはお前がやるべきことだからだ。
とりあえず開けろ、入ってから話す。
絶対に入れないからな!
お前が決められることじゃねぇよ。
「ドンッ」という鈍い音を立て、周囲の壁ごと扉が倒れた。そしてそこから、巨大な斧を引きずったガヴィルが悠々と入ってきた。
彼女の目に映ったのは、頭を抱えてうずくまるスディチ。彼女の立つ場所から、彼の表情をうかがうことはできない。
スディチの手元には、真っ白の紙があった。
そして彼の足元には、ほんの少しペンを入れただけの紙が、引き裂かれたり、ぐしゃぐしゃにされたりして散らばっている。
これは……ドームのデザイン画だな。
お前もホントはやりたいんだろ?
ガヴィル、どうして放っておいてくれないんだよ?
あのな、お前は誰にも何も言わず、狭い部屋に閉じこもって、真っ白い紙を前に頭を抱えてんだろ。
アタシに言わせりゃ、お前を放っておいてくれねぇのはアタシじゃなくて――
お前自身だろ、スディチ。
何もわかってないくせに……
知ってるさ。だから別にお前を無理やり連れて帰る気はねぇよ。
でもわかってねぇっつーなら、わかるように話せばいいだろ?
だったらどうして扉を破るんだよ!
破らなけりゃ、お前は話そうともしてくれなかっただろうが。
完全にオレを脅してるじゃないか……
アタシは話が通じる方だぞ。もしお前がアタシを説得できれば、お前を手伝ってやれるかもしれねぇぜ。
……
アタシはな、来る途中で一つ思ったんだ。
お前は初めっから、ドームの改修を拒んでたよな?
……
地上での生活ってこんな多種多様なんだね。今までアヴドーチャはそんなこと言ってなかったなぁ……そうだよね、エッジ先生?
ん? 何か言ったか?
いや、何も……というか、あなたがこんな時にぼーっとするなんて珍しいね、どうかしたの?
スディチの小僧のことを考えていた。
スディチ? あっちにはガヴィルとキャッチが行ってるでしょ。大丈夫だよ。
そういう問題ではなく……
今日のあいつの様子を見てふと思ったんだが、もしかしたら私は、これまであいつを少し追い詰め過ぎていたのかもしれない。自分でも気付かないうちにな。
ドームのことを言ってるの?
そうだ。
ドームなど修理しなくても別にいいとは思っていた。
しかし、観測装置が壊れて私が焦っていたのも事実なのだ。
ヴィンチが失踪した後のスディチの様子、お前も見てただろう。
あいつが出したドームの改修案は一つも通らず、いつからか設計部の会議にも顔を出さなくなり、一日中部屋に閉じこもるようになった。
だから私はあいつに発破をかけようと思ったんだ。それであいつが上手いこといい案を思いついたら叩きつけてくるだろうしな。
そうなれば、私も手伝ってやれるはずだった。
でもその結果、彼は地上へ行って、鉄道を修理してくれる地上人を連れてきちゃった。
そうだ。まさかあいつがドームの修理を回避するために、そこまでするとは予想だにしていなかった。
そして私は思った。あいつがそんなにやりたくないなら、とりあえずは放っておこう。それよりも──
源石鉱脈観測の方が急を要する。チャンスは今後また、いくらでもあるだろうと。
だが、もはやそんなチャンスはなかったのだ。
でも、それはあなたが悪いわけじゃないよ。どっちかというと、今までずっと逃げてきたスディチが悪いでしょ。
しかし、このドームがあいつにとって、それほど大事なものだとしたら──
このチャンスを逃したら、一生後悔するだろう。
で、お前はなんでそんなにドームの修理を拒んでるんだ?
師匠がオレに残した課題だからだよ。
師匠? 課題? キャッチから聞いた話じゃ、確かお前の師匠は失踪したんじゃなかったか?
師匠は……突然失踪したわけじゃないんだ。
他の誰にも言ってないけど、師匠はオレに課題を残した。
オレのデザインをみんなに認めさせて、ドームをオレの設計に作り替えないといけないんだ。
それが実現した時に、師匠は再びオレに会いに来るんだそうだ。
課題をクリアしなきゃ、師匠はいつまでも戻ってこない。
お前の名字もブランクキャンバスだが、その師匠はお前の親戚かなんかなのか?
違う。オレの名字は後から変えたものだ。
八年前、オレは活性源石鉱脈の爆発から運よく生き延びた。そして帰る家のないオレをそばに置いてくれたのが師匠なんだ。
つまりお前の鉱石病は……
そう。オレはその時、鉱石病に感染したんだ。
地上ではこの病気にかかった人間を「感染者」って呼んでのけ者にするんでしょ。
ドゥリン人はそんなことしない。だけど、オレたちでも鉱石病は完治できないから、薬で症状を抑えるしかないんだ。
そこは地上と同じだな。
その後、オレは名字を師匠と同じものに変えて、師匠から建築デザインを学んだ。
お前の師匠はすげぇ人なんだって?
当たり前だろ! ヴィンチ・ブランクキャンバスは、この都市の前任設計代表なんだ。
オレたちのデザインのスタイルは、アンタら地上人の分類方法で定義すると、多分「ミニマリズム」ってやつなんだ。
オレたちが派手で大げさなデザインに異を唱えるのは、それが長年のルーズなライフスタイルが蔓延させた、際限なき欲望の象徴だからだよ。
このままいけば、オレたちは必ず自分たちの欲望に呑み込まれる。
だから、オレたちは事物の本性を表したライフスタイルを主張してるんだ。
事物の本性って何だ?
……はぁ。事物の本性っていうのは、物事の本来あるべき姿のことだよ。オレたちは一切の不必要な機能を排し、物事をあるがままの姿に保たせるべきだと主張してるんだ。
これは欲望主義の生活に対するオレたちの反抗なんだ。
あー……えーと、つまりお前の家みたいに、他とは違うシンプルなデザインってことか?
……
いや、オレと師匠のスタイルは全部同じってわけじゃない。
オレのスタイルは師匠から派生した――しかし師匠のものとは全く違うコンセプトになってるんだよ。
都市に最高の姿で破滅を迎えさせる……生産力に余裕があるからって理由だけでそんな真似をするなんて、どれだけ傲慢で無駄なことなんだ。
だって命には限りがあるんだよ。ましてやオレの命なんて、すでにカウントダウンが始まってるんだ!
ガヴィル、アンタも感染者ならわかるだろ?
命には限りがある、限りあるエネルギーは、もっと有意義なことに費やさなくちゃならないんだよ。
もちろんだ。アタシだって、自身の治療のため、そして同じような境遇の人を治療するために医術を学んでいるんだからな。
だけどよ、お前がそう思ってるんなら、なんでこの最後のチャンスをものにしようとしねぇんだ?
……オレがそうしたくないとでも?
この設計図を見ろよ!
ここ何年もオレが失敗してきた証しだ!
何度も何度も考えた。繰り返し描いて描いて、だけど、どれ一つとして採用されやしなかったんだ!
いつからか、オレは、自分が満足できるデザインすら描けなくなったんだよ。
もはや、ゼルウェルツァの人々に問題があるのか、オレの方に問題があるのかもわからない。
オレにわかるのは、あのドームを見ると恐れが湧くことだけだ!
あれはまるで師匠がオレに仕掛けた罠の檻みたいに、オレを閉じ込めて逃がさないんだ!
たとえこれが最後のチャンスだとしても……
オレには何もできないんだよ!
たとえ今から新しい改修案を描き上げたところで、どうせ採用されることはないんだ。
それに……どうすればこんな短時間で、採用されるような新しい案を描き上げられるっていうんだ!? 教えてくれよ!
……
だからガヴィル、オレはアンタとは行かない。
オレはもう終わったんだ。
戻ってエッジ先生に伝えてくれ。どうしてもあのドームを直したいんなら、キャッチにやらせてくれって。
あいつならきっとオレよりうまくやってくれるよ。
お前の考えは、大体理解した。
そういうことなら、なおさらアタシと一緒に来い。
オレの話が理解できないのかよ!
理解できてるぜ。
だけどよ、そういう話は自分の口で伝えるもんだ。
クソッ……
スディチ危険! スディチ危険!
スディチ守ル! スディチ守ル!
ん? このロボットたちはどっから来たんだ――
――!
おい! 逃げんじゃねぇ!