シラクザーノ IS-8・戦闘後
累卵の危機
テキサスさん!
どうした?
カタリナさん……ううん、ジョヴァンナさんが危ない目に遭ってるかも……!
何?
今電話してたんですけど、なんだか様子がおかしくて。
……ラップランドか。
ハーイ。
何の用だ。
つれないなあ。キミの幼馴染が、キミたちの拠点の近くで自分の部下に囲まれちゃってるよって伝えようと思っただけなのに。
……
ジョヴァンナさんを助けに行かないと!
……わかっている。
待ちなよ。
本当に行くつもりなの?
キミはロッサティを敵に回してでも、ここを離れようとしてるんだよね?
なのに、あの人のために自分からこの泥沼に留まろうっていうの?
よく考えたほうがいいよ、テキサス。
踵を返して立ち去るのなら、今が最後のチャンスだからね。
……
ソラ……
テキサスさん、聞いてください。
確かに、最初はあなたを探すために活動の場を広げただけのことでした。
だけどあたしは、シラクーザの舞台芸術の雰囲気がだんだんと好きになってきてるんです。
ここの人は傲慢なところもありますけど、龍門のがめつい商人に比べればよっぽどマシですから。
それに、エクシアだって、シラクーザで一番美味しいピッツァを見つけるんだーとかずっと言ってますし……
クロワッサンは……そもそもあの性格なら、どんな環境でもやっていけますし。
だから、さっき提案しようと思ってたんですけど……みんなが遊び尽くしてから龍門に帰るのもいいんじゃないかなって。
何にせよ、いずれ龍門に帰る時は四人揃っていないとな。
はい。四人揃って……
あっ、すみません、もう一人。さっきジョヴァンナさんと話してた時に、龍門に招待して案内するって約束したので、全部で五人ですね。
……ああ。
路地には数人が倒れこんでいた。
ジョヴァンナの身体にはすでに多くの傷跡があり――
彼女自身を含めた誰もが、逃げ場などないことを理解していた。
ジョヴァンナさん、もう諦めてくれ。
……
ねえ、お酒はある?
……お前、車からボトル取ってこい。
はい。
……私、考えたことがあるのよ。クルビアでのビジネスに手を出すべきかどうか。
源石兵器に新薬、それに軍とのパイプや……
役人からのご機嫌取り、クルビア政府からの「好意」も含めて。
チャンスを掴むべきじゃないか、ってね。
でも、私はずっと、ある程度で止めたほうがいいこともあると思っていたの。
私たちは既得権益者であって、あまりに多くのものを奪ってきた。自分を善良と言うつもりはないけど、私たちにはやってはいけないことがあるのを忘れるべきじゃないのよ。
これを古臭いルールだとか、つまらないこだわりだとか思われたって構わないわ。
時代は変わったんですよ、ジョヴァンナさん。
新しい時代には、新しいルールが必要ですから――
ジジイどもの信じる道義なんてもんは捨てるべき時が来たんです。
たとえ俺たちがやらなくたって、いつか誰かがやるでしょう。そうなれば、俺たちは取り残されることになります。
あなたは、ほかのマフィア連中がそういう商売をものにしていくのを黙って見てろ、なんて言うつもりなんですか?
じゃあ、あなたならどうするの?
全部掌握してみせますよ。新しいものも、古いものも。
俺は、古巣に戻ってそういうものから目を逸らすような真似はしません。
ウォラックさん、ボトルを持ってきました。
……
さあ、ウォラック。最後の一杯を注いでくれる?
……ええ。
あら、私のお気に入りじゃない。前から準備してたわけ?
あなたが戻ってきてくれたら、祝杯として注ぐつもりでした。
フッ。
それじゃ……これからは、あなたがロッサティのドンよ。
ジョヴァンナさん……
やってちょうだい。
……ッ!
鋭利なものが身体を貫く音が路地へと響き――
すぐさま、雨音にかき消されていった。
テキサスには、自分が遅れてしまったことがわかっていた。
戦いの痕跡は路地の至るところにあり、地面に血が広がっている。
その血を辿って視線を走らせれば、よく知る姿が倒れこんでいた。
……
心が震える。
ジョヴァンナ!
ここでなら、ゆっくりお話しできそうですね。
あなたの共犯者になるつもりはありません。
……随分辛辣な仰りようだ。
お助けしたことへの感謝の言葉はいただけないのですか?
……
まあ、構いません。私が勝手にしたことだとでも思ってください。
あなた方のようなお若い人は積極的なのが長所ですが、すぐ頭に血が上ってしまうのは玉に瑕ですね。
実のところ、あなたに手伝っていただきたいことなどないのです。
私はただ、優秀な若者が破滅へ向かうのを見たくなかっただけですから。
あなたがそんなことを仰るんですか?
どうやら、カラチの件で誤解されているようですね。
あなたに対して誤解があるとは思えませんが。
私は、目の前のことにより気を配っているだけなのです。
「政府というのは、グレイホールの円卓に敷かれたテーブルクロスのようなもの。」
シラクーザ人なら誰もが、ミズ・シチリアのこの言葉を知っていますよね。
ですが、この言葉がどこから来たものかを知る人は恐らくほとんどいないでしょう。
……
三十年前……今のあなたのように、自分たちならこのシラクーザをマフィアの支配から解放できると夢見る若者たちがいました。
ですが、シラクーザの空を覆う暗雲は果てしなく、彼らの支持者は見つかりませんでした。
やがて、彼らは利益を餌にいくつかのファミリーを抱き込んで……敵うと思ったその相手に、抵抗しようとしたのです。
けれど、その末路は……誰も知りません。
そんな……ことが?
一つ、想像してみてください。
――あなたの父は市政府で働く事務員です。
ある朝、いつも通り起きたあなたは、顔を洗って朝食を食べ終えたところで、父の忘れ物に気付きます。そして、母からそれを届けてくるよう頼まれるのです。
その時は雨期で、父親と喧嘩したばかりのあなたは機嫌が悪かったのですが……自分にも非があると思いなおし、謝りに行こうと考えました。
けれど、あなたがシティホールに入ると、そこは妙に静まり返っていました。
普段であれば、その時間のシティホールが静かなはずはないというのに。
あなたはそうして、いくつものオフィスの扉の下から血が流れ出ているのを見て……
ホールの床が血だらけであることに、ようやく気付いたのです。
……!
その日、シティホールの人は全員いなくなってしまいました。
輪をかけて恐ろしかったのは、誰一人としてこの事件について語ろうとしないことでした。誰に尋ねても――あなたの母でさえ、皆と同じように沈黙を選んだのです。
消えてしまった人たちなど、最初から存在しなかったかのように。
その後しばらくするとシティホールには再び人が集まり始め、もうしばらくすれば以前の賑わいが戻ってきました。
最後には気付かされるのです――すべては、「こういうもの」なのだと。
ミズ・シチリアの例の言葉が広まりだしたのはその時からでした。
「政府というのは、グレイホールの円卓に敷かれたテーブルクロスのようなもの。」――であれば、いつでも取り換えられるのは当然のことなのです。
こうしたことを経験すれば、理解が及ぶでしょうが……
怒りが存在するのは自然なことです。けれど、そのあとにやってくるのは――
虚無なのです。
今のあなたは、あふれんばかりの怒りをぶつける相手すらもわからずにいることでしょう。
それはドン・ベルナルドか、ベッローネか、あるいはミズ・シチリアか……
いいえ、どれも違います。彼らは皆秩序の一部にすぎませんし、あなたは秩序の守り人として、誰よりもよくわかっているはずです。
――この秩序が、こんなにも揺るぎないものであることを。
だからあなたと同じように、両目を閉じて耳を覆い、今起きているすべてに見て見ぬふりをしろと言いたいのですか?
自分を偽って生きろとでも、言いたいのですか?
あなたはうちの娘以上に考えが甘いようですね。
先達としてお教えできることは、あなたが訪ねていらした時と変わりません。――どのような理想があるにせよ、まずは生き延びることです。
死に急ぐにしても、せめて後継者を見つけてからにしなさい。
思想を伝えるために生きていくことは、時として潔く死ぬよりも難しいものですよ。
……
ところで……私の就任は数日後に決まりました。合わせて、ドン・ベルナルドが都市全体へのスピーチの場を用意してくださっています。
その際私のために何かしていただく必要はありませんが、うちの妻と娘の面倒を見ていただけると嬉しく思います。
このくらいなら、あなたの信条に背くことでもないでしょうしね。
おや? 若者よ、君は友人と共に去ったはずでは?
それが~……ちょっと個人的な質問があってさ。
なるほど。
聞こうか。
学生時代に、おじいちゃんのことを何度か聞いてたんだ。若い頃は教皇聖下と並んで、すっごく有望視されてたんでしょ?
だけど、ミズ・シチリアがラテラーノを訪れたあと、おじいちゃんは迷わず彼女と一緒に国を出て行ったんだよね。
なぜシチリアと共にラテラーノを去ったかを知りたいのかね?
そうじゃなくてさ……おじいちゃんとミズ・シチリアって仲良しなんだよね?
何をもって「仲がいい」とするかにもよるが、彼女への理解度という意味であれば、確かに私より深く理解している者はいないかもしれないな。
とはいえ、実のところ我々の性格はまったく異なっている。
少なくとも今日に至るまで、こうした都市で彼女が私にもたらすだろう面倒ごとを喜んで避けようとするくらいにはね。
だけど、それも仲良しだからこそじゃない?
否定はするまい。
じゃあさ……どうやってミズ・シチリアと何十年も仲良くやってきたの?
……
はっはははは!
アグニルおじいちゃん、あたし真面目に聞いてるんだけど。
実にいい質問だ、若人よ。
君の友人の質問よりもよほど面白いな。
だがその前に……こちらにも気になることがある。
先ほどの話から察するに、君とテキサスは非常に良い関係を築いているのだろう。
うん! あたしたち、最高の相棒なんだ~!
となれば、自分たちの友情を疑ってはいないな。
もちろん!
ふむ。であれば――その問いかけをする理由が見えてきたよ。
共感があれば人と通じ合うことはたやすくなるが、共感をし合えない相手と付き合う中では、やはり疑念も生まれるものだ。
そして、君は騙されることを恐れているのではなく、疑念そのものを恐れている。
人から誠意を持って接されると、疑いを抱いたことが恥ずかしくなるのだろう。
しかし同時に、いつかその疑念が現実になったら、自分がどう振舞うかわからないと感じて恐ろしい……
違うかね?
そう、それ! それが言いたかったの!
思うに、ラテラーノを去ったサンクタは皆こうした問題に直面するものだ。
シチリアがラテラーノに滞在していた当時、私は彼女のガイドを務めていた。
けれど実際のところ――私は噂にあるように、シチリアの考えに感銘を受けて彼女と共に発ったわけではない。
あの頃のシチリアはまだ若かった。どれだけの才があっても、しばらくラテラーノに滞在したくらいで、すぐさまシラクーザを変える方法を思いつくなど不可能だ。
彼女の考えは未熟で非現実的だったが、当時の私の考えと偶然一致する部分があった。
そこで我々は日夜討論を重ね、論争をし、最終的には共にシラクーザへ向かって、二人の考えを証明することにした。
討論と……論争?
ああ。
シラクーザに来たあとも論争は絶えず続いているんだ。実際、この国に対する見解が我々の間で一致したことは一度もないしね。
だが、それは互いの考えを理解することを妨げるものではない。
つまり、その討論と論争が秘訣ってこと?
ははっ……君はどう思う?
あたしは違う考えだなー。
テキサスとは、何かを真面目に話し合ったことなんてほとんどないけど、いつの間にか相棒になってたからさ。
若者よ、君は聡明だな。
結局のところ、私とシチリアを結びつけたのは……理念でも、状況でも、感情でさえもない。
それは歳月だよ。
歳月……
過ごしてきた月日が大抵の溝を埋め、人々がそれをどう思うにせよ結びつきを与えるんだ。
君たちはこれからも良きパートナーであり続けるんだろう?
もっちろん! いつまでもサイッコーの相棒だよ。
ならば、迷わず進みなさい。
君はこの先多くを経験することになる。それは彼女もまた同じことだろう。
それぞれの物語としては、交わる部分は多くないかもしれないが……
そこで君たちが、同じ道を共に歩むのならば。
そんな心配は必要のないことだ。