マリア・ニアール MN-6・戦闘前
ブルーイヤー酒造
……
おいおい、人にひたすら酒を勧めておいて、自分はまだ数杯しか飲んでおらぬではないか!?
うるせぇ、俺の奢りなんだから黙ってろ――
――嬢ちゃん?
どうした、ひどい顔色だな。まだゾフィアと仲直りしてないのか?
……おばさんは? ここに来なかった?
もう帰ったんじゃないか? さっきまで入り口をウロウロしてたんだがな。君のことを心配していたよ。
会いに行ってやったらどうだい?
……
次の対戦相手が決まったの。
私が勝てば、おばさんは……みんなは、わかってくれるかな?
マリア……
……そんな簡単な話じゃないぞ、マリア。
おい、老いぼれ! 何を抜かすんだ!?
ゾフィアはな、単にお主が負けるからとか、怪我をするからとか、そういう理由でメジャー出場に反対しとるわけではないんじゃ……
騎士競技には公平性というものが微塵もなくてのう。高いレベルに進んでしまえば、お主が立ち向かう相手は目の前のライバルだけに留まらず――
企業と企業の勝負、家と家の争いになる。
たとえ監査会であろうとそこに手は出せん。騎士協会、大騎士長と取締役たち、三者間の権力争奪戦は、お主が思っている以上に複雑なんじゃよ。
……
もちろん、わしは諦めろと言っているわけではないぞ、マリア。
「リスクをしっかりと見定めた上で攻める」のじゃ。すべてをその目で捉えてから、奴らをなぎ倒すがよいわ!
……うん!
おっと、新しいお客さ――
……
――ここはお前を歓迎しない。出ていってくれ。
まあまあ、そう言わずに。古い付き合いではありませんか、震鉄騎士様。
あなたの犠牲は、我々の事業にかつてない成長をもたらしました。戦場に臨むあなたの気概に、私は非常に敬服していたのですよ。
なんじゃ、お主は?
二級騎士フォーゲルヴァイデ様。いや失礼、退役後の二級騎士でしたね。それとも、バトバヤル様と呼ぶべきでしょうか? この発音が正しいかどうかはわからないのですが……
おい――
おっと。そんなに身構えないでください。私は騎士ではなく、ただの真面目なサラリーマンに過ぎませんので……
落ち着け、フォーゲルヴァイデ!
……わしの弓が手元にあれば、そのような口は叩かせなんだのじゃがな。
おや、どうやら失言だったようですね……何とぞ、ご無礼をお許しくださいませ。
その胡散臭い言葉遣いにはうんざりだ。目的は何だ?
……私は一介の社員として、騎士協会の意思をマリア・ニアール様にお伝えに参った次第でございます。
マリア様。
あ……えっと、はい……
あなたの次の試合のスケジュールが決まりましたよ。
……そんなこと、お前がわざわざ伝えに来る必要もないだろう。
ええ、確かに。しかし、私は何でも自分でこなしたい性分でして。こうすることで、業務上の細かな部分に目が行き届くのですよ……もちろん、私情も混ざっておりますがね。
耀騎士マーガレット・ニアールの妹、そして今を時めく若き騎士。私でなくても、好奇心がそそられて当然でしょう。
メジャー進出決定を間近にしたシード選手でさえ、今のマリア様の人気には及びません。これも競技騎士としてのあなたの実力の一部であり、強みでもあります。
今の勢いを存分に活かして欲しいと願うのはもちろん、こちらでは多くの……優良な商業契約もご用意しております。
今までに水面下であなたにコンタクトした、どのスポンサーと比較しても、こちらにある契約書は全て、あなたの想像を絶するほどの大企業や騎士団のものであることを保証いたしますよ。
……お前らの勧誘文句にはもううんざりなんだよ。マリアには彼女自身の考えがある。
そうじゃ! 貴様らのような気高き栄光を踏みにじる輩の存在そのものが、騎士に対する冒涜なんじゃ!
栄光? あぁ……そうですね、栄光。実に素晴らしい。
辺境の要塞では、征戦騎士たちが日々の平和を守り、騎士競技上位で活躍する競技騎士たちも、カジミエーシュのために莫大な利益をもたらしている――
では栄光、栄光はどこに? それは消えてなくなったのですか?
いいえ。
誰だろうと、栄光をカジミエーシュから消し去ることはできない。たとえカジミエーシュにある数百、いや数千の企業が束になってもそれは不可能でしょう。
騎士は利益に目が眩み、戦争の道具に成り果てたのでしょうか? 騎士は自ら、過去の栄光を捨て去ってしまったのでしょうか?
否。それは騎士たちへの侮辱です。各社の取締役たちでさえ「騎士は傀儡だ」などという妄言を吐けないというのに、私たちがまさに絶好調の騎士競技を蔑む理由などないのではありませんか?
けっ! 貴様のような奴が騎士の栄光を口にするでないわ!
今のカジミエーシュ人はわかっとらんのじゃ。過去の――
過去の栄光、騎士の精神……あぁ! 形を持たない偉大なる魂! 歴史の虚空に輝く太陽!
確かにその通りです。しかし、観客は別に精神など求めてはいないのですよ。我々も、彼らに精神を見せつける必要はないんです。
黙って聞いていればペラペラと減らず口を……今すぐにそのよく回る舌を引き裂いてやるわい。
おっと、そんなにカリカリしないでくださいよ――栄光! ええ、それは素晴らしきものであり、完璧無欠な存在でもある。それは依然として騎士各家の紋章に刻まれておりますが――
ただ残念なことに、カジミエーシュ人はもう、それを必要としてはいません。
壊れたわけでも、埋もれたわけでもない。それらはずっと存在していますが、現代人には……もう必要ないのです。
もちろん、捨てられたわけでもありません。たとえばあなたが新しくネットワークテレビを購入し、使わなくなったラジオを押し入れにしまったとします。それは「捨てた」範疇に入りますか?
いいえ、それは忘却です。消極的な意味を持つ忘却ではなく、ただ単純に、科学の発展と新しい文化がもたらした、進歩による忘却なのです。
進歩そのものを責めることなんてできませんよね、皆さん?
いちいち擦り寄ってくるな、ここに貴様の味方などおらん。
話が終わったなら、とっとと出ていけ。マリアは――騎士は見世物ではないんじゃ。
いいえ。あなたはまた勘違いをしています。
私が、騎士である皆さんの前で騎士を貶めるはずなどないではありませんか。しかし、騎士は己がカジミエーシュに何をもたらすか、しかと理解する義務があります。
騎士は決して、見世物などではありません。彼らはカジミエーシュの魅力を世の人に知らしめる、高貴で華麗なショーウインドウそのものなのです! どうか、その自覚を持っていただきたい!!
ねえカイちゃん、今回ばかりはちょっとやり過ぎたんじゃないの? ……ちょっと返事してよカイちゃん、寝てんの?
うるさいな……痛くて喋りたくないんだよこっちは……
あはは! ごめんごめん。でも、ここでスピードを落とすわけにもいかないし……そうだ、おんぶしてあげよっか?
……ふざけるな。
あいつら、もう追ってきてないみたいだけど……ここ、どこなの?
前から奴らの気配がする……左に進むぞ!
オッケー、もうちょっとの辛抱だからね!
それで……次の試合はいつなんですか?
おぉ、これは失礼。私としたことが――
三日後です。対戦相手は左腕騎士……“レフティ”タイタス・トポラになります。
……
話は変わりますが、我々の提案した騎士団のいずれかに加入していただければ、たとえマリア様がメジャー進出を果たせなかったとしても――
――ニアール家が正統なる貴族騎士として存続することを承認するよう手配致しましょう。
“ウィスラッシュ”ゾフィア様も、遠くにいらっしゃる耀騎士も、これで安心するかと。
……気持ちだけ受け取っておきます。
私は一族代々の努力を無駄にはしたくないんです。だから私は自分自身の力で、ニアール家が貴族騎士としての資格を充分備えていることを証明してみせます!
おや、そう来ましたか。で、具体的に何をどう証明するんですか? 騎士競技で……何が証明できると言うのです?
大企業との提携こそ、騎士としての最高の証明ではないですか? カジミエーシュ全土の熱狂的ファンや、各地から訪れる観光客の前であなたは――
貴族騎士としての資格を、どう証明すると言うのですか?
……どうやって?
――はい。
……
私は……
失礼、少々お待ちを――
もしもし? はい、私です……え? しかし、私は今ちょうど……はい、わかりました。ご心配には及びません。
残念ですがマリア様、どうやら、私はあなたのご返答を待つことができなくなったようです。
そして他のお三方も、本日は大変長らくお邪魔してしまいました。どうかこの後も、楽しい夜をお過ごしください。
ちっ、さっさと去ね。
……
では、これにて失礼致します。考えが改まったら、いつでもご連絡ください。
……
けっ、これだから商売人は……あやつらの顔を見ただけで吐き気がするわい。
フォー……あいつはどうしてあんたのことを?
……わしも知りたいところじゃ。あの旧名で呼ばれたのは、うちの爺さんが亡くなって以来、半世紀ぶりじゃわい。
どこで覚えてきたのかは知らんが、クソみたいな発音じゃったわ。
これはかなり危険だな。騎士協会、あるいは企業が私たちのことを調べている。ここにいる全員のことを、だ。
何かがすでに動き始めたのかもしれない……
……
そんな顔をするな、マリア。君が責任を感じる必要はない。私たちは皆、ニアールの旦那には大きな恩がある。だから私たちは最初から――
ごめんくださーーい! すいません、怪我人がいるんだけど――
……焔尾騎士?
あれっ、ニアール……!? え~っと……挨拶はさておき、ちょっと手を貸してくれない?
くそっ! よりによってこんな時に……お前とは、競技場で勝負をつけたかったのに、借りを作ってしまうとはとんだ失態を――
ひ、ひどい怪我だよ! 話はあとにして、こっちに来て――
あれ、みんな身構えてどうしたの――?
マリア、後は私たちに任せて、君は奥で怪我人の手当てを。
コーヴァル!
ほい、あんたの弓だ!
相手は一人だけではなさそうじゃな。
……
……
……
……逃げおったか。
ちっ、何者なんだ? 堂々と競技騎士に手を出すとは――
あの子は感染者じゃな、早く様子を見に行かねば。マリア一人じゃ手に負えんかもしれん。
――どうした、マーティン?
……
……いや、今行くよ。