狂人号 SN-8・戦闘後
観測所
……うっ……ここは……?
よかった、目が覚めたんですね!
お願いですから、今度こういうことをする時は、先に合図をしてください。あんな演技を続けられると、助けようがなくなっちゃいますから。
……ふん。
状況はどうなんだ? あの女の連れていた怪物は、奴らを焼き尽くしてくれたのか?
ええ、多分そう思っていいかと。ただ、Mon3trの最大火力は僕も作戦記録の映像でしか見たことがないので、はっきりとはわかりませんけど……
……それでいい。燃やせ、燃やせ。
グランファーロはもはや、過去のものだ……何もかも、燃えてしまえばいい。
……ティアゴさん。あなたは……
……お、ォ……裏切者……そして、あのイベリア人……! 感じるぞ……貴様らの、匂いを……! そこに、いるのだな……ッ!
ちょうどいい……好都合だ――!
――ッ! こいつ、どこから……!?
ハッ、あの怪物のお陰で、奴は目が潰れて、顔もグチャグチャだ。当然の報いだな。
おい、聞こえたか!? これは当然の報いだと言ってるんだ!
当然の、報い……? ……ああ、確かにな。貴様の如き……憎しみに駆られた人間を、信用するべきでは……なかった。期待した、私が……馬鹿だったのだろう。
だが――今は、違ウ。……ギ、グギュ……
――恐魚!? 一体いつの間に!
何か妙です! そいつから離れてください!
イベリアは、滅ぶ、べキだ! 我ラは……この国を殺シ、こノ地を海の出立地トす、ル! 高波ハ、雲まデ届キ……連なル山々は、音モなく、崩レ去るデあろウ――
我ラは――じキに、一体トなるノだ!
――! 危ない!
うッ……!? ぐ、ごほっ――!
ティアゴさんっ! ――くそっ、奴は怪物になり始めてる……! サルヴィエントでの記録と同じだ!
マずハ貴様だ、裏切者。
永遠ニ続く、生命のタめに――イベリアなド、不要!
ほう、不要だと? 言ってくれる。
――私の名を呼んだな、異教徒よ。
……大、審問官……! 良イとコろへ、現レた。
貴様ラの、神ニ……祈るガいイ。さすレば、そノようナ神は……取ルに足らヌものダと、私が、証明しテやル。……イベリアが、深淵へト沈む様ヲ……見届けさセて、やロう。
悪いが、それはできようもない。
……な、ニ……?
我が名はカルメン・イ・イベリア。……その昔、九人の聖徒たちは自らにこの偽りの名を与え、真の名と――信仰を捨て去った。
我々はすべてを知っており、嘘はこの身を焼き続ける。イベリアは神に救われたことなど一度としてなく、我々は自らの戴く神であらねばならぬのだ。
……さて。裁判所を代表し、異端者たるお前に対する判決を言い渡そう。
――
何故、こんなにも重圧を感じるのだろう?
私の身体は同胞に受け入れられ、この命は昇華に至ったはず。
それなのに、何故――盲いた目にすら眩しく映る、奴の灯りから顔を背けられないのだろう?
警戒か? 確かに、審問官の実力を思えば、警戒するのは当然のことだ。
お前にハ、私ヲ殺せテも……一族ヲ、殺スこトはでキなイ。……一族を滅ぼセば、海も、陸も……死ぬ、こトにナる。
貴様ラはいズれ、進化ノ波の中……自我ヲ、見失う。大地ノ行く末ヲ見ルこトも……叶わナい! こノ膨れ上ガり、混沌トしタ時代に生キる我々ハ……皆、籠に囚ワれし、家畜なノだ!
私ハ、貴様と、裁判所に――
……なっ……?
男が理解の及ばぬ面持ちで視線を下ろすと、その身体は一刀のもとに両断されていた。
彼らのグランファーロ侵攻が始まって以来、礼拝堂を守護し続けていた老審問官は、それまで一度として自ら手を下すことはしなかった。
剣を抜くことも、トリガーに指をかけることもせず、灯りとアーツを用いて戦うその姿は、年老いた彼のイメージには相応しかった。
そう、彼は「年老いている」。普通の人間なら耐えられないほどの年月を重ねた人物なのだ。
陸生……家畜、ガ……何故、こんナ……こト、を……
せメ、て……時間、を……稼グ、ダけ、でも……
それは叶わん願いだろうな。
お前は新しき生命であるにも関わらず、老いさらばえたイベリア人すら殺せはしない――その程度の存在なのだから。
私を見ろ。
きっ……グ、ごほっ……貴、様ァ……!
元は人間でありながら、お前は自らの種族が持つ可能性を過小評価した。
はるか昔から、生命は移り変わり、万物は自然に淘汰されていくものと決まっている。この戦争に勝つのは我々だ。
お前とその哀れな考えは、イベリアによって葬られる。息を引き取るより前に、同族たちに我らの怒りをこのように伝えるが良い。
「海に相対するは、文明という老練の敵だ。お前たちなどに勝ち目はない。」……とな。
ぐ、ゥ……き、サま……ハ……何も、わかっテ、いナ……い……
……
彼の様子は?
ずっと手当をしてるんですが――どうにも、傷が深すぎて……!
ケルシー先生に診てもらえたら、あるいは……とにかくまずは、そこまで連れて行かないと! 閣下、先生は今どちらですか?
礼拝堂だ。
けれども、これだけは言っておこう。彼の反逆行為に弁明の余地はない。処罰は免れんぞ。
彼は深海教徒を匿い、情報提供も行わなかった。その結果、裁判所は好機を逃したばかりか、多くの懲罰軍と、審問官ダリオが窮地に陥ってしまったのだからな。
……ふん、老いぼれが。
あんた……いくつだ? 百歳、そこらか? ……どうして、そんなふうに……ぐ、げほっ……元気そうな、フリが……できるんだ?
自らの義務を果たしているだけさ。
……なん、でもいい……それなら、あんた、は……げほっ、ごほっ……っぐ……いろいろ、知ってる……はず、だ……
答えろ……審、問官。……最低の……処刑人、め……本当の、ことを……言えよ。
あんたらは、どうして……っはあ、ごほっ……希望を、抱いて……故郷を……建て直、そうと、していた……連中を、あんな目に……遭わせたん、だ……?
なんで……あんたら、は……!
ティアゴさん、血が……! 無理に喋らないでください!
はあ……はぁっ……駄目、だ。今……聞かないと……
裁判所の、奴らが……グランファーロから、連れ去った……エーギル人の中に……異端者、なんぞ……本当に、いたのか?
……
答えろ……! あんたら、は……馬鹿げた邪推と、憶測、だけで……無実の、連中を……殺した、のか?
一介の市民に、裁判所の機密情報を知る権利はない。
なん、だと……!
真相を知ったところで、君の命を長らえることはできんだろう。
違う……! そんな、ことは……どうだっていい……! 頼む……頼むから、教えてくれ……! 俺はもう死ぬんだ……だから、最後に……
マリーンの……あいつのこと、だけでも……
グランファーロのエーギルに関連する書類は、門外不出のものだ。答えることはできない。
……そ、んな……げほっ、ごほっ……ぐ、ぅっ……
呪って、やる……! お前らの、ことは……絶対に許さんぞ……!
イベ、リアは……か、な……ら……ず……
呪詛がそれ以上零れ出ることはなかった。
ティアゴは、薄暗く湿った天井を仰ぎ見る。
水滴が一粒、梁を伝ってぽとりと落ちた。
……
……っ……
……ティアゴさん……
…………今、聞かれていたこと……真相を、教えてくれませんか。
だが、これは君にも関係のない話だろう。
我々は随分と足止めを食らってしまった。もはや、イベリアの眼が奪われていてもおかしくない。まずはケルシー女史のもとへ戻らなくては。
――お願いします。どうか、教えてください。
僕はロドスの人間ですし、裁判所に協力するつもりもあります。ですがそれ以前に、僕は一人のイベリア人なんです。
ティアゴさんとの付き合いはそう長くありませんでしたけど、それでも今のやり取りで……あの人はイベリアを呪ったりしないと感じました。この国は、彼にとって本当の故郷だったんです。
それを思うと、余計に……
自分の故郷で、こんなにたくさんの悲劇を目にしておきながら、それを見て見ぬ振りなんて……そんなこと、僕にはできません。
……
カルメンは、エリジウムの腕の中で事切れたその労働者に視線を向けた。老審問官の目に、それまでとはわずかに違う感情の色が伺える。
しばらくの沈黙のあと、彼は口を開いた。
あの時……グランファーロから連行した百三十余名のエーギル人のうち、半数は深海教会の関係者だった。ここに駐屯していた懲罰軍の中にさえ、背信者は多く見つかったものだ。
彼らは、イベリアの航海時代に関する資料を大量に盗み出し、裁判所を妨害して、グランファーロを陸への侵略拠点とするべく暗躍していた。
そうした者たちのリーダーは、ある女性司教だった。彼女はエーギルの島民であり……「マリーン」と呼ばれていた。
……話はこれだけだ。彼を埋葬してやろう。
強い。オ前たち、共に働ケば、一族、導けル。
だガ、お前タち、そうハ考えナい。理解不能。
一族は、お前たチから、ドう、扱わレる?
意志は、すべテを生み出す。我々ハ、境界を越えラれる。
環境は、完全デ、純粋。不純物、必要なイ。
先代、答えヲ探してイた。私にハ、まダ、何を問ウ、べキか。わかラない。問うコとも、不可能。
ギ……ギュグ、ギギッ……
海で生まれた赤ん坊は、皆こうも早く話せるようになるのか?
船長さんったら、どうしたの? まさか、孤独をこじらせすぎて、喋れるシーボーンに愛着でも湧いちゃったのかしら?
あの子の身体についてる傷……見える限りでは私がつけたやつばっかりだけど、それもそのせいだったりする?
チッ。
奴はこのくらいじゃくたばらん。遊びはこれからだ。
……戦闘、無意味。
離脱、正しイ選択。
待て、化け物!
あ~あ、壁を壊していっちゃったわね。イベリア人はどうして、この船をこういう複雑な構造にしたのかしら?
俺の船をこれ以上壊させてたまるものか! 行くぞ、ガルシア!
あら、その人を連れ出すのは反則でしょ。
怪物どもに囲まれたこの船が、こうして穴を空けられていながら長年沈まずにいるのは何故だと思う? ブレオガンの技術の高さゆえとでも思うのか?
答えは、一定の脅威と見なした破壊力の高い化け物を、俺たちがすべて始末してきたからだ。その処分を終えたら、生き残りの乗組員たちで残された傷を一つ一つ修繕し、船を延命させてきた。
今逃げ出していったあいつは、化け物どもの中では飛び抜けて賢くはあるが、決して強力というわけではない。
こうなれば、もはや遊びはここまでだ。取り返しの付かない事態になる前に、奴を仕留めるぞ。
逃げ出したシーボーンは、壁に容易く穴を開けた。この生き物は、奇妙な箱の外に、同胞と水の匂いを感じ取っていた。
シーボーンは傷ついており、その傷を塞ぎ、養分を摂取し、さらなる時間を得る必要があった。鱗のない同胞が猶予を与えてくれたとはいえ、時間がないことは確かだ。
まだ、準備すべきことはいくらでもあるのだから。
……っ!? シーボーン……!
……
シーボーンは、言葉を発しはしなかった。
相手が同胞ではないからだ。目の前のこれは、話の通じる、鱗のない同胞ではなかった。
となれば、このか弱い生命は、単なる循環の一部でしかない。
捕食すべき存在だ。
そう判断した瞬間、シーボーンは、アイリーニへと鋭い爪牙を伸ばした。
(速い――! 見た目だけの変化じゃないみたいね……!)
……
な、何これ、硬すぎ……!
(! しまった、避けきれな――)
……!
グアアアッ!
――立……ッて。……逃、げテ……!
――っ!? あなた、話せるの!?
……助ケて、あげタこト……彼にハ、言ワないデ。
アルフォンソ、にハ……教エなイで。……私ガ、まダ……人間、だト……いウ、ことヲ。
オ前も、言葉、話せルか。
効率、低下。しテいる。情報、足り、なイ。時間、ナい。必要、なラ私が、補ウ。
オ前たち、自分の一族、作っタ。子孫トも、捕食しあウ、だロう。
お前タちは、不完全だ。
アルフォンソ……すグには、来ナ……い……
逃げ、テ……
そノ一族、養ウ、不要。
血肉、捧げルべき。
ァアアッ――!
人の言葉を口にした副船長の身体を、シーボーンの鋭い牙が貫く。
副船長が避けきれなかったのは、敵を侮っていたからではなく、アイリーニに気を取られたからでもなかった。シーボーンの動きに、明らかな変化があったのだ。
……ア、なタ……
アル、フォンソ……早く……早、ク……
(ッ、外殻を貫くことすらできないなんて……!)
(このままじゃ……私……)
アイリーニ。この場所がどこかは、わかっているな。
はい! ここは、裁判所の……
そう、地下だ。大審問官となった者たちは、ここで真実を目にしてきた。
「真実」……
一つ、考えてみろ。――裁判所は、何のために戦っている?
イベリアの潔白と美徳を守るため、そして法と経典の神聖さのためだと思います。
ならば、人々が真理と掲げる概念が、表層的なものでしかないとしたら? 法を頼ることもできず、経典は預言を与えず、道徳と呼ばれるすべてが無用なものであれば、お前はいかにして判断する?
その時は……自分自身の基準を用いて、判断いたします。
それまで信じて守り抜いてきた、善悪の区別を捨て去ることになろうとも、か?
はい、そうです!
言うは易く、行うは難し。こうしたことは、身を以て手本を示したところで無意味だ。私はお前に余計なことまで説くつもりはない。
上官……
――だが。
いつの日かお前は、それまで築き上げたすべてを捨て去るように強いてくる敵と向き合うことになる。そうなれば信仰、道徳、倫理、その何もかもが蹂躙され、意味を成さなくなってしまうだろう。
それでも、お前が己の中の信仰を再び築くことができたなら、どのようなものであれ、敵を打ち倒す力になってくれる。
真実を目の当たりにし、そして一層残酷な歴史を身に染みて理解するまでは、どんな行いも机上の空論と変わりないものだ。
お前の未来に口を出すつもりはない。ただ、その時が来たら思い出してくれればいい。
アイリーニ。お前は、イベリア最後の砦であれ。
……なゼだ。
オ前、生存、目的トしてイない。だガ、お前、強クなっタ。
アイリーニはハンドキャノンを構えた。
突然、シーボーンの頑強な身体に、二つ目の穴が開く。巨大な熱の奔流が、堅固な障壁をどろどろに溶かしたのだ。
噴き出した熱が、辺り一帯を火の海へと変える。副船長はすすり泣くような声を上げて後ずさり、その光景を呆然と眺めていた。
シーボーンはこうしたアーツに囲まれたことなどなかった。すぐに順応はしたものの、それは確かに圧倒されていた。
だが、審問官の砲火は、その灯りが燃え尽きるまで止まることなどない。
源石の威力はどうかしら? ――さあ、その人を放しなさい。
確かに、法の観点で言えば、あなたは何の罪も犯していないし、経典にもあなたたちみたいな存在への言及はないけれど。
私は、一人のイベリア人として――
イベリアの名において、ここに判決を下しましょう。
海の災いは滅すべし。あなたに生きる資格はないわ。