安らかな譫言 SS-1・戦闘後
窓際で見る夢
ようこそ、夢のお城へ。私はここの主、モーフィアスよ。
夢のお城の……主……? あなた、一体何をしましたの!?
さっきのあんたと同じよ? ただ夢を見ているだけ。
はぁ――それにしても、あんたの夢ってほんと退屈ね。つまらないことばかりだったわ。
(小声)それにあの二人……鬱陶しい奴ら。
あなた、アイリスさんと……ベナさんを知っていますのね?
親しくはないけどね。
彼女たちは夢の中の人物ではなく、実在する方ですの?
実在しなかったら良いんだけど。
あいつらの話はやめてくれるかしら。
あんたと今喋ってるのは私よ! 私こそがここの主なの!
今すぐわたくしたちを帰してください。
それは無理な話ね。
最近、夢のお城に来る子供がめっきり減っちゃったのよ。そんな時に来てくれたあんたたちを、あっさり帰すはずないじゃない。
カールトンは喋れないし、ウォルフもまともに話せないのが一匹だけ。
(がっかりしたような鳴き声)
ご、ごめん、ね。
つまりあなたは、暇つぶしの道具として、わたくしたちをこの城に閉じ込めましたの?
誰でもよかった、みたいな言い方しないでちょうだい。
あんたの経歴がとっても面白かったのよ――記憶の中の体験、あの見たことない光景。もう何度も見返して調べたわ。
わたくしの記憶を勝手に覗いたんですの?
あいつから聞かなかった? 子供の過去を知るのも、夢を作るためには大切なことなのよ。
けどあんたは、その中でも特別……
あんなに多くの忘れられない体験をしてきたのに、変わらず冷静でいられるなんて。
あんたの過去の心残りを埋めるために、もう一度夢を作ってあげるわ。さあ、打ち明けなさい――
夢や過去に縋るのは、弱さの表れですわ。
ふん、口の減らない子ね!
あんたの言う通りなら、現実と向き合えない人はみんな臆病者ってことになるけど……
そういう人って、本当にたくさんいるのよ。
幕が徐々に上がっていき、舞台の下から椅子がゆっくりと上昇してくる。
その椅子には、祥子のよく知った少女たちが腰掛けていた。
初華……睦!?
祐天寺さん……八幡さんまで?
……みなさん、どうして眠っているんですの……?
目に映る何もかもが、まるでステージのセットのようだった。
少女たちは、巨大なセットに置かれた人形のように安らかに眠っている。
静寂。
祥子は目覚めさせようと何度も名前を呼んだが、彼女の声は四人に届かなかった。
そんなことをしても――無駄よ。
私の夢は一級品なの。この子たちは今、素敵な夢の中に浸っているところよ。起きるなんてありえないわ。
あんたは、私の夢の何が不満だったの?
ロドスのお仲間さん、みーんなあんたを信用してる。それが嫌だったの? 誰とも別れなくていいし、自分を隠す必要もないのに。
見なさいよ、この子たちはぐっすり夢を見てるわ。みんな臆病者ってこと?
……わたくしは夢から抜け出せたのです。皆さんを夢から覚ます方法もきっと……
そう言った瞬間、祥子は突然大きな力で引っ張られるのを感じた。そして反応する間もなく、彼女の四肢は糸によってがっちりと絡め取られていた。
一瞬、身体が制御できなくなるという危機感で頭がいっぱいになったが、それでも彼女は何とか落ち着きを保とうと努めた。
しかし、張り詰めた糸は身体のわずかな震えすらも増幅させて伝える。
強情な子ね。夢は素敵なものだって素直に認めなさいよ。
この……
祥子はなんとか冷静になろうと、呼吸を整える。
あなた……ずいぶんご自分の力に自信がありますのね。
これまでわたくし以外に、夢の中から抜け出せた人はいなかったから、ですの?
当たり前よ! 私は元々――この城の妖精で一番の天才だったんだから。
あんたが目覚めたのなんて、ただの偶然だわ。もう一回夢に落ちたら、二度と目覚めたりなんかしないんだから!
祥子はモーフィアスが最後の言葉を吐き捨てた後に歯軋りするのをはっきりと見たが、次の瞬間には、モーフィアスは無邪気で明るい表情に変わっていた。
あんた……祥子、だったわよね。
そんなに自信があるなら、一つ勝負をしようじゃない!
……勝負、ですの?
ええ。完全にフェアな勝負を、ね。
……
モーフィアスが子供のような笑顔を見せれば見せるほど、祥子は彼女のことをますます危険な存在に感じた。
うふふっ、ルールはとっても簡単よ。
少女は舞台の周りをくるくると回りつつも、その目はずっと自分を捉えていることが祥子にはよく分かった。同時に、闇の中からも無数の目が自分を見つめている。
あんたをこの子たちみんなの夢に招待して、全員の目を覚ますチャンスをあげるわ。
あの子たちともう一度知り合って、あの子たちを理解して、夢の中でどう過ごしてるかその目で見てきなさい。もし全員があんたと同じように目覚めたら、元の場所に帰してあげる。
でも失敗したら、この子たちは永遠に私の夢に残ってもらうわ!
……どんな条件でも、皆さんを起こしてみせます。
Ave{@nbs}Mujicaの全員が揃うまで、わたくしはここから離れません。
皆さんは、わたくしが選んだ最高のメンバーですもの。誰一人あなたの思い通りにはさせません。
うふふっ、それはどうかしら。もし失敗したら、最後にもう一度夢の中に入ってもらうからね。
そうなったら、今度こそ目覚めることはないわ。その代わり過去の辛いことは全部忘れさせてあげる。自分から「この夢にずっといたい」って思うまでね。
……
どうしたの? さっきの言葉、撤回したいのかしら?
たとえ今から撤回しても、見逃すつもりなどないのでしょう?
ふふっ! 賢い子ね!
祥子、楽しみにしているわ。この子たちの夢の中で、あんたが絶望と無力感に満ちた表情を見せてくれることをね。
証明してあげる――あんたは、もう逃げられないって。
モーフィアスは軽く指を動かすと、祥子の視界が一瞬にして霞み始めた。
うっ――!
色鮮やかで、奇怪に捻じ曲がった光と影が祥子の脳内に流れ込んでくる。
ステージの下で歓声を上げる観客。
雨の夜に落ちる黒い影。
椅子に座った孤独な少女。
見分けのつかない無数の人影。
私の素敵な夢を楽しんでちょうだい――
途切れることのない車の流れ、高くそびえ立つ建物、あちこちで輝いているネオンサイン。
夢から出られたのかしら……
いいえ……
美味しい美味しい作りたての鱗獣団子スープ、一杯いかがですか!
早くしてよ、後ろがつかえてるんだから! イベントに間に合わなくなっちゃうでしょ!
ごめんください! 宅配です――留守ですか? 玄関に置いて行きます!
現代的な建物に、動物の耳が生えた人たち……ここは一体……?
「鱗獣団子スープ」の袋には、「龍門伝統手作り製品」と書かれている。
「龍門交通」という大きなロゴマークの車が、乗客を乗せて目の前を素早く通り過ぎていく。
てきぱきと働く若者の制服にも、「龍門」で始まる会社名が書かれていた。
龍門……ここは一体誰の夢……?
その時、聞き覚えのある声が祥子の頭上から響いてきた――
こんばんにゃむにゃむ~~
ファンのみなさんこんばんは、新人女優のにゃむでーす!
アタシが主演の最新映画『ドラマーガール』が上映中だよ! すんごい面白い映画だから、みんな映画館で観てみてねー。
深夜三時! 眠れない夜! そんな時にお腹が空いたら!?
もちろん「ニャー速達」の鱗獣団子スープ!
アタシも雲獣も大好き! 「ニャー速達」の鱗獣団子スープ、ぜひ注文してねー。
たった十分でフルメイクできちゃう!
「夢化粧」シリーズで、誰でもカンタン満点メイク!
アタシと一緒に、理想の自分になろ?
アタシもみんな大好き〜!
どうして、この夢は祐天寺さんのCMばかり……
どうしてこんなに可愛いんだああああ!!!
ひゃっ……!
にゃむちゃん……可愛すぎる!
表情、仕草、セリフ、すべてが俺の心を揺さぶる!
ほんとに、ほんとににゃむちゃんみたいに可愛くなれるの!?
――あたし、同じの買う!
この大勢の人だかり、まさか全員あの方が目当てですの?
もちろんさ……にゃむちゃんは、娘のように可愛いからね……
ハハハハハッ……ゴホッ、ゴホッ……
大丈夫ですか!?
にゃむだ! にゃむが見えたぞ!!
どこ!? どいて! あたしも見たい!!
きゃっ! 押さないでください……!
祐天寺さん――!
あっはははは! まさかいきなりこんなパニックになるなんてね。ほんと笑っちゃう。
(愉快に笑う鳴き声)
ど、どうして。
ん?
そ、そこまでしなくても……あ、あの子、どのみち、勝てない……
まともに会話もできないくせに、なに余計なこと考えてるわけ?
……
あいつが夢の中にいる間に、前の失敗の原因を突き止めてやるわ。
私こそがこのお城で一番の「夢の作り手」なんだから。
モーフィアスは眠っている少女を見つめ、口をつぐんだ。