狂人号 SN-5・戦闘前
灯台制御室
大人しく待ってられないの?
......
ケルシーの言うことが本当なら、皆もじっとしてられないでしょ。
こうして陸を歩いていようとも、私たちは海にいる。あの腐った末裔たちが変えているのは、「環境」なのよ。
このままだと、いずれ私たちにも影響が及ぶことになる。現状はそれを座して待ってるようなものよ。
でも、そうしてるのは私たちだけじゃないし、その理由も人それぞれでしょ。
この大地は、私たちが生きていくのには向いてないってだけのことかもよ。
(賛同を表すソロを奏でる)
音楽が……足りない。
何か、できることをしたい。
だったら、音楽のためになんかすればいいんじゃね?
(再び賛同を表すソロを奏でる)
何かって、具体的にはどうするの?
んー……まあいっか。ここで待つだけっていうのもつまんないだろうし……
ライブに備えて、ウォーミングアップでもしてきたら? ……あ、一応言っておくけど、あんまり遠くに行ったらダメだからね、Frost。
……わかった。みんなはどうする?
私はパス。
かったるいからやめとくわ。
もうちょっとで、インスピレーションがいい感じにまとまりそうなとこでさ~! ほんとにあとちょっとなんだけど!
……良いだろう。(激しいソロを奏でる)
行ってくる。
はぁっ……はあ……
くっ……あの審問官も、あの女も……一体、何をした……!? 海の恩寵を、容易く消し去ってしまうとは……!
! そうか、これはエーギルの技術だな……! あのエーギルが残した、奇妙な機械のせいに違いない! なんとかして、あれを破壊しなくては!
(足を這い登ってくる音)
ああ、そうだな……懲罰軍に包囲され、脱出に失敗した今……我々に退路などありはしない。
だが、敬愛する預言者様は、すでに海へと帰られた。
となれば、我々にできることは――彼女のために道を切り開くことだけだ。
ギュ……! ジュジュジュ……!
奴らが潮汐を阻むつもりなら、我らの手で滅ぼしてやろう。私の命など惜しくはない。所詮そんなものは、長き道のりの中ではほんの一部に過ぎないのだから。
ひ、ひいっ!
落ち着け、俺だよ。……お前、どうしてまだ避難してないんだ?
っ、ティアゴ町長……! それが、昨日は随分酔っ払ってたもので……鉗獣みたいに寝転がってて、なんにも気付かなかったんです……
でも、目を覚ましてみたら、そこら中ひどい有様で……なんだか、地面まで変なふうになってますし……
一体何が起きたんですか? もしかして、裁判所の連中も来てたりします? というか、俺たち、どうなっちゃうんでしょう……?
……海には何の罪もない。裁判所と違ってな。なんせ、奴らはこれまでにも、法を振りかざして俺たちを断罪してきたんだ。
恐魚のほうは、もうしばらく待てば海に帰るだろう。……だが、審問官はグランファーロに死刑宣告でもするつもりに違いない。それを許すわけにはいかん。
な、何を言って――頭でも打ったんですか!?
俺は狂ってなんざいない! ただ知りたいだけだ! 裁判所がこの町をぶっ壊して、皆を捕まえ尋問しようとする前に、俺に何ができるのかってことをな!
審問官はとっくにこの町へ来てるんだ。奴のことは路地で見かけたんだが、あんなに年を食った審問官は初めて見た。なんだか知らんが嫌な予感がする……
だとしても、一体どうするつもりなんです? そいつの前で道理の一つも説いてみますか?
いいや。――また、どっちにつくかを選ぶべき時が来たんだ。そうだろ?
エーギル人が連行された時だって、あいつらに味方してやることはできたはずだ。それなのに、誰もがただ見ているばかりで、何一つ行動しやしなかった。
……ティアゴさん、あんた……
そして今、もう一度選択の時が来た。グランファーロのすべてが裁判にかけられるのを見過ごすか、あるいは――
やっぱりどうかしてますよ! あれは審問官なんです! 指一本動かさなくたって、俺たちを始末できるような相手なんですよ!
いいから、あいつらに会わせてくれ。
……何を言ってるんですか?
俺が何年この町に住んでると思ってる? 下手な芝居はよせ。
……
わかったよ、ついてこい。……本気で裁判所に復讐したいっていうならな。
……
ティアゴさん……あなたは一体……
……
……もうすぐです……!
すぐって……もう随分経ってるのよ。
あっ、す、すみません……
……いいえ。私のほうこそ、焦りすぎてたわ。
……
あの……審問官さん。ほかの人たちが心配なようでしたら、行って助けてあげてください。この場は僕だけでも大丈夫ですから。
ダメよ。上官から下された任務はあなたを守ることだもの。見ての通り、あの怪物たちは隙あらば向かってくるし、軽率にあなたのそばを離れるわけにはいかないわ。
でも……僕、あなたの足を引っ張りたくないんです……
そんなこと言われたって、私は命令に従うだけよ。上官のご判断が正しかったと証明するためにも、灯台の再起動に専念しなさい。
……わかりました。
ところで……イベリアの眼に関する知識は、ご両親から受け継いだものなの?
はい。正確には、グランファーロの皆が人生をかけてきたことの集大成と言いますか……その人たちは、イベリアでも有数の灯台技師だったんだって、ティアゴおじさんが言っていました。
そう。……あの町は元々、裁判所が定めた要衝だったのよ。エーギル人と深海教会関係の事件が立て続けに起きたことで、放棄されたんだけどね。
……
あなたの傷を抉ろうってわけじゃなくて、ただ……出発前に、当時の判決関係の書類を読んだんだけど……ううん。やっぱり、何でもないわ。
――ねえ、裁判所のことは嫌い?
ええ、と……
空に浮かんだ暗雲を除けば、町で皆を圧迫しているのは「裁判所」の三文字くらいだとは思います……というのも、かつてのあの町は輝いていて、故郷を建て直す勇気を与えてくれる場所でしたから。
その頃の労働者や技術者たちは、情熱を胸に、災厄へ立ち向かおうとしていました。なのに、それと戦うより前に、裁判所がすべてを奪い去ってしまったんです。
それは、今もそう思っているってこと?
僕は、あそこで育ちましたから。これまでに見聞きしてきたすべてがそう物語っていると感じるんです。
って、すみません、審問官さんにこんなことを言って。
あなたは事実を述べただけよ、市民。その行動が、イベリアへの忠誠を証明してくれていることだしね。
……とはいえ、審問官の目の前でそんな言い方をする勇気があるとは思わなかったけど。
確かに、ここへ来る前なら言えなかったと思います。……ですが今は……広場で見ていた彫刻でも、想像の中のものでもない、本物のイベリアの眼を見ることができたので。
グランファーロの人たち皆が口々に語っていた、僕らの為すべきことに実感が湧いてきて……
実は今、すごく感動してい――
――あ、れ? 今……塔の下のほうで、何かが光っていませんでしたか? 青くて、きらきらした……
ッ、あれは――
――溟痕だわ!
あなたの戦いの相手は、本当に私なのでしょうか?
……
その目には、あの灯台しか映っていないように見えます。ですが、それはなぜなのでしょう? どうして、あれに固執するのですか?
大波……空、ヲ……
……小麦、は……すべテ、口を閉ザし……実リ、が……来、タる。
グ、ゥギュ……ジュジュッ……!
奴は言葉を話せるようだが、同族に指示を出してはいないようだ。やはり恐魚たちに混乱が見受けられる。
手早く済ませるとしよう。
がッ、あアァ――!
――まあ、驚きました。先ほどまでとはまったく違う所作ですね。
……
妙に人間らしい動きだ。クランタの騎士特有の突撃歩法か。――お前は、一体何者だ?
……
相も変わらず、騎士は二人を無視し続けていて、その目はまったく別のほうへと向けられていた。
巨大な灯台は、騎士の攻撃を受けた今も微動だにしていなかった。大いなる静謐をも生き延びたイベリアの眼が、一人の騎士の一撃などで壊れようはずもなかったのだ。
この事実は騎士を大層困惑させ、それと同時に意欲的にもさせた。
……雲、山々、灰塵……腐食せシ、温床、ニ……在る、もノ……
波ハ……不滅……
グジュジュ……ギュギュ……!
恐魚がお前に惹きつけられている。手傷を負ったな?
ええ、そのようです。けれど、かすり傷ですし、ご安心を――
ッ……
……退け。戦える状態ではないだろう。
彼は、そばにいるアビサルハンターをちらと見た。先ほどの戦いの中で、彼女は何度も不自然に動きを止めていた。
ダリオは、彼女に関する報告を一通り受けている。この人物は、サルヴィエントでの実験の関係者であり――あの激戦のあとに見た彼女とは、まるで別人のように見えた。
彼女は何者で、今は一体「誰」なのだろうか?
先ほど受けたものは大した傷ではないようだが、足元すらもおぼつかないその様子……
サルヴィエントでのことが、病の根源か?
……ただ、少し潮風に酔ってしまっただけですよ。
……騎士、よ……同、胞よ。何故、お前ハ……空気を噛ミ、温度ヲ感ジねば、なラず……文明ノ、果実……味わウこトを、許サれナい……
ッ……!
その時、地響きがした。
久しく供給されていなかったエネルギーが、配管を通り、イベリアの眼の朽ちた体を駆け巡って、まぶたを開かせているのだ。
……目覚めたようですね。島全体が、起きぬけの寝言を口にするのが聞こえます。まるで何世紀も眠っていたかのように、冬を体から取り除こうとしているのです。
……万物ノ、輪……
アレは……海の、物デは……なイ……
巨大な灯台の影から、それを見上げる騎士は――
当惑した様子だった。
……コレ、は……波、デは……なイ……
大、波ハ……何処、だ?
何の気配も悟れないほどに――光の差す方角に合わせて傾く影のような自然さで、スペクターは武器を振るった。
しかし、眼前に立つ人型のシーボーンは、信じがたいほどの瞬発力でそれを回避してみせた。
中空の騎士は、はるか遠くを見つめていた。
新たな波の音が、その耳に届く。――訪れる波を打ち砕かねば。
……Ishar……mla……
来、イ――ロシ、ナンテ――!
――!!
追、えッ……!
どうやら、光を恐れているようですね。
奴を追うのはよせ。ああいったシーボーンは、あれ一体には留まらない。その上、今の任務は灯台の防衛だ。
騎士さんは、灯台への興味を失っただけだと思いますけれど。
怪物の動機になど興味はない。
怪物、ですか? では、あなたからすれば私も怪物なのかしら?
――確かに、お前には変化が訪れている。
その変化が、すべてのアビサルハンターの身体に起こるかどうかはわからないが……
必要とあらば、この岩礁はお前たちが踏み入った最後の地となるだろう。
ここは海に囲まれているのに、あなたはこの地を「陸」と呼ぶということですか?
災厄が変えたのは海岸線であり、国境線ではないからな。
大いなる静謐に飲まれようとも、この地はイベリアの法律に従わねばならない。
「法律」……高尚な言葉ですね。けれど、すべての生き物がその尊さを知っているわけではありませんよ。
……準備をしろ。迎撃するぞ。
も、もう少しで完了します!
ジュル……グギュ……
だったら急いでちょうだい! このままじゃ、塔が溟痕に飲み込まれちゃうわ!
……すみません、ちょっとトラブルが……!
付属設備のどこかが損傷しているみたいで……だ、だけど、それを調べるには時間がかかりすぎます……!
とりあえず、中心設備さえ動けばそれでいいわ。必要なのは大船の位置情報だもの。理想を言えば、海岸線とのコンタクトを再建できるといいけど――
わ、わかりました! でも――そういう設備は、もっと上にあるみたいです……!
なら行きましょ! 早く!
……いいえ。
僕はここに残ります。一番目立つレバーを引いてもらえたら、灯台は起動できますし……電気系統の再起動が終わるまでは、ここで監視しておかないといけないので。
代わりに、上へ向かってもらえませんか。
っ、何を――あなたが恐魚に襲われでもしたら、私たちは――
わ、わかっています……! ぼ、僕だって、失敗したくはありませんから!
考えてもみてください。――あの怪物たちが襲ってくるのは、僕たちが巣に侵入したからですよね?
だったら、あいつらも設備の破壊を続けることはないでしょうし……ここでやり合うほうが危険だと思うんです。だから、行ってもらえませんか……!
……そのレバーとやらが、主電源のスイッチなのね。
はい。それを引けば、灯台のメインシステムは動き始めるはずです……ええと、ノートに書かれている通りなら、の話ですが……
いいでしょう。
待ってなさい、ジョディ。すぐに戻るわ。
ええと、制御装置は……これね。
……
塔の中からは、外の状況が見えない。
スタルティフィラが沈んでいないというのは本当なのだろうか? それに、どうやってあの大船を探すつもりなのだろうか?
懲罰軍は果たして、上官とアビサルハンターたちの援護を間に合わせられるのだろうか? グランファーロの深海教徒は、まだ何か秘密を隠してはいないだろうか?
このレバーを引けば、すべての答えが得られる……そんな場面に彼女はいた。
アイリーニは戸惑いを覚えるはずだった。しかし、すでに多くを受け入れすぎていた。彼女は海のあらゆる事実を知り、その目で目撃してきたのだ。
――時が来たのね。
さあ、アイリーニ。覚悟はいいかしら。
まばゆい光が海を、そして万物を突き抜ける。
その光は道を開き、影を払っていく。
……や、った……!
やったわ! ジョディ、見える!? 私たち、ついに――
(壁を這いずる音)
ッ! いけない……!
君にもまだ、彫刻を観賞する心の余裕があろうとはな。
イベリアの眼……エーギルとイベリア、双方の技術を組み合わせた結晶。――陸地において、円滑な通信は移動都市の中でしか実現はできません。都市と都市の間には、大きな隔たりがありますから。
だが、それも当然のこと。源石に富んだ陸の環境では、干渉を受けない通信手段などありはしない。ゆえに現状、いつ天災で壊れるともしれないと承知の上で、基地局を置くよりほかにないのだ。
とはいえ、すでに移動式の基地局を実現した国もあるそうだがね。噂では、各都市間を決められた軌道で航行する仕組みだそうだ。それを作った技師たちは、灯台守に劣らぬ優秀さだと感じるよ。
――今なお、人類はこの大地の上を、道も見いだせぬまま彷徨い続けている。皆、同じようにテラの大地を手探りで進んでいるのだ。
だが、海のほうはどうだろうか?
海には源石がなく、エーギルの通信技術は陸の国々よりはるかに進歩しています。――イベリアの眼は、単なる灯台ではないのでしょう。
その通り。あれぞまさしく「イベリアの眼」だからな。そして、知る者こそ多くはないが――かの灯台は、ブレオガンが我々に遺してくれたイベリアへの通信装置でもある。
お久しぶりです、閣下。
ああ、久しいな。――ケルシー女史の提案に対し、裁判所が迅速に対応できたのは、君たちの功績だ。
グランファーロでの生活はどうだったかね?
そうですね……同僚たちが潜伏している都市に比べれば、大した危険は感じられませんでした。
……
では、ここで知りえたことを報告してもらおうか。
申し訳ありません。私の持ちうる情報は、閣下とそちらの女史ならばご存知であろうことばかりです。
大審問官よりいただきましたご命令は――このグランファーロの中に法律に背き、我が国を冒涜するような輩が潜伏していないかどうかを監視せよ、という内容だったかと存じます。
私の結論としましては、今のところそのような人物はおりません。
なるほど。……深海教徒が現れた時、君は所属部隊への即時報告を行わなかったそうだな。
はい。ですがそれも、あの邪教徒たちは大した連中ではないと判断してのことです。懲罰軍の撤退後、裏で糸を引いている輩を炙り出す好機と考えまして。
では、奴らの指導者は誰だ? もしや……海による大地への侵略を指揮する、偽の司教がまだいるというのだろうか?
奴らの指導者は……明確な証拠はなく、単なる私の憶測にはなりますが――
ティアゴ氏ではないかと。彼は元々、イベリア中央部から来た労働者で、名目上はこの町の現町長です。
「イベリアの眼」の計画が破棄され、裁判所がグランファーロの反逆者たちを掃討してからというもの……彼は裁判所への不満を相当声高に、隠そうともせず口にしておりますので。
ティアゴ……グランファーロの労働者が、邪教徒を匿っているというのだな。――ケルシー女史。我々のターゲットが見つかったようだ。
……
……それともう一点、ご報告を。懲罰軍が襲撃を受けたようです。
何……?
懲罰軍はこの件に大方陣を投入している。グランファーロに巣食う悪党程度の相手にはもったいないほどの戦力を揃えているというのに、一体何が起きた?
溟痕が地表へと滲み出してきているようです。グランファーロの周辺およそ50キロほどが……円状に取り囲まれている状況です。
その上、それは完全な真円なのです。まるで、コンパスで描いたかのように……
この状況、囲まれているのは町ではなく、我々なのだと思います。