終の道 幕間
終の道
1098年 冬
カレドンシティ
クエルクスっ!
カレドン騎馬警察の命に従い、今すぐ休息を取りなさい! これが最終通告だからね!
速やかに休んで、この先二十四時間は一歩たりとも難民キャンプに近づかないように!
はぁ……騎馬警察のグラニさん。お言葉だけどね――
このタイミングで医者の手助けを拒むのは賢明じゃないよ。
騎馬警察グラニ――彼女が私のもとへやってきたのはつい先日のことだった。ロンディニウムから来た難民たちのために、簡単な医療援助をしてほしいと彼女は言った。
しかし私たちはすぐに、「簡単な医療援助」ではどうにもならないことを思い知らされたのだった……
だってきみ、初日からずーっとキャンプで働きづめでしょ。
だから今日こそはしっかり休まないとダメなの!
そうは言ってもね……わかってるだろうけど、難民のみんなに足りてないのは衣服や食料、水だけじゃないんだよ。
市内の医者はほとんど召集されちゃったから、私が頑張らないと。公爵も難民のことにはあまり頭を使いたくないみたいだしね。
……公爵が難民の受け入れに同意したのは、単に余計な騒動を起こさないために過ぎないんだから。
だとしても、もしきみまで倒れちゃったら……
あたしは誰に助けを求めればいいのさ?
それに、倒れた君は誰が治療するの?
やれやれ……
君、このドルイドの医者を甘く見すぎじゃない?
自分の限界ぐらいちゃんと分かってるよ。
でもあたしにはわからないもん。
きみを閉じ込めてでもしっかり睡眠をとってもらうんだから。
そんなことされたら心配で余計に眠れないよ。
二十四時間もあれば、きっと色んなことが起きるから……
ダーメ! こればっかりは相談の余地はないからね。
はぁ……
英雄にでもなるつもり?
……また出た。
こいつはいつもこういうタイミングで現れては、私を嘲笑ってくるのだ。
あんたが一分一秒を惜しんで難民たちを治療したとして、それが一体何になるっていうの?
全員を救えるはずなんてないのにね。
いくら言っても私には響かないよ。
英雄になるつもりだってない。そんなこと考えたこともないから。
私はただ、自分にできることを全力でやってるだけ……
ダンボールの上に横たわって微動だにしないフェリーンは、ただ疲れて眠っているだけなのか、それとも――。そんなことを確かめる余裕などなかった。
泣き叫ぶ幼子が、恐怖に駆り立てられて逃げる人々とは反対の方向へとふらふら歩いていき、やがて大地の懐に抱かれる様子を……
私はそこでじっと眺めていることしかできなかった。
できることを全力で、ねぇ……
自分にそう言い聞かせてれば、気が楽になるのかな?
……
もう黙ってて。
黙ったって、私はいなくならないよ。
今でも自分の無力さを認めたくないんでしょう?
自分の手の中で命が消えてしまうのを、今でもずっとずーっと恐れてるんだ。
……あの時みたいにね。
あの時は……違う!
絶対に違うッ!
こいつに構ってる時間なんてない。
私にはやるべきことがたくさん残ってるんだから。
……クエルクス? どうしたの?
グラニ、一つ頼まれてくれる? 都市の外に用事があって……
あたしを引き剥がそうとしても無駄だよ。
何があってもここできみを見張っておくつもりだからね。
違う違う。足りない薬をクルビアから調達できそうなんだ。明日の朝にカレドンシティの外で傭兵と落ち合うことになってるんだけど……
君は騎馬警察だから、都市の出入りで捜索隊に疑われることはないだろうし、適任かなって。
医薬品の重要性は君もわかってるでしょ。
……
わかった。けどきみはここから一歩も出ちゃダメだからね!
ゴドズィンの憲兵が、難民キャンプのような危険地帯を軽んじるはずはない。
彼らは抜き打ちでやって来て、そこに紛れ込んでいる脱走兵を捕らえるだろう。
あるいは……
「脱走兵になり得る人物」なら誰でも良いのかもしれない。
たとえ、それがどれだけ痩せ衰えた難民であろうとも。
聞きたくなくても言わせてもらうよ。
あの人たちにとって、生き延びるのは本当に喜ばしいことなの?
苦痛、飢え、刀傷、恨み、嫉妬……
そういうものが毎日、一分一秒絶え間なく襲い来る……
それに比べたら、死は必ずしも恐ろしいものじゃない……違う?
医者の口からそんな言葉が出るだなんて、本当に虫唾が走るよ。
医者なのはそっちだけでしょ。
私は、ヴィクトリアの軍人だよ。
……
そんな肩書きはとっくに捨てたよ。
だけど今でも忘れられないんでしょ。
そんなのどうだっていいよ。
停電かな。
……
こんな静けさはいつぶりだっけ……
あぁ、あんたが私に同じようなことを訊いてきた時以来だね。
私が君に? 何を?
「祝福されなかった命」について。
それから、「恐ろしくない死」について。
さっき私が言ったようなことを、君は訊いてきたんだよ。
……
暗闇の中に、懐かしい気配を感じた。
フォレスタル。
思い出した?
いるんだね、彼がここに。
……
フォレスタル!
しっかりしなさい!
まったくもって無意味な戦いだった。
私はここで、すべての戦友を失った。
うぐっ!
ゲホッ……隊長……
俺……もうダメみたいっす……
気を強く持ちなさい。弱音を吐いてる場合じゃないでしょう。
この廃墟さえ抜ければ、私たちは逃げ切れるんだから。
ゲホッ……隊長……
フォレスタル伍長!
命令よ、起き上がりなさい!
私が背負ってあげるから。
かなりの重傷みたいだね。
この血も涙もない奴は、いつだって場違いなことを言い出す。
黙ってて! あんたの言葉なんか聞きたくない。
私の部下なんだから……必ず連れ帰ってみせる!
連れ帰る?
ここで死ねば、英雄と称されるんだよ。
だけど戦争という名の炉は、ただひたすら燃え盛るだけ――
そしてフォレスタルのような若者たちが、次々とその炉の中に投げ込まれていくだけなんだ。
無駄口叩いている暇があるんだったら、フォレスタルの傷をなんとかしてよ!
止血ぐらいはできるけど、命までは救えない。
君が何としてでもその人を生還させたいのはわかるよ。
……戦争を引き起こした連中の化けの皮を剥がして、彼らが招いた結果を見せつけたいんでしょう?
それから、丁寧に飾り立てられた栄誉という名の毒リンゴを、それを齧った子供たちの口から掻きだすみたいに……
もういい!
そうだよ! それが私のエゴだよ! だったら何だって言うの!?
でも……最後に故郷へ戻れるのは、君一人だけ。
すべての汚名を背負わされて、故郷に帰るんだ。
誰も君の「物語」に耳を傾けてはくれないよ。
故郷の子供たちにとって、英雄の伝説は残酷な現実よりも遥かに魅力的だし――
君はバーにいる男たちの目を惹きつけられるものを持っているわけでもない。
それに、戦争を引き起こした連中にしたって、君が大切なカーペットに火の粉を散らしたって責め立てるだけだろうね。
もういい! うるさい……うるさい! 黙れッ!
君は……
黙れって言ってるでしょっ!
フォレスタル……
……兄貴の名前を覚えてるなんてな。
目の前に現れた人物を見て、私は少しの間呆然としていた。
それは、ナイフが私の喉元へと突きつけられているからではなく、その姿があまりにもあの子に似すぎていたからだ。
彼は誰にも見つからず、ここの場所に身を潜めていた。
私はそれを知っていた――大地の目を欺くことなど、誰にもできないのだ。
しかし私は、そのことをグラニには伝えなかった。
見間違うはずがねぇ。兄貴の戦死公報を持って来たのはたしかにお前だった。
そっちは俺らみたいな人間のことはほとんど覚えちゃいねぇんだろうけどな。
なんせ難民キャンプでお前を見かけてから、俺は何日間も観察してきたってのに、俺に気付いた素振りは一切見せなかったからな。
……
そんで、今はお医者さんをやってますってか?
あのフェリーンが涙を垂らしながらお前に感謝してるところとか、お前に助けられた女の子が満面の笑みを浮かべてるのを……俺も見てたよ。
さぞ嬉しかったんだろうな?
このクソが! *ヴィクトリアスラング*!
嘆き、慟哭、そして悲鳴……
大地の根元は、もう枯れ果ててしまったのかな。
私の耳に届くのはそういうものばかり……
なんて息苦しいんだろうね。
贖罪するのはずいぶん気持ちいいんだろうな。
だがな……俺の兄貴はもう死んじまったんだぞ!
今さらてめぇの都合で贖罪したところで、何の意味もねぇんだよ!
何をしたの!?
別に何も……私には何もできないよ。
隊長……もう俺を殺してください。
足を失くした姿なんて、母ちゃんに見せたくないんです……
それと、俺の弟にも……あいつはずっと、俺を誇りに思っててくれたから……
それに噂じゃ……死んだ兵士の家族には、俺たちの報酬よりもずっとたくさんの金が入るらしいじゃないですか……
ほら。
今のフォレスタルにとっては……生き延びるのは必ずしも喜ばしいことじゃないんだよ。
死ぬことだって、もうそれほど恐ろしいことじゃないんだろうね。
……
た、隊長! えっと……
どうか帰ったら……俺が大活躍した話を……俺の一番カッコよかったところをみんなに話してやってください!
へへ……
弟の俺へのイメージを崩すわけにはいきませんから。
フッ、結局のところ……
フォレスタルも模範的な英雄になっちゃうんだ。
死にたいはずなんてないよ。
ただ、生き残るのが怖いだけなんだ……
さぁ隊長、ひと思いにやってください。
本当は自分でもわかってますから。足を失くした俺は……ただの足手まといだって。
だから……
こういう最期もいいかなって……
もういい!
これ以上喋らないで!
私に言ってるの?
願わくば、命が永く栄えんことを。
おいてめぇ!
何黙りこくってやがるんだ! 何とか言ってみろよ!
君はフォレスタルの弟の……ミケルだね。
私の記憶が確かなら、君は今頃ロンディニウムの前線──ゴドズィン公爵の軍にいるはず……
つまり君は……
そうさ、今の俺は脱走兵ってこった。
告発したきゃすればいいさ。
だけど見つかるリスクを負ってでも私の前に現れたってことは……なにか考えがあってのことでしょう。
……
俺だって他に選択肢がありゃ、お前には……お前にだけは会いたくなかったよ。
もし、フォレスタルはまだ生きていて――
今こうして私の前に現れたと思い込むことができたならば、どれほど良かっただろうか。
だけど私は、自分を欺くことはできなかった。
あんたがフォレスタルを殺した。
ほかに選択肢はなかったんだ。
ただ、あんたに憐れんでほしかっただけかもしれないのに……
でも、安らかに逝ったよ。
だから、あんたが殺したって言ってるんでしょう!
話はそれだけ?
まだ終わってねぇよ!
*ヴィクトリアスラング*!
今すぐにでもお前を殺してやりてぇよ!
それで……私は何をすればいいの?
ミケルの戦友を含め、捕縛された脱走兵たちは全員カレドンシティの西側に収監されているそうだ。
ミケルは彼らの救出に手を貸せと言ってきた。
そこで私は、まず彼を私の店の従業員に扮装させたのだった。
――花屋の店員に。
そう、花屋の店員に、だ。
じゃあ、俺たちが前線で命を懸けて戦ってた時に……
あのクソ野郎どもはここでこんなことをしてたってわけか。
景気よく祝勝パーティってか?
そうだね。
*ヴィクトリアスラング*!
それをお前は、文句の一つも言わずに見てたんだな?
……
この花たちと引換えに、お偉いさんの難民キャンプへ対する黙認を手に入れることができた。
基本的な物資も手に入ったし……
必要となる特権や……
数多くの人命とも交換できた。
こんな花で?
まぁ、花だけじゃないけどね。
でもたしかに、この花たちがなかったらうまくいってなかったと思うよ。
……
あんたはいつまでも滑稽な幻想に囚われたままなんだね。
自分のすべきことをはっきり理解してるだけだよ。
難民キャンプだって、連中が気まぐれで子供たちに与えてやったおもちゃに過ぎないさ。
連中は今のところ、あんたに医者の役割を与えて、難民たちを砂のお城に匿ってやってるけど……
やろうと思えば、明日にでも君に砂のお城を崩すように命令して、全員を生き埋めにしてしまうことだってできるんだよ。
難民たちじゃ大きな反乱なんて起こせっこないから、連中の好き放題がまかり通るってわけ。
私は医者だよ。
命令されたって、人を殺すようなことはしない。
だけど、もし他の人がやったら?
その場合は、ヴィクトリアの一軍人としてどうすべきか……自分自身に訊いてみたらどう。
じゃあもしフォレスタルの時と同じことが起こったら……
難民たちがあんたに懇願してきたら……どうするの?
……
怖いんでしょう? 難民キャンプに入った日からずっとずっと……
もし戦争が続いていくなら……もし難民たちが人生に希望を持てなくなってしまったら……
そして、もし命というものが尊重されなくなったら――
そういうことは必ず起こる。
そしてそれが、一回限りでは終わらないこともよくわかってて……あんたはずっと恐れてるんだ。
その時はどうするつもり? クエルクス先生。
……
前の方で捜索隊が検査してやがるぞ!
おい、どうすんだよ!?
*ヴィクトリアスラング*!
どんよりとした雰囲気に覆われ、疲弊しきった人たちばかりのぬかるんだ街中で、これほど多くの花を持ち運んでいれば悪目立ちしないはずはなかった。
慌てないで。
普通にしてれば怪しまれないはずだから。
捜索隊だってバカじゃない。自分から面倒事に首を突っ込むなんてことはしないはずだ。
何せ、この時期にこれほど多くの花でパーティを飾り立てる必要がある人間なんて限られているからだ。その妨げになるようなことはしないだろう。
くっ……
おい、もっと急げよ。
そんなに慌てて……もしかしてまだ私が君を通報するかもって思ってるの?
いや……難民キャンプでずっとお前を観察してきたが、お前がそんなことをする人間には思えねぇよ。
だからこそ俺は賭けに出たんだ。
でも――
何も言うな。自分のやってることぐらい分かってる。
だからってお前を信用してるわけじゃねぇけどな。
お前が死ぬほど憎いのは変わらねぇよ。
……一つ忠告しておきたかっただけだよ。そんなオドオドしてたら捜索隊に怪しまれるだけだよってね。
……
お前に心配される筋合いはねぇよ。
静かにしてろ! 何をギャーギャー騒いでやがるんだ!
ったく、死に損ないのゴミどもが……
それより、何か部屋ん中が息苦しくないか?
しかも、なんていうか……
何だか……いい匂いがするぞ?
おい、あれ見ろ!
ダクトのところだ!
えっ?
あれは……花か?
うっ……
どう……なってるんだ……
もう出てきて大丈夫だよ。
さぁ、君の戦友を探しに行こう。
こんなアーツは初めて見たぜ。
私の故郷に伝わる、ちょっとしたお家芸みたいなものだよ。
じゃあ、こいつらはどうなったんだ……?
ただ眠ってもらっただけ。
人を救出してここから脱出するくらいの時間だったら、これで充分稼げるはず。
フンッ……
あの一瞬、ミケルが何を考えていたかは大体予想がついた。
それでも彼は、結局ナイフを抜かなかった……
やはり彼は、あまりにも兄に似すぎている。
しかし結局、人も、場所も、身分も、すべてが違っていた。
ミケル!?
お前どうやってここに?
話は後だ。とにかくお前らを助けに来たんだよ。
さっさと逃げるぞ!
やるじゃねぇかミケル!
ところで……そいつは誰だ?
こいつは……
こいつはただの助っ人だ。
いいから行くぞ。
ちょっと待った!
捜索隊のクソ野郎どもは、みんな気を失ってんのか?
ずらかる前に、これまでの借りを……命で償わせてやんねぇとな。
ああ? 何だよ?
私とミケルは君たちを救出するために来たんだよ。
この人たちを殺すことが目的じゃない。
*ヴィクトリアスラング*!
お前、こいつらが何したか知らねぇのかよ!?
ううん、よくわかってるよ。
そりゃああんたは連中が難民キャンプでやったことをよーく知ってるでしょうね。
それを知ってて、なんでそんな人でなしどもを生かしておこうとしてるの?
自分の言葉をよく振り返ってみるといいよ。
さっきまでは、偉そうに道徳を説いてたくせに――
今では、目の前で人の命が失われるように誘導しようとしてるじゃない。
もちろん、君はそれにも大義名分をこじつけるんだろうけどね。
……
そこをどけ!
どかない。
ここで時間を無駄にしてる場合じゃないでしょう。
……
じゃあ……一発だけでいい。そいつを殴らせろ。
……わかった。
ここに閉じ込められてる他の人たちはどうする?
出してやった方がいいか?
私は彼らに、ここに閉じ込められてる全員を解放させた。
そして、都市から脱出できるルートも教えた。
気を失っている捜索隊は、ひとまず全員檻の中に閉じ込めておくことにした。
お前、こいつらを助けたのか。
行こう。
騒ぎが大きくならないうちに、早く。
……
その前に寄らなきゃならねぇ場所がある。
俺たちの補給品や物資を全部隠してあるんだ。位置は――
そこって……
その通り。
「あの場所」だよ。
やっぱり。
ここは私にとって、あまりにも馴染み深い場所だった……
ここはフォレスタルの墓だ。
……兄貴のな。
もちろん、私も覚えているよ。
だって、私が自らの手で……
フォレスタルをここに葬ったんだから。
なんなんだよてめぇは……
わかんねぇ……
*ヴィクトリアスラング*!
あぁもう! 考えれば考えるほど訳が分からねぇ!
なんでなんだよ!?
……
お前は難民キャンプで、ひでぇ怪我の奴らも含めて山ほどの人たちを救ってきた……
それで今は、こんなに大人数なのにいとも容易く捜索から逃れ、俺たちを封鎖された都市から逃がした……
それどころか、お前は捜索隊のクソどもの命すらも助けた……死んで当然のようなあの連中をな。
だったらなんで……なんで俺の兄貴だけ見捨てたんだよ!?
なんで兄貴を救ってくれなかったんだよ!?
私には助けられなかったからだよ。
ミケルには……
嘘を伝えるのもありかもしれない。
「君のお兄さんはひどい重傷を負っていたから、手を尽くしても助けられなかった。」
「作戦が失敗したのも、私のせいじゃない。」
「この悪果はすべて、上でふんぞり返ってる連中がもたらしたものだよ。」
――そうやって伝えればいい。
そうすればミケルも少しは気が楽になるんじゃないのかな。
それであんたも一安心ってこと?
そうすれば、本当のことを話さなくて済むからね。
……
気が楽になるから……
だから君は嘘をつく選択ができた。
嘘なんてつかない。
だから君は人を殺す選択ができた。
そんなことはしない。
じゃああんたは……あの時一体何をしたの!?
そうやってずっと言い訳を続けるつもり!?
答えろよッ!
こっちを見ろってんだ!
俺と兄貴から、目を逸らすんじゃねぇ!
……
戦いの過程を語ったってもうなんの意味もない――
だって私たちは、私と君のお兄さんを除いて全滅したんだから。
……なんだって?
もちろん私はお兄さんを連れて逃げようとしたけど、あの子はあまりにもひどい重症を負っていた。
だから結局、最後は……
私が安らかに眠らせてあげたの。
安らかに眠らせて……?
それってつまり……
そう、私がフォレスタルを殺したんだ。
……
……
なにあっさり言ってやがんだよ!!
*ヴィクトリアスラング*!
お前が兄貴を殺したって?
そうだよ。
あの子がずっと苦しむところを見たくなかったんだ……
もし命からがら故郷に戻れたとしても、あの子が戦争ノイローゼで狂人に成り果てるのなんて見たくなかった。
兄貴がそんなことになるはずねぇだろ!
んなもんデタラメだッ!
ミケルは店を出てからずっとナイフの柄を握っていたが、それを鞘から抜くことは一度もなかった。
それが今──とうとう私に向けられた。
私を殺したいなら、そうすればいい。
だけど……私はたしかにお兄さんを死なせてしまったけど、やましいことをしたとは思ってないよ。
どの口が言ってんだ! この人殺し!
てめぇは自分の戦友を殺したんだ!
そうだね。
私がしたことは何一つ褒められるようなことじゃない。
私は自分の部下を殺した。
医者として最もあるまじき行為だね。
それを正当化することはできないし、するつもりだってない。
だけど、あれは必要な決断だったと思ってるよ。
それ以上口を開くな!
お前はぜってぇに許さねぇ!
実を言うと、君を助けたのも……君のお兄さんを思い出したからなんだ。
君はあの子に似てたから。
君たち全員……あの子に似すぎていたんだ。
……
……
まるで、目隠しをされた子供たちみたいだった。
そんな子供たちが、追い立てられ、誘い込まれ、引きつけられ……
一人ひとり、肩を寄せ合いながら……
一人ひとり、列になって歩きながら……
情熱を抱えたまま……死に向かっていく。
……
死なんてのは、追い求めるようなものじゃないんだよ。
そして、命は最初から祝福を受けるべきものなんだ。
君には、君たちには生きることを選ぶ権利がある。
大地はいつだって、疲れ果てた子供たちを抱き締めてくれるもの――
だから私は君を助けることにしたんだ。
……
兄貴の手紙にはいつも……
いつもお前のことが書かれてた。
お前はいい隊長だって。他の奴らみたいに、いい加減な理由で怒って殴りつけたり罵ったりしないって……
それから、いつも兄貴を気に掛けてくれて、面倒見もいいって……
俺は兄貴が嘘をつくはずがねぇって信じてる……
……
だから信じるよ……
お前が兄貴を殺したのにも、お前なりの理由があったんだって。
俺を助けてくれて、本当にありがとう。
これからもちゃんと生きていくよ。
私は、ミケルがゆっくりと頭を下げる姿を見つめていた。
その様子から、彼が今までずっと心の中に抑え込んできた感情も感じ取ることができた。
ここ数日で、お前はたしかにすごい奴だって思い知らされたよ。
……
おい、ミケル!
何するつもりだ!
それでもやっぱり、受け入れられねぇんだ。
ごめんな。
やり返さないの!? 刺されたんだよ!
君もやり返そうとしてないじゃない。
それは……ミケルが急所を外したから。
わざと急所を外したってこと?
わざとかわざとじゃないかなんて、どうだっていいよ。
……
ちょっと、怒りすらしないの?
責められるべきなのはあんたじゃないはずだよ。
あんただって被害者の一人でしょ。責任を追及されなきゃならない人は他にいるのに……
今さら当時のことを掘り返して、誰が正しくて誰が間違っていたかなんて追及しても意味ないよ。
苦痛、傷害、怨恨、刀傷、嫉妬……そういうもののせいで、私たちは大地との間に深い溝を作ってしまったんだ。
今となっては、私たち全員が被害者なんだよ。
……
はぁ、返す言葉が見つからないよ。
フォレスタルもきっと、自分の弟がこれからもしっかり生きていくことを願ってるはずだよ。
そして今、過去にケジメをつけたミケルは新たな生を得て、再び大地の根元を探り当てることができたんだ。
もしこのままお互いにいがみ合って……
恨みの連鎖を連ねていけば……
それこそ彼らの思う壺じゃない。
彼ら?
そう、彼ら。
だから──
これが私とミケルにとって、最善のケリの付け方だったんだ。
これで君も、もう自分を責め続けなくてよくなったでしょう。
そうだね、おめでとう。
お優しいことで。
その優しさが原因で死ぬなら本望ってわけだね。
あれ、そんなあっさり命を諦めちゃうの?
それは医者のあんたが考えることでしょう。
それにあんたは、ドルイドの祭司でもある。
それなのに、そんな簡単に命を手放しちゃうつもり?
……
この子のことを……どうかよろしくお願いします。どうか……
ゲホッゲホッ……私はもう……
死は追い求めるべきものではない。
命はもとより祝福を受けるべきものである。
ママ……
……
……誰か手が空いてる人、ひとまずこの子を外に。
ここで目にする顔ぶれは毎日異なっていたが、できる限り皆の名前を覚えておくようにしていた。命というのは、跡形もなく棄てられるべきものではないから。
おい、クエルクス!?
血が出てるぞ、何があったんだよ?
医者を呼んでくるから待っててくれ。
医者ならここにいるでしょ。
まぁ、元ヴィクトリア軍人でもあるけどね。
それで、今の肩書きは……ロドス所属の特派オペレーターであり、ゴドズィンにおけるロドスの情報員。
受難者が高らかに掲げられた。
「見よ、あれこそが英雄だ!」
その下で、野次馬が大声で叫んだ。
ドクターはもうロンディニウムに向かってる。
きっと私たちの情報提供を必要としているはずだよ。
だけどまずはその傷を……
私なら大丈夫。
さっき難民キャンプに行って、ちょっとすりむいただけだから。
「英雄!」
「英雄!」
子供たちも大きな声を上げる。
自らの母親がが、憂いを含んだ眼差しを向けていることにも気付かずに。
グラニが帰ってくる前に片付いてよかった。さもなきゃ、徹底的に問い詰められるところだったよ……
向こうも首尾よくいって、トラブルに巻き込まれてないといいんだけど。
いつ帰ってきてもいいように、寝たフリしとかないとね……
また今日も、間もなく黄昏時を迎える。
しかし、後に訪れる闇夜は長くは続かないだろう。
クエルクス、調子はどう?
というか、ちゃんと休んでたよね?
クー姉。
私も会いに来ちゃいました。
ああ、おはよう……
ゲホッゲホッ……
クー姉!?
ちょっと! ちゃんと休んでなかったでしょ!?
それより……もうすぐ約束の二十四時間だよ。
じゃあ追加でもう二十四時間休んでもらうから!
今すぐ横になって!
クー姉、顔色がすごく悪いですよ。
心配性なんだから……私なら平気だよ。
そうだ、クッキーを焼いておいたんだ。二人とも食べて。
死というのは死者には目もくれず、生者にのみ垂涎するものだ。恐ろしい苦痛は、互いを思いやる友人たちや別れがたい家族を、そう易々と見逃してはくれないだろう。しかし――
願わくば、大地が寛大であらんことを。
願わくば、命が永く栄えんことを。
願わくば……
クエルクスッ!
ふふっ。