太陽すらも追い越して AS-1・戦闘前
お祭り前の肩慣らし
♪夜色の籠が大河の両岸を覆う♪
♪双月よ、愛し合う二人よ、空へ浮かんで♪
♪暗闇の中、ひっそりと口づけを交わす♪
♪いつの間にか、数多の星々がきらきらと輝き♪
♪星明かりに照らされて、頬を赤く染める二人♪
うわっ──!
お嬢ちゃん、こんな真夜中にどうして無言で立っているんだい? ビックリしたじゃないか!
おじさん、一体何を怖がっているの? ひょっとして私にお金を奪われやしないかと恐れてるのかね?
そんなんじゃないさ。ここの住人で金に困ってる奴なんかいない。
若者は夜になったら浜河通りに繰り出して恋だなんだにうつつを抜かすものだろう。博物館の前で何やってるんだ?
夜勤だよ。
やれやれ、最近はこの辺も変わっちまった。昔は明かりを灯せば、すぐイチャついてるカップルに遭遇したもんだが、今となっちゃ、暗闇で残業する連中ばっかりだ。
さあ、街灯は点けておいたからな。仕事が終わったらさっさと帰るんだぞ。
感謝するよ、おじさん。
本当に人っ子一人いない……ティティは嘘をつかなかったみたいだね。
どれどれ。久しぶりに来たけど、みんなどんないいものを見つけたのかな?
暗闌時代の宝石工房遺跡か。この装置の源石回路の跡はなかなかだ……こんなに完璧な装置は初めて見たよ、一体成形なのかな?
違う……これは源石削り出しで作っている。ものすごく精巧だ。じっくり見ないとわからなかった。
わぁ、これはジャングルで発掘された奔流時代の祭祀道具だ。染みがたくさんついてるな……生け贄を供えた時に残った血痕かな?
武器がいっぱい……黒土の戦いのために行われた祭りなのかな?
……
ハァ……また今度時間がある時にでも君たちの顔をじっくり拝みに来るとしよう。今夜は約束があることだしね。
ここだ……
初めまして、静かな夜を邪魔してすまないね。でも私が抱えた山積みの疑問を解けるのは君しかいないんだ。
だからお願いだよ。どうか私の無礼な行いを許してくれ。
なんてきれいなんだろう!
種族はフェリーンだね。身長は目測で約二メートル。体の大部分が金属機械に置き換えられ、一部に肉体の組織が残っている。
皮膚の色は紫色。防腐薬に浸されたことによるものと思われ、触るとまだ弾力がある。
顔には黄金のマスクを被り、体は黄金の鎧で覆われ、体内の臓器はすでに摘出されている。
おかしいな。ミイラ本体にも副葬品にも、宝物庫の場所を指し示す手がかりがない。
でも現場で発掘されたものは全部ここにあるはずだよな?
それとも……手がかりはやっぱりこの宝石自体にあるとか……
「一つ目の貴石は心臓。それが脈打つ時、我らは存在する。」
「二つ目の貴石は肺。我らが初めて呼吸する時、記憶が始まる。」
「三つ目の貴石は胃。食物が腹に収まる時、舌が選り好みを覚え、我らの嗜好や性格が誕生する。」
「四つ目の貴石は肝臓。我らは職責と義務のために、明確な意志をもって夜に向かう。」
だとしたらこの宝石はどう使えばいいのだろう?
……
ミイラの空っぽの胸を見て、ペペはしばらく考え込むと、その中に手を伸ばし、宝石を心臓の位置に置いた。
そして、彼女は息を殺し、変化が起こるのを待った。
……
……
どういうことだ?
何も起きない……
期待したような映像は現れず、想像したような文字が浮かぶこともなかった。ペペは眉をひそめて、宝石を取り出そうとした。
彼女は手を伸ばしながら、単に位置を間違えただけだと自分を慰めた。
しかしミイラの胸の中に手を差し込んだ瞬間、彼女は異様な感覚に襲われた。
ミイラの体内は空洞であったはずだが、ペペは今自分の手が水の中にあるように感じていた。宝石はすぐそこにあるにもかかわらず、まるで底なしの水たまりの中を探っているようだ。
うぅ……
誰です? こんな夜中まで残業してるんですか?
まずい……巡回だ。
……
ガラスのショーケースをそっと閉じ、ペペは忍び足で暗がりの中に入ると、息をひそめた。
なんだ?
確かに物音が聞こえたんだけどな……
多分……こっちじゃないか?
(どうしてこっちに来るんだ……!)
おーい、誰かいますか?
(ううっ……大変だ! すぐ後ろにいる……)
誰だ!?
(ほかに誰かがいる……?)
ニャーン……?
なんだ、ただの小動物か……おーい、おチビちゃん、お前どっから入ってきたんだ?
ニャオ!
おっと、すばしっこいな。こっちに缶詰があるぞ。食べるかい?
(今のうちに宝石を抜き取らないと……)
おかしいな。角を曲がっただけなのに、どこに行ったんだ?
(また戻ってきた!?)
うーむ……帰り際にちゃんと窓を閉めなかった奴がいるな? 熱風が吹き込んできてるじゃないか。
道理で動物が入ってくるわけだ。しかし博物館内を走り回られちゃ困るな。
ニャ――オ!
ニャオ――――ン!
どこのペットよ! それ以上鳴いたら、明日とっ捕まえて不妊手術してやるから!
(小声)ニャオン……?
アハハ……ごめんよ、ミオ。あまりにもぐっすり眠ってたせいで、外にいるお前の声が聞こえなかった。
(不機嫌そうに尻尾を振る)
あの方には会えたか?
(うなずく)
よくやった。お疲れ様。
長かった。ずいぶん長い間待ったな。
ミオ、早くあの方をお連れするんだ。
(うなずく)
おいで。干し肉をふやかしておいたよ。きっと気に入るはずだ。
(人懐っこくすり寄る)
ペペ……
ペペ、昨日の夜は一体何をしていたんですか?
教えて……教えてください……
わっ! 私じゃない! やってはいないよ! 昨晩は外に出てないんだ! 私ではない!
ペペ、あなた……
アナト……?
ペペ、昨日の夜は……よく眠れなかったんですか?
どうしてそんなこと聞くのかね。私は元気いっぱいだよ?
今話してる途中で寝ちゃったじゃないですか……
……
ふわぁ~あ……おはよう、二人とも。
うっ……酒臭い。昨日の夜は何をしていたんですか、ティティ?
ペペがせっかく来たんだもの。彼女を連れて飲み歩いてたのよ。
というか昨日あんなに飲んだのに、よく朝起きられたわね? 全然臭わないし、シャワーでも浴びたの?
あっ……そうそう! 頭がぼうっとしていたから、冷たいシャワーですっきりさせたんだ。
……今日は開幕式なんですよ、ティティ。
わたしがこんなに焦ってるというのに、ペペを連れてお酒を飲みに行くなんて!
あら~、ちゃんと朝早くから来たじゃないの。もう展示会の細部まで入念にチェック済みよ。完璧に準備されていたわ。ただ……
どこか行き届いていないところがありましたか? 今ならまだ直せます。遠慮なく言ってください!
ただね、今日のあなたは少し緊張しすぎよ。リラックスなさいな。
安心して開幕式のスピーチ準備をするといいわ。ここは私に任せなさい。必ず展示会がうまくいくようにしておくから。
ハァ……それでは早く着替えてきてください。そんなにお酒の臭いをぷんぷんさせて、お客さんにバレたら訴えられちゃいますよ。
(小声)何だか上の空ね。その様子じゃきっと、何らかのトラブルがあったんでしょ? 一体何があったのか、今すぐ説明しなさい。
(小声)昨日の夜、あの宝石をミイラの胸に入れてみたんだ。本当は取り出したかったんだけど、その時に警備員が来てしまった。
(小声)展示会が終わったら、あのミイラと二人だけになる時間をくれないか。どうにかして宝石を取り出すから。
(小声)誰も異変に気づいてなくて良かったわね。何とかするわ。でも稼げるのはせいぜい一時間よ。その間に取り出せないようなら、通行証が盗まれたって報告するわよ。
(小声)安心してくれ。取り出せなかったら、自分でアナトに謝りに行く。
(小声)ところで、君の体からお酒の臭いがするのはどうしてなんだ?
(小声)ここに入る前にワインをボトル一本浴びたの。
うわぁ……道理で体がベタベタしてるわけだ。
アジャニ、準備はできてるかい?
何の問題もないわ、ナラントゥヤ。発煙装置の取り付けは完了よ。合図をくれれば、すぐに群衆に混乱を起こせるわ。
アジャジ、そっちは? 報告をくれ。
位置についた。
よろしい。彼女はパーディシャーの娘だ。うまく誘拐しないと、後々面倒なことになるよ。
いまいちよくわからないんだが、なぜわざわざこんな場所で計画を実行するんだ? 人が多くて、やりづらくないか?
いや、それは違う。人が多いほど都合が良いんだ。
騒ぎが起きた時に驚いて倒れた心臓病患者を親切な人たちが慌てて担いでその場を去ったところで、不思議に思う人はいないでしょ。
パニックに陥った人たちは自分のことで精いっぱいさ。
博物館内のカメラの死角はすべて地図にマークしておいたわ。タイミングを見計らって彼女を気絶させて。
ああ。前もって現場を離れて潜伏しておく。
この注射であの子が良い夢を見てくれればいいんだけどね。薬を集めにジャングルまで行くのはもうごめんだ。
この案内板の象形文字にはまだいくつか読めないものがあるな……そこの方、「北東部支系」展示ホールはどこかご存知だろうか?
「北東部支系」展示ホール……よくわかりませんね。あまり回ったことがないので。
もしよければ、一緒に探しましょう。私にしてみれば、あなたの優美な筋肉のラインの方がこの展示物よりもずっと素晴らしいのですから。
そんなことを言うものじゃない。ここの展示物はすべて歴史の一部を表しているんだ。
私にしてみれば、どれも足を止めて鑑賞するに値する。
嫌ならいいですよ。そんな言い訳まで言って。チッ、つまんない人。
……
おい、すまないが、「北東部族支系」展示ホールがどこにあるか、教えてはもらえまいか?
あっ、それならたしかこの先。その角を右に曲がって、五百メートル先を左に曲がればあると思う。
感謝する。色んな人に尋ねたが、誰も「北東部族支系」展示ホールの場所を知らなくてな。
まあ、この都市に住む人たちはサルゴンの長い歴史を誇りに思ってるからね。はるか遠い地域に対し、敬意が足りていないのは事実。
以前にここで開かれたクルビア歴史展がどんな光景だったか知らないと思うけど……すごく寂しい感じだったよ。
……確かに、ここの人々の傲慢さは私も感じていたところだ。
道を教えていただき、感謝する。
敬意……現代人の最大の問題は、まったく敬意というものを理解していないことだ。
半日もかけて回ったのに、どうしてまたこのホールに来てしまったのだろう……今度は右から行ってみるか。
今日は想像してたよりも人が多いわ、ペペ。
やっぱりアナトが心配だ。持ってたスピーチ原稿を握り潰さんばかりの様子だっただろう。
安心しなさい。彼女の初めてのスピーチよりは絶対にマシだから。あの時彼女はそのまま気絶して、半日後にようやく目覚めたのよ。
あれ、どこへ行くの?
あんまり緊張してるみたいだから、声をかけに行ってくるわ。
ふぅ……
アナト、準備はどう?
原稿はもう見なくてもすらすら言えます。でも、ここにいるお客さんが全員わたしに注目して、わたしの話す言葉一つ一つに耳を傾けるんですよね。
もし詰まったり……言い間違えたりしたら、皆さんわたしのことをどう思うでしょうか?
心配しないの。そんなこと気にする人なんていないんだから。せいぜい夕食の時に展示会でドジった女の子について軽く話すくらいね。
湛水祭はもうすぐなのよ。みんなお祭り気分に浸ってるんだもの。あなたの些細な言い間違えなんて誰も覚えてないわよ。
でもやっぱり緊……ううっ、どうして急に耳を揉むんですか!?
少しは落ち着いた?
確かにだいぶ落ち着きました……
やっぱりこのやり方が効くわね。昔、あなたが面接に行く前に緊張して大変だった時、私とペペでこうやって一日中耳を揉んであげてやっと落ち着いたでしょう。
……ありがとう、ティティ。
紳士淑女の皆様、お早めにご着席ください。続きましてはアナト・エル=アイドゥン館長から、本展示会の開幕レポートの発表をしていただきましょう。
胸張って堂々と行ってきなさい。言い間違えたって大丈夫、気にせずしゃべり続ければいいのよ!
それでも緊張するようなら、私がこっそり後ろから耳を揉んであげる。二人で一緒に恥をかいたなら、一人よりはましでしょ。
ティティったら……またバカなことを言って。
ご来場の皆様、当館にて湛水祭前夜に開催いたします特別展示会へようこそお越しくださいました。
本展示会の目玉となりますのは、郊外の第四号大型墳墓群から出土した、こちらの名もなき男性のミイラです。
初公開となる展示物に相応しく、本体の保存状態が驚くほど完璧なだけでなく、身につけている鎧や副葬品もほぼ完全な状態で揃っています。
こちらの衣服と装飾の細部をご覧ください。この精巧さはわたしたちを感嘆せしむるものであり、彼の出自が尋常でないことは想像に難くありません。
現在まで伝わるアスラン年代測定法に基づくと、ミイラは恐らく新歴紀初頭、およそ「過去と未来の王」ルガサルグスが生きていた時代のものであると推測されています。
一方でこのミイラの身分に関しては、現存するサルゴンの歴史記録に該当する記述が見当たらないため、わたしたちは墳墓内から出土したものから大まかに推測するしか……
あの……お邪魔して申し訳ないのだが、ここは「北東部族支系」展示ホールだろうか?
えっと……
違ったか?
はい……「北東部族支系」展示ホールは今いる場所の反対側、正面扉の近くにあります。
感謝する。話を遮ってしまい、済まなかった。
……お気になさらず。
コホンコホン……皆様、ちょっとしたハプニングがありましたが、話の続きをさせていただきます。
こちらのミイラの身分に関して、我々のおおよその推定は……
おいっ──!
ごめんなさいね、ちょっとどいて! どいてちょうだい!
お前どこに目つけてやがんだ!?
あの、そこのお二方……
あたしが悪い! すまなかった!
あの……ど、どちらへ行かれるのです?
ちょっと急用ができちゃってね! どうぞ話を続けて!
ですが今から話すのは……
ハァ、わかったよ、大丈夫! すぐに出て行くから。
……一番重要な部分なんですけど。
えっと……どこまで話しましたっけ?
申し訳ございません……皆様、今すぐ内容を思い出しますので……何だったっけ……
あっ……そうだ、わたしの後ろにある展示物……
こ……こちらは……
ふわぁ~
彼女は一体何が言いたいんだ? 眠たくなってきたよ……
えっと……
このスピーチのために、アナトは長い間準備をしてきた。
スピーチの出来が悪ければステージ下の聴衆は立ち去るだろうし、ミスを連発すれば聴衆は激しく野次るだろうと想定していた。
しかし、途中で誰かに話のテンポを乱されてどうすればいいかわからなくなり、一言も言葉が出てこなくなるなどとは想像もしていなかった。
彼女は気折れしてしまった。だがそれでもなるべく冷静さを保ち、何度か深呼吸をして、無理やり笑顔を作って人々に向き直ると、話を続けようとした。
すると突然、彼女の耳に手が置かれ、優しく揉みほぐし始めた。
アナトは目をしばたたかせた。柔らかい心遣いを感じて、気持ちが少しだけ温かくなる。
ありがとうございます、ティティ。わたしは大丈夫ですから、そのように慰めてもらわ……
アナトはそれ以上言葉を継ぐことができなかった。
彼女は群衆の中に、恐れおののいた顔でこちらを見るティティと、その側でリンゴを丸ごと詰め込めそうなほど大きく口を開けているペペを見つけた。
――二人がそこにいるのなら、自分の耳を揉んでいる手は誰のものなのだろう?
アナトは唾を飲み込んだものの、振り返る勇気はなかった。