火山と雲と夢色の旅路 SL-8・戦闘前
愛してる
アデル……とても素敵な名前ね、そのまま呼んでもいいかしら?
初めて火山に登ったら誰もがすることを聞いたことある?
いえ、マグマで羽獣の卵を焼くのよ。
でも二十七の火山を登ったことのある私が保証するわ。羽獣の卵を焼くことに関しては、マグマも源石コンロも味に違いがないわ。
お前はいつも黒焦げにするからな。
ちょっと! いつも美味しそうに食べてるくせに!
心配しなくていい、アデル。お前は私の後ろを歩くんだ。私が踏んだ地面ならしっかりしているから。
緊張するなら、私の手を握る?
アデル、前に私たちがなぜ火山を愛しているのかと聞いたわよね?
自分の目で火山の噴火を一度見たら、永遠に忘れられないと保証するわ。
私は山頂で静かに座って考えるのが好きなの。大地も私たち自身も謎に満ちており、一生をかけてもその万分の一の答えも出せないかもしれない。けど謎解きの過程を十分楽しんでいるわ。
人間は移動都市を発明するも、今に至るまで天災が形成される原因は解明されていない。人間は源石を利用し多くの道具を生み出したが、その石の我々への反動になす術がない。
こうした自然の偉大な力に向き合った時に、人間は自らのちっぽけさを認識すべきだ。そうすれば膨大な時間と労力を無意味な身内での殺し合いに費やさなくなるだろう。
アデル、カティアの悲観的な意見は気にしなくていいわ。この大地の全ての場所がシエスタのように純粋なわけではないもの。
貴族たちの争いに巻き込まれる学者として、カティアが不満をこぼすのも当然よ。でもこれらの問題について、私は彼と異なる見解をずっと持っているの。
人はもちろんちっぽけよ。けどちっぽけだからこそ、私たちはこの大地に居場所があるの。
......
ケラー教授、こちらは一号観測ステーションからの信号が途切れる前の二時間以内のデータです。
こんな異常は見たことがありません、教授の判断を仰ぐしか……
地表のガス濃度は変化していないな。なぜ温度が突然これほどまで上昇した?
もしこの数値が本当だとすると、シエスタ火山に蓄積されているエネルギーが突如十倍に増加したことになる……いや、どう考えてもありえない。
……異常なデータとして無視していいだろう。
変化をシティホールに知らせ、市民たちに備えさせよう。私たちにはそれしかできない。
ケラー先生、これは恐らく通常のデータ異常ではありません。
たしか、両親の研究ノートにも、似たような状況が何度か記載されていました……火山周囲の温度が他の数値と整合性が取れないほど異常に高まったというような。
結局のところ原因は解明されていませんが、これが偶然だととても思えません。
ケラー先生、現地へ確認に行く必要はありませんか?
一号観測ステーションは火山の中腹にある。今が最も危険な時だ。
このようなデータは機器の故障によるものではあり得ないし、これ以上危険を冒して現場へ調査に行く必要はない。最後の観測結果のデータは他の観測ステーションのデータに基づいて修正可能だ。
ケラー先生、わかりません……
今回の観測はとても重要で、多くの学者が待ち望んでいたチャンスだと先生はずっと言ってました。この都市の何十万人の生活に影響を及ぼすので、可能な限り厳密であるべきではないんですか?
もし今逃げたら……私の両親の犠牲が全くの無意味であったと認めたも同然ではないんですか?
少女の声はとても大きいとは言えず、体も微かに震えていた。こうして真剣に自分の考えを伝えるだけでも、かなりの力を消耗するようである。
ケラーは少し当惑した。
そうだ……
先生のことは説得できないみたいです……
もし先生が行きたくないなら、私一人で行ってもいいですか……
冗談はよすんだ、現在火山がどんな状況かは不明だ。そんな危険な場所に君一人で行かせられるわけがない――
ケラー先生……お母さんのあの防護服、返していただけますか?
食べる以外にやることないのか? このまま食べ続けたら腹が破裂しちまう……
ギターでも聞くのはどうだ?
うーん……もっと面白いことくらいあるはずだろ……
今さら黒曜石祭より面白いことなんてねぇだろうよ? あんなに人や観光客がいて、通りや店も終わりが見えなくて、いつまでも音楽が流れ続けてさ。どんだけ楽しかったことか!
このパーティーを見ておると、第一回黒曜石祭を思い出すのう。
第一回黒曜石祭? そりゃ何年も前の話だろ?
もう覚えておる者はほとんどおらんじゃろうな。第一回の黒曜石祭はのう。実は坑道の中で、採掘場の労働者たちが開催したんじゃ。
うむ、参加者も少なく、まともなミュージシャンもおらんかった。みなが気の向くままに曲を弾いたり、自分で作った歌を歌ったり、そうやって始まったんじゃ……
あの時はまさかこんなに大きくて、たくさんの人を魅了するイベントになるなんて思っとらんかった。
ならこのパーティーはまた次もあるのか?
ハハハ、それは誰にもわからんわい!
けど街の中心部に引っ越したら、あんたたちの店はどこも営業しなくなるんだろ?
多分な、別の生き方をしないとだな。ずっと変わらない生活なんてないだろ。
けど、今後も時間がある時はここに来て、屋台を出したりギターを弾いたりして、人が来たらごちそうして、誰も来なけりゃ海と向こうの旧シエスタを眺めるだろうさ。
そういえば、前のビーチの砂を入れた缶も持ってきてるんだぜ!
……もしも、火山が噴火したら、前の場所は全部火山灰だらけになるでしょうね。
私たちが歩いた道も、行った店も、遊んだビーチも、全部火山灰に埋もれちゃうのよ。
けどお前だって今日ここで開いたパーティーは忘れないだろ?
……もちろんよ、これも新たな思い出よ。
持っていたギターを店主が弾く中、遠くからは他の者たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
おーい、お前さんたち踊らんか?
こんな時は踊らんとな、若者たち! 食って飲んでおしゃべりしとるだけじゃ、パーティーとは言えんぞ!
よし、じゃあ曲を変えよう!
そっちのお姉さんも一緒に弾くかい?
もちろん。
バードは弦を弾くと、ゆったりとしたメロディーがこの区画を取り囲んだ。人々は芝生に寝そべり、夜空や蛍、星々を眺めている。
ジジジ、不調和なノイズが響いた。
火山活動の観測データに基づき、シエスタ火山は数時間以内に噴火する恐れがあります。
移動都市はすでに火山の噴火によって被害を受ける範囲から離れているため、慌てる必要はありません。
しかし噴火の震動により津波が発生する恐れがあります。市民の皆さんは速やかに海辺を離れてください。繰り返します、市民の皆さんは速やかに海辺を離れてください。
噴火するのか? 今日? 今? なんつータイミングの悪さだ。
むしろ良いタイミングかもな。
早く海辺を離れろってどういうことだ? ここが水没するのか? この道具は持って行くか? ここに置いといたら流されるだろ?
そんなのはいい、まずは避難が先だ!
店主は演奏する手を止めて妻の方を見やった。バーベキューの煙はまだ消えておらず、彼女の顔もいまだ喜びによる赤みが引いていない。
彼女は残念そうに持っていた鉄串を置いた。
はぁ、私たちが去った後に波が今日の足跡を飲み込んじゃうでしょうね……私のバーベキューコンロも、あなたのギターも一緒に。
火山と海が、過去とのお別れを手伝ってくれるみたいだな。
高い所へ登ろう。上なら海水に浸ることはないし、俺たちにはまた新たな生活ができるんだ。
ダウンタウンの方? 狭すぎないか心配なのよね。あなたの楽器や私のバーベキューコンロの置き場所がないんじゃないかって。
だけど俺とお前の居場所はあるだろ。
店主は妻の目を見る。彼の瞳はきらきらと輝いていた。
彼女は突然笑顔になった。
……それもそうね! 実はそれで十分なのよね!
そうさ、実はそれで十分なのさ。
行こうぜ! トム爺さんも呼びに行かないとな。自慢のアイスを手放せないって動かない可能性があるし。
おーい――トム爺さん――! 行くわよ! でないと津波が来て、アイスクリームと一緒に流されちゃうわよ!
おっと……何てこった……
アイスを運ぶの手伝ってくれたあの嬢ちゃんは? 置いてくことはできんぞ……
(見つけた……)
(欠けてたノートの二ページ、カティア教授の筆跡に間違いない。それと軍の封蝋……)
(ケラー、一体何を隠してるんだ……)
カーン博士?
……
君か……ケラー教授は?
二時間前に火山観測ステーションからの信号が途絶え、最後に送られたデータが非常におかしなものだったんです。
あの人はどうしてほかの人に知らせてないんだ?
ケラー教授が、緊急事態のため、彼女自ら確認に行くと言っていました。
彼女一人で行ったのか?
いいえ、あのリターニアからの実習生も一緒のようです。
……
もう安全な場所まで避難できたんだよね……
ここは火山から百キロ離れてる、きっと大丈夫だ……
シティホールはそう言ってる……
けど……地面の揺れを感じない?
エニス! リーフを見なかったかい!
家にいたんじゃなかったのか……
さっき帰ってきたらいなくなってたんだよ、あんたのとこには来てないのかい?
まずいな……
あれ? 誰もいない……みんなほかの場所に遊びに行ったのかな?
ここにいるのはあなただけだね……お友達とはぐれちゃったの?
……
車両は山の麓に止まった。見慣れた山並みはすでにその様相を変えていた。
山の植物はすでに枯れ、険しくそびえ立つ岩は、より高く大きく見えた。
夕闇が迫り、二人の心に影が落ちる。
これが……シエスタ火山。
アデル、気を付けるんだ……
車はここまでだ。あとの道は徒歩で行くしかない。
一号観測ステーションは山の中腹にあるので、ここからまだしばらくある。
大丈夫です、ついていく体力はまだありますから。
ああ……
学者は下を向き、心が刺すように痛んだ。
……恐れているのは一体誰か?
火山は目の前にある。しかし自分は一歩も前に進めない。
ケラー先生、大丈夫ですか?
……私の手を握りますか?
……
赤黒いマグマがまるで血管のごとく岩を這って広がりつつあった。巨大なシエスタ火山が今まさに荒々しく呼吸している。
大地の中心からこの崖まで、マグマは熱く、静かに、長い長い歳月をかけてたどり着いたのだ。
この道はアデルが想像したほど遠くはないようで、彼女の今の体力であれば、一人で中腹まで登ることができる。
それと同時に、想像したよりもずっと長いようで、心の中で数え切れないほど記憶を巡らせるのに十分だった。
例の観測ステーションはここだ。
この機器……誰かがここに来たのか?
ですがほかの人の足跡はありません……
源石エネルギー反応に変化はない。しかし温度測定装置は確かに高温反応を記録している……
周囲を見渡しても、影の中にある漆黒の岩と、溶けた石しかない。
変だな……
何も異常はないはずだ。設備を再調整した後、戻るとしよう。
カーン、どうして君まで来たんだ?
はぁ……はぁ……
二人が……火山に登ったって……聞いたんで……
なぜです……
観測ステーションのデータに変動があってな。アデルが放っておけないと言うので、確認しに来たんだ。
恐らく、何かしらのトラブルによるものだろう。今から安全な観測ステーションまで撤退するところだ。
……
この火山は確かに活発になってきていますね。噴火時間がさらに早まるかもしれません……
そうだな、まずは戻るとしよう。
ケラー教授、待ってください……
カーン先輩?
息を切らした男が体を震わせながら、懐から何かのファイルを取り出した。そしてそのファイルの表紙を見た瞬間、ケラーの表情は即座に色を失った。
1095年9月、ウナ火山、あなたはどうして突然フィールドワークチームから離脱したんですか……
同年11月、あなたはナウマン夫妻の葬儀に参列せず、ヴィルヘルム大学と軍の座談会にてあなたを目撃した者がいる。
それと、カティア教授の源石と天災に関する研究資料は、アデルすら見たことないのに、なぜあなたとリターニア軍の手紙の中に現れたんだ!
ケラー……私の質問に答えろ!
ケラー先生……
……
アデル、前にも言ったが、今回の観測を終えたら、君にすべてを話す……
カーン、ここは危険だ、早く――
ケラー……私たちは今ここに立っている。マグナ教授たちも来たことのある火山に立ってるんだ。
この景色を前にして、まだ嘘つくのかよ!?
うーん、人間のことに介入したくはないんだけど。
でもここは喧嘩するには適した場所じゃないよ……