マリア・ニアール MN-1・戦闘前
エレンズチョイス
マリア! どうだ!?
待って――もうちょっと! ……あとネジ一本!
しっかり締めろよ!
うん……あ、待って! 接触不良の原因がわかった気がする――
早くしろ! このジュークボックス重いんだよ、これ以上は持ち上げてられねえ――!
ほら、チーズ盛りお待ちどおさん、フォー。
……おい、今回は爆発せんじゃろうな?
たかがジュークボックスの修理で爆発するわけないだろ?
そうとも言えぬ。源石と関係があるものなら、コーヴァルはやりかねんぞ。
俺の悪口を言ってるのは誰だ?
コーヴァル師匠! き、気を付けて、あんまり動かさないで!
おお――すまねえ、マリア。
フォー! 俺の手が空いたら覚悟しとけよ!
いいだろう、待っておるぞ――
賑やかなのはかまわないが、うちのバーでケンカはやめてくれよ。グラスを割ったら弁償だからな。
ふん、あやつはもう何十年もああしてグダグダぬかしておるが、あやつがわしに勝ったのを見たことがあるか?
前回だな。
あー……前回わしはだいぶ酔っておったからな。それに、関節炎も出とったじゃろ……だからあれはノーカウントじゃ。
ゴクゴクゴク――プハーッ! ……昔、あやつがわしにくっついて辺境を駆け回っておった頃は、あんな口の利き方はさせなかったんじゃがな……
フォー! またあんた大ぼら吹いてんじゃないだろうな!
昔、お主はわしの従者の一人だったくせにという話よ! どうじゃ間違っておるなら言うてみい!
いつまで過去の栄光に酔いしれてんだよ。今やあんたにヘコヘコしてた従者たちが、スーツを着込んであんたや俺の上に立つ時代だろうが――
マリア!!
ひゃいっ!?
痛っ――! 痛てて……この馬鹿、急に手を放すんじゃねぇ!
ご、ごめん。でもちょっと隠れさせて……
ゾフィア、頼むからそっと開けてくれ。今月だけで何回ドアを交換したことか。
はぁ……これだから自動ドアに替えたくても躊躇するんだよ。
どうしたゾフィア? そんなすごい剣幕で怒鳴り込んできて。
……
そこにいるんでしょ?
マ・リ・ア!!
ひぃ――!
おい嬢ちゃん、バレてるぞ。というか、そもそも隠れられてないからな。
うぅ……このジュークボックスどうしてこんなに小さいの……
ねぇ師匠、今あの人どんな顔してる?
ヤバいな……酔っぱらって暴れたガキの騎士を追い払った時以来、あんな怒った姿は見たことねえ。
――あっいや、微笑みながらこっちに来るぞ。
それはもっとヤバい時のやつだよ!
コーヴァル?
ゴホンッ――フォー! 酒でも飲もうぜ! あんたさっき俺の悪口を言ってたよな? 今日はあんたを酔い潰してやる。
ケッ、逃げ出してきおったか腰抜けめ。
じゃああんたはどうしてマリアを助けに行かないんだい?
わ、わしは何があったか知らぬからな! 他人の家の問題にむやみに口出しせぬ方がよかろう!
マ、リ、ア、どうして隠れてるの?
え、えーっと……
君ね……何か私に隠してるでしょ? ていうか私もう全部知ってるんだけどね。
あは、あははっ……
……はぁ。
マリア、騎士競技に出ることが何を意味するかわかってるの?
……
なるほど……ゾフィアがあんなに怒っとるのはそういうわけか。
どうして私に相談してくれなかったの?
だ、だってゾフィア姉さん絶対怒るでしょ?
怒るに決まってるでしょ! だって君、自分が向き合ってるのがどういうものなのか、全く理解してないじゃない!
うぅっ……
で、でも私だって少しくらいはわかってるつもりだよ……
へえ、それは実の姉を見てわかったつもりになってるのかな? カジミエーシュの耀騎士、メジャー最年少の奇跡の一人に習って? それは良かったわね。
でもね……君は、マ・ー・ガ・レッ・ト・じゃ・な・い・の・よ!
痛い痛い! み、耳をつねらないで――
で、でもうちの家の経済状況はどんどん酷くなってるんだよ!
……お祖父ちゃんが死んじゃった後も、叔父さんは相変わらず騎士協会と関わろうとしないし――
冗談抜きで、来年には寝るためのベッドすらなくなっちゃうかもしれないの! 家具を全部売り払うしかなくなっちゃうよ!
……もしそうなったら、うちに住めばいいじゃない。お風呂場は大きいし、庭だって二つあるわ。
どんな理由があろうと、軽率に競技騎士になんてなるもんじゃないわよ。
首席のいない騎士一族は、貴族騎士として認められないんだって。協会からもう何度も催促が来てるの……どうしようもないんだよ。
お姉ちゃんがカジミエーシュから追い出されてずいぶん経ったし、私がなんとかするしか……
……はぁ。
たとえそうだとしても、私に相談するべきでしょ……君一人で勝手に突っ走り過ぎよ。
うう……それは本当に申し訳ないと思ってるよ……でも相談したらゾフィア姉さんはきっと私を止めたでしょ? だから――
当然止めたでしょうね。
……じゃあ今はどう思ってるの?
……「耀騎士再び!? ニアール家から新たな騎士がデビュー。貴族の栄光奪還なるか」
今日の競技新聞のトップ記事よ。
あははっ……やっぱりお姉ちゃんって有名人なんだねぇ。
笑い事じゃないでしょ!
メディアは手段を選ばないから、きっと変な見出しとデマでさらに盛り上げようとするだろうけど……今辞退すればまだ間に合うわ。
でももし私が出なかったら、ニアール家は破産して貴族騎士の資格を剥奪されちゃうよ。
自分が何をしてるかはわかってるつもりだよ。ゾフィア姉さん……私……やらなきゃダメなの。
マリア、君ねぇ……ちょっと、マーティンおじさん! 騎士競技がどんなものか詳しいでしょ、何か言ってやってよ!
そうだな、うん……だったらやらせてみればいいんじゃないかな。
――はぁ!?
マーティンおじさん! ありがとう!
いやいやいや! 今のマリアじゃ私の腕一本、いや、指一本にすら敵わないかもしれないわ。本気で言ってるの?
言い過ぎだよ!
そう言うてやるなゾフィア。お主はメジャー十六強入りした騎士。お主の腕一本に勝てさえすれば、それで合格ラインじゃよ。
そうそう、今のフォーもゾフィアの腕一本には勝てないしな。
何じゃと? もういっぺん言うてみい!?
ふぅ……まあここの常連客はみんな引退した年寄りばかりで、実力も昔ほどじゃない。だが人を見る目に関しては食えないジジイたちだ。俺もマリアは見込みがあると思うがな。
何を言うか! 食えないジジイなど、誉め言葉ではなかろうが!
意味が通じてんだからそれでいいだろ! ……ったくあんたらお騎士様たちは、そんな気取った話し方してよく疲れねえな。
ゴホンッ――フォーの言う通りだな。
私はマリアの才能を信じている。この子のアーツと剣の素質は悪くないはずだ、幼い頃からの剣の練習を見てきた君ならわかるだろ?
……でもここ数年、マリアは機械に夢中だったし、てっきり職人にでもなりたいんだろうと思ってたわ。
機械いじりはただの趣味だよ。別にやめたいとは思わないけど、今はそれよりもやらなきゃいけないことがあるから――
痛っ!?
……私はまだ君が勝手に決めたことを許してないわ。今回ばかりは冗談じゃ済まされないのよ。
……その点に関しては私もゾフィアに賛同するよ。
一族のために身を投げ出し、それでも前向きでいられる君の心意気は賞賛に値する。しかし騎士競技は、君や観客たちが思っているような華々しいものとは違う。
いや、華々しいだけではないというべきかな。
マーティンは片腕を上げて見せた――その腕は大半が機械に置き換えられ、関節からは精巧な駆動音がする。
あっ……
これはちょっとした不注意がもたらした結果だ。
そうじゃな……わしも覚えておる。相手は双剣使いのヴィクトリア人じゃったな。
じゃが、最終的にお主は勝ちおったな。
そうだ、それでも私は勝った。
これがいわゆる栄光の代償ってやつだ。今じゃグラスを拭くのさえ一苦労だがね。
騎士競技か、ふんっ。
競技場には本物の哀れみも敬服も有りはしない。滴り落ちる血だけが本物なんだ。
観客が歓声を上げるのは、単に刺激によって満足したというだけ。スポンサーの厚い待遇なんてのも、ただの利益目的さ。
よく覚えておくんだ。リスクをしっかりと見定めた上で攻める。これこそ真の騎士に必要とされる素質だ。
わ……わかってるよ。
……マリア。
……うん。私、本気だから。
叔父さんはいつも「たとえ貴族の身分が剥奪されたとしても、紋章が無くなったとしても、金輪際『ニアール』が存在しなくなるわけじゃない」って言ってるけど……
でも私はやっぱり守りたいの。お祖父ちゃんやお姉ちゃんがずっと守り抜いてきたものを。
お姉ちゃんはもうここにはいない……私は、ニアール家最後の世代として、自分の家が没落していくのをただ見てるなんてできない!
もしそんなことしたら……私は自分で自分が許せなくなるよ。
……
過酷な現実を知ってなお、茨の道に足を踏み入れる……これこそが騎士じゃ、時代がどう変わろうとな。
マリアよ……わしはお主ならできると信じておる。この一杯はお主に捧げよう。
ハッ、俺もだ、マリアに捧げるぜ。
(無言でグラスを掲げる)
はぁ……私はみんなに説得して欲しかったんだけど。次から次へとほだされちゃって……
あの……ゾフィアおばさん、お願いだから――
その呼び方はやめて! 君より五歳年上なだけなんだから!
……私だってニアール本家に仕えてきたんだもの。もちろんマリアの気持ちもわかるわ。でもやっぱり――
私ちゃんと剣術を磨くから! ちゃんと言うことも聞くから、私のことを信じて!
そうだ! だったらゾフィア姉さんが私の教官になってよ!
へぇ……?
(あれ? マズった――かな?)
そういえば、最後に私たちが剣の稽古をしたのって、いつだったかしらね?
……お姉ちゃんがカジミエーシュを去るより前だっけ?
じゃあその時君に教えた剣術はどんな技だった? どの国の? どういう時に使うもの?
えーと……あはは……ど……どの技だったかな?
……うん、いいわ。
明日の朝、うちの庭の訓練場に集合よ。遅れたりしないわよね? 騎士のマリアさん?
え? う……うん、遅れない、絶対遅れないから!