ニアーライト NL-5・戦闘後
世論の裏側
……なるほど。どうも不思議に思ってたのよね。あんたたちがどうして、そのまともに歩けもしないサルカズを連れ歩いてるのか……
そういうことだったの。
え~っとお……モニーク閣下? 俺にもわかるように言ってほしいんだけど~……
……わかんないなら黙ってなさい。無駄に恥を晒さないで。
……無冑盟か。何用だ?
実はさあ……まず、あんたに謝りたいことがあってな。
今日、無冑盟がお宅のマリアを拉致した件なんだが――
――ッ!
――お~っと、そう興奮すんなって。実際やったのは俺じゃないんだぜ?
卑劣な殺し屋が!
まあまあ……安心しろよ。マリアは今頃、無事に家まで帰ってるはずだ。俺らもこれ以上手出しする気はねーし……仮にそうせざるを得なくなっても、なるたけ不真面目に、適当にやるからさ。
な? 無冑盟だって、好きでこんなことしてるわけじゃない。金を稼ぐためにやってるだけなんだよ。たとえやりたくないことでも、上の連中が見てるとあっちゃしょうがない。だろ?
……ですが、あなたたちは感染者を襲っているでしょう。
それも上からの指示なんだ。現場の人間を責めないでくれよ。
いかなる理由があろうとも、悪行は悪行だ。犯した罪の重さは変わらない。
……ま、そいつは仰る通りだな。
だからこそ、こうして挨拶しにきたわけだが……
話すことなど何もない。――だが、そちらが仕掛けてくるのなら、いつでも受けて立とう。
お~、怖い怖い。そんなに凄まないで聞いてくれって。正直なこと言うと、俺たちは商業連合会の支配から逃れたいと思ってるんだ。
……何?
今日ここに来たのも、それを打ち明けるためなんだよ。確かに、あんたとは対立関係にあるのが現状だ。今のところ、俺たちはまだ連合会側の人間だからな。
――だが、個人的に平和協定を結ぶことはできないか、ってのが今回の提案なんだ。
……
耀騎士。あんたとニアール家、そしてそのお連れさんたちと、「ロドス」。全部ひっくるめて、「あんたたち」には俺らの計画に干渉しないでもらいたい。
その見返りとして無冑盟側は、あんたの優勝を邪魔するようなことはしない。加えて、耀騎士の関係者には手出ししないと約束する。
……感染者たちに関しては、どうなのですか?
……悪いが、こっちも何でもできるってわけじゃねぇんだ。俺たちにとっては、連中も脅威の一つだしな。
とはいえ、ひとまずは安心してくれていいぜ。俺らからしても、今はあの感染者騎士たちが必要なわけだし――
それはお前たちのスケープゴートとして、か?
……
であれば、その提案は望ましいとは言えんな、無冑盟。
――なぁ、「無冑盟」って言葉。そもそも何だと思う?
一つ、話をしようか。――昔、堕落した非道な貴族騎士に抵抗するために、地元の農民と従者たちが共謀して、腕利きの殺し屋たちを雇ったことがあった。
ところが、そいつらはなんと――全員ヘマをしちまったんだ。
それでどうなったかっつーと……反逆者は全員絞首刑。騎士は見せしめとしてそいつらを城に吊るしたらしい。領内の村人は怒りに声を上げることもできず、感情を抑え、抵抗を諦めるしかなかった。
しかし、そのあとのことだ。……ある射手が騎士殺しに志願した。その当時は、クランタ騎士の速度に弓で対応することなんざできないってのが一般論で、誰一人期待はしてなかったって話だが……
翌朝、残虐な騎士の家族が、起き抜けに見たのは――突撃姿勢で仰向けになり、そのまま事切れた騎士の死体だった。そいつは長槍のようなもんで貫かれ、広場の地面へ磔にされていたんだ。
人々が目をこらして見ると、突き刺さっていたのは長槍じゃなく、黒鉄でできた鋭い矢だったらしい。
この「クロガネ」ってのが史上最初の無冑盟でな。
まあ事実として、俺たちは雇われの身の殺し屋でしかない。そういう自覚はちゃーんと持ってるさ。――けどな……
伝説ってのは、案外馬鹿にならねえんだぜ?
――ニアールさん! 上です!
耀騎士が天を仰ぎ見る。
薄暗い街灯の下、今夜は星が輝いて見えた。
刹那、一つの流星が幾度か瞬いた後、星々の軌道を抜け出して――
大地へと、まっすぐに降ってくる。
――矢か!?
斬り伏せましょう!
わかった!
きゃっ……!?
リズ、気を付けろ!
(ニアールさんと私の二人がかりでも……あの矢を、斬れなかった……?)
……
……二人とも、なんともないか?
だ、大丈夫です……ですが、今のは一体……
マーガレットが黙って視線を向けた先には――
矛にも似た漆黒の矢が、音もなくコンクリートの地面へと沈み込んでいた。
ひゅう、やるねぇ……クロガネの矢に反応した上、あれを弾いた奴なんざ初めて見たよ。
……
やっぱ耀騎士の剣は格が違うな。それに、そっちの聴罪師の姉ちゃんも大した腕前だ。あり得ないもんを拝ませてもらったよ。……にしても、矢が無機物でホントによかったぜ――
――あれは魂の味か? サルカズ?
聞いた話じゃ医者らしいが……その剣とアーツ、一体どこまで極めていやがるんだ?
無駄口を利くのはやめてください。……これがあなた方の言う「平和協定」なのですか?
おいおい、わかってんだろ? 今のはなにも、あんたらを殺すのが目的ってわけじゃねーんだ。でなきゃ、そこで座ってるサルカズなんて……とっくに死んでるぜ。
……
さ~て――挨拶は以上だ。俺たちからのご提案について、よ~く考えてみてくれよ。
……それと……さっきの矢で理解してほしいものね。これは、「お願い」なんかじゃないってことを。
――「クロガネ」は全部で三人いる。
あんたたちはあの矢をいくつ防げるのかしらね。
――待て!
無冑盟の二つの影は、ネオンの光と月明かりの隙間へするりと溶けていった。
残ったのは耳をなでるジャズの音色だけだ。
……
……「クロガネ」というのは、黒曜石のような光沢を持つ、非常に重たい金属の名前ですね。
あの矢は……その名の如き、漆黒の夜空から降ってきました。
空から……ですか?
……ああ。
耀騎士が再び、天を仰ぎ見る。
輝く星の一つ一つが、今にも上から降り注いでくる黒い矢のようにも思えた。
これは……はるか遠くから放たれた矢なのだろう。極端な放物線を描いていたことで、まるで空から降ってきたように見えたんだ。
だとしたら、常軌を逸した腕前ですね。
……「クロガネ」、か。……あのよく喋る男が言っていた通り、彼らが無冑盟の始祖であるのなら……
これほどの相手だ。今この瞬間も、我々の頭に狙いを定めているかもしれないな。
警戒を怠らないようにしなければ。何しろ、ここはカジミエーシュ……
彼らの罪の砦なのですから。
……マルキェヴィッチ君。
? どうかなさいましたか? マッキー様。
……このところ随分と足取りが軽いようだが……いいことでもあったのかい?
ああ、いえ……そういうわけでは。ただ、自分のやるべきことを見つけたものですから。
やるべきこと、か……
聞くところによると、君はロドス製薬と非常に親密な関係を築いているそうだね。先日も彼らのリーダーのために、ほかの企業との会談の場を手配していたらしいじゃないか。
ええ、そうですが……それが何か?
知っての通り、感染者への世論はますます厳しくなってきている……これだけ圧力が強まれば、我々は何かしらの対応を取らなければならないんだ。
他方で、ロドスは零号地における数少ない外部企業でありながら、監査会の強力なサポートを得ている会社だ。
ゆえに我々はこの企業に対して、真剣に向き合う必要がある。……実際、数名の常務取締役が今日、我々にロドスへの調査と……対処を命じてきた。
「対処」……ですか?
ああ。……零号地には、外部の人間に知られてはいけない秘密がいくつか存在しているからな。
この件では、無冑盟を直接動かすことになる。「プラチナ」の指揮権も本件の責任者に再び委譲されるんだ。
……そんな、無冑盟まで……!?
だが……私から、理事会に提案しておいたよ。責任者を君に変更してほしい、とね。
……! マッキー様、ありがとうございます!
なに。このくらい、大したことじゃないさ。
君とロドスのプライベートな交友関係が、この問題を少しでも簡単なものにしてくれるよう祈っているよ。カジミエーシュでビジネスを行う以上、ここのルールに従ってもらわないとならないからね。
はい、承知しております。
……それから、もう一点。これは他言無用としてくれ。ほかに漏らせば危険を招く内容だ。現時点では、プラチナ及び大部分の無冑盟はまだこちらの管理下にあるとはいえ用心に越したことはない。
実は、無冑盟内部で大きな問題が発生したんだ。
……!
……ドクター。
またぼんやりしてたみたいね。退屈しちゃったのかしら~?
だけど最近の大騎士領は、感染者騎士への抗議行動が広がっちゃってるしねえ~……
こんな状況じゃなかったら~……あなたと一緒に、街をお散歩したいところなんだけど。
アーミヤたちへの圧力に比べれば、大したことではない。
それは、そうでしょうけど~。
ずっと気になってたのよねぇ。あなたたちって、何のためにこの都市へやってきたの?
赤字に文句を言い続けるクロージャを何とかするためだ。
……
ニアールも言っていたんだ、カジミエーシュには助けを待つ人々が居ると。
だから彼女に、どうするつもりか尋ねたんだ。
その答えを聞いて、彼女をサポートすると決めた。それはアーミヤも同じだ。
だから我々はここにきた。
……そう意外な答えでもないわね。
前は、そんなの単なる口実だと思ってたけどぉ……ねえ、耀騎士ってロドスでは高い地位にいたの? そこまでしてもらえるのは、そういうことなのかしら~?
……最近のカジミエーシュ企業にも、フラットな組織運営をうたい文句にしてるところは多いのよねぇ。でも、実情としては下で働く労働者たちの警戒を解くために言ってるだけだったりするの。
だけど、ドクターがそう言うなら……言葉通りに受け取ってみようかしら~。
つまりそれって、たとえばあたしが今の仕事と掛け持ちでロドスに加わるとしたら……あなたと対等の立場になれるってことよね?
それってすっごく羨ましいわぁ。
身分も地位も抜きにして、耀騎士を一人の「人」として扱った上で……彼女を尊敬してるってことでしょ~?
ロドスにはほかにも、あなたの尊敬を得ている人がいたりするのかしら? だとしたら、ちょっと興味が湧いてきちゃうわ~。
そう。仲間なのね。彼女を尊敬する騎士はたくさんいるわ。でも、その敬意の理由はたった二つしかないの。
彼女が「ニアール」だから。あるいは、彼女が「耀騎士」だから。
だからカジミエーシュの騎士からしてみれば、あなたの答えはすっごく新鮮に感じるのよ~。
……ねえ、ドクター。
あたしは、人身売買で売られて、このカジミエーシュにやってきて以来、他人のために身を捧げる覚悟を常に持ち続けるように、って大旦那様から教育されてきたの。
言ってしまえば――今この瞬間にも、あなたのためなら死ねるってことよ? ふふっ。
征戦騎士はそういうふうに訓練されるものだから、よ。
耀騎士の行いが、あたしからすればちょっと現実味のない、遠くのことみたいに感じちゃうのもそのせいなのよ。
……あなたは、他人の理想のための献身を、偉大なことだと思う?
それじゃあ、その「他人の理想」もまた、別の他人のための献身にあるとしたら……献身に次ぐ献身の末に、何が得られるというの?
得られるのは、より美しい大地――
ほんの少しだけでも、良い方へ進んだ未来だ。
……
甘い考え方ね。商業連合会を前に賢く立ち回っていた人の答えだとは思えないくらい……
グラベル。君に伝えておきたいことがある。
なにかしら~?
命を懸けるに値する人と思われていないならそれでいい。
……どうしてそんなことを言うの。あたしの忠誠心を疑って――
もし値すると思ってくれるなら、我々のために生きてくれ。
……
君は優秀な一騎士であり、ロドスのパートナーでもある。
君は、自由なんだ。
……
何? 考えごと?
ああ、いや。……クロガネが直接動くなんて、随分久しぶりだなあと思ってただけさ。
へえ。前回はいつだったの?
あれはまだお前がラズライトじゃなかった頃。先代プラチナが処刑された時のことだ。
そいつはセントーレアの師匠っつーか、まあそんな感じの奴でさ。
あの日は雨が降ってた。午後4時47分のことだったな……元々俺には、よその都市へ出張に行く予定があってさ。
ちなみに、当時のラズライトは俺一人だったんだが、そこへ突然プラチナが逃げた、即刻処理する必要があるって電話がきたんだ。
……で? あんたは同僚を殺したわけ?
いいや? マジでやってたら、夢見が怖くて眠れなくなってただろうな。
あの時、俺たちは急いで現場に向かった。言われた場所は、建設途中でほっとかれてた廃墟だったんだけどさ……すると……ハハッ。
ついてみりゃ、三階全部が原型留めてなくってよ。でもって、裏切り者のほうは、胸に刺さったクロガネの矢で、壁の高いとこに磔にされてたんだ。
現場検証は俺の専門じゃあないが、察するに、プラチナがビルから飛び降りて逃げようとした瞬間、空中であの矢に胸を貫かれて、そのまま壁に磔になった……ってな具合だろうな。
俺はその壁の下から、奴を見上げるしかなかった。……ターゲットを愛して裏切りに走った結末がアレってのも、気の毒な話だ。
真っ白な壁に縫い止められた、あの死に様は……まるで受難者みたいだったよ。
自由だの理想だの、そんな言葉で騙されて無冑盟を裏切ったバカなんでしょ? そういう世間知らずの連中は、生きることの本質ってものを少しも理解してないんでしょうね。
――おう、どうした?
へえ? ……あいつら、とうとう動き出したのか。
……レッドパイン騎士団のこと?
ああ。あの連中、かなり慎重だったんだが……遂に痺れを切らしたらしい。
最近じゃ、感染者への抗議デモなんかも起きてるしなあ。……にしても、笑えるぜ。こうなっちまうと誰が本当の犠牲者なんだかな。
っておい、ま~た電話かよ! めんどくせーな。
は~い、もしもーし――
――なぜ、指定の座標通りに動かなかった?
予定通り実行していれば、聴罪師と耀騎士に矢を防ぐ機会など与えず済んだというのに。
……
奴らが北を向くように誘導し、私の矢を視認させたな。
あれがなければ、あの車いすのサルカズくらいは確実に仕留めていたんだが。
アッハハ、何を仰ってるのやら――な~んて、ごまかしたところで無駄だよなあ。
まあ聞いてくれ。あれは現場の判断ってやつだよ、ボス。耀騎士みてえな頑固者は、一人身内を殺したところで、余計ブチギレて勢いづいちまうだけだからさ。
それも、悪くはない結果だ。耀騎士の理性を失わせることができるなら、な。
いやいや、そいつはちょっと危なすぎるって。……事後報告になっちまったのは、悪かったと思ってるぜ? けどな、こんくらいの脅しがちょうどいいんだよ。やりすぎは避けてほどほどに、な?
ここは俺を信じてくれ。耀騎士はあんたの計画を妨げることはない……っつか、そうだ。計画と言や、今どうなってんのか聞かせてもらえたりしねーかな?
……理事会には、じきに気付かれるだろう。だが、問題はない。感染者たちがこの都市を麻痺させたその時……
私自ら、残りの連絡役たちを始末する。
これよりのち、無冑盟上層部の正体を知る者が誰一人としていなくなるんだ。
……配置についたよ。
こちらも、聞こえている。
準備完了。
よーし! 俺たちならできるっ!
……いいか、ソーナ。相手が前回の事故を受けて、対策を立ててるかは我々には分からない。予備電源への切り替えが格段に速くなっているかもしれない。
だから絶対に……絶対に、油断するなよ。
ハハッ、大丈夫だっての! その分あたしが大暴れして、引きつけとけばいいんだろ?
ブチかまそうぜ、野鬃。無冑盟どもを片っ端からぶっ飛ばすんだ!
当然! いつでも行けるぜ!
まず、イヴォナが、無冑盟の巡回小隊に正面からぶつかる。
その三十分後、カイちゃんがエネルギーエリアを襲撃する。何事もなければ、監査会の警備要員は「撤退」する手筈になってる。
あとはあたしが連合会ビルに潜入して、必要なものを頂戴するだけ……簡単な話だわ。
……それじゃ、始めましょうか。
……さーて。そうすると、お前さんがビルへ忍び込むところまでは手伝ってやれるが。
その先は、一人で頑張ってもらうことになるな。なんたって、通路を確保しといてくれる誰かさんが必要だろうし。
ええ、それだけでも十分です。トーランドさん、ありがとうございます。
礼には及ばんさ。だが、俺が言ったことは忘れてくれるなよ? ――お前さんたちの行動は、本人たちの想像以上の意味を持ってるんだからな。
みんなに見せてやろうじゃないか。ある都市の慟哭をまるごと、そのままな。