翠玉の夢 DV-2・戦闘前
開拓者の小屋
俺の人生はお終いじゃないか……!
……ええと、リーダーさん……?
……
ご気分が優れませんか? なんだか呼吸が乱れているような……
……うわっ……!
すみません、驚かせてしまいましたか?
僕はサイレンス先生の同僚です。危険な武器は持っていません。開拓隊の方のチェックを受けてきましたから、ご安心を。
悪かった。つい、反射的に……
謝らないでください。理解はできますから。
電気が消えて、暗闇が広がっていくと、気持ちが張り詰めてくるものですよね。
よかったら、もう少しこちらへ来ませんか? 人が集まれば暖も取れますし、もし寝てしまっても凍えずに済みますよ。
……ほかの奴らはどうしてる?
サイレンス先生なら、フィリオプシスさんを診察中です。エレナさんも一緒にいますよ。
先生の医療ドローンには非常用電源が搭載されているので、それで検査するそうです。
サムは……?
あなたの指示通り、容体が思わしくない開拓者さんたちを屋内に集めていました。
……そうか。
一つ頼みがあるんだ。サムやほかの奴には言わないでくれないか。俺が、今……
もちろん、誰にも言いません。
皆さんのリーダーはあなたですから。この局面であなたの具合が芳しくないことを知られたら、開拓隊の人たちが暴走してしまう可能性もありますしね。
……
開拓隊の結束を疑っているわけではないんですよ。ただ……暗闇は不安を生むものですから。
……随分色んな経験をしてきたみたいだな。
それほどでも。……僕はボリバル人なんですが、昔住んでいた都市ではよく停電が起きていたもので。
ボリバルっていうと……紛争地帯か?
はい。僕の故郷は、戦争がいつ収まるともわからないような場所でした。
そんな場所から抜け出すのは、簡単なことじゃなかっただろう。
今の仲間たちが、僕を助けてくれたんです。
僕からすれば、あなたや開拓隊の人たちのほうがすごい人ですよ。
俺がすごい人……ね。ははっ……
な、何か変なこと言いましたか?
いいや。クルビア企業の連中は、遠いボリバルにまで広告を出してるのかと思ってね。
ああ……いえ、そういうことじゃなくて。
どうあれ、あなたがご自分の足でここへ来たことは確かだと思いますから。それに、ヴィクトリアやガリア、ボリバルから来た移民たち……あなたの先人たちも。
皆さん一人一人の足跡が、この荒野を照らしたんです。
はは……あんた、上手いこと言うな。
えっ? 事実を言っただけですよ。
僕はここに来る前から、クルビアの有名な開拓地がどんな場所なのか見てみたいとずっと思ってたんです。
だったら失望したんじゃないか? ここはあんたの故郷以上につまらん荒れ地だろうしな。
そんなことはありません。僕はここで多くを学んだんです。
たとえば、ここで生まれた電源回路の設計は、Mechanistさんの仰っていた通り簡潔で効率的ですし……
保安官、車の準備ができました。
了解。防護用の装備も忘れずにね。
向こうが自作のクロスボウを持っているのを見かけたから。
もう少し暗くなってきたら、ドローンを何機か開拓者居住区に飛ばして、人質と犯人の位置を確認するわよ。
それが済んだらタイミングを見計らって突入。いいわね。
では……サイレンス研究員と、ロドスとかいう会社のオペレーターはどうしましょうか?
何が言いたいの?
彼らがどちら側につくかわからないので……
……それがライン生命の考え方なの? 何をするにもどっちの味方か最初に決めなきゃダメなわけ?
我々はただ、問題を確実に解決したいだけです。
それが我々警備課の仕事ですから。
あら、そう。じゃあ言うけど、私の仕事は人命救助よ。
よく聞きなさい。あなたたちが何をしたいかなんてどうだっていいけど、私の仕事の邪魔だけはしないほうがいいわよ。
つまり、そのロドスの人間があんたを助けてくれたのか?
そうなんです。事故で死にかけていた僕を救ってくれた上に、勉強を続ける機会まで与えてくれて……
こうして今の僕があるのも、全部ロドスが僕の人生を変えてくれたおかげです。
はははっ……本当に良い会社らしいな。
こんな状況じゃなきゃ、今のは就職説明会みたいに聞こえてたんだろうな。
……もし本当に興味がおありなら、ロドスに履歴書を送ってみてもいいと思いますよ。
……
俺はただの開拓者だし、それどころかもう誘拐犯にすらなっちまったかもしれないんだ。……なのに、そんな良い会社に履歴書なんか送れるわけないだろ?
あんまりからかわないでくれ。
あんたがどんなに謙虚でも、実際は前途有望なエンジニアだってことくらい俺はわかってるんだぜ。
ましてや、あんたの同僚だっていうあの三人なんか……感染者の身でライン生命に雇われてるんだぞ。これがどれだけ難しいことか、あんたはわかってるのか?
うーん……確かに、あの人たちは本当に優秀ですが……
あれは優秀なんてもんじゃないだろ。それぞれの分野で飛び抜けた才能を持ってる、ああいうのを選ばれた人間っていうのさ。
感染者は毎年山ほど増えていってるが、「恩赦」を得られるのはほんの一握りの天才だけ。三人はその天才なんだよ。
ですが、ロドスは……
わかってるよ、グレイさん。「ロドスが人を救う条件はそこまで厳しくない」って言いたいんだよな。
だが、自分の命を救ってくれた会社にあんたが特別な信頼を寄せてることや、その会社が利益追求は二の次ですべての感染者に分け隔てなく接してるっていう言い分を、俺が喜んで信じたとしても――
あんたも選ばれた幸せ者だってことは否定できないだろ。
それ以外のツイてない連中は、囲いの中で飼い殺しにされながら泥水に頭まで沈むのを待つか、あるいは次のささやかな仮住まいを見つけるために、リスクを承知で踏み出していくしかないんだ。
俺は……その一人なんだよ。誰も俺たちを救えやしない。俺たち自身にすらな。
オリヴィア、これで本当に上手くいくと思う?
……ジョイスの脳波は少し安定してきてる。
でも、普段と同じ治療――神経弛緩薬を打つことでは、期待通りの効き目を得られなかった……
もしかして、この発作には別の要因があるのかも……
ってことは、まだ危険な状態なの?
うん、原因がわからない以上、もっとちゃんとした治療環境が必要になる。
そっか……うん。その辺りのことも聞きたかったんだけど、それだけじゃなくてさ……
さっきグレイに、開拓者たちのリーダーと一緒に電線を点検してくるように指示してたよね。
あれは私が頼んだわけじゃない。グレイ自身の考え。
……でも、隊長はキミでしょ。
確かに、私がロドス本艦で過ごした時間はキミたちほど長くない。それでも、ロドスの人たちがどういう行動を取るかくらいはわかってるよ。オリヴィア、キミを非難するつもりはないけど……
もしグレイが危険な目に遭ったり、ジョイスの病状が手遅れになったりしたら、キミは自分を許せないんじゃない?
――エレナ。私たちとグレイのうち、サニーさんが信頼を置くとしたらどちらだと思う?
……? そもそも何が違うっていうの?
あなたは、ライン生命本部での実験事故で運悪く鉱石病に感染したんだよね。
うん。
その時……もう二度と研究ができなくなるんじゃないか、って思わなかった?
それはもちろん、思ったけど。
でも、すぐにうちのボス――フェルディナンドさんが雇用契約を新しく結び直してくれたんだ。契約期間は三年から十年に延長されたし、給料も三割アップしたんだよ。
あの年、あなたはライン生命の年間最優秀社員にも選ばれてたね。
うっ……でも、それは鉱石病とは関係ないと思うよ……?
どうあれ、ロドスでの治療中にも、主任のためにトップカンファレンスの論文を三本書いてたわけだし。
そう考えるのもわかる。私も似たようなものだから。
とはいえ、昔の私はあなたほど楽観的でも純粋でもなくて、将来に不安があったからこそ、パルヴィス先生とライン生命に感謝していたんだけど。
それでも……私は自分の才能と、それがライン生命にもたらす利益を疑ったことはなかった。
つまり、私たちにとって、鉱石病は克服しなければならない課題であり、人生を食い潰すようなものではないよね。
一方で、グレイは大きく影響を受けている……だからこそ、私たちにはできないことが、彼にはできるんだ。
サニーさんが仰ったことは、少し間違っていると思います。
っていうと?
あなたは、次の仮住まいを見つけるためには、リスクを承知で踏み出していくしかないと仰いましたが……
そもそもまだ僕らのほうへ踏み出してもいないのに、どうしてその一歩で活路が開けるわけがないなんて決めつけてしまうんですか?
リーダー、見ろ――電気が復旧したぞ!
なっ、どういうことだ!?
上手くいったみたいですね。
もしかして、あんたがやったのか……? 俺と話してる間に?
……サニーさん。
あの時、外の暗闇に飛び出していなかったら、僕は明かりを持ったロドスの先輩に会うことはありませんでした。
どうか信じてください。時には、あと一歩を踏み出すことが真の意味で助けとなるんです。
そいつは、たとえ……もう崖っぷちに立ってるとしてもか?
――それどころか、崖から飛び降りたあとでも、ですよ。
僕たちには、あなたが手を伸ばしているのが見えました。あなたが助けを求めているなら――
僕たちは、全力であなたの手を掴んでみせます。
どんなことがあったにせよ、諦めるにはまだ早いです。
あ……電気が!
グレイが……やってくれたのかな?
うっ……
よかった。ジョイスが光に反応してる。
……こんな時まで集中してるなんて、さすがだね。
……なあ、先生たち。
……
なんで一人で戻ってきたの? グレイはどこ?
あの人は別の居住区へ向かったよ。現状、通電したのはこのエリアだけだからな。
私は――
俺を信用してない。だろ?
来ないで!
エレナ……?
オリヴィア。キミは、彼が信じるとしたら私たちではない、なんてことを言ったけど……
こっちのほうこそ、この人を信じる理由なんてないよ。
始めに私とジョイスを騙してここに連れてきたのは彼なんだし、それに、これまで言ってなかったけど……私、この人たちが研究エリアを包囲するためにたくさん人を送り込んでるのを見たんだ。
研究エリアへ向かう開拓者たちは、みんな武器を持ってたんだよ!
事情があるんだ。あんたが想像してるような理由じゃ……
何? 言い訳? 恩知らずな真似はしたくないとか言ってたけど、ドロシーがキミたちにしてくれたことを忘れてるんじゃないの!?
身勝手な理由で彼女を傷つけようとするなんて!
これは……警報? あんたが鳴らしたのか……?
本当はもっと早くにこうしたかったんだけどね。今頃、保安局と警備課の人たちがここに向かってきてるはずだよ。こうすれば、私たちの位置をドローンで確認する必要もないから。
グレイには感謝しないと。
あいつが電気を復旧させたのはそのためか……!
そうやって邪推するのはやめて。
グレイは心からキミたちを助けたいと思って行動したの。ドロシーやジョイスと同じようにね。
そういう人たちのためにも……あなたのことは見逃してあげてもいいよ。
キミたちがどんなつもりだったか知らないけど、早く諦めたほうがいいんじゃない?
……もうドローンを飛ばしたの?
いえ、まだです。保安官の指示をお待ちしておりました。
だったら、基地上空でいくつも飛んでるあの光は何……!?
あと少し、もうちょっとですよ。
この光……すごく、綺麗だな。
本当ですか? ありがとうございます。
ははっ……こうしてあんたと作業してると、体も暖まってきたよ。
残りはあそこだけだろ? 大企業のお偉方め、俺たちの手が動く限りは、電気が止まったくらいじゃ屈しないってところを見せてやるぜ!
……? 何かがおかしいような……
待ってください!
どうした?
そ、それ以上進まないで! あの光は僕のアーツじゃありません!
……サイレンス先生。
……うん。
改めて聞かせてほしい。あんたは、ただの開拓者のことを本当に信じてくれるのか?
私は医者であると同時に、研究者でもある。
私も、同僚たちと同じように――
……
真実を信じるよ。
……ねえ、なんだか外が騒がしくない?
走ってる音がたくさん聞こえてくるような……もしかして、キミが――
いいや、俺は何も指示してなんか……
クソッ、こっちに来るな!!
ッ、まさか――!
保安局が助けに来てくれたのかな……?
違う! いいから外には出るな!
何をそんなにピリピリしてるの?
多分アレがまた近付いてきたんだ……
アレってなんのこと?
あんたたちに伝えようとしていた……真実ってやつだよ。
エレナ、ドアから離れて!
リ……リーダー……
にげ、ろ……
……
怪我? それとも……発作?
今は近付くな。
でも、あの人を助けないと!
――あいつの後ろを見ろ。
彼の指さす先には、不規則な形の物体が宙に浮いていた。
その表面は非常に滑らかで、柔らかい銀色の光を放っている。そして呼吸のリズムに合わせるように、微かに上下し続けていた。
それは倒れ込んだ開拓者の後ろからゆらりと浮き上がり、空中で三秒ほど停止した。
かと思うと、それはゆっくりと回転を始める。まるでその場の人間を一人一人興味深げに観察しているかのように。
こ……これって……
走れ!!