商店街の日々 幕間
商店街の日々
火山に「別れ」を告げてから、二週間の時が経ちました。親愛なるシエスタ市民の皆さん、火山噴火の際に目の当たりにした景色をまだ覚えていらっしゃるでしょうか?
あの瞬間、皆さんの胸に去来したものはなんだったでしょうか? 一生に一度の――ええ、二度目はないことを願いたいものですが、滅多にない風景に様々な言葉が浮かんだのではないでしょうか?
「よかった、まだ生きてる!」あるいは「これだけ? もう終わりなの?」それとも「さらば、我らが過去のシエスタよ!」でしょうか?
まあ、私があの時考えてたのは、綿あめみたいな火山雲をぎゅっと掴んで口に入れてみたら、トマトの味がするのか、それともイチゴ味がするのかですけどね!
もうすぐできるぞー。何か足すか? イチゴジャムとか、ケチャップとか。
綿あめをのっけて食べたい!
そんな食べ方ないっつーの。ほら、受け取れルート船長。
今日の僕は船長じゃなくて、大佐だよ。
了解しましたルート大佐。このジャムがお口に合えば嬉しいんですがね。リーフは何味にする?
……
リーフ?
(小声)君も欲しいの?
(小声)けどエニスが作った分はこれだけなんだよ。君にあげたら母ちゃんの分がなくなっちゃう!
(小声)じゃあ、あたしと半分こしよ。それでいい?
……
(リーフのやつ……何もないとこに話しかけてる?)
(まさか寝言じゃないだろな?)
(寝坊すけめ。)
(二人分に分けてやるか。)
はいよ、リーフの分。半分はジャムで、もう半分はケチャップな。
リーフだけずるい!
はいはい、ルート大佐の分のケチャップもあるぞ。
じゃ、こっからはクイズの時間な――
もしエニスもヘイリーも家にいない時は、二人が自分たちでご飯を作らなくてはいけません。では、作り終わって最初にやるべきことは何でしょうか?
火を消すこと!
楽勝すぎるよ。おととい同じ問題出したばっかじゃんか。
リーフの答えは?
っておい、リーフ――食い始めたばっかなのにどこ行くんだ!
……いきなり走り出して、どうしたんだろ。
(あいつ、今日は様子が変だな……ずっとうわの空みたいだけど、もしかして俺がもうすぐ出て行くのが嫌なのかな?)
(やっぱきちんと話し合わないとダメか。出発前にペットショップにでも連れてってみるかな。もしかしたら、あいつに寄り添ってやれるのがいるかもしれないし。)
うわっ! 俺の目玉焼きが……
エニス、さっきクイズ出したばっかだろ! ご飯を作り終わったらまず火を消せって!
あはは……兄ちゃんの真似はするんじゃないぞ。これは悪い例だからな。
まったく、一人は食べ終わらない内に出て行っちゃうし、もう一人は自分の朝ご飯を台無しにするし。
なのに、おとなしくテーブルについてちゃんと食べてるルート大佐には、それに見合ったご褒美もないなんてなー。
何が欲しいんだい?
「D32鋼戦士」がいい。
ふっ、それよりもっと良いご褒美を思いついたよ。例えば、あんたがあたしのリップを勝手に使ってメニューに落書きした件を水に流してやる、とかね?
あれは僕がやったんじゃないって! じゃあ、もっと簡単なやつでいいよ。エニスに僕の分の目玉焼きもう一個作らせるとかさ。
ここにきて交渉してくるようじゃ、ご褒美はナシだね。
ふんっ、だったら僕も出て行くぞ!
ルート、今日はどこに遊びに行くつもりなんだ?
おーしーえーなーいー
……
これは、あたしのかい?
ああ。コショウをかけた、いつものやつ。
あたしはそっちのコゲた黒目玉でいいよ。
いや、大してコゲてないから……俺が食べるよ。
(コップに手を伸ばす)
待った、ルート! そいつは飲んじゃダメだ!
……え?
(匂いを嗅ぐ)
ヘイリー! 飲み残しの酒をカウンターに置くなって何度も言っただろ! ルートたちは――
分かってるって。まったく近頃の若いのときたら、たかがオレンジリキュールでそう騒ぐんじゃないよ。最近じゃあたしよりあんたの方がこの子らのおふくろみたいになってるじゃないか。
「大事な日」を目前にしてリラックスできない男が、各地を旅する探検家なんかになれっこないよ。
それとこれとは別の話だろ……
演奏直前の音楽家に、隣の奴の楽器のコンディションを気にかける余裕なんてないもんさ。あたしたちの心配するより、自分のことを考えたらどうなんだい。
もうすぐここを出てくんだろ? バイト先の引継ぎはきちんと済ませた?
三、二、一、それっ――
ちょっ、もうちょっとゆっくり頼む……よしっ、こっちは支えた。上げるぞ、力入れろよ、せーの――
よいしょっ――
ふぅ……よし、これが最後の一箱っすね。端末によるとまだシエスタに届いてない荷物があるそうなんで、それが届いたら倉庫に運んで、しっかり点検するようよろしく頼むっす。
安心しろって。これはフェンレン貿易の注文だからな、金がもらえるんならサボったりはしないさ。
はぁ、しかし近頃は緊急の配達が続く上に、仕事を手伝ってくれるお前までいなくなるなんて……今日もまた夜遅くまで配達しなきゃダメみたいだな……
そういやエニス、お前本当にシエスタを離れることに決めたのか?
はい、もう決めたっす。
そうか……しかし驚いたよ。これでシエスタ観光業拡大への道のりに有用な人材が、また一人減っちまうことになるな。
ほら、ハグしようぜ。道中、気をつけるんだぞ。
……
なんすか、この湿っぽいトーン。まるで俺が二度と帰ってこないみたいじゃないすか……
俺にとっちゃ、ほぼ毎日顔を合わせてた親友が出て行っちまうわけだからな。そりゃ名残惜しくもなるさ!
だけど、お前の家族はもっと辛いよな。四六時中一緒だったってのに離れ離れにならなきゃいけないなんてよ。しかも商店街の建て直しが決まったばっかだってのに。
うん……
ヘイリーは結構すんなり受け入れてましたけどね。自分が若い頃あちこち回ってたことがあるから、もとから俺にも外を見て来させるつもりだったんじゃないすか。
弟と妹たちに関しては、まだ少し時間がいるみたいですけど……
俺もここ数日、ずっと考えてるんですよ。あの子たちのために、何か残してやれないかなって。
……
なぁエニス、あの道端でぶつぶつ言いながら歩いてるのって、お前の妹じゃないのか?
そうっすね……ちょっと様子が変だな。
様子を見に行ってみます。
クレーンのアームが伸び、空に広がるふわふわとした雲をゆっくり掠めている。それはまるで熟練のパティシエがケーキ上のクリームを一心不乱にむらなく塗っているようだった。
遠くに見えるシエスタ火山は間断なく灰色の煙を吐き出している。二週間前に大噴火を起こして以降、それはずっとそうしてゼェゼェと喘いでいた。
こっちのジャムがかかった目玉焼きは君の分ね。
今日はトムお爺ちゃんがお店開いてなかったから、アイスは買ってあげられないなぁ。
けどこのジャムもすごくおいしいんだよ。エニスの手作りなんだ。エニスはね……
はぁ……
リーフのやつ。また未完成区画なんかに来て、何をする気なんだ?
確か火山が噴火した時にも一人でここへ来てたよな……まさかあの日の津波がトラウマになったとか……? いや、だったらなおさらこんなとこへは来ないはずだ。
近くに行けば、もう少しはっきり聞こえるかな。見つからないようにしないと……
あれ? なんかリーフのそばに……もこもこした生き物がいる? あの子がさっきから話しかけてたのはあいつだったのか?
(もぐもぐと口を動かしている)
これ、エニスがあたしにくれた泥人形なんだ。パーマヘアで、耳にお花がついてるの。どう? あたしに似てる? 魔法で作ったものだって言ってた。
エニスの嘘つき、魔法なんて全然使えないくせにさ。だって物語に出てくる魔法使いはみんなすごい力を持ってて、病気にかかったりしないんだから。
(不満げに鼻を鳴らす)
え? 魔法使いだって病気になる、って?
だったらむしろ、エニスが魔法使いじゃない方がいいな。
あたしはただ、エニスが「石塊病」にかかってほしくないだけなんだもん。
(落ち込んだようにうなる)
医者のお姉さんがエニスの病気はそこまで重くはないって言ってたけど、こないだは病院でまるまる三日間も眠ってたんだよ……
前に商店街の大人たちが言ってた。もし「石塊病」にかかったら、最後には石に変わっちゃうんだって。動けないし、喋れもしない、風が吹いたら砂粒になって散っちゃうんだ。
あたし……エニスがそんな風になるのはイヤだよ。
(近付いて慰めるように身体を擦りつける)
最近のエニス、ずっと様子が変なんだ。なんだかすごく緊張してるように見える。あれも「石塊病」のせいなのかな?
だけど、エニスはもうすぐロドスっていう船に行くから安心なの。
(疑わしげに鼻を鳴らす)
……そりゃあたしだって、エニスに出て行ってほしくないよ。
でも母ちゃんが言ってたの。その船にはすごい優秀なお医者さんがたくさん乗ってるから、きっとエニスの「石塊病」を治してくれるはずだって!
エニスが元気になってくれるなら、あたしはそれでいいの。
商店街のことなら……母ちゃんと君が一緒にいてくれるでしょ? ああ、それからうっとうしいルートも。エニスが帰って来るまで、あたしたちで頑張ればいいんだよ。
(うなずく)
……
……リーフがずっとうわの空だったのは、俺と離れるのが嫌なのかと思ってたけど。俺の病気のことを心配してたからだったのか。
こんなんじゃダメだ、エニス。妹に心配かけるなんて――
(振り返る)
うおっ――
あのもこもこ……俺に気づいたのか?
そういや津波が来た時にもあんな感じの生き物見た気がするなぁ。
あれって夢じゃなかったのか……俺とリーフや、シエスタを守ってくれたのはあいつらだったってことか?
ってことはリーフにも「新しい友達」ができたんだな。
ん?
これは……トム爺ちゃんからのメッセージ?
トム爺ちゃん!
トム爺ちゃん?
シッ! 静かにせんか。
こっちじゃよ、こっち。サンシェードの上じゃ。
……
そんなとこで何やってんすか? あんな大量のビックリマーク付きのメッセージでものすごい急かして……それに今日はお店も開いてないし、てっきり何かあったのかと――
バカなこと言うなこわっぱ! わしの身体はまだそこまでガタが来とらんわ!
くだらんこと言っとらんで、さっさと上がってこんか!
ええ? 上がってどうすんだよ……
文句ばっかり垂れるやつめ。素直に上がってくりゃ分かるわい!
はいはい……
で、このサンシェードの上にどんないいもんがあるってんです? シエスタの午後の太陽を一緒に楽しみたいなんてことは言わないでくださいよ。
ほれ、あれを見てみろ――
ん? あれは……
ルート? あいつ、楽器屋の入口で何やってんだ?
アルバイトじゃよ。最近しょっちゅう見かけるわい。どうやら客寄せを手伝ってるらしい。
バイト? 何でそんなこと……
そういや確かに最近どこかに通ってる様子だったなぁ。けど、どこで何してたのか訊いてもだんまりを決め込むし。どうも怪しいっすね。
もしかして小遣いが足りないからとか? あの「D32鋼戦士」ってやつが欲しすぎて……
まったくお前というやつは。兄貴だからって、いつまでもあいつらを子供扱いしてはいかん。もっとあいつらの成長に目を向けてみんか!
チビたちの……成長?
うむ。ルートの坊主はどうやら楽器に興味を持ち始めたようじゃ。さすがは商店街で育った子ってところかのう。
楽器屋の店主にギターの値段を尋ねたり、ギターを学びたいなどと話しとるそうじゃ……
ヘイリーが滅多に人前で披露しないギターテクも、ついに後継者が現れたというわけじゃな。
けどあいつはまだ若すぎる……マジで買うにしても、金の相談なら俺にしてくれればいいのに。
ちょっと楽器屋の店主さんに聞いてみるっす。
こらこら、バカもん、横やり入れるのはよさんか。
兄貴ってのはいつもそうやってうぬぼれて、弟妹たちのことを自分で何でも決めたがる。あの子らは一生自分なしじゃ生きていけないと思いこんでな。
わしからすりゃ、子供離れできておらんのはお前さんの方じゃ!
そう言われても……俺たちはずっとこうやってきたんすよ。
俺はもうすぐ出て行くから。だからこそ、チビたちのためにベストを尽くしたい。ギターの一本くらい、俺が買ってやればいいんですよ。
ギターを買ってやれても、教えてやれるわけじゃあるまい。教えてやれたとして、お前さんがあの子の代わりに練習ができるのか? だったらいっそ、今すぐあの子の夢を叶えてやったらどうじゃ!
それは……
よくよく考えてみりゃ、リーフにも「新しい友達」ができたみたいだし、ルートも自分の夢に向かって進み始めてる……確かに前ほど俺を必要とはしてないみたいだ。
ふと思ったけど、結構残酷だよな――
お前は後ろをくっついてきてたチビたちが恋しいだろうがな、時間は皆に公平なのじゃ。あの子らもいつかは大人になるんじゃよ。
いつの日か、あの子らにも人生の決断をするべき日が来るんじゃ。お前さんが今、シエスタを離れると決めたようにな。
でも俺はチビたちの成長を見逃したくないんだ……
見てみぃ、ルートが観光客に丁寧に商品の宣伝をしとるあの姿を。誰かに似てるとは思わんか?
似てる? 誰に?
旧シエスタのビーチのあちこちで、観光客に瓶入りのサイダーを売り付けてたエニス少年じゃ。
……
これからお前さんは弟妹の傍にいてやれなくなるじゃろう。じゃが共に過ごしてきた日々の中で、お前さんはすでに知らず知らずの内にあの子らの行動や考えに影響を及ぼしてきとるじゃないか。
「ホワイト・ヴォルケーノ」での思い出が、お前さんの代わりにあの子らの成長を傍で見守ってくれるはずじゃ。
俺たちの……思い出……「ホワイト・ヴォルケーノ」。
なんだか、ちょっとだけ分かったような気がするっす……どうしてヘイリーが「ホワイト・ヴォルケーノ」の取り壊しにあんなに強く反対したのか。
まあ、子供の頃のお前さんはルートよりだいぶ小賢しいがな。
何と言っても、ビーチのバーベキュー店の味付けをこっそり超激辛に変えた後、その隣で何食わぬ顔しながらサイダー売ってたくらいだ。
そんな昔のこと、よく覚えてますね……
あの超絶激辛バーベキューを口にした者なら、誰だろうと生涯忘れられんわ。
俺はただ、早いとこ店の飲み物を全部売り切りたかっただけです。
そうすりゃ早めに仕事を切り上げれるから、ヘイリーも空いた時間でバンド仲間と新曲の練習ができるっしょ。それに俺も、ルートやリーフたちと一緒に海で泳ぎ回れるし。
あれはあいつらが家に来て間もない頃だっけ。まだビーチボールも抱えられないほど小さかったから、背中にビート板くくりつけて、俺の腕に捕まって浅瀬で遊ぶくらいしかできなかったんですよね。
そんな奴らがあっという間に……時が経つのはほんと早いなぁ。
どれもこれも、全部俺たち家族の思い出、か……
トム爺ちゃん、ありがとうございました! 俺、ウォーターパークの工事現場に行ってくるっす!
出発前に何を残すべきかが分かったんで!
……
まったく若者は、元気が有り余っとるの。
確かお前さんがシエスタに来たばかりの頃も、ちょうど今のエニスのように使い切れんエネルギーを溢れさせておったのう。
で、さっきのわしの話しっぷりはどうじゃった?
アイス屋のドアノブが軽く回され、閉じていた扉がゆっくり開く。
その中から現れた女性は、サンシェードの上で悠々と日光浴を楽しむ老いた店主に視線をやった。
なかなか良かったよ。
さすがは商店街より長く生きてるトム爺ちゃんだね。あんたに解決できない家庭問題なんてあるのかい?
お前さんに事前に要点を教えてもらったおかげで、柄にもなく大口を叩いてしもうたわい。
じゃがそこまでよく分かっておるのなら、どうして自分でエニスに話すのでなく、わざわざわしのような他人に「焚き付け」させたりするんじゃ?
……
そうね、どうしてだろうね?
がはははっ! チャックと別れた時でさえ、普段と変わらぬ様子で飲んで歌って、思い切り騒いどったお前さんが……
息子が出て行くとなるとやはり違うわい。何と言っても母親じゃものな……フラフラ遊び歩いとるチャックのやつと代わってやるべきじゃないかのう。
あいつに代わってほしいだなんて思っちゃいないよ! あの子らの母親になった時点で、あたしはもう旅行家はやめたんだ。
……
うまい酒でもおごるよ。
なら、新作の「サンセット・コットンファズ」を試させてもらえんかのう。
激辛トウガラシ粉も入れるかい?
まさにそういう気分じゃの。
カン、カン。
コン、コン。
うん……
前の看板は確かこんなカンジだったよな。うーん、なんかサイズが違うような気が……ここをもっと短くするか。
ダメだな、この木材じゃヤワすぎる。やっぱ石材を使うべきか。
どれどれ……確か工事現場から持ってきた石がまだ残ってたはず。
これなんか良い感じだな。よし、みんなが帰って来る前に終わらせよう!
チビたちの驚く顔が見ものだ。
うっ……また鼻血が出てきた。
きっと、やる気がすごくて興奮しちまったんだろうな。
エニス!
え? ヘ、ヘイリー!? どうしてこんな早く……
この石ころに土くれ……あんた、またこっそりアーツの練習してたのか? 医者の話聞いてなかったのかい?
違うって! これには訳が……
(鼻血を拭う)
見てよ。彫刻刀に、ハンマーに、弓ノコ……これ全部俺が自分の手で作ったんだ! アーツなんて使ってない!
……
これは……
この状態じゃまだ分かんないかな? けどこの「屋根」を上に乗せれば――
じゃじゃーん! ようこそ、初期「ホワイト・ヴォルケーノ」へ!
どう? この模型、結構リアルだろ? こいつのパーツも全部俺が一個一個作ったんだぜ! 見てよこの標識、旧商店街のやつと瓜二つだと思わない?
まあ、あんまし彫刻は得意じゃないからさ……この冷蔵庫の取っ手なんかは、ちょっと歪んじゃってるけどね。
つまり、それが出発前に残したいって言ってた「サプライズ」ってやつかい?
俺一人の作品ってわけじゃないんだぜ。
これはまだ完全体とは言えないんだ……めちゃくちゃ重要なパーツがいくつか足りてないからね。残りの部分は、家族みんなで一緒に完成させなきゃならない。
ほら、これ。
泥人形……これ、あたしかい? どうしてアフロなのさ?
元々一つに括ってたんだけど、ミスって切り落としちゃったからアフロに変えるしかなくてさ……俺が小さい頃はこういうモコモコの髪型だったっしょ? いっつもカッケーって思ってたんだよな。
まあ、悪くはないね。
けど、一番最初の頃の「ホワイト・ヴォルケーノ」はこんなんじゃなかったよ。このビーチチェアとボートは拡張工事した後に揃えたもんだからね。
正確に言えば、ここにあるのは全部、リーフとルートがやって来てからのものだよ。
あの時から、ここは完璧な「ホワイト・ヴォルケーノ」に……「俺たちの思い出」になったんだから!
ただいまー!
あっ、何これ?
ちっちゃい「ホワイト・ヴォルケーノ」だ!
兄ちゃんが作った「ホワイト・ヴォルケーノ」の模型さ。どうだ、すげーだろ?
入口の前に立ってるのって……母ちゃんとエニス?
泥人形さんだ!
その通り! そんでもって探検隊メンバーの泥人形も一緒にここに加えちまおう!
それと新しい友達二人も――
これって……羊さんの泥人形だ!
それに……「D32鋼戦士」の泥人形まで!
いや、こいつは「D32鋼戦士」じゃなく、「源岩少佐」さ。
まだ子供なのに楽器店でバイトをするルート大佐を見て心を打たれた彼は、俺たちについてくることに決めたんだ。
……
(なんでエニスが知ってるんだよ? こっそりチクったんだろ!)
(あ……あたしじゃないよ! あんたがバカすぎるからバレちゃったんでしょ!)
ゴホンッ……と、とにかく! 「源岩少佐」は、ルート大佐が念願のギターを買って音楽の道を歩める日が来ることを、兄ちゃんと同じく心から期待してるんだ。
ルート、次に兄ちゃんが帰ってくる時までに、ヘイリーから音楽をたくさん学んでおけよな!
ちょっと、あたしはまだこの子に教えるなんて言ってないよ。
ギター?
何だよ、ギターって……
え? だってお前が楽器屋でバイトしてんのは、ギターを買うためなんじゃ……
ルート……あんたよりエニスの方がバカだったみたいだね。
教えてあげなよ。
少年は肩をすくめると、バッグから一つの小さな木箱を取り出し、エニスに手渡した。
滑らかな鉄片がずらりと並び、その末端が綺麗な弧を描いている。それはまるで、海が砂浜に捧げる波の花のように見えた。
木箱の表面には色鉛筆で「ホワイト・ヴォルケーノ」のロゴマークが描かれており、隣に貼られたピンク色の小さな羊が、そのマークを飲み込もうとしているように見える。
これって……カリンバか?
これを兄ちゃんに?
うん。楽器店の店長と「取引」したんだ。上のマークはリーフが描いたやつだよ。
……
(二人を抱きしめる)
う、くっ……
ちょっと、エニス! 苦しいよ!
ルート……リーフ……ありがとな。
素敵じゃないか。
どうやらルートもリーフも、あんたのことをよく分かってるみたいだね……あんたが辛うじてカリンバが弾けるレベルの「楽器下手」だってことをさ。
……ヘイリー、こんな時に雰囲気ぶち壊さないでくれよ。
よし、完成だ!
「ホワイト・ヴォルケーノ」の模型……店の入口辺りに置いたら、縁起物っぽくて結構イイ感じじゃんか。
ウォーターパークが完成したら、訪れた観光客に「この小さな家は何だい?」なんて訊かれるかな?
あんたの力作を褒める客が来ることより、酔っ払いがこいつの上に吐いたりしないよう祈っとくんだね。
そん時はヘイリーが止めてくれるって信じてる!
なんせ、これから俺はしばらく模型版「ホワイト・ヴォルケーノ」の泥人形としてしか、みんなのそばにいてやれないからな。
ふん、自分を大事にすることが何より大切だよ。
ところで、あんたこの模型には何かが足りないと思わないかい?
え?
……あっ、しまった!
「チャック」も仲間に加えるのを忘れてた!
エニス! お前宛ての速達便だ!
最後の配達がお前宛てで助かったよ。じゃなきゃこの多忙で退屈な一日を呪ってたところだ。
速達便? 誰からだろ……
差出人は……チャ、チャック!?
少年は少しの期待を胸に、遠方から届いた紙の箱を開けた。
箱の中には、干し草で作られた藁人形が幾重もの古新聞に包まれて収められていた。
この人形、なんかチャックに似てるな。
ん、こいつが背負ってるバッグ……紙を折ってある? 何か中に文字が書かれてるみたいだ。
「聞いたぞ息子よ、『ホワイト・ヴォルケーノ』から出て行くそうだね。」
「ヘイリーに伝えておいてくれないかな。家族の銀行口座にちょっとした『サプライズ』を入れておいたと。」
まったく、あの人らしいね。
そのサプライズってのが債務通知書じゃなくて、ルートとリーフが来学期に使う分の宿泊代だと助かるんだけど。
「その藁人形はボリバルに滞在していた時に、現地の人から編み方を教わったものだ。俺のようにたくましそうに見えるだろう?」
ふいに風が吹き、人形の手足が蔓のようにゆらゆらと揺れた。
それと同時に葉っぱでできた帽子が風で吹き飛ばされ、人形の禿げ上がった頭が露になった。
「君の見送りは、俺の代わりにその人形にさせてくれ。」
「旅に出るってのは簡単なことじゃないんだよ。どうやって進むかはちゃんと決めてあるかな? 旅の目的地はどこ?」
「次にみんなで集まる頃には答えが出ていることを期待するよ。」
数名の常連客が暖簾をくぐって入ってきた。母親は彼らを席に着かせた後、シェーカーの中で氷を踊らせる。
弟と妹の笑い声が聞こえてくる。ぼんやり放心していると、まるであのビーチに……子供の頃の小さな店に再び戻ってきたような錯覚を起こした。
少年が商店街の端の方に目を向けると、いつの間にか夕陽の残照が平凡な夜に楽譜を映し出していた。
……
ついに出発の時か。
これから先、どんな未来が待ってるかな?