再び輝くために 幕間
再び輝くために
クルビア トリマウンツ
関連項目は一通り直したから、もう修正する箇所はないはずよ。
ありがとう、ジーニ。手伝ってくれて助かったわ。
ううん、平気。
大したことはしてないしね。ただベースとなるデータモデルを提供したついでにちょっと調節しただけ。
具体的な内容も構成も、全部姉さんが考えたでしょう。
だけど、ジーニがいてくれたおかげで、ここまで内容を突き詰められたのよ。はあ……占星術研究会のシンポジウムまで、もうあと一週間ね。
トリマウンツの上空に空いた穴のせいで、面倒事がたくさん増えてそうだね。
うちには特に影響はないんじゃないかしら。お父様もお母様も、根拠のない空想話には興味ない人たちだもの。
はあ……二人がトリマウンツに来てからしばらく経つけど、ここしばらくは執筆作業を優先していたから、まだ会いにいけてないの。
ジーニは二人に会いたい?
いや、まったく。姉さん以外のウビカの人間に会うと頭が痛くなるしね。
そういえば、姉さんが今書いてるその……研究まとめ? 何に使う予定なの?
発表したら、学会に無償で提供しようかと思って。
トリマウンツの穴の外に広がる星空は、通常のものとは全く異なる法則性を持っているみたいなの。だけど、あの大きさの穴じゃ、全ての星を観測することはできない。
でも私たちが作った変換モデルがあれば、研究者たちはそれぞれの星空に存在する星座の大まかな座標を導き出すことができる、そうすれば、互いの運動法則と相関関係をシミュレートできるわ。
きっと今後の星空の研究に役に立つはずよ。
姉さんらしいや。
そういえば、前に穴が空いた星空が、占星術に新たな可能性をもたらしたって言ってたよね。トリマウンツでの目的はもう達成できたんだし……私の今日の運勢を占ってみてよ。
あら、いつの間にかまた占星術に興味が出てきたの?
ただちょっと気になっただけだよ。だからお願い、姉さん。
分かったわよ……
(考え込む)
(ぶつぶつとつぶやく)
(天球儀を掲げる)
……
どう?
星占いの結果が……今までのパターンと違う……
「今日はリーベリにとっての厄日となるであろう。」
星たちからのメッセージはこれだけよ。
以前はもっと具体的なメッセージをもらえたはずなのに、おかしいわね……
なんだか不吉な結果だね……まあ、別にいっか。思いつきで占ってもらっただけだし。
前に姉さんが占ってくれた時、大きな災いが降りかかるなんて言われたけど、結局何も起こらなかったでしょ。だから気にする必要なんてないよ。
朝ごはんはもう食べた? コーヒーを淹れてくるね。
ええ、ありがとう、ジーニ。
あっ、はーい。
こんにちは、アステシア・ウビカさんでいらっしゃいますね? 依頼されていた書類の集荷に伺いました。
ありがとう、お願いしたいのはこれよ。
はい、お預かりいたします。念のために確認をお願いいたします。お届け先はこちらの住所にお住まいの、フランソワ・ウビカさんで間違いないでしょうか?
ええ、本日中に届けてもらうことはできるかしら?
市内配達ですし、速達料金もいただいておりますので、トラブルが起こらない限りは本日着となります。
よかった、ありがとう。
いえ、当然のことですから。
それでは、よい一日を。
今誰か来てた? 隣に住んでるヴィクトリア人のおばあさん?
エヴァンスさんのこと? 違うわ、宅配の配達員よ。
お父様に届ける原稿を取りに来てもらったの。
えっ? 姉さん……
…………
自分が何をしてるのか、分かってるの!?
いきなりどうしたの、ジーニ?
何回も言ったよね!? あの人に論文を渡したら、自分の名前を姉さんの名前の前に書いちゃうよって。
お父様をそんなふうに言うのはよくわないわ。
よくない? ハハ、なら教えてよ。今まで姉さんの名前だけで発表された論文って、一つでもあった?
わ、私はただ、重要な内容の論文だから、お父様のような専門家に目を通しておいてほしいと思っただけで……
あっそう。じゃあ、そういうことにしといてあげるよ。
でも、それだったら懸念点をまとめたものを見てもらうだけでいいんじゃないの? どうして原稿のコピーを丸ごと送ったの!?
あの人、絶対に占星術研究協会のシンポジウムで姉さんの書いた論文を自分の研究内容として発表するよ、断言してもいい。そして、私と姉さんは今回の研究の部外者になっちゃうの。
でも、ウビカ家の栄誉であることに変わりはないわ。当主であるお父様の口から発表されるなら、別にそれでいいと思うのだけど……
私はいやなの!
どうして私があんなに必死に家から逃げ出したのか分かる? あの人の顔色をうかがったり、言いなりになって生きるのがいやだったからだよ。
なのに、私たちが数ヶ月も努力して完成させた成果を、姉さんはただ「目を通してもらいたいから」という理由だけで、あの人に渡しちゃうんだね。
いやな言い方をするけど、あの中には私の研究成果もあるよね。 それなら送る前に、私に許可を取るべきだったんじゃないの!?
そこまでは考えてなかったの――
考えてなかった? 几帳面な姉さんが、こんなことにも気づけないなんてあり得るかな?
本当よ、ジーニ。それに、あなたは少し大げさに考えすぎだわ。ウビカ家は大家族なのよ。このような重要な論文なら、お父様だってきっと一族の名義として発表するはずだわ。
それに、私の今までの論文だって、お父様が何度も目を通して添削までしてくれたわ。名前を私の前に載せることだって、メリットとデメリットを説明してくれたうえで、私が同意したからなの。
そうでしょうね。姉さんのためだって綺麗ごとを並べられて、ついでに口先だけの約束をするだけで、コロッと信じちゃうもんね、姉さんは。
口の利き方に気をつけなさい、エレナ!
アハハ、気づいてる? 今の話し方、私を叱る時の父さんと全く同じだね、アステシア。
私はただシンポジウムを成功させたいだけなの。だから、根拠のない想像で物事を言うはやめてちょうだい、ね? ちゃんとうまくやるから、信じて。
あの人に反対意見なんて言えたこともないくせに、どうやって信じればいいの?
もういい。これ以上話しても意味なんてないよ。
どこへ行くの?
ライン生命に戻る。
ジーニ……
……
あれ?
これ……ジーニの通信機だわ。
……
アステシアさん、どうされましたか?
ライン生命の職員居住エリアはどう行けばいいのかしら?
誰かをお探しですか? 在職中の職員でしたら、受付けから宿舎かオフィスに電話をかけて呼び出しましょうか?
それなら、エネルギー課の研究員エレナ・ウビカに繋いでくれるかしら?
はい、少々お待ちください……
……
すみません、お探しの相手はエレナ・ウビカさんでお間違いないですか?
ええ、どうしたの?
それが……ウビカさんは派遣申請を出した際に、職員用宿舎からも退去されているようでして……
現在、ライン生命に彼女の居住記録はありません。
それなら……今日ここには来ているの?
大変失礼ですが、お答えする前に、念のために身分を照合させていただいてもよろしいでしょうか?
ええ、もちろん。
文献学顧問としてここに派遣されている、アステシア・ウビカよ。
(身分証明書を渡す)
……確かに確認いたしました。今お調べしますので、少々お待ちください。
申し訳ございません。本日、エレナ・ウビカさんがライン生命の施設にいらした記録はないようです。
こっちに来ていないってこと?
そのようですね。
不吉な予感がアステシアの脳裏をよぎった。
(「今日はリーベリにとっての厄日となるであろう。」)
!
他に何かお手伝いできることはございますか?
いえ、もう大丈夫よ。ありがとう。
(悪い方向に考えるのはやめよう。きっと大丈夫だから。)
(あの子はただ、今通信機を持ってないせいで、連絡が取れないだけよ。)
(きっとトリマウンツの街をブラブラしているだけだわ。)
……
(確か、保安局はこっちだったわよね。)
(まずはあの子を見つけないと……)
すみませ――
だがアステシアは結局、喉元まで出かかった言葉を無理やり呑み込んだ。
ある可能性が頭に浮かんだから。
現在このトリマウンツには占星学者たちが集まっており、彼女の父はその中でも一目置かれる存在である。
もしこんなタイミングで、反抗的な娘から距離を置かれ、連絡も途絶えていることをマスコミに知られてしまったら?
絶好のゴシップ記事になるのは確実だろう。
そうなれば、一族にとっても、両親にとっても、妹にとっても、いらぬトラブルを招くことになってしまう。
だから――
彼女は保安局の前を素通りすることを選んだ。
(こんな情けなくて、役立たずの姉でごめんなさい、ジーニ。)
(もっと考えるのよ。きっと何か方法があるはず……)
おい、避けろ!! 車が暴走してる!!!
(他にジーニの居場所を知ってそうな人は……)
わああああああ!!!
えっ?
はぁ~、危なかった……大丈夫? ケガはない?
あっ、すみません、さっきはぼうっとしてて。
……って、ジュナーさん? どうしてここに?
見覚えのある後ろ姿だなと思ったけど、やっぱりアステシアだったのね。
真昼間から車に突っ込まれるなんて、ツイてないわね。
まあ、ツイてないのはあの運転手も同じか。大方、どっかの部品が壊れて暴走しちゃったんだろうし。がんばって避けようとしてたのに、結局は人を轢きかけたし。
運転手の方は大丈夫かしら?
最後の最後でなんとかブレーキは効いたみたいだけど、車はひっくり返っちゃったみたいね。
運転手は……よかった、無事よ。車の横に座って電話をかけてる。自力で車から這い出せたのね。
確かにジュナーさんの言う通り、本当にツイていないわ。もしロドスだったら……
ロドス?
そうよ、ロドスの力を借りればいいじゃない!
ジュナーさん、少しお時間いいかしら?
えっ……大丈夫だけど。
ロドスに頼みたいことがあるの。ジュナーさんから話を通してもらうことはできる?
こんなところで長話もなんだし、詳しいことはトリマウンツの事務所で聞かせて。さあ、行きましょう。
はい、お水どうぞ。
ありがとう……
話を聞く限り、単純に姉妹ゲンカでカッとなって飛び出して行っただけのことだと思うけど。
それだけじゃないわ。今日の星占いでよくない結果が出たのよ。あの子、きっと何かのトラブルに巻き込まれているんだわ。
トラブルに巻き込まれたのはあなたの方でしょう? さっきも車に轢かれかけたし。
私のことはいいの。
あなたって、たまにすっごく強情だよね……うちの誰かさんとそっくりだわ。
それって、ジュナーさんのお姉さんのこと?
妹よ、生まれた順番ではね。私がトリマウンツに来たのも、妹があのペテン……じゃなくて占星学者たちとビジネスをするからよ。
予備隊のオペレーターたちもほとんどが休暇に入ってるし、時間を持て余すくらいなら、何か手伝おうかと思ってね。
そうだったの……
妹さんとの仲はどう?
悪くはないかな。たまに口うるさいなって思うことはあるけどね。私に相談もなしに、あれこれ世話を焼いてこようとするし。
その……ジュナーさんのほうがお姉さんなのに?
だから生まれた順では妹だって言ったの。実際の関係では、向こうが姉みたいなものよ。
父が亡くなってから、かえって家業の景気が良くなったのも、妹が大黒柱となって支えてくれたおかげなの。なのに、姉である私は何の役にも立てていないわ。
そんな! 生き残るための術を教えてくれるジュナーさんには、私たちみんな感謝しているわ。最初に会った時、ジュナーさんに一撃で吹き飛ばされたこと、今でもまだ覚えているもの。
あの頃は、私もロドスに入ったばかりだったのよ。手合わせであなたが剣を振りかざすだけで、全然攻めてこないからつい……はあ、もうこの話はおしまいね。
トリマウンツ事務所に、アステジーニを探すのを手伝ってほしいんでしょ?
何人か手の空いている偵察オペレーターがいるから、妹さんが行きそうな場所を教えてあげて。喜んで手伝ってくれるはずよ。
大事にしたくないのなら、内密に依頼をしてもいいわね。ここのオペレーターとは仲がいいほうだから、私も取りまとめを手伝ってあげられるわ。
ありがとう……
気にしないで。どの家庭にもそれぞれの事情があるんだから。
みんなに依頼内容のメールを送ったわ。残りの場所は私たちで探しましょう。もしかしたら何か見つかるかもしれないしね。
そ、そうね。
大丈夫、誰かがケガするようなことは起こらないわよ。
アステジーニってかくれんぼが上手なのね。公共エリアはほとんど探したはずなのに、まだ見つからないなんて。
……
もう夜も遅いし、このまま探してもらちが明かないわ。家まで送っていくから、また明日探しましょ。
私……もう少し探してみる。
でも、もうすぐ日付けが変わるわよ。占い結果では、ツイていないのは今日だけなんでしょう?
帰って温かいご飯でも食べて、ちゃんと寝た方がいい。明日になれば運が向いてくるかもしれないじゃない?
だから、今日はひとまず帰りましょ? 送っていってあげるから。
いえ、大丈夫……今日一日本当にありがとう……
じゃあ、私はもう行くね。バカな真似はしちゃダメよ。
ええ……
明日の朝、家まで迎えにいくから。おやすみ。
アステシアが帰路につく頃には、既にトリマウンツ上空に空いた穴から星々が顔をのぞかせていた。
しかし、彼女はただ真っすぐ前を見据えたまま、曲がり角を一つまた一つと曲がっていく。
時計の針が十二時を越えた頃、彼女は最後の角を曲がり、借りているマンションの前までやって来た。
そして、そこには羽毛の塊が丸くなって縮こまっていた。
おかえり、姉さん……
カギ、忘れちゃって……
えっ、姉さん?
アステシアは何も言わずに、ただ妹に抱きつき、その懐でポロポロと泣き始めた。
自分のこんな顔を妹に見せたくはないが、どうしても抑えることができなかったのだ。
アステジーニもそのことをよく分かっていたから、ただただ姉を抱きしめ、涙で服が濡れるのに任せた。
そうやって二人は互いに無言のまま、マンションの前で長い間抱きしめ合っていた。しばらくして気持ちが落ち着くと、アステシアはようやくカギを取り出し、部屋のドアを開けた。
家に入った二人は、ソファーに向かい合って腰かけ、黙りこくっていた。
だけど結局先に口を開いたのは姉の方だった。
ごめんなさい、ジーニ……私が悪かったわ……
悪かったのは私も同じだよ……原稿を父さんに送ったって聞いた瞬間に、頭に血が昇っちゃって、何も耳に入らなくなっちゃったの。
あなたが家を出るために、たくさんのものを犠牲にしたのは知っているわ。ジーニはもうお父様とは少しも関わりを持ちたくないことも。
私のしたことは、間違いなくあなたを傷つける行為だわ。だけど、本当にわざとじゃないの……
できあがった論文を権威のある指導教員に確認してもらうのは、普通のことだよ。私だって博士課程時代は、いつも指導担当の先生に論文を添削してもらったし。
ああもうっ、どう考えても悪いのは私だ。感情のコントロールなんて基本的なこともできないのに、何が博士よ。いつも姉さんのことを石頭だって言うくせに、結局一番の分からず屋は私の方だ……
私、決めたの。明日、お父様に会いに行くわ。論文の確認には時間がかかる。朝一に行けばきっとまだ読み終えていないはずよ。だからなんとか説得して原稿を返してもらう。まだチャンスはあるわ。
えっと……そのことなんだけどね……
実は……原稿はあの人のところには届かなかったの。
えっ?
原稿を取りに来たお兄さんはリーベリだったでしょ? 夕方にここに来て、平謝りで郵送料を返金してくれたよ。
あのお兄さん、かなり酷い目に遭ったみたい。せっかく朝一にあちこちから荷物を受け取ったのに、配達の車が暴走して横転しちゃったんだって。
あっ……
でも姉さんから速達で依頼された荷物があるからって、同僚に他の配達物を任せて、自分はすぐに自転車で原稿を届けにいったらしいの。
でもオフィス街に着いた時に雨が降り出して、タイヤが滑って荷物ごと人造湖にドボン。原稿も水に濡れてダメになっちゃったんだって。
それでどうしようもなくなって、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら謝りに戻って来たんだよ。だから慰めて見送ってあげたの。
姉さんの占い、完璧に当たったね。今日は確かにリーベリにとっての厄日だった……
もう昨日のことよ。だから忘れましょ。
ほら、あなたの通信機。
ありがとう、姉さん。
あーあ、これもトリマウンツで勉強してた頃にできた悪い癖だよ。
スランプに陥ったり、誰かと言い争いになると、全部がどうでもよくなっちゃうの。
そうなると、電話もメールも来ないように通信機を放り出して、何も考えずにただトリマウンツをブラブラするんだ。
どうにもならない感情を、全部時間に解決してもらうためにね。
もちろん、今日みたいにカギを忘れちゃって、ルームメイトが帰ってくるまで宿舎の前で待つしかないこともたまにあったよ……
もしかして、今日一日何も食べてないの?
うん……外をブラブラしてた時は食欲がなかったし、帰ってきたらカギを忘れたせいで家に入れなくて、結局何も食べられなかった……
じゃあ、ドアの外に置いてあった箱は?
姉さんへのお詫びに買ったアイス。でもこんな時間まで探し回ってくれるとは思わなくて、とっくに溶けちゃった。
じゃあ、お金は持ってたのよね? どうして自分の分は買わなかったの?
姉さんへのアイスを買う分のお金しかなかったんだよ……
姉さん、お腹すいたよー……
すぐに作るから、あともう少しの我慢よ。
うん……
ジーニ、約束するわ。私たちの研究成果は、絶対に誰にも渡したりしない。
お父様であっても、横取りする資格なんてない。
うん。
姉さんを信じるよ。
一週間後
姉さん、発表用の原稿に一通り目を通したけど、問題なかったよ。
私がリストアップした専門用語も全部暗記した?
ええ。
よかった。これで年寄りの古参学者たちに揚げ足を取られても、すぐに返り討ちにできるね。
でも今日の午後が発表だって言ってたのに、予定表には姉さんの名前は書かれてなかったよ。
お隣のエヴァンスさんのこと、覚えてる?
あのおばあさんでしょう? どうしていきなりその人の名前を出したの?
エヴァンスさんはヴィクトリアの占星術の権威者よ。今日の午後は本来は彼女が発表する予定だったの。
でも、その機会を譲ってもらえるようにお願いしたのよ。
へぇー。
いや、待って、姉さんも発表側に回るのなら、あの人のアシスタントがいなくならない?
いいえ、そうはならないわ、ジーニ。
えっ……姉さん? その目はなに?
まさか……
お父様にサプライズなんてどう? いい子だった長女も、妹みたいに反抗的になったことを見せつけてやるの。
ね? お願い、ジーニ。
まさかずっと前から企んでたの? だから占星術研究協会の詳しい話を、今日まで何も教えてくれなかったんだね。
ほら、こっちへおいで。
わ、私、行きたくないんだけど……
逃げても何にもならないわ、ジーニ。これは正々堂々とお父様に挑めるチャンスなのよ。
……
ほら、ゴーグルと装置を外して。
上着とシャツも着替えなきゃね。
姉さん、本気なの……?
あなたの大好きなイタズラだと思えばいいわ。
ちょっと! 私、イタズラなんて好きだったこと一回もないよ!
髪も降ろさないと……ほら、いい子だからじっとしてて。
姉さん、こんなのやり過ぎなんじゃ……
静かに。ほら、剣と天球儀をちゃんと持ってて。お化粧もしてあげるわ。
うん、完璧ね。
……
こんなの無理だよ、うまくいかないって。姉さん……一緒に他の方法を考えよ。
ごめんなさい、ジーニ。発表の時間まであと少ししかないの。他の方法を考える余裕なんてないわ。
私の喋り方を真似してみて。
シア、や、やっぱりこんなことはよくないわよ……
うわあああ、無理! 私にこんな話し方は無理だって!
すごくよかったわ。完璧よ、さすが私の自慢の妹ね。
こんなのであの人を騙せるのかなぁ……
お父様を騙す必要はないの。ただ他の人の目をごまかせられれば十分よ。
でも、私が姉さんの服を着ちゃったら、姉さんは何を着ていくの?
もちろん、フォーマルの場に最もふさわしい――
「星尋ね」よ。
ふぅ、やっぱり身軽な服の方が着心地がいいや。
どうだった?
よく分かんなかったけど、ほとんど無意味な討論時間だった気がする……
姉さんの発表がなかったら、始まってすぐに帰ってたよ。
じゃあお父様の発表は?
父さんね……
……
確かにあの人は優秀な学者だよ。
伝統的観念こそ至上だって訴える人しかいない中、父さんは自ら進んで壇上に立ち、今起きている変化を認め、知識を更新する重要性を説いていた。
石頭の年寄りたちに反論するする父さんの姿は、私たちの意見を一蹴する時の父さんとそっくりだったよ。少なくとも、あの人に裏表はない。
……だからといって、あの人がフェルディナンドと同様、救いようのないクズってことに変わりはないけど。
じゃあ、お母様は?
母さんは……いつもと同じ、彫像みたいに冷ややかな視線で会場にいる全員を見つめてた。
つまり、二人ともあなたの変装について特に何も言わなかったってこと?
私を見た瞬間に方眉を上げて、それでおしまい。あいさつもなかったし、名前も呼ばれなかった。
たぶん、見た瞬間に私だってバレてたと思う。
ねぇ、もうこのつまんない話はやめにしようよ。
姉さんの発表、すごくよかったよ。最初から最後まで、ウビカの石頭二人からなんの反論もなかったし、他の人たちが揚げ足を取っても、姉さんがすぐに黙らせてた。
しかも、もう記者から取材もされたんだって?
ええ、ありふれたことを色々訊かれたわ。それよりも、外国から来た二人の学者からもいくつか質問をされたの。
連絡先を交換したから、これからモデルの改良方針や学会への普及について詳しい話ができるわ。
それと、お父様とお母様だけど……
きっと二人とも真っすぐ前を見つめながら、厳しい口調で私への不満を零していたんでしょうね。
あの人たちはいつもそうでしょう。この十数年の間で違ったことなんて一回もない。
「アステシアには、一族における自身の立場をよく理解してもらいたいものだな。」
どう見ても姉さんにカンカンに怒ってたね。
フフッ、やめてよ、ジーニ。
それで、これからはどうするの?
もうしばらくトリマウンツに滞在しましょう。ずっと観光もショッピングもできないくらい、忙しく過ごしていたし。
この部屋のレンタル期間もまだ少し残っているわ。
ここでの用事が済む頃には、きっとお父様の怒りも大分収まっているはずよ。そのタイミングで話をしに行くつもり。
その時に、はっきり伝えようと思うの。この研究成果は私と妹の努力の結晶だから、お父様の名前を載せることはできないって。
やっと姉さんが分かってくれて、本当によかったよ。
それでジーニは? ライン生命に戻るの? あなたの指導員が、ライン生命の主任にまた返り咲いたと聞いたのだけど。
ううん、やめとく。同僚からの話じゃ、あの人、以前にも増して人使いが荒くなってるらしいし。
本音を言うと、フェルディナンド主任が今研究してるプロジェクトは……確かにすごく魅力的だよ。
建物を空に送り込むエネルギーの開発なんて、憧れない人なんていないでしょ。
でもあんな人の下で働くのは、やっぱり無理。たった一つのチャンスのために、あの人の支配下に戻る必要なんてないよ。
もう決めたの。だから後悔はしない。
私もあなたを見習わなきゃね、ジーニ。
だけど、私のお手本は姉さんなんだよ。
フフッ、たまには妹に褒められるのも悪くないわね。
今日は家じゃなくて、外に食べに行きましょうか。
いいね!
そうだ、姉さん。
なに?
実家に戻る時、私にも声をかけてよ。
ジーニ……でもあなた、実家にはもう戻りたくないのでしょう?
分からせてやりたいの。あの人のやり方を良く思っていないのは、姉さんも私も同じなんだって。
そこまで深刻な話じゃ……
姉さんがいやなら、別に行かなくてもいいけど。
そういう意味じゃないわ、ジーニ!
……
それじゃあ、一緒に行きましょうか。