白き海の彼方へ EP-4・戦闘前
驚きに満ちた再会
ありがとうございます……ありがとうございます……
私は、駄獣を檻に入れる際に誤って怒らせてしまい、修道士に傷を負わせてしまいました。その償いとして、どうか私の分の配給を減らしてください……
むしろ、同じことを起こさないようにたくさん食べてくれ。
塩鱗獣がこれだけあれば、全員満腹まで食べられるだろう。だからたっぷり食べなさい。
ですがシルバー様、食べすぎてしまっては……
無駄にしてしまうよりマシだ。この天気では、長くは保存できないし、できるだけ早く食べてしまおう。
料理人殿、これを負傷した修道士たちに持って行ってくれ。
このところ、彼らは怪我を重ねているし、英気を養ってもらわなければな。
執行官殿、計画書はご覧になりましたか?
わかりませんね。なぜこのようなことをお考えになったのですか?
あの盗賊たちがコンパスとソルトシップの設計図を差し出しさえすれば、彼らの多くを赦免して、私の指定する方法で暮らしていくことを許可する……
こうすれば、彼らの中にはたくましい若者が大勢いますし、この先我々の町が移動可能になった暁には貴重な労働力となるでしょう。
さらには、教義に縛られない彼らという剣を握っておけば、今後誰と交渉するにも今よりはるかに簡単ですから。
彼らを引き入れれば、貴方の町が台無しにされてしまいますよ。
ですが盗賊たちは、リーダーのエーギルを除けば烏合の衆にすぎません。今地下に繋いでいる三人も、それぞれの目論見があるようです。
奴らを引き離して、利益がぶつかり合うようにしてやれば……たとえあの連中にまだ良からぬ企みがあったとしても、剣を振り上げる先はかつての仲間となるでしょう。
かつてはこの町の全員を救い、皆に欲望を抑え清らかさを保つことを教えた貴方が……今は利益のために、彼らの家族や友人を殺した盗賊の罪を許そうというのですか?
それが貴方には受け入れられるとしても、町民たちも受け入れてくれると本気でお思いなのですか?
そのような行いは裏切りに当たるのでは?
……
では、あなたはどうすべきだとお思いですか?
すぐさま部隊を伴って塩海の奥へと入り、盗賊の生き残りを徹底的に殲滅して、奴らが二度と悪事を働けないようにいたしましょう。
ですが、怪我をした宣教師たちを見たでしょう。彼らには休息が必要なのです。
我々の人数と資源状況を思えば、もはや大規模な包囲網など敷けません。
私が、宣教師たちを戦いに出られるようにしてみせますよ。
いいえ。失礼ながら、これはあなたに決定権のある話ではないのです、執行官殿。
夜が来れば、地下室にいる三人の盗賊が「逃げ出し」ます。何事もなければ、すぐさまこちらの情報を向こうへと持ち帰ることでしょう。
あなたには、盗賊たちが交渉に訪れた時、秩序を守っていただけたらそれで十分です。
……
……どうして急に気が変わったの?
コンパスを修理するだけなら、そこまで悩むことでもないと判断した。
……
あのね……本当に何とも思ってなかったら、そんなふうに落ち着かない手つきにはならないでしょう。あなたが私の船に穴を開けちゃわないかを心配したほうがいいかしら?
そこまで力んではいないが。
ふふっ、おかしい。生真面目な子ほど面白いのよね。
ほら、それより、服は用意してあげるから着替えなさい。身体中血だらけじゃない。
……感謝する。
じゃあ、ついてきて。
ごほっ、ごほっ……
そういえば、息を止めてって言い忘れてたわね。この部屋はもう数十年放っておかれてたから、ほこりがすごくて。
すまない。あんたの船室にみだりに触れるべきではなかったな。
まるで私が狭量で執念深い女みたいな言われようね。
触りたければ好きにしなさい。どれも最高級の錬金器具だから、そんなに脆くはないわよ。あなただって、自分の小さな手が嵐や砲撃よりも破壊力が強いだなんて思ってないでしょ?
どう? これからは、ここがあなたの作業室よ。
これは正規の艦上錬金工房か?
ええ。
……
そうだわ……
これを着てみて。前この船にいた錬金術師の服なの。あなたと彼は似たような背丈をしてるから、きっとサイズも合うと思うわ。
それは……
左手に貯蔵室があるわ、そこで着替えてきて。
……
おかしくはないか?
いいえ、とても似合っているわ。
どうかしら、気に入った? 数十年前のデザインだけど、最高級の生地を使った特注品なの。
古さのわりに、新品のように感じるが。
本当は、あの子への成人祝いに贈るつもりだったの。でも、あの子は運のない子でね。成人を迎える前日に、国防軍の砲弾ともども海へ落ちてしまったのよ。
私が自分で海へ飛び込んで探してみたけれど、何も見つからなかったわ。まあ、当時はまだシーボーンがそこまで多くなかったから、きっと普通の鱗獣に食べてもらえたことでしょう。
国防軍の艦隊と戦ったことがあるのか?
大いなる静謐が起きる前、まだ誰もが海に出られた時代の話よ。このコンキスタ号もその時に奪い取ったものなの。
もしかして、歴史に興味があるのかしら?
いや、海にまつわる伝説をいくつか聞いたことがあっただけだ。
だったら、コンパスを修理して、海へ行って自分の目で確かめてみるべきね。
あんたの要求はコンパスの修理だけだったと思うが、海へ行くことも追加されたんだな。
海上でコンパスを操作するにも、錬金術師が必要なのよ。
……
ほら、こっちに来て。もっとじっくり見せてちょうだい。襟をもう少し立てて、マントをきちんと掛ければ――うん、バッチリね。
いい、あとは自分でやる……
あんたのほうは、しばらく激しい運動は避けるようにしてくれ。命にかかわる傷ではないが、船団の衛生環境は劣悪だ。万一悪化すればただでは済まないぞ。
はいはい……それにしても、まだ何か足りないような?
ああ、そうだったわね……
コンパスだわ。
フアナからコンパスを受け取ると、イシドロはそのコンパスの表面を親指でそっとなぞった。
それはとても軽く、そして冷たい。
成功するという保証はないが、全力を尽くそう。
そんなに頑張ってくれるの?
約束した以上はな。
それなら、こっちも全力でサポートするわね。
よし。ならば、まずは助手が欲しい。特段要求は高くはないが、まめで機転の利く人間がいい……
ええ、わかったわ。
そういえば、もう一つプレゼントを用意してたの。
……
……
キャプテンの言ったことが本当であれば、確かに俺たちにはほかに方法はない。
町の連中との間には、何世代にもわたる確執があるうえに、奴らは塩海から内陸へと通じる道を守っているからな。
こうなった今、俺たちに逃げ場はない。となれば海と向き合うしかないんだ。
俺は……
本当に、ほかに方法はないもんかな。
ルスさん! ハビエルさん!
落ち着いてはっきり喋れ。何事だ?
か、帰ってきたんです!
誰がだ?
つ、捕まった連中です……あいつら、逃げてきたんですよ!
それと……新入りも連れてきたとか!
さあご覧あれ! こいつは外から連れてきた屈強な若者だ!
力仕事もどんとこい! そのくせ飯はそんなに食わないときた。今なら俺にガルム二ヶ月分を奢るだけで、好きなだけこいつをこき使えるぜ!
へえ、結構イケメンじゃない……
けっ、こんななまっちろくてヒョロヒョロした野郎じゃ、塩鱗獣の尻尾一振りで簡単にふっとんじまうだろうよ……
ちょっと君、その言い草はいただけないなあ……
僕は着痩せするタイプなんだ! 服の下にはがっしり筋肉がついてるんだよ。
さあどうだ! 一ヶ月半ガルムを奢れば、こいつはあんたのものになるぜ!
……
何言ってるの? 僕みたいな超イケメンなら、ガルム一年分は固いでしょ!
黙ってろ。どう見ても誰もお前を欲しがってねえだろ? 何を自分で値段吊り上げてやがるんだ。
ガルム一年分だってば!
一ヶ月分だ!
いいや、二年分!
二週間!
三年!
けっ、お前なんざ三日分だ!
買った!
え?
ガルム三日分でしょ? あたしのツケにしといて。これで落札ってことでいい?
……えっ?
ちょうどボディガードが欲しかったんだ。これからは、あたしのそばについててくれたらいいからね。
そうだなあ……あんたのことは、赤髪って呼ぶことにしよっと。
塩海の下にこんなものを隠していたとはな……
シッ、大きな声を出さないで。誰かに聞かれるかも。
笑えない冗談だ。
あら、てっきり通じないと思ってたわ。
それで……俺をこんなところまで連れてきたのは、このシーボーンを殺してほしいからか?
もちろん違うわ。
だったら、なぜこいつを見せた?
確か、あなたが塩海に来たのは、海賊が編み出した剣術を求めてのことだったわよね?
そうだが……
それなら、このシーボーンこそが、あなたが探していたものよ。
コンパスの修理に疲れた時は、ここで剣術を学ぶといいわ。
シーボーンからか?
このシーボーンは、これまでに無数の剣士を飲み込んでしまった。だから今では、その触手の動き一つ一つがそうした剣士の技術を示すものとなっているのよ。
あるいは、単なる無意味な模倣行動なのかもしれないし、そうすれば逃げ出せると思っているのかもしれないけれどね……
……一体どういうことだ?
説明が少し難しいんだけど――当時、手を尽くしてこのシーボーンを閉じ込めたあと、私はその首に懸賞金をかけたの。その命を奪える剣士が見つかるんじゃないかと思ってね。
多くの人が腕を試しに来たわ。でも結局はその全員が、自身と己の剣術をこのシーボーンの一部とされてしまった。
ますますわからないな。どうしてこいつをここに閉じ込めておくんだ? それになぜ、ほかの人間に殺させようとする?
そのうえ、俺にこいつの剣術を学ばせようとするのはなぜだ?
元々……この船団のキャプテンは私ではなく、このシーボーン……いいえ、「彼」だったの。
彼というのは?
クルーズという名の男よ。
昔、この土地を沈めた海水が引いていった時、残されたシーボーンが狂ったように町を攻撃し始めたことがあったの。
私たちは命懸けで戦い、そのほとんどを仕留めた……だけど、一匹だけ手強いやつがいてね。クルーズは自らをおとりに、そいつを洞窟におびき寄せ、そのまま自分諸共閉じ込めたの。
最後に会った時、クルーズは私にこう言ったわ。船長の座はお前に譲る。必ず皆を連れて海へ帰れ、と。
では、なぜその真相を皆に話さない? 船団内では、シーボーンにまつわる恐ろしげな噂が広まっているぞ。
好きなように噂させておけばいいのよ……船団を率いる以上は、敬愛だけでなく、畏怖を持ってもらうことも必要だから。
お前は当時からそんなことを考えていたのか?
いいえ、これはクルーズが言っていたことよ。彼は私より自分のほうが先に死ぬと思っていたから、何でも話してくれていたの。自分の死後、私がその遺志を継いでくれるよう願ってね。
もっと早く解放してやるべきだったんじゃないか……
本当はそうしてあげたいけど、とても難しいことなのよ。
私には、彼をこの手で殺すことなんてできないの……今やあれはただのシーボーンだとわかっていてもね。私は在りし日の航海の日々を愛するように、彼を深く愛しているから。
約束してちょうだい、坊や。懸命に学んで、その小さな脳にできる限りたくさんのことを詰め込むと。
そうしてくれたら、少なくとも……彼の編み出した剣術を目にすることができるもの。
リーフ? エリジウムさんからのメッセージか……
そのまま再生して。
ウィーディ……僕は、逃げ出した盗賊と一緒に彼らのアジトに辿り着いたところだよ。
僕の正体には誰も気づいてないから安心して。この場所で僕を守ってくれる人も見つけたしね。
彼女は立ち回りが上手いから、一緒にいればすぐにでもソーンズの情報が手に入ると思うよ。
心配せずに、いい知らせを待っててね。
はぁ……
おーい赤髪、箱をここまで持ってきて!
はーい、ボス!
悪くないじゃん、マジで力持ちだね。それじゃ、今日は大声も出してもらうよ。
了解! まあ見ててよ、商品リストは暗記済みだからね!
(早いところここに馴染んでソーンズを見つけないと。いつまでもこの場所で駆けずり回ってるわけにもいかないしね!)
ほら、人が来たよ! 声出しな!
いらっしゃいいらっしゃい! 最高級の義眼が入荷してるよ! 塩鱗獣の骨を彫って作ったもので、着け心地抜群! カラーバリエーションも豊富だよ!
店主秘蔵の年代物ガルムもお見逃しなく! まろやかでコクのある味わいに虜になる人続出だ!
お兄さんもお姉さんも、この機会にぜひ見て行って!
(へぇ、やるじゃん。声も出てるし、全然奴隷らしくないな……)
さあさあ! お兄さんも、お姉さんも! この機会に、ぜひ!!
ごほ、ごほっ……ボス、もう喉がつぶれちゃいそうなんだけど……
みんなこっちを見てるのに、どうしてひとりも近づいてこないのかな?
確かに……全然お客が来ないどころか、今日はクレーマーだって一人も来てないね。
ねえお兄さん、お一つどうですか? 万が一の時に役に立つかもしれませんよ!
買わないよ……
別に買いたくないならそれでいいけどさ。何なのその顔? なんかゾワゾワしてくるよ。
身の振り方に気を付けて商売したほうがいいぞ。
はぁ……?
ボスって、ここでは顔が利くって話じゃなかった?
当然でしょ……あたしが間を取り持ってやらなきゃ、あんたみたいなよそ者はとっくに怪しまれてたんだからね。
(あの二人、これまであたしのことなんか眼中になかったはずだよね? どうして今日は立ち止まってチラチラ見てくんの?)
赤髪、あんたは店じまいして先に戻ってて。あたしちょっと聞き込みしてくるから。
あいつらの情報は確かなのか?
もう人をやって確認させたさ。
だとしても、本気で信じるつもりなのか? コンパスとそれを盗んだ犯人さえ差し出せば、みんな赦免されて町に住めるようになるなんて。
信じがたい話ではあるな。
だったらどうして、あの町から来たっていう白髪に赤毛の坊主を船団に入れてやったんだ?
俺はもう、何を信じればいいのかわからなくなってきたんだ。
気まぐれな海か、あるいは予測不能な善意か……だが、いずれにせよ、あいつを留まらせておけば一つ選択肢は増えるだろう。
本当にそうするとなったら、あの小娘は縛って引き渡しゃいいが、コンパスはどうするんだ? あれはキャプテンの手にあるんだぞ。
そこは……俺があの人を説得しよう。船団に関わることであれば、聞く耳を持ってくれるはずだ。
説得だと?
俺も前までは、お前ならあいつを説得できるんじゃないかと期待してたが……今は逆にまた説き伏せられちまうんじゃないかと心配だよ。
だったらどうしろって言うんだ?
さてな。お前も船団の責任者の一人だろう、自分で考えて何とかしてくれ。
……
……
(裁判所のクソペテン師ども、よくこんなやり方を思いつくよね。ほんと、陰険すぎ……)
は~あ……
どうしたんだい、ボス……帰ってくるなりため息なんかついて。
あたし聞いちゃったんだ……ううっ……あのね……
ほら、泣かないで。一緒に考えてあげるから、言ってごらん。
赤髪ってほんとに優しいね、うっうっ……
(そりゃあ、ここでやっていくには君に頼るしかないしね……)
でも、あたしはあんたの心配をしてるんだよ。
こほん。僕に何か関係のあることなのかい?
あたしが一人でさまよう羽目になったって、ちょっと寂しい思いをするだけだったけど、今はあんたがいるからさ……
何日も一生懸命働いてきた僕を、今更クビにするなんて言わないよね?
そんなわけないでしょ……でも、心配なんだ。あたしに何かあったら、あんたを一人でこの海賊のアジトに置いていくことになっちゃうから、どうしようって……
えーっと……
(なんて子だ……またそんなこと言って脅す気だな。)
……今の言葉、すっごく胸に響いたよ。安心して、この赤髪が絶対にボスを守ってみせるから!
赤髪!
ボス!
実はね、夜に船団にいたらさ……あたしを裁判所に差し出してやろうなんてみんなが話してるのを聞いちゃったの!
あたしの実家にあったコンパスを、裁判所から取り返しただけなのに、あいつらずっと付け回してくるんだよ。塩海に隠れるまでしても、ずーっと!
君の実家に……?
あたし、今はこんなだけど、実家は有名な豪商だったの!
でも、うちにあったものは全部売り払われちゃって、コンパスだけがどういうわけか裁判所に持ってかれちゃってね。
そうだったんだ、それはすごい話だね。
(全然信じられないけど……)
そ、それで、僕に何かしてほしいことはない?
こほん、それがね……船団の錬金術師さんが、助手を探してるらしいの。その人は今キャプテンが一番重宝してる人だから、あんたを助手候補として行かせてみようかなって。
あんたはまめだし、機転が利くし、きっとお眼鏡にかなうと思うんだ。で、そうなったら、あたしのことを良く言っておいてほしいんだよね。
そんなにいい仕事なら、どうしてボスは自分で立候補しないの?
それは~……ちょっと、その人とは……ほんのちょ~っとだけ……訳アリでね。
とにかく、その人に会ったらちゃんとゴマをするんだよ! 空気を読んで気を利かせてね、わかった?
わかったよ。その錬金術師に呼ばれたときにはすぐに駆け付けるようにするね。
いやいや、積極的すぎても良くないって。ほら……タイミングってものがあるでしょ。
何でもやってあげすぎないで、ちょっと待つの。それで、あの人が少し不安になったあたりで助けてあげるわけ。そうしたら、向こうはますますあんたを頼るようになるじゃん。
なんだかそれって、良くないやり方に聞こえるけど……
あたしたち二人の命運は、あんたにかかってるんだよ!
(その錬金術師と親しくなれたら、もう君にゆっくり構ってられないと思うけどね。)
うおおーん!!
何でそんなこと言うんだ! ひどすぎる!!
あれって「鋼鉄のペレ」だよね?
鋼鉄のペレ?
うん。確かあいつ、去年マストから落ちた時、叫び声の一つも上げなかったって自慢してたと思うけど。
なのにどうして、泣きながらあの部屋から出てきたのかな?
お前らも、錬金術師の助手に立候補しに来たのか?
そ……そうだけど……
悪いことは言わん、すぐに帰ったほうがいいぞ、兄ちゃん。
その錬金術師って……すごく短気な人だったりする?
いいや、それよかもっと恐ろしい奴だ。
大丈夫だって、こいつらの言う悪口なんか聞かなくていいよ。あの錬金術師はいい人だから。だって、前にあたしの命を助けてくれたしね。
人間ってのは、仕事してる時は醜い一面が出るもんだからな。
あはは、それはそうかもね……
俺なんか、入って三秒経たないうちに追い出されたんだぞ。呼吸音がうるさくて仕事の邪魔になるとか言ってな!
(小声)ボスって、その錬金術師とは訳アリなんだよね?
(小声)それがどうしたの?
(小声)やっぱり行くのはやめておくよ。だって、こんなの火中に飛び込むようなものでしょ?
(小声)ハッ、扉の前まで来ておいて今更逃げる気?
ちょっと、僕は入らないってば! 君、絶対何か悪いこと考えてるでしょ!
いいから入って! 逃げようったってそうはいかないんだから!
僕の肩から降りてよ!
ヤだね!
うわああっ、眉毛を引っ張らないで! 前が見えないでしょ!
何やってんの? 扉にぶつかっちゃうよ!
うっ……いてて……
どういった理由であれ、お前たちは工房の外で騒ぎ、俺の仕事の邪魔をした。
窓から放り出されるか、自分で出て行くか選んでもらおう。
ごめんって、あんたに助手を紹介したかっただけなの。
それはビーカーとフラスコの違いもわからないようなあの手の連中のことを言っているのか? だとしたら帰ってくれ。
随分攻撃的なことを言う人だね。
い、イシドロ、こいつは来たばっかりだからルールを良く知らないんだ。あんまり……
お前は……
ああ、僕だよ。
えーと、あんたたちって……
もはや二人はパスクアラに構ってなどいなかった。イシドロは「赤髪」の肩に腕を回す。
そして「赤髪」も、自らの腕をイシドロの肩に置く。彼らの二本の腕はまるで橋を支える強固なケーブルのようですらあった。
彼らは互いに相手の肩を叩き合う。その力はもはや殴打しているとすら言えるほどに強かった。
「赤髪」の顔は、もはや自身の赤毛と同じくらいに赤らんでおり、表情も痛みでゆがんでいる。
一方でイシドロは……
ここのところ、満足に食べられていないんじゃないか? なぜこんなにも力が弱いんだ?
……
それはもう、君を探すためにだいぶ痩せちゃったからね。たくさんご馳走してもらわないと。
あの~……
どうやってここを見つけたんだ?
僕の話はあとでいいから、まずは君の話をしてくれる? 見たところ腕も足もちゃんとついてるみたいだけど、君って奴はつくづく運がいいね。
……なんなんだ、その残念そうな物言いは。
おーい……お二人さ~ん……
向かい合う二人は延々とお喋りを続けており、パスクアラは一言も口を挟めなかった。
……
まあいっか。
彼女はその場を立ち去ろうと決め、部屋から出る時には扉をしっかりと閉めていった。