シラクザーノ IS-3・戦闘前
衆矢の的
わーお、このドレスすっごく綺麗だね。
せやなあ、ソラが着たら似合いそうや。
こんなことならあたしも役者やるって言っとけばよかったよ。
エクシアはんには無理やって。演技っちゅーもんをまるでわかってないからな。
でも、素のあたしとして出ることはできるっしょ。
シラクーザにはあんたはんみたいなサンクタおらへんて!
それがいるんだな~。聞いた話じゃ、あのミズ・シチリアのそばには――
ん?
サリーさん、うちのボスがあなたをディナーに招待したいと。
そんな……ですが……
どけ。サリーさんは劇場へ行くとこなんだよ。
うちのボスが今すぐ会いてえっつってんだ、劇場なんかあとで行っても同じだろ。
ええとその、監督のところへ行かないと……
監督ねえ。前なら顔を立ててやってたが、今となっちゃ……
あの、どうか……
いつまで奴らに気ぃ遣ってるつもりだ?
ボスが会いたいって言ってんだぞ、名誉なことだろうが。痛い目に遭いたくなきゃさっさとついてこい。
待てよ、ボスはそこまで言ってなかっただろ……
まだ兄貴の考えがわかんねえのか? これまでの俺たちはベッローネにビビってたが……
今じゃ奴らは落ち目になって、有力マフィアたちも椅子取りゲームを始めてる。俺たちにとってみりゃこれはチャンスなんだよ!
確かにそうだな。お前ら、この目障りな連中をやっちまえ!
チッ、サリーさんを守れ!
エクシアはん、どうしよ……って、どこ行ったん?
先に飛び出して行っちゃったよ! あたしたちも行こう!
っぐ……
フンッ、この程度で用心棒なんかやってるとはな。
……うう……
サリーさん、こっちへ。
わ、わかりました……
――えっ!? あなたたちは……
ッ、誰だ!?
ついてきて。
チッ、追え!
邪魔すんじゃねえ!
さ、行くで!
サリーって呼ばれてたよね。キミ、大丈夫?
あなたたち……
とんでもないことしてくれたわね……!
私を助けたつもりでしょうけど、とんだ迷惑よ! あいつらは絶対報復してくるわ!
じゃあ、どうするつもりだったの?
……どうもしないわ。我慢するだけ。
え? でも、それじゃ怪我しちゃうでしょ……
それでも……怪我だけで済むわ。
あの人たちは本気で私を取り合ってたわけじゃなくて、喧嘩の種を探してたんだもの。
でも、あんなことになったらせめて助けくらいは呼ばないと。
無理よ。マフィア同士の争いだから、誰も助けになんてきてくれないわ。
あのラヴィニアさんって裁判官は? すっごくいい人そうだけど。
……確かに、ラヴィニアさんは数少ない素晴らしい裁判官だけど、この手のことに関してはあの人にできることなんて何もないの。
それに、私がこの公園から生きて出られなかったら……マフィアたちの小競り合いに巻き込まれて私がいなくなったことに、一体誰が気付いてくれると思う?
だから……我慢を選ぶんですか?
それ以外の方法なんて知らないわ。私たちはずっとそうやって生きてきたんだもの。
何とか隠れて、決着がつくのを待って、勝ったほうについてその場を逃れる……そうするしかないのよ。
そんな……
……
はぁ……ごめんなさいね。あなたたちを本気で責めるつもりはないのよ。それどころか、正直さっきは誰かに守ってもらう感覚を生まれて初めて味わったわ。
あのマフィアたちも特別すごいファミリーじゃないから、きっと監督が丸く収めてくれるでしょうしね。
でも、忠告だけはしておきましょう。シラクーザで暮らすつもりならこういうことはやめたほうがいいわよ。
特にこれからの時期はね……
これからって、何かあるの?
建設部長のカラチさんが亡くなったってニュース、見てないの?
見たで。なんでも、暗殺されたっちゅー話やんな。
気の毒だね……
あなたたち、やっぱりいい人そうだから、もう少しちゃんと教えておくわね。
私は普段からマフィアたちの相手をしないといけない分、あの人たちから色々聞いてるの。
カラチさんを殺した犯人はまだ捕まってないらしいわよ。それに、彼の殺害と同時にベッローネの若旦那も襲撃を受けていたんですって。
え? ベッローネですか!?
そう。彼らはマフィアたちのトップに立ったも同然の状況だったんだけど、今回の件はどう見ても前々からベッローネを標的に計画されていたものだって聞いたわ。
おかげで、とっくに諦めてた多くのファミリーまで、今になってまた動き始めてるって話よ。
「テキサス」って名前が話題に上ったりしませんでしたか?
テキサス? シラクーザでその名前を知らない人なんていないけど……
そういえば、最後のテキサスがどうとか言ってたような……
本当ですか!
こんなデタラメに食いつくなんて、変わってるわね。テキサスファミリーに生き残りがいるわけないじゃない。
でも……ううん、そうですね。あなたの言う通りです。
とにかく、あなたも知ってるかもしれないけれど、私たちの劇団は監督のツテでベッローネとのコネクションがあるの。
そのおかげで、さっきの人たちも前は監督の顔を立てていたのに、今は……
あなたたちも見た通りよ。
シラクーザのマフィアってみんなここまでやりたい放題なの?
……今から言うことを覚えておいてね。
シラクーザで生きていくのなら、マフィアの一員になるか、彼らからできるだけ離れるかしておきなさい。
……そして後者を選ぶなら、離れていれば面倒は起こらないと自分に言い聞かせて過ごすのよ。
それじゃ、私は劇場に戻るわ。
はい。
きゃああああっ!?
今度は何!?
こ、ここに……縛られてる人が!
全部上手くいってりゃ、そろそろあの可哀想な野郎が見つかってる頃だ。
しっかし、わかんねえな。あの時わざわざ生かしといた奴を、なんで今になってほっぽり出さなきゃならねえんだ? 特別な理由でもあんのかねえ。
ま、つまりあの胡散臭いバーテンは、このタイミングで奴を見つけさせたいと思ってるってこったろ。
普通に考えりゃ、誰かを嵌めるのが目的だろうが……
チッ、ほんと陰険な野郎だ。
最後に勝つのがあいつだったら、その「陰険」って評価は「抜かりない」に早変わりだな。
けっ、くだらねえ。
……ハハッ。
何笑ってんだ?
ちょっと思い出しただけさ。昔、俺らがまだガキだった頃にもよくこんなふうに喧嘩したなって。
あれから何年も経って紆余曲折経た末に、結局今もお前とつるんで必死こいてるとはねえ。
運命ってのは本当にわからんな。
……フッ、まったくだ。
龍門であんなことが起きるとは思わなかったしな。
まさかそれが、最後にはシラクーザに戻ることになるとは……
ガンビーノ、もしもの話だが、ラップランドが本当に俺たちを放っといて好きなようにさせてくれるとしたら……
お前はシラクーザに残る気でいるのか?
なんだ、まだ龍門が恋しいってか?
はあ、やめだやめだ。お前に聞いた俺がバカだった。
けどよ、現実的な話、雇い主を変える気はないのか?
ニュースを見たんだが、俺らが昨日仕留めようとしてたあいつ、あのベッローネの若旦那らしいぜ。それに、こっちの襲撃と同時にかなりの大物が殺されたって話もある。
どう考えても、俺たちはどっかのファミリーに便利な道具として使われてる状況だぞ。
だったらそうなってやりゃいいだけの話だ。
俺からすりゃ、ショボい真似するよかそのほうがマシだしな。
そうだねえ。シラクーザに戻るなり、十二家の一つベッローネの跡継ぎ暗殺に加わるなんて、キミたちも立派になったなあ。
……楽しい時間はお終いだな。
……よう、ラップランド。
わあ、美味しそうなもの食べてるね。
……食いてえなら自分で買え。
ひどいなあ、上司に対してその態度?
で、あんたは今まで何してたんだ?
久しぶりに家族との時間を過ごそうと思って、実家に帰ってただけだよ。
いやあ、あの憎たらしい顔が相変わらずうざったく感じてほっとしたね。
家族だあ?
あれ、言ってなかったっけ? ボクの名字はサルッツォなんだ。
サルッツォって……
あのサルッツォか?
……
カポネ。――ボクが三番目に嫌いなもの、わかるかな?
カポネは一瞬悪寒を覚えた。しかしそれは束の間のことで、まるで錯覚だったかのようにすら思わせる。
正解は、他人がボクの家族について聞いた時――
ああ、確かに雰囲気が似てるね、って言ってくることだよ。
ついでに一番と二番も聞いといていいか? 無駄死になんざしたかないし、先に知っときたいんだが。
アハハッ、ボクとの付き合い方がわかってきたみたいだね!
だけど、ほかはまだ思いついてないんだ。
チッ。
さてと、それじゃどうしてベッローネ暗殺に関わってたのか教えてくれる?
はい、どうぞ。
失礼します、ルビオ部長。
これはこれは、ラヴィニア裁判官。
……立派な執務室ですね。
はは、普段から賓客をもてなすことが多いものでして……あの方々はこうした飾り付けがお好きですから、私もならってこのように。
ところで、ご用件は何でしょう?
カラチ部長が亡くなった件についてお話したいのです。
おや? 私の証言であれば、すでに記録されていると思いますが。
ええ、存じています。
ただ――個人的な考えがあって、お伺いしたんです。
……ああ、そういえばあなたは、犯人を見つけ出して罪を償わせると宣言なさっていましたね。
素晴らしいことです。若者はそのくらいの勢いがなければね。
進展はあったのですか?
……遺憾ながら、まだありません。
それは残念です。
あなたとカラチさんはご友人同士だったと伺いましたもので……
確かに、カラチは飲食から衛生に至るまで、人々の暮らしには常々強い関心を持っていました。
ですが、恐らく私ではお力になれそうにありませんね。
何しろ、私は彼とはそこまで親しい仲ではありませんでしたから。
協力したい気持ちはあっても、どうにもなりません。
とにかく手がかりがほしいんです。怪しく思った物事や、政府内の要注意人物など、本当に何でも構いませんから。
多すぎるくらいありますよ。
……あなたは、カラチ以前の建設部長が何人亡くなったか覚えていますか?
七人? あるいは八人でしょうか?
この地位に就いた人間は皆操り人形にすぎません。どのファミリーも自らの縁者を就かせようとしては――
ほかのファミリーにそれを殺される。その繰り返しです。
率直に申し上げますと、マフィアたちが建設部長という重要な役職に自らの縁者ではなくカラチという中立の人間を選んだのは――
このまま同じことをしていては、いつまでも都市建設が進まないからというだけのことでした。
どこか一つのファミリーの縁者が選ばれることのないようにと彼らが牽制し合った結果、カラチがあの地位に就いたのです。
確かに彼はベッローネと大層懇意にしていました。若旦那がそばで秘書を務めていたくらいですからね。ですが、彼はある程度ほかのファミリーとも同様に親しくしていたのです。
――炎国には「朱に交われば赤くなる」という言葉があります。私はカラチの誠実さを信じていますが、他の人はそうは見ないでしょう。
私たちに選べるのはどのファミリーに飼われるかということだけだ――というのがシラクーザ人の考え方ですから。
はっきりと言ってしまえば、どうあれカラチは死んでいました。どのファミリーの計画にも彼の存在はありませんし、彼自身それに気付かなかったはずもありません。
死んだのが今日であろうと、一ヶ月前であろうと、あるいは一ヶ月後であろうと、実質的な違いはないのです。
……彼の努力はご存知のはずでしょう。
それをして、彼は結局何を得たと思いますか?
仮にあなたの仰る通り、彼が無私無欲な人だったとして――そんな彼が常々尽くし、気にかけてきた市民たちは、彼に報いることなどあったでしょうか?
……
裁判官さん。あなたについては色々とおうわさを聞いています。
あなたがこれまで、たくさんの成果を上げてきたということは事実でしょう。
しかし、その内どれだけがあなた自身の努力の成果で、またどれだけがその後ろ盾の影響によるものか、ご自分でおわかりになっていないのですか?
っ――
あなたはベッローネのために私を探りに来たのではないのですか?
決してそんなつもりではありません。
……そうであってくれたほうがよかったくらいです。
あなたにご忠告しておきましょう。
死人は戻ってなどきません。
我々は自分たちのことだけでも精一杯なのですから、彼にそこまで心を砕くことはないのですよ。
……それが故人の友の取る態度ですか?
ここで長生きをしたいのなら、見習うことをお勧めします。
もしもし? ああ、可愛い娘よ。そうなんだ、まだ仕事中でね。そちらの準備はできたかな?
わかった、私も今行くよ。
うん、それじゃあな。
では、今夜オープンするレストランから食材のチェックに招かれていますので……
この辺りで失礼いたします。
……
そういえば、レオントゥッツォさんにお伝えいただけますか。美味しいものにご興味があれば、いつでもいらしてくださいと。
……覚えておきましょう。
ありがとうございます。それでは。
……はぁ……
――何ですって? レストランで襲撃を仕掛けた連中のリーダーを見つけたの? しかも縛られた状態で?
了解、すぐに行くわ。
……ってわけで、俺たちは偶然巻き込まれただけで詳しいことは何も知らねえんだ。
この件での雇い主がどこのファミリーかもわからんが、金払いは相当いいな。
向こうがキミたちみたいな身元のわからない殺し屋を求めていたのは明らかだね。そうすれば死なれたところで足がつかないし。
偶然どころか、とっくに目を付けられてたのかも。
ありえなくはないだろうな。
それじゃ、推理してみてよ。キミたちの雇い主は誰なのか。
……ロッサティかサルッツォじゃないのか。この都市でずっと争ってる十二家の中で、まだ力が残ってるとこはベッローネを除けばその二つくらいだ。
うんうん、普通はそう考えるだろうね。
でも、サルッツォにそんな計画はないってことはボクの反応を見ればわかるよね。
だったら――ロッサティか?
可能性はほかにもあるよ。
っていうと?
キミたちが最初に始末したあの運の悪い人たちは、元々建設部の人をターゲットにしてたよね。
そして、ベッローネのお坊ちゃんは建設部で働いてる……ということは、キミたちが始末したのはベッローネにとって不利益をもたらす人間だったわけだ。
……つまり俺たちは、ベッローネのために脅威を取り除いたあと、今度はベッローネに対するもっと大きな暗殺に参加させられてたってわけか。
……驚くことでもねえだろ。ファミリー同士のいざこざではよくある話じゃねえか。
まあ……そうかもな。最初に始末したのは、状況を把握してない連中だったって可能性もある。
だけど、それは「口封じ」だったんでしょ?
ってことは……!
ベッローネに裏切り者がいるってのか?
単なる可能性の話だけど……
アハハハッ、面白くなってきたね。
そうだと仮定して考えてみようか。
建設部長のカラチが死に、その前には、建設部の人間への襲撃が行われていた。
普通はこの二つを関連付けて考えるだろうね。特にあの可哀想な裁判官は。
だけど、襲撃に関わった犯人は口封じに始末されて、そのリーダーも見つからない。途方に暮れたあの人はどう思うか――
もちろん、手がかりを欲しがるはずだ。
そんな時、キミたちが縛って捨ててきた殺し屋は最高の手がかりになる。
なるほどな。どうして今さらと思ってたが……
今になって奴を放りだした理由はそれか。
そのあとちょっと待ち伏せて、裁判官にサプライズを仕掛けてやれば……
「ドカン!」
ラップランドは爆発を表現するように両手を広げ、ソファへと倒れ込む。
そこら中に影響が出るだろうね。
ああ……ほんっとに素敵なアイデアだ!
こういう展開にならなかったらボクがそうしてあげたいくらいさ。
……つまり、これはベッローネの自作自演だって言うんだな?
その可能性があるって話だよ。
ベッローネのことを一番よくわかってるのはベッローネ自身なわけだしな。
フンッ、ありえねえだろ。
全ファミリーの未来に関わる大事な時に、自分のファミリーに手を出すようなクズはシラクーザにゃあいねえよ。
ガンビーノ、いい加減学べよ。その根拠もない自信がシチリア人を滅ぼしたんだってことをな。
てめえ――
とはいえ、今回ばかりは同感だ。
アハッ、そうかい? あえて弱みを見せることで、自分たちが弱体化していると思わせたいのかもしれないよ。
……だが、奴らはもう勝ちを掴んでたんだぞ。
まさか、ベッローネが結託して、手に入るはずの街を手放してまでこの都市をメチャクチャにしてやろうと考えてるとでも?
そんな気の狂った真似するか?
さあね。だけど、この大地にはキミたちの想像よりずっとたくさんの狂人がいるのかも。
フフッ、愉快な食事の時間もそろそろお終いだね。
それじゃ、楽しんで。
あんた、お喋りしにきただけだってのか?
あれ、ボクのために働きたかった?
そんなつもりはないけどよ。
とにかく、どっち側についてんのかだけ教えてくれ。
知らない間にあんたを敵に回して、わけもわからず死ぬのは勘弁だからな。
ボク? ボクはもちろん、いつだってテキサスの忠実な味方だよ。
待ち伏せの準備はできたか?
……はい。
言いたいことがありそうな顔だな。
……いえ、ただ少しラヴィニアさんが可哀想な気がして。
あの人も俺たちファミリーの仲間みたいなもんですから。
……彼女と仲良くなったのが、ベッローネの次期ドン――レオンでさえなければ……
俺だってこんな悪役にはなりたかなかったよ。
あの人が「公正」という名のゲームで遊びたがる分には、好きにしてもらって構わない。
だが、ラヴィニアがドンの力を当てにしてこの数年やってきたことはレオンに……いや、俺たちファミリーに対して大きな影響を与えつつある。
ベッローネにそんな優しさはいらない。
彼女にも、レオンにも、その事実を理解してもらわなきゃならん。
でないと……
この先訪れる混乱の中、勝利を手にすることはできない。
ですが、若旦那は……
お前たちの懸念はわかってる。この件は全部俺が責任を取るさ。あとでレオンに詰められても、お前たちは無事で済むようにするよ。
……はぁ……
……誰だ?
やあ、チョコレートを持ってきたよ。食べるかい?
……シラクーザの監獄はセキュリティがなってないようだな。
だけど、ここはほかの都市に比べればしっかりしてるほうだよ。
……
テキサスは少しため息をつくと、チョコレートを受け取って一口かじる。
それは彼女が一番嫌いなフレーバーだった。
アハハッ、てっきり容赦なく追い出されると思ったのに。
お前を追い出す労力に比べれば、無視するほうが楽だからな。
私の邪魔をしない限りは好きにしろ。
とっても感動したよ、テキサス。ボクとの付き合い方を、少しずつわかってきてくれてるんだね!
大丈夫、ボクは誰かの邪魔なんかしないよ。むしろ前にあるものがよく見えるように、霧を払ってあげるほうが好きなくらいさ。
それで、サルッツォはどこまで知っている?
キミの知ってる以上のことは知らないよ。
勝利を確信していたベッローネは、さらにロッサティへの牽制として龍門からキミを連れ戻した。これは一種の予防策だったんだろうね。
だけどそんな折、昨日の暗殺事件が起きてしまった。
あまりにもわざとらしすぎて、犯人に本当に隠す気なんてあったのか疑わしいレベルだ。
……
で、キミはどうするの? あの裁判官が解放してくれるまで、監獄の中で龍門の思い出にでも浸ってるつもり?
早く帰りたいんじゃなかったのかい?
待てば帰れるというのなら、大して苦にはならないさ。
じゃあ、その裁判官に危険が迫っているとしたら、どうかな?
……
容疑者はどこ? もう目は覚ましたの?
現場はこちらです、すでに押さえておきました。
容疑者はまだ目を覚ましていません。縛られたまま隅のゴミ箱に詰め込まれていて……病院には連絡済みです。
発見者は誰?
デッラルバ劇団の役者たちです。稽古があるというのですでに帰しましたが……
デッラルバ劇団……ベルナルドのところの?
あの人の影は本当にどこにでもあるものね。
ラヴィニアさん。あなたが報告を上げていた、口封じ目的と思わしき事件……殺害されたのはこの人の仲間でしたよね?
ええ。あの時は、彼らの身元を確かめられそうなものは何も見つからなかったの。
なのに、どうしてそのリーダーがこんな痛ましい姿で急に現れたんでしょうか……
とりあえず、起こしてみますか?
ええ、お願い。
げほ、ごほごほっ……げほっ……
あなたは包囲されているわ。抵抗はしないように。
……ラヴィニアか。
自分が置かれている状況はわかってる? あなたを縛ってここに置いていった人物は誰なのか、教えてちょうだい。
そんなことを聞いてどうする?
質問に答えなさい。
刑法第十四条。非公式の尋問に対しては黙秘権があるんだ、わかってるだろ?
……法律に詳しいのね。
それがどうした? 第百三十二条を適用して、特別処分権を行使しようとでも考えてんのか?
あなた、何者?
ただの殺し屋さ。
……いいえ、思い出したわ。あなたには会ったことがあるわね。
ああ、昨日レストランでな。
そうではなく――三年前、ある法律関係の討論会で、ソレント市のボルトロッティ裁判官による素晴らしいスピーチを聞いたのよ。
……
当時、あなたの演説には感銘を受けたわ。
記憶にないな。今の俺は気楽な殺し屋稼業で食っててね。
あなたはそんな人ではなかったはずでしょう。
そうやって決めつけるんじゃねえよ。体裁だけの討論会での演説一つで、俺をわかったつもりなのか?
熱意というのは誤魔化せないものよ。あなたはあの時……
妄言を吐いて幼稚な発言を繰り返してた。若造のご多分に漏れず、自分は何かを変えられるんだと思い込んでたのさ。
俺は単に、あんたより早く正気に戻っただけだ。
「どんな人をも守れるような落とし所を見つけたい」と言ったのはあなたでしょう。
ああ、たとえばマフィアの一員になって、ボスの言う通り邪魔者を全員始末するとかな。
ボルトロッティ裁判官。私があなたの力になるわ。
ハッ! 俺の力になってくれるって!?
そうだよなあ。あんたにはベッローネっていう頼もしい後ろ盾があるんだからよ。
そりゃあ名誉と尊厳を失うこともなきゃ、一時の甘さで投獄されたり殴られたりすることもないだろうさ。自分の家が家族もろとも燃えてるところを見たことだってないんだろ?
あんたは何もわかってねえよ、ラヴィニア裁判官。
その手に持ってる法典の重さも……それが人生をどう台無しにしていくかってことも。
だが、運が良かったな。それを知る機会もなくなるんだから。
ラヴィニアさん、危ない!
なっ……!?
すぐにここを離れるぞ。
テキサスさん!?
相手が多すぎる。ついてこい。