鵺切物語 幕間
鵺切物語
待て、今何か聞こえなかったか?
なんだって?
……屋根の上からだ。
クソ!!
あれは一体何なんだ!
ば、化け物め!
退治してくれる!
ガアアアァーー!!!
今の声で怒ったようだぞ!
と、殿!? ここは危険です! どうかお戻りください!
醜い化け物め! わしの臣下を傷つけるとは、その命を以て償え!
ロドス外部連絡所
それが極東に伝わる鵺切家の伝説か?
ああ、聞くところによれば、鵺切の一族は今も極東のどっかの一族のために、災いを退け、幸運をもたらしてるらしいぜ。
でも結局、どの領地のどの大名の話なのか、はっきりわかってないじゃないか。
だから伝説なんだろ!
荷物の確認が完了しました。いつも通り、あちらの廊下をお使いください。
左へ曲がるところに赤いマークがあるのが見えますか? あれが貨物用のエレベーターです。二層上がれば、クロージャさんの保管庫へ繋がる廊下に出られます。
標識に沿って進んでいくと、目的地まで三回のセキュリティチェックを受ける必要がありますが、スタッフの指示通りにしていれば問題ありません。
これだからロドスは面倒だよな。ここで受け取ってくれたっていいのに。そんじゃ、俺はここで伝票の整理をしてるから、あんたが届けてきな。
え、俺かよ?
いいからさっさと行ってこい。くれぐれも道に迷うなよ。俺はもう何回もここに来てるけど、未だにあの廊下を歩いてると頭がこんがらがる。
わかったよ。行ってくる。
あの彼……初めて見る顔ですね。また担当者が変わったのですか?
トランスポーターってのは、人が辞めたり入ったりしてくるもんだろ。危険だらけな大地で荷物を届けるのがどんだけ大変かは、ロドスが一番よく知ってんだろうが。
前にあなたと組んでいたパーカーさんはどうしたんです?
手紙を届ける途中で野獣に襲われて怪我しちまって、今はレム・ビリトンの実家で療養中だ。容態は詳しくは聞いてないが、いつ復帰できるやら……
命が助かっただけでもよかったじゃないですか。
だから、新しいパートナーが派遣されたってわけ。
まいったな……
(どの廊下もまったく同じにしか見えない。まさか……本当に迷ってしまったのか?)
というか、誰もいないじゃないか。引き返そうにも、元来た道もわからないし……
それ、クロージャの保管庫に届ける荷物?
道に迷ったの? 案内したげようか?
え? ああ、助かるよ、君はここで治療を受けている患者なのか?
違うよ~、あたしはここのオペレーター。IDカード見る?
これは失礼、見た目からしてまだ学生かと思ったんだ。それで、どの道を行けばいいのか教えてくれるか?
もちろん。でも代わりにー……
道案内の代わりと言っても、勝手に荷物を持ってくのはだめだ。
あたしが注文したやつだから別に良くない?
いや、でもまだロドスの検査が――
あたしは毎回自分で勝手に取ってるよ。ほら、ここに「ウタゲ」、「コスメ」って書いてあるでしょ? それとも源石爆弾が入ってるんじゃないかって疑ってるの? ここで中身見せたげようか?
……いやそこまではしなくていいが……決まった作業フローがあってだな……
そ。じゃ荷物置き場だけど、今来た道を戻って三つ目のドアをさらに進むと、二十メートル先に曲がり角が見えてくるから、そこを右に曲がって左側の通路を三十メートル進んだら、目的地に着くよ。
はやく行きなよ。あたしはこれから訓練があるから、じゃあねー。
おい、まだ――
ロドスのオペレーターってみんなあんな感じなのか? なんというか……自由だな。
あとで、ウタゲというオペレーターが荷物をひとつ持っていったことを、セキュリティチェックのスタッフに報告しないと。
よし、急いで届けるぞ。
ウタゲは、トランスポーターの視界の届かない曲がり角のところに立っていた。
その手には先ほどの箱を抱えている。まるで、何か大切なものでも入っているかのように。
そして、一切物音を立てることなく、ウタゲはトランスポーターの後を追いかけた。
つまり、極東の伝説にすごく興味があるということですか?
ああ、珍しい話を聞けるのが、トランスポーターをやってる醍醐味だからな。新しい人と出会うたびに、そいつの地元の話を聞くようにしてるんだ。
それは確かにトランスポーターくらいにしかできませんね。そういえば、私は鵺切の伝説の別バージョンを聞いたことがありますよ。
へぇー、どんな話なんだ?
そうですね――
領地はとうの昔に滅びましたが、鵺切の一族はどこかでひっそり存続しているそうです。
極東のとある一族に召し抱えられ、今も己が責務――主にとっての「鵺」を斬り殺しているとか。
これが、私が聞いたもうひとつの鵺切伝説です。
さっきの話と全然違うじゃないか。これは興味深い。
ドクター! いつからいたんですか!?
「彼は山に潜む数多の賊と同じく」のあたりから。
本気にしないでくださいね、ドクター。私も人伝に聞いただけですから、内容が本当かどうかまではわかりません。
ははは、所詮は物語だろ。突拍子もないくらいがちょうどいい。
にしても、新人のやつはいつになったら戻ってくるんだ?
ドクター、わざわざここまで来たということは、何か大事な荷物でも届いているのです?
ああ。
いくつかの事務所からの報告書が今日届くんだ。
ちょうどこちらの荷物のリスト整理が終わったところです。クロージャさんのところへ行ってみましょう。
とろとろしやがって、まさか本当に迷子になったのか? あとで先輩としてきっちり「指導」しないとな。
な、なんだ!?
一体何が起きたのです!?
保管庫の警報が鳴ったようだ。
様子を見に行こう。
クロージャの保管庫へと続く廊下には、すでに数名のオペレーターが待機していた。
何があったんだ?
熱感知アラームが作動しました。誰かがここでアーツを用いた戦闘を行った可能性があります。
ですが、現場に戦闘の痕跡はなく、荷物を載せた台車が一台残されているだけでした。
これって俺たちが持ってきた荷物じゃないか? 俺の同僚がこれを運んでいたはずだが、見かけなかったか?
オペレーターは首を横に振った。
ドクター、気をつけてください。今監視カメラの映像を調べています。万が一危険があってはなりませんので、その間は我々のそばを離れないでください。
……
(廊下の状況を確認する)
ドクター?
大の大人が一人、こんな簡単に消えちまうなんてあり得ないぞ……
これは……
台車のそばにしゃがみ込んだドクターの鼻に、何かの臭いが届いた。
それはほんの微かな甘い香りだった。
まさか……
(あーあ、めんどくさ……)
ウタゲは心の中で文句を言いながら、腕に抱えた小さな箱に目をやる。落としたのか、箱はところどころ凹んでいた。
(イライラする。)
ああー! ほんとにもう!
ウタゲは段ボール箱と太刀をどさりとテーブルに置く。
そして、ネイルを施した指先でカッターナイフを取ると、段ボールの蓋にすっと切り目を入れた。封の切り口の間からは小さな部品が現れる。
部品には小型の源石電池が接続されており、小さいながらも精巧な造りをしている。
その部品を見つめるウタゲの顔から、すっと表情が消える。
もしもーし、聞こえてるよね?
ウタゲは部品に話しかける。予想通り、それは盗聴器だった。
ドクター、艦内の端にあるドアのそばで、例のトランスポーターを発見しました。
原因は不明ですが、気を失っています。
きっと働きすぎで倒れたのだろう。
休憩室でゆっくり休ませてあげて。
ですが……もし彼が――
どう考えても怪しいのに――
大丈夫だ、信じてくれ。
ここも一通り調べたけど、他に痕跡はなかった。
……ドクターがそこまでおっしゃるのなら、とりあえず彼を休憩室まで運びましょう。
他のみんなも戻ってくれ。
いい? 一度しか言わないからよーく聞いててね。ま、どうせ録音されるから、どうでもいいけど。
……コホン。
今の生活ほんとにだ~い好き! 友達と遊ぶのもだ~い好き! 前に住んでた屋敷と比べたら、ロドスって何もかもがサイコーに感じちゃう。
あ、でも訓練はきらい。だからこそ、サボった時のあの感じが大好きなんだけど。
だから――
間諜を変装させてロドスを調べようとしたって無駄なの。あたしが見破れないわけないでしょ。
誰がロドスに興味を持ってるのかは知らないけど、また今度変な小細工を仕掛けたりなんかしたら――
一回帰省して、鵺切一族を滅ぼしちゃうかんね。
それじゃ、パパとママによろしく~。
ウタゲは身を翻すと、すらりと刀を抜く。
哀れな盗聴器は真っ二つに斬られ、ゴミ箱の中へと落ちた。
ああー! フェイスパウダーがこぼれちゃってる! 絶対にさっきの偽トランスポーターが反撃なんかしてきたせいじゃん!
うちの人間にあいつにお灸を据えといてって言いたいけど、盗聴器壊しちゃったしなぁ。
ほんっと腹立つ!
ウタゲは殺し屋にも間諜にもなりたくない。もちろん一族の責任とやらを背負いたくもない。
訓練も嫌いだ。正直なところ、オペレーターをやるのもなかなか疲れる。
ウタゲはただの女子高生でいたいのだ。
あっ! キララ!
やほー、ウタゲ。
何持ってるの? それ、新しく届いた雑誌?
もう、あたしを置いて自分だけ先に読むなんて!
そんなことないよ……今受け取ったばっかなんだけど。
まあいいや。ほらキララの部屋に行こ! 新しいコスメが届いたから一緒に試そ!
ま、またぁ~……?