ドッソレスホリデー DH-9・戦闘前
龍威鼠心
どうだ? そちらは順調か?
ええ。とりあえず一部屋ずつ確認してるんだけど、今、船内食堂の手前まで調べ終えたところよ。
了解。引き続きよろしく頼む。
ッ!? キミは……
――やあ、チェンさん。さっきぶりだね。
……できることなら、おとなしく寝ていてもらいたいんだが。
俺だってそうしたいよ。……欲を言っちゃえば、勝つにしろ負けるにしろ、寝てる間に全部終わっててくれたら楽なんだけどね。
……でも、残念ながらそうはいかないんだ。
キミでは、私に勝つことなどできんぞ。
だろうね。……つくづく、初めから二人のことを一番の障害と見なしておいてよかったよ……そうじゃなきゃ、計画がここまで進むことなんてなかっただろうし。
……キミは、そこまで狂信的な人物には見えないが、なぜそんなにこの計画にこだわるんだ?
ああ、気になる? まっ、ここまで来たんだし、本当のことを話そうか。
昔、カンデラさんから聞いたことがあるんだ。……彼女の父親はこの都市の元市長で……リターニア政府の援助を受けて汚職ばかりしてたクズだった、って。
「元」市長っていうのも、怒った市民たちの暴動を察知して、妻子を連れてこの国から逃げ出したからなんだってさ。
彼は人間としては正真正銘のクズだったけど……それでも、カンデラさんは娘として、ついていくことを選んだ。最初に向かったのはカジミエーシュで、その後ヴィクトリアへ行ったって聞いたな。
それから彼女は父親の後についてあちこち転々としているうちに、お金の使い方や存在意義を学び……
その後、ドッソレスに戻ってきて、ここの市長の座に着いた。
そうして、彼女が市長になったことで、反乱軍が何一つ成し遂げられずにいる間に、この都市はボリバル全土でも最高のお酒や砂糖、コーヒーを生産できるようになったんだ。
中でもドッソレスのテキーラなんて、リターニアやクルビアでも飲まれてるくらいでさ。
その二カ国がお互いの腹を探り合っている間にも、この都市は両国貴族お気に入りのリゾート地になっていって……
結果、彼らはカンデラさんのルールに従わざるを得なくなり、ここで争い合うことはできなくなったんだ。
彼らを進んでそうさせるものは、武力でもなければ、剣術でもアーツでもない、お金であり、娯楽であり、贅沢品の数々……
まさに、この都市の華やかなうわべの部分なんだよ。
……まあ、こんなこと、考えるべきじゃないことくらいわかってるんだけどさ。
それでも、俺はこう思わずにはいられない――
……カンデラさんはある意味、俺の親父よりもボリバルという国を愛しているんじゃないか、って。
何しろ、親父は脇目も振らずに理想の国家を追い求めているだけで……言い換えれば、ボリバルという名の国が欲しいだけなんだ。
……仮に、その「ボリバル」が成立したとしよう。領土は植民地時代に定められた大きさのままで、国民はずっとここに住んできた人で……そこまでだったら、想像できるよね。
でも……その後は? クルビアとリターニアとの軋轢には、どう向き合えばいい? ボリバルは……一つの国家として、どう発展していけばいいんだろう?
親父には、それがわかってないんだ。実際問題として、親父はボリバルがどんな国になっていくのかを想像してないんだよ。
だけど、カンデラさんには……少なくとも一つの道が見えている。彼女は、この国に見いだした存在意義を実現させるために動いているんだ。
……詭弁だな。
中身のない嘘つくよりは、そっちの方がいいでしょ?
ならばなぜ、キミは父親の方に協力するんだ?
……俺は、生まれたときからずっと親父のことを見てきたからね。……戦火の中、歯を食いしばって生き抜く姿も……快活な人だった親父が、段々と寡黙になっていく様子も……
全部、目にしてきたんだ。だから、親父がどういう人なのかはよくわかってる。――あの人は時代に屈したほかの連中とは違う。
そして、それを知ってる以上……カンデラさんの下で働くうち、俺の中に親父とは違う考えが芽生えていたとしても、俺はそんなことで親父を裏切ったりはしない。
……だけど……その考え自体は、少しずつ大きくなってきててさ。俺自身、別の可能性を考慮し始めてることも否定しきれないんだ。
――そこで、俺は今回の計画を一つの転換点にしようと思った、ってわけ。
具体的な行動方針としては……親父への協力は惜しまない。全力でサポートして、計画が成功すれば、そのまま親父を支え続ける。
逆に失敗した場合には、俺も自分の変化を受け入れて、カンデラさんの支持者になるって感じかな。
……ああ。当然、途中で俺が死ぬことになれば――
ハハッ、その時はそれでお終いだね!
――でも、今は……まだ何にも終わっちゃいないからさ。
俺は、あなたを行かせるわけにはいかないんだ。
……ならば、もはやこれ以上の問答に意味はないな。
そうだね。……会えて嬉しかったよ、チェンさん。
知り合ったのがこんな状況じゃなかったら、リンさんも連れて街中を案内してあげたかったんだけどなあ。
遠慮しておく。
あはは、そう言うと思った。
――おい。B班から何人か、こっちについてこい。
……? なんだ、何かあったのか?
ああ、大会でダントツ一位を突っ走ってた『龍威鼠心』ってチームがあるだろ。そのメンバーのチェンとかいう女がまだ抵抗してるんだってよ。
はあ? 船にいるのはみんな俺たちの仲間だろ? そうじゃない選手たちは全員ここに集めてるし……抵抗っつったって、一体何をどうやるってんだ?
それが……聞いた話じゃ、立ちはだかったエルネストさんを倒したらしいぜ。
しかも、そのまま船上をあちこち駆け回って暴れるもんだから、船長直々捕まえに行ってるんだと。
いや~、マジですげーよな……前にエルネストさんが「二人を甘く見るな」って言ってた時は、正直信じてなかったんだけどよ……さすがにこれは納得したわ。
……あれ? じゃあ、もう一人のリンとかいう女の方はどこ行ったんだ?
ここの人質の中には……見た感じ、いねえみたいだけど。
あ~? 知るかよ、海に飛び込んで逃げたんじゃねーの?
――あら、失礼ね。私ならここよ?
な……ッ!?
男二人の頭上から、ユーシャがひらりと飛び降りて、手刀で彼らを片付けた。
チッ……! 総員囲め! 早くしろ!
(六人。頭数が少ない……チェン・フェイゼの奴、いい具合に注意を引いてくれてるみたいね。)
(――じゃ、速攻で終わらせてやりましょ。)
……さ、死にたくなければついてきて。
ど、どうやって逃げるつもりだ……? この船には、パンチョの手下がうじゃうじゃいるんだぞ!
そうね……ちょうどいいわ。あなたたち、来て。
ひ、ひぇっ……!
はぁ……やめろ、みっともない。――ほら、立てっての。
……で? リンさん、俺たちは何をすればいいんだ?
私が先頭を行くから、あなたたちはそのお偉いさんたちを守ってあげて。
了解。
じゃあ、行きましょ。
……! やられた……一歩遅かったみたいだね。
「リンさんはここにいるはず」ってお兄ちゃんの読みは、やっぱり正しかったんだ。
(エルネストのことよね。それなら、彼はチェン・フェイゼに倒された後、目を覚ましてすぐに状況を理解したのね。)
(へえ、やるじゃない。それだけに残念だけど。)
(それに、目の前のこの子も。まさか、ここでまた鉢合わせるなんてね。)
ねえ、お嬢さん。こんなことに関わるのはもうやめなさい。
……そのお嬢さんって呼び方はやめて。わたしには、ラファエラって名前があるんだから。
それに……関わるなって言うけど、わたしはパパに育ててもらった養子なんだし、このくらい手伝うのは当然だよ。
……お兄ちゃんは君のこと、良い人だって言ってたのに……どうしてわたしたちの邪魔をするの?
あなた、今自分が良いことをしてると思ってるの?
わかんない。……でも、お兄ちゃんもパパも悪いのはこの都市だって言ってたよ。だから、きっと二人の言う通りだと思う。
……そう。なら、あなたは自分の意見ってものを持つべきね、お嬢さん。人生にはたまに、若者が大人を支えてあげなきゃいけない場面が来るものだし。
……経験豊富な年長者だからこそ、自分自身で積み重ねてきたその経験に固執してしまうこともある……
だからあなたが彼らの後を継ぐとき、先人たちとまったく同じ道筋を辿っていくだけじゃダメなのよ。
自分自身の考えで古いしきたりを打ち破り、あなたにしかできないことを模索しなければならない時が、いつかはやってくるわ。
もう……何言ってるのか全然わかんないよ。
今はそれでいいわ。頭の片隅にでも入れておいて。
――さあ、お喋りはここまでにしましょ。悪いけど私、急いでるから……いい子はもう寝る時間よ、お嬢さん。
(チッ、リン・ユーシャの奴、通話を切るなと言ったのに! いくらかけても繋がらないし……どういうつもりだ!?)
――ッ! 遅いぞ、リン・ユーシャ! これまで何をしていた!?先ほど人質を救出し終えたと聞いたのは二十分も前だ! 今やほとんどの連中がお前を追っているぞ!
はいはい、わかってるわよ。人質の方はもう逃がしたから大丈夫。
お前、一体……
いいから、私を信じて。船底へ来てくれる? 協力してほしいことが――
……ッ!?
チェンが咄嗟に携帯を離し、さっと振り返ると――パンチョと彼の部下たちが、すぐ傍まで迫っていた。
龍門総督ウェイ・イェンウは大層な敏腕だと聞いていたのだがな。
彼が送り込んできた二人組の方は、腕こそ悪くないが……どうも善悪の判断がついていないようだ。
この程度の人物を送り込んでくるとは……どうやら、ウェイ・イェンウもあのカンデラとそう変わらない奴だったらしい。
貴様……
私はな。お前らのような強欲で金に目がない拝金主義者を……快楽を追い求めるしか能がないような連中を、一人残らず殺してやりたいと思っているんだ。
お前らの龍門がどんな場所かは知らない。だが私は、生まれてこの方ずっと、この国が血を流し続ける様を目にしてきた。
手に手を取り合って生きていきたいと誰もが思ってるってのに、実際にそれを叶えられる奴ァ誰一人としていなかった。――この街はそんな地獄を長引かせることで美味しい思いをしてんのさ。
教えてやろうか。今回の計画がどれだけ犠牲を出そうとな、この街がボリバルに与えて続けている苦痛の、ただの一日分にもならねえんだよッ!
……はぁ。……さて、そろそろ遊びは終わりにしよう。貴様に構っている暇はないのでな。
――さっさと投降するか、ここで死ぬか……今すぐに選べ。
(なぜ、こんなことをする? 本当に、自分が正しいと思っているのか? 多くの血が流れることになってもいいと、本気で言っているのか?)
(――いや。こんなことを聞いたところで……無意味だ。)
(彼の目に映る私は、単なる邪魔者にすぎない。……その上――)
(私は、彼に反論することなどできないのだから。)
(これは自分の行動への後悔からくるものではない。)
(ただ、彼の動機を理解したことで、それに賛同できないとは言い切れなくなってしまったことからくるものだ。)
(今もなお、そのやり方自体は否定しているとはいえ、な。)
(……だが、今の私にはボリバルへの、そして戦争への理解がまるで足りていない。これでは、より良い方法を提示することなど夢のまた夢だ。)
(――だから、反論しようがないのは確かな事実だ。)
(ここで剣を抜くことも、できはしないだろう。)
(赤霄が、今の私を認めてくれるはずもない。分かっている。)
(ならば、私が為すべきことは――)
チェンは、手にした銃を静かに構える。
……貴様は死を選ぶようだな。
目の前のパンチョもまた、手にした錨を静かに構えた。
その時――
――チェン・フェイゼ、跳んで!
考える間もなく行動に出た彼女を下で待っていたのは、ユーシャが操縦するボートだった。
チッ……! 追え、逃がすな!