理想都市-エンドレスカーニバル- IC-ST-2・幕間
失楽園
数日後
スディチは今日も、広場のステージでせっせと働いていた。
都市の遺影をより美しいものにすることは、地上に向かうことと同様に、全住民による監督が必要な行為だ。
中でもドームは都市の顔として当然、最優先対象となる。
だからこそ、広場の誰もが見えるステージでデザインの作業をする必要があるのだ。
エッジはこれを、「時間の節約」だと表現している。
クソじじいめ、ただ単にこの方が面白いだけだろ。
ステージ下で得意げな顔をするエッジを見て、スディチはそう叫んでやりたいくらいには苛立っていた。
だが実際、彼は自身の予想以上にこの状況に適応しつつあった。
通りかかった者の質問に受け答えする時、聞きたくなくても他人の意見が耳に入ってきた時、自分のこだわりのために他人と口論する時でさえ――
彼は想像していたほどストレスを感じることはなかった。
ニタニタと笑っているエッジを恨めしく思いつつも、ステージでの作業を求めたエッジの意図は理解していた。自分に話しかけてくる周りの者たちの考えも。
周囲の者も、彼が何を考えているかわかっていた。
この小僧ときたら、最近は喧嘩してばかりではないか。
ちょっと意見をされれば長々と言い争うのだからな。
だが、出来つつあるものには確かに文句のつけようがない。
ふむ……ヴィンチよ、お前が今どこで何をしているかは知らんが、安心してよさそうだぞ。
おっと、そうだ。
スディチ!
何だよ、オレは忙しいんだ!
前にドームの点検を行った時、その先端で手紙を見つけた者がいたのだよ。
手紙?
そうだよ、君宛ての手紙だったんだ。
まさか……!?
キャッチ、ごめんね。
ん?
もし私もあなたのようにできたら……
みんなそれぞれ性格が違うんだ、君の考えも理解できるよ。
ただ言えるのは、もし僕がもっと早く気付いていれば、少し違う結果になっていただろうってことさ。
今からでも戻って構わないんじゃないかしら。
大丈夫だよ。気にしないで。
はぁ、なんだか君に悪いことしちゃったね、キャッチくん。
いいんだって、エリジウム兄さん。あの時くれたアドバイスには、ほんとに感謝してるんだから。
確かに最初はスディチを刺激するために決断したことだけど、ヴィンチ先生を探したいのも僕の本音なんだ。
他のことはともかく、スディチの今の様子を伝えてあげれば、先生もきっと喜ぶだろうから。
まったく君って奴は、何て言えばいいのやら。
ところで僕が思うに、そのヴィンチ先生が、弟子のことをそれほど気にかけているなら、彼は地上へ行って鉱石病を治す方法を探しているかもよ。
僕も地上に戻ったら、彼の消息を何とかして探してみるよ。
ハハッ、もしかしたら彼の方が先にロドスを見つけてくれるかもしれないね。
ああ、そうだといいね!
僕の言いたいこと、わかるよね?
わかるよ。僕たちはきっとまた会える。
ゼルウェルツァ再建の時には、僕も力になりたいと思ってるし。
その時は、絶対にスディチと一緒に、すごいデザインを考え出してみせるよ。
例えば僕の彫像とか?
それは――多分無理かな。
ちぇ、残念!
オラやる気出せぇ! 今日のオレたちの仕事は、この洞窟を完全に貫通させることだ!
聞こえたか、ヨギ!
おう、兄貴!
ふぁ~……ちょっとヨタ、何もこんなに早くから仕事することはないんじゃないの?
何言ってんだ、イナム。
こいつはガヴィルがオレたちに与えた仕事なんだぜ。
あいつはオレの命を救ってくれたんだ。今すぐ地底まで掘り進んで会いたいくらいなんだ。あいつが元気にやってるか見てぇんだよ。
あんたが死んだって、あいつは死なないわよ。
ハハハ、そりゃそうだ!
そうだ、明日パーディシャーに会いに行くつもりよ。首長の件を話すの。
だから、明日からズゥママがあんたたちのボスよ。何かあったら彼女を頼って。わかった?
オレも一緒に行こうか?
パーディシャーはどいつもこいつもロクなもんじゃねぇって言ってたろ?
あんたね……ついてきたところで痛い目に遭うだけよ。
安心なさい。私だって、今まで伊達にトランスポーターやってたわけじゃないわ。
それじゃあズゥママ、ここはあんたに任せたわよ。
安心してくれ。
アイアンハイドの特殊装備、「マウンテンドリルアックスMKⅢ」も装備したからな。
これで、作業効率は約三倍になる。
ここは私一人に任せて構わない。
……時々、ガヴィルよりあんたの方が恐ろしいと思うわ。
そういえばアヴドーチャ、あなた地上に行った後はどうするつもりなの?
何のことですの?
わらわがあのようなことを口にしたからには、地上で暮らしていくつもりがあるのではないかとお思いですの?
ゼルウェルツァが再建されたら、わらわも戻りますわ。
何か問題でもおありかしら?
うーん……実は、前にイナムとこんな話をしたのを思い出したんだよね。
将来的に私が地上へ行くことになったら、彼女と商売をするつもりなんだけど、そこでロドスっていう場所を紹介してくれたんだよ。
でも私、地上のことはあんまりよくわからないでしょ? それで、アヴドーチャが私の代わりにやり取りして、私はそれを見ながら学ぶことにするよって言っちゃったんだよね。
つまり……
貴方、わらわのことを売りましたの?
ごめんって! でも、真剣に地上でビジネスをやってみたいんだ。力になって、アヴドーチャ!
クロッケ・ダイアモンドフェース!!!! あれほどお酒は飲むなと言いましたのに!
ホントごめんなさーい!
ふぅ、この柱はここに置きゃいいんだな。
まさか広場まで修繕することになるなんてな……ドゥリン人はマジで徹底してるぜ。
ガヴィル。
ん?
お前さん、自分が今まさに歴史を創造しておるということに気付かぬか?
そうなのか?
地下で永きにわたり生活する間、地上の者とこれほど大規模な交流を行ったドゥリン人はおらん。
お前さんの決定と影響のもと、一都市分という規模の人口が一度に地上に移るのじゃぞ。
アカフラは、この大地で最初にドゥリンの都市やドゥリン人と親交を結んだ地域となるのじゃ。
未来の者たちが過去を振り返った時、これがお前さんの単なる思いつきで始まったなどとは思いもよるまいな。
そう言われりゃ、確かにそうかもしれねぇな。
だけどそりゃ別に悪いことじゃねぇだろ?
ハハハ、もちろん悪いことなどではないわい。
わしが言いたいのはだな──歴史とはまさにそういうものだということじゃよ、ガヴィル。
ドゥリンが地下に生活基盤を築くようになったのも、ただの偶然かもしれぬ。それと同様にな。
アカフラの伝統がお前さんにたやすく壊されたように、歴史とはさほど畏怖すべきものではないと証明しておるかもしれん。
そいつはどうだろうな。アタシは、歴史をわかる奴らはみんなすげえと思うけどな。
例えば、ケルシー先生なんかはめちゃくちゃ詳しいし。
ケルシー? うむ……数少ないやり取りからわしが感じた印象によれば、彼女はこの大地で、最も歴史を軽蔑している人物であるのかもしれぬ。
そうか?
もちろん、彼女の軽蔑は深い理解に由来する、いかんともしがたい感情なのかもしれぬがな。
まあよい、これはまた別の話じゃ。
ズゥママが言っておったんじゃが、お前さんもこの選択をするかどうか迷ったそうだのぅ。しかし、それでもお前さんは自らの信念を貫いた……そして、これからも貫き通す、そうなんじゃろ?
そうだ。だってズゥママたちが言ってたからな。あいつらがアタシを支えるって。
そんで、じいさんもアタシたちとずっと一緒にいるんだろ?
ほう、わしのような老いぼれまで見逃さんのか。ガヴィル、お前さんという奴はまったく欲張りじゃのう。
当然じゃ。ズゥママと一緒に機械いじりをする日々は、非常に充実しておるからな。
お前さんにわかるかのう、長生きし過ぎると目標を見つけるのが難しくなるんじゃよ。
わかんねぇな。
わからずともよいよい。わしはお前さんのそういうところが好きなんじゃ、ガヴィル。
前へ進むがよい。一体どこまでその歩みを進められるのか、わしも興味があるからのう。
そんで、じいさんはなんでズゥママのとこにいねぇで、アタシとここでくっちゃべってんだ?
それはもちろん――あやつに追い出されたからじゃ!
ドゥリンたちが作ったメカたちはビッグ・アグリーほど可愛くないと言ったら、怒ってしまいおったんじゃ。
はぁ……あやつがそこまで新しい友人の味方をするというのなら、わしにだって考えがあるぞい! ぷんぷんじゃ!
あっそ。
うおっ! トミミ、感じたか?
はい、揺れてますね。
昇降機で上がってきたってのに、それでもまだ感じるとは。
相当でけぇなこりゃ。
ですが、ゼルウェルツァの住民の皆さんは全員地上へ行けました。一人残らずですよ!
ああ、みんなよくやってくれたな。
ふぅ……
大丈夫か? 無理すんなっつったのに、最後まで残るとか言い張りやがって。
都市の崩壊から一体どんなインスピレーションが得られるんだか。
貴方に言ってもわかりませんわ。
あれが都市の最後の瞬間……実に感慨深いですわ。
……師匠、確かにこれはオレにとって難しい課題だけど……できる限りやってみます……
こいつ、寝言言ってやがるぞ。夢でも見てんのか。
スディチさん……どうやらお疲れみたいですね。
仕方ねぇ。ここしばらくはマジで大変な日々だったからな。
結局、こいつは本当にデザインを描き上げただけでなく、毎日現場に行って、最後まで工事を見届けたんだ。
こいつにこんなに責任感があるとは、ちょっと前の姿からは想像もできねぇよな。
はい、私もスディチさんを少し見直しました!
よっしゃ、行くか。
アタシたちが最後だ。みんなが待ってるぜ。
はい!
どうしてガヴィルはまだ出てこねぇんだ? 何かあったんじゃねぇだろうな!?
縁起でもねぇこと言うな!
来たぞ。
アヴドーチャはまだ来ないの? 早く滝で遊びたいのに。
先に行けばいいじゃないの。
それはダメだよ。こういうのって何て言うんだっけ……そうだ! 歴史的な一幕でしょ!
洞窟の入口を、ドゥリンとティアカウたちが取り囲んでいる。
彼らは昇降機に乗る最後の数名を待っていた。
ガヴィルがいつも通りの笑みを浮かべ、スディチを抱えて現れた。
彼女は右手を上げ、喜ぶ人々に挨拶をした。
今日は嬉しい日だ。お前ら、湖へ行って思いっきり遊ぼうぜ!
彼女がそう言うと、群衆からは熱烈な歓声が沸き起こった。
今日のアカフラは、いつにも増して賑やかだ。
そしてこれからは、もっと賑やかになるだろう。