約束されざる地UR-ST-1・幕間水面に映る影
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ウルサスサーミカジミエーシュクルビアボリバルヴィクトリアイェラグサルゴンミノスシエスタ

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約束されざる地 UR-ST-1・幕間

水面に映る影

カズデル地区 バンシーの河谷

ビッグラリー

うー、あ~

オールドカリー

やーっは~

リトルモー

ふー、よいしょ~

ラケラマリン

この葦原を抜けても、止まり木までは道の程遠い……やはり妾が舵を取るべきではないか? 河谷の船は呪文により掘り出され、呪文のまにまに動く。さしたる労力もかかりはしない。

ブリキ

お力を借りるには及びませんよ。三名ともまだまだ興に乗っているようですし、このまま頑張っていただきましょう。

ラケラマリン

その者たちは妾の思いしよりも……血気あまっておるな。

ブリキ

これでも大人しいほうでしてね。船を漕ぎながら泣き声の大きさ比べをしたり、裂獣の唸り声を真似たり、とても人様に見せられない姿をさらさないでいただいて安堵していますよ。

溶炉の中で、誰も彼も一緒くたに数百年間燃え続けていたのが、ようやっと実体を持って、お互いにはっきりと認識できる身分まで得たんです。騒ぐのも無理のないことでしょう。

ラケラマリン

……

ブリキ

……河谷は、本当に閑かですね。

ラケラマリン

はて?

ブリキ

クルビアですと、私ほどの新しもの好きでも、新型ドアハンドルの使い方がわからず、タクシーの前で気まずく立ち尽くすことがあるのです。

変化と喧騒がクルビアの日常です。常に開拓を推し進め、いつ何時も前へ進み続ける国。一秒たりとも立ち止まり誰かを待つことはありません。

しかしここは……訪れたのはいつぶりでしょうかね。

ラケラマリン

二百年前、カズデルがあの凄惨な戦の炎に洗われ、言い知れぬ有様になった後のことだ。ヴァエラがこの河谷をバンシーの住処に変えたばかりの頃だった。

ブリキ

そうでしたね。しかし、源石に幾度耕されたかもわからない山々の間にこれほどの場所を見つけるのは、容易ではなかったでしょう。

霧けぶる湖の水鏡に、葦原に沈む木々、大地に金色の絨毯を敷く森……そしてバンシーたちが櫂を揺らして草笛を吹き鳴らす音は、まるで河谷そのものの呼吸のような柔らかさです。

これほどの時が経っても、河谷はまるで変わっていませんね。

あの時……船を渡してくれた者以外は。

ラケラマリン

ヴァエラであったな。

ブリキ

ええ、私の古い友人です。彼女はすでに止まり木の下にある木小屋へ居を移しましたか?

ラケラマリン

つい先月に。

ちょうどそなたのことを童話に織り込み、子らに河谷の霧はすべてそなたのパイプから生まれたのだと話しておったな……

しかしたったの一日の後、そなたがどのようにして空の鎧を説き伏せ、溶炉に放り込まれる宿命から逃れたのかと子らが質問すると、彼女はそなたの名前に対して困惑を示したのだ。

ブリキ

……忘却が始まったのですね。

ラケラマリン

しかり。忘却――死がバンシーに遣わす先触れである。


ラケラマリン

以降、ヴァエラは止まり木の下にある小屋に住処を移した。この地に居を移してから彼女が見送ってきたバンシーたちと同じく、死の訪れを静かに待っておる。

ブリキ

すでに私を忘却してしまった古き友人の送別……此度の旅で、これほど厳しい試練に立ち向かう羽目になるとは思いもしませんでしたね。

ラケラマリン

いずれにせよ、そなたの手立てでヴァエラを思い遣ってほしい。

ヴァエラは妾たちのため、河谷のため、そしてサルカズのため、これまであまりに多くを捧げてきた。

そなたも知っておろう。ヴァエラのような者は知らず知らず苦痛のうちに身を置くのだ。妾はただ……

ただ、ヴァエラの持つ三百余年の記憶が少しずつ彼女のもとから旅立っていくときに……それでも少しなりとも安らぎを得られるのなら、と願うだけ。

ブリキ

ええ、本当に。

ラケラマリン

……着いたぞ。


ブリキ

……?

あの、ラケラマリン。

ラケラマリン

そなたらの別れの場だ。妾の同席は不要であろう?

ブリキ

……小屋の中がもぬけの殻です。

ラケラマリン

そ、そのようなことが……?

ブリキ

ヴァエラが……この地を離れたということでしょうか?

すでに忘却を始めたバンシーが……一体どこに?


見学客A

あら、このエレベーター随分暗いわね。景色を見る窓くらいあるかと思ってたのに……

見学客B

サイエンスパークのガイドブックをきちんと読まなかったのか? これも期待を高めるための仕掛けだよ。「天空の暮らし博覧会」の見学者が最高の高空体験をするためにね!

特別事前招待券はすごい倍率だったんだ。いいか、これから見るのはここ二年くらい街中でよく見かけるようになった安いドローンと全然違うんだ。あのな――

見学客A

はいはい、ガイドブックで読んだ情報を私にひけらかさないの。

そんなに頑張らなくても魅力はわかってるわよ。もう変えられる家具は全部プロペラ付きのものに交換したでしょ? 今日日「天空」とか「空」って言葉で心が躍らないクルビア人なんていないもの。

それに、気付いた? エレベーターに乗ってからこんなに経ってるのに、まだ浮遊層に届かないなんて、それってつまり――

見学客B

はは、つまりこのサイエンスパークは本当に宣伝通りの高さがあって、最新鋭の浮遊技術は建物そのものを浮かばせることができるってことだ! なあハニー、いい場所に来ただろ!

あれ、この音楽はどこから……広告?

オークリー

皆様、ようこそサイエンスパークへ! 私は解説を担当させていただきますオークリーです!

皆様は今きっと、暗く狭い箱の中に閉じ込められてじれったく、また退屈に感じていることでしょう。ですが、これも地上六百メートル地点からテラで唯一無二の景色をご覧になるため!

これより四十秒後に皆様はサイエンスパークの浮遊構造層に到達します。それまでの間、皆様には是非考えていただきたいのです――空は一体、我々の暮らしにどのような変化をもたらすでしょうか?

下層展示エリアを見学された際に、四つのタイヤを源石推進器に置き換えた「飛ぶ車」を体験なさったと思います。

これから先、車輪や履帯付きの代物は、すぐにでも博物館行きになるでしょう! ベビーカーだろうと移動都市だろうとに関わらずです!

皆様の中には、夏にミノスとシエスタのどちらへバカンスに行こうかと迷っていらっしゃる方もいらっしゃるでしょう。

しかしこれからそうした選択を下すのは今以上に難しくなります。空に浮かぶ星々の一つ一つが、旅行先の候補となってしまうのですから。

今日の見学が終わった時に皆様が持ち帰るお土産は、リングラボのリング状のミニチュア模型や、小型ロケットの手作りキットかもしれません。

しかしもうすぐ、お子さんのためにテラの外の住民を遊び相手として選ぶことこそが、就学前教育の流行りとなるでしょう。

そして今宵の私たちはまだ、ラジオのそばに集まり、何千何万とある空を歌った曲の中から『おやすみ、クリステン』が流れるかどうかについて賭けに興じるかもしれません。

しかし、そう遠くない未来に、我々はベースも掠れた歌声も過去のものとして忘れ去るでしょう。太陽風が新たな弦楽となり、一つの恒星系がそのままオーダーメイドのオルゴールとなるのですから。

まさに「空はクルビアの次の開拓区となる」のです。これはジャクソン副大統領の今期選挙のスローガンですが、それだけには止まりません。

クルビア人の誰もが偉大なる開拓者へとなり得ること、星のさやの外側で己の居場所を見つけ出せることを、「プロペラパラダイス」の存在が証明しています。

オークリー

そうした革新の全ては、七日後の天空エキスポ、もとい「天空の暮らし博覧会」から始まるでしょう。その入場券は、すなわち未来に続く扉の鍵です。

もちろん、トリマウンツの空が拓かれた奇跡を見届けた皆様にとっては目に見える真実のほうが信頼できることと思います。お待たせいたしました。どうぞ存分にその目でご覧になってください!

クルビア 「プロペラパラダイス」サイエンスパーク 浮遊構造層

オークリー

ようやくお会いできましたね。皆様、おわかりいただけるでしょうか? 先ほどのカートゥーン解説員のオリジナルである――オークリー・パーソンズです。

ここは全テラにたった一つだけの、移動区画の上空にある浮遊サイエンスパーク。クルビアの「プロペラパラダイス」へようこそ!


???

「プロペラパラダイス」へようこそいらっしゃいました。

投資者

クラウドレストラン……これがサイエンスパークの頂点なのか? 空がこれほど近いとは、なんとも心が躍る!

???

何か飲み物をお持ちしましょうか? スカイエレベーターから出て来た時から開いたお口が閉じていませんので、きっと喉が渇いたことでしょう。

投資者

これはこれは。さすが「プロペラパラダイス」の責任者であるゴードン長官、心遣いが行き届いていらっしゃいますね。

ゴードン

酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局で初めてこのサイエンスパークの企画案を聞いた時、私も砂漠で七日間太陽にさらされ続けたような渇きを覚えましたから、お気持ちは理解できます。

ご存じの通り、二年前にジャクソン副大統領が議会でクルビアの天空進出を宣言してからというもの、誰もが星のさやに近づく資格を手に入れようと躍起になっている。

投資者

だから、あなたは管理局での昇進を自ら捨てて、一介の事務スタッフとして再スタートになるのも厭わずサイエンスパークへの異動を申請したと?

ゴードン

その通りです。

結果的に、我ながら英断でしたよ。「プロペラパラダイス」は建造当初からD.C.政府の支持を得て、クルビア唯一の自治管理権限を持つ移動区画となったのですから。

国防部の野蛮人にも、司法部の頭でっかちにも手出しできる隙はありません。私が所属している管理局でさえ、一冊の規定書だけ残して、八十年も握りしめていた源石製品審査権を手放しました。

非公式の組織でこの移動区画に駐在する権利を得られたのは、マイレンダーの応急対策管理監督協会だけです。幸い彼らの関心は、ここで「特殊な事故」が起こるかどうかにしかありません。

サイエンスパークが始動して六ヶ月足らずで数百のテクノロジー企業が招致され、一万人近くの研究員が行き来しています。知的財産権及び情報安全部には一日に百近くの特許申請が届くのですよ。

投資者

確かに、直近の「プロペラパラダイス」の発展速度は私の想像を遥かに超えていると言わざるを得ない。

ゴードン

さすがよく見てらっしゃる。サイエンスパークは、これから七日後にマックス・クルビアD.C.と接続し、「天空の暮らし博覧会」が開幕します。

開会式はクルビア全域で中継されるでしょう。ここにいる会社はいずれも展示品開発に全力を注いでいますので――今こそ投資の絶好のタイミングです。

投資者

だが、やはり不安が……

ゴードン

ご懸念があるのは当然です。ですが、この空の上のサイエンスパークでは、羽獣ですら自分から鍋に飛び込んでくるほどですよ。

祝杯のためのシャンパンはすでに注いであります。あまり迷っていては風味を損なうでしょう。どうか私を信じてください。これは、あなたの渇きを……あらゆる望みを満たすことができます。


見学客B

すごい……ほ、本当に雲の中に立っていて、羽獣が足元で飛んでいるのか? あまりにも壮大すぎて、俺、ちょっと……

オークリー

ふむふむ、めまいに、喉の渇き、そして動悸でしょうか? どうやら「Dr.オキシゲン」が必要みたいですね。

見学客B

そう、オキシゲン、酸素が……

って、これは……ドリンク?

オークリー

お酒よりもガツンと効いて、ソフトドリンクよりも優しい喉ごし。天空で暮らすならこれ! 水分補給もクールに――これこそパーク限定ドリンク「Dr.オキシゲン」です!

どうか自分自身に問いかけてみてください。子供の頃に、羽が生えているサンクタに嫉妬したことはありませんか?

もう残念に思う必要はありませんよ。「Dr.オキシゲン」はすべての人の舌に翼を授けますから。その味わいは必ずや夢をより素晴らしいものに!

受付担当

あれ、あの子、なんで宣伝し始めてるの? お客さんにサイエンスパーク上層の基本情報を紹介するのが先でしょ?

宣伝担当

やらせてあげなさいよ、ほらあの事前入場のお客さんたち、あんなに楽しそうに笑っているじゃない。それに瓶ソーダを一世一代の大発明みたいに称えるなんて簡単にできることじゃないんだから。

オークリー

爽やかな炭酸水は、他の何よりも「プロペラパラダイス」の景色とベストマッチですよ。皆さん、どうぞしっかりついてきてくださいね。サイエンスパークの浮遊構造層の詳しい説明を行います。

上層には主に十一のメインプラットフォームと、二十のサブプラットフォームがあります。サイエンスパークでは管状通路が道で、柔軟性のあるワイヤーがプラットフォームの土台にあたります。


オークリー

地上構造層と同じで、浮遊層も実験エリアと展示エリアに分かれています。

各テクノロジー企業には、それぞれいくつかの多機能浮遊ポッドが割り当てられます。技術者のラボにするも、展示品のテスターやモニター担当者が実践やテストを行う空間にするも自由です。


オークリー

エレベーターは浮遊層の一番下までしか行けません。ロープウェイステーションがここでの交通ハブです。百以上の飛行ポッドが軌道を支えており、球状のゴンドラが唯一の移動手段となっています。

もっと刺激的なものをお望みですか? それならば、サブプラットフォームの緊急ジャンプ台をお試しください。それを教えたのが私なのは、警備員に秘密ですよ。


オークリー

プレオープンの制限として、現在は本会期に展示予定の一万分の一の展示品しか体験できません。それでも、きっと大いに満足していただけるでしょう。

ちなみにですが強い日差しに晒されると喉が渇きやすくなります。どの浮遊プラットフォームにも様々な味の「Dr.オキシゲン」が置いてあるので是非ご利用ください。

頻繁に飲みたくなるかもしれませんが、中毒性が高いのはドリンクではなく、この大空ですので、ご心配なく。


投資者

今後ともよろしく頼む!

D.C.政府の許可書類をたった二日で入手したと聞いた時から、あなたとの協力を選べば間違いないと信じていたさ!

ゴードン

信頼していただき、ありがとうございます。ではサインをどうぞ。

投資者

ああ……っと、あちらの老紳士はもうだいぶ長い間ずっと聞き耳を立てているようだが、お知り合いか?

ゴードン

……

老紳士

申し訳ない、大事な話をされているところにお邪魔をしてしまいましたね。少々昔馴染みと話をしに伺っただけです。

ゴードン

これは申し訳ない。ミスター・ギュスターヴは、酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局の元上司でして……いつこちらに?

ギュスターヴ

「この空の上のサイエンスパークでは、羽獣ですら自分から鍋に飛び込んでくるほどですよ。」の辺りからかな。

投資者

あははは、あれは印象深いフレーズでしたね。

ギュスターヴ

しかし、元の物語で一番素晴らしい部分を省略してしまっていますな。

クルビア荒野の羽獣は生まれつき警戒心が強いのでなかなか狩れません。そこで、大開拓時代の先駆者たちは一計を案じました。野営地に何十も鍋を並べ、鍋に華やかな羽毛を括りつけたのです。

飛んでいる羽獣はそれを同胞の求愛の場と勘違いして、警戒を解き羽を広げて急降下し……そしてまんまと鍋の中に突っ込んだのですよ。死ぬまで異性が待ってくれていると思い込みながらね。

投資者

……

待ってくれ、それはつまり――

ゴードン

ミスター・ギュスターヴ、また噂レベルのもので作り話をでっちあげているんですか。前回は羽獣たちは罠と同類を見分けられるから全然罠にかからないと言っていたじゃないですか。

私が商談で緊張するのではないかと心配してくださって、わざわざ応援に来てくれたのは理解しています。ですが、私だって七年前の青い小僧ではなくなったのです。分はわきまえているつもりです。

ギュスターヴ

……

ゴードン

さあご覧の通り、こうして元管理局局長まで自ら出向いて後押ししてくださっているんです。これ以上、投資を迷う必要などないのでは?

投資者

ははは、私としたことが、どうやら誤解をしてしまったようだ。お二人がそうおっしゃるのなら、サインしようではないか。

ゴードン

ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。


ゴードン

ミスター・ギュスターヴ、勘弁してくださいや。管理局で俺を散々教育したのに、引退後も教室を変えて同じ授業をもう一度やるつもりですか?

ギュスターヴ

私は君に、政府の認可に関して噓をつけと教えたことはないがね。それに、先ほどの投資者はまだ資格の審査中ではないか。

ゴードン

それがなんだと――「管理局の規則は君の手も口も縛り上げるだろう。それでも尻尾を使ってでも商談を成り立たせてみせたまえ」ではないのですか?

ギュスターヴ

教えた言葉はよく覚えているようだが、成果の方はいかがかな?

ゴードン

集まっている投資金額は、当初の予想よりもさらに三分の一増ってとこですね。

ギュスターヴ

ふむ。ということは、君の手と口を解放してやったら、もっとうまくできるのだろうな?

ゴードン

どういう意味です?

ギュスターヴ

自分の端末を見てみたまえ。もはや、ただの事務担当ではなく「プロペラパラダイス」に対する全権が付与されているのが分かるだろう。

ゴードン

……まさか、俺をこのサイエンスパーク全体の総長官に推薦したんですか?

ギュスターヴ

「プロペラパラダイス」の管理形式がどれほど特殊であっても、君は管理局の人間だ。くれぐれも我々の顔に泥を塗らないようにね。

ゴードン

言われるまでもありませんよ。すでに万事整っています。エキスポは必ずや順調に開催されるでしょう。

ギュスターヴ

自惚れるのはよしなさい。気づいていると思うが、先ほど莫大な金額の契約を結んだ投資者はすでに君の手口を見抜いている。

ゴードン

だとしても、資金を引っ込めることはないでしょう。フラワーストリートの証券取引所では、「天空」の二文字がつく株は悉く急上昇間違いなしですからね。

ギュスターヴ

今のクルビアは空に向かって大股で進んでいる。「星のさや」の綴りすら分からない子供でさえ、ロケットがプリントされた紙ナプキンで飛行機を折って遊んでいる。

このフィーバーがなぜ始まったか、知らないとは言わせないぞ。

ゴードン

二年前のトリマウンツで、数百万人が共に見届けた奇跡、ですね。

ギュスターヴ

そうだ。クリステン・ライトがいなければ、君が語った進歩やら未来やら征服やらといった綺麗な物語は、ただの寝言に過ぎない。

ライン生命がD.C.に最初のサイエンスパークの計画書を提出した時、君はまだ入国者の尻と尻尾のチェックをしていたからな。

ゴードン

「プロペラパラダイス」で俺が持たず、今もサイエンスパークの最初の提唱者が有する権力が一つだけ残っている……

ギュスターヴ

リスクが君を訪ねてくる前に、それを手に入れたまえ。時間はたったの七日間だ。さあ、君はどうする?

ゴードン

……

クルビア 「プロペラパラダイス」サイエンスパーク 地上構造層

ナスティ

スカイ、パラメータを見せてくれ。

スカイ

送信しました。

ナスティ

浮遊プランターユニットの数値にズレがある。

スカイ

通常のケーブルの代わりに植物を媒体として遠距離エネルギー輸送を行うのはこれが初めてです。検証すべき仮説がまだたくさんあります。

サイエンスパーク上層のプランターユニットのデータと比較して、できる限り早く結論を出す必要があります。主任、自分が代わりに行ってきますよ!

ナスティ

結構だ。持続的なエネルギー供給を実現するために、プランターユニットの感光パーツは光源の方向に極めて敏感に作られている。数値が一致しないということは、むしろ正しい。

二時間前に教えたばかりだ。

スカイ

すみません。

ナスティ

もう一つ質問しよう。先ほど、私に手渡した浮遊プランターユニットの中に植えられた木の種類は?

スカイ

主任、面接で俺の履歴書を見ましたよね。俺は植物学者ではなくて……

ナスティ

知っている。

手元の植物リストを確認したとしても、学位が増えるわけではないしな。

スカイ

……

ナスティ

気が散っているな。

スカイ

展示会の特別事前見学はとうに終わっているはずです。解説員は二十分前に見学者を下層展示エリアに誘導して、ライン生命の生態研究園を見学するはずでした。

事前見学まで我々をスルーできてしまうなら、正式のエキスポでライン生命が排除されてしまってもおかしくないですよ!

「プロペラパラダイス」サイエンスパークでは、今も時々誰かが施設に刻まれているライン生命のロゴに気が付き、天を開く奇跡を生み出した伝説の企業の話を口にする。

しかし、何層も重なり合う浮遊施設の下の、地面よりもさらに下に―

目立たない土の穴の傍らに、ライン生命の主任が一人立っていることに気が付く者はめったにいない。

ナスティ

スカイ。客引きは我々の専攻ではない。

スカイ

自分の専攻が何だったかなんて、ここ半年でもう忘れてしまいそうですよ。

主任は十数名の研究員を率いて生態研究園に籠って苗を育てて浮遊プランターユニットのテストをしたり、木を植えて飾り付けたりするばかりで、ここに来てから大型の実験を一つも行っていません。

ナスティ

我々が「プロペラパラダイス」の庭師に成り下がっていると?

スカイ

いいえ。生態研究園が我々のエキスポ参加プロジェクトであることは知っています。たとえ地上でしか成立しないとしても、これがリングラボの遺産であるとも……

けど、最後に俺たちが空を見上げたのはいつですか?

ナスティ・ルノレイは上を向いた。二年前、トリマウンツ郊外の地下にあるエネルギーウェルの底にいた頃は、よくこのように夜空を見上げていた。

丸くて、薄くて、手のひら一つで遮ることができてしまう。恐れを抱くと同時に、引き込まれる。

しかし今の空は、すっかり見知らぬ姿となった。

タワーマウンテンズ・バイオテックのソーラー汽艇、ビーチブレラ製薬のディスクラボ、ヴォルヴォート・コシンスキーの高精度天文観測鏡、さらにはママジョンズの全天候浮遊広告板……

空はそうしたもので込み合い、賑わい、いかにも「クルビア」らしくなった。

ナスティ

このサイエンスパーク最初の提唱者として、ライン生命が気に掛けるべきことはただ一つ――構造工学の視点から、いかにして建物をより長く浮遊させるか、だ。

浮遊構造同士をつなぐ通路に、実験エリアの水と酸素の供給システム、そしてこのプランターユニット……いずれもサイエンスパークの基礎構造における重要な一部であり、ライン生命の研究成果だ。

エキスポの開会式まで残り僅か七日だ。展示品のテストとメンテナンスをできる限り早く仕上げなければならない。我々は今「プロペラパラダイス」のエンジニア部門でもある。己の責務を忘れるな。

スカイ

それだけですか? あなたが、そしてクリステンさんが空に見た夢は……こんな風に終わってしまうんですか?

ナスティ

……

日差しが不思議な形の浮遊物をすり抜けて、ナスティの顔に降り注ぐ。彼女はそれ以上何も語らず、ただ安全ヘルメットのつばを少し下げただけだった。