フラワーパフューム 幕間
フラワーパフューム
ごめんなさいね、お花に必要な土の調合に夢中で、周りに全然気が付かなかったの。急に目の前に人がいたから、びっくりしちゃった……
もう……私ったら。本当に恥ずかしいわ……
いやいや、元はと言えば勝手に入ってきたぼくが悪いんだし、気にしないで。
いいえ、ロドスのみんなはここを自由に出入りしていいんだもの、あなたは悪くないよ。
でも、ロープさん、来たのなら一声かけてくれればいいのに。
いやぁ、結構な大声で挨拶したよ? でもシーンとしてたもんだから……
まあ、いいや。とにかく危ないことがなくてよかった。
危ないこと?
あ、それはこっちの話。なんでもないから気にしないで。
ええと、お気遣いありがとう。
だけど療養庭園には危ないことなんてないわ。ここは来た人に安心してもらうための場所だから、安全は保障されてるわよ?
こっちの話だから気にしないでって言ったのに。でもそうだよね。船室の外にはセキュリティシステムが何重にも敷かれてるし、内部の人じゃなきゃ入りようがないか。
ええ、そうなの。
……そういえば、ロープさんはいつ入ってきたのかしら? おかしいわね、入り口のベルは鳴らなかったわよね?
ベル? あぁ、入り口の方の地面に隠してあった触ったら発動するトラップのこと?
そう、それ! お客さんが来た時のベルとして使ってるの。忙しくてお客さんに気付けない時があるから、クロージャさんが付けてくれたのよ。
地面に付ければお客さんが何かする必要もないし、防犯上も安心だからって。大きい音だから仕事に集中していても気付けるのよ。
ああ、そうだったんだ。
ごめん、それ、鳴らさないで入って来ちゃった。
え? 鳴らさずに……?
うん、正体不明のトラップは動作させないのが基本だよ! 歩く時は音を立てず、壁を登る時は跡を残さず。生きるためには最低限必須のスキルだね。
クロージャさんは一時間もかけて、あの装置を隠したのよ? 絶対に誰にも気付かれないって保証してくれたのに!
ロープさん、すごい!
いやいや、それほどでも~。
って、あれ、待って。パフューマーさん、顔!
え?
泥が付いてるよ……ほら、そこ。
あっ、えっ、顔?
……ここ?
もういいよ。ぼくが取ってあげる。
ほら、取れたよ。
わぁ、ありがとう!
……ん?
(あら、この香りの変化は……)
どうしたの?
あっ、いえ、なんでもないわ。ありがとう。
(うん……)
(ちょっとだけなら、大丈夫よね?)
そういえば、ロープさんは何のご用だったのかしら? ここに来るのは珍しいわね。
もしかして調香に興味があるのかしら? そういうことならいつでも大歓迎よ。
あ……違う違う。
あら、じゃあどんなご用?
えーっと……
ド、ドクターのことだよ。そう、ドクター!
ドクターにアロマを貰ってきてくれって頼まれたんだ。えーっと、いつも使ってるっていう、眠くなるやつ。
あら? ドクターくん、また眠れなくなっちゃったの?
そうみたい。この前の任務の時も、あんまり元気じゃなさそうだったし。
(小声)それなのに隊を率いて支援に来てさ……
ん? 今なんて言ったの?
なんでもない! 独り言だよ!
?
うーん……そう? ならいいわ。
ドクターくんが普段使ってるのは、たしか……ラベンダーよね? 分かったわ。
もしロープさんにお時間があるなら、この培養土の調合、先に終わらせてからでいいかしら? 今は手が泥だらけで、ちょっと都合が悪いのよ。
温室内を自由に見ててくれると助かるわ。あとほんの少しだから。
大丈夫だよ。じゃあ見せてもらうね。
(土の調合をしている)
あれ、この花、小さくて可愛いね……って、あれ? どうしてこんなに一気に伸びるの!?
(土の調合をしている)
うわ、ビックリした……
温室って本当にいろんな花があるんだね……
(ひたすら土の調合をしている)
うん? これは……香料? うわぁ、いい香り。って、えぇ?
ハ……ハ……ハ――クシュン!
プッ。
え?
コホンコホンッ。
クシュンッ……クシュンッ――うぅ……
ロープさん、大丈夫?
だ、大丈夫……ハクシュン!
無理しちゃダメよ。あの花と香料は調香に使う材料なの。完成した調香品と比べると、刺激が強くてバランスも取れてないの……
ちょっとどころじゃないみたいだよ、ハ……ハクシュン!
なんだか鼻が変になりそう……毎日こんなのたくさん相手にして、しかもこの匂いをあんなにいい香りにできちゃうなんて、パフューマーさんって本当にすごいなあ。
大げさね。そうだわ、あちらのテーブルに緑の小瓶があるでしょ? もし鼻が変なら、ちょっと開けて嗅いでみるといいわ。きっと楽になるはずよ。
おぉ――! ありがと!
どれどれ、緑色、緑色、と……クシュン! あった!!
わぁ、これもいい香りだぁ。
気に入ってもらえたならよかったわ。どう? 少しは良くなった?
あっ。
本当にクシャミが出なくなったよ。
これすごい! パフューマーさんって本当にすごいね!
フフッ、そういう反応するってことは、アロマの効果なんてほんの気休め程度か、そもそも効果なんかない単なる贅沢品って、思ってたんじゃない?
……えーっと。
そ、そんなことは……
いいのよ、気にしてないわ。
最初はみんなそういう誤解をしてるから、よくあることよ。香りや調香は普段あまり関わりのない分野だもの。ロープさんがそう思うのも無理はないわ。
どうすればみんなにちゃんと理解してもらえるかよりも、まずはどうすれば理解しようとしてもらえるか。それが私が考えねばならないことなのよ。興味を持ってもらわなければ始まらないもの。
うーん、なんて言うか。
確かに香りや調香のことはよく分からないけど……でも今の話を聞いて、パフューマーさんの仕事がとても大事だってことは分かったよ。
ドクターもケルシー先生も、調香はいいものだって言ってたしね。だからみんなにもきっと間違いなく伝わるよ。
えっ……ドクターくんとケルシー先生が?
そうだよ、二人が何回も言ってるの聞いてるもん。
「ラナのアロマは先導治療や回復分野において非常に利点がある」みたいな。
それに、実際にたくさんのオペレーターがここに来るんでしょ? 温室から離れたくないってダダをこねるやつもいるとか聞いたよ?
確かに……いるわね。
そのせいで、最近わざわざベッドを増やしたのよ? さすがにもうスペースが足りないのよね。
このままだとケルシー先生に申請して、温室をもっと広くしてもらわないといけないわ。
……ほら。
それって、たくさんの人が、調香の良さを分かり始めてるってことでしょ?
それに、よく分かんないからって、それが役に立たないなんて誰も言えないでしょ?
……
……フフッ。
え、笑われるようなこと言ったかな?
パフューマーさん?
フフッ、ごめんなさい。なんだか嬉しくって。
??
気にしないで。それにもしよければ、私のことは直接ラナって呼んでくれて構わないわ。
えっ、あっ、それは……
いいのよ、私もロープちゃんって呼ぶから。
え? ちゃん?
いや、まあ、いいけど……
フフッ、じゃあ決まりね。ロープちゃん?
(ええええ、どういうこと? なんでこんなことになってるの?)
(パフューマーさんって、こんな人だったの?)
えーっと。
あの……パフューマーさん?
えっ?
えーっと、その……ラ、ラナ?
はい、何かしら?
……意外と強情だねって言われない?
言われないわよ? どうして?
本当に?
まあ、いっか……
ふぅ、これで培養土はできたわ。
手を洗ってくるから、少し待ってて。
これ? さっきと同じ土にしか見えないけど。そりゃ調合しても土は土だよねぇ。
これは花の種を育てるための土なの。見た目はともかく、中の成分配合がちょっと特殊なのよ。
花の種?
そうよ。グロリアの治療が新しい段階に入ったの。特殊な草花が必要で、土への要求も段違いに高いのよね。
へえ、そうなんだ。
実は、これまで何回か育ててみたことはあるんだけど、あまり上手くいかなかったの。今回は新しい配合を試してみて、土の比率と栄養に問題がないか見てみようと思ってるのよ……
そうなんだ?
もし栄養だけの問題なら簡単に解決できるけど、植物の成長に必要なのは栄養だけじゃないこともあるのよね。これがなんとも難しいところなのよ。
今回こそは成功してほしいわ。実は、結構自信があるのよね。
聞くだけで大変そうだね。調香って言うのはもっとこう、優雅なものだと思ってた。
なんて言うか、見た目からしてきれいでエレガント、近くに行ったらいい匂いがして、手も足もすごく繊細なお姉さんがしてるイメージ。
あら、それは褒めてくれてるかしら?
そう……だね。
ありがとうね~。でも私はきれいでエレガントよりも、土にまみれて仕事をするのが楽しいのよ。
それは、顔に泥が付いてた時点で分かってたから。
フフ、まだそのことでからかってるの?
ところでドクターくんに頼まれたアロマだったっけ? ちょっと探してくるね。
確かここに……ラベンダー、ラベンダー……あっ、あった。
そうそう、こんな小瓶!
はい、どうぞ。
これ実はとっても人気があるの。たくさんのオペレーターが寝る前に使ってくれてるの。
おぉ~、ラベルも綺麗なんだね。それに効果も抜群だなんて、ぼくの経験上、高価なお宝と見た!
そんなに高価なものじゃないわ。これはロドス内部専用の非売品だから見慣れてないだけ。
そうだ、ロープちゃんもなにか試してみない?
え? 何を?
もちろんアロマよ。こうやって希釈して瓶詰めしたオイルは、携帯しやすいし、ちょっとしたリラックス効果もあるのよ。好きな時に使えるし、もしかしたら新しいトレンドになっちゃうかも!
ロープちゃんみたいな若くてきれいな女の子が使うにはこれ以上ないほどピッタリよ! 似合いそうな、気に入ってくれそうな香りを一緒に考えましょう?
待って、ちょっと待ってよ。
こんなにたくさんの瓶を取り出されても、ちょ、ちょっと!
ラナ!?
あら、ロープちゃん? どうして後ろに下がるのよ、鉤縄まで取り出して?
似合いそうなアロマを選んであげるだけじゃない。何も悪いことはしないわよ~。
ひぃ、身の危険を感じるよ!
それは考え過ぎよ。
……本当に?
本当よ?
……考え過ぎじゃないよ!! うわあ!!
フゥ、フゥ。
よかった……ロープちゃんには、やっぱり香りが似合うわ。
どこが似合うの!?
体に匂いが残るのはマズいよ……いろんな意味で!
そう?
んー、ロープちゃんが嫌がるなら、無理にとは言わないけど。
でも、本当に似合いそうなんだけどな……
……
……あああ、もう、わかったよ!
使う! 使えばいいんでしょ!
!
なんでこうなっちゃったんだろ? ……はぁ。
もう、じゃあ、ドクターのアロマは持ってくね。
あ、そうだ。
忘れるとこだった。
ラナっていつも種を持ち歩いてるんだね。はい、これ。
あら。
もう返してくれるの? 思ってたよりも早いわね、もうしばらくかかると思ってたわ……
え? 待って、何言ってるの?
その言い方、もしかしてラナは、ぼくがそれを取ったの知ってた?
フフッ、私は鼻がよく利くのよ? 位置が少し変わっただけでも香りでわかるわ。
……うぅ。
ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい! わざとじゃないんだ!
そ、その、悪い癖が出ちゃって……ううっ。
フフッ、大丈夫よ? 責めたりはしないわ。
え?
うん……実は、もっと準備しておこうと思ってたから。
え? 準備?
何の準備? 通報? 通報してぼくを捕まえるつもりだった? うわああああ――
ロープちゃん、落ち着いて!?
落ち着いて、いい? 落ち着くのよ。通報はしないし、誰も捕まえに来ないから!
ううう、本当?
本当よ、安心して。
ううううっ、ラナはいい人だね――
涙、一滴も出てないわよ?
えへ、バレちゃった。
過ぎたことは終わりにしようよ! とりあえずラナは何を準備しようとしてたのか教えて?
あぁ、それは……
ロープちゃんが持って行ったそれは、花の種よ。
花の、種?
そう。もともとこの種に合わせて土を調合するつもりだったの。
この花の種は、高価なの?
そんなことないわ。
じゃあ珍しいとか?
別に珍しくもないわ。
その辺でもよく見かける普通の品種だけれど、心を込めて育てればきれいな花が咲くの。調香にもピッタリな花よ。
ほら、どんな種でも土の中から芽を出してきれいな花を咲かせ、いつかは土に還るの。
……
ロープちゃんが種を返しに来てくれる時に、それを植えてもらおうと思ってたの。
ぼくが……自分で?
そうよ? それで花が咲いたら、ロープちゃんのためにその花でアロマを作ってあげるわ。
え? ぼくのために、アロマを?
でも、どうして?
こういうのに、理由が必要なのかしら? うーん……
きっと、ずっと前から、ロープちゃんにはアロマが似合うって思ってたからかな?
フン~フフン~フフフン~。
朝露、ミント、スムージー♪
あれ? ドクター、まだ戦闘報告の処理やってたの?
この前はありがとう。本当に死んじゃうかと思ったけど、まさかドクターがとっくに打開策を整えてたなんてね。
でも支援部隊と一緒に来なくてもよかったんじゃない? さすがに危険過ぎるよ。
オペレーターの安全を確保する必要があった。
まぁ、本当にヤバい時には、ぼくがドクターを引っ張って一緒に逃げるけどね。
あっ、そうだ……はい、これ。ドクターが使ってるアロマってこれだよね?
えーっと、これをドクターに渡すようにって、パフューマーさん……違う、ラナに頼まれたんだ。
そうかな? でも、そんなわかりやすかった?
実はいいことがあったんだよ~。
ドクターにこっそり教えてあげる。あのね、ぼくが自分で植えた花がもうすぐ咲くんだよ?