ダーティマネー CV-3・戦闘前
罠
銀行に金を借りに行く? お前正気か?
じゃなきゃどうしろっていうのよ? もう残り何日もないのに、一体どうやってトリマウンツまでの交通費をかき集めればいいの? 今回の臨床試験がティビーにとって最後のチャンスなのよ!?
もっと別の方法を考えるから……
別の方法って何よ!? お金を借りる以外に、もう方法なんてないわよ!
……そ、そうだ、前にティビーのために重病保険に加入しただろ?
昨日の午後私がどこで何をしてたと思ってるの? そんなのとっくに試したわよ! 窓口で保険金の請求をしたら、ティビーの病気は補償範囲じゃないって突っぱねられたわ!
頼むから、それでも金を借りるのだけはよそう、な?
姉さんのこと忘れたのか? 少しの金を借りただけで破産するまで追い込まれ、あんな悲惨な目に遭って、最後は……
……
……一家全員、開拓地へ向かう途中で死んでしまった。
だからまずは冷静になれ、必ず何か方法があるはず……
銀行に来るたびにこういう光景を目にするわね……
だからこそ、この「レセプションパーティー」に参加しなきゃいけないんだよ、フランカ。
自分たちの目で確かめないと……わたしたちはいつまで経っても何一つわからないままだ。
バロン基地がデイヴィスタウンを牽引して元の航路に戻すと?
今回の任務は州政府から直接依頼されたものであり、最終的な結果はBSWの信用とイメージに直結します。ですから我々は必ず全力を尽くします。
それは大変素晴らしい、感謝いたします。
当然のことですので。
お二人はビールになさいますか、それともシャンパンを? 何ぶんこのような小さな町ですから、大したものはお出しできませんが、なにとぞご容赦願います。
……大したものは出せない? またまたご謙遜を。
見てよ隊長、このビールはラベルが貼られてないだけで、品質はクラフトブルワリーのレアブランドと遜色ないわ。こっちのシャンパンもなかなかの上物だし……随分良いセンスしてるわね。
ありがとうございます。過酷な地域に駐在する代わりに、わたくし共には供給物資としていくらか高級な品も提供されますもので。やはり何と言ってもモチベーションの維持は大切ですからね。
冷たいビールを思う存分味わいたくなるような暖房の強さも、そのモチベーション維持の一環かしら?
……おっしゃる通り、我々には電力や暖房を含む、独立した予備のエネルギー供給システムがございます。
ほかの建物にはそういった予備システムはないみたいだけど。
これは初期の建設計画時に、初代頭取が不慮の事態に備えて下した英断でございまして。
金融機関が提供するサービスは特殊なもので、多額の資金が出入りします。システムにせよ資源にせよ、すべて独自のものを用いた方が信頼性が高いですから。
BSW様がデイヴィスタウンに自らのセーフハウスを建てたのも、同様のお考えによるものではございませんか?
そうね……あたしはお水でいいわ。このビールは御行の行員の頑張りにでも取っておいてちょうだい。
現段階の動力炉の修理状況について、すでにBSW本部へ報告を送りました。
目下は区画の運行再開に十分な動力を供給できるまでには至っていませんが、これからの方針を本部の方で策定し直してくれるはずですので、ご安心ください。
ええ、御社のデイヴィスタウンに対するご尽力につきましては、わたくし共も大変感謝しております。
ですが、その方針が出される前に、一つ無理を承知でお願いがございまして。
……お願い?
BSW様にはデイヴィスタウンの治安維持にご協力いただきたいのです。
お二人も区画周辺で野盗に遭遇したかと思います。彼らはこの地に多大な損失をもたらしていますが、より強い懸念といたしまして……
この区画には、控えめに言えばチンピラ、悪く言えばそうした野盗の予備軍のような者たちがいるのです。
その手の人間をデイヴィスタウンから取り除いていただければ、大変ありがたく存じます。こちらがそのリストです……
ここ数日、我々はすでに区画周辺の警戒任務に人員を送り込んではいますが、彼らの報告から推察するに、これだけ多くの危険分子が区画内にいるとは思えませんね。
すでに破産した身でありながら、勤勉に働き借金を返済するつもりもない人間は、いずれ向こう見ずな行動を取らないとも限らない……違いますか?
……そこまでおっしゃるなら、我々の方でもう一度詳しく調査しておきます。
「詳しく調査」? 本気で仰っておられるのですか? わたくし共の言葉が信用ならないと?
リスト一枚の確認を取るだけで御行への信頼が損なわれるというのならば、そのような信頼はあまりに脆すぎると思いませんか?
……いいでしょう。
お調べになりたいのであれば、徹底的にどうぞ。
どうでしょう、そちらで何か発見はありましたか?
ああ、ターゲットはすでに視界に入っている……来たのはどうやら一人ではないようだ。
仲間がいるんですか?
……区画の人間のようだ。
ウッドロウさん、こ……こんなことあり得るんですか?
あり得ないことなんかない。政府が崩壊して以来、まともに働きもしない若者たちは徒党を組み、至る所でトラブルを起こしてるからな。
であれば……彼らは荒野の野盗と結託して何をするつもりですか?
ジェシカ……奴らが解散するようだ、拘束するか?
ウッドロウさん……?
もう少し待て、まだその時じゃない。
では……今はまだ行動せず、彼らの現れた場所をマークしておいてください。次に姿を現したら、すぐに連絡を。
わかった、問題ない。
待て、俺が見てくる。その野盗たちはどの方向へ向かった?
南東の方だ。
わたしも行きましょうか?
いや、俺一人で十分だ。
お前は先に戻ってろ。
ジェシカ……あの老人は区画の人間か?
はい。これまであの野盗たちの調査をしていたそうで、任務にも協力してくれているんです。
その……こんなことを言うべきではないかもしれんが、忠告はしておこう……現地の人間と親しくなりすぎるのは、正味、良いことではない。
な、なぜですか?
デイヴィスタウンのような区画が政府に回収された後、元通りということはほとんどない。きっと別の用途に転用されるはずだ。区画産業や施設はおろか……住民までも一新されるのが通例だから。
一新? では元々住んでいた人々は? 彼らはどうなるんですか?
BSWがどう対応するかはわからない。だが俺の以前の雇い主は、住民を追い出すことだけを請け負い、追い出された人たちがどこへ行くのか、その後どうなるかといったことには全く無関心だった。
そんな!? それは違法行為です! 合法的に住んでいる人々を追い出す道理なんてどこにあるんですか!?
はあ、こういう破綻寸前の区画なら、口実などいくらでもあるだろうな。借金だの税務調査だの、安全上のリスクだの……
借金……
俺だけじゃない、区画の全員が借金を抱えてる。はぁ……ここまで話したからには、全部ぶっちゃけるか。
あんたがここに来るなり尋ねた、例の雪原へ歩いて行った男のことだが、あれも大方借金がかさんでのことだろう……ここじゃよくある話だ。負債を抱えて破産し、行き場を失って仕方なく……
ジェシカ、おい、ジェシカ! どうしたんだ?
わ……わたし先に戻ります。
……お前んとこのあの頑固オヤジ……今日こそ……
ん?
……ガキと無駄話するな……
……放せ……
子供の声!?
よく吠えるガキだぜ。口を塞いでぶん殴ってやろうか!? おとなしくついてきて――
動かないで、その子を放しなさい!
放せだと? お前何者だ?
助けて! こいつらにさらわれる!
もう一度言います、その子を放しなさい!
はあ? こいつをさらったから何だってんだよ、ええ? こいつの親父はデカい借金してるんだぞ。こんなガキ一人売り飛ばしたところでまだまだ返し足りないくらいのな!
借金? それって銀行から借りたお金のことですか? それなら、あなたたちは銀行の命令でこんなことを!?
……いちいち首突っ込んでくんじゃねぇ、失せろ!
助けて――
黙れ!
うっ、ゴホッ……
これが最後です。動かないで、その子を放しなさい。でなければ次は警告では済みません!
……チッ、仕方ねぇ。
行くぞ、こんなガキのために命をかける必要はねぇ。
ハァ……ハァ……
あなた、お名前は? おうちはどこですか? 送りますから。
僕はベニー……ありがとう、あそこのレストランまで送ってくれればいいよ。父さんは毎晩あそこへ行くから、そこで待ってる……
もしかして、あなたのお父さんはレオーネさんですか?
どうしてそれを?
あの人とは面識があるんです。そうだ、先ほどの二人が言っていた借金の件ですが……銀行が彼らを雇って取り立てに来たんですか?
……初めは督促状だけだったんだ。そのうち家に嫌がらせをしに来るようになって、父さんが追い払ってたけど……今度は、僕を使って返済を迫るつもりなんだと思う。
でもこれは誘拐ですよ……
この区画には警察がいないからね。
……お父さん宛ての請求書を見せてもらえますか? わたしなら力になれるかもしれません。
ほ……本気で言ってるの? 父さんの借金、怖いくらいたくさんあるんだよ……
一通り見て回ったが、エネルギータワー内には……俺たちにできることはもうないみたいだな。
言っただろう、修理すべき箇所はもうないとな。あのローラってお嬢ちゃんの手際は見事なもんだった。わざわざ見に来る必要なんぞなかろうよ。
BSWが手をつけてない部分で、俺たちにできることがないか確認したかっただけだよ。
そうすればBSWがお前さんにもっと報酬を払ってくれて、銀行の借金を完済できるって?
……少なくともいくらか望みはあるだろ。
それよりは空から金券が降ってくる方がまだ望みがあるだろうな。
前にも言ったが、今のお前さんが返済をする唯一の手立ては、採掘工場の株を売り払うことだけだぞ。
それを言うな。
お前さんがその株に一生分の貯蓄を注ぎ込んだことは知っとるさ。そのうえ借金まで背負って――
ダメなもんはダメなんだ。
なら聞くが、BSWが支払う金でお前さんの借金はいくら減る? まさか利息すらチャラにできんとは言うまいな?
……
ならばこうしよう。わしの代わりにお前さんが動力炉のメンテナンスをしてくれ。ちょうどこの数日はBSWが持って来てくれた燃料が使えるしな。
わしは数日休むことにするから、わしの分の報酬は全部お前さんにやろう。そいつを銀行に渡せば、考えを整理するための時間稼ぎくらいにはなるはずだ。
ダメだ、マイルズ。それはあんたが汗水垂らして稼いだ金だろう。そんなのはタダでくれるのとなにも違わねぇじゃねぇか。
あれもダメこれもダメなんて言ったところで立ち行かんぞ。銀行がお前さんの破産を宣告してすべてを持ち去ろうとする時も、ダメの一言であいつらを追い払うつもりなのか?
……何とかするさ。
ビール代に電気代、保証金……よかった、このくらいならまだわたしが負担できる範囲内だ……
負担って……あなたレオーネの借金を肩代わりでもするつもり?
それが可能なら、そうします。
でも、父さんは人に借りを作るのが一番嫌いなんだ。兄さんが死んで葬式代が払えなかった時も、皆がお金を貸してくれようとしたのに、物乞い扱いしやがってとか言って断ったんだから。
その時は結局、ウッドロウさんと一緒に区画の外に行って、伐採や狩り、鱗獣捕りなんかを二ヶ月間休まず続けて……帰ってきた時は指がひどく変形してたよ。
それでいくら稼いだんですか?
二、三千くらい、かな。
……それだけでは、彼の借金は返しきれませんね。
ちょっと待ってください……レオーネさんは採掘工場の株主でもあるんですか!?
そう、なんだけどね。工場が稼働停止になってからもあの人は株を手放したがらなくて、燃料費や施設維持費、土地管理費を払い続けてるの……毎年銀行から多額の借金をしてるのはそのせいなのよ。
そ、そんなのまるで自らお金を垂れ流してるようなものじゃないですか……さすがに、わたしも負担しきれません……
早く採掘工場の株を売らなければ、レオーネさんはそのうちすべてを失ってしまいます。
売るわけないよ。父さんは採掘工場を何よりも愛してるからね。僕を連れて開拓地へ重労働をしに行くことになろうと、絶対に手放したりなんかしないよ。
ベニー、そんなこと言わないの。あなたのお父さんがそんな人じゃないってことくらいわかってるでしょ。
……
それとジェシカ、どうしてあなたがそんなに焦ってるの? 仮にもレオーネは採掘工場の大株主よ。銀行だってそんなに早く彼の破産を宣告したりはしないはずだけど。
実はさっき、ベニーが誘拐されそうになったところに出くわしまして……レオーネさんに借金の返済を迫ろうとしたみたいで。
誘拐ですって!?
レオーネにつきまとうだけならまだしも、十歳そこらの子供を誘拐しようだなんて……あいつらよくもそんな真似ができるわね!?
ベニー、しばらくうちに泊まりなさい。息子がいなくなったことに気付いてレオーネがここにやってきたら、あいつにしっかり言ってやらないと。あなた父親として何をやっているのってね!
いや、いいよそんな。父さんに心配をかけたくないんだ……
これは心配かけるかけないっていう問題じゃないわ。自分のしてることがどんな結果をもたらすのか、ちゃんとわからせないと!
ぼ、僕……やっぱり家に帰るよ。
ちょっと……はぁ、あんな石頭にどうしてこんな物分かりのいい息子がいるのやら。
いずれにしても、レオーネさんがその株を売却する気にさえなってくれれば、そのお金と彼の知らない還付金や優遇政策で、なんとか借金は返せるはずです。
ほんとに?
えっと……十中八九いけると思います。
いいわ。これ以上わがままは言ってられないってことを、そろそろ誰かがあいつにわからせてやらないとね。
やっと終わった……
どうして建物全体のメインスイッチが、正面玄関からちょうど百歩の所にあるんだろう? これも銀行の創設者の深い考えなのかな?
……そんなわけないか。
……まったく理にかなってないものね。
一歩、二歩、三歩……七歩目の位置にカウンターがあって、そこを左に曲がる……
……二十四、二十五、二十六……あっ、照明に当たっちゃった。
五十七、五十八、五十九……
百。
あの、すみません……
……はい?
銀行はまだやってますよね? お……お金を借りたいんですが――
シルヴィア? シルヴィア、ちょっと聞いてもらえる? お金を借りたいんだけど、利息率を少しだけ優遇してもらえないかしら……ごめんなさい、私あなたにあんなきつく当たるべきじゃ――
あなた……どうして?
……お前こそ……どうしてここにいるんだよ……
お二人とも、申し訳ありません。本日の営業は終了しましたので……
無言で顔を見合わせる夫婦を横目に、シルヴィアはうつむきながら銀行の正面玄関を後にした。
道中、街灯では払いきれない深い暗闇が彼女に寄り添い、親しげに彼女の首にまとわりつく。
母親がこの世を去ってからというもの、彼女は毎日こうやって帰宅していた。
……千八百七十七、千八百七十八、着いた。
お母さん、ただいま。
彼女は少し待ったが、扉の向こうは静寂を保ったままだった。
しばらく経って、彼女は鍵を取り出し、扉を開けた。玄関マットに靴底をこすりつけると、息の詰まるような暗闇を背後の大通りへと置き去りにし、扉を閉めた。