夜の砂漠の鱗獣の群れ 幕間
夜の砂漠の鱗獣の群れ
もう一時よ、急いで! お昼を食べたらすぐ食材の用意! 最初の料理は黄金ニンジン、これは絶対よ。黄金ニンジンがなかったら、みんなで食べる意味がないんだから!
お皿が全然足りてないわ! それに器とテーブルと椅子も……あと二十ずつ追加ね! 私の十三番目のおじさんの二番目のおばさんの妹が子供を五人も連れてきたから、本当ににぎやかになるわ!
あーもう! 私はみんなにご飯を振る舞ってあげたいから来たの。お客さんだからって関係ないでしょ、私が作るから、早くフライ返しを渡しなさい!
……
グォッ!
こっちおいで。
こんなに騒がしくて、怖くない? 楽しいの?
グォッ! グォッ!
レイがいたわ! ジェリー、あっち!
おお、レイさん! 僕はここです!
……誰か呼んでる?
こっちです――!!
ジェリー。
すみません、あまりに人が多すぎて……さっき人生で一番大きな声を出した気がします!
新婚旅行から帰ってきて、みなさんにお礼したくてお招きしたんですが、なぜか招待リストがどんどん伸びてしまって……でも、来ていただけてすごく嬉しいです!
だって、顔合わせ会をすっぽかした僕とキーラが、まさか出会って結婚することになるなんて、誰も思ってなかったでしょうから。
……ジェリー、騒がしすぎて、何言ってるか聞こえない……!
もうちょっと大きな声で話してみなよ。
すぅー……
僕もキーラも!皆さんが来てくれて! とっても――嬉しい――です!!
うん、聞こえたよ――
それと! もしあの時レイさんがいなかったら、その後のいろんなことも起きなかったって、僕もキーラも思ってます!
ええ、ジェリーの言うとおりよ!
あちこち逃げ回ってた僕らが出会えたことも! 二人ですぐ仲良くなれたことも! それ以外の全部も! 本当に――感――謝――です!
うん、ちゃんと聞こえた――
……うちって、そんなすごいことしたの?
当然じゃない――!
レイさんがカージャックしなかったら! 一生出会わなかったかもしれません! 僕は今も誰かに振り回されて生きてたかもしれません……!
だから、レイ! 私たち、本当に感謝してるから!
カージャックしてくれて、本当にありがとう――!!
……
カージャックって……あなたもそう聞こえた? 空耳じゃないわよね?
確か、前にジェリーがカージャックされたって言ってたはずだわ。その後検問を強行突破して、検問官とも衝突したそうだけど――あの子がやったってことかしら?
あ? なんだって? 聞こえん……! あの子がジェリーをジャックしたってか?
何の話? うるさくて聞こえないんだけど――彼女がジェリーのために車を奪ったっていうの!?
マジかよ!? カージャックしてジェリーを連れていくために、あの子が検問を強行突破して検問官と揉めたのか!?
――皆、なんて言ってるんだ!?
すみません、レイさん。やることが多すぎて……どこに座るか覚えてますか?
覚えてる。間欠泉三号キャンプ十二番テーブルの六番席だよね。
そうです。左がウォーミーさんで、右がアランナさん。それからサンドビースト用の木箱一つ。
うん。
今夜の料理、楽しみにしててくださいね! それじゃ、また後で!
うん!
グォッ!
(楽しそうに背びれを伸ばす)
(嬉しそうに砂を掘る)
ここは君のお家じゃないから、そんなことしたらだめだよ。
グォッ! グォ――グォグォッ!!
レム・ビリトンに戻ってきてから、ずっと興奮してるね。
……
……サンドビースト。
ちょっとだけお金を貯めておいたから、明日は仕事に行かなくてもいいの。だから、今から荒野に遊びに行こっか。
走り回ったり、穴を掘ったり、砂で遊んだりしたいんだよね。
ほら、あっちだよ。先に行ってて。うちはここでバラックを建てながら、君が遊ぶとこ見てるよ。
――グォッ!
グォ、グォ――グォッ!!
……サンドビースト、この機会に遊びに行こう。
うち、昔もサンドビーストと……最初に飼ってた子と、荒野に遊びに行ったことがあるんだ。
あの子もすっごく楽しそうだった。今の君と同じくらい。
(窓の向こうの荒野を指さす)
だから、一緒に遊びに行こう。
(嬉しそうにすり寄る)
地図を探して、おやつを買ったら、ランナの車を借りてこうか。
さ、行こう。
……
あの子、ジェリーとキーラが行ってから、ずっとサンドビーストと話してない?
ジェリーのためにカージャックしてくれたって話だけど……
あまりしっかりしてるようには見えんな……
えっ? ねぇ……どこか行っちゃったけど、夕食に出ない気なの?
ちょっと様子が変じゃない? 誰かついて行ってあげなきゃ。一人にしちゃだめよ……!
私が遠くから追いかけるから大丈夫よ。外に出てまっすぐ町外れの小さなお店のほうに向かったから、何か買いたいものでもあるんでしょう。
ええ、やっぱり入っていったわね。いいのよ、ついでに食材を買って帰るから。足りないものは何だったかしら?
システィミルク、玉ねぎ、チーズ……ね。わかったわ。
ランナが言ってたの、ここだよね……標本、骨格、写真……
分かりやすい。
ごめんください、誰かいませんか? この辺りの大型サンドビーストの分布図が欲しいんだけど。
あぁ? 誰だお前。地図ってんなら……「夜の砂漠の鱗獣の群れ」が目当てか?
その言い伝えは聞いたことあるけど、目的は違う。
じゃあ何しに来た? どいつもこいつもあたしのオフィスをなんだと思ってやがる。「あなたのお願い叶えます」ってトコじゃねぇんだぞ。
うちは鉱山探査員をやってる。こっちは前職のIDカード、健康診断書、出勤記録……力になってくれたら、お返しに廃坑や地下洞窟を案内するよ。
君にとっても悪くないと思う。
ほぉ……お前みたいな奴は初めてだ。面接でもやってるみたいじゃねぇか。いいぜ、聞いてやるよ……
グォッ!
へぇ、サンドビーストを飼い慣らしてんのか。
違うよ。この子が自分から懐いてくれただけ。
自分から……? ふん、なかなか見どころがあるじゃねぇか。
あ? こいつは……ロドスの食堂カードか? お前、ロドスの人間かよ。
うん。
探査員をやってて、サンドビーストを従えて、その上ロドスのオペレーターか……ドクターのお眼鏡にかなう奴ってのは、どいつもこいつもやりやがるな。ほらよ、こいつが分布図だ。
あと、連絡先をよこしな。今度どっか探検したいときはお前を呼ぶからよ。
ふぅ、買い物はこれで全部ね。さてさて、あの子はどこかしら……あら? 待って……あの子の入った店は一体……動物の死骸? それにあっちは人間の骨じゃない?
こ、怖すぎるわ! こんなおっかない場所で女の子ひとりだなんて……わ、私も入ってあげなきゃ!
――う、うちのお客さんを解放しなさい!
……ああ? 今度は何だよ。てか誰だお前?
……え、ええっ? あなた一人? あ、あの子は……
まずいわ、見失っちゃったみたい……!
心配すんなって。ちょうど鉱区でバーベキュー用のコンロを洗って戻る途中だけど、さっき連絡が来た直後にそっちに向かって行ったからよ。
ああ、サンドビーストも一緒だった。十分もすればそっちに戻ると思う。
コンロはあと四つ必要なんだよな? すぐ持って行く!
ほら。探してたの、あったよ。
この洞窟に生えてる苔もキノコも、美味しいだけじゃなくて、サンドビーストにとってはデトックスにもなるんだよ。
グォッ。
餌を食べすぎないようにね。今日は外に出て「ピクニック」するから、苔とキノコを多めに食べること。
じゃ、探しに行こっか。
グォッ!
降りるから、しっかりうちにつかまってて。
――グォッ!
お、おい――あの子、なにやってんだ!?
悪いニュースだ――コンロを洗ってる間に、あの子が坑道に下りていっちまった!
あそこは廃坑だぞ。俺だって一人じゃ怖くて入れないし……入口であの子が戻ってくるまで待っておくことにしよう!
……なんだか上から声がするけど、サンドビーストも聞こえる?
ムシャムシャ……
グォッ?
……風の音かな。
全部は食べないで。苔とキノコ、持ち帰る分も取っておかないと。
それに、あんまり食べるとエレベーターの重量オーバーになって、上に戻れなくなっちゃう。
二十分後
ゲフッ――
……
よし、もう一回げっぷして。そしたらエレベーターが動いてくれるかも。
グォッ! グォッ!
――ゲフッ!
うん、本当に軽くなったみたい。今から帰るから、しっかり掴まってて。
これで、あとはランナから車を借りるだけだね。
ふぅ……時間ならまだ大丈夫。
ランナ、車借りていい?
なんだ? 遠くに行くのか?
ええっ? レイお姉ちゃん、お夕飯食べないんですか? わたし、甘口のミートスープ作ったんですよ。
ううん、食べるよ。でも急にサンドビーストとお出かけしたくなって。
ごはんまでには戻るよ。
本当に戻ってくるんだろうな?
うん。この前勝手に本艦を離れて、月明かりの下で駄獣が踊るのを見に行ったんだ。そしたら叱られちゃって。
「次からはちゃんと報告しなさい」って、人事部のオペレーターから。そうしないと、みんなの仕事に支障がでるんだって。
それとランナからも、何か決めたりする前にちゃんと考えなって言われた。
レイはひと呼吸おいてから、ふたたび口を開いた。
うん、考えた。ジェリーとキーラはずっとうちに感謝してるんだって言ってくれた。だから、もしうちが夕食のときにいなかったら、二人はきっと悲しむと思う。
だから、戻ってくるよ。
レイはそう言い終えると、まるで難問の解答を見つけて満足したかのように、ゆっくりと頷いた。
うん、戻ってくる。
おお、よくあたしの言葉を覚えててくれたな! いいぜ、こいつが車の鍵だ。気をつけて行けよ。
レイお姉ちゃん、きっと帰ってきて、絶対にミートスープを食べてくださいね。
うん、約束する。
じゃあ、また後でね。
ふぅ……やっとお客さん全員に挨拶して、席も案内し終わった……もうくたくただよ……
少し休みましょ。
ふぅ、やっと落ち着けるわね……
大変! 大変よー!
えっ?
大変よ、あの子を見失っちゃったわ! 誰か、あの静かなコータスの女の子を見てない!?
あの子、妙な小屋に入っていったの。そこは骨と死骸だらけで、怖い人が中にいて……何があったかわかったもんじゃないわ!
おばさんから連絡を受けたあと、俺もあの子を見たよ。でも遅かったみたいで、あの子は躊躇いもなしに廃坑に降りてっちまった。呼びかけても返事は返ってこなかったんだ!
ん? いや、あの子はついさっきまでここにいたぞ。車であっちに走っていったがな!
えっ、誰の話? あっちってどっち?
六番目のおじが窓の外を指さす。
全員が一斉にその先を向くと――トレーラーが、砂ぼこりを巻き上げながら地平線から消えていくのが見えた。
南だ。あっちはとんでもない数のサンドビーストが生息してて、坑道も町もない無人地帯だ……気落ちしてたようだが、まさか思い詰めて……ってわけじゃないだろうな?
なっ――
ジェリー、あの子はお前のためにカージャックまでやってくれたんだろう? ここで見捨てちゃいかん……!
はあ――!?
サンドビーストの群れがもそもそ砂を掘り返しながら、果てしない荒野をゆっくり進む。のんびりと岩石砂漠の夜の空気を楽しんでいるようだ。
群れから離れたところでトレーラーが停車し、一人と一匹が跳び降りた。
サンドビースト、着いたよ。
もう一度苔とキノコを整えてあげる……うん、これでいい。
ほら、みんなと遊んできな。きっと楽しいよ。
グォ――!
小柄なサンドビーストは、嬉しそうな声を上げて群れに飛び込んでいった。他のサンドビーストの間でごろごろ転がりながら、お互いの体を擦り合わせている。
群れは突然現れた幼獣を拒むことなく、優しく受け入れた。彼らは友好的に体の匂いを嗅ぎあっている。
その理由は、小柄なサンドビーストが群れと同じように苔とキノコを身にまとっているから。お互いが擦れ合うたびに、苔は微かな光を放つ。
グォ――
グォ――グォ――
グォッ! グォッ!
レイもまた、柔らかく触れるたびに光る苔とキノコを身に纏っている。彼女は植物の仄かな香りを楽しみながら、ゆっくりと群れについていく。
……
さあ、早く食べて。
本を調べて見つけた苔とキノコだよ。食べたら背中にある血管の色が正常に戻って楽になるはず。
……グルッ……グルッ……
……グルルッ……
楽になった?
ごめん……次はもっと早く気づいてあげなきゃね。これからずっと君のそばにいる。感染生物と対峙してる時もね。
もう君から五歩以上離れないよ。
グォ……
グォッ、グォッ。
立ち上がった……どう? もう大丈夫?
グォッ、グォッ……!
ああ、良かったぁ……
レイは手を伸ばし、サンドビーストの背びれをそっと撫でつつ血色を確認し、本当に回復したのを確かめた。
サンドビーストは頭をレイの手に擦り付け、彼女の腕の中で一番心地いい姿勢をとった。
……サンドビースト。
ちょっとだけお金を貯めておいたから、明日は仕事に行かなくてもいいの。だから、今から荒野に遊びに行こっか。
走り回ったり、穴を掘ったり、砂で遊んだりしたいんだよね。
ほら、あっちだよ。先に行ってて。うちはここでバラックを建てながら、君が遊ぶとこ見てるよ。
――グォッ!
グォ、グォ――グォッ!!
サンドビーストは興奮したように荒野へ走り出したが、数歩も進まないうちに戻ってきて、頭でレイの足首を小突く。
まるで「一緒に行こう」と誘うように。
一緒に遊んでほしいの?
グォッ!
こ、こら、興奮しすぎちゃだめ。そんなに小突かれたら、立ってられなくなっちゃう。苔もキノコも撒き散らして……全身についてるよ!
あっ……見て。君が小突いたところ……光ってない?
なんだか、きれいだね。
グォッ――
このまま行こっか。
うちもバラックを建てるのは後回しにして、一緒に遊ぶよ。
さ、行こ。
グォ――!
ここのサンドビーストは、あの時にこれを覚えたのかも。
穴を掘って坑道まで入ることもあるから、この苔とキノコでデトックスしてるのかな?
サンドビーストの群れは、同じように苔とキノコを纏うコータスに返事をすることはない。
群れはただ楽しそうに互いの体を押しつけ合い、体についた苔とキノコを明滅させ、そしてそれらを口に含み、美味しそうに食べていた。
夜の砂漠を、サンドビーストの群れが気ままに走り回る。それはまるで、寄る辺のない鱗獣の大群が、ゆったりと月に照らされた水面を目指して泳ぐかのよう。
レイは、その場で息を呑んだ。
こんな景色、見たことない……「夜の砂漠の鱗獣の群れ」って、本当だったんだね。
しかも……サンドビーストと関係があったなんて。
うちの「サンドビースト」とも……
レイが駆け出すと、身体の周りに再び光が舞う。
彼女はサンドビーストの群れに追いついた。はぐれた鱗獣が群れに合流するように。
(澄んだホイッスルの音)
ふぅ、ふぅっ……サンドビースト!
君に名前をつけたほうがいいかな?
それに、最初のサンドビーストにも名前をつけてあげなきゃ!
君は……どんな名前がいいのかな。
うーん……
グォ?
「キララ」くん?
グォ……
あんまり好きじゃない?
じゃあ、「ピカリ」? それとも、「ほわわ」?
……グォ……
どれもいまいち、か……
うち、あんまりネーミングが得意じゃないみたい。
……もうちょっと考えさせてね……
そうだな……君ははずっと「グォ、グォ」だけしか喋らないし、とりあえず「グォくん」でいいかな?
グォッ!?
落ち着けって!
ジェリーとキーラが言ってただろ、あんたたちは誤解してるんだって! レイがカージャックしたのはジェリーを連れていくためじゃないし、思い詰めて一人で無人地帯に行ったわけでもねぇよ!
あの子はただサンドビーストと遊びに行っただけだ。心配すんな!
信じないなら、鍋蓋ちゃんに聞いてみろ!
うん、ランナお姉ちゃんの言う通りです。レイお姉ちゃん、言ってました。お夕飯までには絶対戻るって!
夕食の九時半まで、あと二分しかありませんが……
本当に戻ってくるのかな? 何かあったんじゃない?
探しに行かなくていいの?
信じてくれ。レイは必ず戻るって約束したんだ!
さて、もう九時半になることだし、ここはあたしが僭越ながら……
パーティーの……始まりだ――!
ふぅ……なんとか間に合った。
……
えっと、うちの席は……間欠泉三号キャンプ十二番テーブルの六番席だよね。
…………
左が鍋蓋ちゃんで、右がランナ。それからグォくん用の木箱だから……
うん、ここだね。
グォッ!
………………
うーん、バーベキューのいいにおいがするし、スープも美味しそう……
ん?
みんな、食べないの?
いや……ちょっと聞きたいんだが……
うん。
車を借りて一人で無人地帯に向かっていったが、思い詰めて変なことをしようとしたじゃないよな?
あの恐ろしい小屋に入ったのは、毒とか、怖いものを買うためじゃないのよね?
廃坑に行ったのも、道に迷ったとか気が変になったからじゃないんだよな?
……なに言ってるの? 違うよ。
この子をピクニックに連れてってたの。
ほら、見て。
レイは、お腹がパンパンになった小柄なサンドビーストを抱き起こした。
サンドビーストは、少し体をよじり――
――ゲフッ。
ほらな。あたしが言った通りだろ?
じゃ、さっさと飯を食おうぜ!