風雪一過 BI-3・戦闘後
測り難きは人心
なぁ、俺たちが監視してるドクターとかいう客、シルバーアッシュ家の奴に襲われたんだって?
今頃なに言ってんだよ。そんな話とっくにみんな知ってるぞ。
……そんじゃ教えてくれよ、こいつは一体どういうことなんだ? ドクターってのはエンシオディスに招かれた客なんじゃねぇのか?
はぁ……俺が聞いた話によるとその襲撃者たちは、アークトス様がドクターを迎えたついでに買収したと思い込んでいたらしい。
はぁ? アークトス様がそんなことするはずねぇだろ!
ったく、そんなの奴らの妄想に決まってんだろうが!
アークトス様がドクターを連れて行くと聞いたエンシオディスが、それを逆手に取って旦那様を陥れようとしたんだろうよ。
その襲撃者たちも、エンシオディスの差し金かもしれねぇな。
確かに言われてみりゃ、そうかもしれねぇ。
だったらどうして俺たちゃまだそのドクターを監視してるんだ? あいつはエンシオディス側の奴にゃ見えねぇぞ。
これまでドクターへの理解が足りずに、失礼な点が多々あったかもしれませんわ。どうかお許しを。
ドクターはエンシオディス様の大事なお客様ですし、私が言うべきでないかもしれませんが……
今回のドクターに対する襲撃は、どうも何か裏がありそうですわ。
確かに何かありそうだ。
エンシオディス……
いや、彼がそこから利を得るのは難しい。
(より疑わしい人物はわかっている、しかし……)
ペイルロッシュ家がドクターをしっかり守れなかったという非難の口実をエンシオディス様に与えるために、何者かがドクターを襲わせたのかと思いましたが……
それでは理屈が通らない。
職務怠慢よりも襲撃の方が非難されるリスクが大きい。
彼らも、ヴァイスさんの口からエンシオディス様の言葉を聞いたはずなのに、それでもドクターのことを信じないなんて……
これはまるで──
何者かがエンシオディスの計画を予測していた。
そしてそれを前提として彼らを扇動した。
うーん……
ふん、悪くない。
ヴァレス……皆お前の頭の回転とチェスの腕前を褒めるが、どうやらまだまだこのドクターに学ぶ必要がありそうだな。
旦那様の仰る通りですわね。
おっと、そうだヴァレス。今後このドクターを見張る必要はないと皆に伝えてくれ。家の番さえしていればいいと。
ドクターが連れてきた護衛に関しても、今後こちらへの出入りは自由とする。
はい。
お前たちの話は廊下にまで聞こえていたぞ。
推理ごっこに興味はないが、いくつか手がかりは与えてやれる。
ドクター、まずはこれまでの当家の非礼をお詫びする──
ペイルロッシュ家当主の名の下、ここにイェラガンドに誓う。今回の襲撃は、決して俺が画策したものではない。
俺の言葉を信用してもらえるのならば、当家の他の者についても、俺に隠れてこんな下卑た真似をすることはないと思っていただきたい。
なんだと? 信頼しているとは言っていない。
だが少なくとも、お前が俺に何かしようと企んでいないことは信じている。
ハハハハッ、そうか。
ドクター、俺は生来粗雑な人間だが……それでもこのイェラグが異常事態に陥っていることはわかる。
エンシオディスの奴は突然権力を返還すると言い出し、さらにノーシスを追放した上で、お前をそのポジションに置いた。
そしてお前はその主権奉還の対応中に襲撃に遭った。
正直、エンシオディスを疑わざるを得ないが、奴は確かに現時点では何のボロも出していない。
だが、イェラガンドが我々にお与えになった土地と人民が危険に晒されているというのに、わけもわからず傍観していることしかできないというのは、いたたまれないものだ……
では、アークトス……
なんだ?
なに!?
「ドーン」という、巨大なくぐもった音が遠くから響いた。
外にいる者は、雷雪でも訪れるのではないかと囁き合う。
中にいる者は見えない重圧に、うつむいて黙り込んでいる。
ノーシス・エーデルワイス殿。
ラタトス・ブラウンテイル殿。
どうやら私は、ようやく君と真正面から言葉を交わせる資格を得たようだな?
その見せかけの高慢さでは何も隠せはしないよ、ノーシス。
あんたも賢い人間のはずだ。腹の探り合いは止めにしないか。
私から何か得ようという魂胆がなければ、あんたがこうして何度も訪れるなんてあり得ないだろ。
フッ、もし自分が主導権を握っていると誇示したいだけであれば、ここで失礼させてもらおう。
そう焦るな、ノーシス……いくつか教えてもらいたいことがある。
当時エーデルワイス家の者がエンシオディスと共にイェラグに戻ったと聞いた時、私は正直それほど驚かなかった。
てっきりあんたが、エーデルワイス家がシルバーアッシュ家に危害を加えていない証拠か、あるいはエンシオディスの弱みをつかんだものだと思っていた。
だがあんたにしろエンシオディスにしろ、当時のことを一切語らないばかりか、シルバーアッシュ家の領民があんたのことを恥知らずと口汚く罵っても気にも留めない。
一体何があんたを支えていたんだ? 私はそれに興味があるんだ。
……彼は私に未来を約束してくれた。
未来?
イェラグの未来だ。研究の中で才能を発揮でき、その成果が盗用、乱用されずに埋没することもない、新興工業科学技術国家となったイェラグを。
それだけか?
私は最初から君に理解できるとは思っていない……ラタトス。君は永遠に研究者にはなれないだろうな。
君に理解するのは難しいだろう。充分な資源と権力による支援、そして正当な目的があり、一切懸念材料のない条件の下で技術革新や応用を探求できることが、どれほど魅力的であることか。
だからあんたたちは取引をした――あんたは彼に技術を提供し、彼はあんたに舞台を提供してやったってことか。
それで?
まさかエンシオディスは本当に自らの保身のために、あんたに罪をかぶせたなんて言うつもりか?
あんたたちカランド貿易の利害に対する考え方は、そんなレベルのもんじゃないだろ?
君はカランド貿易を随分と高く評価しているようだな。ならばなぜ二年前の招待を受け入れ、エンシオディスに服従しなかった?
バカ言うな。エンシオディスがいくら優秀でも、私らイェラグ人の骨の髄まで滲み込んだ千年もの信仰を変えることはできない。
カランド貿易は、三家会議と蔓珠院が許容する規模までしか成長はできない。イェラグが工業科学技術国家とやらになるなんてのは、そもそも不可能──
──いや、待て。
ということは、あいつは新たな交渉材料を見つけたのか?
その通りだ。
いかにエンシオディスといえど、イェラグ人をイェラガンドの教えに背かせることはできない……彼は革新と伝統の均衡点を探し出すしかなかった。
しかし彼はその均衡点の模索で、あまりにも長い間停滞していた。私が何度彼の背を突き動かそうと試みても、まるで動かなかった。
ようやく転機が訪れるまでは、な。
ある時、エンシアの鉱石病の症状が抑えられた。完治には至らなくとも、彼女はすっかり元気な状態でエンシオディスのもとへ帰ってきたのだ……
そして彼女はエンシオディスに、ロドスとの協力体制を強めれば、より低いコストで鉱石病の拡大と脅威を抑えられるかもしれないと語った。
いや、エンシオディスはこれ以上、外部の技術を引き入れることはしない──
いいや、彼はするはずだ。一度開かれたイェラグの門扉が再び完全に閉じることはない。
イェラグの鉱石病感染者が日々増加していくことは、諸国を客観的に分析すれば想像に容易い。イェラグが絶えず発展していく過程において、鉱石病の対応力は最終的に新たな交渉材料となるのだ。
彼は信仰に頼るだけでは鉱石病から身を守ることはできないとした上で、イェラグ人に信仰か技術かどちらかを選ばせるだろう。
……デタラメだ。何の証拠もない。
……ではその証拠を見せてやろう。腕の立つ部下を揃えて、私についてくるがいい。