新たな始まり 幕間
新たな始まり
ごめん、エデルソン。食堂に行くのが遅かったから、ほとんど料理が残ってなかったの。朝ごはんは、とりあえずこれで我慢してね。
気にしないで、ミナお姉ちゃん。
それよりも、俺の履歴書、人事部に届けてくれた? エンジニア部はなんて言ってたの? 俺、もうすぐミナお姉ちゃんと一緒に働けるのかな?
実は……
なんでそんな顔するの……?
も、もしかして、ダメだった?
……
ねえ、ちゃんと俺が同郷の人だってエンジニア部の人に説明してくれた? わざわざミナお姉ちゃんを頼りにロドスに来たんだよ! 経歴もちゃんとしてるし、俺は素性の知れない奴なんかじゃない!
子供の時から親父と工事現場に出入りしてたんだ。レンガを積むのも、鉄筋の組み立ても、測量も、高所での作業も……とにかくなんでもできるんだ! 試用期間中は無給でもいいからさあ……
エデルソン、あと何日かしたら、一緒にクルビアに帰ろ。
え……一緒に?
うん。ぐす……私もね、クビになっちゃった。
……
……
そういうわけで……パインコーンはロドスを離れなきゃならない。
いつ?
準備ができ次第、すぐにだ。
どうしても?
どうしてもだ。
――!
うぅ……
で、でも、どうしてミナお姉ちゃんをクビにするの?
ミナお姉ちゃんのお父さんが毎回届いた手紙を見せてくれるんだけど、いつもロドスのような良い会社に出会えるとは思わなかったって書いてたよね? 福利厚生も給料もいいし、人も優しいって……
それでも、ロドスは「会社」なんだよ。
会社である以上、人員が必要な時もあれば、いらなくなる時もあるよ……私たちもクルビアで、同じようなことをたくさん見てきたでしょ。
(涙を拭う)よし、それじゃあ私は仕事に行くから、ちゃんと朝ご飯食べるんだよ。ブリッジの点検スケジュールが詰まってるから、今日は結構忙しいんだ。
ミナお姉ちゃん……クビにされたのに、よく平気な顔で働けるね……
だって、ロドスは今まですごく良くしてくれたから。
それに、私に任された仕事である以上、きっちり成し遂げないと。
カフカさんにもちゃんと話を聞きたいし……
カフカさん!
あれ、ミナ?
目ぇ、真っ赤だよ? 寝不足とか? ほら元気出して……あっ、カフカはアシッドドロップに用があるんだった。それじゃ、もう行くね~。
あ、あの……
どうしたの?
私に何か話すことはないですか?
えっと、ミナ、そのことは後ででもいい? ちょっと時間がほしいというか……
私なら平気ですから――
あ……
パインコーン、そんなとこに突っ立ってないで、作業始めるぞ。
い、今行きます。
……ネイルガンしか持ってきてないみたいだけど、また工具箱を宿舎に忘れたのか?
あ、ごめんなさい。私……
部屋を出る時にぼうっとしちゃって。
これで何回目だっけ?
先週は予備の電池を訓練場の工事エリアに忘れてたよな。訓練場が閉まる直前に思い出して、全速力で艦内をダッシュする君の姿を色んな人が見かけたっけ……
全部きっちり覚えてるからな!
(きっとそのせいだ……)
(いつもうっかりしている人なんて、嫌われるに決まってるよね……)
とりあえず俺の工具箱を使ってくれ。
それで今日の作業だけど、パインコーンが左側のエリアで、俺が右側のエリア担当だ。今日中にブリッジの点検を終わらせるぞ。
どうしてそんなに急いでるんですか?
これから、中層甲板、下層甲板、それと艦内に搭載されている天災警報システムと採掘モジュールといった重要エリアの点検も控えてるんだ。全艦解体に可能な限り備えないと。
ぜ、全艦解体?
つまり、この陸上艦を丸ごと……
だから最近、みんな忙しそうにしてたんだ……
ん? どうしたんだ?
先輩、私、ちゃんとわかってますから。
小さい時、お父さんが言ってたんです。クルビアでは毎日新しい会社と建設隊がたくさん生まれているけど、全体の数はあまり変わらないのだと……
当時は理解できなかったけど、大きくなって、自分で色んな建設隊を転々とし、様々なことを見ていくうちにわかったんです。
この無情な大地では、会社も人と同じように脆い存在なんだと。
なんか勘違いしてるような……まあいいや、どうせうまく説明できないし。とにかく、エンジニア部が通達を受けたのも最近なんだ。しっかり最後の仕事を終わらせるぞ、パインコーン。
それと、今日の仕事が終わったら、エンジニア部で任務日誌の確認をするのを忘れるなよ。
……
こんなにいい会社なのに……だから従業員を解雇するんだ……
でも、私に何ができるっていうの……
お疲れ様です。ブリッジの点検が完了しましたので、報告と直近の任務日誌の確認に来ました。
あ、パインコーンさん。すみません、この仕事が終わるまで、少し待っていただけますか?
……はい。
これで全部ですか?
ああ。
確認しますね……
酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局の審査証、それとロドスがライン生命などの企業と医薬品やエネルギー領域の業務の際に交わした契約記録も全部揃っていますね。
この一番分厚い書類はレム・ビリトン関係ですね……ロドスは今までエンジニア部やオペレーター個人の名義を使って、レム・ビリトンでかなりの回数の高難度採掘に携わってきましたから。
こっちはヴィクトリア……それとリターニア……カジミエーシュ……
艦全体の点検と解体なんて、今がエンジニア部史上で一番忙しい時期かもしれないのに、俺たちは他の奴を手伝いに行かずに古い書類を整理してて本当にいいのか?
書類整理も同じくらい大切なお仕事ですよ。
それはそうかもしれないが……
本艦の解体が終わると、今度は各地のロドス事務所が忙しくなる番です。
この古い書類は、今までロドスがどこに行ったのか、何をしたのかの思い出を振り返るためだけのものじゃないんです。
これは他人に読ませ、自分たちで読むものです……ここにある書類は、ロドスに何ができるのかを、万人に証明するためのものなのですよ。
……それもそうだな。
……
あ、パインコーン、任務日誌はもう確認したよ。特に問題はなかった。
ありがとうございます。
その、ひとつ……お願いしたいことがあるのですが。
どうしたんだ?
私がロドスに入ってから、今まで携わった任務の記録がほしいんです。
ミナお姉ちゃん、やっと帰ってきた。
うん、お待たせ。
クビになった理由、ちゃんと聞けた?
ううん。
ちょっと事情があって、うーん、うまく説明できないんだけど……
それじゃあ、俺たちはどうすればいいんだよ?
……
俺、ずっとミナお姉ちゃんのことを尊敬してたんだ。
お父さんが事故にあって、家中てんやわんやしてたのに、それでもお姉ちゃんは乗り越えてきた。マンスフィールドに行って、サイモン家の坊ちゃんを助けたって話も聞いたよ……
そのあと、故郷を離れなきゃいけないことになっても、こんな遠く離れた場所で立派な仕事を見つけられたんだ。なのに、結局はクルビアに帰っちゃうの?
開拓計画のせいで、俺たちの町は都市からもっと離れた場所に追いやられて、食いぶちを探すのも大変になったんだよ。それに、お姉ちゃんのお父さんとサイモンの坊ちゃんの件もあるから、その……
今まで仕事をしたことがある親方と経営者から、何かと難癖をつけられるかもね。
……それくらい、わかってるよ。
まさか本当に工事現場を一つひとつ回って、みんなに頭を下げて回ろうとでも思ってるの?
……
ミナお姉ちゃん、聞いてる?
うん……
ねえ、それ何? 帰ってきてからずっと見てるけど……
ロドスで私が携わったすべての任務の記録だよ。
任務数:1372
事故率:0.7%
基準超え完工率:42%
……
三年と九ヶ月……
そっか。いつの間にか、こんなに時間が経ってたんだね……
私、こんなにもたくさんのことをやってきたんだ……
大丈夫だよ、エデルソン。
え、どういうこと?
たしかに私たちはクルビアに帰ることになるかもしれないし、クルビアは何も変わっていないのかもしれない。でも、エデルソンが心配してるようなことは起きない……私が起こさせないようにする。
でも、その前に会いに行かなきゃいけない人がいるの。
あたた……あ、ミナいたー! ちょうど宿舎に探しに行くとこだったよ!
カフカさん、私もカフカさんを探していたんです。
聞いてください。/あのね。
カフカさん、私を心配してくれているから、どう切り出せばいいか分からないんですよね。/ミナ、たしかに気まずくて、どう言えばいいのかわからなかったんだけど。
実はもう全部知ってるんです。会社が人員を削減する場面は、今までもたくさん見てきました。/アシッドドロップに教えてもらうまで、まさかスケボーがあんなに楽しいなんて知らなかったんだ。
デカブツさんに紹介されてここに来た時は、ただ安定した仕事がほしかっただけでした。/ストリート育ちにとってスケボーは、警察のクロスボウとか、サラリーマンのコーヒーみたいなものだよ。
最初はただの雑用係として、エンジニア部の先輩たちを手伝うことしかできませんでした……/数日後に全テラのスケボー選手が一位を争う大会があるって、アシッドドロップから聞いたんだ。
私にとって、ロドスは素晴らしい会社であり家でもありました。ここに来て、私は大きく変わることができました。/この大会は、間違いなくカフカみたいな初心者の一生を変えちゃうだろうね。
三年経った今でも、工具箱を忘れてしまうことがありますが……/でも、エンジニア部がカフカたちに任せた任務も、たしかに緊急なんだよ。
でも私の肩書きは何度も変わりましたし、一人で色んな仕事も任せてもらえるようになりました。/今後の状況に対応できるように、カフカたちは一刻も早くクルビアのロドス事務所に行って……
カフカさん、私はもうとっくに大人で、一人前の職人なんです!/ロドスが現地で建設隊を設立するのに協力しないと。
大人は家を離れることを恐れたりしません。一人前の職人は、荒野で道を切り拓くのを恐れたりしません。/それで色々考えたんだけど、これしかなくて。ミナ、いったん一人で向かってくれない?
だから私、クルビアに戻って自分の建設隊を設立しようと決めました!/どんなに遅くても一週間でカフカも合流するから!
そうすれば、もしかしたら、いつかロドスを助けられるかもしれません!/だから最初の何日かは、ミナがロドスのエンジニア部の代表をして!
私ならきっとできます!/ミナならきっとできる!
……
事務所……建設隊……え?
待って、ミナ。何か勘違いしてない?
朝、中層甲板の廊下で、カフカさんがエンジニア部の先輩と話していたのを聞いたんですけど……
……
前に話した通り、今後ロドスは各地の事務所での作業を推し進めていくつもりだ。クルビア出身のお前たちなら、あそこの開拓ブームについても詳しいだろ? 長期の外勤任務だとでも思って……
はいはい、わかったよ。
そういうわけで、お前とパインコーンはロドスを離れなきゃならない。
いつ?
早ければ早いほど。
どうしても?
どうしてもだ。
……
スケボー大会のこと、気持ちはわかるよ。俺もパラグライダーが趣味だからな。それに、パインコーンなら一人でも初期の作業をこなせると思うが……
こうしよう。アシッドドロップとスケボーで勝負をして、三点取れたら大会に出るのを認めてやる。
それと……
カフカが自分でパインコーンを説得すること、でしょ?
……
……
それで、アシッドドロップさんから三点取れたんですか?
なんと、四点取ったんだ!
本当にごめんね、ミナ。こんな誤解のせいでいっぱい悩ませちゃって……
だ、大丈夫です。それに、悩んでもいなかったし……
私が鈍感だからでしょうか。ロドスに来て四年目なのに、たまにお父さんに手紙を書く時以外、今の自分がどう変わったのか、あまり考えたことがありませんでした……
ヘルメット、ネイルガン、工具箱、ふわふわのまくら……作業に取り掛かって、ごはんを食べて、寝て、お給料をもらって、たまにみんなで甲板で歌って……毎日は何も変わっていません。
でも、実際には……とっくに変わっていたんです……あ、いい意味で、ですよ。
そう言えば知り合ってから、ミナがあんなに一気にたくさん喋るところ、初めて見たかも。
え、そ、そうですか?
うん……ま、どうでもいいけど。
カフカさん、今日のこと、何が何だか上手く言えないんですけど。でも結局……どちらにせよ結果は同じだったような?
私、エデルソンを連れてクルビアの事務所に行きます。そのあとは、お父さんに会いに故郷の町に立ち寄ってみようと思います……もしかしたら、そこで建設隊の人材も見つかるかもしれません。
エンジニア部の先輩に伝えてきていいですよ。私をちゃんと説得できたって。
……説得されたのはカフカのほうだよ、ミナ。