安らかな譫言SS-6・戦闘前反響する大広間
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安らかな譫言 SS-6・戦闘前

反響する大広間

冷たい風が、音を立てて耳元を通り過ぎる。

落ちていく。どんどん速度を上げながら。

しかし、深淵の底にはいまだ辿り着かない。


豊川祥子

わたくしが無理難題を突きつけてもついてきてくれるドラマーが他にいまして?

言いましたわよね。あなたの人生、わたくしにくださると。

祐天寺さん……あなたは、ただあなたらしくなさって。


豊川祥子

自分の居場所を求めて、いくつも組織を渡り歩いてきましたのね。ですが、それでも居場所が見つからないのであれば――

八幡さん、わたくしと一緒に帰りましょう。

このような所で苦しむ必要なんてありませんのよ。


豊川祥子

初華、あなたがどこにいても……

必ず、見つけ出しますわ。


豊川祥子

睦、ここは現実ではありませんのよ。今すぐに……


ドン――!


豊川祥子

――!

心臓が激しく脈打ち、呼吸は乱れ、背中には冷や汗が滲む。

それは、あまりに散々な目覚め方だった。

モーフィアス

とってもリアルだったでしょ?

高いところから、地面に落ちていって……

夢は砕け散り、「夢なき境界」に囚われ、逃げ出すこともできない……一体、どんな感覚なのかしらね。

豊川祥子

皆さんの夢……確かに素敵な夢ではありましたわ。ですが、いつまでも浸っていてはいけません。

心の一番弱い部分を覗いて、それを脚色して何度も目の前に曝け出すような……そのような夢には。

モーフィアス

あら、そうかしら?

あんたが夢に入ってくる前は、あの子たちはあんたのことも、くだらないバンドのこともほとんど忘れちゃってたのよ。

豊川祥子

いいえ。Ave{@nbs}Mujicaはひとつの「契約」ですわ。皆さんの人生はわたくしが――

モーフィアス

そんなもの、あんた以外にはどうだっていいの。

豊川祥子

なっ――!

モーフィアス

自分の耳で聞いたでしょ?

あの子たちがあんたを拒絶するのをね。


祐天寺にゃむ

そんなのイヤ。ここにいる人たちは、みーんな女優としてのアタシを愛してくれてるの。

アタシ、そのために何もかも捧げたんだよ? なのに今更、全部嘘だったって言うの?

ふざけないで。そんなの絶対認めないから!

ここ、アタシの夢なんだよ? アンタもバンドも関係ない。


八幡海鈴

あなたには分からないでしょうね。

こんな生き方でいいんです……自分には、この生き方が合っているんです。

誰にも救ってもらう必要はありません。

それに、私を救える人なんていませんので。


……


「睦」

やっぱり睦ちゃんには、祥子ちゃんはいらない。


モーフィアス

あはは……あはははははっ!

あんたの無様で、無力で、笑える顔、全部見せてもらったわ。

最初は夢を壊されちゃったけど、これでおあいこって所かしらね。

ふふっ、でも感謝してるわ。あんたがあの子たちの夢を何度も出入りしてくれたおかげで……

証明されたもの――私の作った夢が完璧で、非の打ち所がないってことが。

これであいつも認めるしかないわ。私こそが夢のお城で一番の天才だってね。

豊川祥子

あいつ……?

モーフィアス

夢の中で会ったでしょ?

お姫様みたいな服を着て、時代遅れの話し方をするあいつよ。

あいつの傍にいると、落ち着かないったらありゃしないわ。

豊川祥子

アイリスさんこそ夢のお城の主ですわ。あなたはただの偽物です!

彼女はおっしゃっていました。どんな素敵な夢にも、いつかは目覚める時が来ると――

ぐっ――!

祥子の喉は、突然凍りついたように声を発することができなくなった。

モーフィアス

どうしてあんたを見ているとムカつくのか、ようやく分かったわ。

あんた、アイリスとそっくり。初めから他人の意見を聞く気がないし、口を開けばいつも綺麗事ばかり。

人生を預かるとか言ってたけど、結局みんなが自分から離れていくのが嫌なだけじゃない。

あんたの人生、全部見せてもらったわ。落ちぶれたお嬢様が、未練がましく足掻く姿をね。

自分の思い通りにしたい、他人に惨めな自分を見せたくない……あんたの行動、全部そうだったわ。

傲慢で、自分勝手で……ほんと救いようのない人。

あんたのバンドって、結局何だったの? 「契約」みたいに強い言葉で縛り付けて、バンドごっこをしていただけじゃない。

あの子たちは今、自分の幸せを手に入れた。だからあんたのことなんて捨てちゃったのよ。うふふっ……あんた、またひとりぼっちになっちゃったわね。

それでもアイリスの言葉を信じるって言うなら……いいわ、あんたのためにもう一回素敵な夢を用意してあげる。

たとえ頭では現実じゃないって分かってても、ずっと見ていたくなる完璧な夢をね。

他の子たちと同じように、私の夢に溺れて抜け出せなくなるのよ。

豊川祥子

くぅっ――!

モーフィアス

喋りたい? なら最後に一言だけ喋らせてあげる。

悪魔のような少女は、鎖をほどくような手振りで空中に模様を描いた。

豊川祥子

わたくしは――

鎖が再び容赦なく締め上げる。

モーフィアス

あはははははっ――

やっぱりあんた、黙ってる時の方がずっと可愛いわ!

もがき続ける祥子にモーフィアスは一歩ずつ近づき、右手を伸ばして祥子の頬に添えた。

モーフィアス

偽りのお姫様。あんたが不思議の国を彷徨ってる間に、私ははっきり理解したわ。

あんたが何をに飢えて、何を求めて、何を恐れているかをね。

だから心配しないで。今度は完璧な夢を見せてあげる。夢の中だってはっきり分かってるのに、絶対に目覚めたくならないやつをね。

おやすみなさい。高貴で、狡猾で、自分勝手なお人形さん。

良い夢を。


ガタン、ゴトン。

???

祥子、祥子!

豊川祥子

ん……


豊川祥子

あなたの言うようになんて――

祥子は思わず叫んだが、そこはもう城の中ではなく、モーフィアスも姿を消していた。

ヴィグナ

大丈夫? 顔色すごく悪いよ。また悪夢でも見たの?

豊川祥子

また……夢の中に戻ってきましたのね。

ヴィグナ

なに訳分かんないこと言ってんの、今起きたとこでしょ。

もしかして、まだ寝ぼけてる?

豊川祥子

アイリスさんとベナさんもいらっしゃるのね……

アイリス

はじめまして……自己紹介はまだですわよね?

ベナ

ええ、あたしたちが着いた時にはもう寝てたわ。

豊川祥子

ヴィグナさんとわたくしが先に乗り込んでいるということは……新しい夢に切り替わった、ということですのね……

ヴィグナ

祥子、何さっきから変なことばっかり――

今は、アイリスさんのお知り合いのアンさんを訪ねるため、ヴィクトリアの小さな街へ向かっているところ……

しかし、すぐにタイヤがパンクして修理のために待機することになり、それで到着も遅れてしまう……

豊川祥子

わたくしたち、これからヴィクトリアへアンさんを探しに行きますのよね?

ヴィグナ

えっ、アンさんって誰? アイリスは知ってる?

アイリス

アンさん……? 祥子さんのお友達ですの?

豊川祥子

えっ……アンさんをご存知ありませんの?

では、わたくしとヴィグナさんは何のために……?

ヴィグナ

ちょうど仕事の場所が祥子の家の近くなんでしょ? だからついでに家に帰って、家族のもとで休んでもらおうと思ってるの。

仕事が忙しくて、ずっと家に帰ってなかっただろうしね。

アイリス

車が急に止まりましたわ! 何事ですの!?

ベナ

まさか、パンク!?

運転手

はぁ、はぁ……あ、危うく駄獣にぶつかるところでした!

幸い何事もありませんでした。すぐに再出発します!

豊川祥子

……

エンジンがかかる音と共に、窓の外の景色が再び動き出した。


同じ景色、同じ同行者。

しかし夢の中では、すでに変化が起こっていた。