シラクザーノ IS-10・戦闘前
「狼の主」
偵察完了、敵影なーし。
すごいね、あの人たちが教えてくれたこのルート。ここまでほとんど邪魔もされずに一番乗りで着いちゃったよ。
新市街の設計にはクルビアの技術が用いられていて……
その中には、マフィアたちに馴染みのない機能が多くあるのです。
たとえば、この司令塔への直通路は、私たちが通過したあとすぐに封鎖されています。
ほかの入り口も、何らかの技術的手段を使って彼らが封鎖してくれているのです。
加えて、ここに来る途中見てきたように――
ファミリー間の闘争は少しずつ広がっていますから、ほとんどの場合は、司令塔に手を出したくてもほかのファミリーの妨害を懸念して動きづらい状況だと思います。
それに、司令塔があたしたちに占拠されるなんて想像もしてないだろうしね。
ええ。ですが、まだ安心はできません。
少なくとも、ベッローネ、ロッサティ、そしてサルッツォの三家はこの場所を――第二中枢区画を諦めはしませんから。
あたしもテキサスもいるんだから、安心しなって。
……ごめんなさい。本当は、あなたたちを巻き込むつもりはなかったんですが……
これは私が自分で決めたことだ。
あたしもそうだよ! あ、でも報酬をくれるなら、あとでピッツァが美味しいお店でも教えてもらおうかな。
わかりました。
……
先ほど、これはクルビアの技術だと言っていたな。
はい。技術支援を行っていたのはロッサティですから、彼らには突破方法があるのではないかという懸念はありますね。
……では、奴らが必ず通るだろう道を教えてくれ。
……
妙だな。
あんたもそう思うか。
さっきから回り道させられてるが、原因はほかのファミリーの妨害だけじゃない……
あのゲートにしても、あれだけ見れば何かしらのアクシデントで作動したようにも思えただろう。
しかし、ここまでに入った邪魔を考慮すると、何もかも意図的なものだと考えるのが妥当だ。
……つまり、誰かに先を越されたってことか?
その上、そいつらはこのエリアの構造をよく理解してるってことにもなるな。
……で、そんな知識を持ってるのは俺たちロッサティの人間か……
この第二中枢区画の建造に関わった連中だけだ。
……今はそれが誰だろうとどうでもいい。
突破方法はわかるのか?
……試してみよう。うちの部下なら誰かは知ってるだろう。
ダメだな。時間がかかりすぎる。
それに……
これが本当に意図的なことなら、必ず保険をかけてるはずだ。
あんたが何を言いたいのかはわかってる。
このクソッたれな協力関係もここまでらしいな。
ああ。
……
おい、ベッローネの。俺らはある意味似た者同士だ。
あんたと一緒にしないでほしいな。
違うってのか?
あんたは賢そうに見えて、実際はめちゃくちゃ忠実なバカ野郎だってのは見てりゃわかるぜ。
自己弁護するのも大概にしろよ。
そういう意味じゃねえ。自分が何をしてるかくらいわかってる。後悔だってしてない。
だが、あんたのほうはどうなんだ? あんたの言い分が本当なら――ベッローネのドンはすべてを引き起こした元凶で、しかもあんたは兄弟分とすら敵対しそうになってんだろ。
本当に手を下せるのか?
本当に欲しいものを手に入れられるのか?
実際そうしたあんたは手に入れたってのか?
いいや。残ったのは罪悪感だが、ほかに方法がなかったんだ。
ラヴィニアさん、この司令塔のエンジニアたちを見つけました。全員で一つの部屋に隠れていたようです。
あなたとお話ししたいと言ってます。
わかりました。
あなたは……裁判官さん!?
安心してください、あなた方を傷つけるつもりはありませんから。
私は特定のファミリーを代表して来たわけでもなければ、ミズ・シチリアの代理人でもありません。
……であれば、何の代表としていらしたのですか?
今の私は、何をも代表していない立場です。
……わかりました。
危害を加えないと約束していただけるのなら、お手伝いします。
……では、一つお聞きしたいのですが。
はい。
第二中枢区画の分離システムを起動するよう指示した人物は誰なのですか? ベッローネの者でしょうか?
……彼が言うには……ベッローネのドン、ベルナルドだという話でした。
ベルナルド……本当にあなただったのね。
権力のために、本気でここまでやるなんて――
そういえば、あの人……私に向かって、ファミリーの存在しないシラクーザを想像したことはあるか、と聞いてきたんです。
……何ですって?
前に見えるのがあのゲートのコントロールセンターだな?
はい。
だったら――
また会うとはな、チェリーニア。
……
まあ、俺たちの間には、生きるか死ぬかしかねえのは確かだ。
……ラヴィニア? あの裁判官か?
ええ。
ドンのご指示通り、無理に突破せず回り道して役人を捕まえましたんで、この件はそいつから聞き出しました。
ラヴィニアはすでに部下を連れて司令塔を占拠してるそうです。
たかが裁判官が、役人どもの助けを借りてこんな真似をしでかすとは……どのファミリーからしても予想外だってのは確かだろうな。
だが、こんな小細工で足止めしたところで、あの女に何ができる?
――ドン、大変です!
言え。
ラップランドが……! あいつがさっき戻ってきて、うちの連中に切りかかってきたんです! 今もこっちに向かってます!
……
あいつを止めろ。
はい!
随分殺しの腕を上げたな、ラップランド。
昔のお前なら、ここまで着くのにもう少し時間がかかっただろうし手傷も負ってたはずだろう。
そう言うそっちは相変わらずだね。部下が殺されるのを見ても平然としてるもの。
使えねえ部下を惜しむ必要がどこにある?
じゃあ、使えない子供はどう? おっとそうだった! 忘れてたよ……お父様にとっては子供も部下も同じだよね。
わかってんだろう、可愛い娘よ。俺が一番嫌ってるのは、無能で従順なバカだってことくらいな。
俺は、お前が戻ってきた時から待ってたんだ。
お前が牙を剥いてくる瞬間をな。
今、ようやくその時が来た。
それで、お前がこれまで何年も幾度となく俺を怒らせ、俺に背き、そして反抗してきた理由は何なんだ?
言え。さもないと、お前のしつけができねえからな。
アルベルトの言葉を聞いて、ラップランドは笑った。
しかし一方で、手にした武器を下ろしもした。
ボクはね、ずっとアナタに対する暗殺計画を立てるべきかを悩んでたんだ。
ほう。
お前にも父親殺しを躊躇う心があるんだとでも言いたいのか?
やるかどうかじゃなくて、その意味を考えてたのさ。
まさかお前が意味なんてものに悩むとはな。
ボクからすれば、意味は大事なんだよ。アナタが利益を重視するのと同じくらいにね。
お父様は、ボクがこんなにテキサスに関心を持つ理由を知ってる?
お前から説明されたことはないな。
――ボクは生まれた時からこのファミリーの一員として育って……
アナタはシラクーザ人らしい方法でボクをしつけたし、ボクもアナタの期待に応えてた。
シラクーザ人らしさにかけては、ボク以上の人はいないだろうね。
お前はそれを認めたくないもんだとばかり思ってたよ。
ボクが本当の意味でお父様の支配から逃れたことなんて……あると思う?
いや、アナタの支配というよりは、シラクーザの、ファミリーの、血縁の、そしてルールの支配から、だね。
ボクはそのすべてが嫌いだけど、結局そこから逃れることなんてできないって気付いたんだ。
それは目に見えない形でボクを支配していて……
どんなに抵抗したところで、それは結局アナタの支配下でのことでしかない。
どこにも出口なんてないんだよ。
シラクーザを逃げ場のない泥沼だなんて思ってるのはお前だけだ。
濁りきった自分たちでは気付いてないだけさ。アナタもほかの人たちもみんなその泥水の一部だからね。
あの頃のボクにはこんなこと理解できなかったけど……
当時のボクは、自分のことを十分狂ってると思ってたし、反抗的だとも思ってた。でも、今にしてみればそんなのは自己欺瞞にすぎないんだ。
あの時のアナタはきっと、あと数年もすればボクは現状を受け入れるだろうと考えてたんだよね?
もちろんだ。
お前の反抗心は感じたが、それがどこから来るのかが理解できなくてな。
それはお父様が自分の人生と行いの正しさを信じているからだよ。
アナタは、ボクがいつかは自分みたいになるって信じて疑わなかったんだよね。
そしてそんな時に、あの子が現れたんだ。
初めは、遠く離れたクルビアにボクよりもデキる子がいるって知って気になってさ。
チェリーニア・テキサス……サルヴァトーレの孫娘。
冷酷で、強くて、義理堅い人で。
あの子はシラクーザに来てすぐに、マフィアの間では一番有名なシラクーザ人になった。
本当はただのクルビア人なのにね。
お前もあいつも実力ではそう変わらんだろう。
アハッ、当然。
だけど問題はそこじゃなくて――
あの子はどこからどう見てもシラクーザ人で、この泥沼に浸りきってたはずだってことなのさ。
それなのにあの子は自分の血筋に背いて、自分のファミリーが粛清されるのを看過したでしょう。
あの件で糾弾されるべきなのはジュセッペだ。チェリーニアのどこに罪がある?
群狼の間では、裏切りは珍しくないことだけど……
あの子は、見捨てて逃げることを選んだんだよ。
ねえ、想像できる?
あの子が本気でシラクーザを離れてすべてを捨てたいと願っていることに気付いた時、ボクがどんなに――
興奮したか!
お前は、チェリーニアがある種の抵抗に成功したと思ったわけか?
成功はしてないよ。この国があの子を手放すことなんてないしね。
だったらお前はどうしてここに立ってんだ。あいつが原因なんじゃないのか。
原因? あの子が?
違うよ、お父様。全然違う。
ボクがここに立っているのは、あの子の成功や失敗から何かを学んだからじゃない。
あの子がボクに、こういう選択もあるってことを教えてくれたからなんだ。
ボクには、あの子が最終的にここへ戻ってくることくらいわかってたんだ。だから、戻ったあと何をするのかを楽しみにしてたのさ。
だが、あいつは何もしなかった。
違うよ。お父様にはわからないだろうね。
あの子は選択をしたんだ。
何やってるかわかってんだろうな、チェリーニア。
それをお前が知る必要はないし、理解もできまい。
あんたはかつてクルビアから逃げ、シラクーザから逃げ、すべてを放り出したくせに……
悪びれもせず、この場所に立ってやがる。
ふざけた話だと思わねえのか?
――この土地にはまだ救いがあるらしい。
だから逃げるのをやめた。それだけだ。
逃げるのをやめたから、帰ってきたってか。
じゃあ、昔あんたに見捨てられた奴らはどうなるんだ?
そいつらにもそう言ってやったらどうなんだ!
八つ当たりだな。
ジョヴァンナに手を下さざるを得なかったことの原因を、私に押し付けようとしているんだろう。
俺もそこまで恥知らずじゃねえよ。
だとしても、その代償は払ってもらおう。
……あんた、ろくな死に方しねえぞ。
心配無用だ。私にとって、死は理想の終着点だからな。
く、そっ……
そこで今度はボクの番ってわけ。
考えすぎて眠れない夜を過ごしたこともあったけど……
こうしてアナタと向き合ってみたら、ふと気付いたんだ。
――それが案外難しいことじゃなかったことに。
ボクのやりたいことは、アナタに反抗することでも、アナタを殺すことでもなかった。
ただほかでもないアナタに、ボクのお父様に、このファミリーに、この泥沼に別れを告げればいいだけのことだったんだ。
そのために来たんだよ。
お前はシラクーザのすべてを敵に回そうっていうのか。
違うよ。
シラクーザのほうが、ボクを敵に回したのさ。
……
さようなら、お父様。
ラップランドは父に向かって深く別れの礼をした。
アルベルトは漠然と、この化け物を始末するならこれが最後のチャンスだと感じていた。
そう――これは化け物だ。
自ら育て上げてきた、一匹の化け物。
彼女は決して無敵ではないが、何にも負けはしないように思えた。
今すぐに手を下せば、娘をその場で殺せるという確信はある。
彼女は決して恐れ知らずではないが、失えるもののすべてを自ら捨て去っていた。
後顧の憂いを断つために、今手を下すべきなのだ。
だが……
「お父様」と彼女は呼んだ。
これは、自らの手で育ててきた化け物なのだ。
単に出ていくだけならば、会いに来る必要などあっただろうか?
はぐれ狼は自らの古巣を覚えているものだが、今日を境に彼の娘はその巣をすらも捨てるのだ。
アルベルトは深くため息をついた。
娘よ。俺を裏切った、俺の誇りよ。次に会う時はお前を殺す。
ラップランドは微笑んで、何も答えはしなかった。
彼女はもうはぐれ狼ではない。
シラクーザに彼女の居場所はなく――
彼女自身、もはやそれを必要とはしていなかった。
あとはキミだけだね、テキサス。
本当にチェリーニアさんを一人にして大丈夫なんですか?
大丈夫だって。
テキサスが一人で行くっていうからには、きっとそれなりの理由があるしさ。
気にはならないんですか?
良きパートナーであるためには、相手が言いたくないことを聞かないことが必要になるからね!
本当に仲が良いのですね。
当然でしょ~!
ん?
どうされました?
そっちに向かって誰かがすごいスピードで近付いてるよ。
一人ですか?
うん、一人。
黒髪で、派手なマフィアの若旦那~って感じの服着てて……銃の形したアーツユニットを二丁持った人だよ。
……レオン?
ラヴィニア……やっぱりあんたたちか。
……どうしてあなたがここに?
あんたを探していたんだ。ファミリーとの連絡手段はすべて遮断されていたから、連絡の取りようがなかったしな。
途中で、ほかのファミリーの奴から、第二中枢区画の各通路を誰かが塞いでいるという情報を得て……これはマフィアのやり口じゃないと思った。
それでここに来たというわけだ。
……そうよね。あなたもカラチさんと長く関わっていたのだから、ここが一番の突破口になることを知っていておかしくないわ。
だけど、もうあなたに話すことなんて何もない。
待ってくれ、ラヴィニア……
俺がここに来たのは――
レオン……!? それにラヴィニアさんも……裁判所の連中まで……
そうか。第二中枢区画の件を操っていたのはあんただったんだな、ラヴィニアさん。
……
レオン、あの後どこに行ってたんだ? まさか彼女とずっと一緒にいたのか?
……
いいや、親父の所に行ってきた。
何だと?
どうして言ってくれなかったんだ!?
……アルベルトに対面した時に……そして、あの洗車工の言葉を聞いた時に……俺は気付いたんだ。
自分がこれまで、とんでもない間違いをしていたことに。
だから――
広い大通りの両側には、それぞれディミトリとラヴィニアが立っている。
レオントゥッツォは深く息を吸い込むと、ラヴィニアのほうへと歩いていった。
これがお前の答えなのか?
ああ。
俺はもう、ベッローネのリーダーじゃない。
……何を言ってるかわかってるんだよな、レオン。
わかっているさ。
よくもそんなことが言えるな……!
どれだけ崇高な理想があろうと、ドンがファミリーを見捨てたことは事実なんだぞ!
なのにお前まで――どんなに高い目標があるかなんて知らないが、俺たちを裏切るつもりなのか!?
俺たちは一つの家族なんだぞ、レオントゥッツォ!
俺の目を見て答えろ!
これまでずっと共に育ち、多くを共にしてきたのに――
お前からすれば、そんなものは何の価値もないって言うのか!
親父は自らのファミリーを火種に、シラクーザの新時代へ繋がる導火線に火をつけようとしていた。
確かにそれは間違いだ。でも……
レオントゥッツォはゆっくりと目を上げ、ディミトリをまっすぐに見た。
どこまで行っても、俺はいつかすべてのファミリーの敵に回る。
必ずそうなる定めなら――
長く苦しむより、一瞬の痛みで済んだほうがマシだろ、ディーマ。
……
しかしその瞬間、突如として場の全員に悪寒が走った。
何……だ……
っ……頭の中で……声が……
黒い霧がその場で凝縮していく。
霧が集まっていくほどに、目には見えない威圧感がその場の人々の頭に、肩に、心の中に少しずつのしかかる。
彼らはその威圧感にわずかな近しさを覚えた。まるで血の繋がりのような……否、まさしくそれは血の繋がりある相手なのだ。
けれども次の瞬間、彼らはただ果てしない恐怖を感じた。なぜならその中には、果てしない怒りが含まれていたからだ。
理性は抑圧されていき、何かがこう語り掛けてきているように感じた――
跪け。
服従せよ。
っ、寒い……
その圧に耐えきれなかった者たちが次々に倒れていき、残りはレオントゥッツォとラヴィニア、ディミトリの三人だけになった。
この感覚……覚えがある。
レオントゥッツォは黒い霧が形作った実体へと目を向けた。
気を付けて! その霧、なんかヤバいよ!
これは……狼の主だ。
その言葉が落ちた瞬間、霧は狼へと姿を変えて、レオントゥッツォたちに向かってきた。