シラクザーノ IS-4・戦闘後
雷鳴の夜
本人からしてみれば、彼女の生き方はいつも変わらない。しかし、人はそれを見て言うのだ――
いかにもシラクーザ人らしい、と。
だが、本当に彼女はシラクーザ人らしいのだろうか?
それは当人にもわからない。
ただ、一度祖父にこう言ったことを思い出した。
「シラクーザでの生活のほうが高貴だと考える人間も、クルビアの生活のほうが高貴だと考える人間も、くだらない奴だ。」
これを聞いた祖父は大笑いしていた。
今、社会の注目を集めるカラチ部長暗殺事件の裁判が、本日開かれます。
本件では安全を考慮し、法廷内へ入れるのは限られた招待者のみということです。
このため、それ以外の人々は裁判所周辺で判決を待つことしかできません。
現在、裁判所にはすでに厳重な警備が敷かれていますが、それでも多くの市民が集まってきています。
これは、カラチ部長の死が、市民たちの心を動かしているということなのでしょう。
引き続き、最新情報が入り次第お伝えしていきますので、今しばらくお待ちください。
……
ソラ、準備終わった?
うん。
……上演中でも、向こうへ行きたくなったら行っていいからね。
どうせ入れてもらえないし、やめとくよ。
せやな。今は結果を待つしかあらへんわ。
だから、キミは舞台で頑張ってね。
大丈夫、心の準備はできてるよ。
ソラ、もう大丈夫? 始まるわよ。
はい、今行きます!
ウォルシーニ裁判所
静粛に、静粛に。
これより、建設部長カラチ氏暗殺事件の審理を開始します。
本日行う裁判の結果は、全ウォルシーニ市民に公開されます。
では、被告人を入廷させてください。
あれが……テキサスか?
あの黒髪にオレンジの瞳、絶対そうだ! テキサスファミリーの人間だよ!
......
Zzz......
どうやって生き延びたんだろう?
本当にあいつがカラチを殺したのか?
静粛に!
……
……
チェリーニア・テキサス。あなたはカラチ氏殺害の現場にいたそうですね。
ああ。
車に爆弾を仕掛け、建設部長が通りかかった瞬間に起爆した。
すんなり認めたぞ!?
最後のテキサスが……そこまで落ちぶれるなんて!
……なぜそのようなことを?
理由などない。
では、誰かに指示されたのですか?
誰の命令も受けていない。
つまり、すべてはあなた一人の犯行だと?
ああ。
ありえません! どこで爆弾を手にいれ、そして仕掛けるチャンスを得たというのですか!?
それは重要なことか?
テキサスファミリーのため、復讐をしに戻ってきたわけではないんですか?
違う。
しかし……
ラヴィニア裁判官、私はすべてを自白した。
だというのに、陪審員席のマフィアたちがうるさくてかなわん。
貴様……!
この無駄な手順を飛ばしてしまうことはできないか?
ん?
レオン、なんでまだここにいるんだ?
てっきり裁判所に行ったと思ってたよ。
本気でそう思ってたのか? ディーマ。
……何か飲まないか?
朝だし酒はやめておこう。目が覚めるジュースでも作ってやるよ。
一番強いウイスキーを。
それと、質問に答えてもらおうか。
……どうしてわかった?
簡単なことだ。
俺への襲撃にしろ、カラチの暗殺にしろ、十二家を疑心暗鬼にさせるのが狙いと考えるのが妥当だろう。
となれば、この件におけるベッローネの代理人たるラヴィニアに犯人を見つけさせるわけにはいかない――でなければ、事態にある程度収拾がついてしまうからな。
従って事件の黒幕は、ラヴィニアがチェリーニアを捕縛したあと、この裁判が行われることを望まなかったはずだ。
そんな時、ラヴィニアに何が起こるかは明白……
幸い、お前は失敗したわけだが。
――お前は気付いてないかもしれないが、彼女はお前に色んな影響を与えてるんだ。
その結果、お前の行動はますます揺らぎ始めた。
しかも、それをきっかけに、ラヴィニアも自分なら何かを成し遂げられるって自信をつけつつある。
俺はその非現実的な妄想を断ち切らなきゃならないのさ。
……よくもそんなことを平然と言えたものだな。
いいや。
俺だって好きでこんなことしてるわけじゃない。
全部終わってから結果だけ伝えて、それを受け入れろなんて言いたくはなかった。
だから、お前の言う通り、俺が失敗したのは幸いだったよ。
それでも、お前のやったことは変わらない。
この件はあとでゆっくり片を付けるとしよう。
「なぜ気付いたか」に話を戻すぞ。――この件はチェリーニアが裁判前夜に謎の死を遂げていたほうが安全に終えられたはずだが、そうはならなかった。
これはつまり、相手がチェリーニアに思い切ったことができない立場にあることを示している。
彼女が最後のテキサスであるだけでなく、親父が連れてきた人物でもあることを考えれば――
このチャンスを甘んじて見過ごすのはベッローネの人間だけだ。
そして事実、チェリーニアは昨晩襲撃を受けなかった。
相手がそれを罠だと察して、意図的に手を出さずにいたって線はないわけか?
その人物がミズ・シチリアの権威に挑むと決めているのなら、大きな動きを取っているに違いない。ということは、ここ数日で一番派手な動きをしていたファミリーを割り出せばいいだけだ。
実際、すべてを動かしていたのは――ディミトリ、お前だった。
……
チェリーニアさんが進んで裁判にかけられたのは確かに予想外だったよ。
最初はあの人がいようがいなかろうが計画には影響しないと思ってたんだが、こうしてみるとちゃんと考慮しておくべきだったな。
……自分を卑下する必要はない。彼女が自分から罪を被ると言ったのでなければ、これは単なる下策だからな。
そんなら、彼女に感謝しておけよ。
もちろん、感謝は伝えるさ。だが、その前に聞かせてくれ……どうしてこんなことをしたんだ?
わかりきった話だろ? 俺は裏切ったのさ。
ほかの奴ならともかく、お前が裏切るとは思えない。
お前を信じられなくなったら、ほかの誰を信じろというんだ?
……
レオン、お前は例の新都市をどう思う?
……無論、新たな利益の分配源だ。
最後に笑う者が、最大の勝者になるだろう。
確かにその通りだが、俺からすれば、あれはミズ・シチリアの実験場に見えるんだ。
新都市建設を名目に、十二家を競い合わせることで――
抑圧され血気盛んな次世代の若い狼たちはそれを発散する場を得られるし、狡猾な老狼たちも新たな目標を持つことができる。
素晴らしいことに、クルビアにいたマフィアたちの帰還が、停滞していたシラクーザを一気に活性化させてくれるわけだ。
誰が勝者になろうとも、グレイホールの上に座ったミズ・シチリアからしてみれば悪い話じゃない。
お前……まさか……
ここ数年、お前はよくやってきた。ほかのファミリーの大半を抑え込んだだけじゃなく、建設部まできっちり掌握してな。
このまま行けば、最後に笑うのはベッローネだろう。
だが、それがなんだっていうんだ?
俺たちのファミリーは新都市を支配下に置き――そのあとは、すべてがいつも通り進むことになる。
……お前は……いや、あの人はそれじゃ満足しない、と?
グレイホール設立後、十二家間の争いを禁じるルールが確立して以来……それに満足していたファミリーがどこにある?
かつての俺たちは誰にも縛られない自由な狼だった。百年ほど前にはファミリー間で絶え間ない闘争が繰り広げられていたほどだ。
それなのに、今の若い狼たちは嵌められた首輪に慣れきっている。
ほかのマフィアとの共存に、衝突後平和的な解決方法を見いだすことに、グレイホールでほかのファミリーと利益配分を取り決めることに慣れきっているんだ。
俺たちは本来そうする必要なんてないのに。
つまり、あの人はグレイホールの転覆を狙っているのか!? 一体どうして……!
ミズ・シチリアはある程度の自由を許してはいるが、自分のルールに背くことは決して許さない。――だから、ファミリー間でおおっぴらには争えないのが現状だ。
そういう状況では、勝利を目の前にした俺たちが突然力を失って初めて、すべてのマフィアの野心を掻き立てることができる。
闘争は狼の本能だ。血の匂いを嗅がせてやれば、どれだけ飼い慣らされた狼も自制が効かなくなるだろう。
奴らはそのまま争い合い――
そうなればこそ、彼女はグレイホールから顔を出す。
そして――それが俺たちの狙いなのさ。
……
ぱりん、とガラスの割れる音が、静かな部屋の中に響く。
けれども幼き狼はその破片で肌が傷付いたことにまるで気付いていなかった。
最後に笑うのは俺たちなんだよ、レオン。
その時、俺たちが手にするのは新都市だけじゃない。シラクーザのすべてだ。
これが、ベッローネを十二家最強のファミリーに仕立て上げた、お前の親父さん――ベルナルド・ベッローネの望みなのさ。
……
違う。
……?
俺はお前を止められはしたかもしれない。だが、まだ手を残していたんだろう?
初めから自分のしたことがバレるとわかっていて、あえて俺を待っていたわけか。
……お前の怒りに向き合わないといけないと思ってな。
親友として、あるいは部下として……俺は、お前に詫びなきゃならない。
これは到底許されることじゃないだろう。だが、俺も平気でこんな真似をしてたわけじゃないってことを、お前にはわかってほしかったんだ。
やめろ、勝利宣言のつもりか!?
……俺が負けたのは本当だよ。
でも……きっと、シラクーザは元々こういう場所だったんだ。あるいは、ドンの野心が正しいことの証明なのかもしれないが。
俺が諦めようとしたとき、あいつが現れたのさ。
あいつ……?
あの気が狂った女だよ。
ガンビーノ、人間を最っ高に苦しめるにはどうすればいいと思う?
はあ? そいつの首を半分斬ってそこで止めるのが一番だろ。
カポネ、キミの考えは?
そいつの家族や友人を探して、一人ずつ殺してはその写真を見せていくと効くんじゃないか。
はぁ……だからキミたちはいつまで経ってもダメなんだよ。
じゃあ、あんたならどうするってんだ?
カギになるのは信念だよ。わかるかい? 信念。
信念を打ち砕いてやるってことか?
違うよ。どうやって他人の信念を打ち砕くっていうの? そんなことできっこないでしょ。
正解は……相手を軽~く押して、その信念が地に落ちるのを見せてあげるだけでいいんだ。そうすれば――
ヒュー……ドカン!
ほーら、バラバラになっちゃった。
信念が落ちたくらいでそう簡単に砕けるもんかよ。
ほんっと、キミは全然わかってないね。信念が尊いものでも、実際ボクらの生活は汚れたものなんだよ?
「落ちたくらいでそう簡単に砕けるもんか」なんて言ったけど――
実のところ、そう難しくないくらいさ。
で……俺たちにトラックを用意させた目的はそれか?
ハッ、なるほどな。あの裁判官を轢き殺して、テキサスを動揺させようってわけか。
あの子がたった一人の死なんかで崩れる人間だと思う?
そうじゃないなら、どうするんだ?
ラップランド……お前はサルッツォを追放されたはずだろ。それがどうしてウォルシーニにいる?
いや、そもそもどうやってシラクーザに戻ってきた!?
ベッローネとチェリーニアが秘密の繋がりを持っていたように――サルッツォという名前とボクの間にも、気色の悪い繋がりがあるのは認めざるを得ない事実だからね。
……つまり、サルッツォを代表してここに来たってことか。
そう思ってくれて構わないよ。
それと、バーカウンターの下にある武器はしまっといたほうがいいと思うなあ。
ここで死んだら、キミにとっては何の得にもならないだろうし。
……
取引しようよ、ベッローネの狼さん。
裁判を中止させたいんでしょ?
ボクが手伝ってあげよう。
それは……アルベルト・サルッツォの意思なのか?
ボクはあの人の娘だよ? 誰よりもあの人のことを理解してるさ。
ずっと気になってたんでしょう? ボクがシラクーザに戻ってきた理由。
答えはすっごくシンプルで――あの子に理解してほしいんだ。
シラクーザという泥沼からは、そう簡単には逃げられないってこと……
それが誰であろうとね。
では、被告人。あなたは先ほどの供述がすべて事実であると認めるのですね?
ああ。
ではここに、チェリーニア・テキサスが建設部長カラチ氏殺害の実行犯であるとして、判決を言い渡します。
判決――
なんだ?
何か聞こえたような……
……これは……エンジン音?
ここは法廷だぞ、そんなはずが――
かつてのマフィアたちにとって、暗黙のルールは何よりも重んじられるものだった。
ミズ・シチリアは法律という枷を彼らの首に嵌め――
シラクーザのあらゆる都市に裁判所が置かれることとなった。
このシラクーザにおいて、裁判所はグレイホールの意志を体現するものであり……
裁判官は、ミズ・シチリアの意志の代行者である。
確かに彼らはマフィアの束縛を避けられず、服従することさえあるが……すべての裁判官には、決して忘れ得ぬ守るべき一線がある。
それは十二家間の闘争を監視し、防止することだ。
十二家も知っている通り、彼らの一挙手一投足は常にミズ・シチリアの監視下にある。
そうして、裁判所の存在が、ある種の絶妙なバランスを保たせているのだ。
しかし――
まるでミズ・シチリアを侮辱するように。
シラクーザの法そのものをあざ笑うかのように。
エンジンのうなる音と、それに混ざった甲高い笑い声と共に――
一台のトラックが壁を突き破った。
そして、そのまま止まることなくエンジンを吹かす。
さながら、その場にいる者たちへと――
これは偶然などではなく、意図的な犯行だと告げるように。
ひぃっ――!
な、何が起きてるんだ!? どうして車が……!?
乗っているのは誰!? 今すぐ降りてきなさい!
うんうん、いいねえ。これぞボクが見たかった表情だよ。
あなた、一体何者!?
おっと、そうだった。ご機嫌よう、親愛なる紳士淑女の皆さん。
まずは自己紹介といこうか。
ボクの名前は――ラップランド・サルッツォ。
サルッツォ……!?
そして、ボクこそが――カラチを殺した真犯人さ。
緊急速報です!
先ほど、一台のトラックが突然法廷へと壁を破って突入しました!
このような驚くべき行動に出た人物は、ラップランド・サルッツォを名乗っているとのこと!
さらに、彼女は自分がカラチ部長暗殺の真犯人だと供述し――
ラヴィニア裁判官は審理を中断して彼女の捕縛を行ったそうです!
当番組は今後も事件の経過について報道いたします――
誰もが血のにおいをそれとして見なさなくなった時、血は文明の一部となる……
素晴らしい警鐘です。
下水道でさえ陰謀と血に染まったこの都市で、まだこうした興味深い出来事が起きるとは。
生まれながらに荒野に惹かれる狼よ。あなたはやはり、驚きを与えてくれますね。
ですが、己の束縛から逃れることはできるでしょうか? この先が実に楽しみです。
十数人のマフィアたちが、地面に横たわりうめき声を上げている。
その場で唯一立っているのは、長弓を手にした少女だった。
街の狼、こんなに弱いのか。
アンニェーゼの言った通りだな。
彼女は一瞬動きを止め、ふと、ある方向の匂いを嗅いだ。
それは裁判所の方角だ。
この街……荒野から来た狼が、ほかにもいるのか?
……違うな。これは荒野の匂いじゃない。
でも、似ている。