樹影にて眠る 幕間
帰郷
ああ、ラグナ……
あなたをどんな顔で迎えろというの?
この地から南北へと去った人々の中で、あなたは誰より戻りそうにない人だったというのに。
……
わらわを呼び戻さんとする者などおらぬことくらいわかっておる。
それでも、水晶玉にある予言を見たからこそ来たのじゃ。
……我が兄が不幸に見舞われるという予言をな。
おお~っ、きれいな木彫り! ナッツの殻の中に座ってるこの小人さんが道を示してくれるの? ほんとに?
それに、この色違いの源石結晶もすごいよ!
どんな技術を使えば、安定性を保ったまま彫刻できるんだろう……
って、いやいや、そもそも源石を置物として飾るなんて危なすぎるよね?
前回持ち帰った源石氷晶の欠片だって、まだ分析が終わってないし……でも、これは研究価値があるかなんてどうでもよくなるくらいきれいだね!
……
えーっと……確かウルサスに行った時に用意したチェルボネッツがまだいくらか残ってたはず!
あっ、だけど君たちもサーミの人たちみたいに物々交換しか受け付けてなかったりするのかな?
それなら、調味料の缶と交換してもいいけど――そんなことしたらあたし諸共シモーネさんとティフォンちゃんまで味のないサーミの食べ物しか食べられなくなっちゃうよね。
……もとよりわたしたちはサーミフィヨドだぞ。
……それで、お嬢ちゃんは結局何が欲しいのかな? 交換したいものがなければそろそろ行くよ。
おっと! ちょっとはしゃぎすぎちゃった、あはは……
ごめんね、まさかウルサスのキャラバンがこんなに遠くの市場まで足を伸ばして商いに来てると思わなくて。しかも見たことないものがこんなにたくさんあるなんて!
えーっと、何か交換しないといけないものがあったよね? シモーネさん……
……あれ、シモーネさん?
はぁ……お前本当に聞いてなかったのか?
え、何を?
さっきシモーネの知り合いに行き会ってな。あいつは手伝いを頼まれてそちらへ向かった。
集落に何人かの遺体が運び込まれてきたんだが、部族に雪祭司がいないから、その検分をしてほしいんだと。
えっ、人が亡くなったの……?
道理で市場を歩いてるのに呼び込みの声もしないし、あたしの質問に率先して答えてくれる人がいなかったわけだね。
みんな落ち込んでたんだ。
うーん、今は並んでる商品もかなり少ないし……
シモーネさんを待って、来たら決めてもらおうか。何か物資を交換しないとって言ってたからさ。
キャラバンの人たちも、もうしばらく待ってもらえないかな?
……サーミの地を流れる水よ、どうか私を受け入れてください。あなたの子らと対話ができるように。
(低くハミングする)
風が吹きました。
老樹の最も低き枝から、ヴァリおばあさまの玄関の松明まで……
……慈悲深き運命よ、感謝します。
彼らの同意は得られましたし、どうぞご確認ください、サンタラの木の娘よ。遺品はすべてここにあります。
この地を訪れただけの一介の追放者が、霜楓の根の信を得られたことを大変ありがたく存じます。
……
この武器、どれも赤黒い氷がついていますね。激しい戦いだったのでしょう。
彼らは、北地の戦線から連れ帰られた戦士なのですか?
はい。彼らは七、八年前に部族を去り、北方へと向かいました。
最も長く故郷を離れ、誰より振り返ろうとしなかった二人が、まさか同じ日に帰ってこようとは。
それは……亡くなった人たちのことですか?
……異なる道を歩んだ兄妹のことです。
運命があなたを今日ここへと導いたのであれば、この物語もお伝えすべきなのかもしれませんね。
かつて黒き森の半分を覆ったあの異常な雪害のことは、覚えておいでかと思います。
ええ、覚えています。
当時、我らの部族もあの影響を受けたのです。
雪嵐に閉じ込められたほかの部族同様、我々はサーミの教えを乞わんとして祈り、吹雪の中、木に現れるはずの啓示を探し、いかにして身を守るべきかを知ろうとしました。
ですが……我らの部族に雪祭司はおりません。
私たちは何度も、繰り返し祈りを捧げました。けれどサーミはただ沈黙を返すのみ……
運命の導きがなければ、留まるべきか去るべきか、去るのだとしてどこへ向かうべきか、シャーマンたちには判断がつきません。
それで結局、その兄妹が決意を固めて立ち上がり、先陣を切ったのです。
しかし、二人の考えは相反するものでした。
兄はエイクティルニルの言葉に耳を傾けて、何人かを連れ北地の戦線へ向かうと決めました。彼は残された者たちが移動せずに済むよう、雪害を止めようとしたのです。
ほかの部族の雪祭司の導きを受け入れるというのは、まさしくやむを得ず取った手段だったのでしょうね。
一方妹は、この地で部族が生き延びることはもはや不可能であり、雪害が収まるのを待ったところで多くの人々が死ぬだけだと考えていました。
ゆえに彼女はまた別の人々を率いて、自らのアーツで道のりを占い危険を回避しながら吹雪の中を進み、ついには南のこの地へと部族を移動させたのです。
それは容易でない道のりだったことでしょう。
……どちらにとっても。
はい。
ですから私たちには理解できるのです。なぜあの二人が自らの道を振り返ることなく進み、こんなにも互いを恨むのかを。
ははっ、姉の獣の角の装飾品を折ってしまったというだけで、私と姉は何ヶ月も喧嘩したことがあるんです。あの二人の確執であれば七、八年の時間が経とうとも決して埋まることはないでしょう。
……はぁ。
彼の手鼓には、側面に祝福の文字が刻まれていたのですが、こんなにぼやけてしまっていますね。この数年で一度でも戻ってきてくれていたら、私が彫り直してあげたのに。
あら、この手鼓……
面には少しも血がついていませんね。
持ち主であるシャーマンの呪術医は、明らかに重傷を負っているのに……
となると恐らく、ケガをした時は武器も持たずにいたのでしょう。
……
……彼の着ている毛皮の上着に、半分残ったウォッカのボトルが。ウルサス人が鉄から絞った味の悪い飲み物ですね……ハッ。
この戦士たちも、かつてはウルサス人と焚き火を囲み、共に酒を飲んでいたのでしょうか?
彼らの遺体を連れ帰ったのは誰なのか、教えていただけますか?
ウルサスのキャラバンですが、それがどうかなさいましたか?
――
「『黒印』の状態を確認中。『フリエーブ鳥』がまもなく水上の家で取引を行う。」
そのキャラバンは――まだここに?
いつも通りであれば、あまり長くは留まりません。陽が沈めば、歩きづらくなりますから。
ありがとうございます。もしかすると、彼らを見つけて……当時の状況を聞く必要があるかもしれませんね。
お待ちを、サンタラさん……またお戻りになりますか?
とおっしゃいますと?
我らの部族は衰えております。ですから……できる限りのご助力をお願いしたいと思いまして。
此度の儀式はわが部族にとって、大きな意味合いを持つものです。
これは死者の葬儀であるのみならず、生者が故郷に別れを告げる儀式でもあります。ですから博学なシャーマンに同席していただければ、部族はより多くの庇護を受けることができるでしょう。
……部族を挙げての移動ですか。
百年に近い時を経て再び、サーミのご意志がこれほど多くの部族へと南への移動をお示しになるなんて……
そうなのです。サーミのご意志は、今回は我々にも目を向けてくださいました。
加えて、我々にも凶兆を見分けることならできます。
新たに生まれた赤子が夜通し泣き続け、また、野獣が沼沢地のほとりで死んでいて……
(恐ろしい兆しね。)
(けれど、本当に悪魔の穢れが氷原からこうも離れた南部の沼沢地帯にまで広がっているというの?)
(あるいは、ウルサス人がサーミに放った「黒印」が――)
今おっしゃった凶兆に、心当たりがあるかもしれません。
儀式の時には必ず戻るとお約束しましょう。
ですが……今はやらなければならないことがあるのです。
死者の魂はいまだこちらを見つめています。生者は彼らに安寧をもたらしてやらねばなりません。
――えっ、雪祭司がいないのってそんなに大変なことなの?
この部族の生活がうまくいってないのは……雪祭司がいないから?
そうだ。
それも書いておこう……「雪祭司は占いで部族を守っている。」
「雪祭司のいない部族は、迫りくる天災を察知できないこともあるらしい。」
ってことは、雪祭司の人は天災トランスポーターに近い勉強もしないといけないんだね……
ただ学ぶだけでは雪祭司にはなれないがな。
わたしは前にツンドラで、雪祭司になるための試練のさなか死にかけている奴に会ったことがある。
それと、一部にはサーミの呼びかけを待つ部族もあると聞くし、雪祭司になった者には奇跡が何かを指し示すこともあるという話だ。
まあ、こういうことはやはりシモーネに聞くのが一番だと思うぞ。わたしはただお前に、これ以上市場で聞きまわるのはよせと言いたかっただけだしな。
この部族は……重病の角獣みたいなものなんだ。それをつつくのも無理に立ち上がらせようとするのも、とても迷惑な行いだと思え。
ごめん……
まったく……それと、お前が選んでくれたこのミサンガ、見た目も悪いし邪魔なだけなんだが。
えへへ、一緒に市場を回ってもらう口実が欲しかったからさ。
お前はもはや、ほとんど完璧なサーミフィヨドだ。南のあたりのこういう鉄の塊がある場所なら、一人で出歩いてもいいんだぞ。
なんとなく今日は一緒にいてもらったほうがいい気がしたんだよ、それだけ!
理由はわからないんだけど、なんだか嫌な予感がして。
……お前の予感はよく当たるのか?
ぜんぜん。
っていうか、普段は予感なんて感じないんだよね。
詳しく話せ。
お前が感じたのは、裂獣の影のようなものか? それとも巨木の亀裂のようなものか?
いや、どっちでもないかな……
って、今裂獣って言った? えっ、ここ裂獣もいるの? もし出くわしたら君に任せてもいい?
やれやれ……出発前に自分を守る方法をもう一度教えてやるから。
それよりも、今はお前の予感がどういうものなのかを話せ。
うーん……
あたしとしては、具体的にどういうものかがわからないからこそ、それを予感って呼んでるんだよね。
何かがすっごく近くにいるのに、それに気付けてないような感じがするの。
たとえると、この雪をかき分けたら下に超絶大発見が待ってるのにそれを知らずに雪の上を歩いちゃってるみたいな感じ!
あたしはよくそういうミスをしているって、マリー先生にはいつも言われてるんだけどね……あはは。
はっ……はっくしょん!
あれ、急に雪が強くなってきたね。
――あっ、シモーネさん! やっと戻ってきた!
あなたたち、ウルサスのキャラバンを見なかった?
見たよ。でも、「陛下が見ておられるから」とか「国境警備隊がいい顔をしないから、持ち帰れない」とか言って、空の酒筒を譲ってくれちゃってさ。ほら、これなんだけど。
本当はシモーネさんを待って、何か交換するものがないか確かめようと思ってたのに、時間がないとかですぐ行っちゃったの。
……彼らを行かせてしまったの?
今しがた向こうの方角へ向かったばかりだ。用があるなら、すぐ追いかければ間に合うだろう。
……シモーネ、怒っているのか?
何があった?
ごめんなさい、何でもないの……ただ、贈り物をもらったのならお返しをしないとと思っているだけよ。
あなたたちは部族の人たちと一緒に、このままチャパットへ向かいなさい。道中は必ず安全に気を配ってね、いい?
何か異常が起こった時は、対処法を考えるんじゃなくて、すぐに逃げるようにしてちょうだい。とにかく生き延びること優先でね。
お前もな、シモーネ。
ふふっ、心配ご無用よ。
すぐに追いつくわ。……戦士たちの葬儀に出ると約束したから。
……
……マゼラン、何をぼーっとしているんだ?
……あれっ。
おかしいな……
シモーネさんに、この酒筒に書かれてるサーミ文字の意味を聞こうと思ってたのに。
なんだかぼんやりして、聞くの忘れちゃってたよ。
まあいっか。とりあえずしまっとこ。
ラグナよ、彼らが戻ってきました。
相変わらず、あなたの占いは正確ですね。
確かに、ティラは今日手ぶらで帰ってきました。彼女は今、我らの部族で一番の狩人だというのに。
それとこの腕輪……何年も失くしていたものなのに、息子が見つけてくれたのです。「幸運は深き水よりやってくる」と、あなたが告げたように。
そのうえ……
あの黒き死が本当に、我らの戦士の身に降りかかりました。
……
それで……どうしても聞いておきたいのですが、あの時はどうしてあんな行いをしたのですか?
占いが我らを北へと導いたことを知りながら、あなたはなぜそれに背いて南を目指したのですか?
……すまぬ。わらわはただ肉親に会いに帰ってきただけなのじゃ。
葬儀の段取りがこれきりならば……わらわはもう戻る。
ラグナ……!
行かせてやれ。
彼女はもはやサーミの地との繋がりを失ったのだ。そんな哀れな人間を咎め立てすることもない。
……
あっ、ギターノさん。どうだった?
やっぱりあんまり歓迎されてないのかな?
こうなることはわかっておった。
んん……でも、あたしとしては、旅の途中で友達に会えるなんて今日はすっごくラッキーだよ!
ギターノさんを見た時、最初はまた幻覚でも見てるのかと思った。本当奇遇だよね!
――えっと、こんなこと聞いて申し訳ないんだけど……
誰か亡くなったんだよね? それって、もしかして……
構わぬ、気にするでない。わらわは兄の死を占ったがゆえに帰ってきたのだからな。
それに、我らは元々……ある時たもとを分かち、以来長きにわたり連絡を取り合わずにいたのじゃ。
……
だが、儀式において一番の重責を負うはずのシャーマンが、葬儀の準備をしていないように見えるな。
……マゼラン。おぬしには鋭い友がおるようじゃな。
このくらい、見ればわかる。
死者を普通に弔うだけだったら、人々はこれほど悲しみはしないものだ。
お前も、死者に別れを告げる機会があれば、そこまで悲しまないはずだろう。
……そうじゃな。
わらわも昔は、七年も経てば木は新たな枝を伸ばし、皆もこの地に根を下ろして、安らかな日々を送れるものと思っておったのじゃが……
結局目にしたのは、頻度を増した災害にわが部族が苦しめられ、再び家を移すことを強いられる姿ばかり。
挙句、シャーマンたちは伝統的な葬儀を執り行うか否かを議論し続けておる始末じゃ。
ううむ……しかし何一つ言葉を告げずにそれを別れと呼べるのか?
……
万物はいずれ羽獣のように飛び去り、二度と見ることはかなわなくなるものだ。
その時くらい、声を出して羽獣を少し驚かせても構わないだろう。
私は……葬儀を行わないことを承諾した覚えはありません。二度とこんな提案はしないでください。
彼らは運よく故郷へ戻ることができたのに、自らの肉体のそばで解放されることもないまま、こんな寒い夜に放っておかれるなどまかり通るわけもありません。
この地はまもなく我らの故郷でなくなる。
だからこそ彼らのことは、儀式を通じ舟を沈めて帰してやらねばならぬのです。水の流れに乗せ、ほかの死者たちと会わせてやらなければ……!
それでも、災いは目前まで迫っている。
私とてそれはわかっています――
――彼らはもはや災いの一部と化した。
岩角獣が気を狂わせ、昼夜を問わず力尽きるまで逃げ惑う……これはまさしく前兆だ。こうした時、北地の戦線では戦士たちが角笛を吹き鳴らし、夜を徹して警戒にあたっていた。
彼らは皆、まぎれもない戦士であり――
そうである以上、良い最期など迎えられるはずもないのだ。
……
災いの一部になるなどというのは単なるうわさでしょう?
あなた自身、北方の氷原で戦ったあとも、暗い運命を迎えることはなく、それどころかサーミの教えと祝福を得たではありませんか。
それなのにあなたは、単なる警戒心を理由に、彼らにその身体が朽ち果てるまでその場に立ち続けろと言うのですか?
そこにはあなたの最愛の教え子も横たわっているのですよ。彼は今もあなたの冷たい言葉に耳を傾けているというのに……!
それなら聞かせておけばいい。彼は誰より高潔な戦士なのだから、喜んですべてを受け入れるはずだ。
――先ほどおぬしの言うた通りじゃ。
我らは……死者自身に考えを問うべきなのではないか?
……その部外者二人が、お前に盲目的な勇気を与えたようだな。
だが、知っての通り雪祭司はすでに去って久しい。
ヴァリおばあさまが亡くなられて以来、部族には呼びかけを受けた者などいないのだから。
よもや、お前まで伝統を変えろと主張するつもりではあるまいな。呼びかけを待たずして勝手に雪祭司の試練を設けた部族のように……
いいや。
わらわにならば……彼らの願いを占えようと言っておるのじゃ。
ラグナ……
……そう、わらわは運命に請うておる。我らを導きたまえとな。
詰問は不要じゃ。わらわのことは二枚舌とでも呼ぶがよい。
ならば、お前の試みを止めはするまい。
……いいでしょう。族樹がその枝を持ち上げ、あなたを舟に乗せるおつもりならば、私も止めはしません。
我らは死者の答えを待つとします。
チャパットへ急がなくていいのか? お前たち南の人間はいつも先を急ぎたがるだろう。
たとえば、旅行に来たと言いながら……ええと、あの動くあれ……名前は知らんが、とにかくその乗り物でまっすぐに走り、開けた土地でしばらく留まったと思えば、またすぐ走り出すじゃないか。
それはもちろん、マリー先生のことは心配だよ。
だけど今やるべきことは、捜索隊がルートを開拓しやすくなるようにできるだけサーミの情報を集めることだから。
それに、ギターノさんともっと一緒にいてあげたいしね。
ロドスでは、ギターノさんが感情的になるのなんて、トランプで負けた時くらいだってみんな言ってたんだ。
だからあの人があんなに悲しそうな顔をするなんて、想像もしてなくてさ……
そういえば、ティフォンちゃんこそどうなの? チャパットで誰かが君を待ってるんだよね?
どうだろうな。
えっ?
実は、南の町で待っているというその依頼人が誰で、わたしに何を求めているのか……何一つ知らないんだ。
どうせまた、誰かがこっそり面倒ごとの処理を依頼してこようとしているんだろうな。
機会があったら見せてやる。私に依頼をするような連中は、妙にこそこそしたがるんだ。
まあ、結局は木のウロから木板を取り出してみれば、死んだ角獣を移動させてくれと書いてあるだけだったりするんだが。
死んだ角獣のそばから影が離れていたとしても、その影が見つからなかった時は、かえってほとんどの奴が恐れを抱き、わたしに処理を頼んでくるんだ。
それって、みんなに信頼されてるってことだよね。
なのに近付いて来ようとしないのは、本気で君の弓が災いをもたらすと思ってるからなのかな?
そ、そう考えると……鉱石病に似てるかも?
鉱石病に? 似てるわけないだろう。
シモーネは鉱石病だが、だからといってあいつは尊敬に値しないなどと思うか?
それにひきかえ、わたしは……自分でもこの弓を本当に飼い慣らせているかわからないんだぞ。
んー……でも、弓は君の手の中にあるわけだし、仮にうまく扱えてなかったら何か感じることがあるはずじゃない? あたしのドローンがうまく動いてない時と同じでさ。
無論、起きている間ならこれを見張っておくこともできる。
だが、夢を見ている時……意識が身体を離れている間はどうなると思う?
「災いが語られるたび、その影は濃くなりゆくもの」――お前たち南の人間も、この言葉を聞いたことはあるか?
ないか……そうか。
以前のわたしは、ずっとアルゲスの洞窟にいたんだ。その頃は、わたしとこの武器のことを知る者などいなかった。
だが、今は違う。わたしにはこの力が備わっていて、至る所で誰かを助けては、サーミから影を追い払い続けている。それに比例して……わたしのことを口にする者も増えているんだ。
こうなってきた今、災いに目を付けられないとも限らない。
えっと、あたしは君の弓に問題なんて起きないって信じてるよ! これだけ長く一緒にいても何も起きてないわけだしさ!
まあ、確かにそれがちゃんとした証明になるかっていうと違うけど……
君の武器をエンジニア課の仲間に預けて分析できたらいいのにな。そうすればもしかしたら、あたしにもわかるような言葉で、合理的な説明をしてくれるかも。
そうやって、科学的な対策も考えてくれるかもしれないよ。
たとえば、メイヤーちゃんっていう、危険物の取り扱いが得意な子がいてね。
あの子とはすっごく仲良しだから、潜在的なリスクのある武器をラボに持ち込んでも怒られたりしないし……
……あ、でも、あたしが北から持ち帰ったサンプルの研究にはいつも時間がいっぱいかかっちゃうんだよね。君の武器を何年も取り上げることなんてできないし……
(あ、れ……?)
ありがとう。お前も努力をしているんだな。
だが、わたしの武器には触るなと言っておいただろう。
これはわたしにしか対処できないことなんだ。アルゲスもそう言っていたし……
……マゼラン、お前何をしている?
えっ?
手を放せ。
マゼランは反射的に手を放した。「どぼん」という音と共にはっと我に返った彼女は、目を丸くして水面に広がるさざ波を見つめる。
あたし……今何か落とした?
あのウルサス人がくれた酒筒を。
さっきまで、それで沼の泥水をすくっていたんだ。
まったく、泥水を使うならまずは服に染み込ませてろ過しろと教えたのを忘れたのか? ……いや、それ以前にお前、何か様子がおかしいな。
え……あっ! ほんとだ、あたしまたぼーっとしてたみたい!
人からもらったものだし、ちゃんと拾わなきゃ……
……
手を伸ばすのが怖いんだろう?
うん。
手を貸せ。
えっ、こんな時の対処法まで持ってるの?
……ふぅ。
本当に落ち着いてきたみたい。
藤のツルを指に巻くだけでこんなに効果があるんだね。君ってほんとにすごいよ!
あっ、自分でも巻いてたの?
ああ。
だが、あれはもう拾うな。
シモーネが言っていただろう? 安全に気を配れ、と。
うん、わかった……
……しかし妙だな。今のは、悪魔と対峙した時にしか効果が出ない方法のはずだが……
まさかシモーネが言っていたのは……
……死者がわらわに応じてくれた。
ほとんどの者は葬儀を望んでおるようじゃ。
ただ一人だけ……沈黙を保っておったがな。
……
沈黙を選んだのなら、少なくとも反対はしない、ということになりますよね?
死者の望みとあらば、その意思を尊重しなければ。
……であれば、常の通り葬儀を執り行うとしよう。
舟に乗る時は気を付けるのじゃぞ、マゼラン。
うん、ありがとう!
さて、これが我ら沢の民の風習でな。
陽が落ちてから、水の流れに乗って舟を進める。そうして舟葬場に着いたら、死者は舟と共に水底に沈んでいくのじゃ。
このようにしてようやく、死者は肉体のくびきを逃れ、森を自由に行き交って、流水に沿い己が血族を見つけることができるでのう。
とはいえ、此度の葬儀は、故郷に別れを告げる儀式でもある。
ゆえに皆、荷を持って舟に乗り、死者と共に行くのじゃ。
……死者は舟と沈んで故郷に帰り、生者は故郷を去っていくというわけじゃな。
あたしとティフォンちゃんは、みんなの親戚でも部族の人でもないけど……この舟で一緒に行ってもいいの?
無論じゃ。
むしろ、わらわと共にいてくれることに感謝したいくらいでのう。
己がとうに孤独の身となり、サーミの外を彷徨うよりほかないことくらいは自覚しておるが……最後に残された肉親の見送りに、一人小さな舟に乗らねばならぬというのは、やはり苦しいのでな。
……こうして葬儀を執り行うこと叶っただけ、わが部族の者たちはまだ慰めを感じておるはずじゃ。
生者も死者も、な。
何じゃ、こちらに手を伸ばしてくるとは……おぬしまで支えてやらねば乗れぬのか? ティフォン。
違う。
お前の手は冷たいな、ギターノ。まるで、寒風が常に吹き付ける中ただ瞬きをしては、きつく手を握りしめるよりほかにない……そんな時間を過ごしてきたかのようだ。
……
さっきから聞きたいと思っていたんだが。
お前の占いに、死者は何と答えたんだ?
占われた「沈黙」というのは、一体どういうことなんだ?
――
角笛が鳴った……もう振り返ってはならない。
運命が我らに進めと言うのなら、ここに残していくものも、いずれは我らの元へと戻ってくることだろう。
だから今は、船を漕ぐんだ。
人々はそれきり口を閉ざした。先頭の舟からは、シャーマンの低い歌声だけが聞こえてくる。
一人ずつ死者の名が呼ばれ、彼らは祖先の霊のあとに続いていく。
風が吹き、遺体を乗せた小舟についた銅の鈴が鳴った。
儀式は始まり、舟が振り返ることは二度とない。
……すまぬな。
四度目の占い、わらわが見たのはやはり「儀式」だった。
なれば五度目の占いは……ラーセ、おぬしに問うとしよう。
……
のう、ラーセ。おぬしに話したいことがあるのじゃ。
……いいや、あるいはおぬしの話を聞きたいのかもしれぬな。
あの雪嵐を抜ける道のりは長く、凍れる川はいつまでも解けることなどなかった。
わらわは今、サーミの外で、鉄の船と共に旅をして暮らしておる。その船はとても安定しておってな……部族の皆が舟を引き氷上を歩くあの光景が、しばしば思い出される。
歩き続けるうちに、多くの者が舟を引く力を失い、己が身体を引きずることさえできなくなった者もおった。
……あの道行きは、あまりに多くの犠牲を出した。ゆえに、わらわには振り返る勇気がなかったのじゃ。
事実はこれだけのこと。ただ、勇気がなかっただけ……
我らは確かに相反する決断を下し、それゆえ互いに武器を向け合ったことすらあった。じゃが、わらわはおぬしを恨んで故郷に帰らなんだわけではない。
……とはいえ、北地を守る戦士からすれば、こんな事実もどうでもよいことかもしれぬがな。
儀式のかめに収めた葉は、間もなく燃え尽きてしまうじゃろう。
どうか……答えてはくれまいか。
おぬしはなぜ――なぜ、まだわらわに応えてくれぬのじゃ? のう、兄よ。
暗闇……霧……そして暗闇。
水晶玉には何も映らぬ。
なにゆえ、何も見えぬのか……