ニアーライト NL-6・戦闘前
包囲された者
始まったな。感染者たちの行動が……
……あの連中、本気で死地に突っ込んでくるつもりなの?
そうしてくれりゃあ、楽ができんだけどなあ。……ま、俺たちが騒ぎをもっと大きくしてやれば、理事会に何か嗅ぎつけられることもねーだろうよ。
ところで、動力炉のほうは?
は? 私の腕を疑ってるわけ?
いやいや、そういう意味じゃねーって!
ふーん。――で、野鬃は殺していいのよね?
……そりゃもちろん。こうなった以上、遠慮はいらねえさ。
何匹か獲物を仕留めて帰れば、飼い主様もそこまで怒りゃしないだろうしな。
……
元々、あれは私の獲物よ。とっくに仕留めてたはずのものを回収しに行くだけなんだけど。
――第三小隊、集合。私についてきなさい。
野鬃騎士を発見! こちらに――
遅え!
ぐっ……!?
影でコソコソせこい真似ばっかしてっから、騎士とどうやってやり合うかなんて忘れちまったんじゃねぇのかよ!
黙れ、死に損ないの感染者が……!
――ジェイミーのため――そして、お前らに殺された罪のない人たちのためにッ!
うっ――
――イヴォナ! ソーナの言葉を忘れるなよ! 軽々しく命を奪うのはよせ……殺しを選ぶなら、それ相応の覚悟を持つんだ。
……無冑盟。お前は何人殺してきた?
……ハッ。なんだその質問。
殴られねぇ立場で正義を振りかざして気持ちよくなりてぇのかよ、クソチビが。――黄金平原で賞金稼ぎをやってた頃は、そんなもん数えもしなかったさ。
都市外のカジミエーシュ人が生き延びる方法なんてのはな――誰よりも強く、冷酷になる以外にはねえんだよクソが!
――どうせ勝つのはあたしだ。好きなだけほざいてろ。
負けて死んだら、何言ったって無駄なんだからよ。
貴様――
こいつはもう、とっくに救援信号を送ってるはずだ。
グレイナティの邪魔はさせたくねえし、上手いこと無冑盟どもを引きつけられるといいんだが。
……
遠牙。無冑盟の姿は確認できたか?
ううん、まだ。
そっちの状況は?
グレイナティは配置についた。俺たちの合図を待っている状態だ。
とはいえ、無冑盟の反応がやけに遅いのが気にかかるな。……本当にちゃんと野鬃の陽動に食いついたのか?
多分――
……!
――無冑盟の小隊を発見! イヴォナ! 四番通りの路地から、君の包囲網に入っていったよ!
……イヴォナ、聞こえる? イヴォナ……?
応答して、イヴォナ! ……待って、シェブチックは? ――返事がない……
……通信が……遮断、されてるの……? 嘘でしょ。たくさん信号が飛び交ってるはずの、こんな街中で……?
……
怖いぐらいに静かだな……嫌な予感がするぜ、イヴォナ。
……無冑盟相手に待ち伏せなんて、本当に上手くいくのかね……
……どうだろうな。
それより、ユスティナからの通信が来ねぇのが気になってる。あいつは高いところから見張ってくれてるはずなんだが――
(――何だ? 今の悪寒は――!)
――ッ、逃げるぞ!
突然、吐き気を催すほどの息苦しさがイヴォナを襲った。
その感覚が単なる生理現象なのか、それとも何らかの毒やアーツによるものなのかは、彼女にはわからなかった。
人影が一つ、ビルの屋上からひらりと飛び降りてくる。
柔らかく軽い薄布が落ちるように、わずかな音を立てることもなくソレは着地した。
……あの高さから飛び降りたってのに何ともなさそうじゃねぇか。
フェリーンってのは、みんなそうなのか?
……第三小隊。
なっ!? こいつら――いつの間に!?
(さっきまで相手してた無冑盟とはワケが違えな……この青い奴、前に来たラズライトか?)
……お前ら、先に行ってろ。
だが!
いいから行けッ!
……生きて戻って来いよ!
――ぐ、あっ!?
――!?
おい、弓を引いてすらなかっただろ……!? そんな――
青い無冑盟は片手で何かを投げた直後であるかのように見えた。
その冷ややかな表情に、一瞬だけ不快感が滲む。狩りが幸先の悪いスタートを迎えたからだ。
……まさか――矢を投げたのか!?
ぅうっ、ぐ……あ、足が……!
堪えろ、止まるな! ここから逃げるんだ!
おい、無冑盟! よそ見してんじゃねえ、あたしはここだぞ!
……ッ!
……感染者ってどいつもこいつもバカばっかりね。あんたに狙いを定めてる奴が何人いるのか――わかんないなら数えてみたら?
野鬃騎士。あんたは本当なら、何日も前に死んでたのよ。……ま、でも、運が良かったわね。今日まで生きてたお陰で、またヒーローごっこができそうじゃない。
私も、何一つ楽しめないまま狩りを終えるのは御免なの。だから……ほら、逃げ回ってみなさいよ。少しは暇つぶしになりそうだし。
ハッ、何か勘違いしてるんじゃねえの?
お前、あたしがチョロチョロ逃げ回るような奴に見えんのか?
……へえ。じゃあ正しくは、死に急いでる奴かしら?
ペッ、言ってろ! ――いいか、あたしら感染者は、こんな生活にはもううんざりしてんだよ!
お前ら無冑盟なんざ、商業連合会の影に隠れて汚えことばっかやってる小物集団じゃねえか! だけどな、その分ここで逞しく生きてきた連中はみんな、お前らなんかよりずっと強えんだ!
こいつら、一人一人の顔を……忘れないでくれ……!
この騎士たちを……カジミエーシュの……残忍な、人殺しのことを……記憶に、刻みつけて……
誰一人……見逃さないでくれ……!
……
……無冑盟のクズどもが。
――お前、瀕死の鉗獣と戦ったことはあるか? 自分の命が残りわずかだと悟った獣が、どんなふうに戦うかを知ってるか?
……とんだ身の程知らずね。
確かに、あたしは死ぬことになるかもな。――それでも、お前らには死んでも負けねえ。絶対に報いを受けさせてやる!
そうすれば……あたしの仲間たちが……
へえ、死んでもいいとか思っちゃってるわけ? 生き延びる気もない奴が勝ちたいだなんて、笑わせるじゃない。
青き無冑盟は、その背中から一本の矢を取り出した。
――来なさい。
……その矢を剣の代わりにしようっての? お前、あたしをナメてんのか?
当たり前でしょ。
……ッ、この……!
うぁっ――!?
ご自慢のスピードもその程度なのね、クランタ。
バカにしやがって――
ぐ、ッ――
急所は避けてあげたんだから、惨めったらしく呻かないでよ。
さあ――これからあんたがどれだけ血を流すのか見ててあげるわ。
通り全体がその血で真っ赤に染まる頃には、暗がりに隠れてる感染者たちだって、抵抗をやめるはずよね?
……あの、ラズライト様……奴は感染者ですので……
……感染するのが怖いなら、別の仕事でも探したら?
あいつが死ねば、その怒りも消える。それを見せつけてやれば、抵抗する感染者たちへの対処もずっと楽になるでしょ。
……妙だな。そろそろユスティナからの通信が来てもいい頃だが……
もしかして、向こうで何かあったんじゃないか?
……
それでも……何があろうと、あと五分で我々は襲撃を開始する。
今は、お互いを信じるしかない。ソーナも配置についているはずだしな。
……もうすぐ時間ね。
みんな、どうか無事でいて……
……結局、数分と持たなかったわね。
……
……じゃ、先に進みましょ。感染者の巣穴はこの辺りに七、八個あるわ。もしかすると、もう撤退してるかもしれないけど、しらみつぶしに探すわよ。
待ち……やがれ……
まだ……終わって、ねぇぞ……!
……相手するだけ時間の無駄だし、アレはあんたたちに任せるわ。
了解しました。
総員構え! 目標を――
――ッ終わって――ねぇ、っつっただろうが!
――なっ……!? まだ抵抗するだけの余力が……!
……私、そんなに大勢殺したくはないのよね。
老人と子供は見逃してあげる。代わりに、感染者騎士を十人は残してちょうだい。上に報告する時、そのくらいの数は必要だから。
こ、このっ……人殺しが!
イヴォナはどうした!?
……普通はもう、血を流しすぎて倒れてるはずだけど。聞こえてくる騒ぎから察するに、まだ抵抗を続けてるみたいね。
――っ! 血も涙もない悪魔め……!
……あんたたちだってわかってるでしょ? 今日を逃げ延びたところで、大して意味はないってこと。
無駄話は嫌いなの。――もう一度だけ言うわ。感染者騎士十人の命を差し出しなさい。そうすれば、ほかは全員助けてあげる。
お前らみたいなイカレた殺人鬼の言うことなんて信じられるかよ!
……イヴォナも計算に入れるから、あと九人分でいいわよ?
お前ッ――
叫んだら勝てると思ってる?
……ッ!
……俺は……
……はぁ、付き合ってらんないわ。自分でやった方が早そうね。
――まあ待てよ、そう焦んなって。
上司にいい報告がしたいってんなら、俺的には、仕事の量より質の方が大事だと思うんだよなあ~……
どうだい、お前さんもそうは思わねえか?
……トーランド・キャッシュ……
自慢じゃねえが、俺の首にはまだそれなりに懸賞金が掛かってるはずだろ?
まあ、あんたがその首差し出してくれるって話なら、今夜の収穫はそれで十分でしょうけど。
トーランド! やめろ、挑発するな! 奴は――
無冑盟の「ラズライト」、泣く子も黙るモニーク様……だろ?
……言ったはずよね。仕事の邪魔されるのは大っ嫌いだ、って。
おとなしく死にに来たわけじゃないのなら――あんたの邪魔はこれでもう三回目よ。
負傷した感染者騎士には、何が起きたかもわからなかった。
その耳がやっと捕らえたのは、何かがぶつかり合う甲高い音だ。
ヒュ~ウ。そんな速さで弓を引くとは、確かになかなかとんでもねえ腕前だな。
……まさか見えたっていうの? っていうか、その構え、まさか騎士剣術?
あんた、バウンティハンターでしょ? 剣技なんて、いつ身につけてたわけ?
あんまうるさく言ってくれんなよ。手段が多いのは良いことじゃねえか。何せ、闇討ちかけたり罠を張ったり、策を弄して獲物がかかるのを待つだけじゃ……
卑劣な無冑盟諸君と同じになっちまうわけだしさ。
――何度も避けられるとは思わないことね。
ほー、言うじゃねえの。
おっと危ねえ!
だがな――そちらさんも、足元にゃ気を付けたほうが良いぜ?
――っ――!
……爆破式のトラップ? 結局は賞金稼ぎのやり口、ってわけね……
そりゃそうさ、ご存知の通りな。
――ッ!?
――今の突撃……騎士として訓練を受けたことでもあるの?
そう考えれば納得だわ。あんた、ニアール家の関係者ね。わざわざあいつらの味方をしてたのはそういうこと。
すごく興味をそそられるけど、仕事は仕事だし、時間はかけていられないわ。
……メジャー期間って、タクシー捕まえるだけでもほんとに一苦労だなあ。
あっ! すみませーん、ホリデイ騎士記念品店ってどっちの方向ですか?
なあ、もうこんな時間だし飯でも食ってからにしねえ?
会場の皆様、ご覧くださ~い! クルビアから来た若武者が、藤蔓騎士を再び圧倒しております!
何という速さ! 後ろから相手を追い越して――おっと! これは……何が起こったのでしょうか!?
信じられません!! 試合のクライマックスで、まさかまさかのハプニング~~! ここで倒れてしまうのか!? なんとか持ち直してほしいところです! この会場に恥じぬ戦いを見せてくれ~っ!
……
あなた、いつもこんなに帰りが遅いの?
……ラッセル閣下。どうしてこちらへ?
いらっしゃるのなら、一声かけてくださればお出迎えしましたのに……
すぐおいとますることになるから、あなたの手を煩わせる必要はないと思ったのよ。
今宵は穏やかな夜とはいかないわ。対処すべきことがたくさんあるのよ。
……
――ムリナール。剣を携え遠くへ向かったあの旅人は、帰ってきたのかしら?
……
屍が山と重なる戦場や、荒廃した死の土地、果てには砲火に焼き尽くされた要塞を越えたあの旅人は……まだ、戻らないの?
……
――相変わらず、連絡はつかないが。これ以上は待てない。
我々は五分以内に奇襲をかけ、商業連合会がある中枢区画への電源を遮断しなければならないんだ。
でないと、ソーナに連合会ビルへの潜入チャンスを与えられない。
……責任重大だな。好きだぜ、そういうの。
……おそらく、監査会にいる「友人」は武力衝突を回避するため、ここの警備要員をひそかに移動させているはずだ。
手際よく行こう。では、行動準備――
ッ!?
な、なんだ!? 今の爆発、どこで起きた!?
え……エネルギーエリア? どうして……
灰毫! お前、なぜ勝手に行動した!?
違う、私たちはまだ突入していない――
――ッ、謀られたか……! 撤退するぞ!
おやすみ、カヴァレリエルキ、俺の愛する大騎士領よ。
いい夢を。