シラクザーノ IS-ST-2・幕間
切開
こんなの聞いてねえぞ!
俺だって聞いてねえよ。
まさかあの人の独断なんじゃ……
いいや、問題ない。
この件はあいつの好きなようにさせてるんだ。
ドン! まさか初めからこうするおつもりで……?
俺たちはベッローネにとっての何になるべきだと思う? 奴らの栄華の添え物か、あるいは窮地を救う救世主か――どっちを選ぶかなんざ決まってるだろう?
そう簡単に奴らの好きにさせてたまるかよ。
ベルナルドの力を削いでやれるなら、多少の悪名は安いもんだ。
確かに、そうですね。
それじゃ、これからどうしましょうか?
車を出せ。うちの娘に会いに行く。
はい。
そういや、ダンブラウンはどこにいる?
ダンブラウンですか? 今は洗車工をしてるようですよ。
住所をよこせ。
奴を呼び戻すんですか……?
あいつの足抜けを認めた覚えはない。
……わかりました。
ああ、それと、パーティーの準備をしておけ。
と仰いますと……
ベッローネの息子のほうを招くぞ。
放せ、てめえ!
ラップランドの提供した手がかりをもとに、二人の殺し屋を捕らえました。
両名がレオントゥッツォ氏への襲撃に関わっていたという確認も取れています。
……あなたたち、彼女とは知り合い?
ハーイ、二人とも。
チッ……あんたと関わるとろくなことがないってことくらいわかってたよ、ラップランド。
そう言わないでよ。シラクーザの牢獄に入るなんて滅多にできない経験でしょ?
……
彼らを牢へ。
わかりました。
――あなたは現場でチェリーニアさんを足止めして、その間に人を送り込み爆弾でカラチ部長を殺害させた……
と、なおも主張し続けるつもりなのね?
随分と疑り深いんだね。
キミにとってもベッローネにとっても、事件の早期終結は願ってもないことでしょう?
犯人がボクだろうとテキサスだろうと同じことじゃない?
……
真面目な話、ボクを処刑するべきだと思うよ。
ボクはファミリーに追放された捨て駒でしかないんだから、ちょっと頑張ればそのくらい簡単でしょ?
ね、想像してみてよ。ボクの死がシラクーザにおける司法の公正さにどれだけ良い影響を与えるのか……
試してみる価値はあると思わない?
あなたが何をしたいのかはわからないけれど……
本当にあなたが犯人であれば、そうするわ。
だけどその前に――会わないといけない人がいるの。
お帰りなさい、ドン。
ああ。ここしばらくよくやってくれたな、ディーマ。少し休んできなさい。
はい。
……
納得できない、という顔だな。
むしろどうすれば納得できるか知りたいくらいだ。
……ついてこい。
そろそろ、お前にも伝えておくべき時がきた。
なぜこんな場所へ……?
――我が主よ。
ベルナルド……己が子一人教育しきれず私にしつけをさせようというのか?
息子にはただ、理解すべきことがあるというだけのこと。
……何者だ?
私は狼の主だ、幼子よ。
その言葉を聞いた瞬間、レオントゥッツォはめまいを感じた。
大量の情報と細かな断片が、一瞬にして脳内へ流れ込んでくる。
狼の主――「獣主」。
この大地のいかなる生物とも異なり、生まれ落ちることなく、ただ自らの存在を示す者。
ザーロ。狼の群れより現れたる獣主。
荒野に立ち、群れの足跡すべてを目にしてきた彼らは――
本能に従い、終わりなき殺し合いを繰り広げてきた。
狼の主、そして獣の主。それは不死にして不滅なるものだ。
ゆえに同類同士の殺し合いでは満ち足りず、彼らはとあるゲームを始めた。
それは、狼主たちが各々人間を選び育てて、人間同士で狩りをさせるというシンプルなものだ。
この選ばれた人間は「牙」と呼ばれ……
折れない「牙」を持つ狼主こそが、狼たちの頂点に立つのだ。
狼の主……狩り……「牙」……
まさか――
お前の父は、我が最優の牙だ。
今日はドンがベッローネからの客をもてなす予定でな。
上等な食材を送ってもらいたいんだ。
……サルッツォファミリーが……本当に?
どうした?
いえ、何でもありません。
差し出がましいようですが……ベッローネの方々をもてなすのなら良い食材だけでは足りないのではと思いまして。
両ファミリーのためでしたら、喜んで私自らディナーを振舞わせていただきます、とドンにお伝え願いたいのですが……
ドン・アルベルトのご意向はいかがでしょう?
マフィアが誰かを厚遇した時、クルビアでは、その誰かは取引における交渉材料になってしまう。
目をかけられているほど、その価値は高くなるのだ。
一方シラクーザの場合、その誰かはある雨の夜に命を落とすことがある。
目をかけられているほど、その人物は苦しむのだ。
つまるところ――結局、冷酷な人間でいるのが一番だ。
テキサスはそれを深く理解していると同時に、嫌悪してもいた。
今回のこと、ごめんなさい。
謝る必要はない。
……すぐにここを去りたいというのなら、少しの手続きを済ませればそうすることもできますよ。
手続き上は、あなたの容疑は晴れたわけですし。
別にこのままで構わない。監獄にいたほうが面倒が減るとわかってきたしな。
お前は諦めないつもりか?
あなたの古いご友人……本当にあの人が犯人だと思いますか?
……
あいつのやりそうなことではある。だが、そうする理由が思い当たらないな。
であれば、諦めるにはまだ早いでしょう。
ラヴィニアさん、ロッサティが人をよこしてきました。ウォラックさんがチェリーニアさんと話したいと言ってるとかで。
……どうやら、私もこのまま休んではいられないようだな。
テキサスがそばを通り過ぎたその時、ラヴィニアは自分のポケットに何かが入れられたのを感じた。
取り出してみれば、それは一枚の紙だ。
番号が書かれたその隅には、幾らかの文字がつづられていた。
雨にも負けずお届けします。――「ペンギン急便」
あの、すみませんけど……寝るならせめて足を組むのはやめてくれませんか?
……ん?
俺のこと言ってんのか?
ほかに誰もいないでしょう。よくもまあ劇場で居眠りなんかできますね。
しかもそんな風に足を上げたりして、下品すぎますよ!
けど、あんたがこのオペラだかなんだかを見る分には別に邪魔にはならねえだろ?
それはそうですが、あなたみたいな品のない人が近くに居るだけで気分が害されるんですよ!
わかったよ、足を引っ込めりゃいいんだろ?
ちょ、ちょっとあなた、食べ物まで持ち込んでるんですか?
……失礼、劇場内で食べ物の販売はしていないはずですが。
そうそう、まさかポップコーンがないとは思わなかったぜ。仕方ねえから近くのコンビニで買ってきたんだ。
もしや、こうした場所は初めてでいらっしゃいますか?
ああ。友達が勧めてくれたんで、気晴らししようと思って。
では……劇のご感想は?
ここまでずっと見てたけど、何やってんのかよくわかんねえや。
どうしてこんなの上演してるんだ?
……
こちらのお客様を外へご案内してください。
この場所に相応しくない方のようですから。
おい、チケットならちゃんと買ってるぞ!
ではチケット代を返して差し上げなさい。
はい。
どうぞこちらへ。
とっとと失せな。
正直、開演後にこの野郎を見かけた時は……
どっかの金持ちが庶民の気持ちを味わおうとでも考えて、こんな格好してるんだと思ってたんだが。
まさか本当にオペラをまるで理解してねえ貧乏人だったとはな。
あんたらはああいう舞台が面白いと思ってるわけか?
ハッ、当然だろ。役者たちはイカしてるし……
歌に音楽だって、あんなにグッとくるもんはねえよ。
そういうのが……芸術ってやつなのか?
お前みたいな奴には、バーで飲んだくれてるほうがお似合いだぜ。
おっと、忘れるとこだった。ほらよ、チケット代だ。
これで金を騙し取られたなんて言わせねえぞ。
あ? 抵抗する気か?
チッ……こいつ、思ったより力が強いな……
おい、さっさと手伝ってくれよ!
……
そいつの目……なんか妙だぞ。
うっ、あああああ! 手が、手が折れるっ……!
……
……て、テメエただじゃおかねえぞ!
やめとけって。あいつはただ金を拾っただけだぜ。あんなのに構う必要ねえだろうが。
ほら、行くぞ。手当てしてやるから。
……ごめんな、ラヴィニアさん。
こういう娯楽は、俺にはわかんねえみたいだ。
俺はやっぱりバーで酒飲んで、映画館で夜を過ごすほうがいいのかもな。
では、一杯ご一緒しませんか?
……?
ダンブラウンが声のするほうを見やると、一人の男が路地の壁にもたれかかっており――
人目を気にする素振りもなく、手に持った酒瓶を振って見せた。
で、これは何のつもりだ? ラップランド。
だって、これがお望み通りの結果でしょう?
ベッローネが一番弱ってる時に手を貸してコントロールし、いずれは滅ぼす代わりに支配する。
こういう時、どうするべきか……
教えたはずだろう。
あ~、忘れちゃってたよ。もう何年も我が家を離れてたからね。
どうあれ、お前は俺の娘だからな。大抵のことは大目に見てやる。
任せた仕事をこなさなくても、俺の意向に背いても、俺は寛容でいてやれる。
だが俺に代わってファミリーのことを決めるような真似は許さん。
お前が俺の考えを理解していても――
ファミリーの主は俺だからだ。
七年前、お前は似たようなことをして家を追い出されたってのに、今回もこんな真似をした。
こういうことをすりゃあ俺の怒りに触れるってことも、こういうことでもしなけりゃ俺は怒らねえってこともわかってるだろうに。
言え、娘よ。どうしてこんなことをした?
こんなことでもしないと楽しくないからさ。
ボクはね……お父様にとって、当主の地位が何より大切なものかどうかを知りたいんだ。
ずっと知りたいと思ってたんだよ。
ラップランドは這うようにして立ち上がり――
まるでこの瞬間のためにシラクーザに戻ってきたかのような、明るい笑みを浮かべた。
ドン、お時間です。
今日はここまでにしておこう。
続きはなしってこと?
――お前は俺に逆らった。
それでも、お前は確かに俺の娘だ。
誰より俺の考えを理解してるのは間違いない。
単にしつけってものが足りないだけでな。
その点は俺の教育ミスだ。
だが……まだ時間はたっぷり残ってる。
ということは……狼主は皆、俺たちの生活に紛れ込んでいるのか?
いいや。彼は狼主の中で唯一、人間社会との繋がりを持つ存在だ。
ほかの狼主は今も荒野で暮らしている。
それはなぜなんだ?
彼は人間の権力も一種の力であるとみなしている。
それを用いてほかの狼主に勝つことも、一種の勝利だと考えているんだ。
つまり、奴は親父にミズ・シチリアの統治を覆させ、シラクーザの真の権力者に成り代わらせることで、同族間の殺し合いでの勝利を得ようとしているわけか?
親父も、俺も、ファミリーすらも、奴が勝つための道具だと……?
そんなこと、受け入れられると思うか!?
一生操り人形として過ごすなんて、親父は受け入れられるのか!?
一つ勘違いをしているようだな、我が子よ。
私がお前にそうしたように、彼は私に権力を掴む方法を教えた。
その権力を用いてほかの狼主の「牙」を倒してやるのは、私にとって事の一部でしかない。
今この時になって行動に移したことも含めて、すべての判断は私自身が下したものだ。
……
(いや……親父は本気だ。)
(そもそも、単なる操り人形がこんな風格を持てるはずもない。)
我々は互いの勝利のため利用し合っているにすぎない。
ドン、サルッツォファミリーから招待状が届きました。
アルベルトさんが、宴席に若旦那をお招きしたいとのことです。
はぁ……
今日はため息が多いね~。
裁判所であんなことがあったんやから、しゃあないやろ。
じゃあさ、脱獄手伝いに行ってあげよっか。
アホなこと言わんといてや。
え~? だってそうすればテキサスに会えるじゃん!
やめておきなさいな。
あれ、カタリナさん。どうしてここに?
こっちが聞きたいくらいよ。この辺りは危ないんだから。どうしてこんな所でお散歩してるわけ?
この近くにお宿を取ってるんです。
嘘でしょ、誰かに騙されたんじゃない?
ウチとエクシアはんがおるさかい、大丈夫やって。
ソラ、このお姉さんは?
あっ、そうだった。この人はカタリナさんだよ。何日か前に劇場で知り合ったの。
こんにちは。……まあ、見た感じ頼もしいお友達がいるみたいだしまだよかったかしらね。
ところで、危ないって言ってましたけど、カタリナさんこそ大丈夫なんですか?
平気よ、心配しないで。こういう騒がしい場所のほうが創作には向いてるしね。
創作……? も、もしかして『テキサスの死』の作者さんって……
私よ。
本当ですか!? 同じ名前だとは思ってたんですけど……だからテキサスファミリーに詳しかったんですね!
え、ほんまか! ウチもあれは読ましてもろたけど、ごっつええ脚本やったで!
せやから、サインもろてもええかな?
ええ、もちろん。まだ大して売れてない名前だけどね。
大丈夫、『テキサスの死』は大ヒット間違いなしやってウチは信じとる!
ありがとう。
それより、さっき言ってた――
あなたたち腕は立ちそうだし、シラクーザのほかの都市でなら、本当に監獄を突破することもできるかもしれないわね。
でも、ウォルシーニにはラヴィニアみたいな人がいる。入り込むのはそう簡単じゃないわ。
それに、今はどのファミリーもあの場所に視線を向けているから、軽率な行動はトラブルの元よ。
あははっ、あんなんは冗談で言うてただけやって。
その目を見てると、冗談だったとは思えないけどね。
……一つ聞いてもいいかしら?
なんでしょう?
あなたたち……チェリーニアのことはよく知ってる?
お掛けください。
……
ご存知かとは思いますが、芸術関係の界隈にはある不文律がありました。
マフィアに関する創作をしても構わないが、ファミリーの名に直接触れることは許さないというものです。
聞いたことはあるよ。
ですが今、『テキサスの死』が公然と発表されました。
これは、実在していたファミリーの名をそのまま用いた初めての作品となるでしょう。
それが何だっていうんだ?
これは、どのファミリーも今や公然と自らの身分を誇り、その名を舞台に立たせることを望んですらいることを意味しています。
そして――このすべてが、クルビア人の功績なのです。
彼らがシラクーザの芸術界への介入を始めてから、多くのことが変わり始めています。
もっと金を稼ごうと、一部の欲深い芸術家――いや、もはや「芸術家だった人たち」と呼ぶほうが適しているかもしれませんが……彼らの作品も、ひどいものになりつつあるのです。
彼らは人生を観察しているのではなく、観客が喜んで金を出すような偽りの人生を作り出している……
それはもはや積み重ねではなく流行や文化のコラージュです。昨日人気を博したものが、明日には劇場で演じられるかもしれません。
そうなっていけば最後には、本当の名作は埋もれていき、目にすることの叶う「芸術」はすべてこうしたゴミばかりとなるでしょう。
恐ろしいことだと思いませんか?
みんなこういうのが好きなんだったら、あんたの言う名作はなくてもいいんじゃないのか?
そうした意見もあるでしょうが、誰しもがそう思っているわけではありません。
名作を埋もれさせたくはないものの、流れにあらがうすべを知らない人もいるのです。
……これまでのオペラだって、俺には良さがわかんねえんだぞ。
ですが、あなたが過去から抜け出せていないことは確かでしょう。
あんた、何者だ?
ベントネキシジオス、と申します。綴りは『週刊ウォルシーニ芸術新報』の批評欄をご参照ください。
ベントネ……なんつった?
ベンで構いません。
じゃあ、ベン……
俺は……今のシラクーザに疑問を抱いてるんだ。
お偉いさん方はもっと文明的な方法で問題を解決しろって言うが……
俺がその文明的な方法で何かしようとしても、実際起こることはこれまでと何も変わらねえ。
だったら文明的になんてやらなくたっていいはずなのに、どうして自分を偽らなきゃいけないんだ?
マフィアたちは多かれ少なかれ、そのような変化を遂げるのが時勢だと感じ取ってはいますが、すでに得ていたものを手放そうとはしていないからです。
さて、一杯いかがですか?
その酒、かなり高いやつだろ。
ええ。
それに引き換え、ここは安っぽい店じゃねえか。
そうですね。
どうしてそんな酒をここのピッツァに合わせようとするんだ?
私にとっては、このお酒もピッツァも、等しく価値あるものだからです。
このお酒の製造工程は確かに素晴らしいものですが、ピッツァの元となった小麦もまた丁寧に育てられたものです。
この二つの間には、本当に大きな差異などあるのでしょうか? そこに文明という名の虚飾が含まれてはいないでしょうか?
あなたはどう思いますか?
……文明という名の、虚飾……?
このお酒に貼られたラベルのように、文明と名付けた旗を掲げれば何食わぬ顔で人を騙して略奪することができるのですよ。
チェリーニアは龍門まで逃げ延びてそこで暮らしていて、あなたたちは彼女の友達……ね。
あはは……信じられませんよね。
……いいえ、信じるわ。
本当ですか?
あなたたちが私に嘘をつく必要なんてないでしょうし、私も彼女なら生きてるんじゃないかと思ってたから。
今の話を聞いて、むしろ納得がいったわ。彼女が突然この都市に現れた理由にね。
多分、当時の粛清の中で彼女はベッローネと取引したんでしょう。そして今、その借りを返すために戻ってきたんだと思うわ。
……確かに、テキサスさんらしい話ですね。
でも、あなたたちは偶然にもデッラルバ劇団に辿り着いたわけで……ううん、偶然でもないのかもしれないけど……
えっ? デッラルバ劇団がどうかしましたか?
……いいえ、何でもないわ。
ショービジネスを通じてベッローネに近づきたいのなら、あの劇団を選んだのはいい判断ね。
だけど……そうだ、三人ともついてきてくれる?
ここは……
私の家よ。
んわ~、本と紙ばっかりやな。
あはは、ごめんなさいね。人を呼ぶと思ってなかったから、掃除をしてないの。
それで……これを渡しておくわね、ソラ。
カギ……? ここのですか?
ええ。外は危ないし、練習場所がほしくなった時はうちに来てもらえたらと思って。
参考になりそうな台本もたくさんあるし、ここなら静かでしょ?
そんな、悪いですよ……
気にしないで。私たち、もう友達でしょ?
……そうですね。ありがとうございます!