春分 幕間
独り寒山を見る
合わせて、手紙三百三十七通に、荷物二十五個です。もう一度確認しますか?
数に問題はないが……そんなにたくさん運べるのかね?
どうってことありません。いつもと同じくらいの量ですから。
今回はおよそ半月ほどの日程で、途中で西方の町にも寄らなくちゃならないんです。何でも急を要する荷物があるらしくて。
初春のこの時期は毎年忙しいし、あんたも大変だな。
いえいえ、仕事ですから。
あのさ……実は……
どうしました? 何かあるなら仰ってください。
春だから、家族に服や体に良い食べ物をいくつか買ったんだ。もし手が空いてたらでいいんだが……
水臭いですね。もちろん引き受けますよ。早く出してください。
ありがとうな、信使の姐さん!
姐さんだなんて。あなたの方が私より年上でしょうに……
よいしょっと──
これが……いくつか?
だから頼みにくかったんだよ……
もし無理だったら……
いえ、大丈夫です。これだけたくさん荷物を積んでるんですから、大差ありませんよ。
ありがとう!
そうだ、もし俺の両親に会ったら、元気でやってるって伝えといてくれないか。来年の年越しには必ず帰るってな。
了解、覚えておきます。
では出発しますね。
こんにちは、ちょっといいですか……?
えっと、私ですか?
そうです!
失礼ですけど……あなたはここの信使さんですか?
そうとも言えますね。この山間地帯の手紙や荷物の配達は、すべて私が請け負ってますから……
ところであなたは……?
申し遅れました。僕は映画監督でして……この地帯に関するドキュメンタリーを撮っているところなんです。
しばらくあなたについて行っても構いませんか? よろしければ、あなたを撮影する許可もいただけると嬉しいんですけど……
……
あ……怪しい者じゃありませんから!
ここに来る途中で身分証を失くしちゃったみたいで、身元がわかる物もないんですけど……
見てください! このカバンには本当に撮影機材しか入ってませんから……
ドキュメンタリーって言いましたっけ?
はい。えーと……ドキュメンタリーというのは──
意味は知ってますが……どうして私に声をかけたのです?
この山奥に住む人々の生活を記録したいんですけど、何ぶん土地に不案内なもので……その点、信使さんだったらきっと……
そういうことですか。
しばらくついて行く許可をくれるだけでいいんです。お仕事の邪魔はしないって約束しますから!
お礼は特にできないんですけど、もしよろしければエンドロールのスペシャルサンクスリストで、一番上にあなたのお名前を載せたりとか……
そういうことを気にしてるんじゃなくて……
まぁ……いいでしょう……
あなたが何を撮りたいのかはよく分かりませんが……
日程に支障が出ない範囲であれば……
監督メモ:
星明かりと朝日が入れ変わろうかというまだ暗い時間帯。重たい荷物を担ぎ上げて、信使の一日が慌ただしく始まる。
こういう辺ぴな山間地帯では、荷物や手紙を運んだり、情報を伝達するのにも人の力が不可欠だ。
一人で険しい山奥を行けば、多くの困難に出くわす。このように、信使は毎日十数里もの山道を──
数十里ですよ。
十数里なんて距離じゃ山一つだって越えられやしません。ましてや手紙の配達なんてなおさらでしょう?
すみません、間違えました。そこのセリフは後で録り直します……
えーと……まだ歩けますか? 何ならそのカバンを運びますよ。
だ……大丈夫です……
まだ……歩けますから……
だけど今日はまだ村一つ分しか配達できていないんです。いつもの配達速度と比べるとかなり遅れているのですが……
申し訳ありません! 頑張ってついていきますから……
まぁ、あまり無理をしないでくださいね。
見たところ、あなたは普段あまり運動してなさそうな感じですし、野外で倒れられでもしたら、そっちの方が面倒ですからね。ここで少し休んでいきましょうか。
ほら、水を飲んで。
それから、この包帯を足首に巻いておいてください。じゃないと、気づいたら足がぴくりとも動かない、なんてことになりかねませんからね。
あ……ありがとうございます……
本当にすみません……お仕事の邪魔はしないって約束したのに。
はは……見るからに都会育ちの生っ白い子が、この山道で私の足についてこれるだなんて、最初から信じてませんでしたよ。
そういえば、気になってたんです。その撮影機、ずっと回してるみたいだけど、一体何を撮ってるんですか?
それは……道中で見かけた景色や人物なんかを……
映画なら私も少しは見たことありますけど、撮られてるのはどれも綺麗で壮大な風景とか、美人や男前の役者さんばかりでしたよ……
でも、ここには禿げ山くらいしかないでしょう? 撮る価値なんてあるんですか?
もちろんありますよ!
「リアル」でなければ「美」を論じる土俵にも立てないんです。巷に溢れている取り繕った美しさなんてものは、どこまでいったってただのペテンに過ぎないんですよ……
誰も知らない景色や、二度と戻らない時代の中に消えていったものたちを記録し、もっとたくさんの人に見てもらう……それ自体が、とっても意義のあることなんです!
うーん……
そうだ、いい機会ですし、この休憩時間に信使さんの取材をさせてもらってもいいですか?
取材……?
いくつか質問するだけです。答えたくなかったら答えなくても結構ですから。
別に構いませんが……取材ってことは、撮影機に向かって話すってことですよね……
信使さん、あなたはずっとこの山の辺りに住んでいるんですか?
ずっと……ってことはありませんね。学校に通っていた頃は何年か離れていました。卒業してからまた戻ってきたんです。
あなたご自身の観点から、この一帯を紹介してもらえますか?
紹介するようなことなんてあったかな……
あなたも見てきたように、ごくごく平凡な山間地帯ですよ。割と辺ぴな場所で、人もそんなに住んでないし、外からの客もめったに来ないし……
私が物心ついてからほとんど変わってませんね。最近あった目新しい出来事と言ったら、馳道が整備されたことくらいで。
ここに住む人々は、どうやって生計を立てているんですか?
相当不作じゃなければ、収穫した作物だけで生きていけます。余分に穫れた物は、町で生活用品と交換してもらえますし。
この辺は乾燥していますが、一部の果物の栽培にはうってつけの気候なので。
私は以前、商売に手を出したことがあったんですが、その時は村で採れた果物を街まで運んで売っていました。
まあ、輸送コストが全く釣り合わなくて、やめてしまいましたが。
ここに来る途中で見かけた村はどこも住民が少ないようで、寂しい雰囲気でしたけど。
そうですね。実はこの山に住む人たちも、何年も前から徐々に移動都市へと移住し始めてるんです。若者に続いて、子供や老人という順番でね。
この辺りは何も変わらないけど、移動都市が拡張していくスピードはものすごいでしょう? 街には働き口もたくさんあるし、若者が都会に移りたがるのも当然ですね。
私の故郷の村なんて、一昨年にはついに私以外のみんなが村を離れました。
みんな移動都市に移ったんですか? じゃあどうしてあなたはここに残ったんです?
仕方なかったんです。感染しちゃってたから。
......
都市へ行っても生きていけないわけじゃないですが、よくよく考えてみると、私の取り柄なんて、この山の地理に詳しいってことくらいしかなかったんです。
見知らぬ土地で一から生計を立てるより、自分の力の及ぶ範囲で、人のためにも自分のためにもなる仕事をする方がいいと思って……
それに私まで出ていっちゃったら、誰がここまで手紙を届けるっていうんです?
そのような生活をしていて、辛いと感じることはありますか?
何もかも不公平だと、不満に思ったことはないんですか?
辛い?
辛くない仕事なんてないですよ。自分が得意なことや、よく知っていることですから、むしろ馴染みやすいですね。
不満とか、不公平とか言うのは……まぁ、そういう理屈っぽい話は大抵人によって捉え方も異なりますしね。やはり自分のことは自分で着実にこなしていくしかないんです。
あなたは、都市の外で暮らす人々というのは惨めな生活を送ってるものだって、思い込んでるんじゃありませんか?
ここでの生活は確かに平凡で単調ではありますが、外の人から同情されなきゃいけないほどひどい暮らしじゃないんですよ。
不満などありません。自分の努力と引き換えに堅実な生活を手に入れるっていうことも、決して悪いものじゃない。
ええ、それはそうですけど……
でも、もしこの状態がずっと続けば、ここの遅れた環境はどう変化していけばいいんでしょうか?
「変化」ですって?
ここの環境だって、毎日変化し続けてるでしょう?
今日建てられた家は昨日のよりも頑丈になるはずだし、明日の作物は今日よりも少し大きく育っているはずなんです。
僕が言ってるのはそういう変化じゃありません!
それよりも、もっと俯瞰的な、構造的な変化のことであって──
人は自分が生まれた環境に制限されるべきじゃないと思うんです。どこに生まれても、資源や機会は皆平等に享受できるべきだと……
理屈ではそうかもしれませんが……理屈を現実のものにするには、まずは具体的な行動から始めなきゃ。
あぁもうやめやめ。なんでここまで話が飛んだんでしたっけ。キリがないです。
ええと、この話題がお嫌でしたら、あなた自身のことを話してみてください!
私自身のこと? 話すようなことなんてないと思いますが……
信使として働く中で、後悔したこととか、将来への希望とか、配達の途中で一番忘れられない出来事とか、何かありませんか?
忘れられない出来事……
……撮影機を止めてくれれば、教えても構いませんけど。
ええ、分かりました!
一度、とんでもなく緊急の配達がありましてね。山道を連日連夜、急いで駆け抜けなきゃいけなかったんです。
その時、大雨が降ってきて、道を挟んだ両側の山が泥でぬかるんでしまい、山の上から岩がたくさん転がり落ちてきて……
まさかあなたはその時に感染したとか──
そうじゃありません……
大きな岩が、荷物目掛けて落っこちてきましてね。その時はすごく慌ててたから、自分でもなぜだか分からないけど、角を使って岩を押しのけようとして……
それで……左の角がぽっきりと……
プッ──
今笑いました?
ごめんなさい! バカにしてるわけじゃなくて──
いいですよ、笑いたきゃ笑ってください。さっきまでのしかめっ面よりはずっとマシですし……
自分でもおかしいって思いますしね。それ以来、折れた角をずっと持ち歩いてるんです。今後はくれぐれも雨の日の夜に道を急いだりしないようにって……
それと、医者にまたくっつけてもらう機会があればってね……
一人で配達していると、バカなこともたくさんやらかすし、面白いこともたくさんあります……
ただ、行きも帰りも常に一人きりだから、誰かに話す機会がないんですけどね……
今がその良い機会じゃないですか。他にも何かあるなら、遠慮せず話してくださいよ。
……それに配達する時は、実は必ずしも「一人きり」じゃないってそう思ったことはありませんか?
この辺は荒れ林ですね……今晩はここで野営しましょうか。
配達の時は、夜になるとこんな形で休息を取るしかないんですか?
普通は村で夜を明かすんですが、時々日没までに村に辿り着けないこともあるので、その時はこんな感じで我慢するしかありません。
あなたも運が悪いですね。初めて山道を歩くっていうのに、野宿で一夜を過ごさなきゃいけないなんて。
ですが、よくここまで持ちこたえましたね。てっきり早々に諦めるだろうと思ってたんですけど。
ははっ……前の僕だったら確かに諦めてたかもしれません。だけど今は、どうしても諦めるわけにはいかない理由があるので……
確かに信使さんのお仕事は、想像よりもずっと大変でしたけど。
どれだけ道が険しくても、行ったり来たりを何年も繰り返してれば慣れるもんですよ。
あなたにとっては、こんな経験は一回でこりごりでしょうけどね。
でも僕がここを去った後も、多くの人たちがこの隔絶された場所に閉じ込められたままなんですよね……
いつの日か、誰もがこんな生活をしなくて済むようになる時が来るかもしれない。僕はそういう風に考えているんです。
こんな生活……ですって?
ええ、もっとたくさんの人に状況を知ってもらえれば、この場所にも変化をもたらすことができるかもしれません。
よく分かりませんが、あなたはどうして、そんなにここを変えたいと言い続けるんです?
そんな簡単な言葉で、本当に何かを変えられるみたいに……
もちろん、僕一人の力には限界があります。僕ができるのはただ、より多くの人に呼び掛けて、関心を引き起こすことだけです。
もし、ここが他に比べて遅れている現状を変えられる可能性があるなら、皆さんが努力してみる価値は──
もういい。
え──?
あなたが一体どういう姿勢でそのドキュメンタリーとやらの撮影に臨んでるのか、未だによく分からないんですよ……
ここに住む人たちの生活を理解したいって言いますけど、あなたに一体何が分かるっていうんです?
ここの人たちがどうやって畑を耕してるのか、どの季節にどういう仕事をしなきゃならないのか、荒野でどうやって井戸を掘るのか、それ以前に、食料一斤の値段だって知らないでしょう?
あなたは何も分かっちゃいない。
確かに僕はまだまだ知らないことだらけですが、それでもこの目でここの現状を見てきたんです。
あなた自身も、何か変化をもたらしたいと仰ってましたよね?
ええ、確かにここの生活は貧しくて遅れてる……都会の豊かさには遠く及ばないでしょうね。
でも、たとえそうだとしても、ここの人たちは自分たちのやり方で精一杯頑張って生きてるんです。
ここの村の人たちのことを、本当に理解しようとしたことなんてないくせに、どうして私たちの生活を値踏みしたり、「変化」だなんて、できもしないことを言ったりするんですか?
僕は……
あなたの言う「心配」って言葉は、結局のところ上から目線の同情ですよ。
道案内はもう必要ありませんよね。私もそのドキュメンタリーとやらの撮影に付き合うのはもうごめんです。さよなら。
ごめんなさい、そういうつもりじゃなかったんです!
待ってください──
もう私につきまとわないで!
ウィンドチャイム姉さん、このビデオカメラ、何とか直してみたんだけど……どうかな、中のデータ消えちゃってたりしない?
……うん、大丈夫。ありがとう。
そのカメラ、確か去年出た最新モデルだよ。あたしの給料半年分とほぼ同じ値段でさぁ。すっごく欲しくてずっと悩んでたんだけど、結局お金がもったいなくて買えなかったんだ。
でもそれ、何でこんなボロボロになっちゃったの? 持ち主の人、扱いがちょっと乱暴過ぎなんじゃないかな……
そ、そういうわけじゃなくて……
で、どんな映像が撮ってあったの?
……
風景が……少しね……
ウィンドチャイムさん、あなたの検査結果が出ましたよ。
どうも。
えっと、今すぐ確認したいなら、私は席を外しても構いません──
そこまで悪い状態じゃないでしょう。そんな緊張されたら、こっちがびっくりしちゃいますよ。
私は専門家じゃありませんけど、あまり楽観的な数値とは言えないと思いますよ……
これから配達をする時には、きちんと防護措置を取らないとダメですからね。
はい、ありがとうございます。
このロドスって場所のことを教えてくれたり……それから、あの村でのことも。
本当に、色々と助かりました。
私が現地に着いた時は、単なる突発的な自然災害だと思ってましたけど……まさか災害の裏にあんな事件が潜んでいたなんて……
ただ、心残りなのは、もし私があと少しでも早く到着していれば、もしかしたら……
そんなこと言わないでください。仮定の話をして後悔しても意味はありません。
こういう事態に直面した時、人は誰しも無力なものです。
マルベリーさん……あの土石流に巻き込まれて亡くなった人は……
すみません……「春乾」本部に連絡を取って、直近で報告のあった失踪者のリストと照合してはいますが、条件に合致する人はいないみたいで。
そうですか……
今のところは手がかりもかなり少ないですからね。名前も不明で、身分証明もなく、どこから来たのかも分からないんじゃ……
そうだ、その撮影機の映像から、もっと情報を得られませんか? 手がかりさえもっとあれば……
彼も……感染者でした……
それ以外には何も……
でもそれだけじゃ……
大丈夫、私はまだ探し続けるつもりですから。
きっと彼は旅の途中で、何か手がかりを残しているはず……
そうそう、ウィンドチャイムさん。私、近々また謀善村に行く予定があるんです。
あそこの土石流防護設備の再建工事が完了したはずなので、検査をしに行かないといけなくて……
ちょうどよかった。私も一緒に行きます。
ちょっと! 俺のは? 俺宛ての手紙があっただろ?
押すな! 押すなって! 俺宛ての手紙があるのが見えたんだよ!
慌てないでください、手紙は逃げたりしませんから。順番に並んで一人ずつ取っていってくださいね……
王(ワン)おじさん、泣かないでください。ここに手紙があるじゃないですか。手紙があるってことは良い知らせってことですよ!
張(ジャン)おばさん、息子さんの大学合格の知らせですよね? あらら、そんなに顔がくしゃくしゃになるほど笑っちゃって……おめでとうございます!
......
こんな表情をする人々は今まで見たことがない。
みんなが信使さんを取り囲んで、今か今かと待ち望んでいるんだ。外にいる大切な人たちから届く、ほんの些細な知らせを。あの薄い紙一枚に書かれた文字に想いを馳せながら……
彼ら一人一人の顔には嘘偽りのない期待が、ひたむきな感情が浮かんでいた。その情熱的な想いが、カメラのレンズ越しに僕の方にまで伝わってくる。
決して多くを期待しているわけではないけど、彼らの抱える思いは尽きたりしない。
一人ひとりの人生なんてものは、どれも大した違いはないかもしれない。だって、いくら波瀾に満ちた人生であろうと、簡単にまとめてしまうことは可能だ。
生老病死、喜怒哀楽、離合集散。たった三言で済んでしまう。
あれ、何を撮ってるんですか?
二ヶ月も見ない内に、村の様子はすっかり変わったようだった。
農閑期にもかかわらず、村人たちは慌ただしそうにしている。村の空地にはまた井戸が増えたようだし、あぜ道には多くの人が集い、新しく備え付けた灌漑設備の動きを確かめている。
雫が一滴、彼女の頬にぽたりと落ちてきた。見上げると、村の入口にある槐の老木が、ちらほらと花を咲かせているのに気が付いた。初夏の暖かな風に揺られ、道行く人に向けてその首を振っている。
彼女はふと、誰かに言われたある言葉を思い出した。
ウィンドチャイムは撮影機を持ち上げた。
準備はいい? スイッチを押すからね!
爆発したりしないよね……
三──二──
見て! 動いた!
シャオピン、シャオアン? それは?
トラクターだよ! 本で勉強して、廃棄されてた馳道建設用の道具で作ったんだ!
言い触らしちゃダメだからね。大人たちに知れたらまた怒られちゃうから!
トラクターなんか作って、何をするつもりなの?
龍門に行くんだ!
俺たち、前々から大都市に行ってみたかったんだ。
噂じゃ、あそこには大きなショッピングモールとか、映画館とか、族長んちの庭くらいでっかいピアノなんかがあるんだって!
龍門がどんなに良いとこだとしても、結局は村に帰ってこなくちゃならないってのに……
最近は村も忙しいしさ。井戸を掘ったり、用水路の整備をしたり、移山廟も新しく建て直さないといけないし……
族長がいなくなってから、村では色んなことがありすぎて、みんなどうしていいか分からなくなってるじゃないか……
そんなの目の前の些細なことじゃんか。もっと長い目で見なきゃ。俺たちがもうちょっと大きくなれば、自分のやりたいことができるようになるだろ?
信使の姉ちゃんは街へ行ったことがあるんでしょ。俺の言ってること間違ってると思う?
んー……
見たことのない場所を、自分の目で確かめてみるのはいいことだと思うよ。
そうだ、あなたたちの写真を撮ってあげる。
写真なら持ち歩けるから、村にいない時でも、それを見れば故郷を思い出せるでしょ。
いいね! 俺たち二人が、江湖に旅立っていく記念ってことにしようぜ!
来いよシャオアン、このトラクターの上に乗って一緒に撮ろう。
はい、こっち向いて笑ってー。
三──二──
また予想外の困難が起きた。取材対象とケンカ別れになってしまうなんて……それでも僕は、残された旅路を進まなければならない。
あの口論で、僕も色々と反省させられた。本の中の理論だけじゃ、彼女たちの生活のすべてを理解するには足りないのかもしれない。僕の「苦難」に対する理解は、まだまだ浅いものだった。
人生とは、始まりと終わりを定められた旅路だ。ぶつかりながら手探りで、前へ進んでいくしかない。
人それぞれに道は違うけれど、自分が絶対に手放したくない景色のために「運命」という奔流に立ち向かい、「現実」というとてつもなく大きな物と戦い続ける。
そういう戦いは「苦難」を生む源でもあるけど、また尊敬に値するものでもある。
だから僕の境遇や経験は実際のところ、ただの不運でしかなくて、それを「不幸」などとは到底呼べないんだと思う。でもそれを理解できたから、むしろ前より少しすっきりしたくらいだ。
ならば僕はこのまま、ひたむきに前へと進み続けよう。
そうだ。もしも、もう一度あの信使さんに会ったら、僕の方から彼女に謝らなきゃ。
いや、今言っておいた方がいいかな。
信使さん、こんにちは。
手元に紙やペンがないので、こんな形で「詫び状」を記録しておくことしかできないんですけど。
本当にすみませんでした、信使さん。あなたを不快にさせるようなことを言ってしまって。
弁解をさせてほしいんです。あの時の僕は決して上から目線で話すつもりではなくて、ただ全力で、口先だけじゃない「何か」を成し遂げたいと思っていただけなんです──あなたのように。
実は、僕はあなたのことを心から尊敬しています。あなたのその一貫した姿勢と、勇気は本当に凄いと思っています。
僕はまだ、あなたのように「リアル」に生きることはできません。ですがあなたのおかげで、少しだけ「リアル」に近付くことができたような気がします。
繰り返しになりますが、知らず知らずのうちに失礼なことを言ってしまってすみません。自分の認識不足に恥じ入るばかりです。
いつの日か、この不誠実な詫び状があなたの元に届きますように。
撮影者は──
痛てっ!
おい! 何よそ見しながら歩いてるんだよ!
それって、この機械で見たものが全部この中に記録されるっていうこと? ずーっと残るの?
うん、画面に収めたものなら、ずっと残り続けるんだ。
じゃあ俺のことも記録できる?
できることはできるけど……
何か言いたいこととかあるの?
えーと……俺の名はファン・シャオシー! この大地で一番すげー大侠客を目指してる男さ!
俺の名前をよーく覚えとけよ。そう遠くない内に、きっとどこかで耳にすることになるだろうからな。
うん、覚えとくよ。
おっと、話なんかしてる場合じゃなかった。後ろからおっかない奴が追いかけてきてるんだ……
もう行かなきゃ! またね!
ああ。
またね。