ダーティマネー CV-6・戦闘前
狩人の夜
本当にこんな早い時間帯から出動する必要がある? 銀行の外にはまだ人っ子一人いないのに。
眠気覚ましのミントキャンディならありますよ。
ありがとう、ジェシカ。だけどミントキャンディじゃあまり効かないわ。ねぇ、優等生サマ、あたしをつねって。
……ったく。
いたぁっ!
よし、仕事仕事。みんな、シャキッとして! ほら、あなたに言ってるのよ!
ふぁ……は――はい! す、すみません、フランカさん。
よろしい。それじゃよく聞いて。
この銀行には全部で四つの出口があるの。ベイニー、あなたは四人連れて裏口を守って。ザック、右側はあなたとアニーに任せたわ。
了解!
カッパー、君はコインと一緒にガレージドアに向かって。
了解!
残りのメンバーはわたしたち三人と正面玄関前を……
コホン。あの、すいません、ちょっと聞きたいんっすけど……
あなたたちは今日一日ここにいるんですか?
はい、そのようなつもりですが……心配はいりませんよ。我々はただ見張りをするだけで、皆さんの手続きには関与しませんから。
手続き? そんなの数日前に全部済ませましたよ。俺はもう開拓合意書にサインしてますから。
でしたら本日はどのようなご用で……?
そうっすね……銀行のサービスを採点しに来たって感じっすかね。そんで俺の評価は――
(親指を下に向ける)
ブゥゥ――
この弾……お前がジェシカに持って来させたのか?
ああ、数年前にヴィクトリアのあるアンティークショップで偶然見つけてな。
道理であの時、お前がキャンプ中を探し回っても見つからなかったわけだと思ったよ。今考えればどこかの士官があの銃を密かにヴィクトリアへ持ち出していたんだろうな。
銃の行方がわからなくなった今、この弾があいつの唯一の遺品だ。
だから銃にあんまり派手な模様を施すなと散々言ったのに……で、なぜこの弾を自分で持っておかないんだ?
私より、お前が持っているほうが妥当だろう。
なんだ、後ろめたいのか?
友人だったからな。このような形で結末を迎えたことは、私だって悲しいさ。
ならその後ろめたさと悲しみを行動で示すんだな。
望みは何だ、ウッディ?
部下を呼び戻せ。住民をこれ以上追い出すな。
たとえBSWが去っても、政府は別の傭兵企業を寄越すだろう。どうせ結果は同じだ。
じゃあこの任務を断ることだってできたんだな?
我々ブラックスチール・ワールドワイドは、「ワールドワイド」とうたってはいるが、本部の所在地はクルビアだ。政府に依頼された任務とあらば、我々に拒否する権利はない。
お前にも他人にビクビクしなけりゃならない時があったとはな。
今はもう昔とは違うんだ。クルビア政府の目には、我々のような武人などトリマウンツの技術者たちとは比べ物にならんほど劣った存在として映っている。
……
教えてくれ、社長さんよ。BSWは、今回の銀行や政府との契約で何が得られるんだ?
これは長期的な契約ではない。
政府が要請を出し、我々はそれに従い実行し、報酬を得る。それ以外のことには……関心がないし、関心を寄せることも許されない。
ラテラーノにいた頃、お前はいつも俺に多くのことを語っていた。国家間の摩擦から、市井のいざこざに至るまで……それらが原因で苦難に苛まれる人々がいつだってお前の話題の中心だった。
遠い昔のことだ。私はもう覚えていない。
だが俺はよく覚えているよ。図書館から学生寮へと続くあの道で、お前は俺にこう言ったんだ。「強い奴は自分を守り、偉大な奴は他人を守る。」
なのになぜ今は、そういった人々を目の当たりにしながら、関心がないだの、関心を寄せることも許されないだのと言えるんだ?
ウッディ、私たちは老いた。関心を向けられるものは非常に限られている。
そうだな。俺たちは老いたし、関心を向けられるものは数少ない……だがその残された数少ないものは、どれも最も大切なものだ。
俺みたいなヨボヨボのジジイが、区画の全員を守るなんて不可能だろう。だがそばにいる奴くらいは……死んでも守る。
この場で誓おう。もしお前のせいであいつらが傷つくようなことがあれば、俺はこの弾丸をそのままお前に返してやる。
……事がそこまで至らないことを心から願うばかりだ。
隊長、人がどんどん増えてきたけど……規制線を張る?
まだそこまでじゃない。群衆の意図が不明だし、軽率に行動すれば制御がより難しくなるから。コミュニケーションが可能なら、まずは彼らのリーダーと交渉したいな。
ですが……集まってるみなさんは夜明けからぽつりぽつりとやってきているだけで、とても組織的な行動であるようには見えません。
武器を持ってる人もいないし、暴力に訴えてくる様子はなさそう。でもやっぱり不安ね……
何と言ってもわたしたちへのプレッシャーは初めから前じゃなく……後ろの方にあるからね。
三人は振り返り、明るく清潔な銀行のガラスドアを見やった。
頑丈なガラスは外の薄暗さと冷たさ、そして溶けて汚れた雪を締め出している。
しかし、そのガラスが透明だからといって、室内の暖かさと明るさは銀行のドアの下にある最後の階段よりも遠くへは届かない。
隊長、あの人は……
おかみさん……
もうほとんどの人間が開拓合意書にサインしたっていうのに、今さらここに集まって何のつもりだ?
ビビることないって。何かあれば、BSWが持ってる得物が容赦しないさ。
やれやれ……もうテレビもつけたし、見る気満々だったんだが。新年の特別インタビュー、知事は何を話すのかな。
フンッ、言い方を変えようが、どうせいつもと同じ内容だろ。
テレビをご覧の皆さん、こんにちは。まずは番組を代表して、私から皆さんに少し早めの新年のご挨拶を。ハッピーニューイヤー。
今回は我々が知事にインタビューをし、州民が関心を寄せる一連の問題についてお伺いするという内容です――知事、こんにちは。
こんにちは。
以下は番組からのお願いです――この番組は九月に収録されたものであり、放送時の状況と異なる可能性がございます。予めご了承ください。
これもトリマウンツの科学者たちの責任ですね。いまだに一日でクルビア全土を駆け回れる交通システムを開発できていないんですから。おかげで、我々は三ヶ月前に収録せざるを得ませんでしたよ。
ヘレナさん、今日は一段と寒いですから、どうかお体を考えて……
ごめんなさいね、でもここから動くつもりはないわ。
銀行と皆さんとの間に激しい対立があることは承知しています……訴えたいことがあるなら、わたしから銀行に伝えましょうか?
そう気を張らなくていいわよ、リスカム隊長。
ここに来たほとんどの人は、もう開拓合意書にサインしてるの。輸送車が到着したら出発するわ。だから何か訴えや要求があるのかって言われると……
なし、ね。もう無駄なあがきはやめたの。
では何のためにいらっしゃったのですか?
見ておくためよ。
何を見るというのです?
長い時間を共にしてきた人や物とお別れをする時は、もう一度よく見ておくようにって、小さい頃に教わったの。
この数日の間……あたしは自分のレストランを、採掘工場を、そして区画の隅々までを見てきたわ。
そして新年初日である今日は、あたしにこのすべてとのお別れを余儀なくさせた元凶を目に焼きつけに来てやったのよ。
ヘレナ様、念のため申し上げますが、すべての担保契約はあなた自身の意志で署名されたものですからね。
ええ、そうね。この道は確かにあたしたちが自分の足で歩いたものだわ。だけどそれは、あなたたちが指し示したものでもある……
ご冗談を。例えばこちらの方などは、ビジネスに失敗されてどこからも融資を受けられなかった際、わたくし共が手を差し伸べ、4万の融資を行って窮地を助けてさしあげたのですよ?
ああそうだな、最初はあんたらから4万を借りた。多いとも少ないとも言えない額だが、俺はできるだけ早く返そうとしたよ。
けど次にあんたらはこう言ってきた。投資と負債は合理的な計画が必須で、一度に元利ごと返済すべきではないと。分割金利を優遇するから、残った金で銀行の金融商品購入をお勧めするってな……
そうさ、あんたらは俺に4万貸した。だがその結果、最終的に俺が支払った代価は、俺の店、家、車、そして家族だ!
あたしたちはあなたたちの謳い文句を信じた。
あなたたちはこう言ってたわよね、あたしたちの生活を豊かにし、より良い未来の実現を手伝うって……だけどあなたたちの思い描くその未来ってやつの中に、あたしたちの居場所はどこにあるの?
そうだ。俺たちは馬鹿で、金に貪欲で、先が見通せず、少しばかりの甘い汁を望んだ。だから引っかかった。
でもどうして? どうして区画の誰もが飢えた鱗獣のように、命を奪う針に食らいつきたくてしょうがなくなったの?
本当にあたしたち自身だけの問題? それとも、この水溜まりは初めから――
リスカム様、10分以内にこの方々を追い払ってください。
いえ、できるだけ早くお願いいたします。
(小声)ジェシカ! 何とかしてミスタークリフに電話を繋いで、早く!
はい、すぐに……ダメです、通じません……
もう一度試して……
いいえ、隊長。ここで一体何が起こっているのか、ミスタークリフに直接伝えなければならないと思います。わたしに行かせてください。
……わかった、行って。
あの……ヘレナさん、たった今ジェシカが上層部に状況を報告しに行きました。結果が届くまでは……
自分の未来を考えたことはあるかしら、リスカムさん?
わたしは……いつか警備会社を立ち上げたいと思っています。
そのためにお金を借りるつもり?
もし必要であれば、そうします。これは昔からわたしがやりたいと心に決めていることですから。
なら気を付けることね。そのお金は未来への道しるべでしかなく、それを手にしたからといって未来に触れたわけではないわ。
あなたが守っている人がそれを教えてくれたの。
あいつらは泥棒でペテン師よ。道しるべに細工をしておきながら、あたしたちが危険な夜道を歩いてるって嘲笑してくるようなね。
……みなさんのお気持ちは、わかります。
知事、早速ですが核心的な問題について話し合いましょう。ご存じの通り、この州には開拓過渡期である地域がまだまだ数多く存在しています――
その中にある居住地は、ほとんどが数十年の歴史を持つ開拓区画であり、独自の基幹産業を有しつつも、いまだに移動都市の水準には至っていない、そうですね?
まさにおっしゃる通りです。聞くところによると、州政府は近頃こうした区画の処理問題について検討されているとか。
確かに移動区画は重要な戦略的資源です。ですがあなたの「処理」という言葉については賛同できかねますね。過渡地域および住民への支援は州政府の議場における長年の最重要事項の一つなのです。
追加投資、税の減免、学費の優遇、低金利での融資……過渡地域の住民はこうした政策から多くの恩恵を受けています。
支店長……
州政府から送られた委任状を取ってきてください。緊急時において私兵を指揮する権限を我々に委任するあの手紙です。
ですが――
早くなさい。こんな時に何をぼやぼやしているのですか。
数十年前、俺たちの親父の代がこの地へとやってきた。クルビアの領事官は彼らの夢を聞きたいと言った。
その後、区画は順調に発展した。お前らは素晴らしい未来が待ってるだとか、全クルビアが俺たちのやる気に満ちた声を聞きたがっているだとか言ってたよな?
だが今や俺たちは無一文で、病気の体を引きずり、利用する価値がなくなった。そしたらお前たちは扉を閉ざした。
こんなのあんまりだろうが! 俺たちは叫ぶ、俺たちは怒りの声を上げるぜ。喉が張り裂けんばかりにな!
耳をかっぽじってよーく聴いておけよ!
♪狂風が吹き荒れる中、雪嵐がやってくる♪
♪我らは何も持たず、荒野へと追いやられ♪
♪生まれ育った地を遠くに残し♪
♪ただ一握の土を探し求めん♪
低金利での融資ですか……これについては、様々な意見があり……
おや? あなたが言葉選びに迷うのは珍しいですね。今日はひたすら質問攻めにされると思っていましたよ。
率直に言って、これは非常に突っ込んだ質問だと思っております。正直に答えていただければと。
貸付利子の減免は、税収を用いて現地経済を補助するものであり、お金の無駄遣いというだけでなく、現地住民の自立に向けた積極性を削ぎ、労働意欲を奪うと認識している方も一定数いまして――
州政府としても、一部の区画でおっしゃるような状況を確認しています。ですが我々は他の公民に訴えたいのです、過渡地域にもう少し時間を与えてあげてほしい、と。
どうか信じていただきたい。これらの地域の住民は、決して怠けているわけではありません。ただ再び自らの足で歩けるようになるためには、やや時間を要するだけです。
そして彼らが杖を捨てられるほど強くなった暁には、耳をそろえて融資を返済し、なおかつ我々の寛大さとクルビア公民の兄弟愛に感謝することでしょう。
こちらです、支店長!
窓とカーテンをすべてしっかり閉めてきなさい。終えたら出入り口から距離を取って待機するように。
これは……外で歌を歌ってるんですか?
……
♪土地を耕し、ハンマーを振り上げ♪
♪すべて我らの手によって築かれた♪
♪我らは生まれ落ちたその時から♪
♪重荷を背負って進み続けるさだめ♪
10分経ちました。彼らが立ち去ろうとしないのなら、我々もさらなる強硬措置をとるべきでしょう。
申し訳ありません、支店長、それはできません。
……我々の関係は、本来ここまでこじれる必要はないはずです。
ですが、もしあなた方がどうしても職務を怠るというのであれば、非常に遺憾ではありますが、こちらの小隊は現在わたくしの指揮下にあるということをお伝えしなければなりませんね。
あなた、何様のつも――
区画回収の合意は政府、銀行、そしてBSWの三者間でなされたものです。BSWが派遣する人員は特殊な状況下において我々の指揮に従う必要があると、覚書には明確に記載されているのです。
こちらがその際にいただいた委任状になります。リスカム様、どうぞお確かめください。
あなたに職権を越えてわたしたちの行動を指揮するような権限はありません、支店長。
いいえ、あります。この委任状にはっきりと書かれています。
実行しなさい、リスカムさん。
お断りします。
あなたが現在拒否しているのは、銀行の要請ではなく、政府の命令なのですよ。
BSWが今日の地位にあるのはなぜか、お忘れですか? ひとえにクルビアがあなたたちに寄せた信頼のおかげなのですよ。
ですが……信頼とはいとも簡単に崩れ去るものです。たった一度の小さな反故だけで、築き上げたすべてに深刻なダメージを与えることになりますからね。
フッ。
実行するのです。これ以上は言いたくありません、リスカムさん。
♪飢えるは我ら、死ぬのも我ら♪
♪空手形にすべてを差し出した♪
♪されど未来……未来に我らはいない♪
♪さらば、故郷よ♪
♪生まれ育った地を遠くに残し♪
♪ただ一握の土を探し求めん♪
支店長、何度おっしゃられても無駄です。
わたしが発砲することはありません。
もう一度言いましょう。わたしが発砲することはありません。わたしの小隊のいかなるメンバーにも発砲を許可しません。
わたしの任務は誰一人銀行内に立ち入らせず、あなた方の大切な命を傷つけさせないことです。
わたしの判断する限り、彼らがあなた方の命を脅かす可能性は皆無であり、ただ単に別れを告げたいだけのようです。
もしあなた方の脆い心がそれによって傷ついたのであれば、非常に残念に思います。
何せ……別れとは悲しいものですから。そうでしょう?
総員、静聴せよ――私の命令なく、勝手な行動を取ることは禁止とする。
了解……
了解です!
りょ、了解……
了解しました。
......
中へ戻ったらいかが、支店長? これは真実の歌声よ。聞いたところで損はしないわ。