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リターニアヴィクトリアカズデルシラクーザレム・ビリトン
ウルサス炎リターニアヴィクトリアカズデルシラクーザレム・ビリトンラテラーノ

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十字路 幕間

目撃者

エリオ

ルピナさん。これが、今回そちらさんから、サルッツォ酒造が仕入れさせてもらうブドウのリストと、価格の詳細資料だよ。

確認してもらえるかい。

ルピナ

わかったわ。どれどれ――うん、問題ないわね。いつも丁寧な仕事をしてくださってありがとう。

エリオ

……いや、とんでもない。

……なあ、ルピナさん……私の立場でこんなことを聞いていいかはわからないんだが……

ルピナ

どうしたの、急にかしこまっちゃって。

遠慮せず聞いてちょうだい、エリオさん。もう長い付き合いだし、他人行儀な態度はよして。

エリオ

ああ。その、カジミエーシュ人のワインが、ヌオバ・ウォルシーニで出回るようになってからというもの――

ルピナさんのワイナリーでは、自家栽培しているブドウに少しずつ余剰が出るようになっただろう。うちとしては、不足分を補うために、それを買い取らせてもらってるわけだが……

ルピナ

ええ。あなたたちが提示してくださる価格はとても良心的よ。うちとしても在庫を抱え込まずに済むから、お互いにとって良い取引ができていると思うけれど。

エリオ

それは、そうなんだが。しかし、今回は……仕入れさせてもらうブドウの数が……

ルピナ

多すぎた? そちらでも余らせてしまうかしら?

エリオ

いや、うちの生産ラインとしては、多ければ多いほど助かるんだ。ただ、これだけ渡してもらうと、そちらのワイナリーでは今後ワインが作れないんじゃないかと思ってね。

ルピナ

……

気付いちゃった?

エリオ

……ルピナさん……

ルピナ

私たち……ヴェルディ醸造所は、少し前ゴールデン・プレーンから声をかけられたの。

ワイナリーを買収したい、ってね。提示されたのは……とてもじゃないけど断れないような金額だったわ。

何と言っても、うちはずっと厳しい状況が続いているから……みんな、頑張って売り出そうとしてくれてはいるけれどね。

少なくともゴールデン・プレーンの人から声がかかるってことは、うちのワイナリーの設備とブドウ園にはまだ価値があるということでしょう。それなら、私からすれば悪くない話だと思うの。

サルッツォ酒造さんとは、これまで本当に良いお付き合いをさせてもらって感謝しているわ。エリオさん、今までありがとう。

エリオ

……

だが……ワイナリーのみんなは納得しているのかい? ダヴィデはなんと? ニコロは? 彼も賛成なのか?

ルピナ

……みんなのことは、私が説得するわ。

エリオ

……


???

俺は反対だぞ、ルピナ! ヴェルディを――俺たちのワイナリーをカジミエーシュの連中に売るなんて!

ルピナ

落ち着いて、ニコロ。座って、何か食べたり飲んだりしながらゆっくり話しましょう。

ニコロ

これは……

ルピナ

そう、うちの看板商品。サンジョヴェーゼを使ったあのワインよ。あなたにとっても見慣れたラベルでしょう?

ニコロ

……ああ。このラベルは……ほかでもないお前の祖父さん、ヴェルディさんが描いたものだったな。

あの人がこのワインを完成させた当時、ワイナリーのブドウは全部俺が世話をしてたんだぞ!

ブドウの枝を一本一本、この手で剪定してな。冬場ははさみが通りづらいし、力も入らないってのに、冬の間ずっと外で作業してたもんだから、本当に大変だったよ。

だが、あのブドウの木は、俺たちの歳を足した数より長生きしてるんだと思えば、手をかけるだけの価値はあるってもんだ。

ルピナ

今のカジミエーシュでは、全部機械で剪定をしているそうよ。おかげで、ブドウ園一つの剪定に一日もかからないんですって。

ニコロ

あんなのは「剪定」じゃない。あのバカげた機械は、枝を乱暴に引きちぎってるだけだ。短期的には作業効率が上がって見えるだろうが、あんなやり方じゃブドウの木が長生きできん。

あの連中は、ブドウの枝の生え方に合わせて剪定することすら知らない。そのせいで、果実により多くの日光を当て、味の品質を守ることができんのだ……

お前もそうだが、最近の若いもんは、シラクーザの伝統の技を理解してもいなければ、それを学ぼうともせん。

シラクーザのうまい酒が独特の魅力を持っているのは、ワイナリーが持つブドウの一本一本が、この土地に根付いたファミリー、あるいは一つ一つの家族と同じく、長い歴史を持っているからこそだ。

はぁ……ブドウの手入れは、家族の世話をするのと同じことだというのに。少なくとも、お前の祖父さんにとってはそうだった。

ルピナ

ニコロ……

ニコロ

考えてもみてくれ、ルパ。うちのブドウはどれも、お前の祖父さんよりも長く生きている木から摘み取ったものなんだぞ。

それに、ずっと昔からここで働いている俺たちも、ブドウを摘み、樽を運び、ワインを造って、これまでの一生を過ごしてきたんだ。

俺の息子は俺の技を継いだし、孫娘だってワインを売るのを手伝ってくれている。

それなのに、ワイナリーが売られてしまったら、俺たちはどうすればいいんだ?

ルピナ

みんなの今後についても、色々と考えるわ。せっかくの技術を無駄にさせないようにね。

ニコロ

俺は……はぁ。ルパよ、ワイナリーが売られたら、ここで働いている連中は散り散りになる。そうなったら、この大きな「家族」はどうなると思う?

ルピナ

私は、このヌオバ・ウォルシーニで苦しみながら生き延びるより、面目を保ってここで終わるほうがいいと思ってるの。この場所にまだ価値があるうちに、円満にお別れしたいのよ。

補償金については、契約書通りに支払うから安心して。

ニコロ

お前ときたら……俺は補償金のことなんか気にしてない!

確かにお前は、子供の頃からワイナリーの経営には興味がないようだったが、ここはヴェルディさんが心血を注いで築いた場所なんだぞ。孫娘として、未練は少しもないのか?

ルピナ

おじいちゃんも、ワイナリーが潰れるのは望まないはずよ。それなら、良い引き取り手が見つかる分には、悪い話じゃないでしょう。この新しい都市にいるからには、新しい秩序を受け入れるべきよ。

老齢の従業員は言葉を止めた。

そして最後に、ポケットから招待状を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。

ルピナ

これは……

ニコロ

来週は、俺の孫娘……ベッティーナの十歳の誕生日だ。シラクーザの昔ながらのやり方で祝うつもりでいる。

ルピナ

あら、あの子もそんなに大きくなったのね。じゃあ、必ず――

ニコロ

もう行くよ。ではな。


静かな路地に、目立たない一軒の家がある。

ルピナがそこに着いた時には、すでに遅い時間になっていた。

それでも、扉を開けると、暖かな明かりが彼女を迎え入れる。

ルピナ

やっぱりここにいたのね。

ディミトリ

ここは俺のプライベートバーだからな。用がなければ、大抵は居るさ。

いつものやつだろ? 「トラモント」のオレンジジュース多め、シロップは控えめで、氷は六つ、だな。

ルピナ

てっきり、あなたは忙しくしてるものとばかり思ってたわ。

数日後には、カジミエーシュ人が主催する例のワインコンクールがあるはずでしょう。ゴールデン・プレーンが、地元のワイナリーすべてに招待状を送っていたもの。

うちは参加を見送ったけれど、あなたのところは参加するんでしょう?

主催が誰であれ、メディア露出の機会になるし、宣伝にはなるものね。

ディミトリ

ああ、良い機会なのは確かだな。

だが、もう準備は済ませたし、この先のことは俺が直接取り仕切る必要もない。

ルピナ

――だからここに隠れてのんびりカクテルを作ってるってわけね。

ディミトリ

ちょっとした趣味だからな。あんたもそうだろう?

ワイナリーの跡継ぎさん、そっちの隅にあるドラムの調整を頼んでいいか?

ルピナは立ち上がり、ドラムスローンに腰を下ろした。そうしてライドシンバルとバスドラムを軽く叩けば、軽快な音が響く。

彼女はペダルを踏みこんで、手にしたスティックでリズミカルにドラムとシンバルを叩く。

ルピナ

「私が戦地で死んだなら、フローリンを一枚払い、埋めておくれ。母の嘆きを酒の代わりに、私の墓前に供えておくれ……」

ディミトリ

シラクーザの子供ならみんな歌えるあの歌を、ヌオバ・ウォルシーニに持ってきたわけか。

ルピナ

ええ、アレンジしてるけどね。元のメロディーは悲しすぎて、この場所には合わないもの。

この街は、カジミエーシュから来たお酒の、楽しそうな広告で溢れてるでしょう。それなら私たちは、空気の読めるシラクーザ人でいないと。

ディミトリ

いつも空気を読み続ける必要もないと思うがな。

ルピナ

……

エリオさんから聞いたのね。うちのワイナリーのこと。

ディミトリ

あんたが俺のところへ来たのも、その件だろう?

ルピナ

……

ディミトリ

で、これからどうするつもりなんだ?

ルピナ

買収の合意書には、もうサインしてあるの。明日にはゴールデン・プレーンの人が、うちの資産を点検しに来るわ。

父が会社を継いだ時点で、従業員はほとんど残っていなかったし、これ以上無理に続けても意味はないでしょう。

伝統的な醸造法には、時間も人手もかかるから……去年父からワイナリーを任された時には、もう完全に赤字になってたの。

ディミトリ

少し残念ではあるが。もう決めたのなら――俺に何か手伝えることはあるか?

ルピナ

……

ディミトリ

あんたが迷うなんて珍しいな。

ルピナ

……うちのワイナリーに、残っている従業員は……みんな経験豊富だし、腕利きよ。だから、ほかのワイナリーに行っても十分活躍できるでしょう。

ワイナリーを十数軒抱えているサルッツォ酒造なら……そういう人手が必要な場所も、どこかにあるんじゃないかしら。

もちろん、無理やり押し付けるつもりはないわよ。

それに、シラクーザのファミリーの掟も、理解しているわ。こんなことを頼めば、あなたに大きな借りを作ることになるでしょう。だけど私には、返せるものなんてない……

だから、審査をしてもらって構わないわ。そのうえで、できることなら仕事を与えてくれたら……

ディミトリ

そう緊張するなって。

自分の家族の面倒を見たいと思うのは当然のことだ。それに、うちの酒造も実際人手不足だしな。

ルピナ

……ありがとう。

ディミトリ

従業員のことはそれでひとまず大丈夫だとして、あんた自身はこの先どうするんだ?

ルピナ

私は……音楽の夢でも追おうかしら?

正直、私のドラムの腕前は、経営の腕よりずっと良いでしょう?

彼女はわざと何でもないようにそう言うと、ドラムを打ち鳴らしてみせた。

その音は、小さなプライベートバーの中にのみ響いて、外に漏れ出すことはなかった。


ニコロ

……ああ……どうしてこんなことに……

誰だ? ……エリオか? どうしてここに? もう仕事なんて……

エリオ

手伝うよ。


ルピナ

静かね……耳鳴りまで聞こえてくるくらいだわ。

昔はあんなに賑やかだったのにね……みんなの足音や、樽を転がす音、金属やガラスがカチャカチャぶつかる音、それに、ブドウが発酵して泡が弾けて、しゅわしゅわ言ってる音も聞こえて……

なのに、今は……

ここにはもう、静寂しか残っていない。

ルピナはゆっくりと倉庫を、ワインセラーを、そして製造工場を通り過ぎていった。

恐らくこれが最後の点検になることを、彼女はわかっていた。

古びた旧式の設備に、その手が触れる。そうして、長い年月の積み重ねの中でできた痕跡をなぞって――

すると、圧搾機のハンドルが外れて落ちた。

ルピナ

!?

そんな……もうゴールデン・プレーンの経理の人が来ちゃうのに、どうして今なの!?

これだから古い設備は……ああ、早く直さないと――

このくらい、電球みたいに回せば元通りに――うそ、どうして動かないの?

???

ルピナさん……

ルピナ

ダヴィデ……! ちょうどよかったわ、これをどうにかしてくれない? すぐに直さないと間に合わないの。

ダヴィデ

……

これは無理だな……ネジ山が完全に削れてしまってる。こうなると元には戻せないよ。

ルピナ

……

ダヴィデ

実は、君に報告することがあって探していたんだ。さっき点検をしていたら、ろ過設備の油圧シリンダーに異常が見つかってね。

内部に亀裂が入っていて、油圧が維持できなくなっているんだ。

ルピナ

……

ニコロ

ルパ、カジミエーシュの奴が来たぞ。

ルピナ

……


経理

これはまた、大変クラシカルなワイナリーですね。樽に刻まれた狼の頭は実に見事なものですし、ワインセラーのレンガにすら、趣深い絵が描かれているとは。

ルピナ

これは……祖父が昔描いたものなの。

経理

でしたら、ご家族が残された絵については、どうなさいますか? 取り外してお返ししましょうか、あるいはそちらも一括で買い取らせていただきましょうか?

ルピナ

取り外してくれるの?

経理

はい。おじい様の遺作とのことですから、お手元に残したいというご意向があれば、専門の修復技師を派遣して、角一つ欠けさせずにレンガを取り外させましょう。

ルピナ

そう、だったらぜひお願いしたいわ。

経理

ただ、技師の派遣費用はそちらにご負担いただきますが、よろしいですか?

ルピナ

そうよね……わかったわ。費用は払うから、このレンガは必ず完全な状態で取り外してちょうだい。

経理

かしこまりました。では、次の項目を確認いたしましょう。

ルピナ

……ええ。

経理

除梗破砕機に発酵槽、圧搾機、温度管理装置、ろ過装置と……非常に設備の整ったワイナリーですね。

ルピナ

ええ。祖父の代に設備を一新して、当時流行していたものを大量に導入したそうだから。どれも……頑丈で長く使える物ばかりよ。

経理

おじい様がですか? となると、かなりの年代物ですね。

ルピナ

でもまだ十分使えるわよ。見てちょうだい、この除梗破砕機を。

この機械は、ブドウの果肉をほとんど傷つけずに余計な部分を取り除けるの。そのうえ祖父が改造を加えて、幅の広いローラーに取り換えたおかげで、生産能力も――

経理

ルピナさん、こちらの除梗破砕機ですが、接続部のシールリングの形状に問題があるように見受けられます。

私は専門の査定員ではありませんが、シールリングは通常、外側に露出することはなかったかと。

ルピナ

……

経理

加えて、温度管理装置ですが……通りかかった際に表示温度を拝見しましたところ、醸造に適した温度にはなっていないようです。

ルピナ

……

確かに……設備は少し古いけれど。

うちの従業員が定期的にメンテナンスしているし、必要なパーツも常にストックがあるから、すぐに修理できるわ。

引き渡しには影響させないから。

経理

なるほど、それを心配なさっていたのですね。

大丈夫ですよ。最初から、設備は査定内容に含まれておりませんので。

ルピナ

……

経理

シラクーザの従来設備では、我々の生産ラインに合いませんし、効率も悪いですから、もともと引き取る予定はございませんでした。どうぞ、ご自由に処分なさってください。

ルピナ

……

経理

それと、先ほど倉庫で見せていただいた熟成用のオーク樽ですが――

率直に申し上げますと、ああいった手作りのオーク樽では、保管中に不純物が混入する可能性がありますので、大量生産を行う際の品質管理には不向きです。

ルピナ

そちらでは、オーク樽を使わないの?

経理

我々はステンレス製のタンクを使用しています。より密閉性が高いですし、温度管理も容易ですから。

ルピナ

そんなことをしたら、風味が失われて――

ああ、今の言い方、我ながらおじいちゃんにそっくりだわ。

経理

そういったことは、当社の検査員が考えるべきことですので、そちら様にはただ、提示された買取価格がご期待にそうものかどうかをご判断いただけたらと思います。

無論、ご心配には及びませんよ。

我々が評価しているのはこのワイナリーの土地そのものですので、必ず相応の価格をご提示いたしましょう。

こちらは価値ある土地を手に入れ、そちらは高額の対価を得られるとなれば、双方にとって利益のある取引になると存じます。

ルピナ

……

経理

では、本日の査定結果については早急に整理しまして、その後は弊社の法務担当より、契約締結についてご連絡いたします。

ご質問があれば、今後は彼女にお問合せください。

ルピナ

……帰る前に、一杯いかが?

経理

ですが、ヴェルディ醸造所の在庫は、弊社が先月すべて買い取ったはずですよね。従業員への賃金支払いのため、資金繰りを急いでおられたと聞きましたが。

ルピナ

……

経理

では、お見送りは不要ですので、ここで失礼いたします。

ブリーフケースを抱えたカジミエーシュ人はワイナリーを出ると、やや寂れたブドウ園を一瞥してから、外で待機していた黒い車に乗り込んだ。

エンジン音が遠くに消えてしばらく経ってから、ルピナはようやく我に返った。

ルピナ

あんな一瞬で話が終わるだなんて。おじいちゃんのワイナリーが、こんなにあっけなく……

ニコロ

……あの連中も……もう少し、俺たちの伝統や設備に目を向けてくれるものとばかり思っていたんだがな……

ルピナ

ニコロ。

ニコロ

すまない。圧搾機も除梗破砕機も、温度管理装置も、ろ過装置も――

全部、俺が壊したんだ。

ルピナ

わかってる。責めるつもりはないわ。

だけど、何年もここで働いていたあなたなら、設備を何個か壊したくらいじゃ、買収の話が白紙に戻ることはないってわかってたわよね。

ニコロ

……俺はただ……

ルピナ

せめて、設備だけでも残しておきたかったとか?

ニコロ

実は、エリオの奴が……ワイナリーの配管にも……

ルピナ

そんなところにまで細工をしたの?

ニコロ

俺は止めようと思ったんだが……

ルピナ

あなたたちの怒りは理解できるわ……それに、あの経理が気付かなかったからには、わざわざ報告する必要もないでしょう。

ニコロ

……ルパ……

ルピナ

自分に商才がないことくらい、よくわかってるわ。だけど、人を見る目にだけは自信があるの。

あなたがおじいちゃんと一緒にワイナリーを切り盛りしてくれていた頃、うちの飲んだくれの父親はまだ生まれてもいなかった。

昔……おじいちゃんはあの圧搾機についた樽の横に私を立たせて、身長を測ってくれたわ。今でも、あの樽にはその時の線が、何本も残ってるの。

だから、壊れちゃったなら売らずに済むし、むしろ良かったわ。

ニコロ

……ヴェルディ醸造所は俺のすべてだった。俺は、ヴェルディさんが仕上げたワインを、そして、このシラクーザで何度も危機を乗り越えてきたその過程を、ずっと見届けて来た。

孫娘の代にも、その次の世代にもそれを受け継いで……新しいワインの誕生を見守り続けられるものとばかり思っていたが、まさかこんな終わりになるとはな。

ルピナ

古いやり方では守り切れないのなら、こういう終わりが一番マシなのかもね。

なにか……償いに、できることはあるかしら?

ニコロ

うちの息子が……お前にも、娘の誕生日パーティーに来てほしいと言っている。

シラクーザの古い伝統通りに、あの子の生まれ年のワインを持ってな。

ルピナ

でも――

ニコロ

それと、ここを引き渡しちまう前に、このワイナリーの姿をよく目に焼き付けておいてくれ。


ルピナ

「ヴェルディの跡継ぎ様へ。悪いが一度俺のプライベートバーに来てくれ。飲みたいものがあれば、勝手に作って飲んでいい。」……

こんな風に呼びつけておいて、本人不在とはね。

それも、死人が出たのが原因で、家を出られないって……はぁ。

客にカクテルを作らせようとするなんて、まったく、とんでもないバーテンね。

思えば、カクテルを作るのは久しぶりだわ。おじいちゃんは……あの時、なんて言ってたかしら?


醸造というのは、ゆっくりと進むものだ。樽の中に澱が沈むのを待つ時間は、一つの家族を築いていく過程のようなものさ。そうして時間をかけて独特の風味を熟成させていくんだ。

とはいえ、カクテル作りは、違う風味の酒や果汁を混ぜ合わせ、それを必要とする誰かに味わってもらうものだから、また話が変わってくる。

お前はまだ飲んではいかんぞ。酒を飲むには早すぎるからな。

ルパ、聞いているのか?

それは絵筆だぞ。ドラムスティックじゃない。ああ、まだ描き終わっていないのに……

あともう少し描いたら持って行って構わんから、待ちなさい。ほら、これが私たちのブドウ園。この大きな狼はおじいちゃんで、小さいのがお前だ。

お前も少し描いてみるか?

これは……ドラムスティックか? わかったわかった、ルパは我が道を行ってるな。

将来はミュージシャンになって、テラで一番ノッてる曲を叩きたいって? それなら、おじいちゃんはテラで一番すごい画家になるぞ! はははっ!

いいや、怒ってなんかないさ。おじいちゃんは今も、こうして絵を描いているだろう? ボトルにこうして――

そうだ、暖かくなったら、一緒にワインセラーに行って壁に絵を描いてみようか。ずっとそうしてみたかったんだが、構想だけで何年もかかってしまってな。

ルパ、おじいちゃんはお前にワイナリーを継いでほしいと願うとともに、ミュージシャンになるという自由をも持っていてほしいと思っている。

家族というのは、夢を諦めねばならない場所ではないのだから。


ルピナ

ごめんね、おじいちゃん。結局はこうなっちゃったわ。

今年のボトルは、一本も手元に残せなかったし。

はぁ、気分転換に少しドラムでも叩こうかしら。

彼女は楽器へと歩み寄った。

いつも座っているドラムスローンの上には、丁寧にラッピングされた箱が置かれていた。彼女はスティックを置き、リボンを解き、箱を開ける。すると、一本のワインが視界に飛び込んできた。

ラベルにはブドウの枝と、大きな狼、そして小さな狼の頭が描かれている。そして、小さな狼の耳元には、拙いタッチで描かれたドラムスティックが二本。

ラベルの文字は――「ヴェルディ1092」。

彼女はボトルの表面を撫でると、それをそっと箱の中へと戻して、スティックを手に取った。そうして、バーの中に歌声が響く。

ルピナ

「私が戦地で死んだなら、フローリンを一枚払い、埋めておくれ。母の嘆きを酒の代わりに、私の墓前に供えておくれ……」