鵺切物語幕間鵺切物語
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鵺切物語 幕間

鵺切物語

これはずっとずっと昔の出来事。

その頃、極東は戦の時代の只中であった。野心家や戦術家が次々と立ち上がり、山を占拠して王のように好き勝手を振る舞いつつ自分たちの領地を固く守っていた。

これはごく普通の領地の、ごく普通の夜のことだ。

数名の奉行人が領地内を見回っていた。片手に提灯を下げ、もう片手を刀の柄に添えながら、彼らは無人の城下町をゆったりと歩く。

通りの両側に建つ家屋は、無人なのか、はたまたは住人たちが物音を立てないよう息をひそめているのか、しんと静まり返っていた。

広まる疫病と頻発する戦のせいで、町はすっかり生気を失っている。

奉行人たちはこうした静かな夜に慣れてはいたが、それでも真剣に己の責務を遂行していた。

この町を治めている大名は、文武両道である上に、公正で民にも慈悲深い。だが、彼がいくら優秀だろうと、町ひとつ分の食料と薬を無から作り出すことはできない。

この町は、これから一体どうなってしまうのだろうか?

誰も口にこそしないが、心の中では同じことを考えていた。

奉行A

待て、今何か聞こえなかったか?

奉行B

なんだって?

奉行A

……屋根の上からだ。

奉行人たちは、一斉に屋根を見上げる。この戦乱の時期であるので、それがただの風の音か、小さな獣が立てた物音であることを彼らは切に願った。

しかし、そこにいたのは人のような形をした何かだった。背は曲がり、体は長い毛に覆われていた。四肢は太く頑丈で、尾を生き物のようにくねらせている。

謎の化け物が屋根の上に隠れていたのだ。顔を暗がりに潜め、淡い紫色をした目をらんらんとさせながら、奉行人たちをじっと見つめていた。

奉行人たちはあまりもの恐ろしさに声を出すことも、視線を逸らすこともできず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

すると、化け物が耳をつんざくような鳴き声を上げた。

奉行A

クソ!!

あれは一体何なんだ!

奉行B

ば、化け物め!

奉行A

退治してくれる!

謎の化け物

ガアアアァーー!!!

奉行B

今の声で怒ったようだぞ!

正体不明の化け物は屋根を蹴り、空高く飛び上がった。紫に光る瞳が夜空に曲線を描く。次の瞬間、巨大な体躯が奉行人らのすぐそばに降り立った。

化け物に狙いを付けて攻撃しようとしていた奉行人を、大きな爪が容赦なく吹き飛ばす。

奉行人は数メートルほど飛ばされて家屋に打ち付けられた。悲鳴を上げる暇もなく、その体は崩壊した家屋に埋もれてしまう。

残った者たちは慌てて逃げ出そうとしたが、化け物は彼らを見逃すつもりは毛頭にもなく、次々と攻撃を繰り出す。

一瞬にして、立っているのは刀を構えた若い奉行人一人だけとなった。

足が震え、もはや逃げることもできない彼は、立ち尽くしたまま死を待つしかなかった。

化け物が鋭い牙を剥いて鳴き声をあげる。太い四肢が地面を勢いよく蹴ったかと思うと、それは奉行人に襲い掛かってきた。

その刹那、屋根の上から化け物を上回る速さで一筋の光が走る。腕に刀傷を受けた化け物は数歩後ずさると、顔に怯えの色を浮かべた。

若い奉行人が見たのは、刀を携えて直々に化け物と対峙する大名の姿だった。

奉行C

と、殿!? ここは危険です! どうかお戻りください!

大名

醜い化け物め! わしの臣下を傷つけるとは、その命を以て償え!

化け物と大名の戦い、初めは勇敢で腕も立つ後者が優勢に立っていた。だが、所詮はただの人間。大名一人で謎の化け物に勝つことは不可能だ。

化け物は何度も斬られ、どす黒い血をまき散らしたが、それでも攻撃を止める気配はなかった。

大名は化け物の漆黒の爪に引っかかれ、黒い血が彼の体内に染み込む。それが彼の最後の力を奪い去った。

力なく地面に崩れ落ちる大名は、逃げようとする化け物の背中を懸命に追いかける人影を見た。

若い奉行人が勇気を奮い立たせ、刀を振り上げて、なりふり構わず化け物に突っ込んでいった。鋭い刃が、化け物の心臓を貫く。

遂に化け物はドサリと地面に倒れ、辺りが再び静寂に包まれる。地面から漂う血腥さだけが、ここで恐ろしい戦闘が起きていたことを物語っていた。

次の日、大名は若い奉行人の勇気を称え、褒美として自身の持つ銘刀を彼に授けた。

こうして若い奉行人は大名のお傍で警護を担うことになり、彼の一族は大名から「鵺切」の名を拝領して代々領地を守ることを命じられた。

しかし大名はあの晩、鉱石病に感染していた。

だが、公正と仁愛を信条とする城主は、不吉な化け物がもたらした不吉な病に屈することはなかった。己の命が残り少ないことを知った彼は、領地の状況改善により一層励んだ。

彼の息子は父親の意思を継いで、領地を発展させた。戦争が続く苦しい日々もすぐに終わりを迎え、所領は繁栄の一途を辿ることになる。

そして、謎の化け物――「鵺」はこの地の伝説と化した。

鵺は定期的に不吉な鳴き声と共に城内に現れ、鵺切家の人間がそれを退治する。

鵺が消えれば、災いは福に転じ、幸運が訪れるのだ。


ロドス外部連絡所

好奇心の強い男

それが極東に伝わる鵺切家の伝説か?

話好きの男

ああ、聞くところによれば、鵺切の一族は今も極東のどっかの一族のために、災いを退け、幸運をもたらしてるらしいぜ。

好奇心の強い男

でも結局、どの領地のどの大名の話なのか、はっきりわかってないじゃないか。

話好きの男

だから伝説なんだろ!

ロドス荷物管理員

荷物の確認が完了しました。いつも通り、あちらの廊下をお使いください。

左へ曲がるところに赤いマークがあるのが見えますか? あれが貨物用のエレベーターです。二層上がれば、クロージャさんの保管庫へ繋がる廊下に出られます。

標識に沿って進んでいくと、目的地まで三回のセキュリティチェックを受ける必要がありますが、スタッフの指示通りにしていれば問題ありません。

好奇心の強い男

これだからロドスは面倒だよな。ここで受け取ってくれたっていいのに。そんじゃ、俺はここで伝票の整理をしてるから、あんたが届けてきな。

話好きの男

え、俺かよ?

好奇心の強い男

いいからさっさと行ってこい。くれぐれも道に迷うなよ。俺はもう何回もここに来てるけど、未だにあの廊下を歩いてると頭がこんがらがる。

話好きの男

わかったよ。行ってくる。

ロドス荷物管理員

あの彼……初めて見る顔ですね。また担当者が変わったのですか?

好奇心の強い男

トランスポーターってのは、人が辞めたり入ったりしてくるもんだろ。危険だらけな大地で荷物を届けるのがどんだけ大変かは、ロドスが一番よく知ってんだろうが。

ロドス荷物管理員

前にあなたと組んでいたパーカーさんはどうしたんです?

好奇心の強い男

手紙を届ける途中で野獣に襲われて怪我しちまって、今はレム・ビリトンの実家で療養中だ。容態は詳しくは聞いてないが、いつ復帰できるやら……

ロドス荷物管理員

命が助かっただけでもよかったじゃないですか。

好奇心の強い男

だから、新しいパートナーが派遣されたってわけ。


話好きの男

まいったな……

(どの廊下もまったく同じにしか見えない。まさか……本当に迷ってしまったのか?)


話好きの男

というか、誰もいないじゃないか。引き返そうにも、元来た道もわからないし……

???

それ、クロージャの保管庫に届ける荷物?

ウタゲ

道に迷ったの? 案内したげようか?

話好きの男

え? ああ、助かるよ、君はここで治療を受けている患者なのか?

ウタゲ

違うよ~、あたしはここのオペレーター。IDカード見る?

話好きの男

これは失礼、見た目からしてまだ学生かと思ったんだ。それで、どの道を行けばいいのか教えてくれるか?

ウタゲ

もちろん。でも代わりにー……

話好きの男

道案内の代わりと言っても、勝手に荷物を持ってくのはだめだ。

ウタゲ

あたしが注文したやつだから別に良くない?

話好きの男

いや、でもまだロドスの検査が――

ウタゲ

あたしは毎回自分で勝手に取ってるよ。ほら、ここに「ウタゲ」、「コスメ」って書いてあるでしょ? それとも源石爆弾が入ってるんじゃないかって疑ってるの? ここで中身見せたげようか?

話好きの男

……いやそこまではしなくていいが……決まった作業フローがあってだな……

ウタゲ

そ。じゃ荷物置き場だけど、今来た道を戻って三つ目のドアをさらに進むと、二十メートル先に曲がり角が見えてくるから、そこを右に曲がって左側の通路を三十メートル進んだら、目的地に着くよ。

はやく行きなよ。あたしはこれから訓練があるから、じゃあねー。

話好きの男

おい、まだ――

ロドスのオペレーターってみんなあんな感じなのか? なんというか……自由だな。

あとで、ウタゲというオペレーターが荷物をひとつ持っていったことを、セキュリティチェックのスタッフに報告しないと。

よし、急いで届けるぞ。


ウタゲは、トランスポーターの視界の届かない曲がり角のところに立っていた。

その手には先ほどの箱を抱えている。まるで、何か大切なものでも入っているかのように。

そして、一切物音を立てることなく、ウタゲはトランスポーターの後を追いかけた。


ロドス荷物管理員

つまり、極東の伝説にすごく興味があるということですか?

好奇心の強い男

ああ、珍しい話を聞けるのが、トランスポーターをやってる醍醐味だからな。新しい人と出会うたびに、そいつの地元の話を聞くようにしてるんだ。

ロドス荷物管理員

それは確かにトランスポーターくらいにしかできませんね。そういえば、私は鵺切の伝説の別バージョンを聞いたことがありますよ。

好奇心の強い男

へぇー、どんな話なんだ?

ロドス荷物管理員

そうですね――


舞台は同じ領地だが、登場する大名は、他人のために尽くすあの大名ではなかった。

彼は山に潜む数多の賊と同じく、目先のことしか見えず、傲慢で自分のことしか頭にない。

暴虐で残忍な質で、身の回りにある不吉なものを心底嫌っていた。

その大名は感染者を忌み嫌い、見つけ次第ただちに抹殺した。

彼は、恐怖と残虐さをもって領地を治めていたのだ。

ある日暴動が起き、大名は感染者の襲撃に遭った。追い詰められた感染者たちが罠を仕掛けて彼を騙し討ちにしたのである。一命を取り留めたものの、鉱石病を患ってしまった。

大名は己を謀った者たちを斬り捨てると、感染者の血に濡れた刀を恨めしそうに投げ捨てた。

彼は英明で武勇にも優れた己が、このような結末を迎えることを許せなかった。己が卑しい平民と同じ病を患ったことを受け入れられなかった。

大名は家臣である鵺切一族に命じた。自身の所有するすべて――領地、家族、地位、そして名声を守り抜けと。

その瞬間から、鵺切家はただの大名の護衛ではなくなった――大名にとっての「鵺」を始末する者となったのだ。

それが人であろうと、軍隊であろうと、天災であろうと変わることなく。

事情を知らない者にとって、鵺切家が斬り伏せているのは、人々を脅かす得体の知れぬ化け物だった。

こうして鵺切一族の責務は呪いとなって、脈々と受け継がれることとなった。

彼らは代々、その役目を果たし続けた。

真相を知ってしまった無実の者たちは「鵺」とみなされ、彼らに抹消された。かくして、真実は永遠に闇に葬られていったのだ。


ロドス荷物管理員

領地はとうの昔に滅びましたが、鵺切の一族はどこかでひっそり存続しているそうです。

極東のとある一族に召し抱えられ、今も己が責務――主にとっての「鵺」を斬り殺しているとか。

これが、私が聞いたもうひとつの鵺切伝説です。

好奇心の強い男

さっきの話と全然違うじゃないか。これは興味深い。

ドクター

ロドス荷物管理員

ドクター! いつからいたんですか!?

ドクター

「彼は山に潜む数多の賊と同じく」のあたりから。

ロドス荷物管理員

本気にしないでくださいね、ドクター。私も人伝に聞いただけですから、内容が本当かどうかまではわかりません。

好奇心の強い男

ははは、所詮は物語だろ。突拍子もないくらいがちょうどいい。

にしても、新人のやつはいつになったら戻ってくるんだ?

ロドス荷物管理員

ドクター、わざわざここまで来たということは、何か大事な荷物でも届いているのです?

ドクター

ああ。

いくつかの事務所からの報告書が今日届くんだ。

ロドス荷物管理員

ちょうどこちらの荷物のリスト整理が終わったところです。クロージャさんのところへ行ってみましょう。

好奇心の強い男

とろとろしやがって、まさか本当に迷子になったのか? あとで先輩としてきっちり「指導」しないとな。

な、なんだ!?

ロドス荷物管理員

一体何が起きたのです!?

ドクター

保管庫の警報が鳴ったようだ。

様子を見に行こう。


クロージャの保管庫へと続く廊下には、すでに数名のオペレーターが待機していた。

ドクター

何があったんだ?

前衛オペレーター

熱感知アラームが作動しました。誰かがここでアーツを用いた戦闘を行った可能性があります。

ですが、現場に戦闘の痕跡はなく、荷物を載せた台車が一台残されているだけでした。

好奇心の強い男

これって俺たちが持ってきた荷物じゃないか? 俺の同僚がこれを運んでいたはずだが、見かけなかったか?

オペレーターは首を横に振った。

前衛オペレーター

ドクター、気をつけてください。今監視カメラの映像を調べています。万が一危険があってはなりませんので、その間は我々のそばを離れないでください。

ドクター

……

(廊下の状況を確認する)

前衛オペレーター

ドクター?

好奇心の強い男

大の大人が一人、こんな簡単に消えちまうなんてあり得ないぞ……

ドクター

これは……

台車のそばにしゃがみ込んだドクターの鼻に、何かの臭いが届いた。

それはほんの微かな甘い香りだった。

ドクター

まさか……


ウタゲ

(あーあ、めんどくさ……)

ウタゲは心の中で文句を言いながら、腕に抱えた小さな箱に目をやる。落としたのか、箱はところどころ凹んでいた。

ウタゲ

(イライラする。)


ウタゲ

ああー! ほんとにもう!

ウタゲは段ボール箱と太刀をどさりとテーブルに置く。

そして、ネイルを施した指先でカッターナイフを取ると、段ボールの蓋にすっと切り目を入れた。封の切り口の間からは小さな部品が現れる。

部品には小型の源石電池が接続されており、小さいながらも精巧な造りをしている。

その部品を見つめるウタゲの顔から、すっと表情が消える。

ウタゲ

もしもーし、聞こえてるよね?

ウタゲは部品に話しかける。予想通り、それは盗聴器だった。


あの秘密の屋敷で暮らしていた彼女は、使命の意味も責任の意味も知らぬまま、ただ大人たちの計画に従って成長していった。

屋敷の外に何が広がっているのかも知らなかった。何も知らないがゆえに、興味を抱くことすらなかった。

幸か不幸か、彼女は卓越した才能に恵まれ、鵺切一族の作戦訓練をすべて難なく突破してしまい――

自身の任務を与えられることとなった。

ごく普通の極東の市民になり、ごく普通のおしゃれ好きな女子高生になり、存在感の薄いロドスオペレーターになる。そして、仕える主のために「鵺」を始末する。

彼女にとって、それは簡単なことだった。彼女の正体に気づく者はいないからだ。

彼女の両親と一族は、彼女が鵺切家の次代当主になると信じて疑わない。

その計画において、当主になるための最後の一歩が、ロドスでの任務を果たすことだった。


前衛オペレーター

ドクター、艦内の端にあるドアのそばで、例のトランスポーターを発見しました。

原因は不明ですが、気を失っています。

ドクター

きっと働きすぎで倒れたのだろう。

休憩室でゆっくり休ませてあげて。

前衛オペレーター

ですが……もし彼が――

どう考えても怪しいのに――

ドクター

大丈夫だ、信じてくれ。

ここも一通り調べたけど、他に痕跡はなかった。

前衛オペレーター

……ドクターがそこまでおっしゃるのなら、とりあえず彼を休憩室まで運びましょう。

ドクター

他のみんなも戻ってくれ。

ドクター


ウタゲ

いい? 一度しか言わないからよーく聞いててね。ま、どうせ録音されるから、どうでもいいけど。

……コホン。

今の生活ほんとにだ~い好き! 友達と遊ぶのもだ~い好き! 前に住んでた屋敷と比べたら、ロドスって何もかもがサイコーに感じちゃう。

あ、でも訓練はきらい。だからこそ、サボった時のあの感じが大好きなんだけど。

だから――

間諜を変装させてロドスを調べようとしたって無駄なの。あたしが見破れないわけないでしょ。

誰がロドスに興味を持ってるのかは知らないけど、また今度変な小細工を仕掛けたりなんかしたら――

一回帰省して、鵺切一族を滅ぼしちゃうかんね。

それじゃ、パパとママによろしく~。

ウタゲは身を翻すと、すらりと刀を抜く。

哀れな盗聴器は真っ二つに斬られ、ゴミ箱の中へと落ちた。

ウタゲ

ああー! フェイスパウダーがこぼれちゃってる! 絶対にさっきの偽トランスポーターが反撃なんかしてきたせいじゃん!

うちの人間にあいつにお灸を据えといてって言いたいけど、盗聴器壊しちゃったしなぁ。

ほんっと腹立つ!


ウタゲは殺し屋にも間諜にもなりたくない。もちろん一族の責任とやらを背負いたくもない。

訓練も嫌いだ。正直なところ、オペレーターをやるのもなかなか疲れる。

ウタゲはただの女子高生でいたいのだ。

ウタゲ

あっ! キララ!

キララ

やほー、ウタゲ。

ウタゲ

何持ってるの? それ、新しく届いた雑誌?

もう、あたしを置いて自分だけ先に読むなんて!

キララ

そんなことないよ……今受け取ったばっかなんだけど。

ウタゲ

まあいいや。ほらキララの部屋に行こ! 新しいコスメが届いたから一緒に試そ!

キララ

ま、またぁ~……?