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足取りは軽やかに

シュレッダーの前で、クーリエは『イェラグ物流システム企画書』と書かれた分厚い紙の束を手にしていた。

彼は険しい表情で、何か迷っているようだった。躊躇いの後、彼はその企画書をシュレッダーにかけようとする。

バイソン

待ってください。

クーリエ

バイソン……先生。

バイソン

どうしてその企画書を捨ててしまうんですか?

クーリエ

……企画書として不適格だからです。

バイソン

ぼくは物流講座の講師で、あなたは生徒です。企画書が不適格か決める前に、是非ぼくにも相談してください。

それに、あなたがイェラグの物流システムに関する企画を立案したいとおっしゃった時は、そんな表情じゃなかったはずです。

クーリエ

……

バイソン

企画書、お見せしていただけますか?

クーリエ

……はい。

バイソン

うん、よくできていますね。

人手、コスト、輸送手段、保管方法……考慮すべきことはすべて書かれています。

見事な企画書ですね、クーリエさん。

ですが、一点だけ――「空白地帯」における工事の問題の解決策が示されていません。

クーリエ

……ええ。

イェラグと周辺国の間には、実効支配の及ばない「空白地帯」が存在します。

物流システムを完成させるには、完璧に近い交通インフラを構築する必要があります。ですが、周辺国はイェラグが「空白地帯」をみだりに開発することを許さないでしょう。

その問題を解決するのは不可能に思えたので、諦めようとしていました。

バイソン

ぼくの記憶違いでなければ、似たような問題の解決策を教えたことがあるはずです。

クーリエ

覚えています。まず第一に、国際物流会社に投資する方法。

この方法なら、そもそも僕が企画書を書く必要はありません。それこそフェンツ運輸など、熟練の国際物流会社に全て任せれば済む話ですから。

バイソン

それについてはぼくたちの間で話し合いましたね。

フェンツ運輸がイェラグで滞りなく事業展開するには、信頼できる管理者が不可欠です。例えば、あなたのような。

ですがあなたはそれを拒否しました。もしかして、後悔しているのですか?

クーリエ

後悔は……していません。

続けて第二の方法は、イェラグを離れ僕自身で物流会社を設立すること。

たとえそれが明らかにイェラグの息がかかった会社でも、名目の上でイェラグに属してさえいなければ、大きな抵抗を受けることはないはずです。

ですが――

バイソン

あなたは、乗り気ではないようですね。

ぼくの誘いを断った時と同じように。

理由は、どちらの方法でもあなたはカランド貿易を離れる必要があるから。あるいは、イェラグを離れることにもなりかねません。

あなたが本当に回避したいのは、イェラグを離れること……違いますか?

クーリエ

……気が付いた時には、どの部分も僕の手で管理することを前提に企画していました。

これは僕に合わせた企画書です。実行するとなれば、僕はイェラグから離れざるを得ない……

僕は、自惚れていました。

バイソン

そんなことでこの企画を諦めてしまうんですか?

クーリエ

はい。企画書を作り直し、旦那様にお願いして適任者を探していただくつもりです。

バイソン

つまり、チャンスを手放すつもりだと。

クーリエ

……

バイソン

あなたにとって、イェラグが特別な意味を持つ場所だということは分かります。

でも、これはあなたが活躍する機会でもある。そうでしょう?

その機会を手放すと言うなら――

どうして、成長しようとロドスの物流講座に申し込んだりしたんですか?

クーリエ

あなたのご好意には感謝しています、ですが、もう決めたことなので。

バイソンが反応する間もなく、クーリエは彼の手から企画書を取り返した。

しかし、クーリエが企画書をシュレッダーにかけようとした時――

背後で一羽の羽獣が鳴き、素早く企画書を咥えて飛び去った。それは、彼もよく知るテンジンだった。

クーリエ

……旦那様。

シルバーアッシュ

ヴァイス、どうやら近頃のお前はいささか危ういところがあるようだ。

クーリエ

それは……申し訳ありません、旦那様。

ですが――

シルバーアッシュ

とはいえ、私も少し興味がある。だからこの企画書を試してみるといい。

地形の測量、ルートの策定、村落の説得、人員の配置……

進めていく内に気付くやもしれん。自分にしかできないと思っていたことが、実際はそうとは限らないということをな。

クーリエ

……分かりました。やってみます。

シルバーアッシュ

待て。

私も同行しよう。

クーリエ

えっ、ですが――

シルバーアッシュ

お前の配下に、雪崩警戒部隊があるだろう。

私のことは隊員の一人だと思えばいい。

近くで確認したい。お前が自分にあると思っている能力を、本当に持ってるかどうか。

クーリエ

……分かりました。

バイソン

……本当にいいんですか? シルバーアッシュさん。

シルバーアッシュ

ああ、これでいい。

ヴァイスもそろそろ自分自身と向き合うべき時だろう。


シルバーアッシュ

……

フゥ……

クーリエ

……旦那様、手をお貸しします。

シルバーアッシュ

不要だ。他の隊員は?

クーリエ

もう山頂まで着いています。

このような山道は、お身体への負担が大きいでしょう。厳しいようなら、ここから引き返して――

シルバーアッシュ

ヴァイス、そう言って私を追い返そうとしているな?

クーリエ

そんなまさか。

普段オフィスで公務をすることの多い旦那様です。私たちのような外回りの多い者の方が体力があって当然でしょう。

シルバーアッシュ

ふっ。

クーリエ

ここで一休みしましょう。

山頂にいる隊員にはしばらく待機してもらいます。彼らもこちらの事情は理解してくれると思うので。

シルバーアッシュ

……行くぞ。

私のせいで測量を滞らせるわけにはいかん。

クーリエ

分かりました。

シルバーアッシュ

……

お前の言う通りだ。確かに私は久しく山へ足を踏み入れていなかった。

クーリエ

子供の頃の旦那様は、いくつもの峠を容易に越えていましたね。

シルバーアッシュ

母に似たのだろう。

……昔の話だがな。

クーリエ

いいえ、今もそのままですよ。立場上の振る舞いこそ変わりましたが、あの頃の旦那様を知る私には分かります。

シルバーアッシュ

そういえば、今まで言いそびれていたな。お前を拾ったのは妹たちから狩りに誘われた時だった。

クーリエ

ええ、実は前から知ってました。

シルバーアッシュ

そうだったか。

クーリエ

お嬢様たちは口があまり堅くありませんからね。

あの日、旦那様はたまたまお嬢様たちから山での狩りに無理やり連れてこられ、たまたま二人とはぐれ、たまたま私に会ったということですね。

あれほどひどい吹雪でしたし、実は旦那様も道に迷っていたんじゃないですか?

旦那様ご自身も不安だったでしょう。でもあくまで冷静に私を連れて山を下り、シルバーアッシュ家の屋敷へと戻りました。

最終的に私の祖父母が屋敷を訪ね、幼少期に両親を失くした私を使用人として引き取ってほしいと頼みました。旦那様は同性の遊び相手が欲しいと言って、大旦那様を説得してくださいましたね。

私はそうしてシルバーアッシュ家の一員になったんです。

シルバーアッシュ

……そうかもしれんな。

あのお二方も元気にされているか?

クーリエ

はい、おかげさまで。祖父はトゥリクムの高齢者サロンで大活躍と聞いていますし、祖母も小さなお店を開いて、毎日穏やかに過ごしています。

シルバーアッシュ

それは何よりだ。

私にとって、マッターホルンは初めから一家に仕える護衛であり、傍にいて当然の存在だった。だがお前は違う。

お前は、私自身が引き入れた人間――少なくとも当時の私にとってはな。

昔からお前は身のこなしが軽かった。だから一時期、私はあらゆる伝言をお前に託し、また他人からの連絡もお前を通して伝えさせるようにしていただろう。

実のところ、あれはお前を見せびらかしたかっただけなのだ。

クーリエ

当時のことに後ろめたさを感じられているのなら、そんな必要はありませんよ。

私からすれば、そのおかげで生きる意味を見いだせたと言ってもいいくらいですから。

なにせ一家に突然よそ者が一人入ったわけですし、私のことを悪い意味で目立っていると思う人もたくさんいました。

そんな中で、私が旦那様の名前を、自己満足のために利用していなかったとは言い切れないでしょう?

シルバーアッシュ

少なくとも、私は気付かなかったがな。

クーリエ

ははっ、旦那様らしいお答えですね。

それに――

確かに最初の頃は、野山を駆け回るのなんて何が楽しいんだろうと思っていました。

でも、あの森や、山道を歩いている内に――


クーリエ

雪山の頂上を踏みしめた時に――

山頂の空気を吸いながら、遠くの山々や青空が織り成す絶景を眺めた時に――

なんて楽しいんだろうと気付いたんです。

そうして、少しずつその感覚が好きになっていきました。

イェラグの戦士

隊長、旦那……いや、シルバーアッシュ隊員。到着されましたか。

クーリエ

状況報告を。

イェラグの戦士

良い知らせと悪い知らせがあります。

クーリエ

良い知らせから聞かせてくれ。

イェラグの戦士

先ほどのこの山の調査をもって、イェラグと周辺国間における「空白地帯」の地形の測量が完了しました。

「空白地帯」の全村落の位置も特定しております。

中継地点・貯蔵地点としての活用を村に承諾してもらえるという前提で、専門家チームが最もコスト効率の良い物流ルートを導き出しました。

クーリエ

ご苦労。悪い知らせの方は?

学者

悪い知らせは……ルートの策定はほぼ完了し、コストと時間を考慮しても、概ね許容範囲に収まってはいるんですが……

計画を村それぞれに持ちかけたところ、同意した村もあれば、そうでない村もありました。

クーリエ

それは想定内だ。具体的にどの村か教えてくれ。

学者

こちらをご覧ください。

いくつかありますが、特に厳しいのはこの村です。

住民は外部の人間にあまり友好的ではなく、まだ話が通じる村長も他の住民に押されて引っ込みがつかなくなってるようです。

クーリエ

ん? この村は……

……今日はここまでにしよう。

シルバーアッシュ

諦めるのか?

クーリエ

いえ。

ひとまずトゥリクムに戻ります。

あそこには、村の人たちを説得するための鍵がありますから。


駅の職員

ヴァイスさん、つまり……その物流ルートを確立するために、村の人たちを説得する必要があるんですね。

そこで、父に向けて手紙を書いてほしいと。

クーリエ

はい。何と言っても、あなたの父君は村の賢者ですから。

もちろん、無理にとは言いませんが。

この計画のリスクとリターンについては、先ほどお伝えした通りです。

駅の職員

もちろん引き受けます!

もしあの時ヴァイスさんの推薦がなければ、私はイェラグに来てこれほど良い仕事に就くことはなかったでしょうから。

それに計画が実現すれば、イェラグの周辺にそんな物流ルートができるなんて。まったく夢のようなお話です!

では、今すぐ――

クーリエ

お待ちください。

駅の職員

はい?

クーリエ

最近はしばらくご実家に帰れていないでしょう。家の人に届けたい物があれば、用意しておいてください。私がついでに持っていきますので。

駅の職員

いえ、ですが……

クーリエ

遠慮しないでください。外の村はイェラグとの関係が希薄で、補給も滞りがちでしょう。

それに、父君の説得もいくらかしやすくなりますからね。

駅の職員

分かりました。ではお言葉に甘えて!

クーリエ

……

シルバーアッシュ

どうやら、トゥリクム駅の者と親しいようだな。

クーリエ

何と言っても、ここはイェラグ中の手紙や貨物の中継拠点になっていますから。

ここの雰囲気が気に入っています。

シルバーアッシュ

それでロドスの物流講座を履修しようと思ったのか?

クーリエ

はい。

私は野山を駆け回る感覚が好きなんです。

報告や手紙、荷物を届けた時の表情を見るのも好きです。

喜びや悲しみ、辛い表情であっても。

それが旦那様でも、他の誰かでも。

私の役割は、まだ子供だった旦那様が何気なく決められたことかもしれませんが――

私は、あの感覚を好きになってしまったんです。

人と人とを繋いでいく、あの感覚を。

それに……

最初は、旦那様が私やヤーカの兄貴に、カランド貿易の具体的な仕事をくれなかった理由がよく分かりませんでした。

でも時が経つにつれ、少しずつ分かってきたんです。

きっと旦那様は、私たちに自分の手で未来を選んでほしいとお考えなのだと。

シルバーアッシュ

私は自分をお前たちの主だと思ったことはない。

だからお前たちの未来は私が決めることではないのだ。

クーリエ

ですが旦那様は、自身の考えを進んで誰かに話したりはしません。

道中ずっと考えていたんです。旦那様は何のためにここまでついて来られたんだろうと。

私を引き止めたい、あるいは追い出したいなど。ですが、そんなことのためにわざわざ足を運ぶ価値があるとは思えません。

でも今なら、少し分かります。

シルバーアッシュ

聞かせてみろ。

クーリエ

今はまだ言えません。

そうだ、もしかしたらお忘れかもしれませんが――

今から行く村は、私たちが十数年前に訪れたことがあるんですよ。

シルバーアッシュ

ほう?

駅の職員

書き終わりました、ヴァイスさん!

それから、これが家族に届けてほしい荷物です。

すみません、少し量が多すぎたかもしれません。もし無理なようでしたら――

クーリエ

大丈夫です。こちらの方にお任せを。

シルバーアッシュ

……

駅の職員

えっと……ですが、この方は、あのエンシオディス様では……

クーリエ

いえ、今の彼はイェラグ探検隊の一員で、そして私はその隊長なんです。

シルバーアッシュ

……なるほど、思い出してきたぞ。

私に任せろ。

駅の職員

で、では……よろしくお願いします!

シルバーアッシュ

……重いな。


村の老人

君たち、何者かね!?

クーリエ

賢者エドワーズ様、私をお忘れですか?

私はイェラグ探検隊隊長のヴァイスですよ。こちらは探検隊の戦士マッターホルンです。

村の老人

おお、おお。そうじゃった、よく覚えておるぞ。

クーリエ

マッターホルン、あなたも賢者にご挨拶を。

マッターホルン?

お久しぶりです、賢者エーデルワイス様。

村の老人

うむ、うむ。

あの時は、君たちをどこから来た野蛮人かと思ったものだ。まさかイェラグからの使者だったとはのう。

うちのバカ息子のクリスは、イェラグで元気にやっておるかね?

マッターホルン?

賢者様、今回我々が来たのは、そのクリスさんの手紙を届けるためです。

それから……こちらの、彼が家族のためにと用意した届け物も。

村の老人

こ、これは……あいつが、これだけの届け物を……?

マッターホルン?

(小声)ふぅ……

クーリエ

(小声)旦那様、お疲れ様です。

マッターホルン?

(小声)構わん。

クーリエ

クリスさんはイェラグで元気に過ごしています。もうすぐ主任に昇進するそうですよ。

手紙をお読みになってください。私たちが今回ここへ来た理由も書かれていますので。

村の老人

……

事情は分かった。

中へ入りなさい。


クーリエ

そういうことでしたら、村の人たちの説得はお任せできますか?

村の老人

事は重大だからのう、皆と相談せねばならんのだ。

だが安心しなさい。クリスの手紙と君たちの保証があれば、彼らもきっと同意してくれるだろう。

クーリエ

私たちが表に立つ必要があれば、遠慮なく言ってください。

村の老人

うむ、分かった。

クーリエ

旦那様、思い出しましたか?

シルバーアッシュ

道中あれだけ長いこと荷物を持たされたのだ、思い出せぬはずがあるまい。

クーリエ

これも物流ルートの重要性を旦那様に実感していただくためです。

それに、私も半分持ったじゃないですか。

シルバーアッシュ

……あの日私は授業を終え、ふと外の様子を見に行きたくなった。

そこで、お前と共に山を下る輸送車にこっそり乗り込んだ。

クーリエ

あの時は本当に肝を冷やしました……

シルバーアッシュ

実は、最初はマッターホルンを連れて行くつもりだったのだ。

だがあいつはきっと反対し、引き止めるだろう。私はそう思ってお前を誘った。

クーリエ

なぜ私は引き留めないと思ったんですか?

シルバーアッシュ

お前は昔から、誰かが馬鹿な真似をするのを止めない性格だったからだ。たとえ私相手でもな。

それに、お前もずっと外へ出たがっていただろう。

クーリエ

ええ。でも山を下りて辺り一面が荒れ地だった時は、さすがに引き返すべきだと言いましたよ。

旦那様は聞く耳も持ちませんでしたけどね。

シルバーアッシュ

戻ったところで母上に叱られるだけだ。どうせなら、さらに先へ進めば面白いものが見られるかもしれんだろう?

クーリエ

出発前に私がキッチンから非常食をこっそり持ち出してなければ、半日も歩かない内に二人とも空腹で倒れるところでした。

あの時は心の中で散々文句を言いました。

シルバーアッシュ

命を救った恩を忘れたことはない、と言っていたはずだが。

クーリエ

でも、さすがに荒野で飢え死にしたい人なんていませんよ。

シルバーアッシュ

ああ、それは私も御免だ。

だから非常食が尽きた時には、さすがに私も後悔していた。

クーリエ

この村が見つかったのは幸運でした。当時、まだ白髪じゃなかった エドワーズさんが家の前で雪かきをしていましたね。

野蛮人扱いされて追い出されそうだったこと、覚えていますか?

シルバーアッシュ

ああ。

彼を落ち着かせるため、お前は咄嗟に自分たちはイェラグ探検隊だと名乗り、自分が隊長だと言い張った。

彼はお前の話を本気で信じ、私たちを家の中に招き入れてホットミルクを振舞ってくれたな。

お前は何を考えて探検隊などと言ったんだ?

クーリエ

大旦那様からシルバーアッシュ家を狙う者がいると聞かされていたので、家の名前を軽々しく口にしてはいけないと思っていました。

隊長だと名乗ったのも同じ理由です。リーダーは自然と目を付けられやすいですから。

当時は我ながら名案だと思っていたんですが……今思えば、まったく幼稚でしたね。

シルバーアッシュ

気にするな。私も最高のアイデアだと思っていた。

でなければ、探検隊で最も勇敢な戦士などと自称することもなかっただろう。

クーリエ

……

なぜかクーリエはしばし黙り込んだ。

そうして、イェラグの方向へと目を向ける。

クーリエ

帰った後、私たちは大奥様から罰を受け、邸内での食事を禁じられました。

シルバーアッシュ

あれは母から受けた罰の中で最も過酷だったかもしれんな。

いまだに忘れられんな。母が泣きながら放った言葉を……

「そんなに寒いところを走り回りたいなら、今度から外でご飯を食べなさい」と。

クーリエ

ええ、そうでした。

その結果、最初の日はエンヤお嬢様が、次の日はエンシアお嬢様がご飯を届けてくれましたね。

三日目なんて、大旦那様が私たちと一緒に外でご飯を食べてくれました。

最後は、大奥様も仕方なく中に入れてくれました。

シルバーアッシュ

母はお前のことも実の息子のように扱っていた。私がお前を実の弟として扱っていたようにな。

クーリエ

ええ、分かっています。

それにあなたがここまで来た理由も、今はっきりと分かりました。

シルバーアッシュ

聞こう。

クーリエ

私がどこに行っても、シルバーアッシュ家の絆を忘れたりしないということを伝えるため。

そして私が心に抱いている答えを、直接聞くためです。

シルバーアッシュ

ではその答えを聞かせてくれ。

クーリエ

私の答えは――

あの企画書は自惚れなんかじゃありません。

あれは私にしかできないことです。

ですから……

旦那様、どうかイェラグから離れることをお許しください。


企業登記所――

クーリエは複数の書類を強く握りしめ、ごくりと唾を飲む。

シルバーアッシュ

今のお前は、カスター家の門を叩くか否かと逡巡していた頃の私のようだ。

クーリエ

旦那様も不安だったのですか?

シルバーアッシュ

不安? いや、期待だ。扉の向こうにはどれほど面白いことが待っているのかというな。

クーリエ

……

私はこれまで大胆なことを何度もしてきましたし、それ以外でも旦那様の力になる手段はたくさん持っています。

ですがイェラグを離れることだけは、決してしないだろうと思っていました。

シルバーアッシュ

なぜだ?

クーリエ

かつては、忠誠心からだろうと考えていました。

シルバーアッシュ

ああ、皆がこぞって言う。ヴァイスやマッターホルンのような忠実な部下を持っていて、私は幸運だと。

だが奴らは知らぬ。忠誠心だけの愚直な部下など、私には必要ないことを。そんな理由でお前たちを重用しているわけではない。

お前は私と考え方が似ている。そして幸い、私たちはまだ同じ道を歩いている。そうだろう?

クーリエ

……確かにそうかもしれません。

シルバーアッシュ

私の知るヴァイスは、ただの温厚な者ではない。

すべてを見届け、すべてを心に留める。自分の意思を持っていないと言う者もいるが、お前がとうに答えにたどり着いていることを知る由もない。

クーリエ

旦那様は、私の答えを分かっていたのですか?

シルバーアッシュ

そうではない。だが今回も、私たちの考えていることはそう異なっていないはずだ。

クーリエ

旦那様もお分かりのはずです。この件において、私が唯一の適任者であると。

私はただ、この一歩を踏み出すべきかどうかを決められなかったんです。

旦那様がわざわざ苦労して私と一緒に来てくださったのは、ただこう伝えるためだったんですね――

分かっている、そして決して忘れないと。

そう言って、私を見送るために。

シルバーアッシュ

私は待っていたのだ。雪山で最も俊敏なイトラが、勇気を奮い起こして雪山を下り、広い大地へと足を踏み出す日をな。

クーリエ

忠実な部下をひとり失うことになりますよ。

シルバーアッシュ

そうすればまた新たな友人を、魅力ある盟友を、そして争うに足る相手を得るだろう。

クーリエ

……

「旦那様」……そうお呼びするのは、これが最後になるでしょう。私はあなたの元を、シルバーアッシュ家を離れます。

そして、新たな物流会社を設立します。

会社の所在地はイェラグにはなりません。フェンツ運輸と提携し、イェラグ周辺の「空白地帯」の物流ルート開発を行います。

将来的には物流に限らず、「空白地帯」の村の発展、さらにイェラグ外縁部のインフラ改善に取り組むつもりです。

もしかすると、いつかイェラグの外部に移動都市を建設することになるかもしれませんよ。

シルバーアッシュ

その会社はカランド貿易の友人となるのか? それとも敵となるのか。

クーリエ

少なくともイェラグの友人であることは保証できます。ですが、商売に絶対の味方も敵もありません。これはあなたが教えてくれたことです。

シルバーアッシュ

提携するようバイソンを説得できるか?

クーリエ

提携の価値あるパートナーと、ただ言いなりになるだけの者。彼であれば、どちらを選ぶべきか理解していただけるかと。

シルバーアッシュ

イェラグの外では、私の名は通用せんぞ。

クーリエ

旦那様の元で長年学び、ロドスでも多くを学びました。私は、それが十分通用すると信じています。

シルバーアッシュ

……

……また一人追い出したと、エンシアから文句を言われそうだな。

クーリエ

それは旦那様の自業自得です。もちろんシルバーアッシュの屋敷は私の実家ですから、私がたまに帰っても文句を言われることはないでしょう。

シルバーアッシュ

ではその会社、イェラグの未来における新たな友の名は、もう決めてあるのか?

クーリエ

ええ――「クーリエ物流」です。