ウォルモンドの薄暮 TW-4・戦闘前
復讐の魂
……どうしてこんな……
……ホントに……ひどい……
火災が処理されてから、かなり時間が経っているようだ。だが……
これは、ロドスの物資箱だ。識別コード、日付、全て揃っている……
ここだけホコリが薄い。四角い何かが箱の上に置いてあったみたいだね。
……アントのIDカードかもしれない。彼女はカードを身につけるのが嫌いだったから。
カシャ、エアースカーペ、状況が変わったわ。
そ、それくらいあたしにもわかるよ!
あたしにはグレースロート姉さんとエアースに山で助けてもらった恩があるから、絶対力になってみせる!
俺をエアースなんて呼ぶな……はぁ、レオンハルトはアンタたちに何を言ったんだか……
天災の影響は深刻だ。ウォルモンドはかなり苦しい状況だろう。それにしても、ここの天災トランスポーターは何をしていたんだ?
もしレオンハルトかアーススピリットさんがいたなら、ここまでの事態にはなっていなかったはずだ……
もしもの話をしたってしょうがない……私たちは最悪の事態に備えておいた方がいい。
街の外に駐在するとしたら、二人は問題ある?
全然大丈夫!
……俺は元より天災トランスポーターの護衛が仕事だから、慣れている。ただこいつは、動画素材を撮るために冬霊山脈に登って一瞬で遭難した「天才少女」だ。
ちょっと! こんなときまであたしを馬鹿にするの!?
ただの冗談だ。つまり……グレースロートは俺たちが今すぐ街に侵入して、議事堂の門を破壊することは望んでないということか?
……ええ、ごめんなさい。少しだけ我慢して。私がアントの状況を確かめてくるまで。
すぐに戻る。
……飢饉?
ああ、飢饉だ。飢饉がこの街を滅ぼすだろう。
君が何故と問いたいのはわかる。確かにウォルモンドほどの規模の街となれば、自給自足は可能だ――
大裂溝が起きた日に、源石結晶にインフラエリアの地下を貫かれ、田畑や供給施設が破壊されていなければ、の話だがな。
実際、商業エリアと街の中心で爆発が起きなかったのは不幸中の幸いでした。ですが、かなりの損害を受けたことには変わりません……
季節も良くなかった。すでに秋を迎え、冬霊山脈へ向けて運行しているところだったからな。今年の冬は足が早かった。
住民が不安に陥ることを避けるために、この件に関しては発表を控えていました。
そうしたら我々は事情を知らない仲間たちに、後ろから刺されたというわけさ。
あの裏切り者たちは……どうしますか?
タチヤナが若い連中を連れて調査をしている。ウォルモンドの事情に通じている先導者がいなければ、誰も動力炉に触れることなどできなかったはずだ。
ところで、街ごとに予備の牽引設備があったはずだが、そちらの状況は?
……それで市街全体を移動させるのでは遅すぎます。最大速度でも他の移動市街の八分の一程度しか出ませんので、山脈を離れる前に冬が来てしまうでしょう。
そうか……食料庫だけはなんとしてでも死守しなくてはな。人員を増やせ。
不可能です。……老人も子供も、武器を持つ勇気のある者たちはもう全員……
それに食料庫に手を出すとなれば、ウォルモンドの全員を殺すことになるということくらい、裏切り者たちもわかっているはずです! 彼らが、彼らがどれだけ非道であってもさすがにそこまでは……
希望など持たないほうがいい。
あの……
――なんだ、言ってみなさい。
ドデカフォニー通り――隔離エリアがあそこまで厳しい状況になっている原因は、つまり……?
……ただ単純に、感染者の母数が増えたことにより、一人あたりの配給が縮小されたから……と言ったら信じてくれるか?
いや、君たちが信じようが信じまいが関係ない。そう説明して、彼らは納得してくれると思うか?
食料庫の扉を破壊し、備蓄の穀物を一粒一粒精査して初めて、彼らは我々の言葉が事実だとわかるのだろう。
とは言え、彼らが食料庫を暴くのを黙って見ているのが正解とは、私には思えない。
……
もし彼らが本当に中の食料を精査するだけなら、私も喜んで扉を開けよう。だが皆が皆、中を見て満足するわけではあるまい。
我々からの公式通達がなくとも、賢い者であれば、運行ルートと季節の推移から、ウォルモンドが冬に大飢饉を迎えることは予測できるはずだ。
彼らの扇動や略奪、そして今日やったことの全ては、彼ら自身が生き延びるために、他者を餓死させるための口実に過ぎない。
ロドスが感染者問題対策の専門家だということは、もちろん私も信じている。アント先生の専門性と君たちの戦いぶりを見れば、疑う余地はないからな。
だが――
――この地に蔓延る難題は、鉱石病だけなのか?
……
……こんな状況ですが、アントのためにも言わせてもらいます。
あれは殺人でした。
――関係ない者は皆外へ出ろ! 憲兵長とロドスのお二人がここを使う。
セベリンさん。
……わかっている。
では、お任せします。
……どうやら、人の前で話せるような話題ではないようですね。
さすがに、殺人とまで言われてしまえばね。
あなたたちの隠蔽が招いた結果です――礼儀正しい言い方ではありませんが言います。あなたたちを見ているだけでムカつきます。
ロドスのオペレーターであるアントが、ウォルモンドでの殺人事件に巻き込まれて殉職したんです。納得のいく説明をしてください。
……あの一命をとりとめた感染者の証言によると、彼らも「犯人」を探しているとのことでした。
もしかすると犯人は彼らの中にいるのかもしれない。よくある罪のなすりつけ合いさ。
……そうかもしれませんね。
ですが殺人犯の話をする前に、私は――
――それ以上は、君の口から言わなくていい。
私でも、良心の呵責に苛まれることがある。もし君から言われてしまえば、こちらもやるせない気持ちになる。
ウォルモンドがこの窮地を乗り切るためには、まだ君たちの力が必要だ。全てを知った君たちを、これ以上闇雲に困らせることはしないと約束する。
……私についてきてくれ。
ここは……
……
こんなぞんざいな扱いで申し訳ない。だが彼らはほとんど感染者だからな。地下に安置しないと、他の者たちを安心させられん。
……寒いですね。
いついかなるときも、この冷却装置だけは滞りなく動くようにしている。
とても繊細で精確なアーツです。さすがリターニアに籍を置く憲兵長ですね。
……犠牲者は、八名。
ウォルモンドの住民四名、アント先生、そして街の外からやって来た感染者が三名。
……セベリン憲兵長の息子さん……トールワルドさんもこの中にいるんですね。
……タチヤナから聞いたのだな。
そうだ。
私の失策のせいで……
アント……こんなところにいたのね。
もっと……見つけやすいところにいなさいよ……バカ猫。
彼女は……どうしてあれがアント先生だと……
(セベリン憲兵長……しばらく一人にしてあげましょう?)
……そうだな。
……彼女も努力し、もがきながら前に進んでいる少女なのだな。あの強気の姿勢に、そんな当たり前のことも忘れてしまいそうになった。タチヤナと同じくらいの年齢だろうに。
タチヤナさんも……すごく無理をしています。
わかっている。
あっ――! もうタバコは止めてください! 言いましたよね!
……そうすべきかもしれんな。
タバコはあなたの気管支疾患をさらに――
――
ま、まさかあなたは――?
……キツネのお嬢さん、君は私が思っていたよりも、ずっと鋭いようだ。
だが今は、秘密にしておいてくれないか。
……
フォリニックお姉さん……気分はいかがですか?
……ええ、大丈夫。
君の年齢でこんな……なんと立派なことだ。
私の目の周りが腫れているから、皮肉を言っているんですか?
友人を失ってなお、冷静であろうとしている君を、嘲笑うことなどない。
……
……まだ終わっていません。
そうだな、まだ終わっていない。ここからは、共に今回の事件に向き合えるといいのだが。
これは?
市街防衛用アーツ発生装置だ。正式名称はL-44「蓄音機」自律式アーツユニット……要するに、凶器はこいつだ。
高等教育を受けたリターニア人ならば、誰でもこいつのコアを駆動させることができる。破壊力は、民間では違法レベルだ。
とは言え、駆動させたところで、誰にでも扱いきれるという訳ではないがな。過負荷、温度上昇、爆炎……市街防衛設備の一部であるこいつには、複雑なアーツ制御が必要になる。
……つまり誰かがこれを使って、アントを……
……
……絶対犯人を見つけてやる。
犯人が見つかったら、どうする?
……代償を払わせます。
……意外だな、不安と悲しみを乗り越えた君が、復讐を選ぶとは。
フォリニックお姉さん……私たちは復讐なんて……
わかってる。
もちろんわかってる。ロドスのオペレーターとして、ケルシー先生の学生として、そんなこと誰よりもはっきりとわかってる。
でもこの犯人だけは――裁きを受けなきゃいけないの!
アントが何をしたって言うの? あの子は感染者を助けてただけ! それなのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけなかったの!?
少なくとも――
少なくとも……これだけは犯人に聞きたい……なんでこんなことをしたのか……なんでこんなことが許されると思ったのかって。
……わかった。
セベリン憲兵長、スズランさん、フォリニックさ――
あ……フォリニックさんにはもう……
ああ、もう会わせたよ。……そんなに慌てた様子で、また何かあったのか?
はい。捜査の最中、感染者が一般住民と争いになって……
またか。
ですが今回は……代表たちが出ていっても事態を収めることはできませんでした。皆あの武装した感染者たちに、宣戦布告すべきだと騒ぎ立てて……
街の移動手段が大幅に制限を受けている状況だ、それが意味することは皆わかっている……我慢の限界だったのだろう。
新たな発見もありました……感染者と結託した住民の多くは、感染者ではなく……
……察しはついている。
えっ?
冬霊人、あの忌むべき部族だろう。またウォルモンドに取り憑くつもりか。