命の芽吹き 幕間
命の芽吹き
おなかすいた……
あれ……なんかすげぇいい匂いがする!
なぁ、例の噂は聞いたか?
何って……ドルイドのお宝の噂だよ! もうそこら中この話題で持ちきりなんだぜ!
知らねぇ。興味ない。どーでもいい。
もし本当にそんなお宝があったとしても、どうせお偉いさんの総取りだろ。俺たちみてーな底辺にゃ回ってこねぇよ。
そんな横暴許されてたまるかよ。
ハッ、こんなザマになっちまったのも当然の報いだってのか?
まぁ、その話はひとまず置いといてだ……
お前の商品がさらわれそうになってるぜ。
(お宝……兄ちゃんも探してるとか言ってたっけ?)
(それよりも、店主の気が逸れている今のうちに……)
(あちちッ!)
コラァ!
俺のもんを盗るとはいい度胸だな!
クソッ! 喰らえっ!
*ヴィクトリアスラング*! 屋台まで滅茶苦茶にしやがって!
待てコラァ!
傷の具合はどうだ?
もう大丈夫。
ドクターからの連絡はまだ届いていないの?
ああ。ロンディニウムに入ってから連絡が途絶えてる。あらゆる通信手段を試したが、今のところコンタクトは取れてない。
そっちの状況は?
情報はもう流してあるよ。
その情報をどれだけの人間が信じるかはともかく、少なくとも公爵側は、私たちが調査を名目に公爵領北部の辺境に駐留することを黙認してくれている。
必要とあらば、いつでもドクターたちを迎えられる状態だよ。
そうか……ならいい。
まずはこの情報を本艦の方に知らせておこう。
ドクターたちならきっと無事だから。
そうだな。
それと、あの難民キャンプにいる子供たちは……
みんなここに連れてきてあげよう。
ここの方が……ずっと安全だから。
おっと、スージーさんが来たようだ。
そんじゃ、俺はお先に失礼させてもらうよ。
スージーちゃん、しっかり休んどきなさいって言わなかった?
こっちの仕事なら……
私だけでどうにかなるから、別に手伝いはいらないよ。
……
不満そうな顔してどうしたの?
ここの通り、それに街そのものも……すごく変わりましたね。
こんなにたくさんの警備隊が街中を歩いてるところなんて、初めて見ましたし……
みんなどこか緊張した面持ちで、忙しそうに行き来してます。
……
ロンディニウムが今どういう状況になっているのか、誰にも分からないからね……みんな落ち着かないんだよ。
あそこから逃げてきた人たちも増えてるけど、聞ける話は断片的なものや矛盾するような情報ばかり……
それがかえって恐怖とデマの原因になっちゃってるんだよね。
クー姉、そうやって誤魔化さなくても……なにが起こったかくらい私も知ってます。
皆さんが忙しいのも知ってます……だから私も何か力になりたいんです。
グラニさんにしたって、最初は難民キャンプやクー姉の状況を全然教えてくれなかったんですよ。
私を心配してのことだって……わかっていますけど、でも……
スージーちゃんは優しい子だからね。
へ?
……ほら、この葉っぱ――虫食いの痕とか、日灼けの痕が残ってるでしょう?
今起こってることも、いつかは全部誰かの手で片付けられる。
その「誰か」は私かもしれないし、グラニとか、他の人たちかもしれない。
その結末がハッピーエンドかバッドエンドかはわからないけど――
時が経てば、ほとんどの人たちは、きっとここで起こったすべてのことを忘れてしまうでしょうね。
でも、その渦中にいた当事者たちは忘れられないんだ。この葉っぱに付いた痕みたいに、永遠にその身に刻まれるんだよ。
だからね……
でも、私はもう子供じゃありません!
クー姉!
……
見てください。これ、私が焼いたパンなんですよ。ロドスで作り方を学んだんです。
私たちのおやつは、これまでずっとクー姉が作ってくれていましたよね……
だから私も……こういう小さなことからでも、クー姉のお手伝いができたらいいなって――
皆さんの力になれたらいいなって思ってるんです。
うん、スージーちゃんの想いは伝わってるよ。
それでもね、心配しちゃうんだよ。
え?
私たちの大事なスージーちゃんのことも、グラニのことも、それからあの子供たちのことも……いつだって気がかりなんだ。
難民キャンプに響くのはいつも、苦しげな悲鳴と、絶望の嘆きと、欲望に満ちた怒号だけ。
私はこれまで、まだ死にたくないと願う人たちや、心に未練を抱いている人たちに突き動かされて、人々の間に蔓延る病の影を払おうと全力を尽くしてきた。
もちろん、命の終わりをすんなりと受け入れる人もいたよ。そんな人たちに対しては、安らかに大地へと還るその最後の時まで、付き添ってあげた。
だけど絶え間なく広がる疫病は、人々が還るふかふかで湿った土まで干からびさせてしまうんだ。
……
だからクー姉は、キャンプの子供たちを全員ここへ連れてくることにしたんですか?
そうだね……
生まれたばかりの苗木にとって、あそこにあるものはどれもこれも息苦しい存在でしかないからね。
でもね……
私はスージーちゃんの実力と勇気を疑ったことは一度もないよ。
だからスージーちゃんさえよければ、これからもここに来てあの子たちと一緒に遊んであげて。
はい!
それともう一回言っておきます!
私はもう子供じゃありませんからね!
それにしてもクー姉って……本当にすごいです! だってアーツで枯れてしまった植物を蘇らせることができるんですから。
クー姉や他の皆さんがいれば、何もかもきっと良い方向に進むはずです。
……
アーツだって万能じゃないけどね。
たとえば、あの隅っこの木がいい例だよ。
あの木は病気で痩せ細ってしまって、もう……
初秋の夕暮れ時、クエルクスは穏やかに庭園で佇みながら、聞こえてくる音に耳を傾けていた。
命の悲鳴が、風の音に混じってはっきりと聞こえてきた。
うにゃ……
ていうか、ドルイドのアーツを見るのはこれが初めてだにゃ。
わわっ! ヘイズさん、いつからいらっしゃったんですか?
ずっといたよぉ。
噂じゃドルイドは木々の会話を聞くことができるらしいねぇ。
「会話」って言うとちょっと違うかな。
あれは大地と生命の根で繋がっているもの同士の感情伝達ってだけだからね。
クエルクスが古の呪文を囁くように唱えると、彼女のアーツはまるで夜空から降り注ぐ星の光のように、大地へと染み込んでいった。
そして激しい振動と共に、苗木は地面を割って、果てしない空へとその最も優美な姿を広げていった。
枝には新芽が萌え、生命の息吹を吐き出す。
うわぁ!
一瞬で大きくなりましたね!
そうだね。
ほんの一瞬で。
あれ……待ってください!
クー姉! 木の……木の上を見てください!
木から子供が生えてきましたよ!
お宝が見つかったら、俺たちの取り分は六割だ。
俺と弟が三割ずついただくってこった。
俺に働いてもらいたけりゃ、これ以上は負からないね。
噂に名高いバントさんも随分落ちぶれたもんだと思ってたが……
まさかまだそんなに太々しい態度でいられるとはな。
ならここでお前らとやり合ってもいいんだぜ?
……
お前ごときに俺たちがビビると思うなよ。
うぐっ!
もういっぺん言ってみろよ?
うっ……
さっ、三割だ、お前の言う通りでいい。
俺と弟がそれぞれ三割ずつ、そうだな?
あぁ、そ、そうだ!
よし。じゃあもう失せろ。
あぁ……
いや待て、それより俺の弟を見なかったか?
ええっと……
あいつなら、さっき近くの屋台で見たぞ。
ったく、手のかかる野郎だ! あれだけ大人しくしてろって言ったのに!
いつもいつも……あぁもう頭にくる!
お、おい……
いつまで隠れているつもりなのかな?
ボクちゃん。
お、おい!
こっから下ろせ!
わわっ、どこの子でしょう?
私が……下ろしてあげるからね。
危ないから気をつけてね……
……
きゃっ!
なっ……私のパンが!
ちょっと、なにするのっ!
おれはハラがへってんだ! いっぱい持ってんだからケチんなよ!
こら! 君!
(小声)う、うめぇ……
あっ、そうだ!
お前らさっきドルイドの話をしてただろ!?
ドルイドのお宝の噂はおれも知ってるぜ。いま兄ちゃんが探してるとこだけど……
お前ら、何か知ってるだろ! 早く教えろよ!
知ってたとしても……
どうして君に教えなきゃならないのかな?
だってそういう決まりだろ。
この話を知ってる奴みんなで分け合うんだって、兄ちゃんが言ってたぞ!
……
君ねぇ……
やんちゃな子だにゃ。
もしおれに教えなかったら……
兄ちゃんにチクってやるぞ! 兄ちゃん相手に秘密なんて無理だからな。
兄ちゃんはな、すげぇんだ!
すごく、すごーく、すげぇんだからな!
……
はぁ……そうなんだ。
じゃあボクちゃん、一つ質問だけどね……
秘密を知っちゃった君を……私たちがみすみす逃がすとでも思ってるのかな?
なっ!
何するつもりだよ! こっち来んな!!
おれはそんなんじゃビビらねぇからな!
おれだって超すげぇんだ!
この子……もしかして感染者!?
アーツユニットは持ってなさそうですし……
このおバカさん!
アーツを使えたらカッコいいとでも思っているの?
へへ~ん!
その通り! おれはアーツが使えるんだぜ!
兄ちゃんにはかなわねぇけど、ナメんじゃねぇよ!
こら!
自惚れるのもいい加減にしなさい!
な、なにするつもりだよ!?
フンッ。
無数の蔓が頭上の樹木から垂れたかと思えば、子供が避ける間もなく全身に絡みつき、その身体をがっちりと捕らえた。
束縛から逃れようと暴れる子供の姿は、まるでパニックを起こした幼い獣が歯をむき出しにして必死にもがいているかのようだった。
おい!
なんのつもりだ!
言うこと聞かない子には――
お尻ぺんぺんだよ。
いたっ!
ううぅ……
に……兄ちゃんを呼んでやる!
そうやって好き勝手にアーツを使うのがすごいとでも思っているのかな?
アーツユニットを使わずにそんなことしたら、鉱石病がどんどんひどくなっちゃうんだよ。
でもおれの兄ちゃんだってそうしてるぞ!
兄ちゃんはいつもアーツを……
君のお兄さんが?
でも、鉱石病もどんどんひどくなって……あっ……
こういうことは君のお兄さんから教わったの?
クー姉、その子が今落としたのって……
クー姉が仕入れてくれた鉱石病の治療薬なんじゃ?
あっ! それはおれのだぞ!
クソッ! 返せよ!
それは全部おれが見つけたもんなんだ!
タンスん中に置きっぱなしで、誰も使わねぇもんならもらってもいいだろ?
それを泥棒って言うんだよ。それはそれとして……
今後、絶対に好き勝手アーツを使わないこと。もしこれからも生きていきたいんならね。
分かった?
……知るもんか。おれはビビらねぇぞ!
兄ちゃんが……兄ちゃんが言ってたんだ。こうすれば誰もお前をいじめたりできないって!
おれの兄ちゃんはお前なんかよりもずっと強ぇんだ! 兄ちゃんは必ずおれを助けに来てくれる!
ってことは、君はお兄さんに言われてこんなことしてるのかな?
これを盗んでこいって、そう言われたの?
……
ちげぇし!
おれの兄ちゃんが来たらお前なんか……
じゃあ聞くけどね――
もしお兄さんが、本当に君の言うようなすごい人だったら……
どうして君にこんなことをさせてるの?
おれは……
そのお兄さん、今君がこの辺りにいるって知っているの?
ここに来ること、お兄さんには言っていないんじゃないのかな?
もしいつまで待ってもお兄さんが来なかったらどうするつもり?
もし……このまま君を蔓に絡まったままにしておいたら、お兄さんは本当に君を見つけ出してくれるのかな?
に、兄ちゃんは……
グスン……兄ちゃんは……
(小声)クー姉、ちょっと言い過ぎじゃないですか?
(小声)たしかに子供とはいえ……盗みは悪いことですけど。
(小声)だったら、私たちのスージーちゃんもまだまだ子供だってことだね。
じゃあもし……私たちが君をここから連れ去ることにしたら?
もしもう二度とお兄さんに会えなくなっちゃうなら……
いやだっ!
そんなのいやだよ……おれ……
もう兄ちゃんに会えないなんていやだよぉ……
じゃあ正直に言ってもらえないかな。
まずは、どうしてこの薬を盗んだの? それから、ドルイドのお宝を探している理由も教えてくれる?
……
それは、兄ちゃんが必要みたいだから……
ロンディニウムを出てから、兄ちゃんは助けられてばっかなんだ……兄ちゃんはいつも、ゴドズィンにはお宝が眠ってて、それを掘り起こせばいい暮らしができるって言ってた。
兄ちゃんは本当にすげぇんだ! 兄ちゃんのおかげで、おれたちは一度だっていじめられたことはないんだぞ!
でも兄ちゃん、最近どんどん具合が悪くなって……いつもこっそり薬を飲んでるんだ。
薬って、これと同じの?
わからねぇけど、それと似たやつだった。
おれだってもう助けられてばっかのガキじゃねぇからさ。
兄ちゃんの力になりてぇんだよ……
もしおれがお宝とか、薬を手に入れれば。
兄ちゃんもきっとすげぇ喜んでくれるはずなんだ!
……
……
だからさ……
お願いだよ、おばさん。
おれに……
事情は分かった。
それでも、今すぐ君に教えることはできないかな。
そうかよ……
じゃあ……どうしたら教えてくれるんだ?
そっちはどうだい? すべて順調か?
ちなみに、あの子供たちのことなら、グラニにここまで護送してもらう予定になってる。
オッケー。こっちの準備ももう済んでるよ。
……
庭のあの子だが……
君も随分手厳しいな。
私はただの医者だからね。
おとぎ話に出てくるような、願いをなんでも叶える妖精じゃない。
はぁ……あの子も色々と大変だな。
あの子のお兄さんも、一体どういう状況なんだか。
だから先にスージーちゃんを帰らせたんだよ。
あの子は、優しすぎるからさ……
難民キャンプの人たちや、ここに送られてきた子供たちの中に……心が痛む過去を持っていない人がいると思う?
いちいち落ち込んでたらもたないからね……私はスージーちゃんの方が心配なんだ。
はぁ……
じゃあドルイドのお宝について、あの子にはどう説明してやるつもりなんだ?
「俺たちの作戦のために流した偽情報だ」なんて伝えるわけにもいかないだろ。
ドクターからの連絡が届いてない以上、相手が子供であっても、このタイミングでそれをバラすのはマズいしな。
あくまでも、俺たちが優先すべきはロドスと任務だからな
それじゃあ……
君はあの子にいつまでも実現不可能な偽りの目標を信じさせておくつもり?
あのまま、無鉄砲に探し続けるのを見過ごすってこと?
あの子を、ロドスと任務のための犠牲にするのが正しいの?
どういう意味だ?
犠牲って……
私はただ……
こんなのはロドスらしくないって思っただけ。
そうやって自分たちの行為を正当化するのはよくないことだよ。
お、おい……何をするつもりだ!?
待てクエルクス!
どうするつもりかしっかり説明してくれ!
安心して、ロドスに被害が及ぶようなことはしないから。
おい!
これくらいの背丈の子供を見かけなかったか?
何しやがるんだ!
*ヴィクトリアスラング*! さてはさっきのクソガキ、お前の弟だな? よく見りゃお前とそっくりじゃねぇか!
ちょうど誰に弁償させるか悩んでたところ――
てめぇ……
あいつはどこに行った!?
子供の痩せ細った人影がせわしなく庭園内を駆け回っている。
クエルクスおばさん! 庭の木全部に水をやっておいたぞ!
(きっと今は衝動的になっているだけ。)
あっちの道も掃除し終わったよ!
(すぐに疲れて諦めてくれるかもしれないしね。)
他になにすればいい?
(それにしても、お宝がどういうものかも知らないのに、まったく考えなしに飛びつくなんてね……)
どうして私が君にこういうことをさせてるか分かるかな?
わかんねぇ。
あのおじさんが言うには、おれが間違ったことをしたからだって。
じゃあ君は自分が間違ったことをしたって思ってる?
……
わかんねぇ……
だって、兄ちゃんもずっとこうしてきたんだぜ。他の連中はおれたちのものを奪い去ったから……
だからおれたちはそれを取り返してるだけだって。
(朽ちた枝はすべからく整えられん。)
(蝕まれた幹も、またすべからく切り落とされん。)
じゃあ言い方を変えるね。
君の取った行動で、君は捕まることになってしまった上に、お兄さんの助けが必要になったとしよう。
この場合、君は間違ったことをしたと思う?
……うん。
じゃあもしお兄さんが君を助ける時に怪我をしてしまったら……
それどころか……もっとひどい状況に陥ってしまったら。
君は間違ったことをしたと思う?
当たり前だ!
君がそうやってお兄さんのことを大切に思っているように、他の人にも大切な物や大切な人がいるの。
それを君が勝手に持ち去ってしまったら、その人たちは怒るし、お兄さんにだって迷惑がかかるんだよ。
わかった?
うん……
わかったよ。
もう間違ったことはしない。
(しかし、その整えられた木の行末を、未来の姿を想像できる者はいるのだろうか。)
(願わくば、命がいつまでも盛らんことを。)
ここか?
あぁ。こ、この辺りで間違いない……
あの時この辺まで追っかけたんだが、そ、そこで見失っちまって。
うぐッ!
とっとと失せろ。
ジョー?
ここにいるのか?
兄ちゃん!
来てくれたの!?
あ、あのさ!!
大人しくしてろって言っただろうが!
お前を連れてやっとここまで逃げてきたんだぞ! それがどんだけ大変だったか分かってんのか!?
おれ……
なにうつむいてんだ、ちゃんとこっちを見やがれ!
(小声)あの子、助けてやった方がいいんじゃないのか?
(小声)あんな奴と一緒にしとくわけにはいかないだろ?
……
なんだてめぇ!
邪魔なんだよ! どきやがれ!
君がその子のお兄さん?
それがどうした?
君は「ジョー」って名前だったんだね?
……
おい、とっとと帰るぞ。
いやだ。
言うことを聞け!
お前がそんなんだからこっちはずっと心配してんだぞ! 誰のために俺や父さんと母さんが苦労してきたと思ってんだ!
それでもいやだ。
俺は使えねぇ兄貴だとでも言いてぇのか? もう俺じゃお前を養ってやれねぇとか思ってんだろ!
もう一人前だから構わないでくれってか? ああ?
どうなんだ!
……
放せ、この野郎!
赤の他人が、よその家の事情に首を突っ込んでくるんじゃねぇよ。
(小声)ビタールート。
(小声)その子を引き離してやって。
てめぇ、何のつもりだ?
がはっ!
うぐっ!
放せっつってんだろ!
まだ分からないのかな? 私の機嫌次第で、君くらいどうにでもできるんだよ。
君の弟も含めてね。
君は、その軽率な言動のせいで──
私を怒らせてしまったから。
この野郎!!
ぐはっ!
大人しくしなさい!
……
これで話を聞く気になってくれたかな?
くそっ……言えよ……
君のその無礼な態度には目を瞑ってあげよう。
君がこの子のためにしてきたことも、その想いは尊重してあげる。
……
だけど……自分の感染状況なら、よく分かっているはずだよね。君はこの子にも同じ苦しみを味わわせたいの?
アーツで自分を守れだなんてことを教えたのは君だよね?
……
あいつらはアーツにしかビビらねぇから、そうするしかなかったんだよ……
じゃあ今、私が「ビビってる」ように見える?
もし私が今ここで君たち二人を殺すって言ったらどうする?
何だとコラ!
そしたらてめぇも道連れにしてやるよ!
つまり、死んだって構わないってことかな?
そしたら君の弟はどうするの?
……
何が狙いだ?
それは私とこの子の秘密だよ。
この子が私との約束を果たすまで、この子は連れて行かせない。
それだけ了承したら、もう帰っていいよ。
もちろん、こっちはいつでも君の居場所を探し当てることができるからね。
東にある難民キャンプなら援助を受けられるはずだから、そこを目指してもいいと思うよ。
さて、話はこれでわかったかな?
……
ほらね。
落ち着けばちゃんと人の話が聞けるんじゃない。
あっ!
こら! 坊や!
恩を仇で返すつもりか!
クエルクスおばさん!
お、お願いだから兄ちゃんを放してやってよ!
兄ちゃんはいい人なんだ!
誰よりもずっとずっといい人なんだよ!
兄ちゃんを傷つけるのは許さない!
……
やれやれ……
これじゃまるでこっちが悪者みたいじゃない。
……
まったく侮れない坊やだな……
ジョーくん、前に君が私に訊いたことをまだ覚えているかな?
大人しくついてきてくれたら、答えを教えてあげてもいいよ。
それから、お兄さんを傷つけないって約束もしてあげるから、どうかな?
……
わかった!
さっきはあんなふうに言ってたけど、私たちのことを悪者だと思ったのかな?
兄ちゃんをいじめるなら、おばさんもあのおじさんも悪者だよ。
じゃあどうしてアーツでお兄さんを助けなかったの?
アーツを使ったら鉱石病がどんどんひどくなるっておばさん言ってたじゃん。
そしたら兄ちゃんを心配させちゃうから、間違ったことなのかなって思ってさ。
それじゃあ仮に、お宝はお兄さんと交換だって言ったらどうする?
……
いくらお宝をやるって言われたって、そんなのお断りだね。
絶対……絶対にいやだ!
(萌芽の只中にある命は、無造作にその芽を広げてゆく。)
おめでとう。
合格だよ。
……え!?
ドルイドのお宝はね、ドルイドにならなければ見つけられないものなんだよ。
そして、君はその最初の試練に合格したってわけ。
え?
ドルイドになる? おれが?
そうだよ。
ついて来て。
ここは?
ここは……かつてドルイドの聖地だった場所。
ただ長い長い時を経て、その伝説も今では忘れ去られてしまった。
ドルイドの師たちは一代また一代と、ここで知識と教訓を次の世代へと伝えていたんだ……
ドルイドがヴィクトリアの歴史から霞んでいき、最後に跡形もなく消えてしまうまで、ね。
……
さぁジョーくん、そこにある石の台に膝をついて。
うん。
クエルクスは樹木から蔓を一本取り、それを使って力強くジョーの背中を鞭打った。
突然の鋭い痛みにより、ジョーは思わず腰を反らせたが、それでも彼は我慢して再び腰を真っ直ぐに伸ばした。
迷える幼き者、ジョーよ。
願わくば、これから幾度の苦難を経ようとも、進むべき正しい道を示してくれる古の信念がそなたの心に刻まれんことを。
次にクエルクスは樹木から果実を摘み取って潰すと、親指でジョーの額に鮮やかな赤色の線を引いた。
願わくば、そなたがどれほど故郷から離れようとも、決して迷えることなきよう、大地の根元が永久にそなたと繋がらんことを。
朽ちた枝はすべからく整えられん。
蝕まれた幹も、またすべからく切り落とされん。
願わくば、命がいつまでも盛らんことを。
ジョー、そなたに問う。古の箴言(しんげん)と契りを交わし、真のドルイドになる意志はあるか?
はい!
よし……それじゃもう立って大丈夫。今日から君もドルイドだよ!
えっ? おれはもうドルイドになったのか?
うん。だからこれからは、自分の手で伝説のお宝を探さなきゃいけないからね。
じゃあクエルクスおばさんはもう見つけたの?
私もまだだよ。もしかしたら……君の方が先に見つけちゃうかもしれないね。
ホントに?
ホントに。
でもこのことは秘密にしておかなきゃダメだからね。
もしすご~く悪い人にこのことがバレたら、君を利用するために捕まえたり傷つけたりしようとするかもしれないんだから。ひょっとしたら、お兄さんもひどい目に遭っちゃうかもしれないよ。
だから……わかった?
うん……
つまりそれは間違ってる……やっちゃいけないってことだろ。
じゃあ……兄ちゃんにだけは教えてもいい?
あれ? もったいないなぁ……
こっそり見つけ出して、お兄ちゃんにサプライズしてあげるいい機会なのに?
どうする?
うーん……
わかった!
本当にあんな歳の子供が秘密を守ってくれると思ってるのか?
もしそんな話が広まってしまったら、自分がどんなリスクに晒されるかわかっているのか?
私とロドスとの繋がりを知ってる人なんて、ほとんどいないよ。
だけど君が最近よく私のところに来るせいで、感づいてる人はいるかもね。
だから必要とあらば、一回くらいここで内輪揉めしたように見せといてもいいんだけど。
……
でも、君はドクターとロドスにそんなリスクをもたらしても構わないと思っているのかな?
……いいや。
つまり、あんなことをしたのは私なりの判断があったってわけ。
何より……
ドルイドの伝説──あの命にまつわる物語は、もう随分と昔に忘れ去られてしまったけれど……
もう一度、誰かの口によって語られるべきなんだ。
……
あの子が一生かかってもそのお宝とやらを見つけることができないのは、君だってはっきりわかっているだろう。
ふーん、お宝が存在しないなんて誰から聞いたの?
君が俺に言ったんじゃないか。
だって君はドルイドじゃないからね。
ドルイドのお宝はドルイドしか見つけることができない。たしかに君にとっては存在しないも同然だけどね。
は?
どういうことだ?
じゃあ君がこの前やっていた儀式やら呪文やらは、全部本物だってことか?
あぁ……それは違うかな。あれ自体は私の思いつきだから。
今のところ、過去の文献やら資料は掘り起こせていないからね。
あれ、もしかして信じちゃってた?