遠大な理想 幕間
遠大な理想
クルビア東部の荒野
焦らなくていい。通信基地局に着くまで、通信機は使えない。普通の現象だ。
通信機が壊れたわけじゃない、いくら弄っても電波はしばらく拾えない。
はい……分かりました。
ロドスに入ってからは、あまり外勤任務に参加してこなかったようだな。
はい。恥ずかしながらフィールドでの経験が不足していますので、今後は鋭意努力して学ぶ所存です。
あなたはたしかラテラーノの……守人だったか?
護衛隊の隊員です。ラテラーノの街を守るのも、確かに私の職務の一つです。
あっ、でした、と言うべきですね。今はもうロドスのオペレーターですから。
実に護衛隊らしい姿勢だ。甲板で見張りをしているところをよく見かける。あなたのことを皆は「見張りのラテラーノ人」と呼ぶ。
その警戒心は評価したい。ロドス艦内においても、危機が潜んでいる可能性は常々ある。
それに、他者から役職名で呼ばれるのも、ある種光栄なことだ。
以前は確かにそう思うこともありました……といっても、それほど前ではありませんが。今はプリュムと呼ばれる方が好きです。
……ですが、皆さんとどのように関われば良いのか、まだ分かりません。私はロドスに来てから、決まったチームに配属されたこともなければ、入隊パーティといったこともありませんでしたので……
ここでの仕事は、ラテラーノにいた頃と違いがありすぎて、どうにもまだ慣れません。
そうか。
――危ない!
付近に射撃兵、一人じゃない。
匪賊でしょうか?
ロドスが狙いか、あるいは荒野へ逐われた強盗なのか。
……この矢尻をみろ。規格品の武器だ。今回の輸送隊護衛任務は、とうに目を付けられていたかもしれない。
この辺りは身を隠せる場所が少ない。射手が潜伏できるスポットも限られてくるが、そのぶん私がクロスボウをセットしている間を狙われるリスクが高い。
私がお守りします。ラテラーノでよく射手の隊員と連携する訓練をしていました。
接近してくる襲撃者は、私が倒します。
分かった、気を付けろ。
この距離で交戦する限り、クロスボウの性能には自信がある。
(高速で移動しつつ、敵の射撃を避ける。)
(敵の注意を引き、ファイヤーウォッチさんが潜んでいる場所から引き離す。)
うっ!
(問題ない。あいつらの武器のリーチはハルバードに劣る。被撃の衝撃も、十分に耐えられる。)
(ここで距離を取って、敵の射手に仲間を誤射する恐れがないと安心させてから――)
(敵兵が射撃を試みれば、ファイヤーウォッチさんは敵の位置を確認でき、反撃に出られる。)
!?
(私に向かわずに、ファイヤーウォッチさんが潜伏している場所に向かって撃った?)
ふぅ……はぁ……
(思ったより早く……体力を消耗している。)
(くっ、まだまだ! ファイヤーウォッチさんが動けるように援護を――)
(――いや)
(ここまで、私は訓練で教わった通りに動いている。)
(私でさえ思いつくことなら、相手も思いつくはずだ。)
クルビアにおける同業他社によるロドスへの干渉疑惑に関して議論する前に、今回の外勤任務に参加しているオペレーター、プリュムについて少し話があるわ。
さっき記録を見たのだけれど、最近、オペレーター・プリュムは外勤に出る頻度が高すぎると思うの……実際、スケジュールは一ヶ月先までぎっしりよ。
ドクターに報告するべきだと思うわ。オペレーター・プリュムが参加できる任務の危険度は概して低いけれど、疲れは溜まるものよ。
もし今回の護衛任務で傭兵が襲ってきたら、かなり危険な状況に陥るかもしれないわ。
正直言って、誰も気づかなかったのよ、ええ。彼女が一度にこれほどたくさんの任務を申請してたなんてね。
あまり外勤に出たがらない子、ってイメージだったわ。
前に行動予備隊A6の子たちと一緒に、感染者の救助作戦に当たったことがあったの。確かそれが彼女の初めての外勤だったから、私は隊長として注意するように言われたわ。
まっ、そうだな。みんなからしちゃ顔は知ってるが、コードネームは知らねぇってのがほとんどだろう。毎日デッキで見張り番をしてるラテラーノ人としか知らねぇんだ。
それも仕方ねぇだろうよ、あいつが任務に参加してこなかったんだから。
プリュムさんと話してみたことはあるのだけれど、その時の印象は……少し冷たい感じの方、でしたわ。
ある夜、彼女が夜空を見上げてボーッとしていたから、星占いでもしてみないって聞いたの。私の星占いの技術はドクターのお墨付きですもの。
ところが星占いが何なのかも全然知らなかったみたいで、私の説明は最後までお行儀よく聞いていたのだけど、興味あるそぶりは何一つ見せなかったわ。
はぁ。実のところ、かなりショックよ……
あー、星占いを教えたのはお前か。どうりで、なんか変だったんだよな。
あいつ、おとといバックファイヤーの付き添いで医療部に来たんだけどよ、なーんか「位相」やら「天頂」やらブツブツ言ってて、もう少しで治療するとこだったぜ。
えーと、耳には入ったけど重点を取り違えたようね……それでも、単語だけでも覚えていてくれて、嬉しいわ。
ガヴィル先生、A6の子たちは医療部へ定期検査に行くのを怖がっているの。あなたが、普段からもう少し優しくしてくれたら……
無理に決まってんだろ! 医者を怖がるのはそいつらの気持ちの問題だ。
ところで前回の外勤任務だけど、行動予備隊A6のオペレーターたちとプリュムさんは上手く協力できたのかしら?
ええ。プリュムは優秀な素養を持った戦闘員よ。ほんと、誰かさんたちも彼女みたいに聞き分けが良かったらいいのに……
任務から帰っても、カタパルトやポプカルに作戦報告書の書き方をすごく熱心に教えていたわ。
でも彼女、反省会を開くまで、全く自分の意見を言わなかったの。作戦中に直接行動で示してくれれば、もっと楽に任務を達成できたかもしれないのに……
きっとA6の子たちが頼りないから、作戦の途中で計画変更を提案できなかったのね。
真面目すぎんだよなぁ。アタシらは別に軍隊じゃねぇんだし、臨機応変が強みだろ、臨機応変が。
そういえば人事のほうから聞いたのだけど、ガヴィル先生はかつて部族のリーダーで、集団を指揮して……喧嘩をするのに長けていたそうね?
へっ、人事部のやつらとずいぶん仲が良いみてぇじゃねぇか!
アタシの昔のこたぁ、話せば長くなんぞ……
ふぅ……
(もう一度ダッシュして、ファイヤーウォッチさんのいる方へ後退しよう。)
ふっ、掛ったな。
射手は倒した。プリュム、相手と距離を取れ。
はっ!
……襲撃者の処理、完了しました。
やるじゃないか。
襲撃者を引き離すのではなく、私の潜伏地点へ引き寄せる。
それにより敵をミスリードし、私が別の場所に隠れていると思い込ませた。
射手同士がこのようなひらけた荒野で交戦する場合、ひとたび位置を相手に悟られ、その際に意識を誤った方向へ向けていると……負けが決定する。
あなたの戦場での機転、非常に勇敢かつ賢明だったぞ。
えっ、ありがとうございます……独断で行動したことについて謝罪するつもりでした。
あのような戦術はあなたを危険に晒すことになりますし、作戦前に話し合ってもいませんでしたので。
援護者として、自身の職責と相反した行動をとっていました……
いや、あの瞬間、あなたは私の能力なら小さな賭けに出ても問題ないと信頼してくれたのだろ? 嬉しかった。
はい。以前、ロドスの先輩からそのようにと指導を受けました。
もっと自分の仲間と……自分の判断を信じなさい、と。
私は――
どうした――ケガをしたのか?
いいえ……問題ありません。恐らく体力を消費し過ぎただけです。
先にビークルに戻って休め。その後、可及的速やかに経路上のセーフハウスへ向かい、ロドス本艦と連絡を取って襲撃者の件を報告する。
手を貸してやる。その武器は重すぎるだろう。
ふぅ……ありがとうございます……
ですが、このハルバードが負担になっているわけではありません。昔からずっと訓練を受けてきたので、思い通りに使いこなせます。
あなたの動きに、学校でやっていた訓練の跡が見て取れる。
襲撃に素早く応じ、行動決定にも迷いがない。二人の射手に挟まれながらも、隠れる場所を的確に見つけ、自由に進退できていた。
だが、ハルバードの使い手に対し、武器のパワーを捨ててスピードに頼れと教える学校はないはず。
はい。確かに、私は護衛隊の訓練教則に従っていません。
実は隊の先輩からアドバイスを受け、長所を伸ばして短所をカバーすることにしたのです。それで、このような小賢しい戦法を編み出し、どうにか授業では及第点を得られました。
良い選択だ。
しかしハルバードをやめて、別の武器へ切り替えようとは思わないのか?
護衛隊では、ほとんどの人がハルバードを用いますので。
……ああ。もちろん、手放さないのもあなたの自由だ。
すでに自分の戦い方を確立しているのなら、このまま続けても問題ないだろう。
少しは落ち着いたか?
食塩水を飲んだので、だいぶ良くなりました。
先程は少々ミスがあり、体力を消耗しすぎました。戦闘序盤のペースが悪かったのだと思います。
不適切な発言かもしれないが、私のよく知るもので例えるならば――あなたはまるで昼夜を分かたず追われている獲物のように見える。最近よく休めているのか?
え? 特には問題ありませんが。
実際、このところ毎日外勤任務に参加できているおかげで、とても充実しています。
毎日?
はい。実はロドスに来たばかりの頃、何をするべきか分からなかったのです。でも最近になって、積極的に任務を申請するべきだと気付きました。
……その気持ちは分からなくもない。
だが頻繁に外勤任務に出るのは不適切だ。休みは必要だし、あなたの武器もメンテナンスが要る。
ロドスに来てから、エンジニア部へ行ったことはあるか?
いいえ、ありませんが……武器の状態は良好に保ててますから、特に必要ないかと。
ロドスの職人が、ラテラーノの武器に詳しくないかもしれないと心配してるのか? 修理工房には何人もの腕利きの工匠がいて、銃でさえ容易に修理できるぞ。
武器の改良案も提供している。そのハルバードももっと手に馴染むようにしてくれるかもしれない。
分かりました、覚えておきます。
ロドスでの任務が護衛隊と異なる以上、このハルバードも確かに改善が必要だと思います。
そろそろ行こう。もう夕刻だ、日が沈む前にセーフハウスに到着しなくては。
以上が今回の外勤任務の全過程になる。最初の襲撃を退けた後は、危険には遭遇しなかった。
襲撃者は明らかに雇われ者だった。奴らが持っていたクロスボウの矢を回収したものの、それだけでは裏にいる雇い主の正体は分からないだろう。
矢と報告書はここに置いておく、ドクター。他に何もなければ、これで失礼する。
では、私も――
プリュム、ちょっといいかな。
人事部のオペレーターから話があるそうだ。
かしこまりました。私のコードネーム……覚えていただけて、大変光栄です、ドクター。
あなたからかねてより提出していたドクター専属の護衛を希望する申請書ですが、ドクターご自身が入念にチェックしてくださいました。
残念ながら、ロドス艦内においては、ドクターはそのような護衛を必要としておりません。
あ、それは以前、私が……
その……ドクターと人事部の皆さんにはお手数をおかけしました。申し訳ありません、私の能力が基準に達しておらず……
コホン、そんなに畏まらなくてもいいのですよ、プリュムさん。
良い知らせもあります。あなたの最近の外勤任務での成果が認められました。そして、ドクターが離艦しての活動中は、護衛を必要とすることもあります。
え、つまり、私は採用されたのですか?
ええ、そうなります。
ですが、他のオペレーターから、最近あなたが尋常でない数の外勤任務を申請しているとの報告を受けました。人事部としては、その件についてお話を伺わなければなりません。
過去のことについて固く黙秘していますが、あなたはラテラーノのオペレーターたちの付き添いという形で来たのですから……
私は彼女たちが経験したことをはっきりとは知りませんし、聞くべきでないと思っています。
いえね、私が言いたいのは、ロドスに来る前のあなたの境遇については、あの二人から多少は伺っている、ということです。
ええと、彼女たちの言葉をそのまま伝えると、あなたが「毎日茫然自失としているのが可哀想」だったから、あなたも連れてラテラーノを離れたということでした。
あなたが今もラテラーノの栄光を重んじていながら、ラテラーノの護衛隊から除名された事実を考慮して、いま外勤任務を多数申請している動機を確認したいのです。
あなたは当時の選択を後悔していますか?
いいえ、後悔していません……少なくとも、今はもう後悔していません。
今は自分の判断を信じられるようになりました。生死にかかる選択を前にしたとき、規則は後回しにされるべき、と。
それに、ロドスへ来てから知ったのです。鉱石病患者は街を歩くだけで人を感染させることはないし、ただ死を待つだけでもないのだと。
バックファイヤーさんがまだ元気で、訓練にも参加できて、昔みたいに生き生きと総隊長に向かってスピーチをしている姿を見て……とても嬉しく思っています。
ただ、もうラテラーノの護衛隊に戻れないことも分かっています。ロドスとラテラーノは全く違う場所なのですから、私も変わらなくてはなりません。
……それに、ロドスの皆さんが話していることにはとても興味があります。その内容を完全に理解するのはまだ難しいですが。
私の経験上、外勤任務に参加して仲間との交流を深めれば、ゆくゆくは皆さんと打ち解けることができるはずです。
そうでしたら、さまざまな趣味の会を作っているオペレーターもいますよ。例えばパインコーンたちの木工手芸サークルや、ヴィグナのバンドのような……
ヴィグナのバンドといえば、今ちょうどベースのメンバーを募集しているんじゃなかったかしら?
はい……ご紹介ありがとうございます、考えてみます。
そういえば、ファイヤーウォッチさんから「ヴィータフィールド」というブランドをお勧めされました。ロドスと商業提携をしていると聞いたのですが、教えていただけますか?
あら、プリュムさん……
えっと、分かりました。ドクターがそうおっしゃるなら、詳しい同僚のところへ案内しましょう。