ニアーライト NL-ST-4・幕間
未知と未来
メジャーの大会決勝後、前代未聞の事態が発生しました! ――新旧の大会覇者が試合後、共にチャンピオンウォールへと向かうという異例の行動を見せたのです!
それのみならず、今大会チャンピオンである耀騎士は――騎士協会からの授与式を拒否し、そのまま立ち去っていったとのことです!
これは、間違いなく一種の侮辱行為と言えるでしょう。
あいたたた……
この老いぼれジジイ、戦えねえなら無理せずマリアとゾフィアに任せておきゃよかっただろうがよ!
なんじゃと!? お主よくもそんなことが――ぐわっ! ……い、いたたたあ……
……
やれやれ……で、マーティン? いつまでも自分のハンマーなんか見詰めちまってどうしたんだ? 一晩運動したら、昔を思い出しちまったか?
……ああ、少しね。
しかし、ニアール家のほうは、今頃どうしているだろうね……
えっ……?
……じゃあ、叔父さんは……しばらく大騎士領を離れるってこと?
ああ。それから、お前たちはニアール家の人間なのだし、いつまでもゾフィアの家に入り浸るような真似はするな。世間体を考えろ。
……マーガレット。私がしばらく、ここを離れる間の話だが……
……本当に、カジミエーシュに残るつもりか?
ああ。
……何に直面することになるかは、わかっているはずだろう。
お前が理解されることなど、ないんだぞ。
……無論、初めから承知の上だ。
……
ならば、好きにするがいい。
……そんで? どうして急に気が変わったんだ?
……トーランド……
突然大騎士領を離れるだなんてよ。一体何のためだ? ほら、言ってみろって。
……今の私は、お前の目からはどう見える?
どう見えるって、お前なあ……わからねえか?
――ま、正直なことを言やあ、俺たち全員を幻滅させたってのは確かだな。
お前が、監査会の幹部だの、国民議会を変える存在だのになれなくても、別に構やしねえ。だが、少なくとも、俺たちの英雄、俺たちのニアールで居てもらわねえと困る。
都市を離れてどこへ行くつもりかは知らねえが、これだけは伝えておくぜ。――俺以外のほとんどが、深く失望してる。お前に出くわしたら、あいつらはお前を殺したくてウズウズしちまうこったろうよ。
彼らに私を殺せるとでも?
やれやれ、言ってくれるねえ。
――トーランド。私はこれまで、多くを諦めてきた。
……しかし未だに一つの――現実離れした考えが、頭から離れないんだ。
二人は、まだどこかにいるのではないか、という考えがな。
……
彼は、かの戦争の英雄が長子であり、私の兄であり、一族最強の騎士だった。
そして、彼女は……カジミエーシュで最も美しく、優雅で、淑やかで……まるで宝石のような人だった……
私からすれば、二人は我が人生の誇りにして喜びだったんだ。ゆえに今のように……音沙汰のないままにはさせておけない。
――十数年もの間。
私は常に、このことを考えていたんだ。
そうは言っても、十五年も前の話だぞ。当時あれだけ必死こいて探して何の手がかりも得られなかったってのに、今更――
……放っておいてくれ。これは……単なる旅行だ。
そんなもんに、お前一人で行こうってのか?
望みがあるかもわからん旅ともなれば、一人で十分だろう。
……お前は、耀騎士に影響されるような奴じゃねえしなあ……どうして急に決心したのかは、ひとまず聞かないでおいてやるよ。
まあ、いざとなりゃ俺を……「俺たち」を見つける方法はわかってるだろうしな。
……私が見つけ出したいのは、自分自身なんだがな。
……あたしたちを、ロドスに……?
ああ。あの場所なら、君たちに治療を提供できるし、何かを無理強いされるようなこともないからな。
なるほど。あなたがずっと所属していたところなら……信頼できる組織、ってことよね。
……ああ。
彼らの理想は、あまねく大地を照らすものだ、と……私はそう信じている。
じゃあ、あなた自身は……いつか、ロドスへ戻ってくるの?
……そうだな。いずれは、戻るつもりだ。
だったら、そん時はあたしと勝負してくれるか?
……い、イヴォナ!
んだよ~、チャンピオンに挑戦したくなるのが騎士のサガってやつだろ!
では、ぜひ私も。
伝説の騎士一族の方にお手合わせ願えると聞けば……興味をそそられるのも当然のことだろう?
よし、その時は必ず、お相手すると約束しよう。
あはは。まったく、血の気が多いんだから……
そういえば、あなたは自分が感染者じゃないことにはとっくに気付いてたのよね?
……そうだ。
それでも、純粋に感染者のために戦ってたってことなの?
私はただ、苦難の中にいる人々のために戦っているだけに過ぎん。
……
……理事会はご立腹だ。
我々も、数ヶ月分のボーナスが露と消えることになりそうだな。
……ボーナス、ですか……
我々は、あれだけ多くの感染者や騎士、さらには無冑盟の命までもを巻き込んだというのに……その影響を受けるのは、ボーナスだけだというのですか……?
……そのことだが……
来たまえ、マルキェヴィッチ君。君の進退についても、話し合わなければならないのでね。
……前に君から聞いた、「電話とは何なのか」という話……あの後考えてみたんだが、確かに納得がいったよ。
……今待っているのは、どなたからのお電話ですか?
……とある記者さ。
……記者……? つまり、取材を受けなければならない、ということでしょうか……?
いいや。多くの人がそう呼んでいるだけさ。単なる呼称だよ。
……待ってください……それじゃあ、「記者」、というのは……まさか……
マッキー、お前か?
……はい。――さて、マルキェヴィッチ君……紹介しよう。今、電話の向こうにいるのは、ローズ新聞連合の代表取締役、ケーン「記者」だ。
……!
彼も、そばにいるんだな。
はい、こうしてお話させていただけて、光栄です……
はは……マルキェヴィッチは、私が大枚をはたいてミェシュコ工業から手に入れた人材なんだ。いずれは、私の右腕となってくれることだろう。
つまり、ここには部外者などいない。だから、マッキー。父さんと呼んでくれないか?
――
……はい、父さん。
よろしい。母さんは元気かね?
ええ、とても。よく父さんのことを気にかけていますよ。
お前はどうだ? 結婚はしたのか?
……私は……今のところは、まだ。
そちらはいかがですか? というか、今は……どちらに?
……クルビアだ。
……カジミエーシュには、いつお戻りになられるのですか?
ハッハハ……当分先のことになるだろうな。
先見の明がない連中には理解できんことだろうが……クルビアこそがカジミエーシュを脅かす真の敵だ。
我々の新聞が、クルビアの都市すべてをカバーしているとは言い難い……まだクルビア人の耳には我々の声が届かない状態なんだ。
しかし、彼らの発展速度には目を見張るものがある。ゆえに我々は必ず、彼らの市場を抑制し……掌握しなければならない。
……
わかるかい、マッキー。国同士の駆け引きというのは、本当に魅力的なのだよ。
けれども、あの貴族どもときたら……まったくさ。自分のやり方に固執するばかりではどうにもならんというのに……ヴィクトリアやウルサスといった強大な国家もまた、悲しいほど愚かな連中だし……
――さて、マルキェヴィッチ。
っ、はい!
商業連合会にすべてを捧げる覚悟はあるか?
……
君が有能であることは、いくつかの報告書を見ただけで、はっきりとわかったよ。
だが、まさか……君は、未だにあの騎士たちに同情しているのか?
……
どうやら、図星のようだな。
ならば、一度考えてみてくれ。
我が国の高速軍艦が、ウルサスをはるかに凌ぐ数になったとしたら――クルビア中に、カジミエーシュのキャラバンや商品が溢れかえる時がきたとしたら――国境の要塞が倍の数になったとしたら――
その時、戦争などというものは存在しうるだろうか? ウルサスはなおも脅威となりうるだろうか? それでもカジミエーシュが依然として、軟弱な国家で在り続けることなど、あるのだろうか?
無論、どれもありえないことだろう。
ゆえに、発展を阻む騎士たちこそがカジミエーシュの害虫なのだ。栄誉にこだわる愚昧な貴族どもが……ハッ。
メジャーで起こったことは聞いているが……監査会の連中は、それで「十分なメンツを得た」とでも思っているのだろうな。
栄誉にせよメンツにせよ、好きなだけ与えてやればいい。
我々の味方は時間と人民だ。……何試合か消化してしまえば、民衆は耀騎士がもたらした影響を忘れ、次の消費と娯楽に没入していくことだろう。
彼らにとっては、我々が残してきたドロドロとしたものに目を向けるよりも、「一番強いのはどの騎士か」だの、「騎士のグッズの値段は適正か」だのと議論するほうがよほど重要なのだから。
そうして、国家が我々の味方となる。カジミエーシュは既に、商業連合会が提供している経済基盤からは離れられない。哀れな征戦騎士たちも……その殆どが、我々に服従している状態だしな。
――マルキェヴィッチ。
今回は、選択肢を提示しよう。
……その前に……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?
もちろんだとも。
……チャルニー様は……耀騎士の大会への乱入を阻止できなかったというだけで、追放されてしまいました……私からすれば、これは正しいとは思えません。
彼は、なぜ追放されなければならなかったのですか……?
ふむ……チャルニーか。彼のことは、君の運命の分かれ道でもあったな。彼にも感謝しなければなるまい。
だが、チャルニーが消えたことは――耀騎士の件とは、直接の関係はない、と言ったら?
――!?
彼の追放は、一連の権力闘争によるものであり、そこへ程良い口実が見つかったことで、追放に至った……というのが真相だ。
ちょうどあの時、数年前にチャルニーが起こした賄賂事件が露見し……政敵がそれに乗じて、彼を追放した。それだけの話さ。
つまり、耀騎士とは一切無関係である上に……君の運命とも関係はないんだ。……往々にして、真実とはこういうものなのだよ。現代における事の真相というのは、ひどく冷淡なのだ。
……!
わかったかね? ――さあ、それではマルキェヴィッチ。
我々と共に、大地の代弁者になろうではないか。
……はあ……?
なんだよ、俺たちの新しい店が気に入らねえってのか?
店、って……アンタたち……お店開いたの?
……見ればわかるでしょ?
いや、うん……だけど……それじゃ、ハンドソープを売って生計を立てるつもりなの……?
おいおい、あんまなめんなよ? 「オリジクラウド」の日用品は、ここ数年一番人気のブランドだし――
――それに、このブランドを立ち上げた会社には、「三人の社長」がいるんだぜ。
……
しかも、その三人の社長ってのは、もうすぐ商業連合会の一員になる予定なんだ。
……アンタたち、まさか……
……そう、お仲間に入れてもらうために頑張ってたってわけだ。
内情を知れば知るほど、未来の方向性も読めてくるもんだしな。
……傭兵も殺し屋も、そのうち大勢は必要なくなってきて、時代遅れになるだろう。それに、他人の命しか奪えない殺し屋商売に比べて、あいつらは、ほかの国すら奪っちまうような連中だ。
これも時代に合わせた選択ってやつなんだよ、プラチナ。
……
ところでお前、受付嬢とかやってみねえか? 実はちょうど、従業員が足りなくってさ。お前なら結構見た目も可愛いし、多分問題ねえだろ。
……チッ……
近いうち、任務をほかの連中に割り振って、俺たち三人で蒸発するんだ。そんで、腕のいい美容外科医を探して、見た目を変えて、真面目なセールスマンとしてやっていくのさ。
……感染者たちが大規模停電を起こした時……無冑盟と直接関わってた理事会の人間を皆殺しにしたのは、そのためだったってことか……
……あんなにうまくいったのは、あいつら自身のお陰だけどな。
理事会内部は衝突が多すぎんだよ。
無冑盟を動かせる奴が、圧倒的優位に立つ――となると、どの取締役も、あからさまな形で無冑盟を操る勇気も、他人にそうさせる勇気もなくなってくる。
だからこそ、その足の引っ張り合いが、無冑盟のコントロールを失う原因になったわけだ。
ハハッ……冗談みたいな話だが、あいつらはもう、自分たちが雇った殺し屋組織のボスの姓名も、その居場所すらもわかってないんだぜ。
……あのさ、クロガネって……本当にいるの?
……さあな。
本当の「クロガネ」は、一人しかいないのかもしれないし、あるいは二人かもしれない。見せかけの存在なのかもしれないし、俺たちラズライトが共同で使ってるコードなのかもしれない。
かと思えば、今朝街でお前とすれ違った誰かかもしれないし、今頃は理事会で会議を開いているのかもしれない。もしくは、サーミの別荘で休暇中って線もアリかもな。
つまり――その正体は誰にもわからない。だからこそ、怖い相手なのさ。
……それと、最後にもう一つ。――本来、お前は身代わりとして死んでおくべきだったんだ。
おっと、下手に動くなよ? ちゃーんと視てるからな。……お前も無冑盟の一員だし、俺らを敵に回したかないだろう?
……
(なんとかして……逃げなくちゃ……)
……ドクター、アーミヤ。
あっ……ニアールさん。
足を運んでくれてありがとう。あなたたちを呼んだのは……
……ああ……
……そうだな。
ロドスが呼んでいるとあれば、私は必ず、あなたたちの元へと駆けつけよう。
……はい!
……それにしても、我ながら随分と長く放浪を続けてきたものだ。これでようやく……故郷を顧みる時間ができたんだな。
今こそ、お祖父様のお墓参りに行くべきなのかもしれない……
ニアールさん。
あっ……では、ドクター。私たちは先に行きましょうか。
ニアールさん! お元気で!
……ああ。そちらも、どうか元気で。
……お別れを言わねばなりませんね、ニアールさん。
……シャイニング。
その、実は……
それ以上仰らず。あなたの言いたいことはわかっています。
……我々も、ロンディニウムへ向かうつもりです。あなたが、ここに戻ってきたように……
彼の地にある罪も……そして過去も、我々が自ら、断ち切りに行きます。
……シャイニングさん……?
リズさん……その時が訪れたら、あなたは私を恨むことになるのかもしれません。
ですが……私を信じてください。私は、いつまでもあなたのそばにいますから。
私が……あなたを、恨む……? そのようなことが、本当に起こりうるのでしょうか……?
……
……ならば私は、ここに誓おう。
その時、君たちが私を必要としてくれるならば――
――耀騎士マーガレット・ニアールは、君たちのために戦う、と。
3日後 大騎士領外 とある村
……ここが、その場所なんですよね?
おうとも、いい村だろ?
……いつも、こういうところに滞在してるんですか?
俺たちも初めは、盗賊の根城みたいな所で暮らしてたんだぜ? その頃は、近くの都市に余すとこなく密偵を放っていても、闇市か地下で活動するのがせいぜいだったしよ。
だが、ある時……とある連中に出会ってな。そいつらが、俺の考え方を変えちまったのさ。
で、その後のことを要点だけ話すと……俺たちは、ひょんなことから錆鎚と戦うことになった。あいつらを知ってるか? そりゃもう狂った連中でよ……
大体の奴は錆鎚を単なる盗賊集団だと思ってるが、そいつは大いなる誤解ってやつだ。っつーのも、俺は連中と交戦したとき、十歳過ぎくらいの子供が鉄パイプを握ってるところを見ちまってな……
奴らはそんなチビ助を平気で戦わせてるわけだ。どうだい、なかなかクレイジーな連中だろ?
確かに……聞いただけでも恐ろしいですね。
……そう。その狂気こそが、奴らの一番恐ろしいところなんだ。
錆鎚は、文明に対抗するために生まれたわけじゃあない。むしろあいつらは、文明が発展したからこそ、生まれちまった集団なんだ。
あの連中に、生きる希望や目的なんてものがあるとは思わないほうがいい。そもそも、奴らを理性的な集団と見なすこと自体間違ってるのさ。
あいつらは、ただ文明に取り残されちまっただけの連中だからな。……文明が発展しているにもかかわらず、全員の面倒までは見切れてないって時に、ああいう奴らが生まれるんだ。
帰る家も、行くあてもなく……そこら中に源石が転がってるような痩せこけた荒野で生き延びるしかない。ああなっちまうと、あいつら自身が天災みたいなもんだ。
だが、奴らのお陰で俺たちは団結することができたし、連中に気付かされたこともあった……
俺たちは、あんな狂った連中にはなりたくない、ってこととかな。
……それで……あたしたちは、何をすればいいんですか?
ああ、会わせたい奴らがいるのさ。
誰ですか……?
感染者たちだよ。
感染者?
ああ。農民もいれば、騎士もいる。
色んな人がいるんですね。
まだまだこんなもんじゃねえぞ? 労働者もいれば、バウンティハンターもいるし……
進退窮まった村長とか、疲れ切った貴族とかもいる。
それから、大学生もいれば、文字すら読めない奴もいて……
この国を変えようとしている連中も、この国に変えられちまった連中もいるんだ。
……
そうびっくりした顔しなさんなって。マジで驚いてほしいのは、ここからなんだしよ。
――ソーナ。お前さん、俺に尋ねてきたよな。商業連合会を打ち負かせば、みんなの暮らしは良くなるのか、とか。そもそも騎士ってもんの意義とは、みたいなことをさ。
そこで、逆にお前さんに聞きたいんだが……商人が台頭してきて、カジミエーシュが商業連合会に掌握されるまで――
――貧民から搾取し、民衆を抑圧していたのは誰だと思う? 感染者を吊るし上げて殺し、権力で築かれた塔に籠もっていたのは、一体誰だと思う?
答えは、騎士さ。
……
新しい悪党どもが台頭してきたのを理由に、俺たちが昔の悪党を支えてやらなきゃならん道理はどこにもない。そんなことをすりゃ、悲惨な目に遭うのは自分たちだしな。
で、それはさておき。「商業連合会」なんてのは名前からして醜悪極まりねえ集団だが……その名前の一部なら見習っても構うまい、と俺は思うわけだ。
つまり、何が言いたいかっつーと……都市にないがしろにされた連中は、「連合」して、団結するべきだってことさ。
……トーランドさん、こちらの方は……?
大騎士領の感染者騎士だ。俺たちに協力してくれるってよ。
ほかの連中はどうしてる?
みんな、中にいますよ。
そうか。お前も入りな、キャロル。
じきに夜明けが来るからさ。