懐黍離 HS-7・戦闘後
四季を思う
おじちゃん?
無口なおじちゃん? どこにいるの?
あの化け物と戦っちゃダメだよ、早く出てきて! 一緒に行こう!
(長く甲高い鳴き声)
彼は自らの戦場の中に浸っていた。
彼の戦っている敵が何なのかは、言葉にできない。彼の舌は口の中で硬直している。
彼の愛する者はすでに去り、次の春の訪れを見ることはない。
彼は自らの武器を高く掲げ、自分が何かを守らねばならないことだけを知っていた。
守る……何を?
伸びやかな笛の音が聞こえてきた。
(必死に笛を吹く)
おじちゃん! おじちゃん! ここだよ! 早く、林の中から出てきて!
あたしと一緒に行こ! おうちへ帰ろう!
(鋭い叫び)
――!
あたしが怖がると思わないで! ブサイク、どっか行って――!!
……きゃっ!
一本の斧が奇妙な化け物の胸に刺さる。化け物はもがきつつ身を起こそうとするが、徐々に糸がほどけて地面に散った。
斧が手から離れた後も、木こりはまだ武器を投げたままの姿勢だった。両目はよく見えないので、彼は下を向いて耳をそばだて、周囲の音を慎重に聞き分けている。
おじちゃん! やっと見つけた!
ここだよ! こっち来て! 安全な場所に連れてったげる!
木こりはその声を聞き、シャオマンの方を向いた。
直後、彼は斧を拾い上げると、身をひるがえし林へと向かおうとした。
おじちゃん? おじちゃんってば! そっちは危険なんだよ、戻っちゃダメ!
シャオマンは笛を構え、必死に息を整えると、曲を吹き始めた。
花が咲いたよ、早く帰ろう♪
聞いて、聞いて、あなたの帰りを呼びかける私の声♪
だが、木こりの歩みは止まらなかった。数匹の化け物が草むらの中で身をかがめ、シャオマンの行く手を阻む。
彼の濁った目は目の前の物事をはっきりと捉えることができず、天も地もまるで、ぐるぐると回っているようだった。全身の血がうなり声を上げ、彼にはもはや何の音も聞こえない。
その澄んだ叫びが、彼の耳に突き刺さるまで。
きゃっ!!
――!?
シャオマンは身をひるがえして逃げようとした。しかしすぐにまた笛を構え、すぐにより清らかな笛の音が彼の耳に入る。
花が咲いたよ、早く帰ろう♪
聞いて、聞いて、あなたの帰りを呼びかける私の声♪
(……花が咲いた、帰らないと……)
彼が一歩前へ踏み出した。
白い小さな手が彼の指を握った。
……
おじちゃん、行こうよ……帰り道が分からなくなっちゃったの?
どうして帰りたくないの? 他の人を怖がらせちゃわないか心配してるの?
あたしが保証するよ。誰もあなたを怖がらないし、もう変人扱いしないって……もし悪口を言う人がいたら、あたしがその人たち全員の頭を笛でぶっ叩いてあげるから!
だから、一緒に帰ろうよ……
彼の腕に結ばれていた赤い絹が突然緩み、風に吹かれると、ひらひらと空に飛んでいった。
木こりの濁った目から大粒の涙がこぼれ落ちたが、シャオマンがそれに気づくことはなかった。
……
――?
おじちゃん、早く逃げて――
あとどれだけいるんでしょう……この化け物たちは本当に殺しきれないんですか?
できる限りここで止めるしかありません……
みんなを怖がらせないようにって言ってましたが……そんなのやっぱり無理です……
こんな光景、誰にだって……
目の前に広がる田野では、恐ろしい姿をした化け物がいまだ絶え間なく地面から湧き出し、数えることもできない。
二人の背後では人々が長い列を成し、中心エリアに向かってゆっくり進んでいる。
列の中からは絶えず泣き声が聞こえる。アーツに精通した土木天師が辛うじて防衛線を築き、群衆と化け物を遮る。
足元の地面が震えると、すぐさま、群衆の中からさらに泣き声が響いた。
何事ですか?
向こうの移動区画が中枢区画と切り離されました。
試験田の土壌の各パラメータの制御は、全て中枢区画のエネルギー供給に依存しています……今エネルギーを遮断すれば、田んぼも終わりです。
……
*炎国スラング*、こいつらどっから来たのよ。おかげで私たちの長年の努力が全部台無しよ!
ここで何年も耕してきて、こんな仕打ちを受けたのは初めてよ。
*炎国スラング*、まったくだ! なぜ俺たちが逃げなければならない?
こいつらは俺たちの土地を壊し、俺たちの作物をかじる。ならこいつらと最後まで戦ってやる!
みんな! かかれ、この畜生どもをやっちまえ!
皆さん――気をつけて……
ある者が田んぼに落ちていた鍬を拾い、振り返ると未知の化け物に向かって突き進む。鍬は化け物の頭に思い切り打ちつけられ、意外にも化け物はよろめいたのだった。
農民がなりふり構わず石や農具、手当たり次第に化け物に物を投げつける。
投げられた害獣対策用の農薬が化け物の体にぶつかり、瓶が割れると、化け物が悲鳴を上げた。
(苦しむ鳴き声)
そんなのも……ありですか?
……た……倒した……?
効いてる! 効いてるぞ!
分かったぞ! こいつらは田んぼの害獣が変化したものなんだ!
*炎国スラング*、何が化け物だ、結局は同じじゃねぇか。
みんなビビるな! 武器を取れ! 作物を踏み荒らした畜生どもをやっちまえ!
すると、ますます多くの者が道具を手に防衛線に加わっていく。ある者が力強く歌い出した。
ごほごほっ……ごふっ……!
おじちゃん、こんな所で止まらないで! もう少し、すぐに着くから……!
(甲高い雄たけび)
うわっ――! あっち行って! あっち行ってってば!!
えっ……!
おじちゃん! どうしたの……うっ……まずは傷口を押さえて!
大丈夫、大丈夫だからね。もうすぐで着くよ! 前に怪我した幼獣をおうちまで背負ったことあるし、おじちゃんはあの子たちより重くなさそうだから、信じて、あたしなら連れて帰れるよ!
あなたたち……どいてよ……!
来ないで……!
こっちに……こな――
木こりの耳の中で、小さな体が地面に倒れた音が響いた。彼は体を無理やり支えて、再び武器を掲げる。
……
……はあ、はあ。
うああぁ――!!
そこまでよ。
……
……し……
……そ……祖師……
もういいよ、下がってなさい。
あんたの精神はもう限界よ。これ以上は手を出さないで。もう二度とこの手で弟子を殺したくないから。
帰りなさい。あんなに賢い娘がいるのよ、両親ともに亡くさせるわけにはいかないでしょ。
……たとえあんたの正体をこの子が知ることがなくてもね。
(かすかな呼吸)
……
あんたたちにも苦労をかけるわよね……
元々は大荒城に戻って怪我を治そうと思ってただけなのに、まさかこんなことに出くわすなんて……刺繡バカが。捕まえたらただじゃおかないわよ。
金色の腕白な子供は辺りを見渡すと、腰の帯へと手を伸ばした。
あれ、扇子どこ行った……?
奇怪な織物は危険を察知したように躊躇い、彼女に近づこうとしない。
あの不甲斐ない弟子や孫弟子たちはよくもまあ、どうしてこいつらが怖くないのかって聞いてくるのね。
むしろ私のが聞きたいわ。これだけ殺しまくったのに、なぜこいつらは私を恐れない?
(おびえた悲鳴)
天を衝く気流が、一瞬にして起こった。天師の金色の姿から光と熱がほとばしり、空間をねじ曲げると、白い炎が原野に大きな溝を描く。
彼女が軽く指を鳴らした。
桑麻、日びに已に長じ、我土は日びに已に広し……
邪祟詭魔を払い、天地は新たな光に輝く……
らら……らー……
繭はできました……
糸を繰る時です。
一羽の羽獣が飛ぶ。
この場所にはそもそも羽獣はいないはずだった。日や月や星、風や霜や雨や雪、山や川、そんなものはこの場所にはそもそもないはずだった。
しかしこの羽獣は一本の稲穂をくわえ、羽を振るわせると、小高い山の頂上で止まる。
心臓はドクン、ドクンと跳ねている。何かが土を破り芽生えようとしている――
一陣の風が吹き、稲の苗が揺らめく。
川は絶えず流れ、水が勢いよく逆巻く。
山河は隆起し、土石が轟音を立てる。
木は根を張り、木陰は揺らめく。
羽獣は何かを感じたのか、稲穂をくわえて再び飛び立った。種が数粒こぼれ、果てしない水田に落ちた。
サラ――サラ――、サラ――サラ――
双眸が開かれた。
……お前?
戻ってきたのか?