安らかな譫言 SS-ST-1・幕間
交差点の信号機
あはっ、今日のマスカレードも大成功~!
カーテンコールの時の歓声すごかったよね~! にゃむちの大ファンっぽい子もいてさ~
アタシが出てきたときにすっごく目を輝かせてくれてて。ホント嬉しいよね~
次のマスカレードでファンサ、ちょっと増やしちゃおっかな~?
祐天寺さん。魅せ方を研究するのは構いませんが、Ave{@nbs}Mujicaの世界観を守ることもお忘れなく。
ねぇ、サキコ、アタシがみんなの愛を独占しちゃうの、そんなに怖い?
アタシのファンがAve{@nbs}Mujicaのマスカレードにのめり込んでくれてただけ。ムジカにもハマってくれたんだし、別に悪いことじゃないでしょ?
わたくしたちの立ち姿さえもパフォーマンスの一部。最後の1秒まで、気を抜いてはいけませんのよ。
わたくしたちの使命は、ゲストの皆様を夢の中へといざなうこと。
圧倒的な世界観をお見せしなくてはなりません。そのためには――
はいはい、分かってるって。
てかさ~、ムーコが登場したときが一番歓声上がってたじゃん?
「嬉しい~!」とか「もうちょっとファンサしちゃおっかな~?」とか、思ったりしないの?
私は、別に……
睦を扇動しないでちょうだい。
あはは……まあまあ……
アタシはただ、みんなが次のライブを楽しみにしてるだろうなって思っただけだし〜。
アタシたち、今こんなに人気なんだよ。このまま波に乗って、全力で皆の期待に応えてあげなきゃ!
さきちゃんもすごく頑張って新曲を作ってくれてるんだ。最近、夜遅くまでロフトのランプ点いてるし……
Ave{@nbs}Mujicaの皆さんは、今日まで努力を重ねてきたのです。わたくしだけ怠けているわけにはいきませんわ。
さきちゃん……
サキコ、あんまり無理しちゃダメだよ。
さきちゃんの思いはみんなに伝わってるよ。私も頑張って、新曲に相応しい歌詞を書くね。
先ほどライブ前に豊川さんからデモを聴かせてもらいましたが、なかなか悪くない曲でした。
うん。テンポだけ、ちょっと落としてもらいたいかな?
えぇー!? 皆もう聴いてたの? いつ!?
さっきのライブの前だよ。確かにゃむちゃん、控え室にいなかったよね?
本来なら皆さんの意見をお聞きするつもりだったのですが、時間がなかったので。ひとまずその場にいた人にだけ聴いていただいたのです。
私も、聴けてない。にゃむのライブ配信に出てたから……
うっ……!
何ですって!?
祐天寺さん、わたくし言いましたわよね。睦を配信に呼ぶなとあれほど――
あ、もうすぐ青信号になるよ! 話は渡ってからね〜。
はぁ、頭が痛いですわ……
……よかったね。
初華、突然なにをおっしゃいますの?
さきちゃんの話聞いて、ちょっと感動しちゃったんだ。
色々あったし、ケンカもしたけど、それでもまたこの五人でバンドを組めて……本当によかった。
皆に聞いたわけじゃないけど、皆もきっと同じ気持ちだって信じてるんだ……だって、私自身がそうだから。
さきちゃんも私と同じ気持ちでいてくれたこと、すごく嬉しいんだ。
私の人生、全部ムジカに捧げたいくらい……!
祥子が初華の視線の先を追うと、そこには楽しそうに横断歩道を渡る少女たちの姿があった。
その無邪気な少女たちは、まるで童話から出てきたかのように美しかった。
直接は言わないけど、みんなさきちゃんに感謝してると思う。にゃむちゃんも「アタシの夢がムジカで叶ったんだ。」って言ってたしね。
夢……
そうだね、何もかも前と同じで……まるで夢みたい。
え……
……夢?
二人とも、こんなところで……
バンドであることを捨てろと?
アタシ、別にバンドじゃなくてもいいし。
!
そもそもバンドのテイしてなきゃいけない理由ある?
何を言って――
それに、当のムーコは何も言ってない。テレビ出たとき『長く続かない』って言ってたし。
バンドどころかムジカやめても全然構わないってことじゃないの?
……
あれは――
……ムジカは解散させない。
なんでそうなるの? 解散なんて言ってない。
メンバーがやめるってそういうことだよ。応援してくれてるゲストの気持ちも裏切ることになる。
それをさっき裏切ったって言ってるの。大体、大事そうに言ってるけど、ウイコ、忙しすぎて練習ほとんど来てないよね?
……
それって無責任じゃない?
そんな……!
責任というなら、祐天寺さんこそ、もっと練習すべきですわ!
祐天寺さんが練習不足だと思ったことないですよ。豊川さんこそメンバーを見ていないのでは?
先を歩く仲間たちに駆け寄る初華の背中を見ながら、祥子は呆然と人だかりの間で立ち尽くす。
両足が鉛のように重くなり、信号をうわの空で見つめたまま一歩も動けなかった。
おーい! サキコ、なにボーッとしてんのー?
何か忘れ物でも?
……祥、信号変わっちゃう。
さきちゃん?
もう、何やってんだか。置いてっちゃうよ〜。
信号機の音が忙しなく鳴り響く。祥子が皆に追いつこうとした時には、信号はもう赤に変わっていた。
車が次々とそばを走り抜け、祥子は風で乱れる髪を押さえた。信号機の赤い光が、彼女の顔の輪郭を照らし出す。
不意に、何かが祥子の手に落ちた。
水……雨?
気付けば、雨が降っていた。雨足は次第に強くなり、勢いを増していく。
その瞬間、彼女の脳裏には様々なことが浮かんでいた――
周囲の音は大きくなり、人だかりの喧噪、車のクラクションが、有無を言わさず彼女の鼓膜を突き抜ける。
雨で濡れた服に、涙が染みた。
祥子の悲しみと無力感がその口から語られることはないが、天を仰いで泣きじゃくる姿がすべてを物語っていた。
深く心に刻まれた悲しみと喪失感が胸に押し寄せ、彼女の視界は、記憶と共にぼやけていった。
ガタン、ゴトン。
祥子、祥子!
ん……ん?
もう朝だよ、そろそろ起きて。
ヴィ……ヴィグナさん? まだ夢を見ているのかしら……
これでも夢って言うの?
ひゃっ!? ヴィグナさん、いきなり何をなさるの!?
夢かどうか確かめただけじゃない。そんなに力入れてないし。
(自分の頬をつねる)ほら、全然痛くない。
起きたばかりで頬をつねられたら、誰だって困ります!
ごめんごめん、もうからかわないよ。外で待ってるから、早く来てね。
ひんやりとした壁に耳を当てると、船の内部構造を通じて、動力層が全出力で稼働する音がかすかに聞こえてきた。
ガタン、ゴトン。
動力エリアの音でしたのね……
……
あの奇妙な光景、あの方々……いったい何だったのかしら。
つまり――まったく知らない人たちが夢に出てきたってこと?
……ええ。それに、あんな光景は初めて見ましたわ。
見たことのない乗り物、建物、それと彼女たちが着ていた服も……
映画のワンシーンってことはない?
あたしも寝る前にドキュメンタリーを見たら、その場所に行く夢を見ることもあるし……
ですが、あのような光景は一度も……
じゃあ、疲れが溜まってるってことかもね。
こないだウィスラッシュさんから聞いたよ、毎日夜遅くまで訓練してるって。注意されるまでやめないらしいじゃない。
それと直近のエンジニア部のボランティアリストにも、祥子の名前があった気がするし……
まだここに来て間もないんだから、焦って慣れようとしなくても大丈夫だよ。
疲れてるんなら、休暇を取ってみたら?
心配いりません。自分の体調くらい、自分で整えられますので。
さ、祥子さん! 少し手伝っていただけませんか?
ロドスで多数の患者を受け入れたので、急遽人手が必要なんです!
そういう仕事、祥子の担当じゃないですよね。
それに新入りがするには難しい仕事だし、祥子には負担が大きすぎるんじゃないですか?
す、すみません。ですが、責任者からは祥子さんを優先してお連れするよう要請されていまして……
場所はどちら? 今すぐ向かいますわ。
え?
以前もお手伝いさせていただいたので、仕事の流れは把握しています。
人手が足りないなら、喜んで力をお貸ししますわ。
ちょっと……
ヴィグナさん、いつもの場所で待ち合わせしましょう。
あっ、もう!
まったく、いつの間にそんなことまでできるようになったのよ……
五十三、五十四、五十五……五十六……
こっちの棚の物資はもうちょっとで見終わるわね。あとは荷積みしたらすぐ出発できるわ。
うーん……もう一時間経つけど、祥子はまだ来ないのかな?
祥子、やっと来た!
お待たせして申し訳ありません。想定よりも、患者さんの対応に時間がかかってしまいまして……
ぜんぜん大丈夫だよ。ていうか祥子ってロドスに来てまだ数ヶ月なのに、もうずっと前からいる感じがするよね。
そうかしら?
うん。だから皆もう祥子に頼ることに慣れちゃって、何を任せても安心って思ってるんだ。
あたしもそうなんだけどね。祥子はまだ新入りだから、負担かけすぎちゃダメだって、よく自分に言い聞かせてるよ。
前に見た音楽サークルの申請表に祥子の名前があったけど、サークルには一度も顔を出してこないし……
ヴィグナさん、ご心配には及びませんわ。
わたくしがロドスに入ったのは、鉱石病と闘う人々を助けるためですもの。
鉱石病……確か祥子のお母さんも鉱石病で亡くなったんだよね?
……ええ。
お母様が亡くなる以前は、何の心配もなく毎日を過ごせると無邪気に考えていました。
……ですが、ここはそう平和な場所ではありませんでした。
……苦痛に耐えながらも闘病を続けたものの、亡くなったお母様、そしてロドスで見聞きした患者の方々……
この大地では、今も多くの方が苦しんでいると気づかされました。わたくしも、まだまだたくさん学ばなければ。
うん、私も祥子の気持ち、なんとなくわかるよ……
ヴィグナ、そっちの準備はまだ?
車はもう準備できてるわ。後はあんたと物資を積み込むだけ。
あー、やばっ! すぐ片付けるね!
こちらのお荷物、どちらにお届けするのでしょう?
近くの町で、緊急で食糧と医療物資が必要になってね。あんまり治安がよくない場所だから、あたしも護衛で行くことになったんだ。
わたくしもご一緒します。きっと何か手伝えることがあるはずですわ。
ダメだよ、祥子は……
わ、分かったよ……
アイリス、そんなに緊張しなくていいわよ。あと、自分を責めないこと。
……もっと早く気づくべきでしたわ。
何事も抜かりなく完璧に進めるのは無理よ。それに手紙だけでやり取りしていたんだから、気付けなくても不思議じゃないわ。
でも……でも、あの子が!
息が荒くなってるわ……はい、深呼吸。リラックスして。
ヴィグナに急ぐよう伝えておいたから、もうすぐ出発できるわよ。
……日が暮れるまでに、行かなければなりませんの。
大丈夫よ。
あの子に会ったら、全部あたしたちで決めた通りにやれば問題ないんだから。
ごめん! 遅くなった!
ええ、大丈夫ですわ――
ちょうど出るところよ――運転手さん、すぐに出発して!
突然エンジンが唸りを上げ、車は猛スピードで真っ直ぐに走り出した。
ふぅ。間に合うといいんだけど……
そうだ! さっきはバタバタしてて、紹介できてなかったね!
この子は新しく入った、新入りオペレーターの祥子だよ。二人と同じヴィクトリア出身で、今はあたしと一緒に後方支援の仕事をしてるの。
こっちの二人はアイリスとベナって言ってね……うーん、オペレーターではあるんだけど、どう紹介したらいいかな……
そうそう! 「妖精さん」だ!
「妖精さん」……?
そこまででいいわ、ヴィグナ。あとは自分で説明するから。こういう状況は今まで何度もあったから、慣れっこなのよ。
祥子さん、ヴィクトリア人なら「夢のお城」に関するヴィクトリアの童話をよく読んでたでしょ?
ええ、幼い頃に読んでおりました。
じゃあ、それは実在すると思う?
え……?
実在するかと聞かれましたら……子供の頃はお母様によく同じことを尋ねていましたけど……
じゃあ今は信じてないってことね。
そ、それは――
でも、童話の話は全部本当なの。
「ヴィクトリアの森に、夢のお城がありました。そのお城には、子供たちに美しい夢を見せてくれる妖精さんが住んでいました。」
そのような場所が、本当に……?
祥子って、まだ未成年だったよね? 祥子が見たっていう不思議な夢も、もしかしたら妖精と関係があるんじゃない?
いいえ、そんなはずはありませんわ。本人の同意なしで勝手に子供の夢に入るのは、妖精にとって許されざる行為ですの。
夢は思考を反映すると同時に、思考を形成する過程でもありますのよ。繊細な心を持った子供にとってはなおさらですわ。
夢が、一人の子供の人生を変えてしまうこともありますの。
私たちは普段、子供たちに素敵な夢をお届けして回っているのですが、いつどのような夢を見せるかについては、必ず事前に子供たちの同意を得て慎重に検討していますのよ。
私の夢は、「素敵な夢」と言うより……むしろ、戸惑うような夢でしたわ。
後でアイリスの時間があるときに、夢を解釈してもらうといいわ。
時間があるときって言っても……ベナもアイリスも、ずいぶん長い間休めてないんでしょ?
いつも外で忙しくしてて、祥子と知り合うタイミングもなかったくらいだもんね。
アイリスは夢のお城の主だから、自分で手を動かさないといけないことも多いのよ。
はぁ――「夢作り」に関しては、あたしはまるでダメなのよね。そうでなきゃアイリスを手伝ってあげられたんだけど。
(小声)他にも夢作りの才能がある子はいるんだけど……あの「子供」は危険すぎるのよね。
では今回も、子供たちに夢を届けに向かっていますの?
そうとも言えるし、違うとも言えるわ……アイリス、話していい?
……この件は、私からお話ししますわ。
一年前、私は偶然ある童話集を手に取って、その物語に深く引き込まれましたわ。
見開きに書かれていた住所を頼りに、私はその本の作者と文通を始めましたの。手紙を通じて、彼女の童話に対するお互いの見解や想像したことを、たくさん語り合いましたわ。
ですが最近、あの子からの返事が少なくなってしまって。もうずっと連絡も取れていなかったのです。
そんな中で、二日前にあの子から手紙が届きましたの。中には未発表の作品が添えられていましたわ。
主人公の女の子には怒りっぽい父親がいて、彼女は同い年の子たちの間で孤立していて……
これまでの彼女の童話とは正反対のものでしたわ。そして彼女が言うには……「これが本当の私の人生」だと。
……
手紙の終わりには、次の誕生日、彼女は成人になると書いてありました……その誕生日が、明日なのです。
うそ、まだ未成年だったんだ……!
その最後の文が、どうしても気になって……
大人になんてなりたくない、と……その後に、続けてこうありましたわ。
「これが最後の手紙。」
……明日になるまで、もう十二時間もありませんわ。
アイリスが急いでた理由、わかったでしょ? できるだけ早く町に行ってあの子を見つけなきゃ――
何があったの!?
すみません。道が悪くて、タイヤがパンクしてしまいました……
……何ですって!?
灼熱の太陽の下、燃えるような熱風が肌を焦がしていく。
そうして、長い待ち時間が訪れた。