安らかな譫言 SS-2・戦闘後
静かな廊下の端と端
皆さんこんにちは! それでは本日のスペシャルゲストの登場です――ソラさん!
左の皆――右の皆――それから真ん中の皆も!
やっほー! MSR所属、皆のアイドル、ソラだよー!
いやぁ、ファンの方々の熱気が物凄い!
こんなにたくさんの人が応援してくれて、すっごく嬉しいよ!
でも、もう一人のサプライズゲストを楽しみにしてる人たちも多いはずだよね。実はあたしも彼女のファンなんだ!
あっ、皆もう待ち切れないかな? それじゃお迎えするよ――にゃむさん!
こんばんにゃむにゃむ~~!
ファンのみなさんこんばんは、にゃむでーす! みなさんに会えてとっても嬉しいです♪
入場許可証がない方は立ち入り禁止です!
部外者は入らないでください、押さないように!
*龍門スラング*、人が多すぎて、まったく手が回らないぞ!
ソラちゃん! にゃむちゃん! 大好きだよー!!
おい! そいつが中に――早く止めろ!
ずいぶんごちゃごちゃしていますのね……
どうしてこんなに人が……
……建物へは入れそうにありませんわね。
嬢ちゃん、中に入って有名人を拝みたくないか?
はい?
どっちが推しなんだ? ソラか、それともにゃむか?
生で本人を見たいなら、俺に任せな。
……何が目的ですの?
おっと、そう警戒するなよ。
そんなに高くはしないさ……ほら、この額でどうだ。
……そんなに持ち合わせておりません。
おいおい、これでもかなり安くしてんだぜ! これ以上負けろってのか?
そうおっしゃいましても……
(見るからに怪しい……でも、他に頼るあてもありませんわ。この機会を逃したら……)
(ここは信じるしかありませんわね。)
(ポケットを探る)
これで全部……わたくしが今持っている全財産ですわ。これで案内してくださいませんか?
しゃあねえ、ついてきな!
スタッフ専用通路……?
ああ、ここを通るのさ。
入場許可証をお持ちなのですか?
ない。
では、関係者ですの?
いいや。
でしたらどのように入るんですの……? それに、もし見つかったらどうするおつもりで?
任せろって言っただろ! 有名人を拝みたくないのか?
(小声)*龍門スラング*、声が大きすぎた……
(小声)あちらから人が……! 見つからないうちに、早く――
おいお前! 何でこんなところにいるんだ!?
えっ――!?
予備の機材を見ていろと言ったはずだぞ。
アシスタントだからってサボれると思うなよ。急に予備の機材が必要になったらどうするつもりだ!
……
若造の分際でサボりやがって。
ちょっと、もう少し優しい言い方をしてあげてください。怯えて言葉を失ってるじゃないですか。
何をボケッと突っ立ってんだ? さっさと会場へ行け!
……分かりました。
お嬢さん、会場はあっち……
言わなくていい!
迷子になって、戻って泣きついてくるのまで見えていたんだがな。あいつがサボった分、全部給料から差し引いてやる!
君、頑張るんだぞ!
は……はい!
グズグズするな、さっさと行け!
はぁ――近頃は、どの仕事も大変なんだな……
もしもし、そっちの状況はどない?
異常なし。
異常なし。
ほんならええわ。引き続き巡回よろしゅう頼むで。
ああ――困ったなぁ! 全然手ぇ回らへん!
にゃむはんってほんま人気やなぁ。どこ行っても大勢のファンに囲まれとるわ……
にゃむさんも、きっと苦労してるんでしょうね……
ソラさんが毎日朝から晩まで練習に励んだり、ファンの声援に応えるため各地を駆け回ったりしてる姿は見てきました。それで、夜に会うといつも疲れ切った顔をしてるんですよ。
にゃむさんはデビューしてすぐに人気が爆発しましたし、配信だけじゃなく、俳優の仕事や、バラエティ番組への出演まで……
以前はドラムの練習動画の投稿までしていましたが、最近はめっきり上げなくなってしまいました……
にゃむはんのファンなんか?
はい、実は……私が最初にドラムに興味を持ったのは、彼女の動画を見たのがきっかけなんです。
たまに挫けそうになった時は、昔の彼女の動画を見返したりしています。
彼女は今でも『ドラマーガール』の中みたいに音楽を楽しめてるのでしょうか……
……
あっ、すみません! つい話し込んでしまって。
今はまだ業務中ですし、ソラさんの安全確保に集中しないと! 警戒を続けましょう!
そない緊張せんで大丈夫やって。最近仕入れた新製品があってな、未認証の訪問者を自動で識別できるっちゅう代物なんやけど――
うっそぉ……
Aエリアの怪しい二人、急いで確認しにいくで! ドローン準備!
狭く長い廊下を、二人が大急ぎで駆け抜ける。その背後には、数十機の攻撃型ドローンが迫っていた。
あなたなんて……信用すべきではありませんでしたわ!
どうなってんだ!? 前にこうやって忍び込ませた時は何の問題もなかったはずだ!
いつの間に監視カメラとドローンなんて導入しやがった!
クソッ、ドローンに追いつかれる――嬢ちゃん、急ぐぞ!
(奇怪な声)
うふふふふっ……あははははは!!
――!
気付いた時には、先ほどまで横にいた男は突如姿を消し、代わりに見知った姿が現れていた。
あははははは――実に愉快ね!!
(楽しそうな鳴き声)
どう? この子の夢。気に入ったかしら?
皆の愛に溺れて、ちっとも戻りたくないみたいねぇ。
全てあなたの仕業ですの!?
言ったでしょう――これは勝負だから、そう簡単に勝たせるわけないって。
祐天寺さんに会わせなさい!
あの子に会うのは簡単よ。この廊下をまっすぐ、ずーっとまっすぐ進めば辿り着くわ!
でも今は、後ろのドローンをどう振り切るか考えた方が良いんじゃないかしら?
(賛成するような鳴き声)
あいつ、収録現場に向かっとるな。ソラが危険や――はよ止めな!
……くっ!
祥子は足元の床が緩み、向こう側の扉が果てしなく遠ざかっていくような感覚に陥った。まるで悪夢の中にいるかのように、走っても走っても扉まで辿り着けない。
祐天寺さん、早くお目覚めになって!!
彼女の位置に合わせて、カメラを寄せて――
そう、もっと近く。顔を映して、真っ青な唇に焦点を当てるんだ。
「人形の存在意義とは何だろうか?」
「綺麗なショーケースの中に並んで、外側にいる人間の動きを真似すること。」
「その拙い真似ごとで、人々を喜ばせること。」
「人形が喜ぶと、みんな笑顔になる。」
「人形が悲しんでも、みんな笑顔になる。」
「さあ、楽しい人形劇のはじまりはじまり――」
……完璧だ。
す、すごい……
これぞまさに天性の才能です!!
ありがとうございます〜! こういう演技ができるようになったのは、最近のことなんですけどね。
演技の幅を広げたくて、毎晩いっぱい参考資料を見てるんです。生き物じゃないものを演じるのも楽しくて〜!
生き物じゃないものを演じる……なかなかユニークな表現ですね、ははは……
にゃむさんがここまでの演技をできるようになるまでには、きっと誰よりたくさん努力してきたんだよね!
いや〜、アタシはまだまだだって常に思ってるんで。
周りの人たちは天才って思える人ばっかりなんです。
すごいお金持ちの家に生まれて、子供の頃から有名人だった子もいるし。
どん底に落ちても、変わらずキラキラ輝いてる子もいる。
その子たちに追いつくには、限界まで、いや、限界を超えても走り続けなくちゃ……
いくら小細工しても、あの子たちの前じゃ歯が立たない。
凡人のアタシを好きでいてくれるみんなには、何倍も、何十倍も努力することでしか、応えることができない……
にゃむさんは……今でも十分すごいよ。
ここに座ってる皆は、きっとあたしと同じで――にゃむさんのことが大好きだと思う。
えへへ、嬉しいです〜!ありがとうございますっ!
とても感動的なお話でした。本日は素敵なゲストをお迎えし、皆さんと素敵な時間を分かち合えたことを、心より光栄に思います。
さて、盛り上がったところで、一つ面白いアイデアを思いついたのですが――
番組の最後に、お二人で一緒に『ドラマーガール』の名シーンを演じてみるというのはどうでしょう?
はい!
イヤホンから聞こえる指示に従って、にゃむとソラは所定の位置につく。
澄み渡る青空、真夏の風が遠い地の匂いを運んでくる。
羽獣の鳴き声。
呼吸の音。
――早く屋上から下りてきなよ!
ダメだよ。夢っていうのはね、一番高いところへ登って、一番大きな声で叫ぶものなの!
完璧な姿を見せることこそ、スターの使命。
たとえ、時に嘘をつく必要があったとしても。
でも、でも、ドラムを始めたのはつい最近でしょ!?
もし将来諦めちゃったらどうするの? 誰かに笑われちゃうかもしれないよ!
もう決めたの、一生ドラムを叩き続けるって! もう叩けなくなるその時まで!
だけどアタシはドラムを諦めた。
アタシの夢は龍門一の――
確かにアタシは、皆に愛されるようになった。
ううん、テラで一番のドラマーになること!
これでいい。この評価が、この地位が、アタシが欲しかった本当の――
あれ? アタシが本当に欲しかったのって、そういうものだったっけ……?
羽獣の鳴き声。
呼吸の音。
ガラスの割れる音。
撮影中に響くはずのない音。
夜の冷たい風がどれだけ顔に吹き付けても、にゃむは今起こったこと全てを冷静に考えることはできなかった。
……えっ?
……
な、何が起きたんだ?
にゃむさん!?
にゃむはんが侵入者に連れ去られた! ウチはこれから後を追うから、そっちはソラを守るんや!
背後に響く喧騒の音が、一瞬で遠ざかっていく。
にゃむが我に返った時、二人はまさに落下している最中だった。
これのどこが素敵な夢ですの?
ドラムも、仲間も、自分自身も失って。たとえどれだけ多くの人に好かれていても、これがまだあなたの夢だと言えるのかしら?
あの計算高く、人一倍負けず嫌いな祐天寺さんは、一体どこに行ってしまいましたの?
で、でも……
にゃむ、そろそろ夢から覚めなさい。