シラクザーノ IS-9・戦闘後
偽りの文明
チッ――結局逃がしちまったか。
向こうさん、途中からやる気なくしてたけどな。
気付いてたかは知らないが、本気で俺らを殺す気があれば、それは時間の問題だった。
あの人はただその時間を無駄にしたくなかっただけなんだよ。
どこが相手だろうと、シラクーザのファミリーを甘く見るのはやめたほうがいい。
一つ勘違いしてるようだが……
どのファミリーのことも、俺は見くびったことはねえ。
いつだって真剣に、全員敵だと思ってるぜ。
ベッローネも含めてな。
おいおい、ちょっと急ぎすぎじゃないか?
驚いちゃいねえようだな。
自分のドンを裏切るような奴を信用できるわけないだろう。
だが、忠告しておいてやるよ。今はその時じゃない、ってな。
ウォラックの鋭い刃を前にしながら、ディミトリは少しの動揺も見せず、部下のほうへと目を向けた。
市内はどうなってる?
……かなりマズい状況です。
第二中枢区画の分離システムが起動したことは、どこのファミリーにも知られてます。
ベッローネとサルッツォはすっかり攻撃の的ですよ。
たった今も、ほかのファミリーの連中が仕掛けてきたところで……
よく確かめろと言った件はどうだった?
ディミトリさんの予想通りでした……
よそに潜り込ませた人間からの報告では、二家が標的になっていることは確かですが、そこまで強い関心を寄せられているわけではないみたいです。
現状の混乱は、全ファミリーが望むものだということですね。
ミズ・シチリアに長年抑圧されてきた不満が爆発しているんだと思います。
ベッローネとサルッツォ、二つのケーキの取り分を巡って起きた争いや、単にこれを利用して雪辱を果たそうといういざこざまで……
すべてのファミリーが自分から、あるいは巻き込まれる形で参加している状態です。
(小声)……ドン、これがあなたの望みなんですか?
(小声)やっぱり……俺たちを裏切ったんですね。
……
ウォラック。あんたもバカじゃないし、俺たちが今ここで争っても何の得にもならないことはわかるだろう。
大きな面倒ごとから片付ければ、十分得ができそうなもんだが。
ロッサティはクルビアすべてのマフィアを率いる立場ってわけでもないよな。
それなのに、自分たちだけでシラクーザを平らげられるなんて本気で思ってるのか?
味方はよく選んだほうがいいぜ。
チッ……
嫌そうな顔しないでくれよ。
俺だって、こんな状況じゃなけりゃあんたとは組みたくない。
それで、レオンは?
……
なんだよ、戻ってないのか?
はい。行方もわかりません。明らかに、わざと俺たちを避けているんだと思います。
……
レオン、まさかお前まで……
……
ディミトリは深く息を吸った。
今はどれだけ考えたところで意味がない。目の前の現実に向き合わなければ。
どこのファミリーもやり合ってるこの状況は――俺たちが第二中枢区画を手に入れる絶好のチャンスでもある。
あの場所を手に入れてこそ、俺たちの未来が開けるんだ。
ドン。
状況は?
混乱状態です。
多くのファミリーがこの機に乗じて攻撃を仕掛けてきています。こちらも反撃を始めました。
もう手に負えない事態です。
面白い。こいつはレオントゥッツォが考えたことじゃねえな。
今思えば――あれは単なるラップランドの思い付きだったが、お前はそれを逆手に取ったわけか、ベルナルド。
シチリアが定めた鉄の掟は溶け落ちた……シラクーザがこの数十年シラクーザであり続けた理由に火をつけたのはお前だな。
どうしてこの状況を望んだ? 理由は一体……
ラップランドはどうした?
昨日から連絡がつきません。
……まあいい。
ドン……都市は動乱状態ですが、まだ様子を見たほうがいいでしょうか?
フン……今となっちゃ、巻き込まれまいとしたところでそうはいかんだろうよ。
ベルナルドのジジイめ、ここまで考えてやがるとは。
外に出てる連中を全員呼び戻せ。
それから、精鋭の一部を第二中枢区画の司令塔に送り込むんだ。あの場所をベッローネとロッサティが見逃すはずがねえからな。
ということは――
新都市自体に興味はねえが、裏切り者にいい思いはさせねえよ。
親父!
レオン……まさかこの場所を見つけるとはな。
記憶を頼りになんとか辿り着いたんだ。
せっかく来たんだ、そこに座りなさい。
……親父の目的はわかってる。
ほう。
初めから、シラクーザを六十年前の暗黒時代に戻したいと思ってたんだろう。
ミズ・シチリアの介入がなければ、当時のマフィアたちは互いに争い続けて、もっと大きな犠牲を出していたはずだ。
そして今回、親父は奴らをミズ・シチリアの枷から解き放ち、前より激しく争わせようとしている。それこそ、どのファミリーも滅びてしまうまで……
ふむ……確かにわかっているようだな。
だが、お前はその推測が正しいかどうかを聞きに来たわけではないのだろう?
……俺はただ、どうしてこんなことを考えたのかを知りたいんだ。
……
二十歳の時、私はまだベッローネの一構成員だった。
ある時、暗殺任務に失敗してやむなく近くの村へ逃げ込み、変装で身を隠したことがあってな。
結局、私はそこで半年近く過ごしたんだ。
その半年の間に、語るほどの価値あることなどほとんどなかった。
だがその生活が、自らの住む国に対する新たな視点を与えてくれたんだ。
シラクーザにはファミリーの手が届かない場所などない。しかし、都市周辺の村にいるようなファミリーは、村のごろつきと変わらんようなことばかりしているんだ。
私は靴屋で働き始め、あの夏、通りで仕事をしながら、ターゲットの動向を観察していた。
だが結局、相手の動きに特筆すべきところはなく、むしろ大通りで汗を流したあの夏自体が、一生忘れられない思い出になった。
お前も私も、生まれながらにマフィアとしての烙印を押され、そう生きていくしかない。
だがあの夏に、私は気付いたんだ。
シラクーザは、ファミリーが存在しなくとも機能するのだということに。
だから親父はラヴィニアに力を貸したし、俺と彼女が親しくなるのを止めなかったのか……
本気でラヴィニアの理想を支えようとしてたんだな。
彼女が思い描く公正を見てみたいと思っていたのは確かだよ。
この計画に保険をかけなかったのもそのためか。
親父は俺にも、ラヴィニアにも、ほかの誰にもこの計画のリスクを背負わせるつもりはなかった。
普通の人間たちのために、ファミリーという障害を取り払えば、彼らの生活が悪影響を受けることもなくなると信じてるんだな。
まさしく。
……だけど、これじゃ足りないんだ。
足りない?
ああ、全然足りない。
全ファミリーが滅ぶまで争い合わせれば、今ある構造は崩壊するかもしれないが……
それだけでシラクーザが一般市民の手に渡ることはないんだ。
気にかかっているのは、ミズ・シチリアのことか?
いいや、気になるのは「慣れ」の問題だ。
カラチの助手として働く中で、俺はあることに気が付いた。
ファミリーという存在は、この地に何千年と根を下ろしている。
だから、ファミリーが存在しないシラクーザがどのように進んでいけるものなのか、人々には想像もできないんだ。
となると、それを実現したあと、彼らに新しい仕組みを作ることなんてできるのか?
……
俺は……できないと思う。
何が起きたかも理解できず、人々は困惑することになる。彼らには元あった家が急に廃墟になったということしかわからないんだ。
そして、その廃墟の上での再建を志したなら、次もまたファミリーを作ることだろう。
そうなれば何も変わらないんだ。
……
このまま行けば、一時的にファミリーの存在しないシラクーザを手に入れられるのかもしれない。
だが、親父が思い描いたシラクーザは、これだけでは絶対に訪れないんだ。
親父の考えは傲慢すぎる。
自分が想像したシラクーザを皆に与えてやりたいと思うばかりで、彼らが受け入れてくれるのか、受け入れられるのかを考えてないんだ。
俺たちは、この地で生きる一人一人に今起きていることを伝えて、彼らをそのプロセスに巻き込んでいくしかない。
そうしてようやく、「ファミリーの存在しないシラクーザ」をどのように築き上げるのかを、話し合いのテーブルに乗せられるんだ。
……
本当に大きくなったな、我が子よ。
お前が私を見つけたところで、せいぜい親子喧嘩にしかならないだろうと思っていた。
それがまさか、お前から教えを受けることになるとは。
……親父……
これからどうするつもりだ?
ラヴィニアの所へ向かって、マフィア以外の戦力で部隊を作る。この混乱に乗じて、第二中枢区画の司令塔を奪取するんだ。
新都市というカードが俺の手中にある限り、後手に回ることはないだろう。
その後ミズ・シチリアと交渉するか、あるいは直接対峙するかは、様子を見ながら一歩ずつ進めるつもりだ。
しかし、いずれにせよ、俺たちはディーマを、そして俺たちのファミリーを裏切ることになる。
……であれば、お前の好きなようにやりなさい。
この騒ぎは親父が起こしたものだろう。その一言で俺に任せてあとは任せるような真似はしないでくれ。
……安心しろ、すぐに追いつく。
わかった。
……
アグニル……あなたは教会には足を踏み入れないと聞いていたが。
シラクーザに教会は必要ないが、ラテラーノの思想の一部を受け入れたからには、その文化の影響を受ける定めにある。
結局、私は自らを遠ざけることしか選べないのだ。
とはいえ、君のような人のためなら、一度くらい慣例を破る価値があるというものさ。
ラヴィニアさん、全員揃いました。これで五十人ちょっとです。
随分減ったわね。
マフィアが送り込んできていた人たちは、みんな自分のファミリーに戻った、ということで合っている?
はい。
ふっ……皮肉なことに、お陰で手間が省けたわ。
皆、聞いてちょうだい。
シラクーザにおいて、裁判所はとても厄介な立場にある。
私たちはある程度ミズ・シチリアの意志を代弁していて、それにより一定の権力を得ているけれど……
この力では、私たちの責務を十分果たすことはできないわ。
それどころか、多くの場合は、ファミリーという概念に直面した時に我々の無力さをより深く意識させるばかりだった。
私たちは多くの一般市民とは違って、おとなしく受け入れることもできなければ、マフィアたちに完全に溶け込むこともできない。
そんな状況に置かれて、多くの仲間はそうした環境に耐えられず、疎外され、追放され、ひいては痛めつけられてきた……
実際、彼らが最終的にこの職に背いてしまったとしても、私はその人たちを責められるような立場じゃない。
結局、私にはベッローネの後ろ盾があったからこそ、今日まで歩んでこられただけなのだから。
今日起きたこと、そして今外で起きていることについては、きっと全員が知っているでしょう。
私は元々……自分にはこれまでと変わらないような行動しか取れないと思っていたの。
マフィアの争いがあまり多くの一般市民を巻き込まないように……そして最後にはミズ・シチリアが我々のために「正義を執行してくださる」ように、祈ることしかできないと、そう考えていたから。
けれど、ある勇敢な方が、ファミリーの存在は悪であり、このすべては不公平だと考える胸の内を語ってくれた……
彼はすべてを変えたいと願い、私に希望を託してくれたのよ。
あなたたちは私と同じ、ファミリーにルーツを持たない人よね。
これまで長年一緒に働いてくれているあなたたちの中には、私以上にマフィアへの不満を持ち、現状を深く理解している人が多くいると思うの。
だから、力を貸してちょうだい。
少しの沈黙が流れる。
でも、俺たちに何ができるんでしょうか?
先ほど、新都市の中枢区画の分離システムが起動したけれど……
これはルビオさんが暴露した、ベッローネとサルッツォの陰謀を裏付けるものよ。
マフィアにとっては争いの火種だろうけど、私たちにとってはチャンスでもあるの。
今後ミズ・シチリアと話し合うにせよ、マフィアと争うことになるにせよ……新都市は、この状況下の交渉材料になるでしょう。
……
再び、沈黙が流れる。
……だけど、俺たちの人数じゃ全員足しても少なすぎますよ。
……私には、頼れる友人が二人いるの。
……
みなさ~ん、こんにちは~!
えっ、チェリーニアさんですよね!? どうしてここに……!?
それに、ウォルシーニにサンクタがもう一人いるなんて聞いたことも……
二人のことは、私たちの味方であることだけ覚えておいてくれたらいいわ。
それと、ルビオさんが残してくれた助っ人にも、もう連絡を取ってあるから……
彼らがきっと助けてくれるでしょう。
……
でも、皆には正直でいないとね。
今から行くのはイバラの道よ。全員が生きて帰れる保証はないわ。
命の危険を冒したくない人は、立ち去っても構わない。
……
これが上手くいったとして、俺たちは本当に何かを成し遂げられるんでしょうか?
それも保証はできないわ。
私が唯一約束できるのは――このためなら、私は喜んでこの命を捧げるということだけだから。
……
残ったのは三十人余り。
それでも、彼らは去るつもりなどなかった。
こんな機会をいただいたことに感謝します、ラヴィニアさん。
この裁判所にあなたがいなければ、俺はとっくに気が狂っていたと思います。
俺もラジオを聞いていて、何が起きたかは大体想像がつきました。
正直、もう我慢できないんです。
俺たちには何もできないかもしれないけど、せめてマフィアの連中には、俺たちが大人しくまな板の上で待つだけの鱗獣なんかじゃないってことを思い知らせてやりたいんだ。
……ありがとう、みんな。
ラヴィニアさん、こちらの準備は完了しました。
もう終わったの?
あはは、今はどのファミリーもめちゃくちゃですからね。
あいつらは普段からこっちのことなんて少しも目に入ってないくらいですし、こんな時に私たちが足元すくってやろうと考えてるとは思いもしませんよ。
でも、ここで教えてやりましょう。奴ら自身が都市の運営に関わったことなんかないってことを。
この街は、私たちの手の中にあるんですから。
あなたたちは心置きなく司令塔に向かってください。
こちらはあらゆる手段を使って、なるべく足止めしておきます。
ありがとう。そちらも無理はしないようにね。
お礼を言うのはこっちのほうですよ。
正面切ってマフィアに抵抗する力なんて、私たちにはありませんし……結局、一番危険なことはあなたに押し付けてしまいましたし。
私は望んでこうしているのよ。
それなら、お互い頑張るとしましょうか。
ええ。一緒に頑張りましょう。
ただ街を混乱に陥れるために、カラチを餌にした上で自らの息子まで巻き込んで、さらにはシチリアを相手取るという大義を用いて部下を騙し……
サルッツォのはぐれ狼がちょっかいを出してきても一切動じることなく、むしろそれを利用してサルッツォを引き込む、か。
ロッサティの若き首領を公然と始末しようとしたことは、アルベルトに君との同盟関係への安心感を与え、他方でほかのファミリーに対しては見せしめになる。
そして、最後のテキサスというカードも十分に利用していたな。――ジョヴァンナの下にあるロッサティは、鞘に収められた鋭い剣のようなものだが……
ウォラックの手にかかれば、それはむき出しになった鋭い凶刃と化すだろう。
加えて、君はルビオとカラチの絆をも見抜いており、ルビオの怒りを利用さえした。彼は自らの辛抱を誰にも知られていないと思っていたし、よもや君に気付かれていたとは考えもするまい。
……あなたがこの都市にいることは知っていたが、まさか私の計画すべてを見抜かれてしまうとは。
大したことではない。結果を知っていれば、そのプロセスを推察するのは簡単なことさ。
しかも、大勢はすでに決しているしな。すべてを推し量ることができたところで、今さら私にできることなど何もない。
仮に、今すぐシチリアがここに現れたとしても、この状況には手を焼くだろうさ。
最も力あるファミリーのドンが、自らのファミリーもろともすべてのマフィアを葬り去ろうとするなどと誰が想像する?
腹を立ててはいないようだな。
シチリアが私に求めたのは、永遠に繁栄するシラクーザではない。
そして私がこの地に求めるものは、権力や富などではないからね。
確かに、君の行いがシチリアの定めたルールに反していることは明らかだ。ゆえにこそ、私は君を処分するためにここへ来た。
だが、こんなところで予想外かつ有意義な親子の会話を聞くことができるとはね。
というと?
シチリアがルール破りを認めないのは、これまでに誰一人として彼女を満足させる答えを出した者がいなかったからだ。
しかし、ベルナルド。君は優秀な息子がいる。
君一人では、シチリアが作り上げたこの時代を揺るがすことなどできはしないが――
君とその息子であれば……
もしかするかもしれない。
はっはははは!
人生というのは、予想もつかない物事に満ちているな。
私は今日、終生の願いを果たしたと――もう心残りはないと思っていた。
それなのに今になって、レオンに成し得ることを見てみたいなどと思うとは。
まったく、残念だよ。
アグニルは一瞬、視線をグレイホールのほうへと向けた。
人ならぬものが近付いてくるのを感じたのだ。
なるほど、噂には聞いたことがあったが……君はここまで計算に入れていたのか?
単にそうせざるをえなかっただけさ。
どうかお引き取りいただけるかな。
これは私が払うべき代償なんだ。
……仕方がないな。
……
その前に、一つお願いしても?
なんだろうか。
アグニル――いや、修道士殿。私はこの人生において、誰にも祈ったことはなく……
自分の疑問にほかの人間が答えられるとも思っていない。
そして主も、私に答えることなどできんだろう。
しかし今、ここにはあなたにしか答えられない疑問がある。
聞こう。
ミズ・シチリアはラテラーノから帰ってきた当時、何を思っていたのだろうか?
……
一口には答えがたいな。
彼女は、自分が直面しようとしている課題に不安を感じており――
一方で、自分が切り開こうとしている時代に期待を抱いていた。
この瞬間、君が感じているものと同じだよ。
……うん、うん、了解。そっちも気を付けてね。
テキサスはんとエクシアはんは大丈夫かいな?
うん。今はラヴィニアさんと一緒にいて、彼女を手伝うつもりだって言ってた。
あの裁判官か。少なくとも、前つるんでたベッローネよりは信頼できそうやな。
何も起こらへんとええけど……
そうだね。
っ……あ……
っ、ジョヴァンナさん! 目が覚めたんですね!
私……生きてるの……?
もちろんですよ……! 刺されたところが心臓から何センチか離れてたおかげで助かったんですって。
それに、ジョヴァンナさんが丈夫な人なのも功を奏したと思います……でないと、持たなかったかも……
……ウォラック……
……私、どれくらい気を失ってたの?
一日です。
一日もあれば、街では色々なことが起きたでしょう。
何があったか教えてちょうだい。
……わかりました。
ようやくお出ましか。我が主――いや、ザーロ。
ベルナルド……
お前は一体何を企てている?
それがわからないほど愚かでもないだろう。お前はただ、導き出した結論を信じたくないだけだ。
よくもそんな真似を――
誹りを受けるいわれはない。
お前自身が私に権力と裏切りを教え込んだのだ。その傲慢さと自信ゆえに、いつか私に裏切られるなどとは夢にも思わなかったのだろうがな。
ベルナルド……忘れるなよ、お前のすべては私が与えたものだということを!
漆黒の霧がベルナルドの首にまとわりついていく。
だが、彼はそれを気にも留めなかった。
まだ理解できていないようだな。
狼主同士のゲームなど、私からすれば言及するほどの価値もない。
さらに言えば――お前の想像が及ぶ限界は、シラクーザという国家一つくらいのものだろう。
ゆえにお前の思う権力の極致とは、一つ、あるいは複数の国を支配下に置き、ひいては大地全体を隷属化することなのだ。
けれども、私はそうは思わない。
真の権力とは、時代を牽引しうるものでなければ。
――当初の計画では、シラクーザは私の手で傾くはずだった。
しかし今……我が子は、より大きな未来を描いていることを教えてくれた。
お前はそれを喜ぶべきだ。
そして、その喜びを抱いて自らの山林へと帰るがいい。
今回のゲームは――
お前の……負けだ。
バカなことを。私にはいくらでも方法が――
そう、狼の主には「牙」を支配する方法が山とある。
だがその瞬間、ザーロは気付いた。ベルナルドの口の端から、血が流れていることに。
毒……!?
初めからこうするつもりだったのか!
ベルナルドは答えなかった。彼にはもはや、口を開く力も残されていないのだ。
ただ顔を上げて、半開きになった教会の扉越しに――
その視線は花畑を、高いビルを、雨雲を越えていく。
そうして最後に時までも越え――
彼は、あの夏を見た。
靴職人として炎天下の中ひたすらに汗を流す彼はしかし、これまでにないほどの充実感を覚えていたのだ。
当時の感覚はその後の人生にも影響を与え、常に心に残り続けることとなった。
彼はゆっくりと目を閉じる。
まるで一人の君主のように。
バカな真似を――
愚か者が!!
巨大な狼の咆哮が教会中に響き渡る。
しかし、それに応じる者はいなかった。
しばらくして、彼はレオントゥッツォが向かったほうへと視線を向ける。
このような失敗は認められない。
絶対に。
ウォルシーニの通りは、ファミリー同士が争っているか、誰もいないかのどちらかだった。
それゆえにか、街の入り口に一人の老婦人がゆっくりと歩いてきていることに気付く者はない。
そう遠くない場所で、アイマスクをした一人のサンクタが、静かに彼女の到着を待っていた。
向こうに見えるのが新市街の建物かしら。
ああ、かなり壮観だね。
ふふっ。個人的には、ちょっと角が尖りすぎていると思うわ。
君はどうもセンスが古いな、シチリア。
あら、あなただって同じようなものでしょう?
それで、どうするかは決めたのかい?
まだよ。
ひとまず、大きな騒ぎを起こしているファミリーに警告するところから始めましょうか。
ミズ・シチリアがそう言った途端、その背後からいくつかの影が飛び出した。
そうして、それはすぐにウォルシーニの建物の間へと消えていく。
それから、旧友に会いに行こうかしら。
私の見解だけでは足りないと?
意見というのは、多いほどいいのよ。
やっぱりここにいたのね。
アグニルが教えたのでしょう。私はこのレストランにいると。
ええ。
ここの料理が気に入りましてね。よく足を運んでいるのですよ。
――ベン、久しぶりね。
久しぶりですね、シチリア。
何をしにきたのですか?
あなたはどう思うの?
街の混乱を鎮めることだけが目的ならば、私のもとへは来ないはずでしょう。
ベルナルドは群狼を理解しているけれど、この計画は結局のところ勢い任せの一言よ。
十二家の闘争心はすでに掻き立てられていて、これを鎮めるのはそう簡単ではないけれど――
……そう難しいことでもない。
とはいえ、アグニルからは別の話も聞いているから、旧友のあなたにアドバイスを聞かせてもらおうと思ったの。
私に意見などありませんよ。ひいきにしているレストランが料理長を変えようとしている……それだけのことですから。
今のシラクーザにはそれなりに愛着があるものと思っていたけど。
ノスタルジーも愛着の一種でしょう。
もう、つれない人ね。
私の意見など本当に必要ですか?
いいえ。
でも知りたいの。文明の中に生まれながら、自らそこを離れたあなたがどう思うかをね。
……人は誰しも、生まれた時代に縛られるものです。
誰一人それを逃れる者はいません。
ベルナルドの考えは、あなたの時代が生んだ執念なのですよ。
彼は暴力を以て解体するという手段には辿り着きましたが、そのあとのことまでは考えが及んでいませんでした。
息子のほうはどうかしら?
未来のことはわかりませんし、なんとも言えないところです。
けれど――あなたもわかっているのでしょう?
彼はこの時代に芽吹いた小さなきざしですよ。