懐黍離 HS-ST-1・幕間
禾下の夢
このような水田を、他にどこで見ることができるだろう?
伸びやかに成長した稈は真っすぐに立ち、まるで秋が過ぎた後の牧獣の毛のように整然と並んでいる。太陽が照りつけ、風が吹けば、たちまち熱を帯びた穂波が打ち寄せた。
女は田の中央に立っている。茫々と茂った稲が彼女の裾にしきりに絡んでいる。女は穂波をかき分けて、まるで海を渡るように、広大な黄金の奥へ奥へと進んでいった。
何をしているの?
作物を探しているの。
この辺にたくさんあるよ?
もっと遠い場所まで植えることができる作物を探しているのよ。
どうして他の場所に植えるの? ここにはこんなにたくさんあるのに、まだ足りないの?
今あるものでは、全ての人のお腹を満たすことはできないの。
……
お姉さんは、それを、もうどれだけ探し続けているの?
ひょこり。
一匹の鼹獣(えんじゅう)が地面から顔を出す。暗い穴はきっとかなり遠くまで繋がっているのだろう。この小さな生物もまた、放浪する客人だ。
鼹獣は、この果てのない田野を見て、その広大な姿に深く衝撃を受けたように見えた。客人は悲しげにため息をつくと、また日差しの届かない地面の中へと戻った。
……
どうすれば、いま種をまけば、芽が出るって分かるんだろう? 天気の変化はどうやって予知するんだろう?
たくさん見れば、自ずと分かるわ。
たくさん見れば分かる……それはずっと後に起こることでも、そうなの?
瓜を蒔けば瓜を得、豆を蒔けば豆を得る。
作物は種が変化したものだよね。じゃあ「私たち」は何が変化したものなの?
私たちはどこから来たの? 死んだら、どこへ行くの?
私たちは大地から生まれて、死んだら、また大地に還るのよ。
人も作物も、みんな同じ。天地の万物は、全てが環のように巡っているの。
あなたが教えてくれたあの歌みたいに?
……
おい――
おーい――――
起きろ。
……
シュウ姉?
うん……なぁに。
どんな状況だ? はたから見ると、この「デカブツ」はやっぱあんま言うことを聞かなそうだけど。
そうね。
しかも、うちの妹たちよりもちょこっと腕白みたい。
ここらでやめとこうぜ。ここはシーの奴が普段描いてる落書きとは違うんだ。長居しすぎたら、頭がくらくらしちまうぞ。
気をつけろよ。焦ってヘマでもしたら、かえってめんどくせーからな。
それもそうね。確かに少し疲れたし。
……ニェン、ちょっと手を貸してくれる? 引っ張って。
これ以上出てこないなら、一人で帰るところだったわ。
そうか? たった今、青ざめるほどビビってた奴がいた気がしたけどな?
……減らず口を。
今「巨獣」の心臓に発振器を取り付ける手術をしてるんだぞ、そんな簡単にいくかよ?
……はぁ。
この計画を聞かされた時は、ついに頭がおかしくなったのかと思ったわ……よくもまあ、こんなことが思い浮かぶものね。
移動都市全体を使って巨獣を模してるだけだろ。私が「形」で、オメーが「意」。外も中も揃ってんだから、カンペキじゃねーか。
ニェンはどんどん腕が良くなっているわよね。
冗談はやめて。天師府のじじいとシュウ姉さんがいなかったら、こいつに何ができるの?
司歳台のために、こんだけ雑用をやってやったんだぜ。売った恩の分、こんくらいは返してもらってもいいだろうが。
それで、状況はどうなの?
すこぶる順調だ。
けど、こいつを本体に代わる器にしようってんなら、もうちょい気張る必要があるな。アイツが始末された後、行き場がなくてふらふらするしかない私らが拠り所を得るには、まだかかる。
手のかかる子だものね。
どこが順調なのよ、結局何もできてないじゃない。
「私だってこれを作るのに協力したのよ」って言いたいだけだろ。お姉ちゃんに褒められねーからって、嫉妬したか?
……相変わらず幼稚ね。
シーの絵の腕も上達したわ。何年も会ってなかったけど、その間もいたずらに歳月を過ごしていたわけではなくて、ちゃんと励んでいたみたいね。偉いわ。
……こほんっ。
やっぱり想像ができないわ。偽の体で「本物と偽る」ことは難しくない。でも所詮はただの「偽り」なのよ。
結局のところ、私たちから分かれたほんの一部にすぎない……たった三人の力が合わさった産物で、しかもまだ完璧じゃない。
なのに、この十二楼五城が、どうすれば私たちの住み家になるのよ……
うん、シーの言う通りかもね。
でも絵巻の中にいる時、私は確かに感じたわ――
――「命」を。
獣は厚土と行く。「私たち」も、元々はこの大地で生まれ育った命よ。
……もしかしたら上手くいくかもしれないじゃない。
はぁ! 他の話しようぜ。
朝廷の奴らがどんだけめんどくせーか知ってるか! この十二楼五城をひとまず「家」として私たちに貸すとか調子の良いことを言って、実際のとこ厄介事を押し付けてきやがった。
天師のじいさんを連れ戻さないといけないし、もう一つあいつらの面倒事を解決しないといけない。やっぱ炎国人ってのは商売上手だよ。私たちの「家」を橋頭堡に変えて、一挙両得を狙うんだから。
……ただ、予想外だったのは、炎国が技術面でここまで進歩してたことだ。マジでどうなってんだ。アイツらはほんとに「歳」を恐れる必要があんのか?
この「家」を無事に建てられたとしても、彼らの監視下にあるわけだし、ほんと息が詰まるわ。
それにこれ、どれくらいの危険を伴うと思う? 私自身でさえ、分かったもんじゃないわ。
さっき貴方たちが絵巻の中にいた時、一瞬、ジエ姉さんの時のことを思い出したわ……
……
あら~、墨っかぶりちゃんも、お姉ちゃんのことを心配するようになったのね?
墨っかぶり!?
前にあったでしょう? 硯をひっくり返して、ちょうど頭にかぶっちゃった時、リィン姉さんがあなたのことをそうやって――
覚えてない。知らない。
はいはい。
あっ。思い出した。その後確か池のそばでしゃがみ込んで顔洗ってたよな……
覚えてないって、言ってるでしょ。
綺麗な池の水を汲んで、顔を洗って、水が濁ったら、そこからまた澄んだ水を汲めるか?
……
……ジエが、そう問うていたわね。彼女はしとやかに見えるけど、実は誰よりも賢かったわ。
はぁ。
もしニェンの計画が成功すれば、それが最善の結果でしょう。
そりゃ当然だろ。成功させたくない奴がどこにいるんだ?
あの囲碁バカよ。
あいつが一体何を考えているかは誰にも分からない。リィン姉さんの件以来、墨を見るとあいつが作り出した「分身」なんじゃないかと、時々疑うようになったわ。
私たちはこの器を作り出すのにこんなに苦労してるっていうのに、あいつは簡単に自分を分けることができるなんて……
本当にどうして、そこまでするのかしらね。
彼は世の様々な物事を恨んでいるけれど、最も恨んでいるのは自分自身よ。でもあれだけ賢い人が、まさか炎国と死ぬまで戦うことがジエの見たいものだとでも思っているのかしら?
知らないわよ……今まで、あいつの相手を喜んでしようとするのはシュウ姉さんだけだったわけだし。
そうだ。賢い奴といえば……
アイツは? しばらく、話を聞いてねーけど、いっつもシュウ姉にひっついて回ってただろ、喧嘩でもしたのか?
……
あの囲碁バカを別にしたら、司歳台が一番びびってたのがアイツだろ。
(小声)囲碁バカより、刺繡バカの方が関わりたくないわ……
……長いこと帰ってきてないわね。
そうなのか? まあいいや。
アイツのことは放っといていい。三人ここに集まれたのも、あの老いぼれたちがここに腰をすえてくれてるおかげだし。
「三を過ぎることなし」って言うだろ。私たちが毎日家族で食卓を囲んでちゃ、どこぞの龍が不機嫌になりそうだ。
そうね。さてと、時間も遅いことだし、私は先にやることを終わらせてくるわ。
あなたたちも最近は大変だったでしょう。時間がある時にまた食事にでも来なさい。腕によりをかけてご飯を作ってあげるから。
うむ、坊やの料理は味わえねーけど、姉ちゃんの料理の腕もなかなか――
こっち見てなんだよ。何かまずいことでも言ったか?
あの二人の仲が良いのは知ってるでしょ。
ずっと昔の話だと思ってたんだよ。
触れてほしくないことよ。
家族の関係って、こんな重たいもんなのかよ……
数百年に一度しか会わない姉妹だもの。重くて当たり前でしょ。
正直なところさ、チョンユエ兄やリィン姉に口うるさく言われるより、シュウ姉のさっきのあの感じの方が怖いんだぜ……
その点に関しては、珍しく意見が一致しているわね。
辛そうな顔してんのに何も言わないし、何か言いたそうなのに言えないって感じでさ……
これのどこが姉貴だっての、むしろ……
……
……
きっと……一人でここに長くいすぎたんでしょ。
……この二つの桃は、俺が植えた木に実った中でも、とりわけ大きくて立派なものです。
神農様どうかご加護を……予定通り卒業できるかは今季の作柄次第なんです……
もう三年目ですが、毎回一番肝心な時に問題が起こるんですよ……
一昨年の課題は虫害対策でしたが、収穫直前に大干ばつに見舞われて、試験田の農作物が全部死んでしまいました……
去年の課題は干ばつ対策でしたが、収穫前に大雨が続いて……
神農様どうかご加護を……
戊子号区画は今日、中心区画と合併します。どうか、どうか問題が起きませんように……
まだまだ自分の精進が足りないのは重々承知しています。天師府に戻ったらしっかりと学び、造詣を深めますから……
どうか工事が無事に終わり、早く家に帰れますように。それだけをお願いにあがりました。
おいおい、よく見ろ、ここに祭られてるのは神農だぞ。工事現場の奴が何をしにきたんだよ。
穀物の栽培ってのは「人事を尽くして天命を待つ」だ。お前たち工学畑の奴らも、天に頼って飯を食おうってか?
お前に何が分かる。あらゆる複雑な学問は深くまで究めていくと人の力は及ばないのだ。
「人事を尽くして天命を待つ」、これはどの職、どの業界でも同じだ。神農はこの地の最初の主とも言える。今や俺たちのような未熟者は彼女のご利益にあやかるしかない……
はぁ、それもそうだな。どうせ自分じゃもう何もできることがないところまで来たんだ。
俺たちの真摯な気持ちを、神農が見てくれてるといいな……
うっさいわよ!
うわっ!
うおっ!
桃の種……? どこから飛んできたんだ?
梁の上? 誰だ!
ったく、ゆっくり寝られやしない。ここでお昼寝してる人がいるのが見えないの!? そんなとこで、何をぺちゃくちゃおしゃべりしてるのよ!?
人が気持ちよく寝てるときに邪魔するなんて許されない罪よ! この場所が何だっていうの? 神農祠は地に頭をつけて先祖にすがる場所なわけ?
さっさとどっか行きな!
何てこと……しつけがなってないガキめ。どこの――うわっ!
おい――まだ投げる気か!? いてーだろうが!
いってぇ! ……行くぞ! 言っとくけどな、俺は心が広いから許してやるんだ。二度と――いたっ! 俺にその面みせるんじゃないぞ……!
はぁ……
子供は祭壇に供えてある二つの果物を手に取り、しげしげと見つめる。そして大きい方を選ぶと、袖で拭いてかじりついた。
街で何かが起こるたびに、あんたのとこは豊作になるんだから。ここに来れば腹を空かせる心配はないわね。
神農やーい。果物をちょっともらうけど、別にいいでしょ?
うーん、やっぱり梁で寝る方が涼しい……扇子はどこへやったっけ。また、あのガキンチョに持っていかれたのかな? ほんとに面倒なガキね。私のこと「メガホン」とか呼ぶし、今度はあいつの笛を盗んでやるとしようかな……
学校学校って。天師府で学んだところでこういう不甲斐ない学生にしかならないじゃない。学校に行って何の意味があるっていうの。
はぁ、サボるのって、ほんと骨が折れる……!
郷長……このドローンは一体どこが悪いんですか?
前に君がエネルギー装置を交換した時に、手順を間違えたんじゃないかな。いくつかの配線が繋がっていない。
まさか。どっかの家の子供がこっそり持ち出して「闘羽獣」でもやらせたんでしょう……次捕まえたら、とっちめてやりますよ。
ドローンが落ちてきた時に、ぶつかりはしなかった?
それが、危うく頭に落っこちてくるとこでした。幸い角で済みましたけどね。
郷長が普段みんなと農作業しているのはよく見ますが、まさか源石回路にも詳しいとは思いませんでした。
天師が皆に授業してくれた時に使い方を教えてくれたはずだよ。これは精密なものだから、使う時は気をつけなさい。
それとこれはドローンではないよ。天師は「天杭」と呼んでいた。
初めてこれが田んぼに飛んで行くのを見た時、そこら中がこいつでいっぱいで、危うく蝗害かと思ってビックリしましたよ。
この小さな機械を一つ一つ地面に刺すだけで、土地の状況や作物の成長具合が全部分かるんですか?
我々がここで作物を育てることを考えている時、天師たちも我々をどう助けるかを考えているんだ。今はこうした新発明のおかげで、農作業は以前よりもずっと楽になったね。
今季の収穫は……
今年は天気に恵まれなかったもんで、どの田んぼも出来が悪いですね。目の前の今季の試験稲は天師たちに「千鐘」と名付けられたやつですが、ざっと見積もって一畝当たり二千斤ってところですね。
食う分に足りるっていったらそうですが、天師たちが想定していた研究結果には程遠いですよ。
少しずつ進めばいい。一年で二度の収穫があるなど、昔なら考えられもしなかったのだから。
遠くで、巨大な機械が田畑全体をゆっくり押し上げ、その大きな音に羽獣の群れが驚き飛び立った。
田にいる農民たちが顔を上げちらりと目をやったが、見慣れた光景だったようで手を止めることはなく、すぐにまた仕事に戻った。
大荒城の改造工事が始まって以来、外から多くの大物が来ました。あなたも大忙しになりましたね。
ここ何日もお姿を見ていませんでしたが、今日は時間があったんですか?
夏の収穫が始まろうとしているからね。各土地の状況を己の目で見なければ理解できないし、人も手配できない。
それに、この頃は祭祀の件もあることだし。どれも念入りに準備して、おろそかにしてはならないことばかりだ。
郷長は大荒城の仕切り役ですからね。ここに赴任して以来、何から何までご自身が気を配ってるんですから、ほんと大変ですよね。
正式にはなんて官職名でしたっけ……大荒城、同知(どうち)? まあ、言い慣れないんで、やっぱり郷長と呼ばせてもらいますよ。
官職など関係ないよ。やっていることは同じ農作業だ。
俺は生まれた時からここに住んでるんで、外には出たことがありません。外の一部の移動都市では、ビルの中で作物を育ててるってあれは、本当ですか?
郷長は外から来たんですよね。他の都市は一体どういう感じなんですか?
もう何年も前の話で、私もよく覚えていない。
覚えていることといえば、小さな農村の人々が大荒城で育った種を信使から受け取って、今年は収穫が多くなるかもしれないと笑顔で言っていたことくらいだな。
……そう。天災にだけは、遭遇しないことを願って。
土に植えた種のことなら理解できるようになりますけど、頭の上の空はそうもいきませんからね。
たとえ天災が田んぼに直撃しなかったとしても、水源は源石で汚染されますし、土も細かい源石結晶だらけになります……
はぁ。源石の多い環境で、土地を切り開ける設備一つをとっても、安くはありませんしね。
だからこそ、我々がここにいるの。
ほら、直った。
この土地の水路は堤防に囲われている。干上がる時もあれば、氾濫する時もあるからだ。
地上百メートルを超える水路の間では、栽培区画が手を取り合い向かい合っていた。
そして、今も「成長」している移動都市は――
この地で働く新世代の大荒人にとって、彼らが自らの手で切り拓く新天地となる。
この工事は、本当にとんでもないですよ。
ここ半年の辛抱よ。区画に土地を移し終わったら落ち着く。
人はまだいいんですよ。けど飼ってる牧獣がひどく怖がってます。ここ何ヶ月かは、餌もあんまり食べてくれなくて、だいぶ痩せてしまいました。
田んぼが毎日せり上がってくのを見てると、やっぱりなんだか落ち着きませんね。
田畑を移動区画に移すことには、多くの利点がある。
電気や水が使いやすくなるだけでなく、多少大きな天災に見舞われても、今までのように天師たちが命懸けで守る必要がなくなる。田んぼごと移動させればいいからね。
ここら辺の田んぼは先祖代々何年も使われてきたものです。どうして、お上はいきなり再建しようなんて考えたんでしょう?
たくさん植えて、より多くより良い食糧を得られれば、今以上に沢山の人の腹を満たすことができる。そうすれば、都市を建設する力が湧くというものだ。
まるで手品みたいですよ。遠出している人がいたら、戻った時に自分ちも分からなくなっているでしょうね。
しかし、もし田畑を全部移動させたことを知ったら、神農はどう思われますかね?
ただ土地が姿を変えただけだ。家がなくなったわけじゃない。
神農が目の前のこの光景を見たなら、口が塞がらないほど笑うだろうな。
彼女が初めてこの地を訪れた時、凍てつく荒野に少しでも多くの田畑を切り拓くことだけを願った。
その後、田畑が増えるにつれ、彼女の思いつきも増えていった。源石に汚染された土地、ひいては源石の中にまで穀物を植えようという風にね。
そんなデタラメありますか……神農ってのは、果たして賢いのやら馬鹿なのやら。
賢くなければ、馬鹿でもない。怖いほど真っすぐでひたむきなだけよ。
でーかーつーのーくーん。
のーろーまくーん。
一緒に「めんめん」を探しに行ってくれるの、くれないの?
行かない。
ひっどーい! めんめんは、あなたのことが一番好きなのに。あの子、他の人からおやつをもらってもちゃんと食べないくらいなんだからね!
僕が花畑で育てていた半楓荷が全部食べられた話?
……あれは自分が柵を囲ってなかったからでしょ。
囲わなかったのは他の人が摘みやすくするためだ。お前が牧獣に食べさせるなんて誰が予想できるんだよ。
まあ、あの程度でよかったけどさ。前に牧獣が先生の試験田を食べた時、先生になんて言われたか忘れたのか?
(あかんべえする)
それに、牧獣には探知器が付いてるだろう。この辺りにいるって分かってるなら、自分でもっと注意深く探せば済む話じゃないか?
うーん……それもそうかも。
じゃその代わり、果樹園に実を採りに行こうよ。まだ熟れてなくて酸っぱくて苦いうちに、少し採っちゃいたいんだよね。大事な使い道があるから!
行かないよ。
今日は田んぼにサンプリングに行かないといけないんだ。夏の収穫前の最後のデータ記録で、とても重要だから、外せない。
つまんないの……
なんだか、ここのところみんなちょっと変なんだよね。ちゃんとご飯食べないし、よく眠れてないみたいだし。
牧獣たちとは会話ができるんだろ。ご飯をちゃんと食べるように言い聞かせればいいじゃないか?
もうお話ししたよ。そしたら、大荒城に最近恐ろしいものが紛れ込んできてるって言ってた!
それって、新しく建設してる移動区画のことか?
あなたっておバカだねぇ。牧獣たちは、あたしとお話しできるだけで、人間みたいに賢いわけじゃないんだよ。怖いものが何かなんて知るわけないでしょ。
僕もそれほど賢くはないね。分かるのは、田んぼの仕事が今一番重要だってことだけさ。
ちょっとくらいサボってさ、仕事をあの新人くんに任せちゃだめなの? どうせ田んぼの中の天杭を一つずつ抜いてデータを取るだけなんだし、誰がやっても同じでしょ?
彼に何が分かるっていうんだよ……来たばかりの頃は小麦と高粱の区別もつかなかったんだぞ。彼がした仕事は、僕がもう一度やらないといけなかったし。先生もどうして僕に教えさせるかな……
でもあの人すばしっこいよ。もしかしたらめんめんを見つけてくれるかも――そうだよ。彼に手伝ってもらおっと!
え? 彼は……先生がわざわざ彼を来させたのは農作業のためだから、そんなのダメに……
ごほんっ……やっぱり僕がついて行くよ。って、待てって――
おーい、新人くーん! そんなに真面目に仕事してないで、牧獣探すの手伝ってー!
夏の情熱的な日差し、鳴り響く蝉の声。水田の中で、少年はぎこちなく稲を刈る。豆粒ほどの汗が、絶えず彼の顔を滴り落ちている。
腕の筋肉はたくましいが、力の入れ方は分かっていない。鋭利な鎌は、彼の手に持たれると細い稲を前に手も足も出ないようで、長い時間をかけてようやく一掴みの稲を刈ることができた。
元々身に着けていた官服は傍らの杭に掛けられている。稲をついばみに来ていた数羽の羽獣が初めて見る服に興味を持ち、揺らめく帯へとくちばしを伸ばした。
ふぅ――
もうお昼か……
まだこんなにたくさん残っている……