シラクザーノ IS-ST-3・幕間
摘出
あっ! 本当に来てくれたんですね!
ルビオさんの娘さん……ですね?
はい。……お父さんから、ラヴィニアさんが来てくれるって聞いてはいましたけど、冗談だとばかり思ってました。
私も友達も、ラヴィニアさんをすっごく尊敬してるんです!
お父さんみたいな人たちと違って、ラヴィニアさんは政府で唯一清廉潔白な人ですから!
……お父さんとは仲が良くないのですか?
……良くも悪くもない、ですね。
あ、お父さんのことは好きですよ。いつも時間がたっぷりある分、たくさん遊んでくれますし。
でも、あんなふうに保身に走ってばかりの人は、野心がなさすぎるとも思うんですよね。
あの歳でようやく地味なポストに就いて、出世しようとしてないのなんてお父さんくらいですし……
お父さんの下積み時代からの同期は、みんな大出世してますし……
同期というと……
少し前に亡くなった、建設部長のカラチさんもそうですよ。
あれは本当に危険な立場でしたから。
私も知ってます、けど……あの人は毎日テレビに出てましたし、大きなファミリーの人だってあの人には丁寧に接してました。
どうせ役人になるなら、そこまで登り詰めないと意味がないと思いませんか?
そうかもしれませんね。
だから……お父さんが急に建設部長になると決まって、正直すごく驚いてるんです。
どうして急に気が変わったんですかね……もっと早くこうしてくれてたら、お母さんと別れることもなかったのに……
え……?
お母さんはお父さんの不甲斐なさに愛想が尽きちゃって……二人は数年前に離婚してるんです。
まあ、お母さんはあんまり性格の良い人じゃなかったので、私はお父さんについていくことにしたんですけどね。
そういえば、ラヴィニアさんならお父さんがどうやって建設部長に選ばれたか知ってそうですよね。教えてくれませんか?
……ごめんなさい、私は知らないんです。
そうなんだ……いえ、大丈夫です。
それじゃ、よかったら適当に座ってください。
今日はここで、お父さんの就任演説を聞くつもりなんです。
……
(ルビオさんの部屋……思ったより整頓されているのね。)
今、意外って思いましたよね。見た目はだらしないですけど、ああ見えてすごく規則正しい生活を送ってるんですよ。
日記を書く習慣もありますしね。
日記を……?
はい。確かここに……うん、ありました。
まあ、厳密には日記っていうか、思いつきを書き留めてるだけみたいですけどね。
ここ数年書いたり書かなかったりして、全部合わせてもこのくらいしかないんです。
勝手に見てしまっていいんですか?
大丈夫ですよ。こんなところに置いてるのは、見られても問題ないからですし。
私も何回か読んだことあるんですけど、つまらない内容ばっかりでしたよ。典型的な中年男の回顧録、って感じで、長いし退屈なんです。
ご興味があれば、読んじゃってもいいですよ。
……
ルビオさん、演説会場はこちらです。
ありがとう。では、皆さんは下がってください。
ですが……あなたをお守りするようにと命令を受けていますので。
この場には誰も入れない。そうでしょう?
……わかりました。
……
いやはや……権力、か。
このソファで扉を塞いで……このくらいが関の山だな。
あとは……
カラチ、もう少し待っていてくれよ。すぐそっちに行くからな。
どうだった?
……お医者さんが言うには、刺されたところが心臓から何センチか離れてたおかげで、即死はせずに済んだみたい。
でも、まだ予断を許さない状況だって……
テキサスさんは?
んー……
……
昨日帰ってきてからずっとぼーっとしてるんだよね。
あそこに座ったままぴくりともしないし、ご飯食べよって声かけても反応なし。
……今はそっとしといてあげよう。あたしとクロワッサンはこのまま病院で見張りを続けるから、テキサスさんのことはお願いね。
任せといて。病院組も気を付けてね。
……あ~あ、退屈だな~。
そういえば、今日って何かの演説があるんじゃなかったっけ?
聞いてみよーっと。
親愛なる市民の皆様、こんにちは。
ほとんどの方は私のことなどご存知ないでしょうが、無理もありません。
私はこれまで、取るに足らないポストに就いていたのですから。
そもそも、市民の皆さんの多くは、前任のカラチ氏と、かのラヴィニア裁判官を除けば、我々政府の人間などほとんど知りもしないことでしょう。
私は、裁判官さんと親しくはありませんが、カラチ前部長とは交流がありました。
今日の演説は、皆さんご存知の彼のことから始めるとしましょう。
私とカラチは、市場監督局の同期でした。
こちらが後方で書類仕事をしているのに対して、逞しく精力的な人物だった彼は、実地調査を担当していました。
その当時から、彼は物怖じしない言動で有名で、大ファミリー相手でも果敢に立ち向かっていました。
しかし実のところ、そんな彼に不満を持つマフィアもいたのです。彼は何度も始末されそうになりながらも、うまくやり過ごしたり、何とか耐え忍んだりしていました。
つまり、当時の局内では誰もが彼を厄介者扱いし、助けようともしなかったのです。
それゆえに、彼の報告業務は、同じく嫌われ者だった私に押し付けられました。
その業務は苦労の絶えないものでした。
けれど、私に達成感を与えてくれもしたものです。
私には彼のような大胆な行動は取れませんでしたが、彼は私のやりたいことを代わりに実行してくれました。そして私も、彼の手伝いという形で恩を返していました。
そのようにして、我々の付き合いは深くなっていったのです。
レオン。この数年カラチと仕事をしてきたお前も、彼を高く評価していたことは知っている。
お前の知るカラチは、どんな人物だ?
……あの人は、活力にあふれた人だった。
マフィアへの対処法をよく知っていて、単に角が立たないようにするだけでなく、マフィアに利益を与えつつ、目的のためにうまく利用することもできる人物だったんだ。
本来なら様々なマフィアの手で妨げられていたであろうことも、彼の手にかかれば、いつもうまく片付いていた。
お前のやり方が、彼の影響を強く受けていることは見ればわかる。
……俺はただ、カラチのやり方と俺の考えには類似点があると思っただけだ。
今はもう、殺し合いで問題を解決するような時代じゃない。
マフィアたちが時代に適応したいと望むなら、相応に変わらなければいけないんだ。
やはり、わかっていないな。
何をわかっていないと言うんだ?
お前は無意識のうちに、自分とラヴィニア、そしてカラチを同じように見ているんだ。
彼らとお前は違うということを忘れるな。
わかっているさ。
本当にわかっているのなら、ここに立ってはいないだろう。
残念だが、時間切れだな。
親父……?
もし、お前が生き延びてくれたら……
いいや、やめておこう。
......
――彼は多くのマフィアたちからすれば目障りな存在ではありましたが、その秀でた能力については誰もが認めるところでした。
そのため、私よりもはるかに早く昇進していったのです。
正直なことを言えば、当時は、彼が昇進すればすぐに死んでしまうだろうと思っていました。
というのも、それまで彼が死なずに済んでいたのは、諸々の利権に関わりすぎない立場にいたからこそだと考えていたためです。
地位が上がってもやり方を変えずにいたならば、彼はきっと手に負えない人物まで刺激してしまうだろうと私は思いました。
けれど、それは間違っていたのです。
……お父さんがこんなにたくさん喋る人だなんて知らなかった……
あの、ラヴィニアさんはどう思いますか?
……ラヴィニアさん?
ラヴィニアがその呼びかけにまったく気付いていないことに、ルビオの娘は気が付いた。
彼女は手にした日記を読むのに集中しきっていたのだ。
ルビオさん、あなたは一体……
実際、我々の組織では、カラチと同じ初心を持つ人間は決して少なくありません。
ですが様々な理由から、彼らは最終的にマフィアに屈し、ひいてはこびへつらうことを選びました。
けれども、カラチは違ったのです。彼は屈しないだけでなく、彼らに対抗するすべを常に模索し続けていました。
彼の努力は価値あるものです。
私の予想は外れ、カラチは出世後もすぐに死ぬことはなく、むしろさらなる高みへと上り詰めていきました。
あるパーティーで再会した時、彼が私に言ったことは今でもよく覚えています。
「今のファミリーはどこも軟弱だ。」と、彼はそう言いました。
このおじさん、肝が据わってるなあ……
ん?
んー……なんか外の様子が変だから、ちょっと見てくるね。
……
エクシア。
何?
ジョヴァンナを龍門に連れて帰ると言ったら、どう思う?
良いと思うよ。
あの人すっごく面白いしね。
だけど――それはキミの本心じゃないような気もするな。
テキサスは視線を窓辺のテーブルへと移した。そこにはネックレスが置かれている。
それはかつてミズ・シチリアが贈った証であり――
ジョヴァンナが残した贈り物でもあった。
――祖父からすれば、クルビアのマフィアたちは変わってしまっていた。
彼らは利益のためならどんなに汚いことにも手を染めて、道義の欠片もない殺人を行っていたのだ。
そして父からすれば、シラクーザのマフィアは腐敗していた。
道義などというもののために、手を伸ばせば得られる利益を諦め、そのために戦うこともせず、自らの歩みを制限する。そんなやり方は愚かとしか言いようがなかったのだ。
けれども、テキサスからすれば、祖父と父はいずれも正しく、そして間違っていた。
仮に、彼女がただジョヴァンナの身に起きたことに憤っているだけであれば……
今度はジョヴァンナを共に連れ、七年前のように立ち去ればいいだけの話だ。
しかし、祖父の死を知った時にも、あの洗車工を見逃してやった時にも、父の助けを求める声を黙殺した時にも、彼女が思っていたのは――
このすべてに終わりはないのだろう、ということだった。
彼は私にマフィアへの対象法を教えてくれたのですが、それは笑ってしまうほどシンプルなものでした。
彼らが断れないような品物や利益を差し出す――それだけです。
マフィアたちには、カラチが持つパイプを奪えないわけではありませんでした。
けれど一方で、彼らには優れた管理者が欠けていたのです。彼らは略奪しか知らず、真の管理とは何たるかを知りませんでした。
ゆえに、カラチはその卓越した能力を武器にして、次第にいくつかの大きなファミリーのお気に入りになっていきました。
そうして、彼らが建設部長の座を巡り争っていた時、誰もが満足する候補者として選出されたのです。
こう聞くと、疑問を感じる方もいるでしょう。
実質的に、カラチは誰にでもいい顔をする連中と変わらなかったのではないか、と。
ですが私に言わせれば、シラクーザのような――根底に悪が存在している国において、善人が存在することなど初めから不可能です。
少し過激な言い方をするのなら、私たちは皆悪人なのです。
……これって、就任演説でしていい話なの……?
……
……
うーん、やっぱりさっさと拠点を移しとくべきだったね。
でも、昨日みたいなこともあったし、しょうがないか。
チッ、あのサンクタ手ごわいな……
相手は一人だ、囲め!
あたしの大事な相棒が休憩中なんだ、ちょっと静かにしてくれる?
はあ、ほんと迷惑な人たちだなあ。
……あ~あ……こんな時誰かいてくれたら、「エクシア、お前が言うな!」とか言ってくれるのに。
独りぼっちだとほんと退屈!
あれあれ? もしかして、助けが必要かい?
前から思ってたんだけど、キミって……もしかして暇なの?
キミと同じで、答えを待ってるだけさ。
どういうこと?
テキサスが龍門に戻るかどうかが、キミにとって重要なの?
重要だよ、すごくね。
それに、今はあの子に戻ってほしいと思ってるんだ。
ってことは……つまり、あたしたちに味方してくれるってこと?
正解。
オッケー、一人っきりよりそっちのほうがマシだしね。
と、申し訳ない。つまらない話をしてしまいましたね。
ですが、皆様お気づきの通り、私が今日ここにいるのは、就任演説をするためではなく……
本心を語るためなのです。
――カラチは高い理想を抱いていましたが、私に新都市の今後について語ったことは一度もありませんでした。
というのも、この地位に就いた時、彼にはすでに死ぬ覚悟ができていたからです。
彼がここ数年で成し遂げたことは誰もが知るところでしょう。
そして、彼がその目で新都市の完成を見ることが叶うだろうと思われた矢先、彼は数日前に突然亡くなりました。
……私は結局、この怒りを抑えきれなかったのです。
それゆえベッローネに近付いて、自己推薦の上で、建設部長の地位を得ました。
さらにその過程で、ベッローネとサルッツォの衝撃的な陰謀を知るに至ったのです。
彼らは初めから都市を混乱させることを計画しており、新たに建設された移動都市の占領を目論んでいました。
そうして、ミズ・シチリアに対抗するつもりでいるのです。
ドン、これは――
……
ベルナルドに動きは?
ありません。
……あの野郎、一体何考えてやがる……
おい、ダンブラウン。
……
――ダンブラウン!
……聞いてるよ。
お前、今ルビオの近くにいるな。
ああ。
その狂った野郎を始末しろ。
……了解。
やれやれ……やはり本気の相手には大した足止めにならないな。
あんた、バカだな。
こんなことして何の意味があるんだ?
……
あなたは……その服装から判断するに普段は労働者のようですね。
「ダンブラウン洗車店」って店をやっててな。いつもは洗車工をしてるんだ。
そのお店なら、見覚えがあります。
そうかい。
つまり、あなたはダンブラウンさんというお名前なんですね。
ああ。
ご自分のお仕事について、思うところはありませんか?
ないな。
ヌルくなってきたこのシラクーザじゃ、やることが何もなくなったから、適当に始めてみただけだしよ。
それは残念です。あなたには、より多くのことに目を向けていただきたいところですね。
あなたたちのようなマフィアのお偉方は、我々を永遠に支配できるものと思い込んでいるのでしょう。
常に自分たちの敵はお互いだけだと思っていて、私たちのことなど一顧だにしていませんしね。
ですが、進み続ける時代の中で、いつまでも変わらぬものなどないのです。
どんなにご立派なことを言おうが、あんたはほんの少し演説しただけだろ。
たったそれだけの言葉でファミリーの――ミズ・シチリアの統治を覆せるってのか?
何にせよ、この千載一遇のチャンスを用いて、私の考えがすでに伝えられたことは確かでしょう。
ベルナルド氏とミズ・シチリアのどちらが勝つかなど私は知りませんし、興味もありません。
ただ、信じるのみです。――いずれ時代があなたたちを見捨てることを。
シラクーザが新たな時代を迎える命運にあるのなら、その主人公はマフィアであるわけがないのですから。
私たちには力はなく、まさしく弱者と呼べるでしょう。
しかし、いわゆる文明というものは、そもそも暴力を克服するために存在しています。
我々は平等を――暴力に基づくことのない秩序を追い求めているのです。
暴力は俺たちの本能だろうが。
そうでしょうか? であれば、すべてのファミリーが同じ方向へと進んでいる理由は何だと思いますか?
彼らが皆、暴力と闘争ではなく、金と権力を追求するのはなぜだと思いますか?
よもや、今日ここで私を殺すことは、単なる衝動的な暴力の発露だとでも言いたいのですか?
あなたが私を殺しに来たのは――その背後にいる人物が権力を握るために、私が邪魔だからではないですか?
……
ご覧なさい。あなたは答えをわかっている。
さて……もしよろしければ、この命を終わらせるのは私自身に任せていただきたく思います。
これが何かはご存知ですか?
銃、か?
はい。数年前あるルートを通じて、BSWから購入したものです。
銃は扱いが難しいですし、血の気が多いマフィアが相手なら、これで解決できるとも限りません。
せいぜい、自分と同じ弱い人間から身を守るのに使えるくらいのものでしょう。
思えば私は――何年も前から、これを誰に向けるべきかを理解していたように思います。
……
ルビオは、その銃口をゆっくりと自分のこめかみに当てた。
そうだ、ダンブラウンさん。
いつかあなたが、シラクーザの地で、武器を手に取ることもなく、ただの洗車工として生きていける日が来ることを願っていますよ。
……
ラヴィニアさん、私夢でも見てるんでしょうか……? うちの、お父さんが……殺し屋相手にあんなことを言うなんて……
やめて、お父さん……どうしよう、お父さんが危ない……!
……
ラヴィニアは涙が込み上げてくるのを感じた。
けれど、それを拭うだけの余裕はない。これから起きることが、彼女にはわかっていたからだ。
彼女はルビオの娘のそばへと歩み寄り、そっと耳を塞いでやった。
ウォルシーニの住民たちはこの日を決して忘れはしない。
その早朝、よく通る一つの銃声が、ラジオを通じてウォルシーニ中に響き渡った。
前食品安全保証部長ルビオは、建設部長への就任演説中に命を落とした。
その後の混乱は半日のうちに収まったものの、この件はのちに、シラクーザの未来を変える発端となる。