遺塵の道を WD-ST-1・幕間
パインリリー
十七年前
p.m. 2:44 天気/晴天
ウルサス中部 パインバレー療養所外
スゥー……フゥー……
スゥー……
フゥー……
スゥー……
友よ、具合はいかがですか?
起きてはいけません、寝ていなさい。私はあなたの顔を見に来ただけで、すぐに行かなければなりません。駄獣は止まれないのです。それに私に鞍をつけたのは私自身なのですから。
いいえ、その必要はありません。当たり前でしょう。私は今でもあなたが知っているあの若者であり、財務大臣などという肩書きは意味を持たないのですから……
身分を誇示して何の意味がありましょうか。我々は皆、ウルサスの広大な大地のため、陛下が描かれる真に栄誉ある未来のために尽くしているのです。
我々は皆、陛下の民であります。この点を忘れ、いまだ暴力にまみれた過去に囚われて生きている人々は、いずれ時代に取り残されてしまうでしょう。
……話しすぎました、申し訳ありません。普段の政務のせいで、少なからず鬱憤がたまっていたようです。
ご心配なさらず。私には同僚や有志の意気盛んな様子も、汚職に手を染めた佞臣たちの行いが、彼ら自身を蝕んでいる姿も見えています。我々は必ずや勝利するでしょう。
軍内部に蔓延るあの貴族たち……彼らとその取り巻きの害虫たちはすぐに陛下の足元の塵となるでしょう。そして我々はそれを陛下の歩む道から完全に排除するのです。
……そうです。
――帝国の議会はいわばこれから花開く途上の蕾です。
我々はあの頑迷で無知な貴族たちの手から、ウルサスの――陛下の所有物を取り返すのです。
旧時代の負の遺産を引き裂き、蹂躙し、跡形もなく滅するのです。ウルサスに新たな航路を切り開くため。友よ――我々がそれをやるのです。たとえ自らの命を削ってでも。
ウルサスは変わらねばなりません。
今日?
元々の計画では来週でしたが……今日が絶好のチャンスです。
先ほど介護士長から聞いた話によると、財務大臣が来たことであの臆病者は明らかに動揺しているそうです。大臣が会おうとしなくても、彼は動くでしょう。
彼は恐れている。そしてその恐怖によって彼は隙を見せる。
急な会合が行われるとなれば、護衛隊は手が回らないでしょう。彼は普段より無防備な様子で我々の前に姿を現すことになる……
ウルサスの要人がここに訪れるタイミングで、大公に手を下すことは非常に危険です。しかしそもそもこの場所には重要人物が多く、大公があの独立したエリアから出てくることも滅多にありません。
だが、我々にはまだ十分な勝算がない。
確かに私にはまだ十分な勝算がありません。
でもあなたにはあると信じています。
本当のところ、あなたならいつでも手を下せると信じています。
……
まだ何か心配事でもあるのですか?
私が解決します、たとえ――
リリア。
私の最大の心配事は、この計画における君の生死についてだ。
チェルノボーグの事故で……理想と熱意を持った若い科学者たちが犠牲となったことは認めなければならない。君が次の私の言葉をどう受け止めるかはわからないが――
彼らが死へと向かうのを知りながら、ただ眺めているのは心地いいものではなかった。それは今の君に対しても同じだ、リリア。
……
……私はやめるつもりはありません、ケルシー所長。
この件が終われば、私はシラクーザへ行き、そしてヴィクトリアへ向かう。
もしチェルノボーグでの計画を中止し、私と一緒に来るならば……君は死ぬ必要などないかもしれない。
裏切り者の靴底には、未だに夫の血がこびり付いています。彼の死を踏みつけて、あいつらはのうのうと生きている。私はそんな状態には耐えられません。たとえ一瞬であろうと。
……君は身勝手だな。
認めます。ですから、私の最も身勝手なお願いをどうか忘れないでください……
娘の面倒を見てやってください。もしあの子が望むなら、医学を教えてやってください。
あなたなら、きっと生き残れるでしょう、ケルシー所長。
友よ。
今年の冬は冷えます。しかし春は例年通り暖かいでしょう。
我々が初めて出会ったあの日も春でしたね。あの激情に満ちた演説の中であなたは歓声を上げることも笑い声も上げることもしなかった。
我々はすぐに互いに気付きました。もちろん他にもたくさん人はいましたが。
侵略の成功を誇りに思う人間は誰もいません。歓声を上げる者は、先帝の栄光を仰ぎ見ているだけで、足元の大地がもはや他者の生存を許さぬほど痩せこけているのは目に入っていませんでした。
わかりません、友よ。ひょっとすると来たのかもしれません。
今年の春は少し早いそうです。しかし私の天災トランスポーターが言うには、北方の激しい天災の影響を受け、しばらくすると気温が下がるかもしれないとのことでした。
また、冬に逆戻りするかもしれません。
その通りです、友よ。しかし冬と言われて思い出しました。
私はそろそろ酒をやめるべきかもしれません……酒に頼って冬を乗り切るのは良くない。アルコールはただ感覚を麻痺させるだけで、たとえ痛みはなくとも傷は依然そこに存在するのですから。
ですが、この冬も長くは続かないでしょう。
ただの災難の余波にすぎません。
これは……
永遠の眠りに就く薬だ。これが最も安全かつ有効な方法だ。遅効性だから、すぐに発覚することはないだろう。
逃げる手はずはすべて整っているのか?
ええ、ここに来たその日から。
時間の余裕はあまりないかもしれないな。
わかっています。しかし練習通りやれば十分余裕があるはず……
いや。
我々は、この療養所をあまりに単純に考え過ぎている。
君の計画に変更の必要はない。あとのことは私に任せてくれ。
何に気付いたのですか?
……
潜伏させていたMon3trが敵の痕跡を発見した。大公が、他のウルサスの権力者とやり取りしていると聞いたことは?
いえ、彼はここでずっとおとなしくしていました。
……
Mon3tr……あなたが飼っているあの? あれが何を見つけたんですか?
詳しく伝えることはできない。我々の生存確率を大幅に下げるだけだからな。
くっ……ウルサスはどんな手段を持っているの……?
恐れは隙を生む。この件を深追いしても、君の判断に悪影響を及ぼすだけだ。私を信じろ。
……はい。
よし、そろそろ時間だ。
カバンを持った金髪のフェリーンが見えるか? あれが大公お抱えの医師だ。
……はい。
大公一人ばかりで何ができるというのです?
現状に満足し安穏と暮らす者を見なさい……あの片目の総督が陛下の前に跪いた瞬間から、彼はもはや脅威ではなくなりました。
彼は賢く、保身の術に長けています。一部の……身勝手で頑固な、ウルサスの残り少ない戦力を浪費してでも反乱の余波を根絶しようとする者たちとは違ってね。
心が痛みます……私は軍や政府のトップではありませんが、祖国の生産力が停滞し上向かない現状、そして経済や人々の暮らしが日に日に悪化するのを見るたび、私は深い悲しみを覚えるのです。
陛下は慈悲深いのですよ。我々が耐え難いのは、しばらく鳴りを潜めるであろう小狡い貴族数名を許すことより、内部抗争が長引くことです。
なんとしても帝国に仇なす雑草を根絶やしにして、害虫を駆除しなければなりません。なんとしても種を蒔いて、春を迎える頃には新芽が芽吹くよう整えなければなりません。
そのため私は長らく努力をしてきました……大言めいたことを吐くのをお許しください。常ならばこのようなことを口にしませんが、今だけは……あぁ陛下! 私は今の自分を大いに誇りに思います。
友よ、ご安心なさい。犠牲者たちが成し遂げられなかったことは、生きている者が懸命に引き継ぐのです。
陛下がウルサスに新たな未来をもたらします。頑固な貴族たちや、祖国の最も暗い場所に潜む怪物、歪んだ邪神にいたるまで、たとえ何者であろうと――我々の皇帝の前にひれ伏すでしょう。
私の責務は、ただそれを確実なものにすること。
……
待て。
介護士長から聞いていないのか? 現在この場所はワーニャ大公がご使用中だ。誰も近づくことはできん。
私は本日の当直医師です。大公のお加減を診るために参りました。これは私の社員証です。
……新人か?
はい。
喜べ、今日は休めるぞ。ワーニャ大公の診察は、彼お抱えの医師が担当する。これは暗黙のルールだ。
新人ということに免じ、見なかったことにしておいてやる。だが、これ以上この廊下をうろつくようであれば、ただじゃ済まないぞ。
さっさと消えろ。せっかくの休暇だ、どこかよそへ行って過ごせ。
――俺だ。何でもない、療養所の当直医師だ。すぐ追い返す……
なに……? あのヤブ医者がいないだと……?
だがリスクが……うーむ……財務大臣も来てるしな……わかった。
お前ら二人、待て。
はい。
何かあったんですか?
事情が変わった。……ついてこい。
いいか? お前らが何に気付こうが、それはすべて大公の持病だ。騒ぎ立てるなよ。
ちゃんと大公の世話をして、日が暮れたらすぐに戻れ。大公の休息の邪魔はするな。
無事に済めば褒美がもらえる。手厚い褒美だ。お前らのような……貧乏人が何年も愉快に暮らすには十分だろうな。
感謝いたします。このような機会をいただいて大変光栄です……ケルシー、お礼を言いなさい。
あ……はい、ありがとうございます。
……フンッ、田舎者が。ヘマするんじゃないぞ。
はい。気を付けます。
……
待て。
部屋に入れるのは一人だけという決まりだ。そこは今回も例外じゃない。でなきゃ大公に咎められる。
その使用人に行かせろ。
――ですが医師は私です。
大公が服用する薬はこっちで用意する。お前はここで待っていればいい。何かあった時にだけ入れ。
そんな――
お前の仕事はここで三時間突っ立って、命令を待つことだと言ってるんだ。
それからお前、お前は十分以内に出てこい。
それを超えれば、中で何が起きてようが命はないと思え。
来い、使用人。ボディチェックをする。
……かしこまりました。
……
……大公閣下。
……医者か?
いえ、ただの使用人でございます。
そうか……さぁ、こっちへ来なさい。
……かしこまりました。
君はウルサス人か?
いえ。
そこで屈んで、私に顔を触らせてくれ。
……はい。
うむ……ヴァルポ、いやフェリーンか? 可愛い種族だ。
目が……視えないのですか?
そうだ、先月からな。
私はもう死ぬ。今日か、明日か……だから君が来たところで意味はないのだよ、若者よ。
……
彼らは医者が入ることを許さない。私を殺したいのだ。
抗議なさらないのですか? あなたは大公なのですよ。
だからだよ。私はウルサスに逆らえない、もう受け入れたのだ。
今日の天気はどうだ? 日差しが暖かくなっていくのを感じるよ。
雲一つありません、大公閣下。
あぁ……雲一つない、か。もうずっとそんな日々が続いている。
……絶望を感じますか?
絶望……? 絶望は最初の一瞬だけだ。私たちは長い人生の中で常に何かしらの感情にとらわれている。だがそのほとんどは人を絶望させるものでもなく、人生を喜びで満たすものでもない。
狭間だ、我々は大抵高くもなく低くもないところでほどほどに生きているのだ、若者よ。それを麻痺状態と揶揄する者もいれば、自業自得と見なす者もいる。生き方は己次第であろうとな。
……うむ。確かに気候は穏やかになったな、風も以前ほど身にしみない。
誰が君を寄越したのかな? 若者よ?
もうお気づきでいらっしゃるのですね。
君の方も驚かないようだな。私のような何も成し遂げられず、最後には罪を被って人身御供として蹴り出されるような老人には、見下すのが普通だと思っていたが。
私はこれまでに、どんな人間だろうと見下したことはありません。ましてやあなたはウルサスの大公ですから。
君は真実を告げるようなことはしないだろうな……無理もない。なら私が当ててみるとしよう。
財務大臣か? いや違うな……彼は今回の件とは何の関係もない。こんな出過ぎた真似をするような手腕もない。もし彼の考えであるならば……むしろその方が有難いくらいだが。
では、軍の中で血を吸う害虫どもか? あの臆病な老いぼれども……いやそれも違う。あいつらならもっと単純な方法をとるはず……
もう一度当ててみよう。若者よ、誰が君を寄越したか……
……
まだそこにいるか、若者よ?
ここにおります。
……陛下か? 陛下が私に……この愚かで傲慢な者に、自らの愚行に対する代償を払えと?
あぁ、あの晩見たのは恐ろしい夢などではなかったのだ……
君は両目を失った感覚が想像できるか? 暗闇の中で、歪んだ何かがうごめくのを感じる……恐ろしい異様感だ。
つまり、失明しても恐怖は覆い隠せないと?
そうだ……あれは近衛兵の気配だった。若者よ、あの晩、陛下の利刃は私の喉元からほんのわずかな距離まで迫っていた――
何ですか? 果物ナイフ? 私がやりますよ。
スケジュールは詰まっていますが、旧友のためにリンゴをむいてやる時間すら取れないなんて、あまりにも寂しいではありませんか。
はは、私を皮肉っているのですか?
大げさですね、友よ。リンゴをむくだけではありませんか。まさか何かの迷信の話でもするのですか?
ご覧なさい、療養所の果物は新鮮です。これもあなたの回復に役立つことでしょう。
あなたはまだ弱っている、手を切ってしまいかねません。
いえ、そのようなことは……
ふぅ……わかりました、友よ。ナイフをお渡しします。くれぐれもお気を付けて――
――!
そんな――何をしてるんですか!? 誰か医師を!
なぜそんなことを――自分の指を切り落とすなんて――待っていてください、すぐ医師を呼んできます!
何のために……そんなことを……!?
……
……
今日はどうしてこんなに人が行ったり来たりしてるんだ? チッ、行儀の悪いバカどもが。
ちょっと様子を見てくる。お前はここを動くな。
わかりました。
(ケルシー所長の方はどうなってるの……?)
(くっ、時間がない。)
おい、お前! 早く116号宿舎に行け。
えっ? ですが私の助手がまだ――
どうせこっちは使用人一人いれば十分なんだ、医師は必要ない。
こいつは財務大臣の要求なんだ。陛下のお気に入りの機嫌を損ねてみろ、俺たちじゃ責任を負いきれんぞ!
早く行け! 絞首刑になりたいのか!?
は、はい。申し訳ありません。すぐに参ります……
(ケルシー所長……! 急いで!)
若者よ、ここへ座りなさい。名は何という?
ケルシーです。
……それは偽名でもコードネームでもない、そうだな?
私にはわかる……その名乗り方から、わかるぞ。君はその名を愛しているかね、ケルシー。
どうでしょう。
時間がありません、大公閣下。これ以上遅くなれば、あなたの護衛がここに入ってきます。
ほう……どうやら私は自分を殺しに来た刺客に対し、猶予を与えてやらねばならないらしい……
ふむ。通信機は確かこの辺に……
ここです。
ハッ、用心深い殺し屋よ、いつの間に掠め取っていたのだ?
それを渡してくれないか。
……どうぞ。
信用してくれてありがとう、若者よ。しかし、これほどの余裕……君を送り込んだのは誰であろうと、きっと君は大物になる。
ああ、護衛長か。今、ここにいる療養所の使用人だが……私と同郷らしいのだよ。彼女ともう少し話がしたい。命令するまで、邪魔をしないでくれ。
侵入者は命令違反と見なす、わかったな。
……これでよし。
……あなたの故郷はどちらですか?
パインバレーの反対側だ。
君が私を信用するのは、すべての手はずが整っているからかな? たとえ今、護衛たちが部屋に押し入っても、君は無事逃げられる、そういうことか?
聞いたところで私は答えません。
……もしかしたら君は近衛兵ではないのかもしれんな。君に歪んだ恐ろしさはない。それに、そうだ。近衛兵が自分たちの仕事を他人に任せるだろうか?
彼らはウルサスで最も冷徹な監視者だ……相当の人物でなければ、近衛兵にとっては相手にする価値がない。
参った。私の負けだ、若者よ。私では君の正体を見抜けない。
君はなぜここに来た?
……職責を果たすために。
ケルシー、私は苦しみながら死ぬのか?
いいえ。薬はゆっくりと神経に作用して、あなたは眠るように静かに意識を落とし、そして永遠に目覚めることはありません。
……重病を患っている老人からすれば、それは天恵とも言えるな。
感謝しよう。
……
そうだ……君は医者か? それとも科学者かね?
君には輝く両眼があるか? 指には薬の残り香があるのか?
君は――
――待ってくれ、まさか君は……チェルノボーグの件で来たのか?
ケルシー……ケルシー……あの日、炎の中で死んだ所長も、そんな名ではなかったか?
もしあなたが本当に犠牲者全員を覚えていたのなら、私はウルサスの掌から逃れられなかったかもしれません。
あぁ、君は……君がケルシーなのか……
なんということだ……君は秘密警察の目を欺いただけでなく、名前すら変えずに、ここに潜り込んだというのか……?
一体どうやって?
手段などいくらでもあるのですよ、大公閣下。
私の死を望む者もいれば、望まない者もいるが、私はてっきり……だが、もし君がただの科学者ならば、そんな簡単に……騙されるべきではないな。
いや……それとも、誰かが君を買収したのか? 誰かが君の復讐心を利用し、私を死に追いやろうと?
何も言うつもりはありません、大公閣下。
今から、あなたに注射を打ちます。
あぁ、君が私の死刑宣告をするのか。それはいい。今のこの苦しみよりもずっと楽かもしれない……
うっ……
……
終わりました、閣下。
……私にはどれだけの時間が残っている?
十五分です、閣下。
……教えてくれ、若者よ。私の目の前にある景色はどうなってる?
芽吹きの時を迎え、陽射しがいっぱいに注がれ、大地はたくさんの希望に満ちています。
美しいか?
美しく雄大な景色です。しかしその美しさはウルサスにとってごくありふれたものです。
……フッ、若者は口がうまいな……どれほどのウルサス人が、この景色を見られるのだろうか?
そうだ、花……私の花は? 私が蒔いた種は……芽を出したか? 蕾を膨らませたか? この盲いた両目は、とうとう蕾が綻ぶ姿を映すことはなかった……
……残念ながら、今のところは。
帝国の冬は、観賞用の植物を育てるには寒すぎるようです。
あぁ……ここではあの花を咲かせられないのか?
この長い冬が続く地に、一体何を植えたんです?
若い頃に……私はカジミエーシュとの戦争に参加した。君は戦争を経験したことがあるか、ケルシー?
……
戦場は混乱を極めた。最初の砲撃音の十数分後には、隊列と戦術はその意味を失った。
私は数名の騎士と戦って、足を負傷し、頭をハンマーで殴られた。ヘルメットを脱ぎ捨て、死に物狂いで這いずり……そのまま花畑にたどり着き――
そこで私は気を失った。その後援軍に救助されたが、混濁する意識の中で目にした、あの花の姿だけは覚えている。
……パインリリーですね。
そうだ……戦争が終わった後、私は人に頼んで辺境からその花の種を持ち帰ってもらったのだ。私はその花のカジミエーシュの学名が嫌いでね、新たな名前で呼んでいた。
私はその花が好きだ。私の都市ではそれを街のシンボルとした。ウルサスの土地は……カジミエーシュよりもその花を育てるのに適している。
……私の妻も……それを育てていたよ。心を込めてね。
だが……ここでは、土から芽を出すことはなかった。
春が来るにはまだ早いですよ、大公閣下。
あぁ……そうだ。私が愛するウルサスの土地は、様々な希望を孕み生み出す場所だ……きっとそうだろう。
しかし、ウルサスは貧民や感染者で溢れてもいます。
ウルサスが犯したであろう様々な悪行を否定はしない。それでも、大地がすべてを包容する……あぁ、少し疲れたな……
それは説得力のある言い訳ではないように思えます。
言い訳? 違うぞ、若者よ……私は許しを得ようなどと考えたことはないし、必要としてもいない……
ただ、最期の瞬間になって私は……ようやくわかった……意味とは……実は何もかも……
パインリリー……
もう一度……君の姿を見たかった……
……行きなさい、若者よ。
陽射しが……暖かい。再び……光を取り戻したかのようだ……
フー……
人生の最後に自身を許す資格などあなたにはないかもしれません。しかし――
(ウルサス語)どうかウルサスがあなたを忘れ去りますように、大公閣下。
(ウルサス語)……ウルサス……私の……
……祖国。
……大公閣下がお休みになられました。
……報告の必要はない。我々は命令を受けている、三十分経たないと中に入れない。
お前、大公と同郷だそうだな?
お前たち若い女がこぞってここの療養所で仕事しようとするのは、お偉方に取り入るためだと聞いた。そうだろう?
これで満足したか? いつまでそこにつっ立っている気だ。俺にお前の靴でも磨けってか?
いえ、そんな……申し訳ございません。すぐに立ち去りますので……
チッ、クズが……
……果物ナイフは錆びつきやすく、感染症を引き起こすこともありますが、我々が細心の注意を払って見守りますので、どうかご安心ください。
……わかりました、よろしくお願いします。
友人が頭に血を上らせたせいで、かなりの時間を費やしてしまったようです……
彼が医務室から出てきたら、こう伝えていただけますか。「あなたが我々の心に炎を点しました、あなたの友イスラーム・ヴィッテを信じてください」と。
では、私はトランスポーターと共に出発せねばなりませんので。
お気を付けて。
……
……
(ケルシー所長――!)
(すぐにここを去ろう。)
(あの金魚のフンのような官僚どもは、財務大臣に畏縮している。これは我々にとって絶好の機会だ。)
(あ……あいつは死んだんですか?)
(効果が出る時間が予想よりも短かった。もともと彼の体は限界を迎えていたのだろう。)
(あいつの死を利用したい連中が大勢いるはずです。奴らの争いが私たちにとって好機になるかもしれません。)
(行こう。)
ケルシー所長――
ありがとうございます。
私のために……私のために、すべてを終わらせてくれて。
まだ終わっていない。
ウルサスがどんな姿に変わろうと……我々はいつかまたこの帝国に向き合う日が来るかもしれない。